ワルドはうろたえていた。簡単に言えば、自分がぼろぼろの
ぼこぼこにした少年が燃え出した。しかし実際に焼けているわけではないようだ。
あの戦場にある肉が焼けるにおいがしない。ならばこの少年が炎をあやつっているのか。
そんな事があるはずはない。目の前の少年は『土』のラインメイジ。ならば炎を操れるはずがないのだ。
しかしそんな常識を覆すように燃え上がっている少年は、燃えているのにその中で泰然と立っている。
「なんなんだ…なんなんだ、それは…」
メイジのみが知りえる感覚で確かに感じる。魔力を感じる。それはさきほどまでの取るに足らない
ちっぽけな少年のものではなかった。思わず身構えると、少年を覆う炎がおさまってくる。
そしてぽつりと、つぶやく。
「ワルキューレ」
しかし現れたのはその呼び名とは違うものだった。パタポン、ルイズの使い魔。
だが自分の知るパタポンとは違うそれ。真っ赤で燃え上がっているそれ。
ギーシュが作りだした銅像のはずのそれは、
「ふうううううう、久々の外界だぜええええ」
喋った。そしてこきり、こきりと身体をならすと、ワルドをまっすぐと見て言い放つ。
「さて…遊ぼうか」
ずるり、とそのパタポンの腕から槍が一本現れる。
それは柄と刃先のみのシンプルなつくり。燃え上がっていることを除けばだが。
「ふ、ふふふ、なにかと思えば、パタポンか。だが、言ったはずだよ」
落ち着きを取り戻したワルドはゆっくりとその手の杖を再び構える。
「私は！一度そいつらを攻略していると！」
タン！っと力強く床を蹴り、突進と共に杖を振る。
「エア・ハンマー！」
豪っ！と風が唸り不可視の大槌を作り出す。それは狙いたがわず赤パタポンに迫り、
そしてまるでチーズを削るかの如くやすやすと上半分を削り飛ばした。
「な！」
あまりの容易さに驚くワルド。しかし突進の勢いは止まらない。
このままギーシュを葬ろうかと考えたが、気付けばその鼻先に槍が迫っていた。
「をおおっ!?」
間一髪頭を横に振り回避。慌てて距離をとる。みれば先ほど上半身を吹き飛ばしたはずの赤パタポン。
それが手に槍を持ち五体満足で再び佇んでいた。
「おいおい、いきなりやってくれるじゃねえか。今のは痛かったぞ？」
「な、なぜ無事なんだ?!」
「ひ・み・つ」
どうやらこの赤パタポンは喋るし、自立的に動くが基本的にはゴーレムらしい。
「ならば術者を狙うだけ！エア・」
「させるかよ」
刹那、ワルドの鼻先には再び槍の穂先があった。
「おおお?! 」
再びの回避。のけぞりそのままバック転、油断なく杖を構えた瞬間には槍の穂先が目の前にあった。
「なんだとおおおお!?」
流石に杖によって弾く、それは甲高い金属音を上げて壁に突き刺さる。
既にワルドと赤パタポンの間は１０メイルはある。しかし、槍は届いている。
その原理は単純なものだった。伸びていた。柄が伸びていた。
まるで液体の如くぐにゃりと歪んだ槍の柄。一瞬でその長さを元に戻して赤パタポンの手におさまるいや、最初から収まったままだ。
「なるほど…伸びる槍か。やっかいだが種が割れればそれまで！エア・ハンマー！」
最初と同様に風の大槌を振るうワルド。それはやはり赤パタポンの右腕、槍を持つ右腕を削る。
その瞬間には既にワルドは風を纏い突進する。いくら再生が早かろうとタイムラグがあり、その隙に瞬時に間合いを詰める。
あっという間に三メイルほどに距離を詰めれば、早々と再生した槍がその柄を伸ばし襲い来る。
「ハアっ！」
気合一閃、風を纏った杖を振るうワルド。目の前に迫ったそれを弾き、さらに加速。
しかし急にその身体を反転。後ろから襲い掛かろうとしていた槍を柄ごと斬り飛ばす。
その槍はワルドの脇を掠めると急激に折れ曲がっていた。
「ふはははは！わかっていたさ！伸びるならば曲がることぐらいね！」
そしてさらに反転したワルドの腹には槍が突き刺さっていた。
それはまっすぐと赤パタポンの腕から伸びている。折れ曲がり伸び上がっていた先ほどまでの槍を持った別の手から伸びていた。
「なら、二本に増えることぐらいも予想するんだったな」
赤パタポンの言葉に最後の力を振り絞りワルドは杖を向けるが、
「まあ別に二本でもねえがな」
胸から腹から生える無数の槍。それは背中を向けていた、きり飛ばした筈の槍が増えた結果だった。
増えた槍は迷うことなく己が職務を全うする。
「お…お」
その言葉にもならぬ言葉を最後にワルドは、消え去った。
「あ？」
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん
拍手が廊下に響いた。それは廊下の影から現れた。
「いやはや、まさかやられてしまうとは思わなかったよ」
拍手の主はワルドだった。今しがた打ち倒したはずの相手。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん
「油断しすぎていたようだね」
その通路の反対側、そこからもワルドが現れる。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん
「『偏在』でなかったら危うかった」
しかも二人。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん
「まさかここまでやられるとは思わなかったよ」
そして最初に現れた通路からもう一人。
ぱん・ぱん・ぱん・ぱん
「ええ、まさかギーシュ様がここまでとは。捨て駒にするのはもったいなかったですね」
…なぜか最後の拍手の主はルイズを閉じ込めていた部屋から出てきたメデンだった。
「「「「な！｣」」」
はもりつつ驚愕したのはワルド。いつの間に部屋に侵入したのかまったくわからなかったのだ。
「よう、メデン。いつからいたんだ?」
赤パタポンが手を上げる。
「最初からですよ？」
あっさりと答えるメデン。それに再び驚くワルド‘ｓ。
「は!相変わらずパタポンが悪いななお前。すまんがこのガキンチョ頼むわ」
ぴしりっと急速に赤い色を失った赤パタポンの身体に罅が入る。
見ればその後ろでギーシュが倒れている。
当たり前といえば当たり前だ。ギーシュは所詮ラインに上がりたてのメイジ。
それがスクウェアクラス以上のの魔力を行使していたのだ。ドラゴンの心臓を鼠につけたようなもの。
最初の一瞬で破裂してもおかしくなかったのだ。
「ひゅー、…ひゅー…」
流石にぼろぼろの身体を持たしていた精神力も底をつき、その命のともし火も怪しくなっていた。
「わかりました、確かに承ります」
「よろしく」
がらがらと崩れ落ちたメラアチーゼ。メデンが近づいて杖でつんつんとギーシュを突く。
「ギーシュ様、ギーシュ様」
「うぐ、ぐ…や、やあメデン。ちょ、っとねむ、たいん、だ、が」
「意識があって軽口が言えるのにも驚きですが、あなた記憶があるんですか？ちょっと見直しましたよ」
「そ、そうかい？」
「ええ『金髪豚野郎』はさすがに撤回してあげます」
「は、は。ありが…」
がくり、と頭を落とす、ギーシュ。
「…我が主、ルイズ様を守っていただいたこと深く感謝いたします」
そばに膝つきメデンは頭を垂れる。そしてすくり、と立ち上がりワルドを見据える。
「さて、えーワロ、ワル？ワレド様？」
「ワルド、だ。メデン君」
「ああ、これは失礼しました『糞野郎』」
軽快な挑発に全てのワルドの額に青筋が入る。
「ふ、ふふ。メデン君、彼を助ける前に聴きたいことがあるんだが？」
「ええ、なんでしょうか？」
「君は何故そこに？」
「ははは、なにを今更。私はルイズ様の使い魔。主を害そうという輩がいるのに主の傍にいないわけがないでしょう」
「ははは、そうだね。ちなみそれはだれかな？」
「ははは、ただの『糞野郎』ですよ」
「ははは、くそむかつく目玉だ。僕こそがルイズにふさわしいのだよ。彼女を手にいれ、『虚無』を手に入れ、そして世界を手に入れる。
君達のような弱い生き物にかまってる暇はないのだよ」
そう言って杖をすらりと抜く四人のワルド。
「弱い？これはこれは、異なことを。先ほどその『弱い生き物』に負けた人のせりふではないですねえ」
「ふ、だから言ってるだろう？さっきのは油断していた。なおかつ今僕には三人の偏在がついている。
それに君は戦闘には不向きのようだ。それとも助けを呼ぶかね？ひょっとして『ヒーロー』でも
待っているのかね？残念ながら君達のヒーローは…僕が焼き殺したよ」
ワルドはメデンに絶望を突きつけようとしたが、
「はははははははははははははははは!!! 」
帰ってきたのは高らかな哄笑だった。
「…何がおかしい？」
まゆをひそめるワルド。ようやくその高笑いは終わりメデンが声を出す。
「い、いえいえ失敬しました。貴方があまりにもおもしろいことを言ったので」
わらいすぎて出た涙のしずくをぬぐいつつメデンが言う。
「ふう、ヒ・ロポン、我が軍の『英雄』を焼き『殺した』？ダメです、全然ダメ。論外。
あれを『殺す』？どうやって？
銀の弾丸で打ち抜きましたか？町一個もろとも消し炭にしましたか？
十字架にはりつけにし無数の槍で串刺しにし、最後に心臓を白木のくいでつらぬきましたか？
虚数生物を吸収させて虚数の塊に変えてやりましたか？
貴方の後ろにいるのはだれですか？」
「よう」
一体のワルドが振り返った瞬間に見えたのは自分に迫る巨大な鉄の拳。
「めぎょらびあっ!?」
めきょりめきょりと、己が鼻の骨と頬骨が砕ける音を聞きながら吹き飛ぶワルドA。
「なああああ?!ら、ライトニング・クラウドオオオ！」
傍らにいたもう一体のワルドBが襲撃者に対し、一瞬の判断で雷撃を放つ。が、
ride on! bavi-non-non!
「あ”あ”あ”あ”あ”！」
それは必殺の一撃。並みの生き物ならば一瞬で死に至るもの。
「あ”あ”ああーきくわあ、おにいちゃんもうちょい電圧上げてー」
が、しかし並の生き物ならば、だ。効いていない、いや効いてはいるが効いてない。
そこにいるのは一体のパタポン。黒くいかずちのマークが入った仮面をつけた一体のパタポン。
「ほっ」
「おおっ?! 」
がしりっと掴まれるのはワルドの電撃を発する杖とそれを持つ腕。それを掴むのは巨大な鋼鉄の腕。
パキリっと枯れ葉が砕けるような音がする。
「があああああああっ!!! 」
苦痛がワルド襲う、そのまま発生した横殴りの衝撃。
それはただ無造作に鋼鉄の腕が振られた結果。
ワルドBは弾丸の勢いで放り投げられその他のワルドたちのもとへ。
廊下の反対側まで吹っ飛ばされた二人のワルド。計四人の固まりになったワルドたちは一様に驚愕を浮かべている。
「何故、何故貴様が生きている！」
「いや、さすがにアレで死んだらなあ、それに知らないのか？」
そのパタポンは仮面をもう一つ出す。それはオレンジ色に赤を足した仮面。それをゆっくりと顔につける。

ride o-n! syuba!

ride o-n! pata-pon!

「ヒーローは…死なないんだよ」
そこにいたのは丸い身体に仮面をはめた細長い手足の生物、死んだはずの『ヒーロー』だった。