―――半刻前 麻帆良・学園長室―――
「……弱った。手の空いている者がおらん」
京都にいる特使ネギから電話を受けたのはつい先ほどの事。
電話口から語られた現状に近右衛門は驚愕を露わにした。
西の本山の結界崩壊。
英雄サムライマスター詠春の敗北。
謎の白髪の少年。その底知れない実力。
そして、孫娘・木乃香の安否。
まさかここまでの強硬手段を撃ってくるとは。
一刻も早く現地に援軍を送らなければマズイ。
あの地には封印された大鬼神がいる。
もし木乃香のチカラを利用され復活させられでもすれば、京の都は火に沈むことになる。
だが、学園長の手元には援軍として送れそう戦力が絶対的に不足していた。
「高畑君は出張中、エヴァも連絡が取れんし……マズイことになったの………」
頼りの二人は当てに出来ない。
学園長はその長い頭を雑巾のように絞り思索する。
現地にすぐに向かえ、裏の事情に精通し、且つ実力が確かな、そんな人材は―――――
「……っ! そうじゃ、まだ彼女がおったぞぃ!!」
すぐさまダイヤルを回し、件の人物へ依頼する。
「……おぉ、ワシじゃ。旅行中スマンな、いや緊急事態での―――――――」
―――京都。暗闇に臨む森の上空において、ネギ少年と使い魔カモミールは一心不乱に杖を疾らせていた。
自動車並みの速度を誇る自慢の杖に魔力と云う燃料を注ぎ込み、助けを待つ姫君がいるであろう伏魔殿を目指す。
遥か前方に見えるは広大な湖。
昼間に見れば澄み切った清水を拝めただろう。だが今宵においては水面は闇夜を映しだし、あたかも奈落への入口のようにも見える。
その光景が使い魔カモの焦りを加速させ、少年ネギの杖も相乗するように速度を増す。
そんな焦りを嘲笑うかのように、風を切って飛ぶネギらの視界前方に前触れ無く光の柱が立ち昇った。
「奴さん、何かおっ始めやがったッスね」
「あそこにこのかさんが……」
発信源は湖の畔。
淡い光は少女の魔力の奔流。しかし色は淡くとも、その質は濃く厚い。
並の魔力量では無い。極東一の大魔力が、何かを導くかのように天へと伸び続ける。
「むぅっ!? この強力な魔力……儀式召喚魔法か!? 何かデケェモン喚び出す気だぜ!! 急げ兄貴!!」
魔力の気質を感じ取ることにおいてカモは優秀である。
封じられた何かを呼び起こさんとする魔力の圧。深き眠りから目覚めようとする強大な気配。
カモの体毛の一本一本が、危機を知らせるエマージェンシーコールをガンガン鳴り響かせていた。
使い魔カモの発破により、杖を握り締める力が増すネギ。
それの呼応するように加速する杖。既にトップスピードは優に超えている。それでも限界以上の性能を叩きだす。
「―――見えた! このかさん!!」
光柱の真っ只中、儀式の中心部たる湖の祭壇。
傍らには二つの影。しかしそんなモノは眼中にない。
ネギの視線の先は儀式の核―――横たえられ少女、木乃香に絞られていた。
まだ間に合う。絶対に間に合わせる。
その想いがネギに底知れぬ力と――――――――焦りと隙を創らせた。
ドン!! ドドン!!
「ッ!?」
背後からの轟音。同時に吹き出る魔の気配。
カタパルトから発射された戦闘機のような勢いで、森の中から黒い影が跳び出してきた。
(―――狗神!?)
影の正体は四体の狗。実体を持たない獣がネギの後方を猛追する。
焦りと隙、そして既視感のある光景に、ネギの脳髄は対応の遅れを余儀なくされた。
「…っ、風楯 ――――――うわッ!?」
時すでに遅く、防ぐ間もなく少年と獣は空中衝突。
直撃ダメージはそれ程でもなかったが衝突の勢いは殺し切れず、少年は空を翔ける杖から放り出される。
その身体は、肩に乗る使い魔ごと真っ逆さまに森の木々の元へと吸い込まれていった。
「く……っ、杖よ――― 風よ! 」
だが空を飛ぶことに掛けては一日の長があるネギ。空中のアクシデントは初めてではない。
すぐさま信頼する魔杖を手繰り寄せ、風の加護を纏い態勢を整え見事に着地を決める。
この歳にして素晴らしい反射神経だが、称賛してくれる人間はここにはおらず。
ここにいたのは―――――――
「―――よぉ、昼ぶりやなぁネギ」
「コ……コタロー、君……!?」
(……ヤッベェ、最悪のタイミングだ……!!)
――――獲物を前に牙を磨く狼の姿だった。
――――同じ頃。渓流の水辺・鬼の戦場。
百を超える鬼達。
その生贄として放り込まれた二匹の羊。
ボロ雑巾のように甚振り尽くす。
叩けば血の出る暇つぶしの玩具。
一方的な殺戮。抗う事さえ赦されない暴力。
鬼達は、血沸き肉躍る羊のスプラッタショーを信じて疑っていなかった。
だが、違った。
コイツらはスケープゴートなどではなかったのだ。
「ォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「ハァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
得物を縦横無尽に振り回し、触れる物全てを破壊しつくさんとする咆哮。
風の如く、光の如く、過ぎ去れば跡に残るのは何も無い。
無双。
この現状を一言で表すのならば、この言葉以外にないだろう。
「灼熱の【バァァアアンストライクゥゥウウ】ッ!!」
激しさを増す爆音。
虚空より出でた無数の火炎弾が、無差別に妖魔を焼き喰らっていく。
「【斬魔剣―――“旋刄”】ッ!!」
鋭さを増す瞬刃。
魔を断つ光の如き剣閃は、周囲360度の魑魅魍魎を一瞬に斬り捨てる。
『鬼気迫る』とか『鬼神の如き』とか云う言葉は、眼の前の光景の為にあるだろう。
召喚された鬼のうちの一体は、他人事のようにそう考え――――次の瞬間には還されていた。
既に還された魍魎は過半数を超えている。
だがその減少の勢いは留まるところを知らず、一体、また一体、もう二体、まとめて三体と消滅。
連鎖は止まらない。
「轢き裂けェッ!!!」
灼眼の少年は多大なる氣を込めた破壊斧を剛速球投手のごとく振りかぶり、水気の残る大地に得物を叩き込む。
瞬間、衝撃が爆ぜるように大地を蹂躙する。
【殺・魔神剣】―――地を這う悪魔の斬撃は断末魔さえ与えず、直線上の魔を根こそぎ屠り去った。
「「「ジャァアア!!」」」
攻撃後の硬直を狙い三体の鬼が背後から牙を剥く。
その後方にも第二陣が配備され、少年の前方にも第三陣が早くも組まれようとしている。
確実に仕留める為の策。
それ自体は間違っていない。
が、それは彼一人だけを相手取った場合の話だ。
少年は重鈍な斧を光粒子に変換。腕に纏わせ、垂直に高々と跳躍。
その元居た場所に、刃を煌かせた少女が間髪いれずに跳び込んだ。
「秘剣――――【百烈桜華斬】ッ!!」
目にも留まらぬ抜刀。
舞い散る幾層の花弁を刃とし、周囲の二陣三陣ごと三体の妖魔を斬り伏せる。
だがまだ終わっていない。
虎視眈々と襲撃の機を待ち、木々の葉に身を隠していた烏天狗四体が突撃を仕掛けた。
位置は前後左右の斜。狙いは少女――――しかし甘い!
「【鬼隼】!!」
光粒子をボウガンへと変貌させた少年が放つ計12の魔法矢。
キリモミしながらの全方向空中乱射に対応しきれず。
眉間を射抜かれ消滅、両翼を貫き落下、脇腹と左肩を掠め躊躇、右眼に突き刺さり絶叫。
残る三体も【斬空閃】の連発で全て討ち取ってしまった。
自由落下する少年は態勢を立て直し、少女のすぐ後ろに脚から着地。
再び背中合わせの状態に戻る。
たった二人で殺気全開の妖魔を相手取るミサトと刹那。
全力で捻じ伏せ斬り伏せ続けているのだから疲労は並ではない。
それこそ肩で息をしていても何らおかしくない状態のハズだ。
だが二人は止まらない。
互いに背中を預け、大きく息を吐き出し――――続行の構えを取る。
取り囲む妖怪の軍勢は、動けない。
「……どうした、来ねェのか?」
「時間稼ぎのつもりか……?」
時間稼ぎの為に囲んでいる訳ではない。
飛び掛かった次の瞬間にはもう斬り捨てられ、一歩でも踏み込もうモノなら衝撃波が襲いかかる。
迂闊に跳び込めず、隙を窺うもソレが隙になり倒され、結果として取り囲むように動きが膠着する。
(ひ…怯むんやないっ! 相手は小童<こわっぱ>が二人、叩き潰すんや!!)
(この惨状見てまだそんなこと言ぅとんのか!?)
(ムリやムリ! アッチの方がホンマモンの鬼やで!!)
(恐っ覇<こわっぱ>やで!!)
(誰がウマイこと言えと……!)
要するにビビっているのだ。鬼が。子供相手に。
「……其方が来ないのなら――――」
顕現させる匕首。
柄飾りの付いたその姿がブレて、飾りの無い十五口の分身体が中空に現れる。
呼応するように少年は右腕を突き出し、足場を固め構える。
同時に分身刀の一つが飛翔し、突き出た右腕の発射台にその身を収めた。
―――――纏え稲妻。
刹那の念に応じ、カタパルトにセットされた匕首がバチバチと放電を開始する。
「――――コッチから仕掛けるまでだッ!!」
動力を与えられたボウガンが光輝く。
疾風と稲妻の協奏。
天を裂き、音を置き去りにする瞬光――――――!!
「「翔けよ雷――――【ヴォルテックライン】ッ!!」」
轟音を散らす光の砲撃が、敵勢力の一団を吹き飛ばす。
今日何度目かも分からない悲鳴、絶叫、断末魔。
――――後に、この場に召喚されていた河童は語った。
自分たちなどカワイイ悪戯妖怪に過ぎない。
彼らこそが正真正銘『戦場の鬼』。
奴らは“二騎当千”―――――『二体で一体のバケモノ』だったと。
「……ホンマ、わてアッチの担当やのぉてよかったわ」
「隙あり!」
「あひんっ」
河童、帰還。
明日菜、現在の撃退数―――15。
「どいてよコタロー君! 今は君と戦っている暇は無いんだ!!」
「ハっ、嫌やな! そないにつれないこと言うなやッ!!」
木乃香救出に向かうネギの前に立ちはだかる黒衣の少年、犬上小太郎。
正体は半妖。人間と狗族とのハーフ。そして無類の戦闘馬鹿。
その顔には笑み。ムカつくほどに無邪気なニヤけた表情が浮かんでいる。
ネギは覚えたての拙い肉体強化―――自身への【契約執行】を用いてくぐり抜けようと力むが、小太郎少年はそれを良しとしない。
元々肉体派の彼を身体能力のみで振り切れるハズも無く、ことごとくその拳で阻まれる。
ただでさえ明日菜への【契約執行】で魔力は流れ出ているのに、自分への魔力供給も加われば疲労は加速度的に増していく。
いたずらに時を潰し、眼の前の魔力の光柱は輝く強さを増していく。
儀式完了までもう時間は残されていない。
ネギは抱いている純粋な思いを眼の前の少年にぶつける。
「コタロー君なんで!? どうしてあのおサルのお姉さんの味方をするの!? あの人は僕の友達を攫ってひどいことを――――!」
「ンなモン関係あらへんわいッ!!」
「な……っ!?」
「千草の姉ちゃんが何やろうが知らんわ。俺はただイケ好かん西洋魔術師と戦いとぅて手ぇ貸しただけや!」
帰ってきた答えもまた、ある種の純粋な思い。
より強い相手と戦いたい。
気に食わない奴をぶっ飛ばしたい。
己の拳ひとつでとことん勝負してみたい。
「……けど、その甲斐あったわ―――――ネギ、お前に会えたんやからなッ!!
俺は嬉しいんや! 同じ歳で俺と互角に戦えた奴はお前が初めてやったからなァ!!」
少年は、自分を更なる高みに連れて行ってくれる好敵手を求めていた。
ようやく見つけたライバルを前に、狗の血を引く少年は歓喜に打ち震えた。
「さぁ――――思う存分戦おうや、ネギ!!」
彼の興味は唯一つ。
ネギと自分、どちらの全力が上なのか。ソレだけだった。
だがネギがその誘いに応じることは許されない。
目の前に、今まさに、とてつもない危機が訪れようとしている。
悪い事は止めなきゃ。友達を助けなきゃ。
幼い心は、眼の前の純粋な意思を糾弾するように否定した。
「そんな………なら後で試合でも何でもするよ! 何もこんな時に……!」
「ざけんなや!! “こんな時に”やと? ちゃうで、“こんな時だからこそ”や!!」
小太郎の眼光はネギを捉えて離さない。
逃がしてなるものか。
そんな果てしない戦闘意欲が少年の本能を昂らせていた。
「俺にはわかるで。この騒ぎが終われば、オマエは絶対戦わへん。
いや……仮に戦ったととしても本気やない。本気以下の生ヌルイ『ごっこ対決』や。
俺の望みは、本気中の本気――――限界以上のッ! 全力の『死闘』なんやッ!!
ソレが出来るんは、“今”!! “この場所”をおいて他にあらへん!!
さぁネギ……戦おうや!
今ここで! この状況で!! この場所で!!!」
湧き上がる高揚。
騒ぎ立てる狗族の血。
待ち望んだ同等の存在への渇望。
それらすべてが犬上小太郎の倫理観を上回っていた。
カモは、いつの間にかネギの足を止めていることに今更ながら気が付いた。
逃がす気の無い小太郎の気迫。その圧力に、ネギの中の“何か”が傾く。
このままではマズイ。
カモはネギの襟をグイグイ引っ張り叱咤する。
「兄貴っ挑発に乗るな!! コイツを出し抜きゃまだ見込みは……!!」
「ここを通るには俺を倒すしか道は無い! モチロン俺は譲る気なんかサラサラ無いで!
どないするネギ、全力で俺を倒せば間に合うかも知れんで!?」
カモの言葉を遮るように再び小太郎が発破をかける。
黒衣の少年の放つ単語の一つ一つに、ネギの中の“何か”は反応する。
―――……道は無い……時間が無い………なら…全力で……倒せばいい……―――
多方面から考える事を苦手とするネギ。その元々狭い視野が更に狭くなっていく。
「どないした、まさか臆病風に吹かれたんちゃうやろなぁ? やっぱ西洋魔術師は揃いも揃って腰ぬけかいな!?」
腰抜け。臆病。
違う、そんなこと無い。
僕は腰抜けじゃない――――西洋魔術師は―――父さんは――――――!!
もはやカモの言葉は響かない。
「来いやネギ―――――“男”やろッ!!!」
それがトドメ。
ネギの中の“何か”――――『負けず嫌いの子供心』は、目前の敵をロックオンした。
肩のカモの首根っこを掴み地面へと降ろし、その足を一歩、前に踏みしめる。
空気を感じ取った小太郎は、歓喜に満ちた表情で我流の構えを取る。
「ちょっ、ちょい待て兄貴? 待って、待っ、兄貴!?」
熱せられた鉄塊は自身の重みで歪み垂れる。
「……大丈夫だよカモ君――――――1分で終わらせる」
その瞳には、友もカモも、何も映っていなかった。
(ああぁあああぁぁああ!!? どうするどうするどうしよう!? マズイ、マズ過ぎる!!
なんやかんや言って兄貴はまだ子供―――元来の頑固さと負けず嫌いが悪い方向へ出ちまったァ……!!)
ネギに勝算など無い。いや違う、勝つことしか頭にない。
勝つために闘う。採算度外視。
それこそ、魔力尽き果てるまでぶつかり合うだろう。
そうなれば今度こそ本当に終わりだ。
(ダメだッ、ここで戦ったらアウト……どう転んでもこのか姐さんは…………!!
くぅっ……だ、誰か! 誰か、この場をなんとかできる奴はっ! 兄貴を止められる御人はいねぇのか!?)
右を見る。誰も居ない。
左を見る。木しかない。
後ろはどうだ。望みは薄い。
「ようやくその気か、ネギ」
「……すぐに終わらせるよ」
そして前。睨みあう子供が二人。
(……もう、ダメなのか……!!?)
――――望みは――――
「魔術師は、臆病者じゃないから」
――――断たれる―――――
(……誰か……兄貴を、兄貴を止めてくれるヒトは―――――――!!)
「ハッ、そんなだっさいバンダナしとったらカッコつかへんなぁ」
―――――ッ!!!
『兄さん、コレで最後、もう一度だけ詫びさせてくれ。本当にすまなかったッス』
『二度とするなよ』
『おうとも! 漢カモミール、同じ愚行は繰り返さねえ!! 誓うぜ、兄さん!!』
『調子のいいヤローだなぁオメーは』
『ソレが売りッスから!』
―――――望みは、まだある―――――
「いくぞ!!」
―――――『止めてくれるヒト』はいなくとも―――――
「来い!!」
――――――――『止めるべきオコジョ』はここにいる!!
走る! 奔る!! 疾る!!! 最大加速――――!!!!
渾身の力を振り絞り――――!!
「目ェ覚ませバカ兄貴ィィイイイイ!!!!」
――――ネギの尻目掛け、キリモミ回転で頭から突っ込んだ!!
「ひぐァッ!!!?」
命名「オコジョロケット」。
別名「ものっそいカンチョー」。
肉体強化中のネギを力技で止めるには、ピンポイント爆撃のこの方法しかなかった。
人生であげた事の無い悲鳴を漏らし、ネギは尻を抑えて蹲る。
衝突の衝撃で脳震盪を起こし鼻血をダラダラ流すカモだったが、湧きだすアドレナリンで転倒を何とかこらえる。
そして小太郎は目の前の素っ頓狂な寸劇に目を白黒させ、ハッとしたように非難を浴びせかけた。
「なんや仲間割れかいな……真剣勝負に水差すなや!」
ようやく痛みから回復したネギは荒くなった息を抑え、戦犯カモをキッと睨む。
今、やっとその瞳にカモの姿が映し出された。
「何するんだよカモ君!! 今はふざけてる場合じゃ……!」
ネギは言葉が詰まった。
そこにいたのは、カモであってカモじゃない、しかしてやはりそれはカモ。
普段の他人に媚びた小物は存在せず、決死の覚悟で奮い立った小心者が黒衣の少年と対峙していた。
「ふざげでんの゛は兄貴の゛方だろ゛ッ!!」
「ぼ、僕はふざけてなんか……!」
鼻血を撒き散らし、足元もおぼつかない状態でカモは言い放つ。
鼻息でムリヤリ鼻血を吐き出し口元を拭い、カモは絶叫に近い糾弾を続ける。
「このか姐さんの身がヤベェって時に犬っころと遊んでる場合かよ!!」
「だから!! そのためにもコタロー君を倒して!!」
「戦う必要ねぇだろ!! 出し抜くだけならやりようはいくらでもあるだろうよ!!」
先程の竜巻風障壁で閉じ込めるも、眼晦ましで怯ませるも、成功するか解らないがやってみる価値はあった。
だがネギは小太郎の挑発に乗り闘う道を選んだ。それこそ愚行に他ならない。
「でも、これは“男”同士の勝負なんだよ!!」
「違う、バカにされたままじゃ悔しいから噛みついてるだけだろ! 単なる子供のケンカだ!」
「子供のケンカって……! これはそんなんじゃ……――――!」
「―――なら、兄貴の頭に巻いてんのは何だよ!!」
前を向いたまま、カモは声を張り上げる。
その言葉にネギはハッとする。
小太郎がそれを貶した事さえ反応できぬほど、さっきまでのネギは直情的だった。
ネギは額に巻かれたソレ――――ミサトのバンダナに指を這わせ俯く。
「あの場に残った兄さんが……どんな想いで兄貴にそのバンダナ託したのか解ってんスか!!?」
ネギにバンダナを託したあの時、カモはしかと見ていた。
声だけは平静を装いながらも、憤りと不甲斐なさに打ち震えたミサトの姿を。
言わなければならない。
自身で正せない間違いは、周りが正すしかない。
「友達を石にされて一番悔しいのは誰だよ!
親同然の恩人を眼の前で石にされて一番悔しいのは誰だよ!!
大事な親友を攫われてっ! それでも助けに向かえなくて一番悔しい思いしてんのは誰だと思ってんだよ!!?」
解っている。これは自分が言っていい言葉じゃない。
彼の友人を巻き込んだのは他でも無いこのオコジョ風情だ。
間違いを犯し、いろんな人に迷惑を掛けた。
「刹那の姐さんだってそうだ! 本当は誰よりも早くこのか姐さんの元に向かいたかっただろうよ!!
誰よりも早くこのか姐さんを助けたいだろうよ! あのムカツク白髪頭とサル女をブッ飛ばしてやりたいだろうよ!!」
だが今言わなければネギは歪んだまま固まってしまう。
なら、自分が言わねばなるまい。
固まり切ってしまう前に。
鉄を叩き込んで真っ直ぐにするために。
「それでもっ! 兄さんも姐さんも、自分のなすべき最善を考えてあの場に残った!
全部抑え込んで兄貴にバンダナを―――その“想い”を託したんだ!! 兄貴はそれに応える義務があんじゃねぇのか!?」
間違いを正す。
叩いてでも真っ直ぐに。
「それなのに……それを託された兄貴は、こんな所で一体何やってんだよッ!!
義務も想いも全部ほっぽり投げて決闘ごっこかよ!! それが“男”のやる事なのかよ!!」
そして送り届ける。
託されたモノを、どんなことがあっても。
それが、それだけが――――――
「大局を見ろ! 大義を見失うな!! 兄貴の――――ネギ=スプリンフィールドの戦場はここじゃねェだろッ!!!」
――――それだけが、間違いを犯した馬鹿野郎が通せる筋だった。
「生意気な口きいてすまねぇ………
―――………けどオレっちにも! 兄貴の使い魔として、一匹の“漢”として、託されたモンを届ける義務がある!!」
脳震盪とは違う理由で震える膝を掴みあげ、カモは再び一歩前へと躍り出る。
「やい犬畜生!! テメェ如きに兄貴の手は煩わせねー!!
こ、こここの、ア、アルベール・カモミール様が、あああああ相手になってやらァッ!!!」
見上げるほどに体格の違う狗の少年に小さな指を突き付け、カモミールは一世一代の啖呵を切った。
「ざけんなやっ! ネズミ潰したかてなんも面白ないわい! 引っ込んどれッ!!」
「うるへー! げっ歯類ナメんじゃねーぞワン公!
その気になりゃーなぁ、テメーのズボンの裾から潜り込んでタマキン噛み千切ることくらい出来んだぜ!?」
小太郎の顔が引き攣る。腰が若干引き気味に、そして気持ち内股になった。
もちろんカモだってやりたくない。死んでも御免である。
だが、それくらいの覚悟がなければこの少年を相手取ることなんてできやしない。
「……あとは任せたぜ、兄貴」
「カモ君ムチャだよ!」
「無茶でも何でもやるんだよ! 兄貴はこのか姐さんの所へ行くんだ!!」
「カモ君!!」
――――散らば諸共 真の空に 咲かせてみせよう 漢道<オコジョウェイ>――――
「かかって―――――こいやぁああああああああああああああ!!!!」
アルベール・カモミール、決死の特攻―――――――!!
「ふんっ」
「あべしっ!!?」
「カモくーーーーーーーん!!?」
―――あっけなくはたき落とされた。
「何がしたいねんコイツ………まあえぇわ、ネギ、今度こそ――――」
パァンッ!!
「――――へ?」
―――――何か、強い衝撃が小太郎の額を貫いた。
黒衣の少年の身体が大きく仰け反る。
そのまま両足も大地を離れ―――――
「ぐはァっ!?」
――――2メートル後方まで吹き飛び仰向けに倒れ込んだ。
呆然とするネギ。そしてカモ。
乾いた音が響いたと思ったら眼前の少年が倒れ伏した。
何が何だか分からない。何が起きたのだろうか。
「もしかして、カモ君が……?」
「ぅえぇ!? オレっちは何も………ハッ!?
まさかオレっち、秘められた勇気の魂が覚醒して賢者の能力が目覚めたのか!?」
「なかなかイイ啖呵だったよ。オコジョにしておくのが勿体無いくらいだ」
背後から届く落ち着き払った女性の声。
一人と一匹は未だ闇覆う森の中を凝視する。
現れたのは、褐色の肌を持つエキゾチックな美女。
モデル以上のスタイルと上背、闇夜のような艶めく黒のロングヘアー。
スナイパーライフルを片手に不敵な微笑を浮かべる凄腕銃士。
その名を、
「た、龍宮さん!?」
「なかなかピンチらしいじゃないか。助っ人にきたよ、ネギ先生」
麻帆良学園女子中等部3-A、出席番号18番―――龍宮真名。
「な、なんでここに!? ていうかソレ鉄砲!? ああああのえと、これはその魔法とかそういうのじゃなくて…!!」
「慌てなくてもいい、私も“関係者”だよ」
「はひ?」
咄嗟に誤魔化そうとするネギを冷静に窘めるクールビューティー真名。
想定外の登場、想定外のチャカ、想定外の真実に一気にテンパるネギだったが、一応は魔法を誤魔化そうとしたその姿勢は褒めてあげたい。
「今回は学園長からの依頼だがね、刹那や一に免じて格安で引き受けてあげたよ」
「お金摂るんですか……」
「傭兵だからね」
「こういうのをデキル女っていうんだなぁ」
「褒めてくれてありがとうオコジョ君」
照れるでもなく称賛を受け流し、天に伸びゆく光柱に目を向ける真名。
その魔眼は、正確に儀式完了までのタイムリミットを読み取る。
「もう時間が無い。早く近衛の所へ」
「でもコタロー君は……」
さっきからピクリともしない狗の少年を気にするネギ。
「後処理は私がしておく。大丈夫だ、死んではいないから」
真名は人差し指をスッと伸ばし、ネギの頬に当て、進行方向へと顔を向けてやる。
「さぁ行くんだネギ先生。大義を見失うな、だろ?」
「っ! ハイ、ありがとうございます!!」
「礼ならそのオコジョ君に言ってあげるといい」
「行こうカモ君……ごめんね、ありがとう」
「……その言葉で救われまさぁ!」
多大なる感謝を使い魔に捧げ、ネギは再び大地を蹴り飛翔する。
―――――熱した鉄塊は直ぐに叩き延ばされ、未熟ながらも刀剣の体を現し始めた。
ネギが飛び立って数十秒後。
仰向けに倒れ込んでいた小太郎の眼が開く。
が、それ以上の動作はできない。
「な……なんやこれ……!? 動かれへん……どないなっとんねん…!?」
「術式を込めた弾丸だからな、悪いがしばらくは動けないぞ」
着弾と同時に破裂し術式をブチ込む魔弾。
妖の血を引く少年には非常によく効いたようだ。
「こなくそぉ……!! ネギぃ、決着はまだ付いとらんでぇ……!!」
「呆れた戦闘狂だな」
「クッソォ……やっとライバルに巡り合えたと思ぉたのに……!! 恨むで色黒ねーちゃん……!」
「私も仕事だからね」
「動け俺のカラダァ……!! 根性見せぇや……!!」
「ふむ、なんだか少し不憫だな」
「同情するなら術解かんかい!!」
「よし、ではこうしよう。知り合いにイイ感じに闘いに餓えてる奴が二人程居るんだがな、ソイツらを紹介してやろう」
「俺はネギがいいんや!」
「贅沢を言うな。私が無料でサービスするなんて滅多にないんだぞ?」
「知らんわそんなん!!」
「多分“刹那達の所に居る”はずだ。連れて行ってやろう」
「ぐふぇっ!! ちょ、コラ! 襟を持つな!! 首締まるやろがっ!!」
「礼は要らんぞ? 私も行くついでだ」
「話聴かんかい色黒ォ!!!」
褐色娘はデカイ荷物を携え、“自分の後を勝手についてきた友人達”の元へと向かった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
まさかのスーパーオコジョタイム。どうも私です。
ちょっとやっちまった感はあったんですが、これは外したくなかったんです。
#36の朝倉もそうですが、『ダメだった奴をダメなまま終わらせたくない』というコンセプトとでも言いましょうか。
まぁ千草みたいにとことんまで小物化しちゃったキャラもいるんですが。
……やっちまったかなぁ。
修学旅行篇、一体いつ終わるんだろう。