宿儺百合姫は人間を実に奇妙な生き物だと思っていた。
個体差が激しいのは妖怪と変わらないが、貧弱な個体が驚くほど短期間で強くなる事がある。寿命が短い故か太く短く生き世代交代が早い人間は文化の発展も早く、その器用さ技術力芸術性は宿儺も認める所だ。
しかし弱い個体は本当に弱く、駄目な個体はとことん駄目な種族でもあり、人間という種族全体を見た際の評価は低くせざるを得ない。
その点鬼は強い。最強の人さらいである。弱い鬼などいない。故に宿儺は妖怪の中でも自らの種族である「鬼」に誇りを持ち、いつも堂々としていた。
ねぐらの近くの村に入って行き酒蔵から酒瓶を運び出していたら、何を勘違いしたのか村の男が性的な意味で襲ってきたので軽く殴ったら即死した。その光景を見た他の男が恐慌状態になり今度は物理的な意味で襲ってきたが軽く殴ったらやっぱり即死した。
通りがかった旅人に襲撃をかけたりもした。獣や妖怪が跋扈する山道を行く旅人はおしなべて実力が高いので、良い暇つぶしになった。襲撃ついでに金品を巻き上げるのでねぐらの倉庫部屋には財宝が貯まっていく。
月に一度村から面白そうな人間を見繕ってさらい、ねぐらに連れ込んで色々と楽しんだ。大抵三日もしない内に壊れてしまうのだが、一ヵ月耐え切った人間はその気力と根性を称え財宝を持たせ解放した。
ミシャグジとやらから居丈高に従属要求をされたが、私を従わせたいなら力で捩じ伏せてみろと言ってやった。すると何やら祟って来たが、祟りなぞに負けるほど宿儺はヤワではない。効かないまでもそれなりに強い祟りだったので実力はあるはず、直接かかって来ないものかと期待していたら妖怪退治屋が釣れた。
月に一度の人さらいの前日の昼、根城にしていた山を年老いた人間の男と連れが登ってくる。気配からして霊術の類を扱うと見え、従者らしき小さな気配が男についてきていた。
感じ取れた霊力は二人共大して強くない。しかし地の力が低くとも創意工夫で実力差をひっくり返すのもまた人間だ。宿儺は油断せず、しかし絶対の自信を持って返り討ちにしようと迎え撃った。
老人が放つ速度も中身も威力も量も無いガッカリ弾幕を避けるまでもないと体で受け、弾幕の光に紛れての剣閃をこれまた避けるまでもないと防御すらせず自然体で受ける。
あまりにもしょぼくれた攻撃だったため更に追撃が来るか、と身構えたが、老人はポキッと逝った剣を振り抜いた姿勢のまま唖然としている。なんだ、この程度か。
拍子抜けした百合姫は軽く殴り殺そうと拳を振りかぶ(中略)神やら妖怪やら何やらよく分からない童女が(中略)分身して包囲し放った弾幕は反射されあさっての方向に(中略)とんでもない威力の光線が絶望と共に襲いかかっ(後略)。
そして惚れた。
可愛く美しく凛としていて愛嬌があり強く人情に溢れ賢い上に広大な心を持ち欲は無く決して怒らずいつも静かに笑っている。勝負の後数日泊まっただけで再び旅に出て行った白雪は大変な物を盗んで行った。宿儺の心です。どうやら白雪は窃盗まで上手いらしい。恐るべき早技で骨抜きにされたから接骨もきっと上手い。貧弱な妖怪退治屋が来たと思ったらまさかの超ド級大妖怪光臨、海老で鯨を釣った気分だった。
そんな白雪こそ我が妹に相応しい。なぜなら彼女もまた特別な存在だからです。白雪は私の妹。白雪は正義。異論は認めない。白雪なら許される。可愛いさすが白雪可愛い。どんな状況になろうとそれでも白雪なら……白雪ならなんとかしてくれるという絶対の安心感、さすが白雪は格が違った。白雪の寝顔でご飯三杯いける。白雪の事なら私に任せろーバリバリ。白雪が裁判にかけられたら可愛すぎて有罪になるのは確定的に明らか。まさに白雪。可愛さ余って強さ百倍。一万年と二千年前から愛してる。べっ、別に白雪の事なんて好きじゃ…………大好きなんだからね! ああお姉ちゃんと呼ばれたい。白雪に上目遣いでもじもじしながらお姉ちゃん大好きと言われたい抱きしめて頬ずりしたい。白雪と一緒に温泉に入りたい。あの小さな手で背中を流してもらいたい。温泉から上がった後大きな枕を胸の前で抱えて恥ずかしそうに頬を赤らめながらお姉ちゃん、一緒に寝よ?と言われたい。勘違いしないでよね、服を脱いで添い寝するだけなんだから! いあ! いあ! 白雪! 私の想いよ白雪に届け! 旅路の途中の白雪に届け!
……とかなんとか考えながらなんとなくぶらぶらと幻想郷を目指して自分も旅をしていたらいつの間にやら鬼の軍勢ができていた。旅の間は行商人の真似事しかしていなかったはずなのにどうしてこうなった、とつかの間思ったが商っていたのは「喧嘩」だったのでどこもおかしくはない。つまりは出会い頭に殴り合って片端から軍門に下して行ったのだ。
幻想郷に着き、どこか心安らぐ妖力が漂う妖怪の山を占領すると都合良く白雪が訪ねて来た。嬉しさと愛しさがこみ上げる。話したい事は山ほどあったがまずは幻想郷への旅の途中で入手した酒虫を見せてやろうとねぐらに案内する。
途中妖怪の山の制圧が終わって暇そうにたむろしていた鬼どもが白雪の覇気に惹き付けられて集まり喧嘩に発展したが、宿儺ですら勝てない相手に宿儺に負けた鬼が勝つ道理は無く、皆木の葉の様に吹き飛ばされていた。
白雪は妖力のみを使い数人の鬼を一方的にぶちのめしてから不敵に笑う。
「私はあと二種類の力を残している……その意味が分かるな?」
「なるほど、分からん」
白雪の言葉に深く頷いて言った鬼は「このKYが!」と叫んだ白雪に天高く蹴り上げられていた。意味不明かつ理不尽、だがそれが良い。
その日は枯渇した白雪分をたっぷり補充した。
時の流れは残酷だと言うがそれは専ら変化が激しく生き急ぐ傾向にある人間に限った話で、宿儺にとっては別にそうでもなかった。
妖怪は良くも悪くも変化が緩い。白雪は千年経ってもつるぺったん幼女だ。宿儺にとってはご褒美だった。幼女だから白雪が好きなんじゃない。好きになった白雪が幼女だったんだ。
最近白雪に恐らく生涯初であろう敗北を味わわせた巫女はなかなか好印象だった。人間なのに素晴らしい力を持っている。弾幕限定の勝負とは言えあの白雪を負かすとは、やはり人間は面白い。何やら昔の友人らしいあやめも気に入っている。白雪の友人に悪い奴はいない。
宿儺の周囲に居るのは良い奴ばかり。生半可な悪意は一蹴してしまう力と精神力と人柄があるからこそ胸を張って言えるのだ。
我が眼前に敵は無し。白雪可愛い、と。
※宿儺にさらわれた人間の死因:
溺死、出血死、憤死、腹上死、凍死、窒息死、自殺、急性アルコール中毒、ショック死など