―――シネマ村―――
時代劇を身近に体感できるアミューズメントスポットとして、京都観光というジャンルの中では割とメジャーな場所。
変態二刀流剣士を振り切ってそのレジャー施設内に無銭侵入した俺は、従業員に勘付かれないよう注意しながら小路を走った。
流石に有名なシネマ村だけあって、多くの観光客で賑っている。
こんだけ人が居るんだ、アイツらだって派手なことはできないハズ。
ココで迎え撃つか、人ごみにまぎれて脱出するべきか、それともホトボリが冷めるまで身を潜めておくべきか、それが問題だ。
いや、まずはセツナ達と合流するのが先決か? いやでも、ハルナとユエが一緒に居る可能性も高い。下手打ったら巻き込んでしまうのがオチだ。
コレ以上“コッチ”に引き摺り込むわけにはいかない。アイツらは、日常にいてなきゃ・・・・
そうやって思案しながら路地をアッチコッチ走り回り、一軒の茶屋っぽいセットの脇の小路に出た。
店の壁に背を預け、『御自由にどうぞ』とあるお試し抹茶に手を伸ばして一息。苦味がいい具合に頭を活性化させた。
・・・さて、これからどうするか―――――
「何を辛気臭い顔をしている・・・・・というか何でお前がこんな所に居る?」
――――姫っぽい格好をした金髪幼女が、眉を顰めて眼の前に突っ立っていた。アンタも来てたんかい。
一応、片手を挙げて「どもっ」と軽く挨拶しておいた。
「寺とか行かなくていいんスか? そういうの好きでしょう?」
「寺社巡りは明日だ。余韻を残して帰りたいんだ」
曰く、今日は俗物的なルートを巡るらしい。主に食べ歩きやレジャー系を廻っているそうだ。本人が楽しければ、別に文句はない。
それよか、エヴァさんの格好の方が気になったりする。折角レンタルするのなら、大人バージョンにすればいいのに。何でアダルト状態じゃないの?
「・・・・あの姿は・・・いろいろ目立つから、な・・・」
「何か遭ったんスか?」
「・・・なんでもない」
まぁいいや、コレ以上は訊かないでおこう。
・・・・ん、そういえばチャチャマルは? 一緒じゃないのか?
尋ねてみると、エヴァさんは親指で「んっ」と道の奥を指差した。指の示す方向を眼で追う。
――――ライムグリーンの髪をアップし、藍色の着流しを纏い、左腰に刀。
――――ガラガラと音を立てて風車を付けた乳母車を押し、その乳母車の中には変な髪型したチャチャゼロの姿が。
・・・・・子連れ狼?
「こんにちは、ミサトさん」
「チャーン」
「大五郎カットが意外に似合うな」
「ウッセェ。殺スゾ、チャーン」
「その『ちゃーん』は、言わなきゃいけない決まりなのか?」
「妹ガ言エッテシツケェンダヨ、チャーン」
チャチャマルって意外とこだわるヒトなんだな。
でも使い方を激しく間違えてるけどな。キャラ付けの為の語尾じゃないからなソレ。
「・・・で、何故こんな所に居る? 今日も今日とてこのかの護衛だろ、飽きもせずに」
「ヒトを護衛マニアみたいに言わないでくださいよ」
いいから早く言えと無言の催促を始めたエヴァさん他二名に、今の面倒な状況を説明する。
話し終えると、エヴァさんがニタニタした表情になった。何が嬉しいんだか。
「クックック、困れ困れ。小物がアタフタ駆けずり回る様は見ていて愉快だからな」
「・・・性格悪ぃ」
「何を今更」
「サイズがSなら性根はドSか」と思わず言いたくなったが、我慢して言葉を飲み込んだ。このヒトはいつもこんな調子だし。
この様子じゃ、手伝ってくれる気なんて毛頭ないんだろうな。ケチだし。
「ミサトさん、あそこに居るのはこのかさん達では?」
「ん?」
不意にチャチャマルが大通りの方角を指して俺に問う。
人差し指の延長線上を辿ると、俺達からやや距離の開いた場所に、和傘を携えた着物姿のはんなり嬢と、新撰組の羽織を着こなした女流剣士が一緒に写真を取って貰っていた。
カモフラージュのために衣装を借りたのだろう、よく似合っている。似合ってるけど、マッタリし過ぎだろオマエら。
ハルナ達は一緒じゃないみたいだし、ひとまず合流しよう。そう考え駆け寄ろうとした。
が、予期せぬ乱入者によって俺は足を止めることとなった。
乱入者とは、一台の馬車。
猛スピードで走り込んできたその馬車は、コノカとセツナのすぐ近くに停車。
一体何事かと周りに居た一般の観光客を尻目に、乗車していた人物がフワリと舞い降りた。
「どぉ~も~、神鳴流・・・じゃなかったです、そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人でございます~」
貴婦人と呼ぶには若干ちみっこい気がするその少女―――月詠は、白昼堂々、その姿を現した。
一体何を企んでいるのかと勘ぐる前に、月詠は続けて用意していたらしき台詞を並べる。
「そこな剣士はん、今日こそは借金のカタにお嬢様を貰い受けに来ましたえー?」
・・・・なーるほど。小芝居に見せかけて、ドサクサにコノカを攫っちまおうって魂胆か。
ココはシネマ村、突発的に客を巻き込んだイベントが起きたところで誰も疑問には思わないだろう。妙案と言えば妙案だ。
意図を察したセツナは、そうは問屋が卸さないとばかりに月詠とコノカの間に割って入り、「私が護る」宣言。俺も心の中で同意。
コノカはパァっと顔を綻ばせる。
しかし月詠は、断られたというのに嫌な顔一つせず―――それどころか、待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべた。
そしておもむろに、はめていた手袋の片方を外し、ホイッとセツナに投げつけた。
そう、決闘の申し込みだ。
嬉々とした表情を押さえきれずに口元を手で覆う自称貴婦人。
「30分後、シネマ村正門横『日本橋』にてお待ちしてますー。お手合わせ、お願いできますなぁ・・・?」
――――逃げたらあきまへんえ?――――
瞳に浮かぶ、喜怒哀楽のいずれでもない感情。
深淵の如く闇に淀んだ“狂気”が、眼の前のセツナに、その後方に居る俺に、照準を定めた。
言いたい事を言い終えた月詠はそのまま馬車に飛び乗り、「ほな、よろしゅう♪」とだけ言い残して、その場を慌ただしく立ち去った。
コノカは狂気に当てられ震える身体をどうにか抑えつけ、セツナの手をキュッと握り締める。セツナはそれを、ギュッと握り返すことで応えた。
「・・・あの娘、狂人か」
「解ります?」
「あの手の輩はゴマンと見てきたからな」
流石は歴戦の吸血鬼と言うべきか、エヴァさんはすぐに月詠の中の狂気に勘付いたようだ。
面倒なのに眼ぇ付けられちまったなぁ、ったく・・・。
物思いにふける俺の耳に姦しい声が届く。目線を向けると、コノカとセツナの周りに軽く人集りが形成されていた。
ハルナとユエと・・・・あれ、カズミだよな?
それにあの派手な着物の奴って、もしかしてアヤカ?
その他にも何処かで見たような顔が数名並んでいた。
・・・マズイな、アイツらもシネマ村に来てたのかよ。ヘタすりゃあらぬ方向に行っちまいそうだ。どうしたもんか・・・・・。
解決案を五秒ほどで考えて、携帯を取り出す。そして登録したばかりの番号へ連絡。
姦しの輪の中に居た一人が着信に気付く。表示を確認し、ギョッとする。
そそくさと輪から外れ、ようやく通話ボタンを押して応じた。
《――――えーと、もしもし?》
「カズミか?」
《や、やっぱりミサト君だったのか・・・》
電話の相手はカズミ。やっぱりも何も、表示で解るだろ。昨日の夜に交換したんだから。
「絞め上げられた相手じゃ気マズイか?」
《い、いや、滅相もない!》
「そこまでビビんなくてもいい。それより後ろ見てみろ、茶屋の隣だ」
《へ? ・・・・・・い゛い゛ッ!?》
遠方に居た俺と目線がかち合い、ちょっとした悲鳴を漏らすカズミ。
「俺が居るってことは、大体の見当が付くんじゃないか?」
《・・・もしかして今の寸劇って、“ソッチ”関連?》
「Exactly」
察しが早くて助かる。つーわけで、オマエさんに特別任務を与えよう。
内容は一つ。ハルナやらアヤカやら、とにかく一般人をなるたけ遠ざけて欲しいんだ。
《えーと・・・・なんか桜咲達を応援する方向で盛り上がっちゃってるんだけど・・・》
「じゃあ、フォローとかその辺りを頼む。不可思議な事が起こっても『ワイヤーアクションだー!』とか『VFXだー!』とか言って誤魔化してくれ」
《お、おーけー、やってみるよ・・・・・・・あ、あのさ》
「ん?」
気後れ気味にカズミが問うてきた。なんだ?
《本屋の姿が見えないんだけど、ゆえっち達と一緒じゃないの?》
・・・ああ、そのことか。
「・・・ネギに着いてっちまった」
《・・・え?》
受話器の向こうから、「そんなバカな」的な意味を孕んだ声が漏れ聞こえた。
「裏路地での一件を見られてたらしくてな、完全にバレちまったよ」
《・・・そ、その、えと・・・私の・・・・》
「トドメ刺したのは俺だ、オマエが気にすることじゃない」
《でも・・・!》
「コレ以上誰かを巻き込まないためにも、だ。フォロー、よろしく頼む」
《・・・・うん、わかった》
押し問答になる前に話を切り上げ、通話を終える。カズミはチラッとコッチを一瞥し、また輪の中へと戻っていった。
決闘開始まで、約25分。この間に作戦の一つでも練っておかないとな。月詠の他に誰が待ち構えてるか分からないし
一応エヴァさんに、狂人相手の上手い対処法とかあるか訊いてみた。
「“殺られる前に殺れ”だな」
予想通りの返答だった。
「食欲より睡眠欲より、殺戮衝動の方が強い人種だからな。眼を付けられたが最後、放っておけば地の果てまで追い回してくるぞ」
「・・・・そスか」
エヴァさんへの相槌もそこそこ。
視線を落とし、開いた右掌をじっと見つめる。
その手をゆっくりと閉じ、拳を握り締める。
どうすっかなぁ・・・・。
・
・
・
「見えたぜ兄貴、シネマ村だ!」
『うん! 思ったより時間掛かっちゃったけど、このかさん達無事かな?』
シネマ村上空を、ゆらゆらフワフワしたスピードで浮遊する一つの影。正体はネギ、そしてカモ。
正確に言うと、カモがネギの使役する式神に乗っかっているのだ。大きさも掌サイズ、顔の造詣もデフォルメチックだ。
狗族の少年『犬上小太郎』との戦闘に勝利した直後に、煙と消えた刹那の式。
コレは何かあったに違いないと奮い立ったネギであったが、消耗が激しくすぐには動けない。
そこで、元の紙へと戻った刹那の式符をリサイクルし、自らの分身を代わりに送ることにしたのである。
術式が西洋のモノと微妙に違うためコントロールに少し手間取ったが、なんとか目的地にまで辿り着いた。
一息つきたいところではあるがそんな暇はない。早く刹那達と合流して安否を確認しなくてはなくては。
焦る気持ちを抑えて村の中を見廻す。あっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロ。
だが如何せん、観光客が多すぎて何処に居るかが分からない。オマケに時代劇風に仮装している客も多いため、更に混乱してしまう。
捜索に数分を費やしたところで、カモのセンサーに反応アリ。何やら大所帯で闊歩する女性軍団を発見した。
「居たぜ、姐さん達だ!」
『ホントだ! 刹那さーんッ!』
「ネギ先生!」
「わっ、ネギ君の式神や」
周りに気付かれないように球状の光になり、刹那の前で再び具現化してみせた。
もちろん、一般人には見られないよう配慮してだ。
「急に通信が途切れたから焦ったぜ」
『無事で良かったです・・・・あれ、ミサトさんは?』
「総統は・・・いえ、そんなことよりも今は――――」
姿の見えないミサトの所在を尋ねるネギに返答しようとした刹那。
しかし現状を説明するのが先だと判断し、自分の相棒を『そんなこと』扱いする。ミサトが聴いたら落ち込みそうな言い様だ。
そんなことはお構いなしに刹那が状況を伝えようと口を開こうとする。
――――しかし、眼の前の光景に再び口を噤むことになる。
「・・・ふふふ、ぎょーさん連れて来てくれはりましたなぁ。ほな、始めましょかー?」
宣戦布告から、ジャスト30分。既に刹那達は、指定された戦場『日本橋』まで来てしまっていた。
橋の上には両手に小太刀を携えた少女。その視線が、刹那を捕捉する。
にっこりとした影のある笑みを浮かべ、少女はゆっくりと歩み寄ってくる。
「一人少ないみたいやけど・・・・まぁ、そのうち出てきてくれますやろ」
少し残念そうな表情になる月詠だったが、すぐに「まぁええわ」と斬り捨て、再び視線を仕事のターゲットと個人的な獲物に合わせる。
「このか様も、刹那センパイも、みんなウチのモノにしてみせますえー・・・・♪」
笑顔の中の闇が、大きく膨れ上がる。
「せ、せっちゃん・・・」
木乃香に不安の色が浮かぶ。
幼馴染の羽織の袖を掴み、腕にすり寄る。
自分にも解る。あの女の子はフツウじゃない。
きっと、何か恐ろしいモノを内に飼い慣らしている。
子犬のように潤ませた瞳で、木乃香は刹那の顔を見上げる。
「――――何も心配することはありません」
そこにあったのは、いつも通りの笑顔。
「何があろうとも、このちゃんは私が・・・いえ、“私達”が、必ずお守りします」
ずっと傍で見てきた、最も信頼できるその笑顔。
不安は鳴りを潜め、木乃香の震えはどこかへ去ってしまった。
「いいぞー!」
「がんばってー!!」
「ひゅーひゅー!!」
ふと気付けば、少女達の周りには多くのギャラリーが取り巻き、拍手やら歓声やらを挙げて勝手に盛り上がっていた。
周囲を巻き込まないためにもできるだけ目立ちたくなかったのに、今やシネマ村で一番注目を浴びてしまっていた。
刹那は困った。
木乃香も困った。
月詠は嗤った。
ギャラリーはお気楽だった。
「お二人の熱い友情に感激いたしましたわ!」
「あらあら、女の子同士で・・・・うふふふふ♪」
そしてお気楽の権化たる3-A生徒も、ここぞとばかりに囃し立てる。マズイ流れだ。
「ココは私、雪広あやかが一肌脱いでモゴッ!?」
「ハイハイいいんちょ、邪魔しちゃだめだよー」
だが一人の少女がその流れを断ち切る。いつもは煽る側の和美がストッパーとなるという珍しい光景だ。
「―――ぷはっ、何をなさるんですか朝倉さん! ココはクラスメイトとして助太刀する場面でしょう!」
「ちゃんと台本があるんだから勝手なことしちゃダメだって。それとも、しゃしゃり出て折角の芝居をぶち壊してもイイの?」
「そ、それは・・・・私の流儀に反しますわね・・・」
「大人しく見守るのも友の務めだよ」
「・・・仕方ありませんわね。皆さん、応援いたしますわよ! なるべく安全なところからこっそりと!!」
「「「「おーーーッ!!」」」」
情に絆されたあやか他数名が前に出ようとしたが、和美の口八丁でなんとか踏み止まらせた。お手柄である。
和美は言いつけられた任務に成功しホッと一安心。その様子を見た一人のメガネは、首を傾げていた。
ギャラリーも静まったところで、刹那は衣装に付属している模造刀と愛剣の夕凪を引き抜き、構える。
ヤル気になってくれて嬉しそうな月詠。だがココで、一つ思案するように顎に手を添える。
「ん~センパイと死合えるのは楽しみやけど、ウチの仕事はお嬢様の奪取やからなぁ・・・・・ちょっと小道具使わせてもらいますぅ」
そう言って月詠は懐から十数枚の式符を取り出し、おもむろに宙に放り投げた。
「【ひゃっきやこー】♪」
気の抜けた掛け声と同時に、式符はその姿を変える。
鬼が出るか蛇が出るかと身構える一同だったが、出てきたのはやたらファンシーな魍魎達。
ギャラリーからは「かわいー!」だの「すげーCGだな!」だの「ワイヤーアクションだぁー!」だの声が上がっている。最後のはたぶん和美である。
「ウチらが闘ってる間にお嬢様を運び出しておくんなまし~♪」
「「「キュイーー!!」」」
式神達に命令を下し、刹那に向き直る月詠。刹那は舌打ちを漏らす。
命令を受けた河童・化け猫・なんかよくわかんないオバケは愉快な鳴き声を出して跳び上がり、木乃香の元へと急接近。
木乃香が身を竦ませ、刹那が迎撃態勢を取ろうとした。
その時――――――
『忍法【曼珠沙華】!!』
―――――炎を纏った手裏剣が上方から飛来し、三体の式を同時に貫いた。
式神は煙と消え、模造品の手裏剣も燃え尽きて形を崩す。
カワイソーという女性層の声もあったが、多くの観衆は派手なパフォーマンスに大喜び。
そして二人の少女は見覚えのあるこの技に、表情が自然と柔らかくなった。「やっと来たか」という呆れも込めて。
『―――貧しい町人の弱みに付け込み、暴利の限りを尽くす高利貸し“月詠屋”よ。貴様らの蛮行の数々、許し難し―――』
風に乗って朗々とした口上が場に届く。
己の僕を打ち取られた二刀流剣士は、投擲者を確認すべく顔を起こす。
瓦屋根に佇む一つの黒い影。
黒の足袋に、同じく黒の忍装束。
『―――乙女二人を相手に百鬼夜行など、多勢に無勢も甚だしい―――』
重量感のある鎖帷子を着用。背には長尺の刀と鞘。頭には金属製の大きな額当て。
首元には赤いマフラー、その両端を風に靡かせる。
『―――今宵、我が“義”の名のもとに―――』
妖しくつりあがった口角。
そして一際眼を引く――――
『――――“ボク”が成敗してくれよう!!』
――――ネコみたいな一対の耳。
変な着ぐるみが、そこに居た。
「・・・誰なのかは大体見当付きますが、演出上一応訊いておきましょ。一体何者どすか?」
その問いに、無駄にカッコいい動きでポーズを決める乱入者。その名は――――
『とおりすがりのブラック忍者、“トクナガ”推参ッ!!』
――――リバースカードオープン、≪ヒーロー見参≫。
いろいろツッコミもあるかもしれないが、盛り上がればソレでイイ観客達は新たな役者の登場に大賑わい。
何のキャラか解っている者はほぼ皆無だが、それなりに愛嬌のある見た目のため問題無かった。
トクナガはギャラリーを跳び越え、宙で華麗に一回転。刹那達の元へと着地。
「トクナガやー!」
『やぁ、待たせたネ』
久しぶりに見るトクナガに木乃香は大喜び。
何故トクナガ?と刹那は一瞬考えたが、顔を隠すための策だろうと一応納得した。
『あり? なんでカモネギがココに?』
「ちびせつなの式を使って来たそうです」
「な、なんでぃコイツ!?」
『ボクはトクナガ!』
『・・・もしかして、中身はミサトさんですか?』
『中の人などいないッッ!!』
説明しよう!
着ぐるみ状態の時は“一 海里”ではなく“トクナガ”として扱わないといけないのだ!
これは子供の夢を壊さないための配慮、暗黙の了解なのである! メンドクサイ奴だ!
ネギが居ることを確認すると、トクナガは思案する。使える人材は最大限に使いたいからだ。
『・・・よし、みんな耳かして』
――――作戦会議開始。
「む~、何をコソコソ話しとるんですぅ?」
突然の助っ人登場にしばし傍観していた月詠だったが、そろそろしびれを切らしてきたようだ。
さっきからボソボソ耳打ちばかり。一体いつになったら死合ってくれるのか、そればかり考えていた。
―――もういいや、十分待ってやったし。
待つことに見切りをつけた少女は右手を天に翳し、数多の式に突撃準備の合図を送る。
あとはその手を振り下ろせばいい。
開戦を告げるべく、彼女は右手を振り下ろす――――
『忍法・煙玉・・・もとい、【ディープミスト】!』
―――直前に向こうが動いた。
行動を起こしたのは着ぐるみの乱入者。その掛け声と共に、彼らの周りに突如濃霧が発生する。
三人と一匹+αの姿を覆い隠す大量のスモーク。見様によっては、よくある演出。一般人は魔法とは思わない。
「眼眩まし・・・・」
存外につまらない戦法だと月詠は不満に思う。
逃げてもらっては困るのだ、主に自分の欲求のために。
せめてお目当てのセンパイくらいは残っていてほしい、と考え、
「やー!」
霧に向かって斬撃を飛ばしてみる。狙いは、先程まで少女が居た場所。
斬撃は一直線に宙を翔け――――
――――濃霧から飛び出した斬撃に撃ち落とされた。
間髪入れる隙もなく、一陣の疾風が霧を裂いて現れ月詠を襲う。
否。
それは疾風ではなく、刃。伝統ある神鳴の証たる、閃く野太刀。
「―――ハアァッ!!」
「やは♪」
ぶつかり合う小太刀と野太刀。
一瞬の均衡、制したのは刹那。跳び出した勢いそのままに、月詠の右刀を弾き上げる。
だが月詠も然る者。刹那が刃を返す前に、左刀を喉元へ突き立てる。
迫る小太刀を模造刀が迎え撃つ。
死合の鋭と、仮装の鈍。勝敗は明らか。
しかし刹那は関係ないとばかりに模造刀に氣を纏わせ、刀身を砕きながら無理やり小太刀を逸らせる。
夕凪、一閃。
が、軽さと速さが武器の月詠、斬り裂かれる前にバックステップ。前髪の一房を斬るに留まった。
月詠、観客、共に目線の先は刹那の剣に向いている。
その隙をついて、十体の月詠の手下どもが煙幕に突貫する。物量作戦で引き摺り出す気だ。
『【双旋牙】!!』
だがその目論見は、一陣の旋風によって一蹴された。
独楽の如き大回転による全方向殴打。その旋風が敵勢と濃霧をまとめて吹き飛ばす。
「も~回るなら回るて言うてくれな~~・・・・ぐるぐるや~~・・・」
『メンゴ!!』
煙の中から現れたのはトクナガ。その頭に、守るべき姫君がちょこんと乗っかって眼を回していた。
それでも振り落とされないのは特筆すべき点である。流石に小さい頃から乗って遊んでいただけのことはあると言えよう。
だが影はソレだけではない。トクナガの傍らにもう一つの小柄な影が佇んでいる。
『弟子壱号よ! 共に闘うのだ!!』
『は、はい!!』
その正体は忍び装束を纏った少年忍者ネギ。そして肩にはオコジョ。
霧で視界を塞いだ内に刹那が式神を実寸大の大きさに変化させておいたのだ。
いわば虚像、ハッタリ的な人材であり実体はほとんど持たないが、弱小の魑魅魍魎を振り払うことくらいはできる。力はカモと同程度だろう。
「怯んだらきあませ~ん、どんどん行ったってくださ~い!」
「「「「「キュッキュイーーー!!」」」」」
月詠の号令と共に着ぐるみの後を追いかける百鬼夜行達。鬼ごっこ開始である。
「お嬢様はあの子達に任せて・・・・さ、遊びましょう、センパイ♪」
「ほざけッ!!」
命を賭けた茶番がスタートした。
『オンドリャアアァァァッッ!!』
「「「「ギエピーーー!!」」」」
愛らしい見てくれとは不釣り合いなトンでもない怒号と共に、トクナガは縦横無尽に駆け回る。
とにかく殴る。敵が来たら殴る。囲まれたら回転して殴る。およそ忍者とは思えないケンカ殺法で敵を蹂躙する。
懐に潜られて襲われそうになっても慌てず、高々と跳躍。そのまま急降下して、目標を見失った魍魎達をまとめて踏みつぶす。
時たま獅子のオーラが跳び出して魍魎達が蜘蛛の子を散らすように吹き飛んでいる気がする。気迫でそう見えるのか、実際に跳び出しているのかは、きっと重要ではないだろう。
とにかく、このまま無双シリーズに出演が決まっても違和感が無いくらい、八面六臂の大活躍だった。
「すっげぇな・・・」
『僕たち要らないんじゃないかな・・・(…ヒュルルルル)・・・ん?』
傍らで『えいっえいっ』と地道に頑張るカモネギが異変に気が付く。
風を切るような音が何処からか聞こえてくる・・・・・上から?
ズドン!! という地響きがギャラリーを沈黙させる。
トクナガ、ネギ、刹那―――その場に居たすべての者が震源に視線を向けた。
「ウキャキャーッ!!」
「クマーーッ!!」
上空から登場したのは、トクナガと同程度のサイズの二体―――サルとクマ。
ギャラリーからすれば、“新たなマスコット”。
月詠から見れば、“援軍”。
刹那達からだと、糞女の存在を知らせる“ただのムカつき要素”。
―――そして、“想定内の役者”だ。
百鬼夜行はソソクサとサルとクマに道を開ける。待ってました親分!と言わんばかりの対応。
道の先には、ターゲットの少女・木乃香。そして、少女を守る砦トクナガ。
『・・・オマエらがボクの相手、ってワケだ』
二体の式神は、ニンマリと嫌な笑顔を浮かべる。おそらくは、肯定の意。
トクナガはネギを一瞥する。
示し合わせたかのように―――実際示し合わせた行動なのだが、ネギはトクナガの元へと駆け寄り、同時に木乃香はスルスルとトクナガの頭から地に降り立った。
『逃げますよ、このかさん!』
「うん!」
号令と共にネギは木乃香の手を引き、背を向けて走り出した。
百鬼達が甲高い声をあげて逃亡者を追跡。同時に、弾かれるように大ザルがトクナガ目掛け突進。トクナガを抑えにかかる。
それを避けるでもなく、トクナガは真正面から受けて立った。
勢いに押されはしたが、数メートル後退するのみ。トクナガの下半身ナメンな。
そのまま頭を掴みジャイアントスイング。回転エネルギーを全てサルに乗せ、クマへ叩き返した。
パワーとパワーの応酬劇。その派手なパフォーマンスに観客が気を取られている間に、少女と少年+αはその場から姿を消した。
『・・・足止めする気?』
「ムキャキャキャ♪」
「クマクックー♪」
「目論見通りだウッキー」って感じの嘲り声を出して挑発するサルとクマ。非常にムカツク。
一体ならまだしも、二体の大型の式神をすり抜けて木乃香たちを追うのは難しいだろう。
追おうとすれば妨害されるだろうし、何もしなくても向かってくるに違いない。
必然的に、トクナガはこの二体の相手をしなくてはならないことが決定した。
『・・・いいぜ。全部オマエらの思惑通りに進むと思ってんなら――――』
※AAでお馴染みのあのポーズをしています
『―――まずは・・・そのふざけた幻想をぶち殺すッ!!』
はい、皆さんもご一緒に―――――――
―――――ヤロォォーテメェェーブッ殺ォォォォスッ!!!
「まだ追って来とるよ!」
『このかさん、コッチです!』
「しつこいぜ! せりゃ! せりゃりゃっ!」
シネマ村内の細い路地をひた走るネギと木乃香、そして裾を掴んでくる式神を蹴散らすという意外な頑張りを見せるカモ。
現在、鬼ごっこ真っ最中。
木乃香も図書館探険で鍛えているとはいえ、こうも日に何度もマラソンさせられては流石に息も上がってくる。もうクタクタだ。
しかし全力疾走の甲斐あってほとんどの百鬼は追跡不能となり、今しがた最後の残りカスをカモが叩いた所である。
『・・・なんとか撒きましたね』
「(ハァ・・・ハァ・・・)」
「とりあえずは“作戦通り”ッスね」
“多分、またあの善鬼と護鬼が来ると思うから、ボクが足止めする。その間にネギはコノカを連れて逃げるんだ”
先程の作戦タイムの冒頭の台詞が、各員の頭の中で反芻される。
ココまでは予定通り。
敵方の思惑とコチラの思惑のスタートを同じにすれば、相手は油断する。そう考えての指示。滑り出しは問題ない。
木乃香は一旦、建物の物陰に隠れ息を整える。次の行動のためのインターバルだ。
『“目的地”はすぐそこです、頑張りましょう』
「・・・うん、大丈夫。息整ってきたえ」
「よっしゃ、このまま一気に――――」
「――――鬼ごっこの次はかくれんぼかいな?」
「『「!?」』」
路地の先から、聞きたくない声が聞こえた気がした。
違う、気がしたんじゃない。聞こえたんだ。
三人は同時に声のした方向に睨む。見たくもないが、見るしかない。
視線の先には、二つの影。
一つは少年。ベタを塗り忘れたかのような白い髪の無表情。初めて見る顔。
そしてもう一つは――――
「見つけましたえ、お嬢様」
――――会いたくもないのに会いに来る、はた迷惑なストーカー女だった。
「【にとーれんげき、ざんてつせーーん】!」
「【斬空閃・双】!」
『【イカスヒィーーーッップ】!!』
「ウキー!!/クマー!!」
日本橋の戦いは熾烈を極めていた。
互いに一歩も引かない、伝統の野太刀と亜流の小太刀。
疾風迅雷、電光石火。そんな表現がピッタリな、文字通り鎬を削り火花が迸る殺陣を演じている。
そしてもう一方のファンシー対決の方も負けてはいない。
2対1という数の上では不利な状況の中、飛び入り忍者は軽快なサルと屈強なクマのコンビプレーを捌き続けている。ちょうど今も華麗なる尻撃を喰らわせていたところだ。
・・・なに? “それはトクナガの技じゃないだろう”だって? 大丈夫、やって出来ないことはない。
そんなド派手なアトラクションに観客は湧き立つ。
もはや動きが人間離れしているだとかCGがスゴイだとか、もうそんなことはどうでもイイ。皆、目の前の殺陣に夢中だ。
当人達の気も知らず、「ガンバレ姉ちゃん!」「負けるなトクナガ!」と口々にエールを送り、白熱の応援合戦を盛りたてている。
もう何合斬り合ったか解らない。何回ド突き合ったか覚えてない。しかし決着は依然としてつかない。
激戦でありながら膠着状態。言葉にすればそんな感じ。
どこまでも続きそうな、終着の無い決闘。
「きーとるかー!? お嬢様の護衛、桜咲刹那!! あと、そこの変なの!!」
――――その均衡は、一連の首謀者たる女の声によって崩れた。
新たな役者の登場に、観客は三度ざわめき始める。
今度は何処から? 決闘者達は声の主を探すため、僅かに足を止める。
発信源は、上。
シネマ村のシンボル的な城、その足場の悪い屋根の上。
遥か頭上の頂に佇むは、憎きメガネの京女。その隣に予備の大ザル二号、更にその上に見覚えの無い白髪の少年。その対角線上に少年忍者ネギ。そして――――
『コノカ!!』
「このちゃん!!」
――――醜悪な化物に弩で狙いを定められた、若き姫の姿があった。
「この鬼の矢が二人をピタリと狙っているのが見えるやろ! お嬢様の身を案じるなら手は出さんとき!!」
トクナガは盛大な舌打ちを漏らし、刹那はこれでもかというくらい奥歯を噛む。
この時、刹那とトクナガの頭の中は苛立ちで溢れかえっていた。
作戦通りに進まなかったからか?
否、コレは作戦通り。
“なるべく遠く・・・というより、なるべく『ギャラリーの遠目に見える所』に逃げて欲しいんだ。例えば・・・・城のてっぺんとか”
“逃げ場の無い所に追い込まれたフリして、親玉を誘い込むんだ。そこで一気に叩く!”
トクナガがネギらに与えた指示はこのようなモノだ。
狙い通り、木乃香たちは城の頂上へと駆け上がり、尚且つ敵の主犯格を引っ張り出すことにも成功。順調である。
想定外なのは、拉致ターゲットである木乃香に矛先を向けていることだ。
彼女は相手方にとっても重要な存在。この場で傷つける必要性は薄いハズ。
だが奴らは強行手段も辞さない構えを採って来た。
必要なのは、あくまで内に秘めた膨大な魔力。五体満足である必要はない。そう言う意思表示だ。
故に、苛立ちの原因は、唯一つ。
(ウチの大事なお姫様に矢ぁ向けてんじゃねえよボケナスがぁ・・・!!!)
(貴様如きが刃を向けていいお方じゃないんだよこのアバズレェ・・・!!!)
「余所見はいけませんえ~」
「っ!」
足を止めたのは一瞬。その一瞬という獲物を狩りに月詠は強襲。刹那はその場に押し留められる。
同じく、トクナガが明後日の方向を見ている隙をつき、猿鬼が跳び蹴りで奇襲。
寸での所でガードを固め、大きく腕を振り襲撃者を弾き飛ばす。それはそれは大振りに。
「クマァッ!!」
『―――ッ!』
―――猿鬼の後ろから猛追してくる熊鬼の爪を避ける暇もない程に。
『ふぎゃッ!!』
クマの爪撃が忍装束を切り裂き、トクナガの巨体は放物線を描いて宙に投げ出され――――
バシャァーーンッ!!
―――そのまま水堀へと叩き込まれた。
着ぐるみは浮かぶでもなく、その姿を水底へと眩ました。
「オホホ、なんや呆気ないモンやなぁ! ちぃーっと隙突いたらこんなモンか!」
女は高笑い。嘲笑い。超大笑い。もう護衛は間に合わない。
邪魔な神鳴剣士は、仲間が足止めしている。
変な着ぐるみは、己の下僕が堀の藻にしてやった。
眼の前には、護衛というにはお粗末な虚像と小動物。
そして狙いのお嬢様は、もうすぐ手の届くところに居る。
女は、苦渋と辛酸をいっぺんに舐めさせられた相手を手玉に取れたことに大喜び。
一昨日の夜の借りは返してやったわドアホ!って顔に書いてある。
対する狙われた少女は少年忍者の後ろに身を隠し、その怯えているであろう表情を窺い知ることはできないが・・・まあいい。
後は、この小僧の幻影を払い除けてターゲットを奪うのみ。
女は、己の勝利を確信していた。
・・・しかし、眼の前の少年忍者に悲愴の色は見えない。その肩に乗る小動物にも。
後ろの少女に至っては――――――
「―――おねーさん、ダメダメや」
――――イタズラが成功した子供のような、曇り無き笑顔。
「・・・お嬢様、ご自分の状況が解っておれんようどすな?」
「んーん、わかっとるえ。いっこだけ、じゅーぶんに」
怪訝な表情で眉をヒクつかせる誘拐犯を前にしても、その笑顔は崩れない。
振袖の中に手を隠し、そのまま口元へ。まさしくお嬢様のように、上品に笑う。
“向こうがショーに乗じるっていうなら、コッチもそれを利用した方がいい”
―――少女は理解していた。
“どうせなら派手にいこう、ある程度は誤魔化しが効くさ。なんてったって『ショー』なんだから”
―――今に始まった事ではない。ずっと前から解っていた。
“姿が消えたら、ソレが合図だ”
―――――改めて確認する必要などないくらい、少女は解りきっていた。
“そしたら――喚んでくれ”
少女の口が、小さく動く。
同時に吹き込む、一陣の突風。
煽られ揺れる、少女の身体。
バカな化物、超弩級の矢―――発射。
悲鳴を上げる観客。罵倒する誘拐犯。我関せずの白髪。成り行きを見る二刀流。
そして二人の少女の、確信を持った瞳。
矢は迫る。
十メートル。七メートル。五メートル。三メート―――――
『ふんぬらばッ!!』
――――屋根中央から光と共に飛び出たヘッドバットが、巨矢を真正面から砕け散らした。
驚愕する女。だが、驚いている暇などなかった。
跳び出した影に、光が集まっていく。
手から、足から、全身から、大気から、光のエネルギーが影―――――藻に塗れたトクナガの、その腹部に収束していく。
一日一回限定、トクナガ内臓秘密兵器。
腹部拡散極太光線。
“ド派手に行こうぜ!!”
「【X<エックス>――――バァスタアァァァァァーーーーーッ】!!!」
極太の光学兵器が天へと駆け抜け、化物一体を道連れに雲を突き抜けた。
ついでに、余波で女のメガネも吹き飛んだ。
ワッ!!
湧き立つギャラリー。絶体絶命、衝撃の救出劇に歓喜の嵐が吹き荒れる。
「ん、んなアホな! いつの間にココまで・・・猿鬼と熊鬼に見張らせといたハズ・・・・ッ!?」
下僕一体とメガネを失った女はそこまで言って、眼の前の着ぐるみの足元が光っている事に気が付く。
光の正体は、輝く方陣。何処かで見覚えのある、魔法陣。
まさか・・・と、視線をターゲットに戻す。
袖に隠された手の中にあったのは、一枚の札――――仮契約カード。
「・・・・そうか、召喚機能で・・・・!!」
そう、【仮契約カード】基本機能の一つ<従者の召喚>。
呪文さえ正確に唱えれば、少しばかり離れていても契約者を喚び出せる。
勿論、一般人の前で従者がイキナリ消失し、尚且つ一瞬で別の場所に現れたら大事件だ。魔法バレも遠くないだろう。
だがそれは、“消える瞬間と出る瞬間を間近で見られていたら”の話だ。
トクナガは消える直前、クマにクリーンヒットをもらった“フリ”をして水堀に落下、もとい潜水。
観客の眼からしばらく離れた後に、“召喚方陣の確認できない屋根の上”に“光と共に”現れ、“極太ビーム”。
これをギャラリーの視点から一貫してみてみると―――――
「スッゴーイ! 堀から屋根へ跳び出たよ! 瞬間移動!?」
「いやいや、着ぐるみが二体居ただけだろ。・・・でも大掛かりだな、昼間っからライトアップに大型花火かよ」
「最後のアレすごかったべ!! きっと火薬の量ハンパじゃないっての!!」
「ネズミ王国のパレードみたいだね! やるじゃんシネマ村!!」
――――こんな感じになる。
「はぁ~・・・やりますなぁトクナガさん」
「余所見はいけない、なッ!」
「わっ」
視線を外していた月詠に、先程の意図返しを込めて夕凪をフルスイング。
二本の小太刀もろとも月詠は弾き飛ばされ―――――堀にダイブ。
そのまま刹那は一目散に駆けだし、連続跳躍。
ヒョイヒョイっと城を外から駆け登り、木乃香のすぐ傍へと降り立った。
『・・・で、誰が呆気ないって?』
「さぁ、誰でしょうね?」
「ぐっ・・・・!」
小馬鹿にした掛け合いに頬を引き攣らせて唸る誘拐犯。
「せやから言うたやん、じゅーぶんわかっとるって」
麗しの姫君は、にっこり笑って、一言。
「【漆黒の翼】は、絶対に負けへんよ。なにがあっても」
――――キズナに裏打ちされた、揺ぎ無い笑顔だった。
「・・・ガキが、調子に乗り腐ってからに・・・・・!」
女は苛立っていた。
野望達成の鍵はすぐそこにある。眼の前にある。手を伸ばせば届く距離に。
なのに、その手は悉く弾かれる。しかも、年端もいかない子供によって。
単なる子供の抵抗、そんな単純なモノじゃない。そんな生温いモノじゃない。
周到で、眼障りで、隙間があるのに、隙が無い。
・・・否。眼の前に居るのは、子供などでは無い。
コレは、己の野望を邪魔する、敵。
己が歳月を費やし、ようやく掴もうとした希望の手を払い除ける、憎き、憎き―――悪魔。
黒い思考に支配された女は、懐から必殺の符を引き抜――――
「・・・止めておいた方がいい」
――――初めて、白髪の少年が口を開いた。
懐に入った手が、ピタリと止まる。
「・・・なんや新入り、アンタも邪魔する気ぃか・・・?」
「少し目立ち過ぎた」
凄みを帯びた女の声に動じるでもなく、機械音声のように淡々と言葉を発する白い少年。
その視線は女には向いておらず、下のギャラリーを見ている。
観客達は、滅多に見られない超ベガス級のショーに興奮冷めやらぬようで、その人数は最初期の数倍となっていた。
「・・・それに、ちょっと面倒なヒトも居るみたい」
白い視線の先に居る人物――――あくびをしながらコチラを見据えている金髪の少女を一瞥し、ようやく視線を女に向けた。
同時に、刹那を追ってきた月詠がようやく屋根まで上がって来た。ビショ濡れである。
「あ~ん、メガネに藻がくっついてしまいました~」
「・・・ちっ」
懐から空の手を引き抜き、そのまま右手をあげて合図。地上から猿鬼と熊鬼を呼ぶ。
元々居た大ザル二号に白い奴、クマに月詠、サル一号に主犯の女が飛び乗る。
「―――――覚えときや」
一昨日のような、単なる負け犬の遠吠えではない。
凄み、嫉み、憎しみ―――様々な感情の籠った捨て台詞を置いて、式達は屋根伝いに走り去り、彼方へと消えていった。
ギャラリーがざわめき始める。ざわめきの内容は、ご推察の通り。
――――コレで終わったのか?――――
――――お姫様は助かったの?――――
刹那、木乃香、トクナガの三人は顔を見合わせる。
(・・・どないする?)
(・・・よし、アレやっとくか)
(やるんですか・・・)
三人並んで屋根の縁に立ち、観客が良く見える位置に移動。
――――無事、平和が訪れた幸運を称えよう――――
勝利のポーズ!!
『チョロいぜ!』
「甘いぜ♪」
「ちょろ甘ですね」
――――今日一番の歓声がシネマ村を覆い尽くした。
(オレっち達、途中から空気だったな)
――――言わぬが華。
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『シネマ村死闘篇』改め『トクナガ乱舞篇』、いかがでしたか。どうも私です。
構想が煮詰まって煮詰まって、気づけば放置状態。ホントすいません(土下座)
先の展開は思いついても、目の前の展開をおろそかにしちゃ本末転倒だという教訓ですね、ハイ。
物書きとしては、いい意味で予想を裏切る驚きの展開というものを書きたいです。
この先も、皆様に驚いてもらえるよう精進します。
ところで、皆さんは最近どんなことに驚かれましたか? ちなみに私は―――
姉「私の同級生なんだけどさ、最近メジャーデビューしたらしんだ。ホラこれ(卒アルを見せながら)」
私「へー、すごいね。どんなの唄ってんの?」
姉「なんかね、○○○○とかいうアニメのオープニングだって」
私「ウソォッ!!?」 ←今年一番の驚き
固定概念を払い除けられた気分でした。
次回はいよいよ本山へ。