妖力は齢を重ねて増える。
神力は信仰を得て増える。
霊力は修行をして増える。
霊力を増やす修行とは幅広く、滝に打たれるも良し、瞑想するも良し、死者に関わったり神に祈ったり妖怪を退治したりしても上がる。
普通に日常生活をしているだけでもちまちま上がるが微々たるものなので考慮に入れる必要は無い。
先日カヤに霊力を上げれば飛べるかもしれないと漏らすと、是非とも修行をつけてくれと懇願された。幼女にすがりつく若い娘という絵図は里の中では目立って仕方なかったので私はその場で返事をせず、永遠亭に戻って兎を撫でながら考えた。
カヤは今年十六になる。里の男に毎日の様に求婚されているが笑顔で断り、いつも白雪様白雪様と私の後を着いて来て可愛い。化粧っ気も無いくせにすれ違ったら十人が十人振り返る楚々とした大和撫子である。
この時代十六で結婚でも遅い方だ。里では大抵十三、四で結婚する。このロリコン共め! と思うが時代的にはこれが普通なので仕方ない。男もそれぐらいの歳で結婚する。
要するにカヤは婚期を逃しつつあるのである。修行などしていれば本当に行き遅れてしまう。空を飛びたい、弾幕を撃ってみたいという夢も大切だが、長い目で見れば今の内に男を捕まえておいた方が良いように思う。カヤなら選り取りみどりだ。
「こういう時、お前達は役にたたないね」
ため息を吐き、膝の上に座って私を見上げる兎の耳をくすぐった。寿命が三十年弱に伸びた竹林の兎達だが、相談役が務まるほど知能は発達していない。心地よさそうに鼻をふんふん鳴らすばかりである。
「全く悩ましい」
神になっても悩み事は尽きなかった。
一晩悩み、カヤに修行をつける事にした。後で後悔しても自分で選んだ道である。なんとなく後悔しなさそうな予感はしたが。
「親御さんには挨拶してきた?」
「はい。少し淋しいですけど会えなくなる訳じゃないですから」
カヤは少ない荷物を背負い、笑って答えた。
霊力を上げる一番手っ取り早い方法は神に仕える事である。神職に就くのは各種修行法の中で一番伸び率が良い。よって今日からカヤには私の巫女をやってもらう事にした。本人も乗り気だ。
「そう。なら行こうか」
「はい!」
巫女をやる以上住み込みになるが、永遠亭がある竹林に住まわせると一人になった時に迷いそうなので、いっそ神社を造ってしまおうという話になった。普通神社は人間に建ててもらう物だが、建築技術の未発達な里の人間に任せるのは不安なので私が建てる。永遠亭を建てた経験があるのですぐに建つと思う。
諸々の立地条件からしてこのあたりが未来の幻想郷には違いない。まだ博霊神社のはの字も聞かないが、後からできるのだろう。神社が二つになると信仰が割れないか心配だけれど守矢一家が越して来ても折り合いをつけていたので大丈夫だと踏んだ。神社二つも三つも変わらんだろ。きっと。
神社は竹林と里の中間の山の中腹に建てる。時々永遠亭の兎の様子を見たいので竹林から離れてはいけないし、里から遠過ぎると参拝客が減る。両方考えた折衷案だ。
「白雪様、神社が建つまで私はどこに住めば良いでしょう?」
里から離れてえっちらおっちらと歩き続け、ゆるい傾斜の山肌を登りながらカヤが聞いてきた。
「?」
「いえ、神社を建てるのには時間がかかるのでしょう?」
「かからないよ? 一日で終わる」
「はい?」
何言ってんの? 神が普通の建築方法を使うと思う?
「まあ見てれば分かるよ」
ニヤりと笑うとカヤは曖昧に頷いた。
そして辿り着いた目的地。今日の朝、里に行く途中で木を切っておいたのでちょっとした広場になっていた。建築用の瓦も運んである。
「ここですか? 良い場所ですね。日当たりもいいですし」
「うん。じゃ、少し離れて。神の力の一端を見せてあげる」
カヤが広場の端に下がったのを確認し、私は両手を掲げた。神力を集めて広場に解き放つ。
隅に積まれた木材の皮が独りでにはがれ、水分が抜けて一回り縮んだ。次に見えない刃物がサクサク枝を切断して長さを調節。
木材の長さを整えてカンナをかけている間、土の一部が盛り上がって石化していった。これが基礎部分になる。
「はわー……」
後ろでカヤが感嘆していた。頭の中に設計図を作っておけばほとんどフルオートだからね。神力建築は楽で良い。
基礎ができたら土台を造り、更に綺麗に揃えられた柱が見えない大工によって土台の上に組まれていく。ちなみに釘を使わない。釘を使おうにもそもそも製鉄技術が無い。里では未だに青銅を使っている。
大黒柱を中心に柱と梁が組み上がり、屋根ができたところで永遠亭を建てた時に余った瓦を敷いていく。
「……よし!」
所々描写をはしょったが、全工程が終わってもまだ日は高い位置にあった。一日もかからなかったな。
「白雪様凄いです!」
カヤは目を輝かせていた。事あるごとにそれ言うけど口癖?
「神力は割と何でもできるからね。鳥居とか参道とかはまた今度にしようか」
今ので神力がほとんど無くなった。神力は自然回復しないので信仰を集めなければいけない。信仰は大雑把に言えば神への感謝みたいなものだから、普段から里をよく統治していれば安定して手に入る。でも一晩で全快とまではいかず……神力バージョンのエリクサーとかあればいいのに。
「まあ、ほどほどに仕えてね」
「任せて下さい!」
カヤと神社で暮らすようになってから、生活が非常に楽になった。
カヤは朝日が昇る前に起きる。少し離れた所にある山の滝に打たれ、帰って来たら朝餉の用意。準備ができたら優しく起こしてくれる。
寝起きの私の髪を櫛で丁寧に解かしてくれ、それが終わると一緒に食べる。
食器の片付け、境内の掃除、洗濯etc……
カヤはかいがいしく私の世話を焼いてくれた。怠け癖が付きそうで怖いくらいだ。参拝客の相手までしてくれるので私はやることが無い。私が居なくなっても機能するんじゃないかと錯覚してしまう程の働きぶりである。
少し休めば、と口に出すと悲しそうにするので言えない。もうね、そんな所も可愛くて可愛くて! カヤの惚気話なら半日はいける!
……ちょっと興奮した。落ち着こう。
修行は順調でミカンくらいの弾幕を数発撃てるようになっている。まだ飛べないが、小妖怪退治の牽制程度にはなるので妖怪退治にも連れて行っている。
初めて同行させた時に真剣な顔をしてネギを構えたのには笑った。ネギに霊的な力があると勘違いしていたらしい。
顔を真っ赤にして拗ねるカヤをなだめ、翌日霊夢が持っているような御祓い棒を作ってあげると大喜びした。可愛い。
なーんかスタイルが博霊の巫女と被ってきている気がするが、寒そうな脛見せはしていないし、服もスカートではなく袴。白雪様の衣と髪の色ー、と言って嬉しそうに巫女服を着ている。
能力持ってないし霊夢や早苗より霊力は低いだろうが、努力家で真面目で私に懐いてくれている自慢の巫女である。