あとがきまで書いておいて「小説家になろう」に投稿していたPV番外編をヌケヌケと投稿。内容は同じです
俺が初めて彼女に会ったのは茶屋での事だった。一目惚れ、だったと思う。
十代も後半にさしかかり親に結婚をせっつかれていたのだが、彼女に会うまで男友達とつるむばかりで女には全く興味が持てなかった。家業である反物屋を存続させるためにも早く嫁をとった方が良いと分かっていても、その瞬間までまるでその気は起こらなかった。
彼女を目にした瞬間に俺の世界は変わった。
小動物のようにかわいらしく団子を頬張る彼女の長い髪は美しい白色。日の光に反射して輝いていた。
紅い見た事も無い材質の衣から覗く白磁の肌はその辺りの里娘と違い荒れる事を知らない。
歳の頃は八、九に見えるが体型は良く、全てを魅了する可愛らしさが絶世の美しさに変わる過程を容易に想像できた。
「おっちゃん、おかわり!」
少女特有の澄んだ高い声で彼女は言った。幸せそうな横顔に胸が締め付けられる。
ああ、俺はこの瞬間の為に生きていた。歳の差など関係あるか。幼女趣味と蔑まれても彼女が笑いかけてくれるなら甘んじて受けよう。
俺はふらふらと茶屋に吸い寄せられ、彼女の隣に腰を降ろした。
店主に茶と団子を頼み、彼女の顔を盗み見る。夢中で団子を食べる姿は昇天しそうに愛らしい。
「……なに?」
視線に気付いたのか、彼女がこちらを向いた。不思議そうに見上げる無垢な瞳に動悸が早まる。里に来た外来人が言っていたが、これが萌えというものなのか。
あの時は感覚が理解できず戯言と鼻で笑ったが、今なら良い酒が飲めそうだ。
「よく、食べるな」
辛うじて絞り出すように言った。何かが溢れ出して止まらない。まあね、と串を振って笑う彼女を抱えて家に連れ帰ってしまいたくなる。
「食べても太らないのはいいけど、身長も伸びないんだよね」
憂いを帯びた顔も可愛い。どうやら俺はもう骨抜きにされてしまったらしい。幸せでとろとろになった頭を必死に働かせ、会話を繋げる。
「何、その歳ならまだまだ伸びるだろ」
「うん? ……ああいや、私人間じゃないから伸びないんだよ」
驚いた。普通人間と妖怪の区別はなんとなくつくものだが、彼女は人間にしか感じられなかった。
しかし種族の違いでこの思いが消える事は無い。恋は多少の障害があった方が萌え……燃える。里の外れには何組か人と妖の夫婦が住んでいるのだ。彼女への思いを成就させるのは不可能ではない。
「おっちゃん御勘定ー! あと三皿包んで。御土産にする」
俺の団子を持って来た店主に彼女は言った。ああ、行ってしまう。どう引き止めようかと迷っている内に彼女は支払いを済ませ包みを受け取った。
団子を食べ残して追いかけようと僅かに腰を浮せた瞬間、彼女はふわりと宙に浮いた。
絶望した。彼女は妖怪なのだ。飛んで行かれたら追えない。
せめて名だけでも……
「嬢、名は」
尋ねた俺に彼女は訝しげに振り返ったが、短く答えてくれた。
「白雪」
「博麗の神様と同じか。良い名だな」
「……ありがと」
拙い褒め方をすると彼女は何故か笑いを堪える様な顔をした。
俺に軽く手を振り、あっという間に飛んで行き見えなくなる。
俺は今聞いた名と声を脳に刻み、帰宅したら幻想郷縁起を調べようと思った。
幻想郷縁起には博麗白雪の名は載っていたが、同名の妖怪は載っていなかった。
名の知れていない妖怪なのかと首を傾げたが、よくよく読んでみると博麗白雪と俺の知る白雪は特徴が見事に一致している。
なるほど御忍びで来ていたのか。どういう術を使ったのか神の威光が感じられなかったので分からなかった。
彼女が博麗の神であるなら博麗神社へ行けば会える。確か陰陽師が早朝に博麗神社の参拝客を引率していたはずだ。
「親父、ちょいと陰陽師んとこに行ってくらあ」
「なんだどうした、妖怪退治ならこっちで手配するぞ」
「そんなんじゃねぇよ」
下駄をつっかけて陰陽師の事務所へ行くと、冴えない男が一人だるそうに帳簿をめくっていた。太陰大極図が縫いとめられた羽織りを着ている。俺が入って来ても反応しない。
「博麗神社へ参拝に行きてぇんだが。ここで受け付けてんだろ」
ずずいと身を乗り出し、顔を近付けると男は顔を上げた。
「……なんだ、客か」
「それ以外に何があるってんだよ」
「無いな」
男は帳簿を閉じると肩を鳴らし、俺に向き直った。
「参拝客の引率は俺の担当だが、生憎満員でな。お前を連れて行く余裕は無い。それでも行きたければ自分で行け。道中命の保証はしないが妖怪避けの札ぐらいは売ってやる」
「ああ、それで良い」
俺は即答した。彼女に会うためならどんな危険も乗り越えてやる。
「……若いのに信仰熱心な奴だ」
男は一度奥に引っ込み、数枚の札を持って戻ってきた。
「最近スペルカードルールってのが出来てな、ある程度弾幕が撃てれば命の危険もまず無いんだが。お前、撃てるか?」
首を横に降ると、だろうな、と言い札を差し出してきた。
「安いので銀二匁。高いので十両」
「たけぇなおい」
「高いだけの効果はあるぞ。一番高いヤツなら中級妖怪からも逃げられる。大妖怪相手でも数秒は時間稼ぎが出来る」
財布を開いて手持ちを確かめていると、突然横から手が出て陰陽師の男をぶっ叩いた。驚いて振り返ると怒り心頭の寺子屋の先生が立っていた。
「父上、あなたは何をやっているんだ」
「商売に決まっているだろ」
しれっと言った男に先生は今度は頭突きをした。ゴガン、と凄い音がして男が沈む。
俺は思わず額を押さえた。アレは痛い。
「全く……む、君は」
「お久し振りです、先生。お元気そうで」
「君も健勝なようだな。恥ずかしながらこの男は私の父なんだが、金持ちと見るとぼったくられるから気をつけた方が良い」
貧しい者にはタダ同然で売るのだが、と言って先生はため息を吐いた。そして帳簿で男の頬をはたく。普段真面目な先生も家族には余り遠慮が無いようだ。
「先生はどんな用でここに?」
「弁当を忘れて行ったから届けに来たんだ……ああ父上。起きたなら彼に希望の品を適正価格で売ってやってくれ」
適正価格で、を強調する先生。額に痣を作って起き上がった男に二両払って一番高い札を売ってもらい、礼を言って事務所を出た。
背後から先生の説教が聞こえ、自然に早足になった。
それから俺は毎日神社に足しげく通った。彼女は大抵本堂の中に居て会えないが、週に一度ほどは巫女と話している姿を見る事が出来た。
何度か顔を合わせていると彼女から名前を呼ばれて心踊ったが、里の人間の名を全員覚えているだけで俺が特別という訳ではなかった。それでも嬉しい。
巫女は俺の恋心を察しているようだが妨害も手助けもしない。全てあるがままに、である。
俺は独力で頑張った。彼女の好みや趣味を聞き出し、贈り物をして、賽銭は欠かさず。
友人達からは付き合いが悪くなったと言われた。悪いとは思うが今はそれどころどはないなだ。
家族や親しい友人の内何人かは俺が誰かに惚れた事に気付いていたが、相手は博麗の巫女だと勘違いしていた。まあ競争相手が増えても困るので勘違いさせたままにしておく。
博麗の巫女にしてもようやく十代になったばかりと若く、生暖かい目で見られる。
対して彼女は昔からの神である以上見た目とかけ離れた年齢であるのだろう。彼女から見れば俺は小童もいいところだ。もう一年近く通っているが未だ他の参拝客と変わらない扱いをされる。しかし思いは募るばかりだ。
彼女に会って三年目の春。俺は花束を持って神社を訪ねた。巫女は妖怪退治に出ているらしく居ない。神社には俺と彼女、二人きりだ。
俺は今日求婚するつもりだった。
妖怪や神様は恐ろしく気が長い。振り向いてくれるまで待っていたらジジイになってしまう。もう我慢ができなかった。
花束を抱え直し、本堂の扉を叩く。澄んだ高い声で返事があり、内側から開かれる。
寝起きだったのか眠たそうに髪を藍色の紐で結ぼうとしていた彼女は俺の持った花束を見て目を見開いた。
爆発しそうな心臓を押さえ、親友になった外来人に教わった通りに膝をつき花束を捧げる。
「好きだ、白雪。短い俺の一生だが、共に歩んでくれないか」
数ヶ月悩んで考えた挙句、親友の言うしんぷるいずざべすとに従い捻り出した告白。
俺の言葉を受けると、彼女は薄紅色の唇を開き――――
「ごめん、年上が好みだから」
泣いた。
※白雪の告白対応パターン
「年上が好みだから」
「幼女趣味の輩に興味は無い」
「私に勝てたら付き合ってあげる」