正月を間近に控えた冬の日、大学のコンパ帰りにダチと夜道で熱唱しながら帰宅していたらなぜか寒風吹き荒ぶ雪原に居た。前触れも無ければ誰の何の解説も無く。
ほろ酔いで体が暖まり薄着になっていたのが災いしてただただ寒かった。雪の小さな結晶が頬に叩き付けられ痛いのなんの。
うぉお異世界迷い込みktkr、と馬鹿の様にはしゃぐ馬鹿を殴って黙らせ、俺はとりあえず吹雪に飲まれて凍死しない内に遠くにうっすら見える灯を目指した。どんな状況がイマイチ把握できないがじっとしていたら死ぬ事だけは分かる。いつも現実はシビアだ。
なんかマジで異世界召喚……のようなものらしい、と知ったのは民家に入ってすぐだった。日本昔話に出てきそうな古い木造家屋に快く迎え入れてくれた三人家族の奥さんっぽい人が懇切丁寧に説明してくれた。
早々都合良く不思議世界に召喚なんてされる訳ねー、どーせ網走とかアラスカとかその辺に睡眠薬かがされて置き去りにされたんだろ理由は知らねーが、などと捻くれて考えていた俺はとても信じられず詳しく確認をとる。
はぁ、外の世界と隔離された幻想郷。妖怪妖精神様がゴロゴロいると。最近は空飛んで光弾でドンパチやるのが流行ってるんですかそうですか。
信じらんねぇ。
確かにあんた髪の毛真っ白で変な帽子被ってますけどね。娘さんも……娘じゃない?同居人?そっすか。同居人さんも白いし旦那さんはさっきから……旦那じゃない?父?そっすか。親父さんはさっきから怪しげな御札弄ってますけどね。それだけでここは隠された幻想世界だっつって信じろっても無理な話ですよ。髪ぐらい脱色すれば済みます。囲炉裏はド田舎行けばありますし。
俺は吹雪の中留め置いてくれるのは有り難いですがからかうのは止めて下さい、と言った。すると隅で味噌汁啜りながら黙っていた同居人さんが立ち上がった。
「こうすれば信じるか?」
言うや沢庵を切っていた帽子の人から包丁を奪って自分の腕をざっくり切り落とした。唖然と吹き出る鮮血を見る俺とダチ。
ちょ、おまっ、なん、え? それ……あぁ? ……ぅおおい目の錯覚じゃねぇよな。切れた腕が生えてきやがった。
ファンタジーハンパないな! と大騒ぎして同居人さんの再生した腕をベタベタ触る頭スッカラカンの阿呆に渾身のボディーブローを打ち込んで黙らせ、説明を求める。
はぁ、老いることも死ぬことも無い程度の能力? それ絶対「程度」じゃ無いと思いますが。
同居人さんがまだ証拠が足りないかと手のひらから炎を出し、酒を飲んでいた親父さんがニョッキリ角を生やすのを見るに至り、俺も頭痛を覚えながらここが超常現象がそこかしこに転がっている世界だと認めざるを得なくなった。こいつぁ大学のレポート提出期限の心配なんぞしてる場合じゃねー。
ちなみにびっくり人間御家族は全員千歳超えらしい。幻想郷の中には一万二千歳も居るとか。それなんてアクエリオン?
帽子の人……慧音さんに外の世界に戻りたいか聞かれたが俺とダチは首を横に振り、幻想郷に定住する事になった。
俺は立て続けの不幸で去年最後の家族を亡くし、唯一の友人は一緒に幻想入りした。外の世界に心残りは無い。職と住居の面倒も見てくれるって話だしな。ダチも大体事情は同じだ。
冬の間は慧音さんと法徳さんに幻想郷のぶっとんだ常識をレクチャーされつつ飯と寝床を頂いた。後で働いて返します、と言うと構わん好きでやっている事だ、と笑って答える慧音さんマジ美人。満月になると角生えるけどな。
春が来て俺とダチは外来人用だと言う人里の長屋に移り住む。俺達の他にも数人住んでいて初日は歓迎会を開いて貰った。最初は大変だろうが住めば都だ、と語る爺さんに頑張ります、と答える。
長屋の住民は口々に言うのだが、幻想入りした外来人の九割強はその日の内に野良妖怪に喰われて逝くらしい。お前達は運が良かった、拾った命は大切にしろと。
言われなくとも自殺願望はありませんから大丈夫ですよ。
着る者も数着支給され、衣と住が安定すれば次は食。流石にいつまでも働かずタダ飯を許される程甘くは無く、俺は農作業を手伝う事になり雪解け水を引き込んだ田圃で延々と苗を植えた。まだ若いとは言え文化系のサークルに入ってた大学生に農作業はキツい。折角紹介して貰った職業だと弱音を吐かず無理をして腰を痛めたりもしたのだが、里に設置された博麗神社の分社にお参りしたら半日で完治した。
ここに若干の賽銭を入れて参れば軽い怪我や病気がすぐ治ったり告白や試験などの成功率が高まったり短時間なら里の外に出ても安全な護符と同じ効果が得られたりする、とは法徳さんの談。神様が普通に人間の前に姿を現す世界は神社のレベルが違った。
一方ダチの方はなんか変な能力を開花させて陰陽師になっていた。「魔力を爆発させる程度の能力」らしい。
テメー、俺は霊的資質絶無で慣れない農作業に腰さすりながらひーひー言ってんのに何ファンタジー満喫してやがんだ。エンジョイしてんじゃねーよ。
就職して数日の間はダチは研修期間でムカつく程楽しげだった。対して俺は筋肉痛と日焼けでガッタガタ。
農家舐めてたわ。朝早く起きて延々仕事していつの間にか夜。夜遊びする体力も残らねぇ。
それも数ヶ月ばかり続けると楽になった。人間何事も慣れだな。土地っ子の人と比べるとやや貧弱だが随分見られる体格になったと自分では思う。長屋の爺さんにも面構えが良くなったと褒められた。
反してぐったりし始めたのが研修が終わり実務が始まったダチ。幻想入り半年記念で行った居酒屋で愚痴を吐かれた。
「異世界召喚でチート能力ゲットオリ主蹂躙! だと思ったら周りはもっとチートだった。な、なにを言って(ry」
知らねーよ。俺はこれっぽっちも特殊能力付いて無いんだぜ?ファンタジックパワー手に入れただけでも感謝しとけや。出来れば半分寄越せ。
幻想郷では基本弾幕決闘でゴタゴタを解決するが中には(主に男妖怪)ドツキ合いをしたがる奴等も居るらしく、陰陽師はそういう連中を退治する戦闘班と弾幕班に分かれていた。ダチは弾幕班だ。
弾幕の基本ルールを習った後浮かれて無敗と名高い博麗神社の神様に挑んだら瞬殺され。悔しかったので近くにいた二本角の酔いどれ幼女に勝負を持ち掛けたら秒殺。腹立ち紛れに里へ帰る途中青っぽい服を着た氷精に喧嘩吹っ掛けたらそれにすら負けて弾幕に自信を無くしたらしい。
あいつら人間じゃない、と愚痴られたが実際人間じゃないんだろ。俺にしてみりゃ空飛んで手から弾幕出す時点でテメーも人間じゃねえ。
一般ピープルの俺には分からんが弾幕合戦にはセンスが要るらしく、離れて見ればスカスカの誘導弾も いざ間近で避けようとするとなかなか避けられないと言う。ダチは「小妖怪ならとにかく大妖怪なんて視界の九割を埋め尽くす交叉弾幕撃ってくる。グレイズ? 無理無理! 避けられる訳が無い」と一升瓶を逆さにしてくだをまいた。
いや、だから知らねーよ。弾幕用語並べられても分かんねーっつーの。
人里で普通に生きてりゃ弾幕合戦を見る事はそう無い。月一でチラッと見掛けるぐらいだ。
俺はなんだかんだで店仕舞いまで酒臭い息と共に愚痴を吐き出すダチに付き合い、酔い潰れたダチを背負った長屋に戻った。背中が重かったが支払いはダチの財布から出したので苦にならない。タダ酒うめぇ。陰陽師は高給取りらしいからこれぐらい構わんだろ。
ある日の夕方、茶屋の店先で店主に取材していた烏天狗が去り際に何か落として行った。本人が気付かず飛びさって行き、しばらく見ていたが誰も拾わないので俺が拾った。
埃を払って表紙を見ると扇情的な格好をした短い角を生やした美女がカラーで描かれている。なんだこの妖怪。すんげえグラマラス。
裏返すとR18、と注が入っていた。どうやら妖怪のエロ本……春画本らしい。興味が沸いて頁を捲ろうとすると後ろから手が伸びて春画本を取り上げた。
しまった真っ昼間から往来で広げるモンじゃなかったと焦りつつ一体誰だと振り返れば慧音さんが春画本を片手に俺をじっと見ていた。顔を見る限り怒ってはいないようで安心する。
「これは君が読むにはまだ早い」
「俺二十一ですよ」
「……ああ、勘違いしているみたいだな。裏面をよーく見てみると良い」
「?」
言われてよくよく見てみれば18禁ではなく180禁だった。
「そんな馬鹿な……」
桁一つ増えてやがる。
俺が流石妖怪、と変に感心していると慧音さんが続けた。
「こんな話をしに来た訳ではない。理解したら私の話を聞いてくれ。君の友人が重症を負って陰陽師事務所に運び込まれた。うわ言で君の名を呼んで」
全てを聞く前に俺は走り出していた。
道端で鞠をついて歌を歌っていた子供達をはね飛ばし、大工の源さんにぶつかりながらも最短距離を行く。
あんの馬鹿が! 俺には分かる、どうせ何も考えず面白そうな事に頭突っ込んで噛み付かれたんだ。散々良く考えてから動けっつったのに聞いて無かったのかあいつは。それにそもそも弾幕班は怪我をしないはずだ一体何が起きた?
陰陽師事務所に込み、受付をしていた婆さんに手短に事情を話してダチが居る治療室に案内してもらう。
俺は治療室の前で深呼吸をした。血なまぐさい大怪我か腕が無いのか腹に風穴か……何にせよしばらく働けないような傷だろう。
どんな大怪我だろうと治るまで……治らないなら一生養ってやる。俺のたった一人のダチだ。
覚悟を決め、ゆっくりと戸を開けるとそこには――――
寝台でツヤツヤと血色の良い顔をしたダチが眠っていた。横では法徳さんが火のついていないキセルを咥えながら帳面に何か書き込んでいる。
「あ゛あ゛ん?」
ちょっと待て。重症じゃねぇのか。あからさまに健康体に見えるんだが。
「ん?ああ来たか」
俺に気付いた法徳さんが顔を上げて言った。寝台の隣の椅子をすすめられそこに座る。
「重症って聞いたんですが」
ん!? まさか傍目には分からんが死に至る呪いを受けたとかそういう……
「上半身と下半身が泣き別れになっていたな。確かに重症には違いないがもう完治した」
「は? ちょ」
「そういう能力だ。俺のな」
……あー……幻想郷の住人のイカれ具合を失念していた。やべぇよこの人。どうやれば真っ二つの人間が元に戻るんだ。
俺は脱力した。寝台に眠るダチの髪を撫でる。お前一応女なんだからちったあ体を大切にしろ。
モゴモゴと俺の名を呟くダチと深々と安堵の息を吐く俺を見比べていた法徳さんが呟いた。
「恋愛とはツンデレとクーデレとヤンデレである――――ソレナンティエ=ロゲ」
「それで法徳さんは何言ってんですか」
「いや弟子がな。昔似た様な場面で言っていたのを思い出した」
「そのお弟子さん一発殴っておいて下さい」
「……考えておこう」
俺とダチは恋人ではない。悪友だ。専ら悪い事……と言うより馬鹿な事してんのはダチの方だが分類するとすれば悪友だ。毛布が足り無いという理由で互いの布団に潜り込み、何事も起こらず朝になる程度には異性として意識していない。
ダチが目を覚ますまでに法徳さんに事情を聞いた。
なんでも仕事で妖怪の山へ行った帰りに河童の集落に寄り道し、電撃伐採ビジリアン、とか言うロボットのスイッチを勝手に入れて唸るチェーンソーにバッサリやられたらしい。
……前々から思ってたが馬鹿過ぎる。いや馬鹿ってレベルじゃねぇ。こいつを馬鹿と呼んだら馬鹿の人に失礼だ。
俺は頭痛を覚えながらも体を斬られたショックで眠っているダチが目を覚ますまで半日ほど看病をした。
幻想郷は昔より平和になったらしいがまだ危険が多い。行く所に行けば文字通りの地獄を見る。ダチにはもう一度釘を刺しておかなきゃならんな。
足を引っ張られながらも助け合って生きて行こう、この厳しくも優しい幻想郷で。