人間は妖怪よりどうしても早く死ぬ。白蓮やら妹紅やらの例を見るに不老化の方法は複数あるらしいが私はまだお目にかかった事が無い。数千年経っても老いの気配が無くむしろ力が増している状況を見るに私の寿命はまだまだ先のようだし、積極的に不老を求める気は起こらなかった。
しかし人間はそうではない。必然、カヤも私より先に寿命で逝ってしまった。
その日一日は冷たくなった巫女を前に呆然としていたが、一晩過ぎた翌朝には平静に戻っていた。物言わぬ骸を荼毘にして、黙々と久しぶりに自分で作る朝食をとる。
妖怪は仲間の死に強い。嫌になるほど簡単に心が死を受け入れる。
カヤは寿命が尽きる数年前に次の巫女を里から連れてきていた。空を飛び、光の弾を撃って妖怪を退治する神社の巫女は里の少女達の憧れになっている。後釜が見つからずに困るような事は無かった。
私が神社を建てたのはほとんどカヤのためであり、彼女が居なくなったのなら壊してしまっても良い。しかしカヤと過ごした神社は永遠亭と同じく私の家であり、思い出が染み付いていたので解体は思いとどまった。
二代目の巫女は大人しい子だった。引込み思案で自分の意見を主張せず、いつも静かに微笑んでいる。それでも私が少し咳をしただけでオロオロする辺りはカヤにそっくりだった。
時が流れるにつれ妖怪の山や湖に少しずつ増える妖。私は巫女に霊力の操り方を教えて対抗する。飛行も弾幕も結界も封印も突き詰めれば単なる霊力操作である。基本をしっかり教えておけば応用で何とかなる。
二代目の巫女もやがて老衰で死んでしまった。悲しかったが、それだけ。
もやもやした。親しい者の死に慣れてしまい、その内何も感じなくなるような気がした。
三代目、四代目と巫女が代変わりする毎にそれは顕著になる。人間を観察し、適度に関わるのは良い。しかし親しくては心が完全に妖怪になる。儚い命に価値を見出だせなくなる。私はまだ死を悲しむ人の心を持っていたかった。
そして、
「そうだ、旅に出よう」
いやー、人間と関わり過ぎるから駄目なんだよね。なら里から離れてしまえばいいじゃないか。
神社はあるけどそこにとどまる必要無いし? 巫女がいるから私がいなくても里が妖怪に滅ぼされる事無いし? 信仰が無くなってもただの妖怪に戻るだけで死なないし? 永遠亭の兎達も自活できる最低限の知恵がついてるし?
問題無し! よっしゃあ旅仕度だ!
諏訪大戦ってまだ起きて無いのか? 起きて無いなら生で見てみたい。えーと他には魑魅魍魎と陰陽師の激戦区平安京とか、名だたる霊山を巡るのも悪くないよね。
私が口笛を吹きながら自作三度笠を用意して麻袋に竹の水筒やら干物やらを詰めていると、五代目巫女がひょっこり顔を出した。旅仕度をする私を見て不思議そうに首を傾げる。
「あれ、白雪様お出かけですか?」
「ああ丁度良かった。数百年か千年くらいちょろっと旅に出るから後の事よろしくね。死期が迫ったら次の巫女に仕事を継がせる事。里を襲う妖怪を適度に懲らしめる事。妖怪から苦情が出たら聞いてやる事。人妖平等にね。後は……ああそうだ。これからこのあたり一帯を幻想郷と呼ぶ事。それぐらいかな。細かい判断は任せるから適当に頑張って」
「え、白雪様? 白雪様!?」
慌てに慌てる巫女を捨て置き、私は笠を被って麻袋を紐で背に括ると縁側から大空へ飛び立った。ふはははは、私は風になる! 全速力の私に巫女が追いつけると思うな!
これマッハいってんじゃね、というスピードで飛ぶとあっと言う間に里が点になった。別に淋しいとも思わない。私は神様兼妖怪なのに少々人間に深入りし過ぎた。このあたりで距離を置くのが懸命である……というのは建前みたいなもので本音は旅に出たくなっただけなんだけど。
頭脳は(だいたい)人間体は妖怪、纏う力は妖・霊・神力。その名も大妖怪白雪! これを機会に妖怪日本を楽しもう。
さて、飛べば移動は早いが旅の気分が出ない。私は里が見えなくなったのをしっかり確認してから山に降りた。今代の巫女は口うるさいからね、連れ戻されたらかなわん。連れ戻される気なんぞさらさら無いけど。
当座の目的地は諏訪湖だ。紙どころか木簡の普及もイマイチな御時世、地図は無い。幻想郷の気候で大雑把な現在地は把握しているので方角だけ決めてふらふら進むつもりである。人か妖怪に会ったら道を聞いてみよう。
森の中の獣道をのんびり歩く。神力を消して妖力を抑え、野生の獣や妖怪を驚かさないようにした。紅い衣が木の枝に引っ掛けるので帯を締め直す。
そういえばこの衣、何千年も使っているのにまだ破れない。もとはあの訳の分からん毛玉の毛皮に血がついたものだが、並の刃物は通さない上にレーザー銃で空けられた穴もいつの間にか塞がっていた。血の汚れは月人文明の時に洗剤で落とそうとしたが無駄だった。
いくら妖怪の毛皮っつっても凄過ぎるだろ。助かってるからいいけどさ。
獣道をのらりくらりと歩いていたがやがて道は草に埋もれて途切れ、日が暮れてしまった。
夜通し歩くのも可能だが素直に野宿する事にする。妖術でカマイタチを起こして周囲の草を刈り、腐葉土をがむき出しになった地面に石を並べて焚火の準備をした。
焚火と言っても木は燃やさない。私は青白い炎を石そのものに灯した。燃料は妖力である。焚火というよりは鬼火だ。
カチカチに硬くなった干し肉を炙っていると、明かりに惹かれて小妖怪が集まってきた。火は人間が居る印であり、獣を遠ざけるが妖怪を近寄らせる。
「んん? 人間かと思えば妖怪」
「この辺じゃ見ない顔だね」
「それ人肉? ……違うか。人臭くない」
「あんた結構妖力強いね」
興味津津といった様子で寄ってきた妖怪達に干し肉を振る舞って話をした。僅かばかりの酒を勧めると、もっと寄越せと言われたが五人で飲んだので空である。
「んじゃそのー、幻想郷? って所は人間を襲えないのか」
「いや襲えない事も無いけど怖い巫女がいるから」
「不便なとこだねぇ」
「でも人間もこっちを殺そうとしないんだろ?」
「えんがーとっとー、酒が無いー」
「お前は黙ってな」
「人間に追い回される事があったら逃げ込んだら良いよ。幻想郷は全てを受け入れる」
「たまに強い人間もいるけど追い回さたこたぁないやね。ま、覚えとくよ」
地味に幻想郷の名を広めておく。面白い妖怪は多い方が良い。
妖怪ばかり集めるとバランスが崩れるので、人が居る場所に行ったら腕の立つ人間にも噂を広める予定である。
「こっちも聞きたい事があるんだけど良い?」
「あ~いいとも。酒の礼だ」
「どんと聞けー」
「諏訪湖の場所分からないかな。そこを目指してるんだけど」
「スワコ?」
「スワコ……」
「スワコね」
「知らない」
ふむ……
「それならミシャグジ様は?」
「うん?」
「それはなんか……」
「聞いた事があるような」
「蛇の精がそんな名前じゃなかったか?」
「ああ!あの祟る奴」
「いたねー」
それだ! ミシャグジ様の知名度は高いのか?
「どの辺りで見掛けた?」
「なんだ、ミシャグジ様探してるのか」
「やめた方がいいよ、祟られるし。私も祟られた」
「そりゃお前が依り代の石を割ろうとしたのが悪い。蛇の精っても神様みたいなもんだから侮ったらいかん」
「最近見たのはどこだったかな」
「どこだっけ?」
「探せば割とどこにもいるけど一番近いのは……西の里のでかい木に宿ってるのがいなかったか」
「東の里だろー」
「多分東」
「東っぽいね」
東か……良い情報を聞いた。小妖怪にも親切にしてみるものだ。
それから夜中まであれやこれや語り明かし、夜が開ける頃に妖怪達は手を振って帰っていった。
幻想郷では退治ばかりであまり妖怪と話さなかったので新鮮だった。
日が昇ると共に鬼火を消し、落ち葉を体にかぶせて目を閉じる。布団も良いが落ち葉も悪くない、と思いながらぐっすり眠った。