IF番外編エンドその1
ある依頼明けの日、マダムが死んだ。
正確に言えば殺された。
ボクがいない時に狙われたのは偶然か、故意か?
無論、屋敷の警備班が総力を挙げて迎撃したのだが、相手はノーマルACすら持ち出し、強引に防衛線を突破、マダムのいた寝室にグレネードを叩き込んだ。
マダムの死体は欠片も残らなかった。
屋敷の人達の多くに死傷者が出て、襲撃者達は一人も捕まらずに終わった。
この状態で指示を出す立場の侍女長も意識不明の重体で、屋敷には誰もいなくなった。
ボクは、また居場所を失った。
それからのボクは何もする気力も無く、ただ茫然としながら当ても無く彷徨い続ける日々を送った。
休息を取る事も無く、ただ無為に体力を消耗し続け、何時しか何処とも知れぬ路地裏で倒れていた。
そのまま野たれ死ぬ事にすら恐怖は無かった。
ただ何も解らずに終わる事とマダムに恩を返せない事だけが気掛かりではあったが。
そして気付けばボクは、何処かの古びた部屋の中にいた。
そこからの日々は何故か客観的な記憶しか残っていない。
恐らく此処は女衒か何かの店で、ボクはそこに拾われたのだと思う。
証拠に、時折部屋に男が来てはボクの体を抱いていった。
一応マダム達にしか体を許していないので、抵抗を試みたが、丸腰の14歳の体格と筋力では圧し掛かってくる成人には敵わなかった。
マダムと違い、テクニックも無い力任せだからか、快楽なんて殆ど感じないが、ボクの容姿が気に入られたのか、それなりの頻度で客は訪れて、人形を扱う様にボクを抱いていった。
それからは時折与えられる食料を僅かに摘まむか、連れて行かれた風呂で体を洗うかしながら、誰とも知らぬ男達がボクの体を通り過ぎる日々が続いた。
そんな事を繰り返し続ける日々、始まりが突然なら終わるのもまた同様だった。
ある夜、妙に首筋がチリチリするのを感じて、頭を上げた。
この感覚は今までの経験で発達した皮膚感が危険を察知した時に感じるものだった。
周りが騒がしい、普段のここも女衒の喘ぎ声や悲鳴で喧しいが、これは別種の、血の匂いのする喧騒だった。
その内、命を絶たれる断末魔の悲鳴や銃声が聞こえ始めたが、客の相手をして疲れていたボクは特に気にする事も無く、そのまま寝てしまった。
起きた時、既に銃声は止み、すすり泣く声や悲鳴、家探しの音が聞こえ始めていた。
その内、幾つかの足音が自身のいる部屋に近づいてきたが、どうでも良かった。
そして、武装した見慣れぬ男が部屋に入ってきた。
男はズカズカとボクのいるベッドまで近づくと、ボクの体を押し倒した。
ボクは何時もの様に抵抗無くその男の行動を受け入れつつも、その男の様子を素早く観察した。
男は体のあちこちに隠し武器や弾装を持ち、その体には血の匂いがこびり付いている事から、先程まで殺し合いをしていた事を容易に悟らせた。
出来ればここで殺されて終わりにしたいと考えたが、男の手付きはボクを抱こうとした連中とは異なり、何かを探る様な動きだった。
「お前、リンクスだな?」
確信の元に放たれた言葉だった。
よく考えれば、先程の男の手付きは脊髄に沿った動きだった。
恐らくAMSプラグの有無を確認したのだろう。
しかし、抱いている最中ならまだしも、何故それを態々確認する?
「付いてきな。」
男はそれだけを言うと、直ぐに部屋を出て行く。
男の指示に従う理由は無かった。
だが、その理不尽さが何処かマダムと重なったからか、それとも単なる気紛れか、ボクは誰かも知らないその男に付いていった。
それからのボクは男に従い、行動を共にした。
男はボクに名乗らなかった、ボクも名乗りはしなかった。
単純に、互いに興味が湧かなかっただけだが、不思議とこの関係は続いた。
ボクは男が何者で、これからどんな事をするのかも知っていた。
それでも止めずに従ったのは、ボクが男の中に潜む狂気にどこか共感できるようになっていたからだろうか?
それとも、ここがまだゲームの中と感じているからこその行いなのだろうか?
どちらでも構わないと思いつつ、どうしたらマダムに恩を返せるだろうか?と考え続ける日々が続いた。
暫く後、ボクは男とその部下達の協力の元、自身の愛機『ハウンド・ドッグ』をGAから奪い取り、男のネクストと共に世界の彼方此方でテロ活動に従事し続けた。
その内、男と共に更に大きなテログループの傘下に入ったが、男とその部下達の意思は一片も変わる事は無かった。
そして、男の指示の元、ボクはクレイドル03に来ていた。
過去形なのは既にクレイドルが全機撃墜され、この空域には存在しないからだ。
かつて見た、青い03―AALIYAHも来ていたが、特に意識する事は無かった。
あの機体が来ているのは、『彼』が『天敵』となる道を選んだという事だろうが、既にこの世界がどうなろうともボクは興味が無かった。
このまま殺し続ければ、何時かはマダムの仇を殺せる日が来るのだろうか?
狂喜する男と無言のまま佇む『彼』を思考から追いやりつつ、ボクは落ちていくクレイドルを見続けながら、そんな答えの出ない問を考えていた。
SIDE Roadie
『彼女』の殺害を上層部が決定した時、既にこの事態が起こる事は決まっていたのかも知れない。
しかし、所詮は老兵でしかない私には踊らされた上層部の決定を覆す力は無かった。
それがどんな事態を招くと解っていてもだ。
結果は私の予想を超えて、事態は最悪の方向に向かった。
GAネクスト担当支部の襲撃、その後起こったクレイドル03襲撃。
その双方で、あの少年とその愛機の姿が確認された。
しかし、どうする事も出来ない、殺してでも止めるしかないのだろう。
既に、彼を止められる唯一の女性はこの世にいないのだから。
作戦領域が見えて来た。
既に目標のネクストは展開している。
一応はこちらが奇襲する立場だが、何の気休めにもならんだろう。
寧ろこちらが警戒しなければならない程だ。
そして、こちらが後少しでカーパルスの障壁を超える時、事は起こった。
自身の経験に従い、全力で左にQBを吹かす。
直後、コジマ粒子の特徴的な光が自身の右から迫って来た。
恐らくAAのものであろうコジマ粒子の光に紛れて、新たな機影が見える。
レーダーには4機分の反応、やはり奇襲か。
恐らくはダミーを設置し、カーパルス近くの海中にでも潜んでいたのだろう、機を見て出て来たか。
幸いにも私の方はPAを削られた程度で済んだが、逃げ遅れた一機、リリウム・ウォルコットのアンビエントの方はそうは行かなかったらしい。
アンビエントPAは完全に消失し、機体にもかなりの損傷を受けている。
そして、不安定になっていたアンビエントの真上に、見覚えのある機体が落下してきた
白を基調に、頭部に赤のアクセントがある重量二脚の機体、『ハウンド・ドッグ』がその重量を真下の向けて解放、アンビエントを踏み潰した。
無論、それだけでネクストは大破しないが、メインブースターは完全に破壊されている。
『く、そんなッ…!』
そして、ハウンド・ドッグは足下の獲物に向けて、拡散バズーカの零距離射撃を見舞った。
砲弾サイズの散弾を至近から浴び、損傷していた装甲は突き破られ、アンビエントは内部を完全に破壊された。
…恐らく、彼女の生存は絶望的だろう。
無論、私もそれを黙認していた訳ではないが、他の3機と共に残りの二機の相手をしていたため、救援は不可能だった。
そしてハウンド・ドッグが戦線に復帰する、狙いは…私か。
残りの二機は彼らに任せるが、あの少年だけは私が止める……感傷だが、せめて彼女の所に送ってやるのが、止められなかった私の責務だ。
そして、少年と私の死闘が始まった。
カーパルスのエネルギー送信機が並ぶ中でお互いのバズーカが、ガトリングが、ミサイルが火を吹く。
雨霰とミサイルが双方に降り注ぎ、周囲の施設に流れ弾が当たり、次々と爆散していき、周囲が火の海になっていく。
そして暫しの火力の応酬で、私は自身の不利を悟った。
お互い性能面では然したる優劣は無い、しかしこちらのミサイルの殆どは相手のガトリングに迎撃され、意味を成さない。
相手は豊富なミサイルでこちらの装甲を削ってくるが、こちらにはそれに対する迎撃手段が少ない。
こちらは実弾に強いと言えそれは向こうも同じであり、このままではいずれ競り負けるだろう。
向こうにはAAがあるので接近戦は自殺行為に等しいが、そうも言ってはいられない。
こちらはやや不利だが、向こうの戦闘は味方が押している。
暫くすれば、こちらに増援が来るかもしれないが、それでは彼を討てなくなる。
それだけは避けたい、となれば、やはり短期決戦しかないか…。
私は覚悟を決めて、武器腕バズーカから両肩のミサイルを選択、向こうには格段に劣るもののミサイル弾幕を形成し、突撃を開始する。
無論、勝算はあった。
如何に装甲が厚くとも、至近からの大口径バズーカの攻撃なら装甲を貫けるかもしれない。
それはこちらにも言えることだが、向こうは拡散バズーカであり、貫通力は低い。
こちらの装甲ならばガトリングも牽制以上には使えない、ミサイルも近距離では己を巻き込む、そこが狙い目だ。
ミサイル弾幕同士が接触し、爆風で互いの視界が遮られる。
そして、最も爆風が厚い位置から相手のいるだろう位置に向けて突貫する。
だが、狙っていたのは相手も同様だった。
爆炎に包まれながら、私と彼は至近距離で邂逅した。
一瞬の驚愕はあったが、所詮前倒しになっただけの事だ。
相手が拡散バズーカの砲身で殴り掛かって来るのを、私は自身の頭部を相手の顔面に叩き付ける事で阻む。
そして両腕のバズーカの砲身で無理矢理相手を挟み込み拘束すると、やや下方にQTを発動、加速を込めて相手をカーパルスの底に仰向けに叩き付けた。
無茶な行動で機体が悲鳴を上げるが、これ位ならまだ問題無いと、機体を更に動かしていく。
(老兵でしかない私だが、君一人位は討たせて貰うぞ…!!)
そして、未だ体勢が整わない彼に向けミサイルを発射、直後に武器腕バズーカを選択し、OBを発動する。
彼はガトリング、拡散バズーカの双方で迎撃しようとするものの、叩き付けられた影響か不安定な姿勢のせいか、ガトリングの集弾率が低く、迎撃しきれていない。
そして突撃するこちらを見て、迎撃を止めると、タイミングを合わせAAを発動する。
確かに有効だろう、ミサイルとこちらの迎撃両方を同時にこなせるのだから。
しかし、それがこちらの狙い目だ。
迫り来るコジマ粒子の壁を避けるのではなく、敢えて突き進む。
途端、体全体から激痛が突き刺さる。
その痛みに奥歯を噛み砕きながら耐え切り、直ぐに捉えた…漸く立ち上がり始めたハウンド・ドッグの姿を。
音速を超えて加速するこちらの意図を悟ったのか、彼は回避しようとするが、その動きは遅過ぎた。
直後、フィードバックの武器腕バズーカの砲口がハウンド・ドッグのコア中央に突き立ち……
「お、おおおおぉぉぉぉぉッッ……!!!」
加速をそのままに、カーパルスの障壁に激突、同時に放たれた砲弾はハウンド・ドッグの分厚い装甲を砕き、内部構造を食い荒らした。
無理な体勢から行われた無茶な攻撃で、フィードバックはその主兵装たる武器腕バズーカが大破したものの、狙い通りハウンド・ドッグは完全にその機能を完全に停止した。
「彼女と恙無く過ごせよ……私も、直ぐに行く事になるだろう。」
大破した白い猟犬にそう告げて、私は砲火が絶えない戦場へと戻っていった。
この戦場から砲火が止んだ後、その場から立ち去ったのは一人のリンクスだけだった。
そしてこの後、たった一人のリンクスによって、クレイドルは深刻な出血を強いられる事になる。
人類種の天敵とすら呼ばれた彼は、史上最も多くの人命を殺害した個人でもある。
そして世界は、たった一人の天敵を討つために、新たな体制に移り変わる事になる。
皮肉にもその体制は、世界に新たな秩序と平和を齎し、天敵が病に倒れ、絶命する時まで健全に機能し続けるのだった。