スクロールとは様々な魔術の込められた巻物のことだ。
それらは魔術師達には勿論のことだが、魔力を持たない一般の人々も利用することが出来る。
何故ならその巻物自体に魔力が込められているからだ。
魔力を持たない身で魔術を使えるというのは非常に魅力的で、冒険者達必須の品といってもいいものなのだとか。
俺が今使おうとしてる移動用のスクロールは、そのなかでも特に需要が高いもので、少々値段が張るものなのらしい。
らしいというのは、そもそも情報としてそれがあるだけで、俺自身がまだそういう様々な物事をわかっていないからなのだけど。
スクロールの使い方は色々だが、魔力なんて怪しげなものを持ってない俺にとってみれば、使い方は一つしかない。
スクロールに込められた魔力をそのまま開放するのである。
俺はスクロールを開き、両手で持った。
勿論、限定的ではあるが初めて経験する不可思議な魔法行使という事柄に、俺はワクワク感を隠せない。
「んー」
さてどんな感じなのだろうかとスクロールを見つめ、
「てぃっ」
そのまま声と共にびりっと引きちぎった。
世界が歪む。
ふわっと身体が浮かび上がるような感覚。
周りの景色がぐるぐると回転。中心に向かって収束し、そのまま裏返るかのように再び焦点を結ぶ。
先ほどの肌色の砂景色は瞬く間に消失し、彩色が増えていき、
そして何処か見知らぬ人工物の上に立っていた。見ればなにやら正方形の台に立っており、足元には奇妙な文字が描かれている。
文字を読み取ろうとしたところ、何やら奇妙なものがぐるりと頭の中を巡り、ズキリと痛む。
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ここ は グラフーインのポータルです。番号は7番です。
あなた は 初めてグラフーインを訪れた。
グラフーインへようこそ! この都市の説明を見ますか? Y/N
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そんなポップアップが浮かんだ。
「Y」と、俺は頭を抑えながら呟いた。
迷宮世界
迷宮都市グラフーイン。そこはとある特異なダンジョンを目的に多くの人が集まり出来た都市である。
様々な人種や種族が入り乱れる場所であり、かくいう今、目の前を重そうな鎧を着け、斧を担いだ二足歩行の蜥蜴面――おそらくはリザードマンか――とすれ違った。
「成程、ファンタジーだ」
俺は呟いた。これならきっとエルフやリアル猫耳少女とかも居るに違いない。そんなことを考えつつ、俺はウィンドウの地図を頼りに歩いていた。
このウィンドゥは便利なもので、しっかり自身の位置と、地図が表示されるのである。
ナビ機能もつけば完璧だなと思いつつ、俺は職を得られるという場所に向かっていた。
問題は、ここが都市と言われるだけあり、想像以上に広かったことである。
「タクシーとか電車とかそういう交通機関は無いのかよ……」
道は石のタイルのようなものでしっかり整備されており、間はコンクリートのようなもので固められていた。
こういう技術があるならファンタジーといえどもあっておかしくはないと思うのだ。
ほんの少しばかりの期待を込めて交通機関を地図で探してみる。
結論から言うと無かった。ただ馬やら奇妙な生き物に乗った人は居たため、そういうタクシー的な何かは一応あるのかもしれない。
もっとも、自身が持つ50Gは決して大金とは言えず、そういうものを軽々と利用できる立場に無いわけで。
歩いていると若干の喧騒と良い香りが漂ってきた。突如意を得たとばかりにくぅとお腹が鳴る。
そういやぁこの世界に着てからというもの何も食べていなかったなぁと思うこと暫し。
ふと思いついて俺は呟いた。「コマンドステータス」
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所持金 50G
カルマ -2
筋力 5 Great
耐久 6 Great
器用 7 Great
感覚 5 Good
習得 11 Great
意思 4 Good
魔力 0 Nothing
魅力 10 Good
クラス 無し
獲得スキル 交渉Lv.2 剣技Lv.0 言語Lv.Max アイテム鑑定Lv.1
状態異常 腹へり
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こういうものまで表示されるのかと思わず苦笑。
勿論、こんなもので確認しなくても、酷く食欲をそそられるその香りに俺が耐えられるはずは無かったのだけれど。
ふらりと入り込んだその店の中では、冒険者だと思われる鎧をつけた様々な人々――緑色の肌をした人間や、全身に毛の生えた獣人と思われる人も居た――が酒盛りを開いていた。
外はまだ明るいものの、中は若干薄暗く、それを補うためか燭台のようなものが設けられ、ゆらゆらと炎が揺れている。
猫耳少女は居なかった。
居酒屋みたいな場所であろうか。俺は少々空気に当てられて、入り口で立ちつくした。
「よう、お嬢ちゃんいらっしゃい。何にする? メニューはそこだよ」
声の方向を見れば、何やら本を両手で開きつつ、肩から生えた『三本め』の腕で壁を指差す男の姿。
若干引きつりつつも方向に従って目線をずらせば見たことの無い文字。もっともそれは何故か意味の解るもので。成程、これが言語スキルの恩恵かと思いつつも、
クレムッソスの炒め物とかギルビスの串焼きだとか馴染みの無い食材ばかりであって。
「とりあえずエールと何か適当に串のお奨めを」
とりあえず酒でも飲んで今の状況を少し忘れようと思った。うん、それが良い。
あいよっと男が立ち上がる。おそらくはここの店主だろうか。
奥に向かって「エールと適当に舌触りのいい串――そういやレンバスの切り身あったな。あれ出してやってくれ」
そのままガチャリと箱の中からビンを三本めの手で取り出し、木のジョッキへなみなみと注ぐと俺の前にどかっと置いた。
レンバスとはまたどこかで聞いたことのある名前だなぁと思いつつ。もっとも、串にするのだから実態は違うだろうが。
名前からして魚みたいだなぁ。バスだし。
「あいよ、お嬢ちゃん」
お嬢ちゃんと呼ばれるのを否定したくなったが現実は非常である。
若干溜息を吐きつつもとりあえず俺は取っ手を掴み、匂いを嗅ぐ。はて。異世界のビールとはどのような味であろうかと思いつつ、こくりと飲む。
冷たい。美味い。体に染み渡る。ビールはビールだなぁとそんなことを思いつつも、俺は一気に喉の奥へと注ぎ込んだ。
ふぅっと一息。
メニューのエールは3Gと書いてあったから、もう一杯くらい飲んでも大丈夫かと、
「もう一杯」
そう言うと、店主は「あいよ」と、笑った。
手が一本多いだけで、随分と愛想がいいじゃないかと俺は気をよくする。
「よう嬢ちゃん!良い飲みっぷりじゃねぇか。良かったらこっちに混じんねぇか?」
酒盛りしていた集団から声。見れば、ジョッキを持ち上げながらこちらを見ている鎧を着けた男。
俺は苦笑した。
「いえ、生憎少し飲んだら出る予定なので」
大体嬢ちゃんじゃねぇよ。糞。
そう言うと、
「つれねぇなぁ」
と、声が上がり、笑い声が後ろから響いた。
二本目のエールと共に、串が出てくる。串は一本なのだが、サイズは妙に大きい。
早速手を伸ばし齧り付く。途端じゅるりと肉汁が飛び出す。思ったより癖が無いなと思いつつ、エールを口に含む。味は淡白だが、妙に舌触りがいい。
しかし魚とは違うなぁと俺は思った。どんな姿なのだろうか。ここの特産品がダンジョンから取れるその他諸々だったから、何かしらのモンスターなのかもしれない。
まぁどんな姿であれ、これは覚えておこうと思いつつ、しかしこう一人で飲むのもいいものだ。
飲んだりするときはこう誰にも邪魔されず自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ。 独りで静かで豊かで……。まぁ大勢でやるのも悪くないんだが。
等と奇妙な感慨に浸ること暫し。
気がつくと二本目も空になっていた。肉はまだ残っている。
「もう一杯いくかい?」 店主が尋ねた。
「お願いします」 俺は答えた。
初の異世界の食事なのだし、少しくらい飲んでも罰は当たるまい。
* * *
「お嬢ちゃんまたよろしくな」
そんな声を後ろに、再び俺は職を得られる場所へと向かって歩き出した。なかなか良い店だったなぁ。お嬢ちゃんは勘弁だけども。
早速15Gほど散財してしまったが何とかなるだろう思いつつ。
にしても、なんと多様なことよ。
ごったがえす人ごみは随分と異質である。俺と同じような姿の人間もいるが、先ほどのリザードマン然り。ゴブリン然り。
翼を生やした人もいる。その翼自体も色々と特殊で、鳥の羽毛のような翼に始まって、小人のような人が生やしている昆虫のような透明な羽根、勿論色も多種多様だ。
マンウォッチングをしつつ、まだ酒が残っているのかルンルン気分で歩いていると、一つ目を惹かれる人物とすれ違った。
……真逆、あれは――っ!
慌てて振り向く。
例え俺で無くても、見ればおもわず興奮してしまうに違いない。
背格好は今の俺よりも小柄で、頭部は幾分大きい。大きな黒い目。何より全身灰色の肌。それが鎧を着け、ガチャガチャ鳴らしながらながら歩いているのである。
「……宇宙人までいるのか」
果たして、その人種を宇宙人と呼ぶのが正しいかは不明だけれど。
歩いて歩いて、ようやくその場所へと辿り着いた。
途中多くの人種とすれ違ったものの、残念ながら猫耳少女とは出会えなかった。ルー・ガルーは居たが。
時計を見るに店を出てから約一時間半である。
入り口にはオブジェクトなのか柱のみが並ぶように立っており、それはまるで神殿のようだったが、中に入るとそこはどこか銀行や郵便局のような雰囲気で、受付と順番待ちのための椅子が置いてあった。
もっとも、待つというほど人数は居ない。というか皆無であった。
奥では数人の従業員が何やら作業をしている。着ている服自体に共通点は無い。奥の従業員の頭を確認したが、望むものはついていなかった。
「転職をご希望ですか?」
どこか柔らかな微笑を浮かべつつ、受付嬢――合ってるかどうかは知らないけど――が尋ねた。
服自体はだぼっとしたローブのような感じだったが、胸には何やら『γγ』といったワッペンがつけられている。
ちらっと他の人の胸を確認したところ同様に同じワッペンらしきものが見えた。
特に意味を感じ取れないことから思うに、これはただのマークでこれが制服の代わりなのかもしれない。
種族的な姿自体は俺と同じような感じだなと思った。やっぱり猫耳はついていなかった。
「いえ、職を得に」
俺がそう答えると、
「まぁ」
と、驚いたような顔をした。そして彼女は尋ねた。
「その格好ですし、てっきり……いえ、失礼しました。では手数料として30Gほど頂きますが、よろしいですね?」
てっきりなんなのだろう。こういう格好をしている職業か何かがあるということなのだろうか。
少し考えた後、俺は言った。
「15Gにまかりませんか?」
後書き
えーじは猫好き。