時は満ち、準備は整った。
あまりサポート役を増やし過ぎても使いこなすのが難しいし、集めて周る内に紫の限界が来て大結界が崩れてしまえば本末転倒。五人くらいで丁度良い。霊夢は頃合良しと見て攻めに入る事にした。
さてはて地底は旧都から縦穴まで来た道を逆戻りし、地上へ出る。傾き始めた日の光の眩しさに目を細めながら霊夢達は南へ向かった。
目指すは文字通りの人外魔境がごまんとある幻想郷の中でも危険度最高峰の難所、迷いの竹林である。
白雪が本気で身を隠そうと思えばそれを見つけられるのは閻魔くらいなもの。藍がその閻魔――四季映姫・ヤマザナドゥ――と接触を図り、百合姫との勝負が終わった直後に連絡を寄越してきたのだ。敵は竹林にあり、と。
よりにもよって嫌ぁな場所に陣取ったものだ。あの場所は基本的に兎以外が侵入すると迷って二度と出られなくなる。下手をすればウサミミを着けて戦う事になるかも知れない。それは勘弁願いたい。いい歳した巫女にウサミミなどおぞましいだけだ。
霊夢はちらりと後ろを振り返った。
宿儺に化けている意捕は暗い表情で行けるイケる逝かない死なない大丈夫……とひたすらぶつぶつ呟き自己暗示をかけている。もう開き直ったかと思っていたがキツそうだ。でもまあなんとかなるだろう。
徊子はごちゃごちゃした金属片の塊(知恵の輪?)を弄りながら飛んでいるがどこか上の空。何を考えているかは読み取れない。
魔法で追い風を作り自動飛行しているマレフィは傍目にも分かるほどそわそわしていた。しかし目が合うと仏頂面になる。素直じゃない。
マナは……何か呪詛を吐いている。効くとも思えないが精々呪えば良いと思う。
宿儺は艶やかな髪を手櫛で梳きながら悠然と殿を勤めていたが、時折何か思い出した様にニヨニヨしていた。
頼りになるような、ならないような、そんな面子だった。使う者次第で名刀にもナマクラにもなるだろう。
しかし最大限に力を発揮した所でやはり勝率は三割弱。幻想郷の存続に関わる勝負をするには心許無い。
何しろ相手は嘘の様で本当な伝説を幾つも打ち立てている神兼妖怪兼魔法使いである。霊夢は弾幕抜きで殺り合えば瞬きする間に塵も残さず消滅させられる自信があった。
霊夢が弾幕で打ち負かせばそれで良し。しかし霊夢が失敗し、かつこれ以上悠長に弾幕決闘の手順を踏み穏便に調伏する猶予が無いと判断された場合、閻魔も含め集められる限りの戦力を緊急召集した上での総力戦となる。しかも殺してはならず、力を消費し尽くさせてしまえば倒した所で結界への力供給は戻らないため消耗戦にも持ち込めないという超高難易度の戦い。
……出来るなら弾幕で片付けてしまいたい所だ。さもなければ血の雨が降る可能性大。
それは避けなければならない。元はと言えば人間と妖怪のいざこざを殺傷沙汰に発展させないために作られたのがスペルカードルールなのだから。
そう思った霊夢は少々気持ちを締め直そうとしたがやっぱりやめておいた。下手な緊張はまずい。あくまでもマイペースにいつも通りに。
やがて霊夢はそこに辿り着く。
昼と夜、陽と陰、人と妖が交叉する逢魔時。燃える様な西日にその純白の髪を煌めかせ、彼女は竹林の入口に立っていた。
「やっぱり来るなら霊夢だと思ってたよ」
悠久の大幻想
【博麗白雪】
いつもと同じその姿。身長が伸びているだとか、髪が金色になって逆立っているだとか、そんな様子は無い。
しかし小さな体から溢れ出る莫大な妖力はやはり半減した力が元に戻っている事を示していた。
「あんた自分が何やってんのか分かってる?」
「分かってるよ。幻想郷がやばいんでしょ」
「…………」
サラッと答えた白雪に悪びれた様子はまるで無い。ただ霊夢の後ろに控える五人を見てほうほうと感心している。
霊夢は駄目元で言ってみた。
「結界を戻しなさい」
「ところがどっこい、そうはいかんのだよ。言われてはいそうですかって戻すぐらいなら最初からやらんわ。これ見てみ?」
白雪は親指で後ろを指した。そこには通常営業で薄い霧を漂わせ微風に吹かれてさんざめく竹林が……いや、いつもより霧が濃い? 違う、霧が徐々に一ヵ所に集まってきている。
これは……
「気付いた? ここには私の友達が居るのさ。死んだと思ってたけど死んで無かった。良く考えれば分かりそうなもんなのにね、`あなた達を置いては逝かない´って言ってたのに」
「……はあ、そう。それが今回の異変とどう関係してるってのよ」
「察しが悪いねぇ。要は眠るお姫様を起こそうって事。能力とは魂から発生するもの。竹林を覆う惑いの力は私の友達の能力、能力が残っているのなら魂も残っている。魂が残っているのなら――」
「――復活もできる?」
「御名答! もっとも一万年以上半分休眠状態だった魂を揺り起こして体を戻すのは並大抵の事じゃなくてね。結界と陰陽玉に回してた力を切ってようやくって所」
霊夢はどこか楽しげに言う白雪から目を離し、不気味に蠢く霧を見つめた。
白雪が全力を出さなければ干渉力が足りない存在。白雪にそこまでさせる存在。自分の五百倍も生きている白雪の出自や交遊関係は半分も把握していない。長い生の中でそんな存在の一人や二人居ない方がおかしいのかも知れない。
しかしそれなら、
「やるならやるって予め知らせておけばこんな騒ぎにもならなかったでしょうに」
「あはは、竹林で交信力上げたら早く会いたいって急かされてさ。正直私もこんな強引な手は本意じゃないんだけど、なんだか悪い事してる気がしなくてね。私もまた惑わされてるのかも」
そう言って微笑む白雪は一見正気に見える。しかし誘惑だか煽動だか知らないがそういう能力の影響下にあるらしい。いや、自分で自分を惑わされていると自称しているのはおかしいか?
もしも自分の意思では無く誰かに操られているのならぶっ飛ばして正気に戻す必要がある。
正気でこんな事をしているのならぶっ飛ばして止めさせる必要がある。
結局やる事は同じだ。
それに白雪に有効なレベルの精神干渉が使える妖怪が復活したら面倒臭い。さっさとやってしまうが吉。霊夢は懐からいつもの藁半紙を使った投げやりな札では無く、上質な紙と専用の墨を使い特殊な呪いを施した特製札を取り出した。
「まあ事情はどうあれやる事はやるわ。おしおきの時間よ」
「おしおき? おしおきねぇ。弾幕で?」
「殴り合ったら私死ぬじゃない」
「……まあ、うん……それでもいっか、負ける気しないし。でも」
白雪はついと霊夢から目を逸し、背後で渦巻く霧を見て小首を傾げる。
「んん、もう少し――――そうだね、あと半日もあれば完全に戻してあげられる。これが終わった結界は戻すからそれまで大人しくしててくれない?」
「半日ってギリッギリじゃない。駄目」
紫が言った結界維持期限はおよそ一日。しかし戦力を集める過程で既に半分過ぎていた。
霊夢のキッパリした台詞を聞いた白雪は瞑目し、しばし間をおいて言った。
「そう……そう。霊夢の言い分は分かる。でもここまで来たからには邪魔なんてさせない――――かつて人間を滅ぼした古代の幻想の力、その身にとくと刻みつけよ!」
「意捕!」
「ひっ、ふぁい!」
霊夢は空に舞いながら意捕に指示を飛ばした。打ち合わせ通り白雪の能力をコピーした意捕が霊夢に回避力、命中力の強化をかける。
妖力の問題で二種類しか強化できないが有ると無いとでは天と地の差がある。弾幕決闘は相手への直接的能力行使を禁じているためあちらのステータスは下げられないが、こちらのステータスを下げられる心配も無かった。
意捕の強化を受けた直後、白雪を中心に爆発的に弾幕が放射される。
馬鹿げた量の弾幕が嵐の様に渦を巻き霊夢に襲いかかった。視界には弾幕10、空0。最早弾幕しか見えはしない。
分かってはいたがとてつもない腕前だ。全くのノーモーションでこれだけの弾幕を展開できる者は世界広しと言えど一人しか居ないだろう。凄いを超越して理不尽の域に達している。
色は白黒二色だったがだからと言ってパターンが二つ、という事は無い。最低で八種の軌道が組み合わされていると見え、それぞれ速度が違い緩急が着いている。
霊夢は耳元で唸りを上げる狂った弾幕の漠布を紙一重で避けながらパターンを掴もうとした。しかしあまりの量、速度、正確性。意捕の補助を受けてなおほぼ全精力を回避に費やさなければならない。
「ほらほらほらぁ! さっさと落ちな!」
白雪の声と共に更に速度が上がった。
霊夢の顔が引きつる。冗談じゃない。
もうパターンがどうの、位置取りがどうのと言っている余裕は無い。ひたすらに避ける避ける避ける。いや、既に避けるという感覚すら無い。霊夢は本能と勘で身体を動かしていた。
決闘開始十数秒、未だ被弾していないのが奇跡に思える。
霊夢は背中に冷たい物を感じた。冷や汗をかいたのは生涯でこれが初めてである。
無心で避け続け、永遠にも感じる時間を二十秒弱。霊夢はほんの一瞬、微かに空いた弾幕の隙間を見逃さなかった。
肩と腕を連動させ鞭の様に使い、指に挟んでいた霊力最大充填特製札を手首のスナップを効かせて鋭く投げる。弾幕の壁で標的を目視できない為気配と勘を頼りに投げていた。
猛烈な速さと精密さを持って投げられた札は投げると言うよりも撃ち出すと言った方が正しい。
事実、霊力で身体を最大限に強化し最高のモーションで投げられた三枚の札は音速を越えていた。並の大妖怪でも避けられて二枚、三枚目で被弾は免れない。
しかし生憎的は並の大妖怪では無かった。
「おっと!流石最強の人間。油断したらやられそうだ」
楽しそうな笑い声。渾身の一撃をあっさりかわすのが白雪だ。頼むから油断してくれという願いも虚しく、白雪のスペル宣言が響き渡った。
暴力「数撃ちゃ当たる」
「ち!」
夢境「二重大結界」
スペル宣言の瞬間に若干通常弾幕の制御が緩んで生まれた間隙を縫い、霊夢もスペル宣言をした。辛うじて間に合ったカウンタースペル、その直後に弾幕の壁が迫って来た。
壁である。完璧な。
神力の小弾、妖力の大玉、魔力のレーザー、槍を模した霊力弾。それぞれが複雑に絡まり合い壁を作っている。
迂闊に突っ込めばハエタタキに捉えられたハエの如く叩き落とされる事確実、前進は無謀だ。
これは一度下がって距離を開け、弾幕が広がって出来た隙間を抜けるしかないと背後を向いた霊夢が目にしたのはまたもや勢い良く迫りくる弾幕の壁だった。
「え、ちょっ」
避けろと。アレを正面から避けろと。
活路を探して素早く周囲を見回せば前後ばかりではなく上下左右からも阿呆みたいな密度の弾幕が霊夢を完全包囲して進撃して来ている。
白雪のスペル宣言から霊夢が自分の置かれた立場を理解するまでにかかった時間はおよそ0.5秒。驚異的な状況判断力だったが、それでも導き出された答えは「気合い避け」だった。
恐らくただの超高密度弾幕ではなく、気合い避けせずともしっかり避けられるパターンもあるにはあるのだろう。しかしこんな常軌を逸した弾幕のパターンを悠長に見破ろうとモタモタしていたら一瞬で滅多撃ちにされる。
スペル宣言から0.8秒後、そんな無茶苦茶な、と唇をひくつかせる霊夢を情け容赦無く数の暴力が襲った。
……さて。
博麗白雪は基本性能が異様に高い。性格的なものが原因なのか不意打ちやトラップの類は一応通用するが、後出しで回避し、学習し、適応する。同じ手は二度と食わない。ただでさえ化け物じみた性能を持つモノが戦闘を重ねる毎に更に強くなる。敵対する者にとっては紛れも無い悪夢だった。
しかしまた一方で――――
彼の神と同じ字を頂く博麗霊夢もまた破格の基本性能を持っていた。
霊夢は戦いの中で凄まじい速度で、際限など無いかの様に天井知らずに成長する。多くの空想物語で挙げられる人間の特性、「適応力と可能性」を体現した存在だった。
魔法を得れば魔法使いに。
信仰を受ければ現人神に。
霊力を練れば仙人に。
人間は可能性に満ちている。
目的を叶える為に自己を進化させる、という意味に於いて霊夢は限り無く「人間」だった。
弾幕の波濤に飲み込まれた霊夢は依然冷静さを保っていた。
勘と経験則で辛うじて気合い避けしつつも視界は広く持つ。弾幕を単体で捉えるのでは無く全体を俯瞰する様に、一つの映像として脳内に記憶する。
濁流に無理に逆らわず、微かな流れの緩い箇所を見つけ、なんとかその位置を保った。服を掠っていく弾幕。肌を掠める弾幕。紙一重の回避を意識する必要は無かった。避けられる道筋をとればそれが自然と紙一重となる。
身体の軸を微かにずらし、それに伴い軌道を変えた弾幕を誘導弾と判定、百合姫のサポートで一ヵ所に誘導。同時に蓄積した弾幕の映像を重ね合わせパターンを解析。
思考をパターン解析に取られ僅かでも回避を怠れば即座に被弾する所だが、霊夢は自分でも驚く事に半ば無意識的にそれを行っていた。危機的状況により開花した才能か、それとも今までの異変解決で積み重ねた弾幕決闘の経験がそうさせたのか。
四十秒前まで死に物狂いで避けていた弾幕を今では予定調和の如く滑らかに躱し、洗練された動きは一種の美しささえ感じる。
物理的・霊的に本当に人間の範疇に収まっているのか疑わしいほどに霊夢の動きは鋭く、流麗で、的確だった。
危機が急速に霊夢を成長させる。一秒前より速く。二秒前より無駄無く。三秒前より余裕を持って。
努力せずとも大妖怪を打ち負かす天賦の才。学習を重ねれば果たしてどこまで登り詰めるのか。
そして双方のスペル宣言から六十秒後、暴力的な数押し弾幕はかき消え、霊夢は未だ被弾せず宙に浮いていた。頭のリボンとスカートが煤けて何年も使い込んだ様によれているが、それだけである。
白雪は驚愕に目を見開いて霊夢を見ていた。忌々しい事にあちらもスペルを避けきったらしい。
「人間がアレを避けきるなんてそんな馬鹿な話が……いつの間に人間辞めたの?」
「まだ辞めてないわよ」
「それ語尾に辛うじてって付けた方がいいって。私より霊夢の方がよっぽどチートだ、よっと!」
言葉と共に白雪は腕を振るった。その一動作で頭上に大量の弾幕が発生し、霊夢を墜とさんと雪崩れ落ちる。
が、いかんせん軌道は一つ、一様に下へ向かう一直線。速過ぎて一本の線に見える弾幕の雨だったが、先程のスペル攻略で感覚が研ぎ澄まされていた霊夢は難無く躱す。更には躱しながら陰陽術と勘とフィーリングを用いて念を込め、御祓い棒に改造まで施した。これによりわざわざ振らずとも握りしめるだけでオプション弾が発射できる様になる。ちなみに幻想郷の一般的な陰陽師が御祓い棒に同じ改造を施 そうと思えば優に三時間はかかるだろう。
「ありゃ、ホントに避けたよ……差し向けた四天王を倒して成長した勇者を見る魔王の気分。弾幕決闘にしたのは失敗だったかな」
「後悔先に立たず、ね」
「まあねー」
軽口を叩きながらも互いに弾幕の応酬は止めていない。白雪は下手な大妖怪のラストスペルを凌駕する桁違いな通常弾幕を、霊夢は数は少ないながらも既存の人間の領域を踏み越えた霞むほど鋭く速い御札とオプション弾を間断なく放っている。
しかしお互い被弾の気配は無い。霊夢が成長するのと同じ様に白雪も成長していたのだ。霊夢が的を貫き穿たんと放つ御札を完全に見切ってゆらりと避け、三倍返しで反撃。弾幕の応酬は激化の一途を辿る。
そして先に音を上げたのは霊夢だった。
神技「八方龍殺陣」
スペル宣言をして白雪がスペル攻略にかかりきりになっている間に精神統一、霊力の回復を図る。
あれだけ激しく延々と通常弾の撃ち合いをしていれば先に力尽きるのは霊夢の方だ。通常一枚一枚はそこまで霊力を消費しない御札だが、性能が高い分霊力消費も多い特製札をあれだけ無節操にばらまけば力の目減りも相応に激しい。それに御札の枚数も無限では無いのだ。あまり戦闘が長引いても不利になる。
白雪を丸々四十五秒間御札と小弾の猛撃に釘付けにする事に成功した霊夢のスペルだったが、やはり墜とす所まではいかなかった。ポニーテールを手で整えながら余裕しゃくしゃくで宙に浮いている。霊夢はげんなりした。
「あーもー、素直に墜ちときなさいよ」
「いやいや、結構危なかったよ」
嘘っぽい。
手加減抜き、渾身の力で叩いても叩いてもケロリとしている白雪を見ていると戦う気が失せる。実際に戦ってみると本当にこの世に「白雪の敗北」という事象が存在し得るのか疑わしくなってくる。
霊夢は理論上はこちらにも勝ちの目はある筈、と自分に言い聞かせた。白雪=無敵、という幻想郷の公式はただの錯覚だ。実力差が開き過ぎていてそうは思えないだけで。
さして長くも無い休憩で霊力をある程度回復させた霊夢に今度は白雪がお返しだとばかりにスペル宣言をした。
「やられたら殺り返せってね!」
全力「妖力無限大」
白雪と戦い始めてから鳴りっぱなしの霊夢の警鐘が一際甲高くガンガンと鳴り響いた。どこか下の方で複数の「逃げてー!」という悲鳴が聞こえる。
無理も無い。一体どれほどの妖怪、神、人間その他がコレを喰らってズタボロになったのか分からない、悪名高い破壊光線だ。
言われずとも霊夢は逃げる。白雪が突き出した手から軌道を予測し全力でそこから離れると、コンマ数個前まで居た場所を空間を軋ませる漆黒の光線が貫いていった。全身からどっと嫌な汗が吹き出る。
抗う気力を根こそぎ奪い去りすり潰す絶対的な暴力の塊。非殺傷とは言え当たればただでは済まないだろう。激痛とショックで気絶ぐらいはしそうだった。
そんな代物を白雪は縦横無尽にホイホイ振り回して来た。人里の家の三件や四件軽く飲み込みそうな極太の光線が全力で逃げの一手を打つ霊夢の背中に追いすがる。
当たったら終わりだ。色々と。
霊夢は御祓い棒で反撃するのも忘れて逃げ回った。勿論札を投げる余裕も無い。
さり気なく逃げた先に配置された小弾を無理矢理方向修正して避け、急加速による負荷に軋む全身の骨に顔をしかめながら猫に追われる鼠の様だ、と思う。いや、窮鼠猫を噛むという諺があるだけまだ鼠は良い。人間が振り上げた足の下に居る羽虫と言った方が正確だろう。それでもまだ踏み潰されていないのは霊夢が普通の羽虫よりも能力が高くしぶといからだ。
霊夢は瞬間的に出せる霊力の全てを飛行速度強化に回していた。意捕も空気を読んだのか速力と加速力強化に切り替えているのが感じ取れる。
そうして射命丸と同等かそれ以上の高速で飛び回り、ようやく引き離せはしないものの追いつかれずに済んでいた。つまり最低条件として幻想郷最速レベルの飛行速度を要求するスペルなのだ。頭がどうかしているとしか思えない。
霊夢は心臓を鷲掴みにされた様な感覚に苦しみながらもそんなスペルの効果時間が切れるまで逃げ切る事に成功した。
背後に迫っていた破壊の象徴が消え去り霊夢はいつの間にか止めていた息を深々と吐き出す。生きているって素晴らしい。
「でもまあ……」
霊夢は汗ばんだ手を袖で拭いながら考える。
被弾こそしなかったものの気力も霊力もほとんど底をついていた。率直に言ってもうこれ以上やり合いたくは無かったし、やり合おうとしてもすぐに燃料切れになるだろう。
霊夢はチラリと白雪を見た。ぐたっとしている霊夢を見てほー、へー、新人類だー、などと呑気に感嘆している。しかし纏う力は全然減っている様に見えない。
この圧倒的な地力の差、やってられない。
弾幕を撃たず回避のみに霊力を振り分けたとしても戦闘を継続できるのは精々二分弱。霊夢はふっと息を吐いて肩を竦め、袖に仕込んでおいた最後のスペルカードを手に取り出した。
出発前、対白雪用に修正を加え組み直した取って置きのスペル。これでも駄目なら自分の負けだ。
「ラストスペルよ、白雪」
「あー、もうそんなになるのか……んじゃ私も」
白雪も応えてスペルカードを取り出した。双方これが三枚目、ラストスペル。正真正銘最後の大一番だ。
合図は無かった。打ち合わせなどした訳も無い。しかし不思議と二人の呼吸、カードを掲げる動作、全てが一致していて、
二人は全く同時にスペルを宣言した。
「乱力『人妖大戦』!」
「『夢想天生』!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うん……あ、あのね、日が暮れてからルーミアと一緒に探検に行ったんだけど、そこで急に気が遠くなって……意識を取り戻したらルーミアが血塗れになって倒れてたの。私が能力を使ったと思うんだけど、そんな記憶は無いし何が起きたのか良く分からないわ」
「ふぅ、ん……それどこで起きたの?」
「迷いの竹林の東の入口」
「んー、まさか永琳とか輝夜の仕業なんて事は無いと思うけど、それ以外にあの辺りでフランをどうこうできる奴いたかな……まあ事情は把握したし、こっちで調べとく。フランは館に帰っていいよ、何か分かったら知らせるから」
「分かったわ。有り難う」
「いやなに、可愛い弟子の為だからね」
フランとそんなやり取りをした私は竹林の調査に向かい、そこであやめの魂がまだ現世に止まっている事を知った。フランは半覚醒になったあやめの能力にアテられたらしい。
そして交信力を上げてあやめとの意思疎通を図った私はあやめから送られた能力を乗せた熱烈な「会いたい」という欲求に惑わされ、大結界への力供給を切って全力で復活処置を始めたのだ。
あやめは私が力の半分を幻想郷の維持に回している事など知らない。私もまさかあやめが生きて――魂が存在して――いるとは思いもよらず、また惑わされるとは考えもしなかった。
私にもあやめにも悪気は無かった。今回の異変は事故の様なものなのだ。
事故とは言えやってしまった事は可愛い悪戯では済まない大事なのだが、心を惑わされあやめを復活させる事しか考えられない私に罪悪感は湧かず。
結界が崩れかけ奔走しているであろう紫や藍達に気を留める事も無く黙々と竹林に広がった霧を収束させ肉体を再生させる下処理を行う私の元に最初に来たのは永琳だった。
何をやっているの、と問われてあやめ復活、と答えると永琳は虚を突かれた様子で目を瞬かせていたが、
「それなら邪魔はしないわ」
と言って何をするでもなく再び竹林に戻って行った。
その背中を見送った私は次に誰かが来るとしたら霊夢だろうな、と漠然と予想し、実際その通りになる。
当初は結界にでも閉じ込めて復活完了まで大人しくしていて貰おうと思っていたのだが、思いの他オプション役らしい面々が優れており、閉じ込めておいても脱出される可能性が僅かながらあった。
ならば半殺しにして簀巻きにでもすればいいか、と思った私に霊夢はスペルカード決闘を提案。私は勝負方法はどうあれ負ける気はしなかったし、弾幕決闘で正面から破れば後々ごちゃごちゃ言って来る事も無かろうと考え受諾。
そして弾幕決闘は始まり――――
霊夢の三段飛ばしの急成長のせいで予想外に長引いた勝負の最後の最後で、私はスペルを受けて被弾してしまった。
そう、
私は、
負けたのだ。
Stage Clear!