「どうぞ、マスターカードっス」
「うむ」
契約は滞りなく済んだ。俺のメンタル以外は何の問題も無かった。
「・・・・・・・・」
向こう側でカードの受け渡しが行われる中、俺は砂浜のド真ん中で灰になっていた。
・・・・なんていうか、めちゃめちゃディープだった・・・、生命力やその他諸々をすべて奪われた・・・。
母上様、アンタの息子は汚されちまったよ・・・。
そんな感じに体育座りで虚ろになっている俺のもとへ、砂をサクサクさせながら近づいてくる影が1つ。
「・・・・」
影の正体はセツナ、無言の怒りが怖い。
・・・コレってやっぱり俺が悪いのかなぁ・・・。
「・・・なぁ、その、セツナ?」
「・・・・」
声を掛けてみるが、反応なし。
「アレは、その・・・、不可抗力であったワケで・・・」
「・・・・」
「だから、その・・・」
「・・・・」
・・・ダメだ、取り繕うとすればするほど言い訳がましくなってしまう・・・。
「・・・・俺が悪かった」
「まったくですよ」
やっと反応してくれた。してくれたけど、眉間にはシワが寄ったまま、眼もジト眼のままだ。
・・・そんな目で俺を見ないでくれ、オマエにやられると際限無く落ち込んでしまう。
「・・・そんなに大きな胸がイイんですか?」
「へ?」
「ちょっと胸で誘惑されたくらいでニヤついて・・・、揺れるのがそんなに好きなんですか、たゆんたゆんがそんなに偉いんですか?」
・・・怒りの矛先はそこか。いつもは「剣を振るにはこれくらいで充分」的なこと言ってるけど、気にしてたのね。
言ってた、といっても直に聞いたわけじゃない。コノカがそう言ってたんだよ。
「挙句にキスまで許して、ホントにまったく・・・」
「オマエも見捨てたじゃねえかよ」
「あ、あれは、その・・・、なんか悔しかったというか・・・」
だからって見捨てないでくれよ、あの時の絶望感たら無かったぞ。
開き直るみたいでアレだけど、多少目が行くのは勘弁してくれよ。
「多少じゃないですよ、ガン見でしたよ」
・・・俺は自分で思っているより男の部分が強いのかもしれない。
「まあまあせっちゃん、総統も男やし仕方あらへんて」
そんな俺とセツナが問答している場に、コノカがニコニコしながら現れた。肩にはニヤニヤしたカモも乗せている。なんかムカツク。
それにしても、この娘は全然動じないのな、器がでかいって言うかなんというか。
「刹那の姐さん、怒っちゃいけねえよ。 ソコに山があれば、男はそのロマンに惹かれるモンなんですぜ」
・・・弁明してくれんのはありがたいんだけど、俺のイメージがどんどんエロい方向に傾いていってる気がするのは、俺の考え過ぎかな?
「エロいのは男の罪、ソレを許さねえのが女の罪ってもんでさぁ。 男に罪を問う前に、まずは己の罪と向き合うのが先決ってモンだぜ」
「己の、罪・・・」
何か急に深そうなこと言いだしたよこのイタチってば。何処で得た知識だソレは。
カモのよくわからんあやふやな感じが場に伝染し、セツナもいつの間にか怒りなど忘れてしまったようだ。なんか女について真剣に考え出してしまっている。
俺が言うのもアレだけど、あまり深く考えることじゃないと思うぞ。タダの男目線の言い訳だし。
「まあアレや、要するに、だらしない総統を諌めて補うことがウチらの仕事やっちゅうことや」
「あ、なるほど、納得しました」
合点がいったようで、ようやくセツナに笑みが戻る。
・・・今のでわかったのかよ、俺がだらしないことは確定なのか?
なにはともあれ、機嫌が直ってよかった。カモのアホみたいな言い分のおかげで難所を乗り切れた、感謝するぜ。
「兄さん、コレで貸し1ってことで」
・・・ちゃっかりしてやがる。
「痴話ゲンカは終わったか?」
カモからカードを受け取ったエヴァさんが他のメンバーを引き連れやってきた。原因のアンタが何を言うか。
その声で本題を思い出したのか、カモが新たに発生したコピーカードを俺に手渡してきた。
どれどれっと・・・・・・ん?
「俺の持ってんのと絵柄が違うぞ?」
「きっと別扱いなんだな、今までとは別個のアーティファクトが出てくるハズっスよ」
マジでか、思わぬ収穫じゃないか。一体どんなのが出てくるやら、楽しみでもあり恐ろしくもあり。
コイツもテイルズ関連のアイテムなんだろうか?
「出してみたらええんやない?」
「そだな」
ぞろぞろとやって来た他の連中の前でカードを掲げ、【来たれ】の呪文を唱える。
カードが独特の光を放った後、そこの現れたのは――――――――――
「・・・・布、ですか?」
手のひらに乗る1枚の布。コレが新しいアーティファクトか?
「布っていうか、ハチマキじゃない?」
「いや、ハチマキっていうより、コレは・・・」
・・・バンダナ、だな。
なんだコレ、コレ付けてYOKOSIMAになれってか?付ければ文珠を生成できるとか?
どんなチートアイテムだソレは。
全体の確認のために裏返して見ると、そこには見事な達筆でこう書かれていた。
『必勝』
――――――――ああ、わかった!! これアレだ、マリーのバンダナだ!!
「テスト勉強に効くアーティファクトなんかなぁ?」
「とりあえず巻いてみたらどうですか?」
セツナに促され、早速キュッと巻いてみる。・・・・おおう、コレは・・・!
「どうでぃ、兄さん?」
カモが俺の肩に移り、巻いた感想を求める。
「とても気が引き締まった」
よって簡潔に答える。
「・・・え、そんだけっスか?」
そんだけとは何事だ、モチベーションは大事だぞ。俺の秘奥義にとっては特に重要だ。
「あと、攻撃力が少しばかり上がったぞ」
「気分の問題でしょ? ほらアレよ、『皮下脂肪効果』ってヤツ?」
「・・・姐さん、ひょっとして『プラシーボ効果』って言いてえのか?」
オコジョに訂正されてかなり屈辱だったのだろう、ツインテールがしょげてしまった。難しい言葉を使おうとするからそうなるんだ。
それにコレは催眠術だとか思い込みだとかそんなチャチなモンじゃ断じてねえ、コレはそういうモノなんだ。
しかしこれでは効果が判り難い、どうすればこのバンダナの凄さがわかって貰えるのかな?
俺はそうやって考えに“集中” する―――――――――
―――――キイイイイイイインン―――――
どうすればわかる・・・?
どう伝えればいい・・・?
考える・・・・、深く・・・長く・・・静かに・・・。
「・・・う・・・・・・そ・・と・・・!」
アレして・・・コレして・・・ソレがアレでコレになって・・・。
「―――――――――聴いているんですか総統ッ!!」
「え?」
セツナが俺の肩を掴んでガクガク揺さぶっているのを感じて、そこで初めて自分が思考に没頭していることに気が付く。
いつの間にか、俺は思考の奥底に入りこんでしまっていたようだ。
俺は一体どうしたってんだ? ココまで周りの音を遮断するほど考え込んだつもりは無かったんだけど・・・。
「どうしたん? 考え事した思おたら、全然反応せえへんようになったえ?」
「なんか、ものっスゴイ“集中”してたわね」
“集中”・・・・? ・・・あ、もしかして・・・。
「なぁ、バンダナになんか変化あるか?」
「え、特に何も・・・・あ、バンダナの文字が変わってますよ!」
マジでかと問い返すと、コノカが手鏡を渡してくれたので確認することに。
鏡文字になって読みにくくはあるが、確かに『覚醒』の文字に切り替わっているバンダナが俺の額に巻かれていた。
「ホント、『必勝』じゃなくて・・・・えと、さ、さめ、にし、ほし・・・?」
「アスナ、『かくせい』って読むんやえ」
どうやら『必勝』だけではなく、念じればちゃんと他の文字にも変わるようだ。
確か『覚醒』のバンダナの効果は<集中力アップ>だったハズ。それなら今の俺の集中力にも頷ける。コレがこのアーティファクトの力か。
あ、『覚醒』にはもう1つ効果があったよな、たしか・・・。
「・・・ネギ、相手を眠らせる魔法って使えるか?」
「【眠りの霧】なら使えますけど?」
ならちょうどいい、実験にはもってこいの人材だ。
「ちょっと俺に掛けてくれ」
「え? いいんですか?」
「いいからいいから」
少々戸惑いながらも、ネギは普段から持ち歩いている杖を手に取り、朗々と調べを奏でる。
「大気よ 水よ 白霧となれ この者に一時の安息を 【眠りの霧】!」
唱え終えたと同時に、俺の身体を包むかのように白い霧が発生する。たっぷり時間を掛けて霧が充満し――――――――
「おはようございました」
――――――霧が晴れると、そこにはバッチリ起きてる俺の姿が。どう見ても効いていません、本当にありがとうござました。
ネギは俺と杖に交互に視線を向け、首を捻った。「あれれ~~?」って感じに。
「失敗したの?」
「いえ、成功したハズなんですけど・・・」
その通り、ネギの放った【眠りの霧】は確かに効果を持って発動した。
その証拠に、俺の肩に乗ってたカモが霧に巻き込まれてグースカ眠りこけている。 魔法はちゃんと発動していたという動かぬ証だ。
俺が霧を吸っても意識を保っていられたのは、この『覚醒』のバンダナの効果<睡眠防止>のおかげである。原作通りの効果だな。
「ほぅ、文字によって効果が違うようだな」
「いろいろ使えそうですね」
だけど、コレがゲームに出てきた物と全く同じ物であるとは限らない、なら俺の知らない効果も期待できるかもしれないな。
いろいろ試してみる価値はありそうだな。
「私が発する特定のキーワードに応じて頭を絞めつける機能などあれば最高だな」
あってたまるか、そんな西遊記みたいな機能。
しかし、いいモン手に入れたな、結構便利そうなアーティファクトで良かったよ。
―――――――その後、一旦バンダナを外し、眠りに落ちたカモの野郎を【死者の目覚め】で文字通り叩き起こし、同時供給の試運転を行うことに。
・・・よし、コノカ頼む!
「【契約執行15秒間、木乃香の従者〈一海里〉】!!」
また再び供給が開始される。なんかこの感覚にも慣れてきたな。
「とりあえず、軽くいくぞ?」
そして、本人曰く“軽め”の供給がエヴァさんから始まろうとしている。
気合い入れていかねば、何が起こるかわかりゃしない。
「【契約執行10秒間、エヴァンジェリンの従者〈一海里〉】!!」
決まり文句の呪文が唱えられ、供給が開始される――――――――――
「――――――――ッ!!!!??」
――――――――供給を受けた瞬間、全身が警告を発した。
次から次へと溢れ出る魔力、その豪流は先行していたコノカの魔力と合流し、俺の中で荒れ狂う。
同時に、内から込み上げてくる熱いナニカを確かに感じとった。
抑えきれないほどの、滾るナニカが暴れまわる。
ココから出せと訴えかける。
――――――イイだろう、望み通り、そこから出してやろうじゃないか。
熱いナニカは、歓喜の雄叫びをあげながら光の漏れる出口へと駆け上がり、そして――――――――
「オ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛ロ゛!!!!」
――――――その場に膝をついて、盛大にリバースした。
「ちょ、総統大丈夫ですか!?」
「ちょっと大丈夫!? どうしちゃったのよイキナリ?」
すぐにコノカとセツナが駆け寄って背中をさすってくれた。アスナ達も心配して来てくれた、しのびねえな。
「ビーチを汚すなバカモノ」
・・・エヴァさん、そりゃねえっスよ。
だけど、このかつてない程の吐き気はなんなんだ・・・。
まるで樽いっぱいの徳用マヨネーズを胃にブチ込まれた直後にヘビー級のボディーブローを連打されたような気分だよ・・・。
こりゃ一体どういうこと・・・・うぷっ・・・。
「たぶんスけど・・・、供給過多による魔力酔いだと思いまさぁ」
カモがそんな俺の疑問に答えてくれた。
キャパシティを大幅に超えた量をぶち込まれたことによる弊害、ということらしい。とんだ副作用だよ。
チャチャマルが気を利かせて水を持って来てくれたので、ありがたく受け取ろうと立ち上がろうとする、だが・・・
「――――いぎぃッ!!?」
両足に筋肉痛を二階級特進させたような、鈍く、ソレでいて鋭い痛みが走った。
鋭いのか鈍いのかハッキリしてほしい。痛いことには変わりないけど。
そんなことより、な、なにこれ、どうなってあ痛づづづッ!?
「身体強化が強すぎて、肉体の方がついていけなかったみたいっスね」
「私達は真祖の吸血鬼と歴代最大の魔力タンクを持つ者だからな、その強大な魔力を一気に注ぎ込まれたのだ、負担は並ではなかろう」
は、半妖の身体を、持って、しても、耐えられない、とは、お、恐るべし、だ・・・。
ま、まさか、こんなに負担が掛かるとは・・・。キツイわコレ・・・、それにまだ魔力が渦巻いてう感じがする・・・。
「ミサト、もうやめた方がいいんじゃない?」
「そうですよ、軽くやってコレですよ? 本気でやったらどうなるか・・・」
アスナとネギが俺の身を案じて声を掛けてくる。心配してくれるのは正直かなり嬉しい。
でも・・・
「・・・いや、続行しよう」
「兄さん、正気かよ?」
まだ試してすらいないんだ、ココで終わりじゃ消化不良もいいとこだ、わざわざ【仮契約】までした意味が無くなっちまうよ。
「私達は総統の指示に従います、けど・・・」
「無理せんどいてな?」
わーってますとも、心配しなさんなって。
「ちょっと2人とも、止めなくていいの?」
「言って止めるような人じゃないですから」
「ウチらは信じて待つだけや」
幼馴染達は言わなくてもわかってるみたいだな、ありがてえこった。
・・・しかし、この副作用は問題だな。どうにかして乗り越える方法は無いか?
「さっきのバンダナでなんとかならねえっスかね?」
カモ、ナイスなアイディアをありがとう。たしかに、あのバンダナがあれば多少はマシになるかもしんないしな。
「よし、ついでだから貴様を吸血鬼化するぞ」
ドサクサにまぎれて何言ってんだ、この幼女は。
・・・そんなに俺を従順にさせて何するつもりよ、このケダモノ!
「誰がそんな気色悪いこと考えるかッ! 吸血鬼化すれば耐久力も上がるハズだから多少はマシになるのではないかと言っているんだ!」
あ、なるほど、そう云うことですか。なーんだ、それならそうと早く言ってくれればいいのにぃ。
あ、終わったらちゃんと戻してくださいね?
腕を差し出し、そこにエヴァさんが牙を立てる。もう何度も経験したチクリという痛みと共に、血液がジュルジュルと吸われていく。
同時に、俺の中で何かがドクンッと音を立てて目覚めていくのを感じた。いつもは吸血鬼化防止の薬を処方してからの採血だから、初めての感覚だ。
ある程度血を吸われたところで、噛みついている幼女を強制的に引き剥がす。
なんか不満げな顔をしているけど、今は我慢してほしい。俺が貧血になってしまってはどうしようもない。
指先を口元に持っていくと、今まで無かった立派な牙が生えているのが確認できた。
ヒトであり、トリであり、ヴァンパイアでもある、欲張り生物の誕生だ。
「少し物足りないが、まあいい。 やはり薬無しの生の血はイイな」
「そんなに違うモンなんですか?」
「気分の問題だ。 やるならやはり生だ」
「女の子が生でヤるとか言うモンじゃありません!」
「何の話をしているかッ!?」
怒られちった。どうもさっきからエロに敏感なってるようだ、自重しないと。
気を引き締めるべく『必勝』バンダナを額に締め、全ての準備が整った。
――――――――いよいよ作戦開始、『プロジェクトEVA』だ!
「ぼーや、腕を出せ」
「ハ、ハイ!」
まずは第1段階、ネギの血を摂取して【登校地獄】を軟化させる。
「カプッ・・・・ジュル・・・ジュル・・・ジュルル・・・・・」
「あ、あぅぅ・・・」
ネギの喘ぎ声に少女達が顔を赤らめているが、まあ問題ないだろう。
「マスター、そろそろ限界値です」
「む」
名残惜しそうに口を腕から離す。ネギが多少ふらついているが、・・・・うん、大丈夫だろう。
ココで言う「限界値」っていうのは、致死量じゃなくて健康を害さない程度って意味なのであしからず。
・・・こっからが本番だ、第2段階スタート!
「いくぞ!
【契約執行15秒間、エヴァンジェリンの従者〈一海里〉】!!」
詠唱と共に、エヴァさんの魔力が俺の中に流れ込んでくる。強大なソレは渦を巻いて、全身を駆け巡る。
俺は各部に関所を構築するイメージで、流れの矛先を1か所に誘導させる。
集められた膨大な魔力は、放流する瞬間を今か今かと待ちわびているようだ。
―――――――――おそらく2度目は身体がもたない、・・・・・・・一発勝負だ!!!
「――――――――患い招きし元凶よ、退け!!【ディスペル】!!!」
開戦の合図を受けた兵士の如き勢いで、ありったけの魔力達が呪いに突撃した。
【ディスペル】は俺が使用できる中でも上級に位置する浄化魔法、コレでもダメなら後が無い。
敵勢の築いた城壁を打ち破らんと、浄化の意思達が総攻撃を仕掛ける。その勢いを絶やして堪るものかと、俺も力の限り送り続ける。
―――――――そして、無敵の城壁に決壊の兆しを確かに感じ取った。内側が脆くなった成果だ!
気を引き締めろ、第3段階!!
「今だコノカァッ!!」
「【契約執行10秒間、木乃香の従者〈一海里〉】!!」
―――――――かつてない程の衝撃が俺を襲った。
「うぐぉあ、うっぷぅ・・・・!! っぷぅ・・・!!?」
ソレは、明らかに俺の魔力キャパを超えた力の奔流。
内臓が、神経が、筋肉が、あらゆる身体の器官が張り裂けそうになる。得体のしれない何かが込み上げてくる、正体は言うまでも無いだろう。
・・・ヤバイ、マズイ、イダイ、ギボヂワルイ・・・!
だが、負けない。
元々持っているヒトならざるタフネス。
幼少期に培った我慢強さ。
バンダナの恩恵を受けた精神力。
そして、吸血鬼化して得た耐久力。
これらを総動員して俺の中の悪魔(笑)を抑え込む。
そして、持ちうる限りの魔力を注ぎ込み【ディスペル】に更なるブーストを掛ける!
「え、ちょっと、なにアレ!?」
アスナがある変化に気が付いた。何かがエヴァさんの周りに浮かび上がって来ているのだ。その全貌が、薄っすらとだが、徐々に明らかになっていく。
ソレは鎖、ソレは荒縄。
誰かが何も考えずにぐるぐる巻きにしたような、例えるなら、ゴルディオスの結び目をもっと滅茶苦茶にしたような感じ。
エヴァさんの周りに、そんなモノが何重にも巻き付いている。
―――――――まるで、彼女をココから逃がさんと言っているかのような光景だった。
「おそらくマスターを縛り付けている【登校地獄】が、ミサトさんの魔法の作用で可視化されたものであると推測されます」
両眼のレンズに備え付いている何かしらの機能を用いて、チャチャマルがその光景を解析する。
・・・アレが元凶か、わかりやすい形してんじゃねえか・・・。
ちなみにさっき言った「ゴルディオスの結び目」っていうのは、かのアレキサンダー大王が解いたとされる結び目のことだ。解いたって言うか、ブッた斬っただけなんだけどね。
対象が視認できればイメージするのも簡単だ、アレを解いちまえばいいんだからな。
力を振り絞る、もう少しなんだ、頼む・・・・・!
砕けろ、砕けろ砕けろ、砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろおおおおおおおお!!!!!
――――ピシ、――――ビシ、ビシ――――
―――――――ついに、鎖に罅が、そして荒縄に亀裂が生じ始めた。
「いっけえええ兄さんッ!!」
「総統、もう少しです!!」
「根性よ、ミサトォ!!」
もう少し、そう、もう少し―――――――――――
――――――――――だが、唐突に俺の魔法の勢いが減退を開始した。契約執行の時間が終わろうとしているのだ。
「ヤベェ、タイムリミットだ!!」
「そんな、ココまで来て!!?」
っきしょう・・・・・、ココまでなのか・・・・・・!!!?
「まだまだぁ! 【契約続行 追加10秒!! <一海里>】!!!」
ちょ、エヴァさん!? そんなイキナリ続行とか―――――――――――!?
だがそんな俺の声にならない悲鳴など聞こえるはずも無く、無情にもウルトラヘビー級の魔力がわんこそばの如く俺の器に追加された。
「う゛ぷぅぅぅ!!!??」
再びの強烈な嘔吐感、そして同時に訪れる四肢への鈍痛。咄嗟に右手で口を覆い隠す。
込み上げてくる酸味を必死に飲み込む。
・・・今のはヤバい、マジで決壊するかと思った。続行するなら、せめて一言言ってほしかった。
なにやら鉄の臭いを感じる、おそらく鼻血が出てきたのだろう。無理が祟ったせいだろうか。
襲い来る吐き気と激痛を忘れるべく、魔法のブーストに全神経を集中させる。
だが、罅は入れども、亀裂は入れども、その先には至らない、決定打が無い。
「ダメだ、あと一歩足りねえぜ!」
「これ以上やったらミサトさんが持ちませんよ!」
ホントにヤバイ、マジヤバイんだけどコレマジヤバイよ! どれくらいヤバいかっていうとマジヤバイ!!
このままじゃ持たない、リバースする! 俺が生まれ変わる! 胃のフォルスが暴走する!!
意識が混濁する、限界が近い。どうすりゃいい・・・・・・!?
――――――――こうなりゃ破れかぶれ、一か八か、当たって砕けろだ・・・!
込み上げる衝動を掌で塞いで必死に耐えながら、心配そうな顔して供給を続けるコノカに視線を向ける。
俺の視線に気づき、コノカの眼と俺の眼がカチあった。
視線が交錯する。この間、僅か0.6秒。
「・・・・・了解や!!」
―――――――だが、意思を伝えるには、それで充分だった。
「エヴァちゃん、追加や!! 同時にラストスパートかけるえ!!」
「ちょ、木乃香姐さん、そんなことしたら!?」
「ミサトが持たないわよ!」
「総統が今そうゆーたんや!!」
しっかり伝わったようだ、幼馴染スキルをナメてもらっては困る。
「ふん、腹くくったか・・・イイ度胸だ、買ってやる!!」
エヴァさん了承、そして両者が魔力を送り込む準備を整える。
受け入れ態勢は最悪、だが泣いても笑っても怒っても・・・、コレで最後だァ!!!
「「契約続行 追加5秒!! <一海里>!!!」」
正真正銘、最後の濁流が注ぎ込まれる。
色の違う魔力が、同時に別方向から侵入し、ぶつかり合い、大嵐を巻き起こす。
もはや俺の身体も我慢の限界、アチコチから何かが断裂するような嫌な音が耳を穿つ。
押し寄せる壮絶な存在に、意識が朦朧とする。眼の前が、歪む。
最後のブーストが掛かった浄化の意思が、最終特攻を仕掛ける。
呪いはハッキリと視認できるまで具現化されている。
鎖が、荒縄が、音を立て亀裂を生みだす。
罅の浸食は全体に及ぶ。もう少し、後一押し、そう見えるほどにまで・・・・
・・・だが、終わらナイ、解ケない、クダけなイ。
・・・呪バクの鎖ガ、断ちキれナい。
・・・皆の声ガ、遠くニ、聞コえル。
・・・意シキが、マリョクニ、ノミ、コマレ、ル―――――――――――――――――――――
―――――――――ピキイイイイイイイイイイイイイイイイイインン!!!!!―――――――――
刹那、ミサトの脳髄を閃光が貫いた。
・・・ナンデ、トケネエンダヨ・・・・・・ドウシテ、クダケネエンダヨ・・・・・
――――――――魔力の限界を超え―――――――――――
ソノコヲ、カゴカラ、ダシテヨレヨ・・・・・モウ、ジュウブンダロウ・・・・・・
――――――――肉体の限界を超え―――――――――――
イイカゲンニシロヨ、テメェ・・・・・・・
――――――――精神の限界を超え―――――――――――
・・・アァソウカイ、・・・ソレナら、ヒトおもイに・・・
―――――――――少年は、ついに――――――――――――
そノ呪縛ごト、ブッた斬ってヤるよぉおおおおオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!
―――――――――――キレた――――――――――
少年の激情と呼応するようにアーティファクトが光を放ち、形状を変えていく。
光と共に姿を現したのは、一振りの剣。
時を統べ、空間を制する、奇跡のヒカリ。
“時”に縛り付けられた少女を解放するための希望のヒカリ。
――――――――――名を、永劫の剣【エターナルソード】――――――――――
荒れ狂う奔流は導かれるように蒼き刃へと流れ込んでいく。
永劫の剣に、持ちうる限りの魔力が内包される。
・・・さぁ、準備は、ととのった―――――――
瞬間、眼が眩むほどの光を放出し、蒼き刃が聖なる閃光の波を生み出す。
輝ける星のようなその蒼剣を、その力を解放するかのごとく、天へと振りかざす。
限界に近い少年の雄叫びと呼応するように、限りなく輝く刀身から一筋の光が顕現する。
それは正しく、あふれ出る魔力と臨界点を超えた精神状態が生み出した、光の奇跡。
その姿は、光り輝くツバサの如し。
狙いは鎖、今こそ、先の見えない時の呪縛から、その身を解放してやる―――――――――!!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
―――――――万感の想いをこの身に乗せて、力の限り輝く剣を振り下ろす!!!
煌めくツバサと呪縛の鎖が、轟音を立ててぶつかり合う。
せめぎ合い、削り合い、火花と称するには大き過ぎる閃光を撒き散らす。
「――――――――負ける、・・・ものかあああああああああああああああ!!!!」
ツバサが、呪いの罅を、亀裂を、押し広げていく。
――――――――そして――――――――
バキイイイイイイイイイイイイイインンン!!!!!
―――――――――ついに、少女を15年に渡り縛り続けてきた呪いの鎖は、音を立てて崩壊した。
崩壊の衝撃波で、金色の少女と漆黒の少年は吹き飛ばされる。
一気に気が緩んだせいだろう、砕け散るソレを見届けるのを最後に、意識が闇に堕ちていくのがわかる。
・・・コノカ、セツナ、後始末は、・・・任せ、・・・た――――――――――――
「総統!! しっかりしてください!!」
「あかん、お食事中の方には見せられん在り様や!!」
「ちょっと、鼻血が尋常じゃないわよ!?」
「耳血も出てるぜ、マズイんじゃねえか!?」
「大丈夫ですか!?」
ギャラリーは倒れこんだ海里の元へと集まっていた。
限界を超える精神力で仕事を遂行した海里。その身体をわかりやすく表すなら、『ザ・重症』の一言に尽きるだろう。
殴られたわけでもないのに鼻血に耳血に内出血、顔色も最悪、まさにパーフェクトだ。
また、意識を失うと同時に抑え込まれていた生理反応が一気に噴き出したため、今さっき木乃香が言った通り、現在あまり直視したくない状況にある。
詳しくは彼の名誉のために言わないでおきたい。下の方は無事だということだけ言っておこう。
明日菜、ネギ、カモもかなり心配しているが、木乃香と刹那はなりふり構わず彼を抱きかかえ、海里に声を掛け続けている。自分が汚れようがお構いなし、流石は幼馴染だ。
とりあえず命に別状はなさそうではあるが、しばらくは起きそうにないだろう。
「ナンダナンダ、ナンノ騒ギダ?」
そしてギャラリーの中でただ1人、主の安否を気遣う茶々丸と、騒ぎを聞きつけてフラフラ現れたチャチャゼロは、エヴァが居るであろう砂煙の立ち込める場に集まっていた。
砂煙が収まると、そこにはうつ伏せでピクピクし、所々焦げ、頭にコブをこさえたエヴァンジェリンの姿が。どうやら余波を受けてダメージを喰らったらしい。
コブは吹っ飛んだときに石にぶつけ出来たようだ。障壁を張ろうにも、ヘタをすれば解呪の邪魔をしかねないため手が出せなかったのである。
吸血鬼の身体にコブが出来たということは、相当な勢いでぶつけたんだろう。考えただけで痛い。
「マスター、無事ですか?」
「う、うう・・・・ミサトの奴、私ごと攻撃しよってからに・・・!!」
コブを押さえながらヨロヨロと立ち上がるエヴァンジェリン。そしてそんな彼女の変化にいち早く気付いたのは、数百年来の付き合いの殺戮人形だった。
「オ? 御主人、イツモヨリ供給ガ強イガ、封印ハドウシタ?」
「何!? ・・・・こ、これは・・・・!」
チャチャゼロに言われ、慌てて自身の状態を確認する。
そう、今まで己を縛り付けていたものの存在が感じられない。魔力運用が全く阻害されない。
「マスター周囲の魔力反応に変化あり。封印術式の消滅を確認。【登校地獄】の解呪は成功した模様です」
「・・・ふ、ふふ、ふふははははは、フハハハハハハッハハハッハハハッハハハッハァッ!!!」
ブロンドの少女は歓喜の叫びを上げる。苦節15年、ようやく解放された歓びを全身で表している。
人目が無ければ小躍りしそうな勢いだ。
「やった、ついにやったぞ!! ついに解けた!!」
「ああ、マスターがあんなに嬉しそうに・・・」
茶々丸も心なしか表情が柔らかく見える。見ようによっては、娘の成長を喜ぶ母親のようにも見えなくもない。
ひとしきり喜んだ後ようやく興奮が落ち着いてきた所で、チャチャゼロがもう一方の騒ぎの中心に視線を向ける。
「ケケケ、ミサトノ野郎、面白ェコトニナッテルゾ」
「む? ・・・確かにな、とてもサウザンドマスターの呪いを撃ち破った者の顔とは思えん・・・」
「かなり衰弱してるようです。 脱水症状、内出血、その他諸々の症状が見受けられます」
幼馴染に抱きかかえられ、未だ生気の無い表情で気絶を続ける少年を見て、「全く、世話の掛かる従者だ」と溜息をつくエヴァ。
「茶々丸、アイツを治療室に運んでやれ。 チャチャゼロは他の者を呼んで風呂と着替え、それと清掃の用意をするように伝えろ」
「了解しました」
「ヘイヘイ」
少女は、自分諸共呪いをブッた斬った従者に青筋を浮かべている。「よくもやってくれたなコノヤロウ、後で覚えてろよ」と言いた気な表情だ。
だがそんなこと海里が知る由も無く、未だ青い顔して呻いている。
――――――――あんな奴が、呪いを打ち砕いたのか・・・。
――――――――こんな奴が、私の、・・・。
・・・その情けない少年の姿を見て、ふぅっと一息つくと、エヴァンジェリンは外見相応の柔らかな笑顔を浮かべ、こう続けた。
「・・・丁重に扱えよ、仮にも私の“友人”だからな」
「オ優シイコッタナ」
「やかましいぞ」
―――――――――――海里が眼を覚ますのは、現実時間で5時間、別荘時間で5日後のことであった。
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解呪完了。エターナルソードでぶった斬ってみましたけど、・・・無理がありますか?
一応、【ディスペル】中にアーティファクトチェンジしたため剣に浄化作用がついた、という感じになっています。
じゃあ他の剣でもいいじゃん、と思うかもしれませんが、やっぱりナギの呪いを斬るならエターナルソードくらい強力なのじゃないと。
ちなみに最後に放ったのは【冥空斬翔剣】ではありません。それに近い物ですが、力任せに時空剣技を使っただけです。
ミサトはまだエターナルソードも時空剣技も完全には制御できません。只今訓練中でございます。今回使えたのは、超魔力+極限状態 のおかげです。