近代に入ってから神の人口……柱口?は減るばかりである。新しく生まれる神もなくは無いが減る方が圧倒的に早い。八百万の神も定員割れして百分の一以下にまで落ち込んでいる。
出雲大社で神在月に行われる八百万の神の集会の出席率も下がるばかりだとか。
特に博麗大結界が張られてからは幻想郷在住の神が出席しなくなり、神々の集まりも有名無実のものに成り下がっている。
ちなみに私はわざわざ出雲に行くのが面倒だったので一度も出席していない。どうやら古代の妖怪が神に成った存在だという事が一部の神に知らされていたらしく、彼等が遠慮して無理に誘っては来なかった。
まあ確固たる強力な信仰を得ている極一部の神以外はあらかた消滅すりか幻想入りするかしている訳で、八咫烏までもが力を失って幻想入りした昨今、出雲の集会が取りやめになる日も近いだろう。
人間が石器を使い神々に頼りきりだった時代から生きている身としてはなんとも淋しい気分になる。手のかかる子が独り立ちをしてしまったような……違うか。遊び相手が減ってしまった感じだ。どちらにせよ淋しい事に変わりは無い。
しかし出雲の集会ばかりが神の交流手段ではない。大して広くも無い幻想郷では探す所を探せば神ぐらいゴロゴロしている。人間が祈りを捧げればこちらから顔を出したりもする。有り難みも薄れるってなもんだ。
「だからって秋だけ信仰するのもどうなのよ……」
「紅葉が茶色く枯れ落ちるのなんて見たくない……」
「なんで秋の後に三つも季節があるのよ……もう秋冬秋春秋夏秋冬で良いじゃない……」
私はとある山裾の古びた祠の中でじめじめ蹲っている秋姉妹を訪ねていた。季節は冬。二人はとことんダウザー……もといダウナーになっている。
「あー、お二人さん、諏訪子と神奈子がさ、そろそろ一周年って事で神を洩の湯に招待して回ってるんだけど」
私はその遣いだ。表向きは神同士親交と信仰を深めようって題目で、その実宴会目的。元々軽いノリの諏訪子はとにかく真面目な神奈子も大分幻想郷の空気に毒されてきている。良い事だ。
「……温泉……また熱湯で煮られるの? 煮っころがしにされるの?」
「そして私は紅葉まんじゅうにされるんだわ……」
二人は揃ってウフフと自虐的な笑い声を上げた。反応が悪い。そして暗い。私はなんとか気持ちを上向かせようとしてみる。
「神が神食べたら共食いじゃん。大丈夫だって。こんな所でクヨクヨしてる方がよっぽど体に悪いよ」
「……もういいの……もうほっといて……そっとしといて……」
「一年中信仰に溢れたリア充に私達の気持ちは分からないわ……」
リア充て。そんな言葉どこで覚えた。
「稔子も静葉も秋は結構祈られてるじゃん」
「秋はね……今は冬だもの……」
「もう雪に溶けて消えてミネラルウォーターになりたい……」
「冷凍みかんになって食品売り場の片隅で忘れ去られたい……」
すんげぇ願望だ。相当自棄になっていると見える。毎年の事だしなんとかかんとか越冬するとは思うけど、結界でも張って防御を固めておかなければ弱った所を野良妖怪に捕食されそうだ。
体は信仰で出来ている
血潮は芋で
心は紅葉
幾たびの冬を越えて腐敗――――
「ちょっと……今変な呪文考えてたでしょう……」
「なぜばれた」
「鬱だ死のう……」
ちょっと思い付いただけなのに読まれた上にこの反応。何を言っても無駄か?
「ああなんかもう喋るのも疲れたわ……心臓動かすのも怠い……瞬きも怠い……冬眠して春眠して夏眠すればすぐに秋……それまで我慢我慢……」
「……そういえば姉さん、二次元の中は常に秋だったりするらしいわ……」
「そうなの? なら現実なんかやめてやるわ……今が冬だなんて有り得ないもの……そう、ここはきっと夢の世界……目が覚めればまだまだ秋に決まってるわ……」
わぁ末期。目が虚ろだ。
私は説得して連れ出すのを諦め、ミネラルウォーターになったり冷凍みかんになったりする前に活力と気力を上げた。膝を抱えて体育座りをしていた二人の肩がぴくんと動き、目に微かな生気が戻る。
未だどよどよした空気を纏っていたが取り敢えず迷走した台詞は吐かなくなったのでその隙に肩に担いで洩の湯へ向かった。向こうに着いたら厄神のお世話になろう。おお厄い厄い。
そんな出来事から数ヶ月後、ある夏の日の深夜。縁側に腰掛けおぼろ月をぼんやり眺めていると神社に強い魔力と妖力が近付いて来た。この気配はフランとルーミアだ。
何か相談に来たのかそれとも単に遊びに来たのかと目を細めて闇夜を見通すと、フランが血まみれのルーミアを背負っているのが見えた。
……何事?
神社の境内に降り立ち駆け寄って来るフランは随分気が動転しているらしく、頬には涙の跡が見えた。
「白雪っ! ルーミアが、ルーミアがどかんって!」
「あー、ひとまず落ち着こうか。大丈夫だから」
フランの背から気絶しているルーミアを降ろし、縁側に仰向けに寝かせた。脇腹が無残に抉れてだらだら血が流れている。こりゃ重傷だ。
私は治癒力、回復力、再生力を上げようとしたが、強化する元になる力が消失している事に気付いた。この症状は……
横目でフランを見れば泣きそうな顔でオロオロしている。わざとなのか事故なのか。十中八九事故だろう。
「だ、だめ?」
「大丈夫大丈夫」
手を止めた私を不安そうに見つめるフランの頭を撫でてやり、居間の薬棚から永琳特製の回復薬を呼び寄せた。小瓶の蓋を開け、中の銀色の粉を傷口に振り掛けると一瞬で出血が止まった。見る間に血管が再生し肉が盛り上がり皮膚が出来る。
能力も相性次第。フランの能力による負傷は私では治せないが、永琳や紫なら治す事が出来る。
血色を戻しすやすやと寝息を立て始めたルーミアを見てフランはほっと息を吐き、ぐしぐしと顔を拭った。普段は冷静沈着でカリスマに溢れていてもまだまだ子供だ。
私は薬瓶をしまってフランに問い掛けた。
「それでどうしたの? 能力の暴走……なんて事は無いと思うけど」
日々能力の使いこなしに磨きをかけているフランが今更能力を暴発させたり、`目´の把握を誤ったりするとは考え難い。フランを操って間接的にルーミアを攻撃できる様な奴も早々居ないだろう。
答えるフランの歯切れは悪かった。
「うん……あ、あのね、日が暮れてからルーミアと一緒に探検に行ったんだけど、そこで――――」