意捕を連れて次の目的地、冥界へ向かう。
出来れば亡霊姫を確保したい所だが、別に最近半人前から四分の三人前にランクアップしたらしい庭師でも良い。霊夢はもう四、五人集めてから白雪に挑もうと考えていた。
「やめようよ~危ないよ~」
「うっさい」
弱音を吐く意捕を適当にあしらいながら長い階段を登っていく。何を言おうと弾幕決闘で負けた意捕に拒否権は無い。
「肋骨粉砕されて頭蓋骨粉々にされたらどーすんのよ~」
「心配性ねぇ。そんな事されないわよ」
「嘘だッ!」
意捕は声を張り上げて否定した。嫌に確信が籠った声色だ。実体験でもあるのか。
「あんた怯え過ぎ」
「霊夢が落ち着き過ぎなの!博麗の神よ?ぶっちぎりの最強よ?あんなの相手にするなんて想像しただけで……」
あ゛あ゛あ゛あ゛、と呻いた意捕は自分の体を抱き締めて震えた。
大袈裟な気がしたが一般的な小妖怪の反応としてはこれで正しい気もした。白雪の圧倒的実力を証明する事例は幻想郷の歴史を紐解けば枚挙に暇が無い。あのフラワーマスターが勝負を控えるという時点で激しくおかしい。
私は別に怖くも無いけどなぁ、と首を傾げた霊夢は、長い長い階段の先をふよふよと飛んでいる人間を見つけた。幽霊では無い。人間だ。こんな場所――冥界に繋がる死の気配が濃い場所――に居るのだから、そこそこの実力はあるのだろう。霊夢は声をかけてみる事にした。
「ちょっとそこの怪しい奴!」
「……はい? 私ですか?」
振り返って首を傾げたのは十五、六の少女だった。赤みがかかった黒髪をポニーテールにし、鍵の形のエンブレムの様な髪留めを付けている。紅色を基調とした唐風の衣を着て、腰には用途不明の鍵束が重そうに下がっていた。手には曲がりくねった長い木の杖を持っている。
霊力が心臓付近に集中しているので仙人だろう。
理の探求者
【姑尊徊子】
「ちょっと手を貸してもらうわ」
「私は今忙しいのですが」
「ぷらぷら飛んでるだけじゃない」
「飛びながら考え事をしています」
「考えるの止めればいいでしょ」
「死ねと?」
真顔で言われて流石に理解が追いつかなかった。お前は何を言っているんだ。考え事を止めたぐらいで人が死ぬか。思考停止しろと言っているのでは無いのだから。
霊夢は仕方無く分かりやすい様に噛み砕いて徊子を諭した。
「誰が死ねなんて言ったのよ。一旦考え事とやらをやめて思考を私に振り分けてくれって言ってんの」
「それは幻想郷を覆う二つの大結界維持に必要な要素の復帰、つまるところ博麗白雪の説得もしくは調伏を行う為の協力要請と言う事で宜しいでしょうか」
「……分かってんじゃない」
まともに会話も出来ない馬鹿かと思ったら全て理解していた。静かに微笑むその表情に悪意は見られないが何も読み取れず、どこまで本気か何を考えているのか分からない。
うさん臭く無い紫の様だ。侮れない。
「そちらの方は?」
「あ、私? もう沈みかかった舟だし着いて行くしかないかなと思い始めた哀れな妖怪。慰めて」
「なるほど、なるほど。ご苦労様です」
徊子は乗りかかった舟の間違いは指摘せず、杖をくるりと回してのほほんと言った。緊張感はまるで無い。意捕は労われただけで感涙していた。
「それで? 協力するのしないの?」
「誰が誰に?」
「あんたが私に!」
素っ惚ける徊子に叩き付ける様に言った。こいつは面倒臭い。会話のリズムを取りにくい。霊夢は図らずも祭神と同じ印象をこの仙人に抱いていた。
「そうですね……私はあまり戦いが好きではないのですが」
徊子は首を傾げ、思慮深気にまた杖を回す。
「事情が事情ですし、手助けするのも吝かではありません。もっとも力を貸すに足る力量を持っているか見極めてからとなりますが」
「弾幕で?」
「勝負法はお好きに」
にこにこしている徊子を一瞥し、さっさと弾幕決闘でのしてしまおうと口を開こうととした霊夢は後ろから袖を引かれるのを感じた。振り返るといつの間にか徊子の姿に変身した意捕が渋面を作っている。
「何よ。あんたはサポートに回ってくれれば良いわよ。私が闘うから」
弾幕決闘において「サポート」は概ね能力での行動補助と攻撃オプションを指す。
能力補助の場合は半ば観戦者の立ち位置になり、弾幕もスペルカードも使えず弾幕が飛び交う戦闘域から離れていなければならない。その位置から味方の指示や自分の判断で能力を使い、味方のサポートをするのだ。
攻撃オプションの場合は専ら何かの道具に――陰陽玉や人形など――力を込め、予め決めておいたパターンの固定弾、誘導弾を発射できる様にする。オプション弾の発射タイミングは戦闘を行う者の任意か完全自動で、サポート役は霊力、妖力などの供給のみを行う。これも戦闘域から離れていなければならない。
そしてどちらの場合もサポート役は被弾しても退場にならない。結界か何かの中にでも入り被弾の危険無くぬくぬくと手助けをしていれば良い気楽な役どころだった。
しかし能力の射程や力供給の距離制限の関係上、大抵サポート役は戦闘役に同行する。遠距離サポートを可能にする能力や術式もあるが、霊夢は生憎そんな能力は無く、そんな術も覚えていない。
臆病なドッペルゲンガーに端から共闘など求めていない霊夢は安全を保障する意味も含めてサポートを命じたのだが、意捕は首を横に振った。
「そーじゃなくて。いや当然能力サポートに回るけど。あのさ……私と霊夢の心がさ、開かれてる」
「……は?」
なんだそれ。
「多分、あの杖を回した時にやられたんだと思う。今こっちの考えてる事思ってる事、あっちに筒抜けよ」
霊夢は何気無い仕草で徊子が杖を回していたのを思い出した。あの時か。
キッと素知らぬ顔をした仙人を睨み付けたが微笑むばかりで反応は無い。
「外しなさい」
「ああ、失礼しました」
徊子は悪びれず、ぺこりと一礼して杖を降った。意捕に目をやると頷きが返される。しっかり閉じられた様だ。
喰えない奴だった。
弾幕決闘の最中に敵に直接干渉する事はルールで禁じられている。さもなければメディスンの毒で相手を動けなくして滅多撃ち、白雪の敵の回避力や行動力を下げて動けなくした上で撃ち落とす一撃必殺、などという最早弾幕決闘と呼べ無い暴挙が成立してしまう。
特定の能力のあまりにも圧倒的過ぎるアドバンテージを抑える意味で相手への直接干渉は禁止になっているのだ。
しかしそれは決闘の最中の話。決闘前に干渉されても文句は言えない。無論決闘が始まれば自動発動能力でも無い限り干渉は解除しなければならないが、事前に心を読まれたと言うのは大きい。
そこまで考え、この仙人の行動には一つ一つ意味があるのだ、と霊夢は確信した。一見して意味不明な行動、言動にも計算し尽くされた裏がある。
「おや、私に双子の姉妹は居なかったと思いますが」
「ふふふ、実は私、徊子の生き別れた姉なんだ。さっきの巫女のは世を欺く仮の姿」
「なんと!」
……買い被りだろうか。
「意捕、あいつの心開き返せ無い?」
「無理無理。馬鹿みたいに厳重に鍵が掛かって封じられてるから、開けようと思ったら半日かかるわ」
対策は万全の様だ。
霊夢は肩を竦め、ぐだぐだ考えずに闘う事にした。勝負の前にこちらの思考を読まれてしまったのは痛いが、臨機応変に戦えばなんとかなるだろう。
「んじゃ弾幕決闘で。私が勝ったら協力してもらうわよ」
「はい、了解しました。封鎖した勝利の道、開けてみて下さい」
徊子は速攻をかけて来るかと思えばそうでも無く、やる気の感じられない鍵型弾幕を放って来るだけだった。霊夢が放つ札をゆらゆら揺れて避け、思い出した様に撃って来る。何がやりたいのかさっぱりだった。通常弾幕の応酬で受けに回る意味は無い。
霊夢はそれでもしばらく警戒していたが攻めない事には終わらないと判断し、ちょっと本気を出して札に霊力を充填して投げる。倍近い速度で飛来した十数枚の札を徊子はやはりゆらゆら避けた。
いささかイラッと来た霊夢は更に倍の霊力を札に込めようと構えたが、のろのろ飛んでいた弾幕が突然速度を上げて殺到してきたので攻撃をキャンセルして回避行動を取った。慌てず騒がず冷静に避ける。
遅い弾幕に目が慣れた所でいきなり加速。いやらしい手だが霊夢には通用しない。
「良い目してますね」
嘘か本当か感心した声音で言った徊子はさらりと追撃のスペル宣言をした。
開門「禁断の扉」
霊夢の頭上の空間がピシリと軋んだ。途端に全身の毛が逆立ち悪寒が走る。何か拙いモノが上にいる――――
「霊夢ぅうう! なんかやばいのが開いた!」
どこからか意捕の声が聞こえた。黙れ言われなくても分かってると叫び返す余裕も無く、霊夢は全速力で後ろに離脱した。あそこに止まるのは危険過ぎる。
案の定軋んだ箇所はほんの一瞬円形に開き、スキマの様な蠢く不気味な空間から紫紺のレーザーが真下に放たれた。ボッ、と空気を押し潰す音と共にちょっとした屋敷程度なら飲み込んでしまいそうな太いレーザーが直下の白玉楼階段に衝突する。一応非殺傷らしく階段は壊れなかったが、命中した場所は不気味に鳴動していた。非殺傷でなければ間違なく階段程度チリも残さなかっただろう。
いっそ阿呆らしい威力、範囲、速度。ロックオンから発射までにタイムラグがあるのが幸いだった。威力はどこぞの神が使う滅殺光線に近いものがある。
「また来る!」
「ハァ!?」
意捕の声で我に帰れば、開いたスキマは既に閉じ再び頭上に開きかけていた。慌てて全速で飛ぶ。撃たれる。するとすぐに頭上にスキマが開く。その繰り返しだ。霊夢は常に全速で飛び回らざるを得ない。
しかし逆を言えば全速で飛びさえすれば避けられると言う事あり、七、八発撃たれた時点でレーザー発射のタイムラグを掴んだ霊夢は飛行速度に乗せてぼんやり滞空している徊子に向かって札を投げた。
が、札に反応したのか進行方向真正面に剣の様な形をした鍵型弾幕が忽然と現われた。思わず息を飲む。
何しろ全速を出しているから相対的に見て鍵型弾幕が迫る速度が異様に速い。速度を緩めれば躱せるが、それを実行すると真上からのレーザーに撃ち抜かれる。
普通の人間ならここで正面に突っ込むか無理に回避しようと速度を緩めて頭上からの一撃を貰う所だ。が、そこは勿論色々と普通の範疇を越えている鬼巫女である。全く減速せず当然の様に正面の弾幕を紙一重で滑らかにかわし、至近から目を見開いている徊子に札を数十枚一気にばらまいた。
「これは参りました。歴代最強の博麗の巫女の名は伊達では無いようですね」
あっさり被弾した徊子は堪えた様子も無く手を叩いて霊夢を褒めた。邪気の無い笑顔に複雑な気分になる。
「……あんた本気出して無かったでしょ」
最後の一撃、この仙人ならばなんとか避けられたはず。それなのに動く素振りも見せなかった。
「滅相も無い。私はいつでもその時々に応じた最善を選択していますよ」
微妙な答え方をする徊子。霊夢は頭を掻いてため息を吐いた。恐る恐る寄って来た大して役に立たなかった意捕と見比べ、この二人を足して二で割れば丁度良くなるのでは無いかと思案する。
……まあ、こちらが勝ったのだから手を抜かれてどうこうと言う事は無い。
「負けた以上は協力してもらうわ」
「勿論です……ああ霊夢さん、幽々子さんと妖夢さんは閻魔様の所に契約の更新に行っています。今白玉楼へ行っても誰も居ませんよ」
「こんなタイミングで……なら閻魔も駄目かしら」
「閻魔!? やだよ怖い! あんなの仲間にするなら私逃げるからね!」
「……まあ強けりゃ良いってものでも無いわね。別の所当たるわ」
サポートキャラクターが追加されました。
姑尊徊子[鍵や箱などを開ける程度の能力]
オプション付加:仙弾……前方直線軌道、一秒間隔で一発発射されるオプション。威力は高い
※徊子未使用スペル
開封「パンドラの箱」
開心「オープンユアハート」
少女祈祷中……