故郷の父さん、母さん、元気ですか。息子は娘どころか妖怪になっても頑張っています。
村を発見したは良いがコンタクトを取る気にはなれなかった。村は高い木の柵で切れ目無く囲まれ、唯一の出入り口には門番っぽい厳つい槍を担いだ兄さんが警戒心を剥き出しにしているのである。なにあれこわい。
村人は全員黒髪の日本人らしい顔をしていた。俺は……もう私でいいか、女だし。私は瞳こそ黒だが髪は純白。日焼け? 何それ美味しいのと言わんばかりの白い肌。
どう見ても異邦人だ。門番に会った瞬間に怪しい奴、と斬られかねない。
村人が話す言語はなぜか現代日本語とそっくりで、彼等と接触を諦めた私は崖の上に身を潜めて毎日盗み聞きをしていた。
「崖の上から」盗み聞きだ。言い間違ってはいない。
毛玉に遭遇撃退してから五日ほどの間、身体能力が超人的に成長したのだ。しかも一日に森で採った小さなキノコ数本しか食べてないのに元気全開。
こっちに来てからこの台詞ばっかりな気もするけど、なんで?
もしかして空気にプロテインの世界に来ちゃった? 嫌だぜそんなの。
悶々と悩んでいたが、疑問は盗聴十日目に解決した。粗末なござの上に座り木の櫛で脱穀をしていた男二人のぼやきが聞こえる。
「最近妖怪来ねぇなあ」
「いいだろ気楽で」
「まあなあ。能力持ちでも襲って来た日にゃ死闘だからな」
妖怪……だと?
この世界妖怪いるのか? 人間離れしたこの体力筋力。もしかして俺、もとい私妖怪になってる? 漁とか狩りの様子を観察する限り普通の人間は崖を垂直に駈け登ったり三十分息を止めたりできないみたいだし。
それに能力持ちってなんだ? 過去の世界か狩人漫画の世界かと思ったが違うのか。
能力、能力……と頭を悩ませていると、唐突に理解した。
あ、私も能力持ってるわ。
理屈は知らんが理解した。一度気がつけば自分の手足を認識するのと同じぐらい自然に把握できた。今までどうして知覚できなかったのか不思議なくらいだ。
私の能力は、
「力を操る程度の能力」
東方かよ!
疑問が氷解して納得した。東方って人型の妖怪が多いし……つーか人型しか居ないもんな。あの毛玉は特殊な妖怪だったんだろう。空間を渡るとか何かそんな感じの能力を持ってたのかねぇ。その割にはたかが彫刻刀であっさり死んだが。
私の妖怪変化の理由も謎だが気にしない事にした。人間より妖怪の方が長生きで強い。他の妖怪は知らんが私は人間を食べなくても平気。文句なんか無い。
元の世界に戻る気は無かった。ぶっちゃけた話、部活や家族よりも妖怪パワーの方が興味があった。自分で言うのもなんだが薄情である。相変わらず食べ物は貧相なキノコやら中身がスッカスカの木の実やらで寂しかったが空腹を感じ難くなっていたお陰で我慢できた。
その物理法則を無視しているっぽい妖怪パワー、元になるのは妖力だ。妖怪が持つ力だから妖力。安直なネーミングだが分かりやすくて良いと思う。
「力を操る程度の能力」を自覚してから、「力」に敏感になった。自分の体からもやもや出ている黒っぽい妖力が見える。人間からは白っぽいもやがほんの少し出ていた。人の力だから人力、と呼ぼうかと思ったが、ややこしいので霊力にした。
この能力は「力」が見えるだけではない。八雲紫の「境界を操る程度の能力」には負けそうだが、かなりのチート具合だった。
妖力を霊力に変換したり。
霊力を電力に変換したり。
再生力を上げたり。
防御力を上げたり。
観察力、記憶力、画力なんてものも強化できる。
一度に操れる「力」は一つだけ、無から力を出せない、という制限はあるが、応用が効く優秀な能力だ。しかもエネルギー変換効率100%。すげぇ。
能力を使えば、いや使わなくても人間の百人や二百人一捻りにできそうだが、未だ村には顔を出していない。
どうもこの世界この時代、人間と妖怪の仲が悪いらしいのである。
私はまだお目にかかっていないが時折妖怪が村を襲撃するらしく、毎回死傷者が出ているそうだ。ただ家々を破壊し村人を引き裂くだけの時もあれば村の備蓄を奪っていくこともある。どちらにせよ襲撃のたびに働き盛りの男衆が深手を負うので妖怪は非常に嫌われていた。
死傷者か。スペルカードルール前だな……村の文明レベルから察するにまさか幻想郷もまだできていない? どんだけ昔なんだよ。
相変わらず崖の上から聴力を強化して観察と盗聴を続けているが、村人達はいつも上半身裸でうろついている。服着ろ。
この分では幻想郷誕生は当分先になりそうだ。
こちらの世界に来て早一年が経った。四季が巡って再び冬、私は寝床にしている森の中の小さな岩窟から出て村に向かった。
毎日毎日朝から晩まで村人を観察していたせいか、最近彼等に愛着が沸いてきた。向こうはこちらを知らないが、私は向こうを一方的によく知っている。名前、趣味、好きな食べ物、片思いの相手まで。ストーカーみたいな……げふんげふん。えー、彼等は文明レベルは低いが愉快な人達だった。
今日も今日とてこっそりといつもの崖の上に向かったのだが、不意に自分以外の妖力を感じた。
「ん?」
意識を集中して探ってみたが気のせいでは無い。村に向かってかなりのスピードで妖力が近付いている。
噂に聞く村を襲う妖怪か。私は走力を強化して駆け出した。
森の木々の間をすり抜けるように走り、あっという間に崖の上につく。匍匐前進で崖の端に這っていき、下を覗くと丁度村を挟んで反対側の森から妖怪が飛び出したところだった。妖怪は木の柵を紙切れのように吹き飛ばし、易々と村に侵入した。
「鬼がでたぞー!」
「ゴサンの家が壊された!」
「門番早く来い!」
村はたちまち大混乱に陥った。ドリルのような一本角を頭に付けた茶髪の青年が、半纏に袴姿で村人を引き裂いていく。ああっミラヤ! ソナ!
時代を無視した服装は置いておくとして、鬼は凄まじい形相で村人を惨殺していく。飛来する矢の雨は周りの土が盛り上がらせ、壁を作って防いでいた。土を操る力か?
眼下で殺戮劇が繰り広げられているのだが、不思議とショックは受けなかった。
妖怪化して感覚が変わったのか、ああ悲しいな可哀相だな程度だ。この世界に来る前では考えられない。多少心がざわつくのみで嫌悪感は湧かなかった。
しかしだからといって村人が殺されるのは黙って見ていられない。私は脚力を強化し、ひとっとびで暴れる鬼の眼前に降り立った。
ザン、と音を響かせ空から降ってきた私に人妖双方が驚いた。
「助太刀参上!」
人間の方を見て笑いかけたのだが、顔を強張らせて一斉に弓を構えられた。ちょっ!
「新手の妖怪か!」
「ちっ、妖怪二匹は止めきれん。女子供を逃がせ!」
「俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。死んでたまるか!」
イザク、それ死亡フラグだから。
「放て!」
あ、止めて射らないで!
「待って、私人間の味方だからって痛い痛い、ちくちくする!」
手で顔を覆ってガードする。幼女が男言葉で話すのも変なので適当な女言葉らしきもので頼んだ。防御力を強化しているが、衣から出ている手足に矢が当たって痛い。痛いで済むこの体に感謝である。
「何か言ってるぞ!」
「耳を貸すな!」
「矢が効かん! 外見が幼くともやはり妖怪か!」
分かってくれない。こりゃ妖怪=悪って観念が染み付いてるな。駄目だこれ。
鬼の青年はそちらは任せたとばかりに遠くで暴れていた。彼に近付こうとしたが、村人が必死の形相で立ちふさがる。
「どいてノヤ! あの鬼を止める!」
「何!?この妖怪、俺の名前を知ってやがる! チビで気色悪い奴め!」
逆効果! 妖怪と人間の仲悪すぎだろ。
あー、もうやってられん! どうせ妖怪ですよ!
「鬼さん、そろそろ引くよ!」
一か八か今度は倉庫を破壊している鬼に声をかけるとこちらに走り寄ってきた。
おお、聞いてくれた。
「何だもう限界か」
意外と渋い声だった。しかもイケ面。く、悔しくないからな!
「はいはい限界限界。私もう無理。脱出手伝って」
「いいだろう」
鬼はあっさり頷いた。あ、いいんだ。村を壊滅させるまで止る気は無い! とか言うと思った。
「ついてきて」
身を翻して走り出すと、鬼は隣を並走した。後ろから村人が矢を射掛けてくるが彼は気にも留めない。
「初めて自分以外の妖怪を見た」
「それは私も同じ。ところで何で村を襲ったの? 時々強襲してるみたいだけど」
問い掛けながら柵を飛び越え、村の外に出る。鬼は柵を突き破って続いた。豪快。
「ムシャクシャしたからな」
「中学生か!」
「チュウガクセイ?」
鬼が不思議そうな顔をする。やべ。いやそんなに不味くもないのか?
……まあ意味を説明するのにも手間取りそうだし誤魔化しておこう。
「いや何でもない。鬼さん家は?」
「剛鬼」
「どこそれ」
「俺の名だ。剛の鬼、剛鬼。お前は?」
な、名前? 前世の名前はもろに男名だし……なんかないかなんかないか。
私の特徴。白髪、幼女、妖怪。白髪だから白とか? いやもうちょい捻って……
「白雪。白い雪」
咄嗟に考えた名だがこれでいいか。後ろに姫がつきそうだ。
剛鬼は良い名だ、と言うと黙って私の横をひた走った。森に入ると村はもう見えない。
村人は追って来なかった。