――――ココは、ホテル嵐山。修学旅行中、女子3-Aが宿泊することになっている旅館である。
そして最大のウリとも言える露天風呂で現在湯につかっているのは、クラス担任たるネギと使い魔のカモ。
両者とも頭に濡れた手ぬぐいを乗せ、一日の疲れを癒している真っ最中。
特にネギは親書受け渡しの妨害を仕掛けてくる刺客に悪戦苦闘。その策略にまんまとはまった生徒達の後始末やら何やらで疲労困憊の極みだった。
せめてこの一時くらいは任務を忘れ、屋外ならではの柔らかな湯と爽やかな風とが織りなすハーモニーを楽しんでいたい所であったが―――――
「ミサトさんが呪術協会と繋がってるってホントなの!?」
「ああ、確かな情報ですぜ」
――――自らの使い魔がもたらした情報により、そうもいかなくなってしまった。
議題の中心は、疑惑の男・一海里。新幹線での一件以来、カモがスパイじゃないかと疑ってかかっていた人物だ。
ネギとしては、付き合いのある兄貴分を疑うなんてことは出来ないし、したくなかった。
躾け的な意味で拳骨を喰らったり痛い思いをさせられたことはあるが、それでも彼は友達思いのイイ人というイメージの方が強く、スパイだなんて到底思えなかったのだ。
だが、カモの情報に間違いは無い。なにせ本人の口から直接聞いたというのだから。
流石にネギにも多少の疑念が生じてしまう。一体これはどういうことなんだ。
2人の間で『一海里スパイ説』が急速に膨らんでいく・・・・・が、
「・・・でも、わざわざスパイ本人が『敵と繋がってまーす』なんて言うかな?」
「そうなんスよねぇ、いくらなんでもそんなマヌケなスパイ居ねえよなぁ・・・」
「僕の任務のフォローに廻ってくれてるって言うし・・・・やっぱりミサトさんは敵じゃないと思うんだけど・・・」
「「うぅ~~~~ん・・・・」」
謎は深まるばかり。結論のケの字も出てこない。
ネギの方はミサトを信じる方向に落ち着きそうであるが、カモはまだ腑に落ちない様子であった。
カモも内心、8割方はこの少年の言う通りだと思っている。ミサトという男は眼付き以外は悪いようには見えない。信じるに値する存在ではないかと感じているのだ。
だが残り2割、一番最初の疑念がどうしても払えなかった。
なぜ彼は【闇の福音】の封印を解いたのか、なぜあそこまで協力的だったのか、彼女と手を組んで一体何を考えているのか。
カモは、ミサトに出会ったあの日の疑問の答えが出せなかったのだ。
こうなったら本人かその幼馴染達かに直接問いただすしかないか、という方向に収まろうとしたその時。
「露天かー、楽しみね」
「あ、ちょお時間掛かるから、せっちゃん達は先に入っとってええよ」
「私付き合うわ、刹那さん先行ってて」
「では中で待ってますね」
脱衣所の方から、自分達のよく知る乙女達の賑わいが聞こえてくるではないか。
「え、なんで!?入口は男女別だったのに!?」
「こういうのを混浴って言うんだぜ!」
なんてテンパってる間に、タオルと野太刀を携えた刹那嬢が入湯してきてしまった。
とにかくこれはマズイという一心で手近な岩陰に隠れる2人。
そこから、そっと少女に様子を窺う。
――――細身で小柄な体躯ながらも、引き締まった腰回りに、スラリとした手足。
――――桶から流れる湯を受け、ほのかに紅らむ色白の肌は、雫をはじいて艶を見せる。
――――その姿は、まさに大和撫子。桜咲く刹那の美。
そんな少女の裸体を前に、カモはムフフと鼻息荒くし、ネギはホヘーっと見惚れてしまう。
・・・が、ある少年の恐ろしい形相がネギの脳裏を駆け抜け、すぐさま両手でその眼を覆い隠して岩陰で縮こまってしまった。
主人の挙動に疑問を抱いたカモミールは、小声で囁きかけてみる。
(どうしたんだよ兄貴、恥ずかしがんなよ。覗かにゃハド損だぜ?)
(ダ、ダメだよカモ君!刹那さんの裸を覗いたなんてバレたら、ミサトさんに殺されちゃうよ!!)
――――今のネギは、ミサトの死刑宣告が何より恐ろしかった。
「・・・西の妨害もエスカレートしてきたな・・・」
ふと少女が呟いたその言葉にピクッと反応するカモネギ。
自分達の欲しかった情報が聞けるかもしれないと、耳元に手を添えて立ち聞きを敢行する。
「今夜あたり仕掛けてくる可能性もあるし・・・、後で総統に連絡を入れないと・・・」
聞き漏らすまいと、眼を固く閉じたまま耳に神経を集中させるネギ。
・・・が、ソレがいけなかった。
「! 誰だ!!」
耳をそばだてるあまり、気配を殺すことをすっかり忘れてしまったのだ。
ヤバい!と思ったが、時すでに遅し。
刹那は抜刀の態勢に入り、【斬岩剣】の居合斬り一閃でネギの隠れていた岩を両断してしまったのだ。恐るべき切れ味だ。
すかさず追撃を試みようとする刹那の眼に飛び込んできたのは、攻撃の余波で湯船に落っこちたカモと、
「ご、ごご、ごめんなさいイィ!!ワザとじゃないです!!覗くつもりは無かったんです!!!」
「ネ、ネギ先生・・・?」
両掌で自らの視界を塞いで平謝りする担任教師の姿だった。
刹那は思わぬ侵入者にしばし呆然とするも、ハッと我に返りバスタオルで肢体を隠し、夕凪を鞘に収める。
ネギは未だ目隠し状態で丸くなっていて話せる状態じゃなさそうなので、底に足が着かずアップアップするカモを夕凪で拾い上げ話を聞くことにした。
「えっと・・・、大丈夫ですか、カモさん?」
「お、溺れるのなら、せめて下着の山で・・・」
なんかコッチもダメそうだった。
一体どうしたものかと、刹那が打開策を講じようとした、その時――――
「ひゃあああああああああああああッ!?」
均衡を破ったのは悲鳴。しかも、コレは間違いなく木乃香の声だ。
悲鳴が耳を穿った瞬間、刹那は一も二も無く駆けだしていた。
考える時間が惜しいとばかりに、夕凪にカモをへばり付かせたままその場を放って脱衣所に向かう。
刹那に数瞬遅れてネギも硬直から回復し、予備の杖を片手に急いで脱衣所に駆ける。
自らが受け持つ生徒の悲鳴、コレは只事ではない。大切な生徒のため、教師ネギは駆ける。
電光石火で脱衣所の扉を開いた2人の眼に飛び込んできた光景とは―――――
「あ~~、せっちゃん助けてーー!」
「なんなのよこのエロザル共はーー!?」
――――木乃香と明日菜が大量の手乗りサイズのおサルに下着をはぎ取られていた。
あまりの緊張感の無い光景に、ネギ、ボー然。
木乃香は治癒術に関しては結構な腕前だが、いかんせん攻撃魔法となるとサッパリなため迎撃ができない。
明日菜も羞恥が邪魔して上手くサルを振り払えない。
そして隙あらば木乃香を連れていこうとするやたら連携力の高い小ザル達。
連れ去るだけなら、案外隙の無い作戦なのかもしれない。
ただ今回の場合、隙があるとすれば・・・・
「――――このちゃんに何をするかこのサルどもオオオオオォォォッ!!!」
木乃香大好き木乃香っ子、鬼の刹那がココの居たことだろう。
「ダ、ダメです!おさるさんを斬「【百烈桜崋斬】ッ!!」って早っ!?」
斬ったら可哀そうだと言おうとしたネギが止める間もなく、一瞬にしてサル達は斬り捨てられ、紙屑の山へと姿を変えてしまった。
コレは生き物じゃなくて式神の仕業だと判りネギは安心する。ソレと同時に、刹那の戦闘技量の高さにも驚いた。ビックリした。おったまげた。
「このちゃん、ケガは!?」
「平気や、せっちゃんありがとーなー」
そして次の瞬間には、もう木乃香の元へと駆け寄って安否を確認している。なんという早業。
「な、なんだったのよ、今の・・・」
「アスナさん、大丈夫ですか?」
少しは私の心配もしてよ刹那さん的な視線を送りながらボー然と呟く明日菜に、手近にあったバスタオルを掛けて気遣いを見せるネギ。
「ちょっと、敵の狙いはネギの手紙でしょ?なんで私やこのかが襲われなきゃなんないのよ?」
「僕も判らない事だらけで、なんと言っていいやら・・・」
明日菜には、風呂に入る前に今回の任務について説明してある。というより、明日菜が明らかに事態がおかしいと勘付き、ネギに詰め寄ったため説明したのだ。
だがソレと今回の襲撃との関係性が全く掴めないので、ネギも明日菜もサッパリサッパリなのである。
「一度、キチンと説明の場を設けましょう」
刹那のその提案に異議が出るわけも無く、とりあえず後でロビーにて作戦会議をすることになり、全員その場を後にすることにした。
「・・・・あれ、カモ君は?」
――――さっきの騒動で吹っ飛ばされて、刹那の脱衣籠に頭から突っ込んでいた。苦しげだが、嬉しげであったそうな。
・
・
・
時は移って、ココはホテル嵐山ロビー。
消灯直前のため、出歩いている生徒をたしなめながらやって来たカモネギと明日菜。
それを脚立に乗ってホテルの入り口に式神返しの札を貼る刹那と、その脚立を下で抑える木乃香が迎える。
役者も揃った所で、総員ソファに座り顔を突き合わせる。まずは現状の把握からだ。
「――――というワケで、西にはこのちゃんの持つ膨大な魔力を狙う輩がいるんです」
ネギ側の事情はすでに把握しているため、しばらくは木乃香側の事情を一方的に伝える形となった。
伝えた内容は以下の通り。
・敵は関西呪術協会の呪符使い。単独か複数犯かは不明。
・狙いはネギの持つ親書、そして木乃香の身柄。重要度はおそらく後者の方が高い。
・元々ミサトと刹那は関西呪術協会に世話になっていて、木乃香の友達兼護衛としてずっと一緒に居たこと。
・ミサトは親書受け渡しのフォロー役も兼ねているが、木乃香の身に危険が及ぶ場合はそちらを優先するつもりであること。
「兄さんが言ってたのはそういう意味だったのか・・・」
「じゃあ2人が麻帆良に来たのも、このかの護衛のためなの?」
「でも、西から東に移ってきたってことは・・・」
「ええ、向こうからすれば、私達2人は西を捨てた裏切り者と見られているでしょうね」
明日菜らの問いに少し申し訳なさそうな表情を見せる木乃香だが、刹那は特に気負った様子も無く答える。
彼女から、いや、彼女らからすれば、どうってことない些末なことなのだから。
「そんなの私達には何の関係も無いことですよ。周りがどうこう言おうが勝手にしてくれって感じです」
西を離れる際に問われた覚悟。だが、そんなもの覚悟するまでも無い。
「それに・・・護衛のためじゃなくて、親友と別れるのが嫌だから一緒に着いてきただけですから」
「~~~~! せっちゃーーん!!」
「うわっぷ!?」
頼まれたからやっているわけじゃない。自分がそうしたかったから。
今こうして抱きついてくる女の子の笑顔を護りたかったから。
その笑顔の隣で、一緒に笑っていたいから。
だから、昔も今もこうしているのだと。
そんな一途な友情物語を聞かされたネギ達は感動の嵐。
知られざる親友達の新たな一面を垣間見た少年少女+αはヤル気爆発、味方と判れば協力は惜しまない。
「私達も力を貸すわ!アンタ達は茶飲み友達でバンド仲間で親友だもんね!」
「決まりですね!【3-A防衛隊】結成です!!」
イイ感じに盛り上がり、一致団結のために防衛隊結成を高らかに宣言するネギ・・・
「「ちょっとストップや(です)」」
「え、ダメですか?」
・・・の、そのハズだったのだが、京都組がコレに待ったを掛けた。
「いいアイディアだと思ったんですけど・・・」
「きっと名前が気に入らないのよ、かすかべ防衛隊と被るから」
「いえ、そうじゃなくてですね・・・」
「ウチらはもう組織に属しとるから、勝手に他の軍団に入ったらアカンのよ」
「組織、ですか?」
協力してくれるのは願っても無いことだ。
自分達を親友と呼んでくれる少女達には感謝の念が尽きない。それは解っている。
―――だが、ココは譲れないのだ。
幼きあの日に誓い合った、固い結束。
勇気で笑顔を護るために生まれた、3人だけの秘密結社。
その組織の“総統”の許可なしに、他の組織には入れない。
くだらないことかもしれないが、2人にとっては重要なことなのだ。
「なんですかぃ、その組織って?」
「ソレはなぁ、ひ・み・つ♪」
「えー、何でよ?」
「秘密だから、秘密なんです」
「「ねー♪」」
「「「?」」」
―――――“秘密”結社だから秘密なのだ、仕方あるまい。
「まぁとにかくよ、オレっち達もやれるだけのことはやるからなんでも言ってくれや」
「ありがとーなぁ」
お互いわだかまりが抜けた所で、臨時会議は終了となった。
「そういえば、エヴァちゃんはどうしたのよ?手伝ってくれないの?」
「エヴァンジェリンさんは名が知られ過ぎてますから、ヘタに動くといろいろ厄介なんです。ですから、よほどのことが無い限りは・・・」
「ふーん、なんか知らないけどケチくさいわね。あの子強いんでしょ?」
「いや、そう云う問題じゃ・・・」
「じゃあ僕、外の方を見回ってきまーす!」
刹那と明日菜が問答している間に、ヤル気が漲っているネギはホテルの出入り口へとダッシュで駆ける。そして肩にはカモ。
勢いがつき過ぎて、外に出た途端にホテル員の押したカートに激突してしまったが、そんなモノで少年のガッツが萎えることは無かった。
「あり?なんか忘れてるような・・・?」
そんなヤル気の塊のネギとは対照的に、肩に乗ったオコジョ妖精は何か聞き忘れたことがあったんじゃないかと頭を捻っている。
さっきまでの会話に、何かヒントがあったような・・・
――――私達も力を貸すわ!――――
――――ねー♪――――
――――そういえば、エヴァちゃんは?――――
「・・・・あ」
そうだ。一番最初の疑問がまだ残っていたではないか。
―――――“なぜ、一海里はエヴァンジェリンの封印を解いたのか”―――――
彼らの信頼関係に埋もれてすっかり忘れていたが、自分の疑問はその一点だった。
気まぐれ? 同情? わがまま? 策略? あるいはどれでも無い? あるいは全て?
「そのうち、もっかい訊いてみっか・・・」
カモミールは、ミサトを信用することに決めた。そして同時に、いつかこの疑念も払おうと決意した。
「・・・ふふっ、おーきになぁ・・・」
――――――そんな心情を知ってか知らずか、カートを押した“侵入者”はほくそ笑んだ。
・
・
・
「――――この辺りだな・・・」
式神ザル襲撃の知らせをセツナより受け、宿泊先のホテルを抜け出した俺は、ホテル嵐山近くの渡月橋までやって来た。
ちょっと遠かったけど、氣で強化して走ってくればなんてことない距離だ。一直線に来たから電車使うより速いぜ。
ホテルにはもうセツナが侵入防止の結界を張ったハズだから、俺は周囲の見回りだな。
・・・敵さんも随分と大胆な動きしてきたな。ネギやセツナもすぐ近くに居たのに、直接狙ってくるとは思わなかった。
直に狙ってきたってことは、親書は二の次で本命はコノカってことか・・・
・・・何処の誰だか存じねえけどよォ・・・・アイツに手ぇ出すなら容赦しねえぞ・・・。
「――――あ、ミサトさん!」
握った拳を敵に見立てて睨みつけていると、やや離れた場所から聞き覚えのある幼声が。
視線を向けると、橋の向こうからトテトテ駆けてくるネギとカモの姿が見えた。
「見回りか?」
「ミサトさんもですか?」
「セツナから連絡貰ってな、さっき来たところだ」
だから厳密に言うと、まだ見回って無い。ホテルから直でココに来たからな。
「旅館抜け出して大丈夫なんスか?」
「平気だ、身代わり置いてきたから」
身代わりとは、陰陽術における呪符の一つ『身代わりの紙型』のことだ。紙に自分の名前を書けば身代わりの式神が現れるという優れモノだ。
ただ、多少人格面に難が出るというかなんというか、少々安定しない術式なので個人的にあまり使いたくない代物だった。
だがしかし、こうして宿を離れる以上身代わりは必要不可欠。
でも様子が怪しいと思われたらどうしよう。
・・・そんな苦悩の果てに辿り着いた渾身のアイディアが、“身代わり”と“分身”の合わせ技だ。
“身代わり”とは今説明した式神のこと。“分身”とは俺の使える術の一つ、忍法【写し身】のことだ。
式神は長時間の稼働が可能だが、反面、人格が安定しない。
対して【写し身】の方は、人格は俺そのモノだから何の心配もないが、形を保っていられる時間がかなり短い。
―――だったら、式神紙を媒介にして【写し身】の印を込めればどうだろう。
結果は見事に大成功。人格が安定し、かつ長時間稼働できる完全自立型の身代わりが出来上がったのだ。紙型はバッテリー代わりというワケだ。
これで旅館での身代わりは勿論のこと、クラスメイトを引き連れての京都案内まで安心して任せられるという訳さ。
しかも身代わりを消せば記憶は本体に統合されるという親切設計。俺って天才じゃなかろうか。
・・・ただ、人格と稼働時間を追求した結果、戦闘能力はかなり低くなってしまった。
それに、うずまき忍者みたく経験までは統合されないから経験値の倍々ゲームも出来ない。
まぁ、これ以上贅沢は言ってらんないから別にいいけどさ。
「ミサトさん、僕ガンバリます!一緒にこのかさんを護りましょう!」
「その申し出はありがたいけど、自分の任務も忘れんなよ?」
「モチロンです!」
「そうだ兄貴、今の内に仮契約カードについて説明しとくぜ。何かあった時に役に立つハズっスよ」
なんだかコイツら、やたらヤル気だな。ホテルでなんかあったのか?
ん?そういえば、何でコノカの護衛のこと知って・・・・・・・ああ、アイツらからなんか聞いたのか。
ネギがインストラクター・カモからレクチャーを受けている間、俺は周囲を見回し警戒態勢を取っていた。
敵が近くに居ることは間違いない。さっさと見つけ出してフルボッコにしてやらねえと・・・。
だが、辺りには人影らしきものは一切見当たらない。
こっちには居ないのか?なら、向こうの方を見廻って・・・・
・・・・待て、“人影が一切見当たらない”だと?
確かに今は外をうろつくには遅い時間帯だ。多くの人間は良い子じゃなくても布団に入ってお眠の時間、それは間違いない。
だが人はおろか車の音さえ無いなんて、いくらなんでも不自然ではないだろうか。夜分遅くとも、もう少し気配があってもいいハズだ。
まさかと思い、眼を皿にして周囲を捜索してみる。
すると視界の端に白いモノが映り込んだ。すぐさまその違和感の発信源、橋の欄干のうちの1本に駆けよる。
そこに貼られていたのは、1枚の札。
見覚えのあるその呪符、こいつは―――――――!!
―――――俺のネギの携帯電話が同時に鳴り響く。発信元はセツナ、ネギの方はアスナからだ。
このタイミングってことは、まさか・・・・!
すぐさま通話ボタンを押し、着信に応じる。
「俺だ、どうした!?」
《このちゃんが攫われました!!敵は既に旅館内に侵入していたんです!!》
―――――悪い予感が的中した・・・もっと早く来ていれば・・・!!
《今アスナさんと共に追跡中です!場所の確認を!!》
「必要ねえ!ちょうどソイツの逃走ルートの上だ!ご丁寧に人払いの結界まで敷いてやがっ――――!?」
そう、呪符の正体は『人払いの結界』。“裏”を知らない者の立ち入りを阻む見えざる柵。
――――そして今、三日月を背に現れたずんぐりとしたシルエット。
この状況で、この結界内に入り込めるのは、俺達の他には――――――――
「――――おやまあ、さっきはおーきに」
――――――気を失ったコノカを抱えて憎たらしく笑ってやがる、このクソッタレくらいだ!!
「コノカを返せゴラァ!!」
怒りと共に握りしめた拳を振りかぶり、渾身のナックルを叩き込む。
だが女はヒョイっと跳躍してかわし、空を切った拳は橋の欄干を砕いただけに留まる。
クソッ、振りがデカ過ぎた!
「威勢のええボーヤやなぁ、ほなさいなら~」
胸糞悪い挨拶と大量の小ザルを置き土産に、大猿の着ぐるみ着た女は再び跳躍し逃走を続行しようとする。
そうはさせまいと、ネギが呪文詠唱に入るも――――
「ま、待て!ラス・テル―――むぐぅっ!?」
例の小ザル達がネギの口を塞ぎ詠唱を阻む。残りのサル達は俺へと群がり、顔や手足にくっついて動きを封じにかかる。
女はその間にもどんどん距離を開けていく。
「鬱陶しいんだよテメェらァ!!」
纏わりつく式神のうちの2体を両手に掴み、無理やり氣を流し込んで固定化。ソレを思う様、ヌンチャクのように振りまわす。
武器と化した式神は次々と小サルを弾き飛ばし、飛ばされたサルがまた違うサルに衝突して連鎖的に消滅していく。
最後に両手に持った式神同士を思いっきり叩きつけ――――――オラァッ!終了ッ!!
「総統!!」
「ネギー!!」
サルを全て潰した所でセツナ達が追いついてきた。話をしている暇は無い、すぐさま追跡再開だ!
「【来たれ】!!」
追跡しながら呪文を唱え、2つのアーティファクトを顕現させる。イメージ通り、装着した状態でだ。
額には『滅殺』と書かれたバンダナ。
両手には翡翠色のコアが装飾された、籠手を思わせるダブルボウガン・ゲイルアークが装備される。
コイツは射撃も出来るし盾にもなる、オマケに拳を振るう邪魔にならないという優れモノ。俺のお気に入り武器の一つだ。
と、そんなこと言ってる間に憎きサルの後ろ姿を発見。どうやら近くの駅に逃げ込む算段らしい。電車で逃走するつもりか。
あんな目立つ姿で電車に乗るとかアイツは馬鹿なんだろうかと思ったが、追跡のため改札を飛び越えた所で納得した。
構内は灯りこそ燈っているものの、人影はまるで見当たらない。ココにも人払いの結界が敷いてあったのだ。
つまりコレは計画的な犯行、おそらく逃走用の電車を用意してあるハズだ。逃げ切られる前に追いつかないと!
案の定、ホームには無人の電車が停留しており、サル女はソソクサと乗り込んでいった。
逃がして堪るかと、俺達も飛び乗り追いかける。前の車両まで追い詰めりゃこっちのモンだ。
「ちっ、諦めの悪いガキどもやなぁ。しつこいお人は嫌われますえ?」
「テメェなんかに嫌われようが知ったこっちゃねえんだよ!!」
「お嬢様を返せ、デカザル女!!」
コノカを抱えながらコチラをチラチラ確認してふざけたセリフを吐くデカザル女。ついに追いついた。
一斉に突撃をかますべく跳びかかろうとする俺達をあざ笑うかのように、女はニヤニヤしながら車両連結部の扉を閉める。
その扉には1枚の呪符が貼り付いて――――――――まさか!?
「お札さん、お札さん ウチを逃がしておくれやす」
女が呪言を唱えた直後、札から荒れ狂う怒涛の水流が俺達目掛け吹き出した。
「わーーーっ!?」
「何この水ーーッ!?」
「ガボベボッ!?」
溢れ出る激流はあっという間に車両を水で満たし、俺達から行動と酸素を奪いにかかる。
ネギは水に飲まれ詠唱不可能、アスナも渦巻く水流に着衣を乱され身動きが取れない、カモにいたってはネギの服にしがみつくのが精一杯だ。
俺とセツナもなんとか体勢を保とうと、浮力や水圧と闘いながら必死に踏ん張る。
「ホホホ、水ン中じゃ武器も振るえんやろ?せいぜい溺れ死なんようになぁ」
俺達の耳に、扉の向こうに居る誘拐女のうすら笑う声が届く。
―――――テメェ・・・・エテ公のくせに何調子こいてんだよ・・・?―――――
―――――貴様・・・・誘拐犯の分際で何を笑っている・・・?―――――
―――――コノカをさらってどーすんのかなんて知らねえ、けどな・・・―――――
―――――私達の親友を奪おうというのなら、相応の覚悟してもらうぞ・・・―――――
―――――“溺れ死なんように?”・・・・ふざけんな・・・―――――
―――――“武器が振るえない?”・・・・甘く見るな・・・―――――
―――――・・・・俺達が・・・・―――――
―――――・・・・私達が・・・・―――――
――――――――この程度で止まるわけ無いだろデカザル糞女アァァッッ!!!
『【斬空閃】ッ!!』
『【荒鷹】ァッ!!!』
声に出ない咆哮と共に放たれた、真空の刃と猛禽の爪。
その一撃は俺達の意思に呼応するかのように一直線に飛び、水流を斬り裂き、呪符を扉ごと貫き、壁諸共ぶち抜いた。
人を呪わば穴二つ。
ぶち抜かれた大穴から溢れ出た大量の水は、決壊したダムの如き濁流となってサル女に襲いかかった。ざまぁ見やがれってんだ。
一車両を満たしていた水が二車両で半々になった所で、突如乗車口が開き、俺達やサル女は水と一緒にホームに流れ出た。
知らぬ間に敵の目的の駅まで来ていたようだ、ってココ京都駅じゃねえか。
「しつっこい奴らやなぁもう!」
「ゲッフェッ、あ、テメェこら待ちやがれ!!」
「ゲホッゴホッ、いい加減に嫌がらせはやめろ!!」
往生際の悪い誘拐女、再びコノカを抱えて逃走を図る。
やっぱりココにも人払いの呪符が貼ってある。最初っから計画済みってワケかよ。クソっ甘かった、もっと警戒しとくんだったぜ!
だが反省は後だ、今はコノカ奪還が最優先。ネギ達には悪いが、俺とセツナはスピードを上げて追いかける。
・・・・待ってろよ、コノカ!!
「ようやく追い詰めたぜ、デカサル女!!」
「このちゃ・・・お嬢様を返してもらうぞ!!」
「よーココまで追ってこれましたなぁ・・・・」
追いかけっこも大詰め、ついに京都駅ホームの大階段中央にまで追い詰めた。誘拐女は着込んでいたサルの着ぐるみを脱ぎ捨て、眼鏡に付いた水滴を払っている。
そしてその冷たく光る眼をした女の傍らには、我が組織の幹部・コノカが横たえられていた。
「あ、アナタはホテルの従業員さん!?」
「新幹線に居た売り子じゃねえか!」
「おサルが脱げた!?」
そこにようやくネギら3人が追いつき、それぞれが驚愕の声を上げる。
・・・なるほど、ホテルの従業員に化けてコノカをさらったってワケだ。新幹線での騒ぎもコイツの仕業か。
あとアスナ。そりゃ脱げるだろ、常識的に考えて。
「ワラワラワラワラ増えよってからに・・・・けど、それもココまでですえ」
水にぬれた黒の長髪を揺らしながら、女は身につけているエプロンのポケットから1枚の呪符を取り出す。また妨害する気か!?
「お札さん、お札さん ウチを逃がしておくれやす」
「「させるか!!」」
呪文が完成する前に潰さなければ!俺とセツナは同時に飛び出す。
だが、ソレを阻むにはあまりにも距離があり過ぎた。突撃は間に合わず、無情にも術式は完成してしまった。
「喰らいなはれ!【三枚呪符・京都大文字焼き】!!」
「うあっ!?」
「あっづ!?」
放たれた呪符は巨大な炎塊となり、文字通り『大』の形を取って俺達の行く手を塞いでしまったのだ。
なんとかギリギリで踏みとどまり負傷こそしなかったものの、コレでは先に進めない。
消そうにも、規模がデカ過ぎて消火に時間が掛かり過ぎてしまう。
「並の術者じゃその炎は超えられまへんえ?ほなさいなら」
そんな俺達を尻目に、女は三度コノカを連れ去ろうと準備にかかっている。
くそっ、このままじゃ・・・・・!!
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル―――――」
――――――救世主は、俺達のすぐそばに居た。
「――――吹け、一陣の風【風花・風塵乱舞】!!!」
小さき魔法使いネギが唱えた呪文により生み出された、強烈な突風。
その乱れ飛ぶ嵐が、眼の前の大文字の炎をすべて掻き消したのだ。
「な、なんやて!?」
突風の余波から顔を庇う女に、これまで見せなかった驚愕の色がありありと浮かんできた。
まさかこんな子供に、この強力な呪符を無効化されるなんて思ってもみなかったのだろう。
ぶっちゃけ俺もビックリしたし。アイツ、こんな強かったんだな・・・。
そんなことは知ったこっちゃないとばかりに、未だ驚愕冷めやらぬ誘拐女をキッと睨みつけ、ネギは言い放った。
「逃がしませんよ!このかさんは僕の大事な生徒で・・・・大切なお友達です!!絶対に逃がしません!!」
・・・オマエがこんなに頼もしく見えたのは初めてだよ。
恩に着るぜ、おかげで気分に余裕が持てた。
ネギは真面目な表情を崩さず、右手に杖を、左手にアスナとの仮契約の証を構える。
「【契約執行180秒間、ネギの従者〈神楽坂明日菜〉】!!」
ネギからアスナへ魔力供給が開始され、アスナの身体は薄っすらと光を帯びる。身体強化の証だ。
「アスナさん!パートナーだけが使える専用アイテムを出します!受け取ってください!名前は『ハマツノツルギ』、多分武器です!!」
「武器!?ミサトみたいなやつ!?よ、よーしネギ、寄越しなさい!!」
「いきます!【能力発動!!〈神楽坂明日菜〉】!!」
アスナもミサトに倣って専用の武器を呼びだしてもらおうと、威勢よく返事をする。
瞬間、投げられたカードが光を放ち、その姿を変えていく。
そしてその武器は、無事アスナの手中に収まった。
―――――グリップの効いた持ち手。
―――――威力の期待できる、重量感のあるボディ。
―――――そして、見事に折り揃えられたスチール製の蛇腹。
「・・・ハリセン?」
「ハリセンだな」
「な、なによこれーーーー!!?」
どの角度から見ても、何処に出しても恥ずかしくない立派なハリセンだった。持っている本人は恥ずかしそうだが。
「ちょっと、コレただのハリセンじゃない!こんなんでどうやって戦えってのよ!?」
大丈夫だアスナ、ハリセンは希少価値が高いんだ。ロイドのハリセンとかメッチャ高価なんだからな。アレ結構強いし。
そんな俺達のアタフタぶりを見て我に返ったのか、気を引き締め直した誘拐女はまた懐から呪符を取り出した。
「ネギ先生、アスナさん、気を付けてください!向こうも仕掛けてきます!」
「・・・“大鉄砲水”、“大文字焼”と来たから・・・、まさか次はソーラービーム!?」
「いや、ソレは無いですよ・・・」
「ハリセン持ってるくせにボケんじゃねえよ」
「ボ、ボケてないわよ!」
「おマヌケも大概にしぃや!行きなはれ猿鬼、熊鬼!!」
君に決めたといわんばかりに、サル女は2枚の呪符を投げつける。
煙と共に出てきたのは、ファンシーな容姿をした大猿と大熊。なるほど、アレがあんにゃろうの善鬼と護鬼か。
「気ィつけろ!見た目はアホだけど強ぇぞ!」
「あーーもうヤケよーーーー!!!」
やぶれかぶれになったアスナが、得物のハリセンを振り上げ大猿に跳びかかる・・・ってオイ!そんな不用意につっこんで大丈夫か!?
スパアアァァーーーッンン!!
「ムキャッ!?」
んな!?一撃で送り還した!?なんだあのハリセン!?
そのあまりにもあっけない光景にその場にいた全員がボー然としていたが、多分、叩いた本人が一番驚いてると思う。
なんか知らんが、式神にはかなり有効な武器みたいだ。ハリセンすげぇ。
危機を感じたのか、呪符使いの女はまたポケットから札を取り出す。今度は大量に。
空中にばらまかれた札は例の小ザルに変化し、群をなしてコチラに突撃してきた。アスナの方に行かないのは・・・・・なんか怖かったんだろうな。
跳びかかる式神、正面から6体―――――――しゃらくせぇ!
「【槍鴎】!!」
両腕の発射台から放たれる6本の光の矢が、寸分狂わずサル共を射抜く。
『滅殺』バンダナの効果は<命中力アップ>、まさにボウガンにはうってつけだ。
ネギもそれに倣い、【魔法の射手】を打ち出し式神を迎撃する。そして微力ながらカモも奮闘している。
次々と襲い来る小癪なサル共を、千切っては投げ掴んでは蹴り狙っては貫く。
「セツナ、今の内に奪還しろ!!」
「クマの方は私に任せて!」
「ハイ!!」
掛け声とともにセツナは跳び出す。
守りの薄くなった呪術者は隙だらけ、この好機を逃してなるものかと距離を詰める。
――――獲った!――――俺達の誰もがそう思った。
「えーーい!」
「!?」
――――だが、突如現れた謎の影がそれを阻み、セツナは金属音と共にはじき返された。
影の正体は1人の少女。
小柄な体格、顔に眼鏡、ロリータ調の洋服を身に纏い、頭には避暑地のご令嬢みたいな帽子。
・・・そして、そんな格好に似つかわしくない、両の手に握られた2本の小太刀。
なんだ、このイロモノ娘は?
「どうもぉ~、神鳴流剣士の月詠いいます~」
「・・・神鳴流?オ、オマエが・・・?」
なんとこのロリ剣士、セツナの剣術と同じ流派だというではないか。
でも確か神鳴流って、野太刀を振りまわして魔物をブッた斬る流派のハズじゃ・・・。
・・・こらまた随分と型破りなのが出てきたもんだ。
「見たところ同じ神鳴流の先輩らしいですけど、雇われたからには本気でいかせてもらいますわぁ~」
「こんな者が神鳴流とは・・・時代も変わったな・・・」
「年寄り臭いこと言うなよ」
幼馴染の発言に思わず突っ込んでしまった。いやでもホントだよ、若者が時代がどうとか言うなよ。
セツナは少し顔を紅くして俺を睨む。視線が『どっちの味方なんですか』って言ってる。
決まっている、俺はいつだってオマエの味方だ。
「月詠を甘く見ると怪我しますえ?ほな、よろしゅう」
「ひとつお手柔らかにー」
月詠を名乗る少女はペコリと一礼し――――――
「!」
―――――容姿とは裏腹な、獣のような速さでセツナに肉迫した。
瞬く間に4合ほど打ちあった後、月詠はセツナの懐に入り込み右手の小太刀で左胴を斬りつける。
セツナは野太刀を巧みに動かし、これをガード。
だがコレが月詠の狙い。防御の空いた右胴目掛け、左の太刀を射る――――
「ホホホホ・・・伝統の野太刀なんて後生大事に抱えとると、小回りの利く二刀を相手にするんは―――」
ギィンッ!!
「・・・は?」
「ほえ?」
刃のぶつかる音色によって、女の余裕のある声は遮られた。
セツナの右手には柄頭に房飾りがついた短刀が握られており、見事に月詠の連撃を防いでいたのだ。
――――これこそ、セツナとコノカの契約の証。アーティファクト【匕首・十六串呂】――――
セツナは月詠に懐へ入られる直前にコレを顕現させていたのだ。
コレは意外だという表情をするロリ剣士に、すばやく蹴りを入れ距離を取るセツナ。
そして体勢が戻る前に踏み込み、野太刀と匕首で攻勢に出る。
パワーのある長い刀で小太刀をはじき、踏み込まれれば匕首で捌き、時折肘打ちと蹴りを織り交ぜ、徐々に誘拐女の元へと距離を詰めていく。
「先輩やりますな~、なんだか楽しくなってきました~」
「貴様と遊んでいる時間など・・・無いッ!!」
2本の小太刀を夕凪ではじき上げ、匕首で一閃。しかし有効範囲内から離脱され空を斬った。
「な、なんでや!?なんで神鳴流が二刀相手にあんな・・・!?」
「ふん、甘く見られたものだ・・・・」
――――本来、神鳴の剣士の本分は退魔にある。
強大な力を持つ妖魔と対等に渡り合うためには、それを捻じ伏せるだけの重い攻撃が必要不可欠。
故に、神鳴の剣は全てが一撃必殺。武器として野太刀を使用する伝統も、ココから来ている。
反面、そのどれもこれもが対妖魔戦を想定した威力重視の大振りな奥義ばかり。対人戦闘には不向きな隙の大きい剣術なのである。
一般的な神鳴の剣士は退魔のために鍛錬に力を注ぎ、対人相手に刃を向けることは少ない。向けたとしても、技術を身体に叩きこむ鍛練の一環として相対する程度だ。
機動力重視の月詠の小太刀二刀流は、そんな伝統の神鳴流剣士にとってはまさに天敵。
女もそれを狙って、この“亜流の異端”を雇ったのであろう。
・・・だが、今相手取っている少女は違った。
無論、この少女は伝統的な鍛練も行っていた。むしろ、他の剣士達よりも鍛練への熱の入れ方は強かった方だろう。
違ったのは唯一点のみ――――――
「私が何年、総統の相棒やってると思っているんだ・・・・!」
―――――そう、互いに切磋琢磨し合う相棒が少女のすぐ近くに居たことだ。
2人は互いに腕を磨き上げようと努力した。目標を掲げ、目を輝かせて、技術の習得に全力を注いでいた。
暇があれば刃を交え、拳をぶつけ合い、研鑚の日々を送っていた。
そして相棒は変な方向に熱心だった。とにかく様々な戦闘技術を取り込もうと、日夜鍛錬を重ねていた。
剣を基本に、時に槍。時に斧。
ある時は魔法で、またある時は矢。
巨大な槌だったこともあるし、身一つの時もしばしば。
へんてこな人形だった時もあれば、摩訶不思議な楽器だったこともある。
その様々な得物の相手をしてきたのも、常にこの少女。
毎度毎度、得物の扱いがモノになるまで付き合わされていたのも、常にこの少女。
そして、徐々に鋭さを増していく相棒の奥義に、逐一対応策を練ってきたのも、ずっとずっとこの少女。
――――漆黒の少年が技量を上げていく一方で、純白の少女もそれに対抗する戦闘技術を向上させていく――――
そんなイタチごっこを、数年にわたり繰り返してきた。
故に、彼女の対人戦闘能力は他の神鳴流剣士の追随を許さない。
言うなれば、“伝統の異端”。
「―――――二刀相手の捌き方など・・・・・とうの昔に身に付いてるわァッ!!」
進んだ方向こそ違えども、『桜咲刹那』もまた月詠と同じく、対武器戦闘に特化した神鳴の剣士なのである―――――――
「ハァッ!!」
「そりゃー!」
月詠とかいう奴はなんか楽しそうだけど、あのサル女の方はもう余裕がないみたいだ。冷や汗ダラダラ掻いている。
状況を覆そうと、なんとか小ザル軍団で応戦しようとしているようだが、ボウガンや光の矢の乱れ撃ち、ハリセン乱舞で数は着実に減ってきている。
――――そしてついに、隙をついてネギが乱戦から跳び出した。
「――――風の精霊11人 縛鎖となりて敵を捕まえろ!【魔法の射手・戒めの風矢】!!」
詠唱を完了した捕縛用魔法が、サル女を目掛け一直線に伸びる。
――――今度こそ獲った!!――――
「あひぃっ、お助けぇーーーー!!?」
「あっダメ、曲がれーーーッ!」
――――だがその確信に反して、少年の放った縛鎖は直前で逸れた――――
「・・・あら?」
「ひ、卑怯ですよ!!」
「・・・・ははぁん、読めましたえ・・・甘ちゃんやなぁ、人質が多少ケガするくらい気にせず打ち抜けばええのに・・・」
・・・・アイツは今、何をした・・・・?
攻撃を恐れて怯んだ、その後は・・・?
許しを乞うて悲鳴を上げた、その後は・・・?
・・・・コノカを盾にしやがった・・・・
―――――コノカを、盾にした―――――
―――――コノカヲ、タテニ―――――
―――――――あのヤロウ・・・・・!!!
「ホーホッホッホッ!まったく、ホンマ役に立つ娘やなぁ・・・・この調子でこの後も利用させてもらうとするわぁ」
・・・・利用・・・・だと・・・・・
「アンタ!このかをどうする気よ!?」
「せやなぁ・・・」
・・・・それ以上、口を開くな・・・・!!!
「まずは呪符やら呪薬で口利けんようにして・・・・あ、ウチの言いなりの操り人形にするんもええなぁ・・・ククククッ・・・」
「な・・・!」
「なんですって・・・!?」
―――――ブヅンッッ!!!
その瞬間、ネギと明日菜の怒りを掻き消す程の壮絶な血管断裂音が、ミサトと刹那から響き渡った。
「ホホホホホ、コレでウチの勝ちは―――――――ひいぃッ!!?」
調子に乗って木乃香の尻を叩いて挑発しようとした主犯の女。
だが、その場に充満した殺気に当てられ、無意識に悲鳴が込み上げた。
「せんぱーい、ウチの相手をってあぁ~れぇ~~~」
自分を見てくれなくなった刹那に誘いを掛けようと近づいた月詠だったが、怒り心頭の刹那に見向きされる間もなく、一瞬で吹っ飛ばされる。
その際眼鏡も取れたため、アタフタと地面を探しているが、そんなことは彼らの知ったことでは無い。
「【風花!武装解除】!!」
「このかに何しようとしてくれてんのよォッ!!」
ネギは武装解除の魔法を唱え、明日菜もクマを瞬殺し突貫。
避ける間もなく暴風は女を直撃し、着衣を花弁へと変え吹き飛ばした。そして同時に護符を無効化し、人質の少女を引き離す。
そして最後は、憤怒の炎を瞳に灯した漆黒と純白。
もはや慈悲など無い。あるのは、罪人に振り下ろす鉄槌のみ。
拳に宿すは、獅子の咆哮。
刃に纏うは、紫電の雷轟。
地上の覇者と天空の閃光、その断罪の一撃――――――!!
「「【獅吼爆雷陣】ッ!!!」」
―――――怒りの鉄槌は振り下ろされ、強烈な轟音と閃光が構内を支配した。
余りある衝撃で、女は空中で二転三転。
勢いを失わず地面を幾度もバウンドし、構内の壁面に激突。人型の大きな罅を壁面に描いた所で、勢いはようやく終息した。
「ゲホッガホッ!な・・・なんでガキが、こないに・・・!」
全身を強打したせいか、誘拐女はうつ伏せになり苦しげに呻く。
全裸の上、いたる所に打撲と火傷を負った女は無残の一言。眼鏡も罅だらけ、髪も若干チリチリしている。
俺はヒタヒタと女の元へ近づき、殺気を帯びた視線で女を射抜く。
セツナも気を失った木乃香の介抱のため駆け寄りながら、鋭い眼光で睨みつける。
ネギらも、2人の気迫に押されつつだが厳しい視線を女に浴びせている。
「・・・ちっ、ココは一旦逃げ―――――」
ズガガガッ!
「―――ッ!?」
女はなんとか逃走を図ろうと挙動を示したが、俺の撃ち出した三連矢【針雀】が足元に着弾し硬直。
矢は地面を抉り、細かな礫がその場に散らばる。
「・・・・答えろ糞女、何が目的だ?」
「だ、誰がアンタなんかに・・・!」
無言で右腕のボウガンを構え、女の側頭部を掠めるように射出。
矢は寸分の誤差も無く女の眼鏡のレンズとつるを破壊し、後ろの壁に着弾。
数瞬遅れて女の左頬に一筋の紅い線が浮かび、その端から1滴の紅い雫が頬を伝った。
女は顔から血の気が引き、サァーっと青くなる。
「テメェに黙秘権なんかねーんだよ・・・・ついでに、弁護人を付ける権利もな・・・」
「ぐっ・・・・!」
「さっさと吐きやがれ・・・・それとも、生存権まで無くされたいのか?」
眼の前にはボウガン、その後ろには剣士と魔法使い他2名。もはや逃げ場など無い。
女は奥歯を噛み締め悔しげに顔を歪めながら、地を掻き毟るように拳を握る。
・・・だが少し間を置いた所で、女は頬を引き攣らせながらも笑みを浮かべ、声を上げた。
「・・・月詠、今や!!」
「「「「「!!」」」」」
!? しまった、アイツの存在を完全に失念して――――――――――!!?
「あーん、めがね~」
・・・・まだアホみたいに眼鏡を探してる?
「バカが見るぅ!!」
「なっテメ・・・ぐぁっ!?」
謀られたことに気付き振りかえった途端、眼に砂塵を投げつけられ視界をつぶされた。
くっ、さっき握り込んでやがったのか・・・!
俺が想定外のすなかけ攻撃に怯んだ隙に、女はその場を離脱。
隠し持っていた符を使い、額に『2』と書かれた大猿の式神を召喚し、肩へ飛び乗る。
直後に、未だ眼鏡を探し続けている月詠を回収し尻尾に捕まらせる。
大猿は2人を連れ、大きく跳躍し―――――
「覚えてなはれーーーーーー!!!」
――――捨てゼリフを残して、闇へと逃げ去ってしまった。
これ以上の追跡は無理か・・・っきしょお・・・!
「なんなのよあのサル女、腹立つぅ!!」
「ミサトさん、大丈夫ですか!?」
「平気だ、ただの眼潰しだから・・・・・それより、コノカは・・・!?」
「眠らされているだけのようです・・・よかったぁ・・・・」
・・・それを聞いて安心した。俺は安堵を込めた深い溜息を吐く。
眼に入った塵をなんとか取り除きながら、俺も介抱されているコノカの元へと駆け寄ろうと・・・
「ってまだ来ないでください!このちゃん裸なんですから!!」
「うおぅ!?」
「なんか羽織るもの・・・って見てんじゃないわよカモ!?」
「ぶべらっ!?」
「総統、上着脱いで!!」
「ネギ、その半纏貸しなさい!」
「「イ、イエッサー!!」」
・・・・なんか締まらねえなぁ。
・
・
・
「―――――ごめんなぁアスナ、ネギ君。ウチのせいで迷惑かけて・・・」
「何言ってんのよ、水臭いわね」
「このかさんが無事でなによりですよ」
あの後すぐに目を覚ましたコノカ。
ただ、まだ体に力が入らないのか、自力で歩いて帰るのは難しそうだった。
よって、現在俺がコノカをおぶってホテルへ帰還している最中。でっていう状態だ。多分、青ヨッシー。
・・・おい誰だ、コノカ見て『駅のホームでスッポンポン♪』って言った奴。
ちなみに今のコノカの格好は、上に俺のジャージをキッチリ着込み、下はネギの半纏と帯を上手いこと使って頑張ってる感じだ。意外に鉄壁になっている。
「そういえば、さっき使ってた短い刀が刹那の姐さんのアーティファクトかぃ?」
「ええ、最大16本まで増やせて遠隔操作可能な匕首です」
「アーティファクトっていえば・・・スゴかったな、アスナのハリセン」
「一発で式神を送り還しちまうたぁ驚いたぜ、流石姐さんだ」
「私だってビックリしたわよ」
カモの発言により、アーティファクトの話題になった。見た目に反して有能すぎるぜハリセン。
「ハマノツルギって名前ですから、魔を強制的に打ち消す効果があるんでしょうか?」
「〈幻想殺し〉みたいだな」
「そうゆうたら、ネギ君て〈超電磁砲〉の子に声似とるよね?」
「れーるがん?」
「てことは、オマエらは学園都市の〈幻想殺し〉と〈超電磁砲〉のコンビなんだな」
「もう無敵ですね」
「よっしゃ、ならウチは麻帆良の〈冥土返し〉になったる!」
「一緒にがんばりましょうね、このちゃん」
俺とセツナは、ある意味〈一方通行〉と〈未元物質〉のコンビだな。ツバサ的な意味で。
もし俺に能力名が付くとしたらなんだろう?〈多重武装〉?
・・・・あ、〈鳳凰天駆〉とかいいな、カッコよさげじゃん。
「でもネギは〈超電磁砲〉っていうより、何か他の能力名の方がイイ気がするな」
「例えば?」
「・・・〈武装解除〉とか?」
ネギ以外苦笑いでした、ってミサトはミサトは状況を説明してみる。
「・・・む、なんか急に宮崎のどかの血が飲みたくなったな」
6班の部屋で茶々丸にお酌してもらっていた吸血鬼が死亡フラグを呟いたそうな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
1日目・夜の部、いかがだったでしょうか?どうも私です。
初のユニゾン・アタック【獅吼爆雷陣】。ガイとかが使ってたやつですね。
シンフォニアでは【獅吼爆炎陣】ですが、刹那とやるなら雷だろうということで。
感想で何度かご指摘いただいた刹那のアーティファクト、やっぱり匕首のままです。やらせたい事があったりなかったりするんで。
ミサトがゲイルアークを気に入ってるのは、技名がトリっぽいからです。
そして個人的にハーツ兄妹が好きです。
ついでに言うと、美空はもう2班の部屋に避難しました。エヴァの空気に耐えきれなかったようです。