いよいよ新学期が始まった。新しいクラスってのは、なかなか緊張するもんだ。特に俺は中学からの編入生、見知った奴など居やしない。緊張もヒトシオだ、たとえ二度目の生でもね。
クラス分けも確認し、教室へ。ちなみに1-Aだ。黒板に書かれた席に着座、前後左右の奴に軽く挨拶を済ませる。
周りを観察すると、いくつかのグループが教室のあちこちにたむろってるのが見える。おそらく小学校からの仲良し組だろうか。
俺はどうしようか?まあ、無理に入る必要もないんだけどね。“裏”関係で巻き込んだら悪いし。
と、チャイムが鳴り、担任教師の登場と共にそそくさと着席する野郎一同。・・・あ、刀子さんだ。このクラスの担任なのか、いろいろ都合が好さそうだな。
周りから「おお、美人!」とか、「当たりだぜヨッシャア!」とか歓喜の小声が届く。もっと言ってあげて、あの人バツイチらしいから。
西洋魔術師と結婚して一回東に来たらしいんだけど、あえなく離婚、西にとんぼ返りしたそうな。複雑だろうなぁ、今回の派遣。苦い思い出もあるだろうに。
新クラス恒例の自己紹介タイムも終わり、今日はこれまで。短いが、初日なんてこんなものか。しばらくその辺の奴らと雑談タイム。編入生が珍しいのか、結構寄って来るんだよコレが。
話の合う奴、趣味の似通った奴が何人か居たよ。土地柄なのか、みんな人懐っこいんだよな。寂しい学校生活では無さそうだな、一安心だ。
学校を終え向かうは世界樹広場。俺が行くと、既に幹部と主任が待っていた。
「悪い、遅くなった。クラスの奴らと話してて、ついな」
「ええんよ、総統にウチら以外の友達ができるんなら」
「人を寂しい奴みたいに云うんじゃない。今までだって居たわ、それなりに」
「はは、スマンスマン」
「私たちが居なくて大丈夫ですか?いじめられてませんか?」
「オマエは俺をどう認識してるんだ」
軽いジャブの応酬を受けてから、情報交換を開始する俺たち。
2人は同じクラス、奇しくも俺と同じA組だそうだ。担任は高畑さん、これまた都合がいい。マナもA組だってさ。
「ウチと同部屋のアスナもA組なんよ」
へえ、今度紹介してもらおう。
うん、それなりに情報交換したな。俺の情報、「担任が刀子さんだったよ」くらいだけど。
「それと総統、もう一つ・・・」
なんだセツナ、改まって。
「エヴァンジェリン・・・、【闇の福音】のことなんですけど・・・」
その名にピクリと反応する俺。
なんだ、何かわかったのか?どこに住んでるかとか、どんな性格なのかとか。
「いや、その、ですね・・・」
なんだよ、奥歯にアレが挟まったみたいな言い方して、気になるだろうが。
「何ですかアレって、ソッチの方が気になりますよ」
アレはアレだ、いいから続きを言えって。
「同じクラスだったんよ、エヴァちゃん」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あんだって?
「ですから、私たちと同じ1年A組に在籍してるんですよ、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんが」
・・・・・理解が追いつかない。
【闇の福音】が?中学のクラスに?元懸賞金600万ドルの極悪吸血鬼が?学校に通ってる?しかもエヴァちゃんて、どゆことなのソレ、どゆこと?
「私たちにもサッパリですよ、どんな人かと思えばあんなのだし」
あんなのってどんなの?
「せっちゃんと総統が模擬戦しとった時におった子やよ、ほら、金髪のちっちゃい子」
・・・・え、アノ子?誰かの連れ子じゃなかったの?アレが【闇の福音】なの?
い、いや、見た目は関係ない。話によれば彼女は既に数百年生きた不老不死の真祖、「不老」なら成長が止まってても不思議じゃない、「不老不死」そのものが不思議なモノだけど。
「・・・学校に通ってるってことは、ところ構わず殺戮するようなヒトではない、よな?」
「・・・多分」
「可愛かったえ?お人形さんみたいで」
・・・・・・今度、挨拶に行ってみるか。住所は・・・・マナにでも訊くか。
―――――さて、通常授業も始まり、仕事にも中学校生活にも慣れ始めたころ、俺は麻帆良の一角にある電気屋に来ていた。
なんでかって言うと、買い物だよ、パソコンが欲しいんだ。やっぱあると便利だしね、情報がモノを言う時代だもの。報酬も随分貯まったし、ここらで使うのもアリだろう。
・・・しかし、なんだろうねコノ街は。出歩けば必ずと言っていい程騒ぎが起きてる。
大学部の方から巨大なロボットが暴走してきたり、女の子を野郎どもが取り囲んだと思ったらソノ子に端からぶっ飛ばされてたり、もうお腹いっぱいです。
どうして誰も気に掛けないんだろう。もはや日常の一部なのか?
・・・いや、もしかしたら認識阻害術の一種なのかもしれないな。ココは関東の魔法の中枢だ、どこから一般人にバレるかわからない。
だから深層意識にジャミングを掛けて誤魔化してる・・・・・あり得ない話じゃないな。
そうでもなきゃおかしいもの。オリンピックに喧嘩売ってるような奴もたくさんいるし、ロボットとか普通に道歩いてるし。
世界樹だってそうだ。あんなデカい樹、世界中の植物学者が飛びつかないハズが無い、マスコミが騒がないなんて絶対におかしいもん。
―――まぁ、俺の麻帆良考察はこれくらいにして、買い物買い物。パソコン買いに来たんだよ俺は。
この店は割と大きめだ、4階まである。パソコン関係は・・・3階か、エスカレーターでいいな。
3階に到着。さてと、目ぼしいモノはあるか――――
パキッ
―――ん?なんか踏んだような・・・・。
下を見て、スーっと右脚をどかして見る。・・・コレは、メモリーカードの箱?「パキッ」ってことは、中身は―――
「ああーーーーー!!」
うお、ビックリしたぁ!なんだ!?
顔をあげると、そこに居たのは地味目な眼鏡の少女。同い年くらいか?
「テ、テメェ・・・!私のメモリーカード・・・!!32ギガの新品を・・・・!!」
どうやらこのカードはこの娘が買ったモノらしい。落としたものを俺がちょうど踏んづけた、と。・・・・・悪いことしたな。
「その、ゴメン。新しいの買って弁償するからさ、それで勘弁してくれないか?」
「え、・・・い、いや、それはワリィ・・・・悪いですよ・・」
今無理やり敬語にしなかったか?・・・多分さっきの方が素なんだろうな。
「悪いのは俺の方だって。他人のモン壊しといてハイサヨナラじゃ、いくらなんでも失礼だろ?」
「で、でも、コレ・・・最後の一個で、これ以上は64ギガとかになっちま、・・・なりますし、これイイ奴だから高いですよ?」
「大丈夫、今日は金に余裕あるし。言っとくけど親の金じゃねえからな、身体張って手に入れた俺の金だ」
「え、えっと・・・・それじゃあ・・・」
そういうわけなんで、もう少し待っててくれパソコン君、スグ戻るから。
「―――本当によかったのか・・よかったんですか?こんな高いもの・・・」
「テメェのケツはテメェで、ってな。俺が悪いんだから当然のコトだろ」
「じゃ、じゃあ、ありがたく・・・」
「あと、別に無理に敬語使う必要無いんじゃねえの?」
「そ、それは私の勝手だろ・・・!」
無事この娘の会計も済んだ。そんじゃ俺も本命の方へ行くかな。
「んじゃこの辺で、パソコン買いに来たんだよ俺」
「お、おお・・・」
少女に別れを告げて、いざパソコン売り場へ。
―――うーむ、いろいろあるなぁ。ノート型でいいかな、お、コレなんか・・・・
「ソレはCPUがあんまイイ奴じゃないぞ」
聞き覚えのある声が背後から、俺の後ろを取るとは何奴!?
「どこのスナイパーだテメェは」
なんだ、さっきのメガネちゃんじゃないか。どうしたんだ、ココにはレンズクリーナーなんてないぞ。
「なんで私イコール眼鏡の図式が出来上がってんだよ、他の用だってあるんだよ」
じゃあ、いかがした?
「・・・・さっきの礼だ、良さそうなの適当に見繕ってやるよ」
いいのか?礼って言っても、元々俺が悪いんだぞ?
「32ギガが64ギガになって帰ってきたんだ、おつりが残ってんだろうが。借り作ったままなのは嫌なんだよ、筋が通ってねえのもな」
律儀だねぇ、どっかの番長みたいなこと言ってるよ。読んでるのかアレ。
「・・・知ったことかっ」
やっぱ読んでんじゃないのか?
「っ・・・・いいから選ぶぞ、ほらっ」
アイアイサー。
―――――買い物終了。ミサトは「ぱそこん」をてにいれた!ここでそうびしていきますか?
「こんな往来で広げんなっ!」
メガネに止められた。
「コレで良かったのか?アキバとか行けばもっと性能イイのあるぞ?」
「ネットできてオフィスソフト入ってれば十分だからな」
この娘のおかげで割かしイイのが手に入った、ベリーサンキュー、アンドミー。
「なんで自分にまで感謝してんだ、私だけでいいだろ」
ツッコミの才能あるよ、この娘ったら。
現在俺たちは電気屋の入り口にいる。用も済んだし、帰ってセッティングしないとな。
「そんじゃ、この辺で―――」
ドドドドドドドドドドッ!!!
――――なんだ、死神でも現れたか?
「危ないぞぉ!!」
「「げぇ!?」」
迫って来る巨大な重機が視界に入り、同時に声をあげる俺とメガネ。やべぇ、直撃コースだ!!
「アブねぇ!!」
「わあ!?」
咄嗟にメガネを引き寄せ真横に跳躍、間一髪回避に成功する。俺たちが居た電気屋の入り口は見るも無残な感じに。あのまま突っ立ってたら地獄の入口に送られてたかもな・・・。
「いやぁ、大丈夫かいキミたち?」
大丈夫じゃねえよ、他に言う事無いのか。
「・・・ぶじゃねえよ・・・・・ろす気かよ・・・」
メガネもブツクサ言ってる、どうやら俺と同意見らしい。
「キミ、良い身のこなしだったね。中武研の人?」
中武研が何かは知らんが今訊くことじゃないだろ。
他の奴らも似たような反応だ、誰も心配してやしない。店の人も憤慨はするけど、もう通常営業に戻りそうな雰囲気だ。
どうなってんだこの街は。
「・・・・・・!」
メガネはワナワナ震えている。当然の反応だろう、九死に一生スペシャルを身をもって体験したのにこの扱いだ。
・・・てことは、コイツは麻帆良にいながらココの異常さに気付いてるってことか?
「・・・場所移そうぜ、ココじゃ落ち着かん」
「・・・・・そう、だな」
とりあえず近くの公園に移動。なんか奇妙な連帯感が生まれていた。
「ホレ」
「・・・サンキュ」
自販機で買ったコーヒー缶を投げ渡し、2人してベンチに腰掛ける。
「・・・あ、えと、・・・・・ありがとよ、助けてくれて・・」
「どういたまして」
適当に返答。
「・・・アンタさぁ」
「ミサト」
「は?」
「一海里っつうの、俺」
「あ、ああ、そういや名前知らなかったな」
「ソッチは?いい加減「メガネ」じゃ悪いし」
「テメェ頭ん中で勝手なあだ名つけんなよ、千雨だ、『長谷川千雨』」
「チサメ、ね」
その後1分くらい無言。・・・とりあえず俺からしゃべってみるか。
「何なんだろうな、この街」
「え?」
チサメが食いつく、サメだけに。
「事故が起きても騒がない、騒ぎはするが通報の1つも無い、安否確認より身のこなしに目が行く、異常だよ」
「・・・・アンタも、そう思うのか?」
「常識は持ってるつもりだ」
非常識な存在だけどね。
「・・・そうだよ、そうなんだよ、オカシイんだよココの連中は」
なんか独白し始めた。同志に逢ったのは初めてだったか。
「人間やめてるような奴がアッチコッチに居るのに誰もツッコまねえし、いつも馬鹿みたいにお祭り騒ぎしてるし、『フツウ』じゃねえよ」
・・・・・・・。
「私は『フツウ』でいたいんだ、トンでも連中の馬鹿騒ぎになんか混ざりたくねえし、巻き込まれたくもない。誰にも邪魔されない『フツウ』の生活がしたいんだよ」
・・・・『フツウ』、か。
「『フツウ』ってなんだろうな」
「いや、『フツウ』は『フツウ』だろ?」
「『フツウ』なんて結局個人の主観だろ?」
「・・そりゃ、まあそうだけどよ」
「まぁ、オマエの言う『フツウ』が一番一般的なモノなんだろうけどな、世間的には」
初対面の相手にする話じゃねえよな、コレ。
「『フツウ』じゃない連中が何考えて生きてるか、考えたことあるか?」
「・・ねえよ、わかる訳ねえだろ、頭が花畑無双の奴らの思考なんて」
「案外、オマエとそんなに変わらないかもしれないぜ?」
「・・・どういう意味だよ」
ぶすっとするチサメガネ、まあ聴けや。
「人間なんて育つ環境によってカンタンに変るもんだ、クローンを別の家庭に預けて育てたって、同じ性格にはならないだろ?」
「・・・・」
「『フツウ』じゃない環境に置かれたら、ソレに順応するしか道は無いだろ」
「それは・・・・」
「生まれは選べねえんだよ、本人が望もうが望むまいがな」
「・・・」
「現状に満足してる奴もいるだろうさ、でもそうじゃない奴もきっといる。こんな所に生まれたくなかった、もっと『フツウ』でいたかった、そう思ってる奴がな」
「・・・・・・・・」
「それに、『フツウ』じゃないってのも悪いことばっかじゃないと思うけど?」
「なんでだよ、『フツウ』の方がいいだろ」
「生き方が変わるような劇的な出来事、すべてを捧げてもいいと思える異性との出会い、これは『フツウ』のことか?」
「『フツウ』・・・・じゃねえ、な・・・」
「だろ?ソイツらからしたら、『フツウ』な奴の方がよっぽど不幸だ」
何が言いたいかっつうとだな。
「『フツウ』ってのは、それだけで幸福なんだよ。でも、それだけじゃ不幸なのさ」
「・・・・私は哲学が聴きたいんじゃねえよ」
「俺も哲学を語るつもりはなかったんだがな」
さて、柄にもなく真面目な話しちまった。いい加減帰ってパソコンセットアップしないと。
「じゃあな、俺帰るから」
ベンチから立ち上がり帰り支度を――――
「・・・・オマエは・・・?」
―――チサメが俺の背に問いかける。
「・・・オマエは、どっち側の人間なんだ?」
――――決まってんだろ。
「俺は『不幸』者だよ、とびっきりのな」
背を向けたまま応えた。
家に帰って絶望した。
「プロバイダ契約すんの忘れた・・・・・」
ネットが見れねえええぇぇ・・・・・・。