さて、時間は跳んで現在は夜。歓迎の宴もお開きとなり、腹も十分に膨れた頃。
「ふひぃ~~しみるぅ~~……」
ここは西の本山の大浴場。
檜造りの格式高いこの場所で、うら若き三人の乙女が湯浴みの真っ最中である。野郎どもには目の毒だ。
「アスナがお湯にとけとる」
「今日はいろいろありましたからね、疲れが出たんでしょう」
「やっぱお風呂はイイわー……リリンの生みだした文化の極みねー……、……………“リリン”て何?」
明日菜の疑問はさておき、確かに風呂は素晴らしい。疲れた体と心を癒してくれる。
しかもこの風呂、竹林が茂る庭園を眺めながら入浴できるちょっとした露天風呂だ。オマケに檜の香りが嗅覚さえも楽しませてくれる。贅沢なことこの上ない。
明日菜ほど溶けてはいないが、久しぶりに味わう実家の湯を楽しみにしていたのは木乃香や刹那も同じらしく、いつも以上に頬が綻んでいた。
三人娘は肩を並べて湯船に浸かり、しばらくポーっと呆けた。
「……あ、そーいえば」
ふと何かを思い出したように呟いて、湯船に溶け切っていた明日菜が身を起こし二人に向き直る。
「ソッチの方に出たんだって? あのサル女」
「ええ、性懲りも無くまた」
「なんなのかしらねー。そこまでして一体何がしたいんだか……」
話題に上げたのは、此度の騒動の主犯格たる女の事。
木乃香を着け狙うのは、その身に秘めた膨大な魔力を手にする為。しかし、その魔力を用いて何を企んでいるのか、ソレが解らない。
中身の少ない頭で考えを巡らせる明日菜。探偵には向かない性分だ。コナンで言えば元太のポジション。
「んー……お金儲けとか、かな?」
「多分やけど、違うと思うえ」
「なんでよ?」
明日菜の意見をあっさりと木乃香が遮る。明日菜は理由を問う。
「あのおねーさんが撤退する前に言うとった…―――」
“―――覚えときや”
「―――…なんていうか、この世のすべてを怨むような、そんな声やった」
―――自分には、身を削ってでも果たすべき目的がある。
―――何が何でも、全てを擲ってでも成し遂げなけれならない使命が。
―――それを邪魔をするというのなら、たとえ子供だろうとも、命の保証はしない。
―――それを果たす為なら、鬼にでも悪魔にでもなってみせる。
女の直ぐ傍に居た少女には、そういった感情が込められた言葉だと感じられた。
「サル女が成し遂げなければならないことって?」
「……わからへん」
あくまでも勘、憶測にすぎない。その先の明確な答えなど、少女は持ち合わせていなかった。
沈黙が湯気を押しのけ、場を支配する。
「―――……確かに言える事は一つです」
口を開いたのは、守護を司る剣の少女。
「たとえどんな理由があろうと、それがこのちゃんを犠牲にしていい理由にはなりません」
「……そうね、そのとーり!」
「……ん、ありがと、せっちゃん」
彼女たちにとっては、ソレだけ解っていれば十分な言葉だった。
湯浴み場に、また暖かな空気が戻る。それに伴い、自然と口調も軽くなる。やはり風呂は和気あいあいと楽しむのが一番だ。猿でも熊でも来いってなモンだ。
「何回来たってまた追い返してやるんだから!」と気分を高揚させる明日菜嬢は、見ているだけでその気にさせるカンフル剤。仲間にするととても頼もしい。
良い友人を持ったものだ、と木乃香と刹那はシミジミ思った。
「でもミサトも刹那さんも流石よね! あっと言う間に追っ払っちゃったんでしょ? 頼りになるわー。まるで姫を守る騎士<ナイト>ね」
「そんな、まだまだですよ。それに騎士というより私たちは―――」
刹那の口がそこで止まる。
「? 『私たちは』……何?」
確かに、木乃香という少女は『姫』と形容しても差し支えない雰囲気を持っている。偶におふざけで『お姫様』と呼称する事もあるくらいだ。
その木乃香を守る立場という意味では、『騎士』という称号は大変な名誉であり、誇るべき点と言えよう。
しかし、黒の少年も白の少女も『騎士』になりたいわけではない。
『騎士』とは、姫に忠誠を誓い、身を持って安全を確保する盾であり、仇なす者を斬り裂く剣。ただそれだけの存在だ。
彼らのなりたいのは、そんな空虚なモノではない。木乃香も、守られるだけの存在になり下がるつもりなどない。
共に生き、共に笑い、共に泣き、そして共に大空を翔ける。なりたいのは、そんな存在。
そう、彼らが目指すものは…――――
「―――…『ツバサ』ですかね、やっぱり」
「つばさ?」
刹那は身体ごと明日菜の方を向き、まっすぐ目を見つめる。明日菜、少し照れる。
「……アスナさん、お話があります」
「はひ?」
白の少女は、この修学旅行中に決意した事がある。
それは、この勝気な友人にもう一歩だけ近づいてみようというもの。
「……私は、アスナさんに隠していた事があります」
「?」
それは言い換えれば、『己の本当の姿をバラす』という事。
幼少の砌、忌子と蔑まれ、醜いと罵られた姿を、この場で曝すという事。
不安が無い訳がない。恐くない訳がない。仲好くなった友人に嫌われるのは、絶対に喜ばしい事などでは無い。
黙っているのも一つの手だろう。何も言わなければ、このままの関係を維持できる。間違った選択ではない。
だが、それでは嫌なんだ。嫌だと思ってしまったんだ。
踏み出す勇気を持った黒の少年を、眩しいと思ったあの時から。
信じたい。己の中の小さな勇気の火を。
信じたい。自分を親友だと言ってくれた少女を。
「……私、本当は…――――!」
白の少女は、その足を踏み出す―――――
「―――…ハハハ、しかし10歳で先生とはスゴイですね」
――――踏み出す前に、空気を読まない中年の声が響いた。
「いえ、そんな……ところでミサトさんは?」
「後から来るって言ってたぜ」
更に空気を読み飛ばす勢いで子供先生と小動物の声も、脱衣所から聞こえてくる。
完全に言うタイミングを逃した。
(あの声って、まさかネギ!?)
(長まで! ど、どうしましょう!?)
(二人とも、コッチや!)
―――少女の決死の告白は、もう少し先になりそうだ。
・
・
・
「~♪」
鼻唄などを口ずさみ、長い廊下をタオルを携えてペタペタ歩む少年・MISATO、ってか俺。
先程まで開かれていた歓迎の宴も盛況のうちに終演し、宿泊していたホテルよりも豪勢な夕飯のおかげですっかり腹も膨れた。
勢いで隠し芸大会なども開かれた。【疾風怒濤<ソニックバスター>】を披露したらバカうけした。まぁどうでもいいが。
さて、俺がコレから何処へ向かってい居るのか、解るヒトはすぐに解るだろう。そう、風呂だ。
さっきカモが「兄貴が西の長と風呂入るらしいッス」とか言っていたので、俺もついでにお湯を頂いておこうというワケだ。
そんな気軽に本山で一番偉いヒトと同じ湯に浸かっていいのかと思われるかもしれないが、昔は何度も一緒に入っていたから、まぁ大丈夫だろ。多分。
ていうか早く入りたいんだよ、風呂に。しずかちゃん並の風呂好きという訳ではないが、ココの大浴場は気持ちいいんだよ。大衆浴場として金取っていいレベルだ。
そういえば、この前パソコンで『たいしゅうよくじょう』で変換したら『体臭欲情』って出てきた。それじゃただの臭いフェチじゃないか。
臭いフェチとか意味が解らん。臭いものは臭い以外の何物でもない。興奮などする要素が見つからないよ。
やっぱりね、女性の魅力は尻だと思うんだ。いやね、乳もいいと思うよ? でも乳か尻かって言われたら、俺は尻だね。こう、キュッとしたラインがね…――――
――――……閑話休題。全く関係ない話をしてゴメン。
とにかく俺が言いたいのは、風呂はイイってことなの。リリンが生みだした文化の極みなの。
……ところで“リリン”て何?
疑問もそこそこに歩き続けた結果、風呂の入り口に到着した。
「おろ?」
「あ……」
「ん?」
が、扉を開けようとしたところでカズミ&ノドカと鉢合わせした。もしかして、目的は同じか?
「ミサト君もおフロ?」
「そっちもか」
タイミングの悪いこって。残念ながら男の先客が居るから、君らにはお引き取り願おう。
……どーでもいいけど、客より先に風呂に入る家主ってどうなんだろう。実は非常識?
「どーする? 一緒に入っちゃう?」
ニタニタ笑いながら誘惑してきやがりました。胸なんか強調しちゃったりなんかして。チョーシこいてんな。
おふざけだってことは解ってる。しかし、眼をやってしまうのが男の性。必死に見ないふりをする。アハハ、中学生丸出しだーい。
「つーか、今ネギが入ってるぞ」
「ネギ君とだったら気にしないけど? ね、宮崎♪」
「ふぇ!? わっわたしは、せせせせんせーとおおおおフロなんて、そっそそそんな……はわわわわわわ………!!?」
「落ちつけ。あと、詠春さんも入浴中だ」
「あー……、じゃあパスで」
急激に温度が冷めるカズミ。
流石にオッサン相手にサービスしてやるキャバクラ精神は持ち合わせていないようだ。
本来ならレディファーストとやらで譲るべきところだが、先客が居るんじゃあしょうがない。ということで女性陣は後でという事になった。
このまま客間に戻るかと思いきや、ふとノドカの動きが一瞬止まる。なんだかモゾモゾしだした。
ノドカは俺と眼を合わせては逸らしを繰り返すばかり。なんぞ?と思っていると、
「……その、あの……あ、ありがとう、ございました……!」
イキナリお辞儀をされた。
そしてそのまま、一目散に客間の方へ駆けていった。
一瞬ポカンとなってしまい、何についてのお礼なのかを聞きそびれてしまった。
カズミに「どういうこと?」的な視線を向けてみる。
曰く、路地裏で自分の為に怒ってくれたことへの礼だそうだ。
ただ、ブチギレした様子を間近で見たせいで俺に対する怯えの度合いも何割か増大したようで、かなり複雑な心理状況らしい。
「恐い。けどイイ人。でもやっぱり恐い」みたいな状態なんだと。
「じゃ、私も戻るね」
そう言って踵を返し、その場を後にするカズミ。
ヒタヒタと、板張りの廊下を歩く音が耳に届く。
「カズミ」
「ん?」
その背中に、何か声を掛けなければならないような焦燥に駆られた。
「……何かあったら、ノドカ連れてすぐ逃げろよ」
自分でもよくわからないが、なんだか言わなきゃいけない気がした。
「うん、わかってる」
何度も口を酸っぱくして忠告したからだろうか、カズミからの返答も非常に簡素なモノだった。
カズミはそのまま歩みを止めず、廊下の角を曲がり、姿が見えなくなった。
「……なんも起こんなきゃいいんだけどな……」
誰に伝えるでもなく零れた独り言が廊下に響く中、俺は扉に手をかけ、脱衣所へと入っていった。
「うぃーす」
「おぅ兄さん、先に頂いてるぜ!」
タオル片手に湯気が立ち上る浴場へ踏み入れると、檜の湯船に浸かっている中年男性と赤毛の少年に挟まれてビバノノしているオコジョに挨拶された。非常にシュールだ。
そこらに転がっている桶を手に取り、掛け湯をしてから入る。それがヒトの道。
いざ檜風呂へ。
「……うぇ~~ぃ……」
思わず呻いてしまうほどの気持ちよさ。これぞ大浴場の醍醐味ってなモンよ。
(せっちゃん隊員、ターゲットは気付く気配なしや。オーバー)
(引き続き警戒しましょう。オーバー)
(楽しそうねアンタら…)
しばしボーッと周りの湯気を目で追いかける。
隣ではネギと詠春さんが、なにやらいろいろと話をしている。どうやらあのメガネザルについてネギが尋ねたようだ。
メガネザル―――本名『天ヶ崎千草』。西洋魔術師に恨みを持ち、その復讐に燃える女。
……なるほど。その復讐のためにコノカの超ド級魔力を利用しようって腹か。ふざけてやがる。
その後はネギの父親―――サウザンドマスターについての話だったので、別に興味もそれほどあるワケじゃないから、適当に聞き流した。
会話が止まったので首だけ振り向いてみると、ネギが口をポケーっと開きながら俺と詠春さんを交互に見ていた。
「どした?」
「あ、いえその……お二人とも傷が多いなって思って」
そりゃそうだ、詠春さんは踏んできた場数が違う。歴戦の勇士というヤツだ。俺もまぁ、それなりにいろいろあったし。
「兄さんの背中のコレ、火傷跡ッスね?」
「どんな相手と戦って出来たんですか?」
「ジャスコの自動ドアに挟まった時に」
「何ですぐ解るウソ吐くんですか……」
「A secret makes a man man.(秘密だ。なぜなら、その方がカッコイイから)」
「おぉ、至言ですぜ」ブラボー!
「はぁ……」
いまいち腑に落ちない顔で生返事するネギ。オマエは『察する』と言う日本の美学を学ぶべきだ。
詠春さんは理由を知っているせいだろう、少し困った顔で俺を見つめていた。あまり気にしないでください。
「なんだっていいさ。それよりネギ、髪洗ってやるからこっち来い」
「え!? い、いいですよ! 一人で出来ますって!」
「ウソこけ、オマエ偶に変なニオイすんだよ。普段ちゃんと髪洗ってねーだろ」
「兄貴の風呂嫌いは筋金入りだからなぁ」
「なに、そりゃいかん。俺が隅々まで殺菌してやろう、カビキラーの如く」
「え、遠慮しまうひゃあああああああああ!!!?」
※描写すると目も当てられないので、しばし音声だけでお楽しみください。
「ほら、動くんじゃねえって」(ワシャワシャ)
「め、眼に泡がぁ~!?」
「ふふふ、賑やかでいいですねぇ」
「詠春さん、後で背中流しますよ」
「おや、それは嬉しいですね」
「もういいですから~!」
「アホ、まだ頭皮まで浸透してねえだろが」
「なんかシャンプーからさわやかな香りがしやすね」
「『漢を磨く黒シャンプー』だとよ。脱衣所に置いてあった」
「おぉ、オレっちも是非!」
「オメーは全身毛だから一本で済んでいいな」
「いやいや結構気ィ使ってんスヨ? トリートメントは欠かさねえッス」
「石鹸で充分だろ」
「しどい!?」
「ホントにもう十分でぶぶぼぶぼぶげっほげほ!?」
「あーあ、泡流してる時に口開くからだよ」
「流すって宣言してくださいよぉ!?」
「気にすんな。んじゃ次、背中な」
「うぅ、もう好きにしてクダサイ……」
「男の身体を好きにするとか冗談じゃねーよ」(ゴシゴシ)
「ではその間、私は君の頭を洗うとしましょう」
「い゛!? ちょっ、いいですよガキじゃあるまいし! てか西の長に頭洗わせるってどんな暴挙ですか!?」
「権威は衣の上から着るモノです。裸になったら皆対等ですよ」
「……じゃあ、その……お願い、します」
「ふふふ……、昔を思い出しますねぇ」(ワシャワシャ)
「………」(ガッシガッシガッシガッシガッシガッシガッシガッシ)
「痛痛痛痛痛ッ!? 照れ隠しの被害が全部ボクの背中に!!?」
―――以上、『漢だらけのオフロ大会』でした。
「それじゃ~おさきにあがりますぅ~~」
「では私もそろそろ」
全身ツヤッツヤになった代償として背中にダメージを受けたネギと、終始にこやかな笑顔だった詠春さんは、一足早く大浴場を後にした。カモはまだいるようだ。
翻弄させ過ぎたせいか、ネギはあっちへフラフラこっちへフラフラとおぼつかない足取りで脱衣所へ向かっていった。アイツの背中の垢ハンパ無かったな。
人数が減って少し静かになった大浴場。
いつもはおしゃべりなカモだが、今は大人しく湯船に入って情緒に浸っている。
俺もそれに倣い、両肘を浴槽の縁に預けてボーッと天井を見上げ、滴る雫の行方を眺めていた。
時間が時間なら、このまま眠ってしまいそうだ。それくらい心地よい空間だ。
そんなのが数分続き、体も芯まで湯たんぽ状態になったし、そろそろ俺も上がろうかなーと膝を立てたその時。
「―――…兄さん」
隣に居たカモが、前触れも無く俺に話しかけてきた。
なんだ、おしゃべりモードはさっき終わったんじゃなかったのか?
「いや、その……まだちゃんと詫び入れてねえと思ってよ」
……コイツもか。
俺もコレ以上蒸し返すような真似はしたくない。それに、もうコイツだけの責任でもない。
俺も同罪だ。カモを罵れる立場じゃない。
「……路地裏でさ、オマエに言ったろ? 『自分のことしか考えてない』って」
「面目ねぇ…」
「俺も同じだよ」
「へ?」
「俺も自分のことしか考えずに怒鳴ったってことだよ」
失態による反省、後悔、自己嫌悪。
その中で自分を見つめ直し、出てきた答えの一つ。
“誰か”を巻き込んだから怒ったんじゃない。
“俺のトモダチ”を巻き込んだからキレてしまったんだ。
「どういうことッスか?」
真意を問い、コチラに向き直るカモ。
前髪に溜まる滴を指で払い、俺は口を開いた。
「俺さ、呪術協会に世話ンなる前は孤児院に居たんだよ」
「孤児院、ッスか……」
「そこがまたクソ面白くねえトコだったんだ。毎日毎日、生きるのが苦痛でたまらなかったよ」
とーぜん友達なんかいやしねぇ、と続ける。
――――そこまで言って、黒の少年は一呼吸入れる。
目線は、前。何処を見ている訳でもなく、焦点は何処か、ココでは無い場所に合わさっていた。
過ぎた記憶が、少年の脳裏をスライドショーのように駆け巡る。
――――あの時代、彼には何も無かった。
頼れる大人もいない。友達なんていない。信じられたのは自分だけ。
いや、あの時は自分でさえ信じてなかったかもしれない。
何も考えたくなかったし、何も感じたくなかった。
することといえば、嫌な現実を忘れるために我武者羅に身体を苛めてたことくらい。
剣に没頭し、魔法に没頭する。それだけが、生きる気力を失わないための支え。
楽しいことも無けりゃ、明日を夢見ることも無い。その場所から逃げ出すこともできない。
ただ生きて、何も無い明日を待つだけの存在。
まるで、押し込められた籠の鳥。
少年は再び口を開く。
「……そんでまぁ、いろいろチャンスがあって、院を跳び出したんだ」
行く当ても無いし、露銀もゼロ。
フラフラと何ヶ月も定まった住居も持たず、目的も無し。
もしかしたら、目的を見つけるのが目的だったのかもしれない。
「そっから縁あって詠春さんに拾われて、ココに住まわせてもらってたってワケ」
「波乱万丈ッスね……」
そうでもない。このくらいの話、その辺にいくらでも転がっている。
グダグダと回想などしてしまったが、結局何が言いたいかっていうと、だ。
『一 海里』にとって“トモダチ”は幸福<シアワセ>そのものなのだ、ということだ。
「だから、俺の大切なトモダチを―――俺のシアワセを奪おうとするのが許せなかったんだろうよ」
「…」
おそらく彼は魔法の秘匿がどうとかは口で言うほど重要視していない。
『トモダチ』ではなく『赤の他人』を巻き込んだって言っていたとしたら、あそこまで激昂することもなかっただろう。せいぜい拳骨と軽い説教くらいになっていたハズだ。
平穏で穏やかな日常の象徴であるトモダチを、故意に“裏”の危険に晒した。
だから許せなかった。
唆したカモミールも。
面白半分のカズミも。
そして、己のシアワセのことしか考えていない自身にも、反吐が出た。
「この話はココまでにしよう。オマエも俺も自分勝手、それが結論だ」
「……兄さん、コレで最後、もう一度だけ詫びさせてくれ。本当にすまなかったッス」
「二度とするなよ」
「おうとも! 漢カモミール、同じ愚行は繰り返さねえ!! 誓うぜ、兄さん!!」
「調子のいいヤローだなぁオメーは」
「ソレが売りッスから!」
とりあえずの決着は、こんなものだろうか。
(―――……ひょっとして、この兄さんがエヴァンジェリンの封印解呪に協力してたのって……)
「悪いな、つまんねー話して」
「いやいやトンでもねぇッスよ。オレっちこそ、本当にすまんかったッス」
(……まぁいいか。野暮な詮索はここまでにしておくぜ)
「いや~しかし兄さんも隅に置けねえなぁ。可愛い幼馴染二人と一つ屋根の下なんて勝ち組すぎるぜ」
「一つ屋根の下ってワケじゃねえよ。コノカは母屋、セツナと俺は離れ、しかも男女別の棟だ」
「同じ敷地内なら似たようなもんスよ。 アレですかい? 一緒に風呂に入ったりとかのラブコメチックなこともしてたんスか?」
喰いつき過ぎだバカ。あと風呂は別だ。
さらに言えば『着替えでバッタリ』も『窓伝いに起こしに来る』も『トイレに突貫』も無いから。
その旨を伝えると、カモは雷に打たれたような顔で俺を見た。なんだそのリアクションは。
「な、なんてこった……。兄さんともあろうお方が、漢の必修単位を落としているだなんて………」
そんな必修科目は無い。選択科目ですらない。
「いけねぇ、いけねえよ兄さん! そんなんじゃ卒業研究もままならねえ!」
「一体何から卒業させる気だオマエは」
「ヘヘッ、そらモチロン“魔法使い”からですぜぃ」
「誰が上手いこと言えっつったよ、このエロガモ」
「エロは漢の証ッス! いつかオレっちも、ゴールドフィンガーとなる予定でさぁ!」
「カモはタカにはなれねえよ」
「手厳しいッス」
ホント、コイツはエロいことしか言わないな。
「しかし勿体ねえなぁ。あれほどの上玉が二人も傍に居るってのに、ピーピングのひとつもしねえなんてよ」
覗きが許されんのはマンガだけだ。実際にやったら関係崩壊じゃ済まねえんだよ。
「気になんねえんスか? 日々成長していく幼馴染の肢体なんか垂涎モノだぜ?」
「成長っつっても、アイツら二人とも発育はアレだしなぁ……」
「いやいや侮っちゃいけねえよ。オレっちの見立てじゃ、まだまだ発育途上だぜ。バインバインも夢じゃねえっスよ」
いつ何処でどう見立てたのか激しく気になるんだが……覗いたんじゃねえだろうな?
「ま、胸は無くとも尻は育つって言うし……」
「おっ、兄さんなかなか通ッスね」
自然と俺も下ネタが多くなってしまう。
女どもの前じゃ大っぴらに言えないから、こういう所で帳尻を合わせようとしているのかもしれない。
「兄さんもイケる口だな。ウマイ酒が飲めそうだぜ」
「あーそうかい。そりゃどーも」
その後は、カモがダラダラとシモのオンパレードをやらかして会話終了。
十分身体も温まったところで、二人して浴場を後にした。
コーヒー牛乳飲みてぇな。
――――男性陣が全員退出した数秒後、岩陰からソロリと現る影が三つ。
「最初マジメな話だったのに、最後の方エロい話しかしてなかったわよ」
「発育がアレって、失礼な……」
「まあまあまあまあ」
息を潜めて隠れていた三人娘は、無理な体勢で凝り固まった肢体を伸ばす。
先程の会話に各々が若干思うとトコロがあったが、今はこの状況をどうにかしたいというのが共通認識だった。
「今の内に出よ、また誰か入って来てまう前に」
「出るったって、脱衣所はまだ空いてないじゃない」
「鉢合わせると拙いですから裏口に回りましょう」
「……何で風呂場に裏口があんのよ?」
「非常用や、ひじょーよー」
多分、敵衆から逃げるための逃走経路なんだろう。そうじゃなきゃ存在する意味が解らない。
裏口を目指そうとする三人。だがそのうちの一人―――刹那が、男性陣が使用した後の浴室の惨状を見て足を止める。
風呂用の椅子はバラバラの場所に散乱。桶もアッチコッチに転がっている。
床や壁に至っては、ネギがシャンプー中に暴れたせいで、泡の残骸がそこかしこに飛び散ったままになっていた。
「……先に戻っていてください。ちょっと整頓してから出ますから」
手伝おうかと友の申し出があったが、一人で十分だといって木乃香と明日菜を先に送り出す。
大浴場に一人になった刹那は、ふぅっと一つ溜息を吐いた。
(散らかしっぱなしで……『飛ぶ鳥 跡を濁さず』という言葉を知らないんだろうか……)
刹那は几帳面に片づけを開始する。転がっている桶を手に取り、湯を掬って床の泡を流す。
男というのはいい加減でいかん、と憤慨する彼女。
だが彼女の知識も割といい加減だ。『飛ぶ鳥』ではなく『立つ鳥』なんですよ。もっと勉強しましょう。
ふと、鏡に映った桶を片手にした自分の姿が視界に入る。
湯に濡れた艶やかな頭髪。
熱を帯び朱に染まる頬。
線の細いしなやかな鎖骨。
順々に視線を下げ……
……お世辞にも豊満とは言えない、己の胸部でピタリと視線を止めた。
桶を左手に預け、右手でペタペタと触ってみる。
無い、とは言わないまでも、同年代の少女達に比べると大分ボリュームが少ない。思わず深い溜息が出る。
ただでさえ周囲には長身忍者やらエキゾチックスナイパーやらの規格外<バケモノ>がワンサカ居るせいか、己の不甲斐ない部分が強調されてしまう気がしてならない。
全く不公平ではないか、なんでこんなに……せめて平均くらいあれば……
(……って、何を考えている! あんな脂肪の塊、戦闘では邪魔なだけだ! ああそうさ、そうだとも!!)
無意識のうちに湧き出てきた己の欲を頭を振って打ち消す。打ち消すというより、自己暗示に近い。
乱れた髪を撫でつけブツブツと念仏のように胸の不必要性を自身に言い聞かせる。彼女もやはり年頃なのだ。
(まったく……総統が悪いんだ。私達が聴いてないと思って、あんな開けっ広げに言うから……)
ブツクサ文句をたれ、片づけを再開する刹那。椅子や石鹸を所定の位置に戻す。
乱雑になっているシャンプー類も、キチンと等間隔に。
シャンプー、リンス、コンディショナー、ボディーソープと種類ごとに……
(……ん? こんなのあったか?)
手に収まっている一本のボトルを見る。
洗料に似つかわしくない黒いボトルには、『漢を磨く黒シャンプー』の文字が印字されていた。
(ああそうか、さっき総統が脱衣所から持ってきたとか言っていたヤツ……―――)
つまりは、彼の忘れ物。
忘れ物をしたという事は、つまりは…―――――
「いっけね、WAWAWA忘れ…も……の……………」
――――……突然ガラリと扉を開けて再登場しても、何らおかしくはない状況だということだ。
一方は肩にタオルのみ。もう一方は完全なる裸。
端的にいえば、お互い丸見え。
「「………」」
時が硬直した。ザ・ワールド。
(あ…ありのまま、今起こった事を話すぜ!
『俺がさっきまで入ってた浴場に戻ってみたら いつの間にか幼馴染が入ってた』
……何を言ってるのかわからねーと思うが、俺もわか「ほでゅぼッ!!?」
ポル的な思考は、超速で飛来した風呂桶によって打ち切られる。
攻撃をかわす精神的余裕などあるハズも無く、氣でしこたま強化された桶がミサトの額にクリーンヒット。すごくイイ音がした。
声にならない悲鳴を上げ、入り口とは反対方向の裏口に向かって猛ダッシュする刹那。
余談ではあるが、この時の逃走速度は『縮地』の領域に達していたと言う。
精神的にも物理的にも脳髄を揺らされ、意識が混濁していくミサト少年。
スローモーションの如く緩やかに流れゆく時の中で、彼が最後に見たモノは―――
―――蒸気で薄っすらと紅潮した、幼馴染のハリのある可愛いお尻だったそうな。
「……トレビ、アン…ヒッ……プ……………グフッ」
▼ミサト は 称号【スケベ大魔王】を取得した!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
本山到着からお風呂イベントまで、いかがでしたか。どうも私です。
お久しぶりの投稿です。内容忘れちゃった人も多いかもしれませんね。
すみません。直しも多かったし、リアルにやることが多くて。課題とか論文とか発表とか。
毎度おなじみの「お風呂イベント」は、こんな感じになりました。ネギのお株を奪っての称号獲得。何やってんだコイツ。
レディアントマイソロジー3を買いました。スパーダばっかり使ってます。こがるんるん!
次回、いよいよ修学旅行篇のメインディッシュ。腹を空かせてまっててね。