『約60秒後に作戦領域に突入する。リンクス、準備は良いか?』
ピッタリとしたスーツとコクピット内を満たすGジェルの感触に、何でボクはこんなとこにいるんだろう、と今までの事を思い出していた。
半年前までは金持ちのマダムの下で愛玩動物、その前はラインアークで他の孤児と共にストリートチルドレン、その前は自宅でACFAをプレイしていた。
それが一体どうやってこんな事態になったんだか…。
思えば、アレが原因だったのか、流星群が飛来すると聞いて、その日の夜に流れ星に「ネクストに乗りたいネクストに乗りたいネクストに乗りたい!」と叫んだからか?
この際、どんなことが原因かは些細だ。
気付けば、ボクはラインアーク内の廃棄区画にいた……なぜか12歳程度まで若返って。
何とかそこを牛耳っているチンピラ達の更に下の、下の、下の、下の……比べるべくも無い程ちっぽけな、ただの孤児が集まった程度の集団に拾ってもらう事でその日の糧を得ていた。
幸いにも一般的大学生程度の学力を保持していたお蔭で、彼らの仕事(スリや空き巣、引ったくり等)では頭が回るとしてそれなりに重宝されていた。
そんなチンピラ達の下で働き続ける生活が7ヶ月程続いたある日、ボクはお金持ちのマダムの下に売られていった。
チンピラ達がそこそこ頭の良い、それでいて幼い子供を誘拐しては売り飛ばしていたのは知っていたが、まさか自分が売られるとは思っていなかった。
売られた先は地上では比較的汚染の少ない地域で、ボクを買ったマダムはそこに建てた屋敷に住む、GA所属の、それなりの地位を持つ人物だった。
待っていたのは、それなりに衣食住が保障されるペットとしての生活だった。
世紀末的なこの世界の定石通り、ボクが辿った道も悲惨なものだった。
どこのエロゲーだと言う程に徹底的に開発された。
泣こうが喚こうが、相手は知ったこっちゃ無い。
どこをどうとは言わないが、全身をあのマダムが知らない場所が無いと言える程には開発された。
今のこの妙な一人称もそのマダムに仕込まれたものだった。
ボクはこのマダムに余程気に入られたらしく、買われてからこの1年間に大抵のプレイ(SMからスカトロまで)は体験させられた。
そして、この事態を招いた原因は、マダムに買われて1年と数ヶ月、今から半年前に行った、街中でのあるプレイが原因だった。
童顔(と言うか幼い)のボクはその時、女装+後ろにバイブ+ノーパンという格好でマダムと共に散歩中だったのだが、その時、ボクが偶然放送されていたニュース映像の中の戦闘中のネクストに目を奪われていたのをマダムが気付いたのだ。
帰宅後、徹底的な焦らしプレイを交え、ボクのネクストに対する憧れを喘ぎ声と白濁液と共に洗いざらいぶちまけられた。
そこからはあっという間で、三日後にはAMS適正検査を受けていた。
その後、アスピナ機関でAMS処理と半年間における訓練を経て、今に至る訳だ。
幸いにも適正がそれなりに高かったボクは、この半年間の訓練で生身よりもやや鈍い程度の動きは出来るようになった。
…我ながら碌なもんじゃないと思う。
『12、11、10……。』
現実逃避もここまで。
後は生きるか、死ぬかの二択だけ。
『作戦領域に到達、行って来い!』
そして、大空に山猫が放たれた。
ミッション内容は極簡単なもので、『ラインアーク襲撃』だ。
WGは不在、通常戦力とノーマル位しかいないが、それとて油断すれば危ない。
ゲームと違い、PAの無い状態で攻撃を受ければ、如何にネクストといえども通常戦力で撃破されかねない。
幸いにも相手は実弾のみで、こちらは旧型とはいえGAN01-SUNSHINEに乗っているので、多少の被弾は耐えられるだろう。
目標が見えてきた。
まだロック距離ではないのか、攻撃してこないが、こちらのFCSはもう捕らえている。
背部兵装を選択、両肩のミサイル(VERMILLION01)を発射する。
速すぎて当たり難いのが難点のVERMILLION01だが、殆ど動かないMT相手なら十分だし、この場所なら言う事は無い。
ゲームと同じく着弾したミサイルとそれに破壊された足場に巻き込まれて多数のMTが沈んでいく。
同じ構造の足場にいたMTも順次同じ末路を辿らせていく。
やや頑丈な橋にいるMTは腕部兵装のライフル(GAN0に-NSS-WR)とバズーカ(GAN01-SS-WB)で撃破していく。
QBを交えた移動でMTの上や背後を取れば被弾のリスクは少なくて済む。
殆ど一方的にMTを撃破した後、ノーマルが出てきた。
同じGA製のGA03-SOLARWINDが6機、二手に分かれている。
ミサイルを放ってくるが、QBを一度吹かしただけで回避できるし、バズーカも近づかなければ脅威にならない。
後はライフルとバズーカを撃ち続けるだけで6機のノーマルは沈黙した。
ミッションを終えて、輸送機の中に機体を回収してもらった後、コクピットの中でボクは漸く一息ついた。
あっけない、正直に言えばもっと何かあると思っていた。
ラインアークにいた時、引ったくりやスリの様なこともしていたが、こうして自分の手で人殺しを行ったのは初めてだった。
なのに、『自分』は然したる罪悪感も持たずに、人を殺している。
この2年近くの生活で『自分』が変質したことは確実だが、一般的な現代日本人の自分がこうまで変わるとは予想外だった。
罪悪感自体はまだあるが(マダムとのプレイ中に期待に応えられないとちょっと感じたりする)、それ以上に『死にたくない』との思いが強かった。
他人よりも自分、結局そういうことなのだろう。
初の実戦のせいか、それとも訓練か、どちらでも良いことだが急に眠くなってきた。
基地に戻るまでまだ時間が掛かるし、マダムの屋敷に帰るまでまだまだある。
今はこの眠気に身を任せよう、考えた所で今の立場が変わる訳でも無い。
そう考えた後、ボクは目を閉じて、シートに身を任せた。
2010年1月10日15時47分、少し修正