―――時刻は、ミサトが意気揚々と茂みを歩き始めたあたりにまで遡る。
本山に残っている五人の少女達は、本日の寝床として貸し与えられた客間にて、それぞれが思い思いの行動を取っていた。
そしてその五人は三対二の小さな二グループとなり、それぞれが部屋の一角に陣取っている。
一つは、新参者の和美&のどかのコンビ。
和美は自前のデジカメを操作し、本日分の画像データを確認・編集する作業に勤しんでいる。
報道部員である彼女は、今回の修学旅行におけるカメラマンも兼任している。
別に周りから押しつけられたワケではなく、本人が嬉々としてやっているのだ。
普段はノリと勢いでゴシップを量産する彼女だが、今日の分の写真にはかなり気を使っているご様子。
アルバムとして使える写真は撮影総数の半分程度。
残りの画像は“裏”の存在を示唆する仰天マル秘映像ばかり。使える物も限られてくる。
シネマ村におけるコスプレ写真はバンバン使えるが、その先で起こった白熱のバトルシーンはお蔵入りとなる。
呪術協会内で撮影した写真も当然ペケ。『ザ・京都』と言わんばかりの風情あふれる情景なのに使用できないのは残念、とは本人の談。
もし何も考えずこれらの写真を公に曝した場合、間違いなく灼眼の粛清が待ち受けていることだろう。
嗚呼、恐ろしや。
その後ろで和美の編集風景を興味津津に覗きこむ少女のどか。
鼻歌交じりにノリノリで作業する写真家とは対照的に、そろ~っとした様子でチョコンと正座して見学している。
その姿は、主人の邪魔をしないよう気を遣う健気な忠犬のようにも見えた。
画面を流れる画像イメージが替わるたびに、ほぇ、わぁ、と感嘆の声を出すのどか。
実に感受性豊かな娘さんだ。
そして特定の人物が写真に写り込んでいると決まって、あっ、と嬉しそうな声を漏らし頬を紅潮させる。
言うまでも無い。スプリングフィールド家の息子さんの写真だ。
「あとで焼き増ししてあげよっか?」
「ふぇ!? あ、あの、あのその、えと……………………ぜひ……」
「おっけー♪ 素直なコにはサービスだよんっ」
「あ、ありがとう……」
振り向きもしないで見透かしたように尋ねてくる和美に慌てふためくのどか。
しかし結局ちゃっかりと注文するのは、やはりのどかが恋する乙女である所以だろうか。
なんやかんやで此度の旅行中に随分と仲良くなった二人なのであった。
一方、残る三人のうちの二人、木乃香と明日菜は互いに顔を見合わせ困ったような表情を見せていた。
「どうしようか」という声が聞こえてきそうなハの字の眉が、木乃香の愛らしい眉間にシワを寄せる。
対する明日菜も、頬をポリポリと掻きながら口角を引き攣らせている。
どうしたもんかと考えるが、木乃香が対応に困ってんのに私が解るワケないじゃん、と思考を放棄。
というのも、今現在、少女二人の眼の前に“異様な光景”が鎮座していることがそもそもの原因。
その原因となっているのは、
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
ゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッゴスッ
「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ
忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろわすれろわすれろわすれろわすれろ
わすれろわすれろわすれろわすれろわすれろわすれろわすれろわすれろ
わすれろわすれろわすれろわすれろワスレロワスレロワスレロワスレロ
ワスレロワスレロワスレロワスレロワスレロワスレロワスレロワスレロ…………――――」
自分らより遅れて大浴場より帰還した少女が、真っ赤な顔して額を壁に打ちつけ続けているからだ。
部屋に戻ってきてからずっとこの調子の刹那。
仕方がない、生まれたままの姿を間近でマジマジと見てしまったのだから。
無理もない、生まれたままの姿を間近でマザマザと見せつけてしまったのだから。
ミラレタ、自分のスベテを。
ミテシマッタ、総統のムスコさんを。
キツツキの霊でも憑依したんじゃないかと思うくらいの勢いで壁にヘッドバットをかまし続ける。
しかも呪詛の如く「忘れろ」と唱え続ける様は、異様を通り越して恐怖さえ感じる物がある。
ヘタに止めでもしたら、今度は自分が壁の役になるんじゃないかと明日菜が思ってしまうのも無理はない話だ。
同室の和美たちが触れてこないのは、『触らぬ神に祟り無し』の精神で見ないようにしているからだ。
おっかなびっくりののどかに「見ちゃいけません」と諭す和美の姿は、さながら姉妹のようだった。
「あのぉ~……刹那さん? そろそろやめといた方がいいんじゃない? おでこヤバいことになってるよ?」
「それ以上はアカンて。せっちゃんのチャームポイントが血塗れになってまうて」
「ブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツブツ………」
頬以上に額が紅に染まりゆく親友をコレ以上見ていられない。
明日菜は意を決して少女に声をかける。木乃香も肩に手を掛けて静止を促す。
だが刹那は周りの声も耳に入らないご様子。
「……仕方あらへん。最終手段や」
スッ ← 懐からトンカチを出す音
「せいっ」
ゴスッ ← 壁とは違うモノが当たる音
「はぅんっ!? ――――………ハっ、私はなにを……?」
「……アンタ親友にも容赦ないわね」
「親友だからこそ止めなアカン時もあるんよ」
後頭部に奔った衝撃に、ほどなく正気を取り戻した刹那。
木乃香が断腸の思いで振り抜いた鉄槌が、見事親友を負のスパイラルから救出したのだ。
大人しくなった刹那の頭を優しく撫でて手当てする木乃香。されるがままの刹那は少し照れ気味。
子供をあやす母親のように、「痛いの痛いのとんでけー」と古から伝わる呪文を唱える。
彼女の場合、マジで傷が治るから大したものだ。
「すみません、トリ乱してしまいました……」
「何があったん?」
「~~~ッ! ご、ごめんこのちゃん、思い出させんといてっ………!」
「おーよしよし」
京都弁になってるってことは相当テンパってんだなぁ。
それなりに彼女と長い付き合いである明日菜はそう判断した。
羞恥に打ち震え仔犬のように丸くなる刹那と、そんな彼女に胸を貸す聖母のような木乃香。
そんな微笑ましい光景を目の当たりにし、「ホント仲いいなコイツら」と明日菜は思った。
なんか可哀そうだから、追及するのはまた今度にしよう。
明日菜は、面倒な問題を先送りにする技術に磨きをかけることにした。
(仕方ないわねぇ、なんか別の話題でも振ってあげなきゃ……)
なんだかんだで人がイイのが彼女の人間性。
なんでもいいから今の状態を払拭できる話題を考える。
天気の話? もう夜なのにソレはないだろう。
政治の話? 私がそんな難しい話できるワケないじゃん。
流行の話? 悪くはないが、今話すべき事でもないか。
恋愛の話? 朝倉の前でソノ手の話題はやめといた方がいいかな。
秘密の話? だから朝倉の前でそんなこと―――――――
――――……秘密?
“……私は、アスナさんに隠していた事があります”
―――そうだ、秘密の話だ。
(ねえねえ刹那さん)
(はぃ……?)
(さっきのお風呂でさぁ……)
( ビクッ! )
和美の地獄耳に入らないように極力声を抑え、オッドアイの少女は仔犬化している少女に耳打ちする。
『風呂』という単語が地雷なのか、頬の赤みが更に増す。
顔を真っ赤にして震える刹那を見て、ちょっとカワイイな、と思いながら明日菜は続けた。
(“私に隠してた事”って……なに?)
―――震えが、ピタリと止まる。
言った。
確かに言った。
自分には秘密があると。
その秘密を告白すると。
決めたハズだ。踏み出すと。
踏み出して、踏み込んで、近づこうと。
さっき決心したじゃないか。
なのにナンだ。
何故、震えが止まっている?
なのにドウシタ。
何故、また震えそうになっている?
顔に溜まっていた熱が抜けていくのを感じる。
茹っていた思考回路が、急激な温度変化についていかずフリーズを起こす。
熱湯から抜け出した直後に、いきなり冷水をぶっかけられたかのような。
夢の中で遊んでいたときに、叩き起こされ現実に引き戻されたかのような。
そんな感覚が、怒涛の如く刹那の精神を飲み込んでいく。
不安定な心に攻め入るように、一つの感情が忍び寄る。
見ないようにしていた感情が首をもたげる。
“こわい”
恐い。責められるのが。
怖い。避けられるのが。
恐い。怖い。こわい。コワイ。
コワイ、コワイコワイ、コワイコワイコワイコワイコワい――――――――
(せっちゃん)
(――ッ!!)
よく知った声が、数瞬止まっていた刹那の思考を呼び戻す。
視線を上げれば、見知った少女の微笑みがあった。
慈愛に満ちた笑顔で刹那の肩に手を回し、きゅっ、と抱きすくめる。
木乃香は空いた方の手で指を一本立て、己の口元をトントンッと叩いて見せる。
よく見てて。
そう言っているかのように。
けっして口には出さず、唇だけ動かし、
一言。
だ い じ ょ う ぶ
ただ、それだけ。
少女がしたのは、たったのそれだけ。
―――――ありがと、このちゃん
それでよかった。
それだけで十分だった。
少女の灯火は、ソレだけあれば十分過ぎるほど。
かの少年の灼眼の如く。
紅く、大きく、揺らがずにいられた。
(―――……場所を、変えてもいいですか?)
(え? いいけど……どこに?)
(大浴場にしましょう。あそこなら広さも十分ですし、人目も開けられますから)
先導するように刹那は立ち上がり、和美とのどかに一声かけてから、障子の戸を開く。
部屋に風が吹き抜ける。
冷たく、それでいて心地の良い夜風が刹那を迎えた。
一連のやり取りに少々首を傾げながらも、明日菜は刹那の背中を追いかける。
その後ろを、子を見護る母親のように追従する木乃香。
前に進むことを誓い、少女たちは決意の地へと赴く。
「さっきの、なんだったのかね?」
「えっと……さぁ…?」
終始蚊帳の外だった和美&のどか。
刹那が壁に突進したと思ったら、木乃香が親友の頭をズコーンとシバいて。
ズコーンとシバいたと思ったら、刹那がいきなり木乃香に抱きついて。
いきなり抱きついたと思ったら、明日菜が呆れるように傍観して。
明日菜が呆れ果てたと思ったら、なにか思いついたように耳打ちして。
なにやら耳打ちしたと思ったら、刹那の様子がおかしくなって。
なんか様子が変だなと思ったら、なんかイチャイチャし始めて。
イチャつきだしたよと思ったら、刹那が清々しい顔して。
そのまま、三人で何処へやらと行ってしまいましたのですよ。
ホントもーワケわかんねーっスヨせんぱーい、とのどかに絡む和美であった。
「あ、さっきの美少女二人のカラミは撮っとくべきだったなぁ。勿体無いことしちゃった」
「そ、そういうのは、本人の許可を得ないとマズイんじゃ……」
「羞恥に震える桜咲なんかはレアだから高値で売れそうだったんだけどなぁ、剣道部の男子とかに」
「う、売っちゃだめですよ!」
「でもミサトくんに止められちゃうかなー………いやまてよ? 逆にミサトくんに売りつけるってのはどう!?」
「いやだから売っちゃ……」
「あー、ダメだ。ミサトくんじゃ写真買う必要ないじゃん。旧知の仲だし」
「あの、だから……」
「だったら普段お目に掛かれないようなセクシーショットならどうよ!?」
「…………もういいです…」
「そうだよね、いいよね! 宮崎の賛同も得られた案なら間違いなしだよ!」
「そっそういう意味じゃないですよぉ! なんでそこだけ聞いてるんですかーー!?」
「アハハハハ、ごめんごめん、ジョークジョーク」
漫才師のような掛け合いを見せる二人。
コンビ名は『のどかな朝』とかでいいんじゃねーの?
珍しく大声を出してしまった恥ずかしがり屋の少女。
やっぱり慣れないツッコミなどするモンじゃないなぁ、と顔を紅くして溜息。
和美の方もわかっていて弄っている感がある。反応してくれるのが面白いのだろう。
というか、のどかさん?
写真を売っちゃダメって言ったけど、自分がネギの写真を貰うのはアリなのかい?
なに? 『恋する乙女に野暮なこと言うんじゃないよ、このスットコドッコイ!』だと?
………それを言われちゃ何も言えないですよ。
「なんてーか、やっぱ宮崎はイジリ甲斐があるね」
「うぅ…ひどい…」
「クラス一の引っ込み思案かと思いきや、その実、愛の為ならとことん大胆になれる。
実に興味深い娘だよアンタ。今度正式に取材させてくんない?」
「あっ愛!!? そそそそそっそっそそっそんなっああああいあいあいああいああいあああ!!!?」
「あちゃー……やり過ぎたか」
※ 本屋ちゃんの再起動までしばらくお待ちください。
「落ち着いた?」
「す、すみません……」
「や、私も悪かったけどさ」
九割方、和美が悪い。
「でもまぁアレだよね、恋する乙女は強いってホントなんだね。宮崎みてるとよく解るよ」
「あぅ……」
「私も恋しちゃおっかなー」
「え!?」
「でも手近にイイ男のコ居ないしなー」
「えっと、あの……」
「だいじょーぶ、ネギ君は盗らないから」
「そっそうじゃなくてっ」
「ミサトくんは……ありゃダメだ、もうお手付きっぽいし」
「……お手付きじゃなかったら?」
「んー……それでもパス、かな。恐いし。友達としてはイイと思うけど」
「……やっぱり、付き合ってるんでしょうか…?」
「桜咲と? それとも近衛の話?」
「……どっちかといえば……刹那さん、かな」
「案外両方とシッポリしけこんでたりして」
「りょ、りょうほう!?」
「ハーレム造ってるってウワサもあるみたいだし、ありえなくないと思うわ」
「それは…ウワサだけの話だと……」
「そなの?」
「仲はいいけど、くーふぇ達もゆえ達も、そんな感じじゃないですよ」
「ふーん……………てかアンタ、恋バナになった途端グイグイ喰いつくね」
「はぅ!?」
「やっぱ恋に恋するとちおとめは違うねぇ」
「それってイチゴの品種なんじゃ……」
「甘酸っぱいモノって意味なら一緒だよ」
「あ、上手い……」
「素直に感心されると恥ずかしいな……」
『女三人寄れば姦しい』というが、二人だけでも十分盛り上がる。
恋の話なら尚更だ。
しばらく乙女同士のキャッキャウフフな会話が続いた。
「で、でも…そう、ですね…」
「ん?」
「好きな人と、秘密を…共有、できるのは……嬉しい、です…」
途中何度かつっかえながらも、胸の内を語るのどか。
秘密。
すなわち、“裏”。魔法関係の事だ。
「ネギせんせーの従者になって…本の中でしか知らなかった世界にも入れて…………すごく、ドキドキしてるんです」
「……」
魔法。
それは絵本から飛び出したような、まさしくファンタジーな言葉。
そんな幻想の世界に飛び込んだ自分は、さながらウサギを追ってきたアリスのよう。
のどかは、胸踊るドキドキわくわくの物語のヒロインになった気分だった。
しかし、和美は素直に賛同できなかった。
最初こそネギの秘密を握りあわよくば大儲け的なことも考えた。
魔法の存在を知った時も、ちょっと使ってみたいなぁと素直に考えたこともあった。
魔法少女になりたかったワケじゃなかったが、それなりに魔法という言葉には夢があると思っていた。
だが、直面した現実はそんなに甘ったるいものではなかった。
復讐。誘拐。人質。薬漬け。
出てきたのは生々しい単語ばかり。
正直、魔法に出会ったタイミングがアレだった。
そんな極道世界ばかりでは無いということは聞いた。
魔法を使っているだけで、一般人と大差ない生活をしている者が多くいることも聞いた。
だが現実として存在している。それが真実。
ミサトは言った。今の状況は「死ぬかも分からない地雷原」だと。
“裏”の世界とはよく言ったモノだ。
なんでもない日常という“表”のすぐ側で全てが行われている。
不思議な穴に落っこちたアリスというより、塹壕に入り込んだ戦場カメラマンのような気分。
なんともそら恐ろしい世界に飛び込んでしまったというのが、今の和美の感想だ。
もっとも、いまのところ引き返す気なんてさらさらないが。
「……朝倉さん?」
「ん、ああゴメン。あまりのノロケに砂糖吐いてたわ」
「の、のろけ…なの、かな……」
幻想の世界に“幻想”を抱いているのどか。
幻想の世界に“現実”を見出した和美。
せめてココに居る間は、できる限りこの娘を護ろう。
小さくだが、和美は拳を握った。
「そだ、まだ私のケータイ番号もメアドも教えてなかったよね? 貸して、登録したげるから」
「あ…じゃあ、私の番号も……」
「だいじょぶだいじょぶ、もう登録してあるから」
「えっでも、まだ教えてないのに……」
「報道部ナメンな、とだけ言っておこうか」
個人情報保護法はどうした。
「そーしんっ。そして、じゅしーん♪」
慣れた手つきでメニュー00からプロフィールを赤外線に乗せて飛ばす。
のどかから受け取った携帯電話を操作して電話帳を開く。ちゃんと登録できたか確認のためだ。
「よしオッケー、登録完了っと。お、ゆえっちの真上だ。当たり前だけど」
電話帳の「あ行」の欄に表示された『朝倉 和美』の文字を確認できて満足そうに頷く和美。
――――ちょうど、その時だった。
コンコン
障子戸から音がする。
入室の許可を求めるノック。
「あいてるよー」
和美が入室を軽く許可。
しかし、許可されたにもかかわらず入って来る様子はない。
不審に思いながらもう一度声をかけるが、やはり入って来ない。
どうしたんだろうと顔を見合わせる二人。
荷物で両手が塞がっていて開けられないのかな?
そう考えたのどかは、正座を解いて立ち上がり、戸の前まで移動。障子の取っ手に手をかける。
のどかが戸を開く直前、和美はふとこんなことを感じた。
―――なんか変じゃないか、と。
戸の向こうに居るのが明日菜たちなら、ノックせずとも勝手に入って来るだろう。
仮に手が塞がっていたとしても、三人もいるのだから誰か手の空いている奴がいるはずだ。
住込みの女中さんの可能性も低い。
声をかければ何かしらリアクションするだろうし、それ以前に「失礼します」とか言いそうなモノだ。
それだけじゃない。静か過ぎやしないか。
息遣いが聞こえないだけなら、まだわからないでもない。
だが、戸の向こうに居るはずのヒトの気配すらも感じないなんてことあるだろうか。
それに、先程まで遠くの方から聞こえていた微かな足音さえも無くなっている。
開けるのちょっと待った――――そう言おうとしたが、声を出す前に戸は開かれてしまう。
そこには確かに、敷居を挟んで佇んでいる人物がいた。
だが、のどかにはその人物に見覚えがない。
のどかは尋ねた。
「………えっ、と、アナタは………?」
「―――君にはご退場を願おうか、読心術師さん」
人形のような眼をした白い髪の少年が、その矛先を目前の少女に向けた。
「―――【石の息吹】 」
生気を奪う灰色の煙が放たれ――――――
――――その直前、のどかの華奢な身体は後方へと吹き飛んだ。
否、吹き飛んだのではない。
襟首を掴まれ、力の限り引っ張られたのだ。
一体誰に?
決まっている――――――和美しかいない。
一度シネマ村で白の少年の姿を見ていた和美。
その姿を視認した瞬間、のどかよりも早く起動を果たし、脊髄反射的に行動を起こした。
腕力に自信があった訳ではないが、そんな言い訳している場合ではない。
体重移動をフルに用いて、のどかを思い切り後方へ投げ飛ばす。
こうしてのどかは、石化煙の魔の手から逃れることができた。
代償として、のどかと位置が入れ換わった和美が犠牲になることによって。
煙に触れた指先から急速に石化が進行する。
硬化した手から二人分の携帯電話が零れ落ち、石と化した足に当たり畳を転がる。
和美の身体は一般人のソレと変わらない。
魔法に耐性を持たない彼女が完全に石化するまで一秒とかからない。
だが和美には、その進行スピードがやたらとスローに感じた。
―――うわっなにコレ、コレってアレ? もしかして走馬灯ってヤツ?
わたわたと慌てふためきたいが、もう手足は固まってしまった。
石となりゆく自分に向かって声を上げる友人の姿が眼に入る。
―――早く逃げな宮崎、この朝倉さんがここまでカラダ張ったんだからさ。
自分の名を叫ぶ少女にそう言いたいが、もう喉まで固まってしまった。
動くことが叶わない自分の横を、白の少年が悠然とすり抜ける。
―――まいったねこりゃ、これじゃ宮崎を護ることもできないや。
そうやって苦笑したいが、もう頬まで固まってしまった。
頭頂部まで完全に石と化す直前。
脳裏を過ったのは、灼眼の少年の台詞。
“何かしてやりたいって言うんなら、自分の身を放り出す以外のことにしろ”
―――ごめんねミサトくん――――約束、破っちゃった―――
床を転がる携帯のイルミネーションだけが、部屋で唯一 色の付いた存在となった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
今回はかなり早く書けました。どうも私です。
怒りの鉄拳どころかミサト出てきてねーじゃん(笑泣
次回予告詐欺とか言わないで。こちとらノープランであとがき書いてるんです。
のどかと朝倉のやり取りを書いていて思いました。
「なんか佐天さんと初春みたいになっちゃた」と。
シリアスが続きそうで気が滅入ります。
ギャグ書くつもりでこの作品書き始めたのに。どうなってんだ。
次回も続くよ、修学旅行。