女三人寄れば姦しいと言うが、専ら喋るのは徊子と意捕の二人だった。姿形が同じ二人だが、意捕はなんとなく賑やかな気配がするので区別がつく。
霊夢は二人を勝手に喋らせながらなんとなく強い奴が居そうな魔法の森へ飛んでいた。
魔理沙は意地でも自分のサポートにつかないだろうし、アリスは勝算の薄い勝負はしないから白雪戦を断固拒否するのが目に見えている。が、魔法の森に住んでいる魔性の類が二人――毒人形を入れれば三人――だけとは思えず、また「あんな」場所に住んでいる以上は一定ラインを越える実力を持っているのはまず間違い無い。
霊夢は気負わず適当に御祓い棒を振って弾幕を飛ばし、散発的に攻撃を仕掛けて来る妖精達を仕留めていく。楽な道中だった。
本来御祓い棒には主に結界展開を補助する機能しか持たせていないが、徊子のオプションにより弾幕発射機能が追加されていた。直線軌道の弾幕しか撃てないものの霊力消費は徊子持ちで、威力精度速度諸々申し分無い。白雪相手でも……まあ……牽制程度にはなる……はず。
白雪は霊夢を高く評価しているが、霊夢も実の所白雪を高く評価している。凄い凄いと騒ぐ性格ではないので自然に悪態ばかりが表に出ているだけだ。特に敬ってはいないが評価は正当だと自負している。
そしてその「正当な評価」から導き出された勝率が良くて三割な訳で。
霊夢はままならないなぁ、とため息を吐いた。
しばらく飛ぶと眼下に深い森が広がる。相変わらず濃い瘴気が渦巻いていた。
魔法の森付近の妖精は平地の妖精よりも強い。とは言っても霊夢からしてみればドングリの背比べであり、何の苦も無く撃ち落としながら誰か手頃な奴は転がっていないかと森の木々の間に目を凝らす。時折蠢くキノコの傘や全身を菌糸類に浸蝕され痙攣する大型哺乳類の姿が木の葉の隙間にちらついたが努めて無視した。
そして動くもの動くものキノコばかりでうんざりして来た頃。ようやく背後で徊子が声を上げた。
「人影です」
「どこよ」
振り返ると徊子は真上を指差していた。見上げれば雲海に紫色の点が飛び回っている。霊力を操り、陰陽術の一種で視力を強化し目を細めると魔女っぽい少女が見えた。紫髪のショートカット、右目にモノクル、シンプルな厚手のナイトガウンの様な服。背格好と顔立ちはパチュリーによく似ていたが色々と違う。
一々上空まで飛んで行って声をかけるのも面倒だったので霊夢は注意を引く意味で軽く御札を投げた。御札は一直線に上空へ昇って行き、魔女の進行方向を遮る様に飛び出し――――
「……え? ちょっ」
「あー! いーっけないんだーいけないんだー!」
あっさり魔女に直撃した。しかも大した威力も無かった筈なのに衝撃で気絶したの か真っ逆さまに落ちて来る。脆い。脆過ぎる。耐久力が紙だ。
魔女の予想外の無警戒さと脆さにほとんど驚愕しながらも霊夢は落ちて来る魔女を受け止めた。ローブ越しに伝わる感触としては肉付きの悪さと弱々しさ。見た目の割に非常に軽い。
このまま死ぬんじゃなかろうかと思いつつも取り敢えず頬を軽く叩いてみた。ひぅ、と小さな声を上げて魔女は目を開く。生きていた。
「……………………………………誰」
「巫女」
やけに長い沈黙を挟んだ問い掛けに霊夢は端的に答えた。魔女は顔をしかめジロジロ霊夢を観察していたが、途中でハッと自分が横抱きにされている事に気が付いてわたわたと腕から逃れる。
「私に札投げた馬鹿はあなた?」
【不機嫌な古い魔女】
マレフィ・ノーレッジ
「私よ。馬鹿じゃないけど」
「返事したって事は馬鹿なんじゃない。まあどうでもいいわそんな事」
マレフィは霊夢の後ろでアルカイックスマイルを浮かべ事態の推移を見守っている徊子を品定めする様に見て興味なさ気に息を漏らし、いつの間にか自分の姿をコピーしていた意捕に数秒目を留め、やはりどうでも良さそうに視線を外した。そのまま背を向けて何事も無かったかの様に立ち去ろうとする。
「ちょっと待った! ……こら! 待ちなさい!」
霊夢は制止の声を無視して飛んで行くマレフィを追いかけ、肩を掴んで捕まえた。マレフィは心底嫌そうに振り返り冷徹な瞳を向ける。
「何」
「今ちょっと戦力を――――」
「興味無いわ」
「せめて最後まで聞きなさいよ。私今諸事情で強そうな奴等に神退治にちょーっとご協力願ってるのよね。手、貸してくれない?」
「……神退治?」
「そ。博麗の祭神よ」
マレフィは目を瞬かせた。驚いている様に見えるがおののいた様子は無い。まず好感触だ。
「ふぅん……あなたごときが白雪に勝てるとでも思ってるの?
バカなの? 世界トップクラスのバカなの?
風邪気味だから永遠亭に行ったら『バカにつける薬はありません…』って泣かれるほどなの?
道を歩いてたら『チリンチリン』って音がして『風流だな』って思ったら、あなたの頭が鳴らしている音でガッカリするの?
頭が軽くてちょっとした風で天高く舞い上がるの?
その飛距離の秘密はタンポポの綿毛も参考にしたほどなの?
バカなの? 空洞の頭が浮き輪代わりになって、夏は重宝するの?
頭を叩くと良い陶器のような素晴らしい音色なの?
プリズムリバーに『新手の打楽器として頭を使わせてくれませんか?』って頼まれるの?
蟻が一匹で余裕で運べるくらいに頭が軽いの?
バカなの? 『ピザって十回言って』『ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ』『ここは?』『膝』『やーい肘でしたー』ってやり取りの意味が理解できないくらいの馬鹿なの?
古い文献が見つかって『バカ』って文字があった時、全学者が『ああ。博麗の巫女のことか』って思うほどなの?
救いようが無いわね」
無闇やたらと滑舌良く矢継ぎ早に最後まで言い切ったマレフィに霊夢は呆気にとられた。徊子は苦笑していて、意捕は爆笑している。
「……あー、まあ勝目が薄いのは確かだけど。私があんたに頼むのはサポートなんだし、負けた所であんたにゃ実害無いから良いじゃない」
「そうね……実はついさっきずっと研究してた霊薬が完成して持病が治ったのよね。パチュリーの分の薬を届けに行く所だったのだけど……そう、少しぐらい頭悪い人間と遊んであげてもいいわ」
「負けたら従ってもらうわよ」
「構わないわ。言っておくけど私に負ける程度の実力で白雪に勝とうなんて一万年早いから」
「あんたは白雪の回し者か」
「違うけど。さて、四精霊の魔女長年の悲願の集大成、あなたの体で実験してあげる!」
開始直後にマレフィの唇が震えた。高速詠唱で風の精霊を身体に絡み付かせ、その場を離脱しながら茶青赤緑の四色弾を放って来る。
霊夢はそれを軽く躱しながら御祓い棒を振って弾幕を飛ばし、御札を投げて反撃した。弾幕と御札はその軌道上に間違い無くマレフィを捉えていたが、命中する数瞬前にマレフィが再び高速詠唱をする。上から吹き付けた風に押されたマレフィは弾幕の射線から外れ悠々と霊夢との距離を確保し向き直った。
詠唱が恐ろしく速い。色々とパチュリーに似ている魔法使いだが喘息では無いらしい。病気が治ったとか言っていたし。
さてどう攻略しようかと霊夢が勝利への筋道を組み立てていると、マレフィはカードを掲げてスペル宣言をしてきた。
水+火符「煮沸済水精霊」
なんだかなぁ、というネーミングだったがスペルカードは得てしてそういうモノだ。霊夢は落ち着いて弾道を見切り、パターンを分析し、避けに避ける。
親指の爪ほどの極小水色弾と握り拳ほどの赤色弾で構成されるスペルだ。水色弾は通常の小弾の半分ほどの大きさしか無い。発光する派手な赤弾に紛れて見え難い事この上無かったが、霊夢の注意力や動態視力をもってすれば容易にとまではいかずとも回避は可能だ。細かい弾幕であるという事はそれだけ避ける隙間も潰されるという事である。ハッとする不意打ちは無いがその分堅実で厄介な弾幕だ。
少々神経を使う弾幕の上に途中で一度パターンが変わったため、あまり反撃できないままスペルが終了する。
さてこちらも攻めるか、と御札に霊力をチャージすると、マレフィは一息も入れず連続してスペル宣言をした。
土+風符「庭小人の空中舞踏会」
宣言と共にどこからともなく髭面の茶髪チビ親父が数体沸いて出た。仏頂面で手を繋ぎ、宙で軽快にステップを踏みながら雨あられと茶弾幕を撃ち出して来る。
絵図的にも鬱陶しかったのでチビ親父に向けて御札を放つとくるくる踊りながら避け……ようとして避けきれず、被弾して消える。消える直前にハードボイルドに口の端を歪めサムズアップしてきたのが癪に障った。
しかし消しても消しても沸いて来るチビ親父の群。いちいち踊りのステップが違い、弾幕のパターンも違う。消滅間際にどいつもこいつもガッツポーズをとったり茶化す様に口笛を吹いたりと鬱陶しい事この上無い。精神的に攻め立てる弾幕の様だったが、パターンの方もしっかり組まれているだけに苛立ちを誘った。これもまた意表を突く要素は無いが威力も速度も数もあり厄介な弾幕だった。
霊夢は御祓い棒と御札を駆使して立て続けにチビ親父を屠っている内に踊りのステップと弾幕パターンの関連性に気付いた。よくよく見れば親父達の足が宙に何か紋を刻んでおり、その紋に応じて弾幕の威力を増幅しているらしい。さり気なく芸が細かい魔女だった。
しかし法則が掴めればこちらのもの、霊夢はステップとパターンを対応させ瞬時にスペルの全容を解析。くるくる踊る親父達のばらまく弾幕を完璧に見切ってすり抜け、ぶつぶつ詠唱していたマレフィに御札を全力でぶち込んだ。
撃墜されて咳き込むマレフィは意捕に手を掴まれぶんぶん振り回されながら不機嫌な顔をしていた。しかし霊夢を見る目から小馬鹿にした様な色合いは抜けている。お眼鏡に叶った様だった。
「まさかこの私が頭に花が咲いた巫女に負けるなんて……」
「あんたにゃ花どころか芽すら出ないわ」
サポートキャラクターが追加されました。
マレフィ・ノーレッジ[土水火風を操る程度の能力]
オプション追加:四精霊ホーミングショット……自機攻撃時に敵追尾性能の高い
ショットを自動で撃つ
※マレフィ未使用スペル
霊薬「エリクシール」
少女祈祷中……