中学2年も終わりを迎え、春休みに入った。新学年に向けて張り切る者、年度を終えてゆっくり羽を伸ばす者など、過ごし方は様々だ。
桜も開花を迎え、眼にも美しい季節が到来したことを知らせている。エヴァさんは花粉症で辛そうだけど。
そんな早春の某日、俺は――――――――――――
ヒュウウウウゥゥゥウゥゥ
「・・・寒ぃ・・・・・眠ぃ・・・」
――――――――早朝から、開店前のゲームショップのシャッター前で行列に身を投じていた。春とはいえ、朝はまだまだ肌寒い。
なんでこんな所に居るのかっていうと、ゲームを買うためだ。それ以外に何があるってんだコノヤロウ。
ただ、俺がやるために買うんじゃない。友達に、ダイチとセイウンに頼まれてお使いに来ているんだ。
なんでも新感覚の恋愛シミュレーションゲームが出るとかで、発売の相当前から意気込んでいたんだけど、うっかり予約するのを忘れてしまったと言うのだ。
しかも発売当日は2人とも都合が悪く店まで来れないとかで、「じゃあ代わりに買ってきてくれ」と俺にお鉢が回って来たという訳だ。
何で俺がと渋ったが、今度『JoJo苑』で奢ってくれると言うので快く承諾した。そんなにこのゲームに懸けてるのかアイツら・・・。
・・・しかし、当たり前と言えば当たり前だが、並んでんの男ばっかだな。むさ苦しいったらありゃしない。
―――――――早朝の寒さと野郎共の熱気という相反する二重苦に苦しめられること数時間後。午前9時58分、開店直前。
「お待たせいたしました! 間もなく『らぶたす』販売開始です! お1人様につき1本とさせていただきますのでご了承ください!」
ありゃま、じゃあ2人分買えないじゃん、どうしよう・・・。
周りの野郎共は鼻息荒くして入口を凝視してるし・・・・・・今なら大丈夫か?
寒さ対策用に持ってきていた毛布を深く被り直し、その中で手早く印を組む。
「・・・忍法【写身】ッ(ボソッ)」
ポンッという小気味いい音と共に、毛布の中に俺と瓜二つの分身体が姿を現す。そしてチョチョイと氣の量を調節し、現在の俺よりも若干年上風味の姿にする。
そんでもってバサリと毛布を取っ払って、あたかも最初から2人いましたよ風な空気を装う。完璧だ。
「・・・・あれ、2人も居ましたっけ?」
「ずっと毛布の中で縮こまってたから、わからなかったんスよ」
「そうそう、俺達ココから動いてないし」
「そう・・・ですか・・・?」
「お待たせいたしましたー!! 開店でーす!!」
後ろの人に少し不信感を与えてしまったが、店員の声に反応して気が逸れたからセーフだろう。・・・そこ、ズルイとか言わない。
・・・コレ15歳以上対象のゲームだから、気取られないようにしなくちゃ。
幸い店側は商品配布にせっつかれて年齢確認などは行わなかったので、俺達1人は無事に2本ゲット、そして焼き肉ゲットだぜ。
・・・っと、マズイ、そろそろ分身が解けそうだ。あんま時間持たないんだよコレ。そこいくとカエデの分身は見事だ、出すも増やすも自由自在だもの。
足早にトイレへと駆け込み個室に飛び込む、傍から見たら「今にも漏れそうな兄弟」ってところだろうか。
そしてドアを閉めたと同時に、分身は煙と化して消え去った、アブネェ・・・。
ついでだから本当に用も足して、未だに野郎がひしめくショップを後にする。店の外からでも異様な熱気が視認できるな・・・。
――――――さて、頼まれた用事も済んだことし、これからどうしようかな・・・。
「あれ、総統?」
「あ、ホンマや」
何の気なしにボーッと歩いていた俺に声をかける2つの声。その正体は言わずもがな、コノカとセツナだ。コイツらもお出かけか。
くるっと振り返って返事する俺。
「よぉ、偶然だな」
「買い物ですか?」
「友達に頼まれてたゲーム買いにな、ソッチは?」
ゲーム屋のロゴ付ビニール袋を見せ、コチラも訊き返してみる。
「ウチらも買い物や、ゆうてもウィンドウショッピングやけど」
要するに2人で遊んでるってことね。仲好きことは美しきかな。
「これから予定とかあります?」
「今日はコレ買って終わりの予定だな」
「暇なら一緒に行かへん?」
「そうだな、んじゃ行くか。荷物運びくらいはしてやるよ」
「ほなら、れっつごーや♪」
どうせ暇だったし、2つ返事で承諾して2人に付いていくことにした。
道中、ショーウィンドウにディスプレイされている服を見ながら似合う似合わないの意見を出し合ったり、街ゆく人を勝手にファッションチェックしたり、道すがら雑談に興じたり。
雑談の内容はと言えば―――――――――――
「―――――そうゆーたら、終了式の日にクラスで『学年トップおめでとうパーティー』やったんやけどな」
「相変わらずあのクラスはそう云うの好きだな、それで?」
「千雨ちゃんがめっちゃかわえー格好してきたんよ」
「チサメが?」
騒いでる場所には行きたがらなそうな奴なのに?
「いつもその手の集まりには来ないんですけど、ネギ先生が部屋から引っ張ってきたみたいなんです。みんなで楽しく集まろうって」
「いかにも熱血先生っぽい行動だけど・・・、引っ張ってきたってことはチサメが自主的に可愛い服着てたってことだよな?」
「まあ、そう云うことになりますね。ネギ先生が着換えさせたわけも無いでしょうし」
地味目な格好ばっかしてんのかと思ったら、結構そう云うの好きなのか・・・・、意外だ。
「総統は長谷川さんを名前で呼んでますけど、親しいんですか?」
「いや、1年の時に1回電器屋で世話になったことがあるってだけで、そこまで親しいワケじゃねえよ」
その後学園祭でまた会ったけど、それからほとんど交流ないな。
「その時の写真あるけど、見る?」
「朝倉さんが撮った奴ですね」
「見して見して」
コノカが手帳に挟んである1枚の写真を俺に渡す、どれどれ・・・・・。
「・・・・・ん?」
「どうしました?」
「なんか・・・どっかで見たことあるような・・・?」
「せやから千雨ちゃんやて」
「そうじゃなくて、こう、チサメじゃない誰かに・・・」
何処で見たんだっけかなぁ・・・?
「・・・・わからん」
「他人の空似じゃないですか?」
「かもな」
思い出せないってことは、それほど大したことじゃないだろう。気にしてもしょうがなかんべ。
「ところで、何のゲーム買うたん?」
「情操教育に大変よろしい類のものだ」
「脳トレですか?」
「コレ」
袋からブツを取り出してパッケージを露わにする。
「・・・恋愛ゲーム?」
「えっちぃヤツ?」
「いや、清い交際だと思う」
物珍しそうにしげしげとパッケージに視線を送る思春期少女2人。興味あんのか?
「アプローチかけて女の子をオトすんやな?」
「序盤でオトして、恋人気分を満喫するのがメインなんだとさ」
「「へぇ」」
・・・・1回やらせてみようかな。なんとなく、コイツらハマりそうな気がする。
・・・ソレはソレで危険だからやめておくか。
――――――――それなりにいろいろと見て回り、いつの間にか時刻は午後1時を廻っていた。そろそろ昼飯にしようと提案し、近くのファーストフード店でバーガー類を注文することに。
ハムハムとチーズバーガーを口にするコノカと、モシャモシャと照り焼きバーガーを食すセツナを眺めながら、俺もビッグなバーガーにガツガツ噛り付く。実に平和だ。
「行きたいトコはあらかた行けたし、どないする?(ハムハム)」
「そうですねぇ・・・・(モシャモシャ)」
「セツナ、鼻にタレ付いてるぞ(フキフキ)」
「あ、すみません総統」
「総統、なんか見たいものある?」
「いや、特には・・・・」
・・・まてよ・・・?
「そういや靴が欲しかったんだよな、今履いてんのがボロくなってきたから」
俺の場合、荒仕事もあるから傷むのが早いんだよ。
「靴買うなら、夕方の方がいいですね」
「まだ昼過ぎだし、時間余っちまったな」
「どっかで時間潰そか?」
となると、何処へ行ったものか・・・。
「映画でも観に行くか?」
「あ、今ちょうど面白いのやっとるって、桜子達がゆうとったえ?」
「じゃあ行きましょうか」
異論は無いようなので、一路映画館へ。
――――――着いた着いた、ココが映画館『麻帆ミヲン』だ。
「で、その面白いのってどれだ?」
「う~ん・・・・、あ、アレや!」
数ある客引き用の宣伝看板の中で、コノカが指さしたのは―――――――
「・・・・『彼奴の怨念3』・・・・・?」
――――――――タイトルからして、いかにもなホラー映画。題名の『3』を見るに、シリーズ第3段のようだ。
「迸るほど怖面白い、って言っとったえ」
ニコニコしながら事前情報を伝える娘っ子。
・・・・オマエ、ワザとだろ?
「・・・俺がホラー物ダメだって知っての狼藉かコラ」
何を隠そう、俺はこの手のホラー映画がビックリするほど苦手だ。
具体的に言うと、『怨霊』とか『呪怨』というフレーズがダメだ。サスペンス系や殺戮系は平気なんだけど・・・。
「私達だって人のこと言えないじゃないですか」
「バカ、妖怪は触れるけど怨霊は触れないんだぞ。襲われたら手の打ちようが無いじゃねえか」
悪霊の呪いなんてどうやって迎え撃てばいいんだよ、あんな理不尽なモン。
「そろそろ克服せんと、成長できんよ?」
「このちゃん、スパルタですね」
1個くらい苦手なモノがあったっていいじゃんよォ、他のにしようよォ。ほら、あのSF物とかイイじゃん、3Dで飛び出すんだってよ。
「『彼奴の怨念3』も3Dやよ?」
「・・・怖さ倍増じゃんかよ」
そんなモンに3D技術を使わないでくれよ・・・。
「だいじょーぶやって、ホラ行こ?」
「私も居ますから、ね?」
「ね?」じゃねえよ、オマエは俺の保護者か。
抵抗むなしく、元気な幼馴染2人にズルズル引き摺られ、俺は戦慄の館へと足を踏み入れてしまったのだった―――――――
「―――――あ、ポップコーン下さーい。塩キャラメルで」
「俺、塩チョコな」
「私は塩バターです」
――――――――怖くてもコレは欠かせない――――――――
――――――――上映終了、外に出てきました。・・・・太陽が眩しいぜ。
「・・・・た、大したこと、無かった、な」
「・・・じゃあ、なんでさっきから私の手を握ったままなんですか?」
「・・・今はオマエを離したくないんだよ」
「もうちょい雰囲気のある時にゆうたらカッコええのに」
「・・・うるへぇ」
理屈じゃねえんだ、怖いモンは怖いんだよ、魂って奴が実在するって解ってるから尚更な。
ソレはともかく、映画のおかげでそれなりに時間も潰せた。
とりあえず少し落ち着こうかと、近くのカフェでなんか飲むことに。
注文の品を持って開いてる席に腰を下ろす、よっこいしょういちっと。
「けど、3人で映画に来たんも久しぶりやね」
「昔はよくドラえもんとか観に行ってたっけな」
「懐かしいですね、総統が『帰ってきたドラえもん』観て号泣したりして」
「・・・そう云う思い出は封印しとけよ、オマエらだって泣いてたじゃん」
「総統程じゃなかったですよ」
だってよぉ、もう会えないと思ったドラえもんとのび太がウソのおかげで会えるシーンなんてもう・・・・、あ、やベッ、泣きそう・・・。
「ウチは『のび太の結婚前夜』が好きやな」
「『ぼくの生まれた日』もイイですよね」
「『おばあちゃんの思い出』も捨て難いな」
――――――とまぁ、しばしドラえもん談義で盛り上がり、そろそろイイ時間になってきたので目的の靴屋に向かうことにした。
――――――着いた、『XYZマート』だ。パクリ臭い店名だが、スニーカーから草鞋まで、品揃えはバッチリだ。
ぞろぞろと入店し、フラフラと店内を物色して回る。
「コレは、・・・なんか違うな、俺の趣味じゃない」
「あ、コレ可愛えなぁ・・・」
「・・・うわっ高い・・、やはりイイ物はそれなりか・・・」
他2人も好き勝手に見て回っているようだし、ゆっくり選ぶとするかねぇ。
・・・・・お、このミリタリーブーツかっけえな。値段は・・・・・うへぇ、3万超えてら。
仕事に履いてくなら丈夫そうな奴がいいな。この運動靴は・・・うん、耐久性ありそうだ。
―――――しばらく見て回った結果、軽くて丈夫そうなヤツ1足と、気に入った安めのミリタリーブーツ1足を購入することに。
会計も終わり、ツレを回収するため店内を探索。どこかなっと、・・・・・・・お、いたいた。
コノカはある1点をじぃ~っと見ている。視線の先には、1つの商品が。
「・・・・ソレ、欲しいのか?」
「うーん・・・」
別に買ってやってもいいんだが・・・・、一言だけ言わせてもらおうか。
「歯が20センチもある一本下駄なんていつ使うんだよ」
「なんか面白そうやん」
ノリで買い物すんな、要らんもんが増えるだけなんだから。選ぶんならもっと女の子らしいものにしなさい。
んで、セツナは・・・・・。
「・・・・・・」
・・・靴の中敷きを凝視してた。
「・・・そんなん欲しいのか?」
「あ、いや、迷ってうちにいつの間にかココに・・・」
・・・オマエは、もうちょいノリと決断が必要だな。
――――――店を出たときにはもう日も落ち、カラスがカーカー鳴いていた。
「そろそろ帰っか」
「あ、夕飯の買い物せんと」
「お供します」
「んじゃ俺も」
「ジャムも切れとったなぁ、あと蜂蜜も」
「ハハァ、蜂蜜だァ!!」
「どしたんですか急に」
「いやなんとなく」
「そういえば、またお見合いの話が来とるんよ」
「ジジイも懲りねえなぁ」
「断っちゃいましょうよ」
他愛も無い話をしながら、俺達3人はまた再び歩き出す。
―――――――夕日が【漆黒の翼】を照らし、3つ並んだ影を映していた。
―――――――それは、出会ったときから誰1人欠けることなく、互いに支え合ってきた影。
――――――――影の大きさは変わった、それでも変わることの無い影。
こんな平和な日々が、いつまでも続くといい。
この幸せを、ずっと護っていきたい。
俺は、心からそう思った。
――――――――激動の中学3年が、今、幕を開こうとしていた。
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副題「【漆黒の翼】の休日」。大きな動きなんてゴザイマセン。
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