小さいころの話だ。砂場で遊んでいた。何人かで山を作っていた。けれど作業は中断。というのも公園に、野犬が迷い込んできたからだ。みんな逃げ出して、遠巻きに犬を眺めている。「追い払おうぜ」誰かが言った。「ならお前やれや」「前に中学生と戦って勝ったって言うてたやろ」「昔勝ったからええねん。お前やれや」「こいつヘボ」「ヘボっていった方がヘボや」 子供同士の、喧嘩じみたやりとり。妙に癇に障った。なんだかんだ言ったって、どうせお前ら、何もしないんだろ。 俺は鉄パイプが転がっているのを見つけた。ゴミ箱のそば。拾い上げる。重たかったけれど、振り回せないほどじゃない。俺は近づいていく。砂場を占拠する犬の方へ。完成しかけた砂山のあたりに陣取っていた。 よく見れば弱そうだった。眼は虚ろだし足はふらふら、腹にはアバラがうっすら浮かんでいる。楽勝だ。頭めがけて、鉄パイプを叩きつけた。どんな感触だったか、覚えていない。そこから先は、必死だった。犬が噛みついてきたから。何度も何度も、殴りつけた。 気がついたら、頭の無い犬が地面に倒れていた。 俺は誇らしげに、皆の方を向いた。すごい、とか勇気がある、とか言ってもらえると思っていた。 けれど、友達の視線は冷たくて。学校では避けられるようになった。父さんも母さんも叱ってくれなかった。俺から距離を置くようになった。 ――また、あんな風になるんだろう。 長門の部屋に戻った後の展開。予想はついていた。朝比奈さんは、俺を恐れる。拒絶する。確実に。 だって俺は、人を殺したから。1人じゃない。たくさん。24人。一夜にして殺人鬼。 だからもう、朝比奈さんは俺に笑いかけてくれない。叱ってくれない。ハルヒと喧嘩したときみたいに。 その光景を突きつけられるのが、怖くて。 俺は、逃げ出した。 * *「……そう。サエは、消えたのね」 沢村修作の眼には、藤美津子がひどく冷淡に映った。まるで、次々にニュースを読み上げるアナウンサーのような。「何か言ってたかしら」 穂湾紗江子が最後に残した言葉。 ――光は絆。誰かに受け継がれ、また輝く。 それを伝えるかどうか考えて、視線を彷徨わせる。 民家の1つ、その玄関である。目に留まったのは、日めくりカレンダー。日付は、昨日。おかしい。ここは、廃村ではなかったのか。水槽の濾過装置の音がやけに大きく聞こえた。中では魚が何匹も泳いでいる。「水槽がどうかしたのかしら」 藤美津子が覗きこんでくる。その目が、何か、おぞましい怪物の一部に思えて、沢村修作は話を逸らした。「アクア・プロジェクトって、何ですか」「まだ説明していなかったかしら。いいわ、教えてあげる」 アクア・プロジェクト。それはまったく新しい概念に基づく、エネルギー資源開発計画である。その概容としては、水に特殊な振動波をぶつけ、超重合水素を生み出しエネルギーとすることである。「そんなこと、可能なんですか?」「MG3が動いていたのが証拠よ。コップ一杯の水で、日本全体の電力を24時間分まかなえるらしいわ」「すごいですね……」それにしても、と沢村修作は続ける。「あのMG3は一体どこから来たんでしょうか。日本支部と一緒に消えたと思っていたんですけど」「修作くん、別にMG3が一体だけとは限らないわ。テラノイドだって、ダラス本部に予備機があるって話でしょ。にしても、対怪獣兵器のMG3が私たちを狙ってくるなんてね」「ひどい話ですね」「まったくよ。これまで怪獣と戦ってきた私たちに礼の一つもなし、それどころか拉致監禁して人体実験。死んだ仲間だっていたわ」 藤美津子の言葉に、沢村修作は引っかかりを覚える。 実験で死んだ者など、いただろうか。居なかったと記憶している。怪獣の生命力でもって、過酷な実験に耐えたと。「あの、美津子さん」「なにかしら」「不謹慎なことを聞きますけど……誰が、死んだんですか」 藤美津子の瞳が、にわかに鋭くなる。沢村修作の息が、筋肉が、神経が、止まった。視線に射抜かれていた。「やっぱり、洗脳が浅かったかしら」 咄嗟のことだった。沢村修作は藤美津子に押し倒されていた。「確か修作君も、精神操作が出来たわよね。耐性があるのかしら」 頭を、両手で掴まれる。 脳の中で、電流が、迸った。 記憶が、書き換えられていく。 研究所で行われていたのは、治療ではなく人体実験。何人かが死んだ。自分たちの力だけで脱走した。そして廃村に逃げ込んだ。 * * 超能力者の例に漏れず、藤美津子もまた怪獣に変貌していた。手に入れた力は、干渉電波。それは人の精神を操ることができる。研究所では非人道的な実験が行われている。そう思い込ませることで、超能力者たちに植え付けた。TLTへの敵意を。 何故そんなことをしたのか。仮に問われたとすれば、藤美津子はこう答えるだろう。仲間のためよ、と。 TLTは情報統合思念体に反旗を翻そうとしている。だが失敗に終わるだろう。TLTは滅びる。ならば情報統合思念体につくべきだ。 ――でも、みんなを説得できるわけない。 だから、彼女は干渉電波を使った。 ――正しい方法じゃないのは判ってるけど、みんなの未来を考えたら、仕方ないのよ。 思考から結論まで、藤美津子はすべて自分の頭の中で完結していた。誰かに話すことはなかった。自分の考えが独り善がりなものかもしれない、などという思考は存在しなかった。 彼女のその性格が、1つの悲劇を呼んだ。 研究所を脱出した後のことである。皆、ひどい傷を負っていた。手当てが必要だった。やむをえず、偶然見つけた山あいの村に駆け込んだ。 夜中に現れた若者の集団。しかも血を流している者もいる。村人たちが訝しがるのも当然だろう。 だが藤美津子は、村人の不審な様子をこう解釈してしまった。奴らは自分たちをTLTに売ろうとしている、と。 被害妄想である。 だが、藤美津子は自身の思考を疑わなかった。 ――脅かされる可能性があるなら、いっそ! 村人を皆殺しにするのに、10分とかからなかった。虐殺に反対する者は多くいた。だから記憶を書き換えた。この村は廃村である、と。カレンダーの日付や食品の賞味期限といったアラはあったものの、疑問に思うものはいなかった……沢村修作も、今や自分の与えた記憶を信じ切っている。 他者を自分の意のままに操ること。 それが善でないことは、藤美津子自身、よく判っていた。 ――でも、仕方ないのよ。超能力者が、怪獣に変えられた私たちがこれから生きて行くためには! * * 生き残るためには、仕方なかった。 そう言い訳しても、気持ちが安らぐことはなかった。 聞こえる声すべてが俺を責めているようで。すれ違う視線すべてが俺を咎めているように思えて。 人の居ない方へ、人の居ない方へと歩を進めてしまう。 この時の俺に、危機意識はなかった。第二、第三の襲撃があるかもしれない、なんてことは考えていなかった。 どれほど歩いただろうか。いつしか静かな住宅街に俺は足を踏み入れていた。車の音も聞こえてこないほどの。 いや、静かすぎないか。まるで、ゴーストタウンだ。俺は気付く。夜だってのに、明かりのついている窓が一つもない…… だから遠く街灯の下に人影を見つけた時、安堵に息が漏れた――のもつかのまの事。俺は慌てて引き返す。 なぜなら、そいつは青いTLTのジャケットを身にまとい、銃を構えていたのだから。 熱線が、頬を掠めた。 * * 車中は4時間24分、無言の空間であった。 古泉一樹は思考に没頭していた。 溝呂木はなぜ沢村を撃ったのか。姿こそ怪獣であったが、心は人間だった。彼の苦しみは本物だった。なのに溝呂木は言うのだ。私情を挟むな、怪獣は殺せ、と。それが光を得た者の使命だ、と。 違う、この力は守るためのものだ。それが古泉一樹の意見である。沢村たちを救うために使われるべきだ、と。「……お二人にお伝えすることがあります」 沈黙を破ったのは、運転席に座る第三の人物、喜緑江美里である。「現在の事態に対する情報統合思念体の方針が定まりました」「TLTへの対応、ということですか?」「はい。情報統合思念体は、TLTが地球の守護者に相応しくない、との判断を下しました。以後は情報統合思念体が防衛を担うことになります」「TLTはどうなるんでしょうか」「排除することになります」「……反対だ」短く切り捨てたのは、助手席の溝呂木である。「情報統合思念体とTLTが潰し合うことに何のメリットもない。敵につけいる隙を与えるだけだ」「たしかに現状ならばその可能性もあるでしょう」答える喜緑の視線は、いつしか溝呂木から古泉に移っていた。「ですが古泉さん、貴方が力を貸していただけるならば話は別です」「僕……ですか?」「はい。情報統合思念体は貴方を必要としています。今や貴方と言う存在は、私たちにとって非常に大きな意味を持っています。この点においては、全ての派閥が意見を一致させています」 この時古泉一樹は、よく考えるべきだったのかもしれない。力を貸す、とは具体的にどういうことなのか、と。 しかしこの時、古泉一樹は突き動かされてしまった。溝呂木への反感に。TLTへの不信に。そして高揚感に。人知を超えた存在である情報統合思念体が、自分を認めてくれている! 古泉一樹は、ほとんど間をおかずに返答していた。「判りました。協力します」「ありがとうございます、古泉さん」 そう言うと喜緑は、車を止めた。 橋の上である。「溝呂木さん、貴方は協力いただけませんか」「当然だ」「でしたら、貴方とはここまでになります」 喜緑江美里が指を鳴らす。助手席のシートベルトが、自然と外れた。ドアが開いた。「貴方のおかげで、古泉さんは本当の光を手に入れ、高い戦闘技術を習得することができました。その点は、感謝しています」 再び、指が鳴った。「では、さようなら」 いかなる力が働いたのか。 溝呂木の身体は、助手席から弾き飛ばされ。 まっさかさまに、川へと落ちて行った。 溝呂木眞也は、流されるに任せていた。陸へあがろうとする意思は失せていた。このまま川の奥に沈み、息絶えてしまっても仕方ないと思っていた。 自分は何人もの人間の運命を弄んだ。その報いなのだろう。利用された挙句に、こうして捨てられたのは。 * * 身体強化なんてとっくに無くなっていた。今の俺は普通の高校生。怯えて逃げるだけの存在。 24人殺しただの殺人鬼になっただの――馬鹿馬鹿しい。長門の威を借りてはしゃいでいただけだ。俺は昔から変わらない、無力な狐。情けない、あまりに情けない。 通りの向こうにTLTの隊員を見つけては、息を詰まらせて引き返す。何度も何度も。反撃なんてできない。レーザーを避けて殴りかかる? 夢のまた夢だ。逃げるのが俺の精一杯。 ……情けない!!! * *「大丈夫ですか!?」 いつしか消えていた意識が、揺すられて蘇る。どこかの川辺に流れ着いたらしい。 溝呂木の視界に映ったのは、1人の少女だった。知っていた。涼宮ハルヒの関係者。朝比奈みくる。会うのは初めてだった。対面して判ることがあった。 ――この少女は、適能者だ。 ――まだ光は得ていないようだが…… 溝呂木は跳ねあがるように立ち上がった。朝比奈みくるの腕を掴んで走る。 その足元を、熱線が焼いた。 溝呂木は気付いていた。TLTの隊員に取り囲まれていたことを。溝呂木は最も近くに居た数人を殴り倒し、駆けだした。朝比奈みくるとともに。 朝比奈みくるが溝呂木を見つけたのは、“彼”を探しに外へ出た最中であった。放っておいてもよかった。今はそれどころではなかったのだから。出来るだけ早く“彼”を見つけて長門有希のマンションに戻らなければならなかった。 だが、倒れている人間を見捨てることはできなかった。その彼女の性格が、いくつかの運命を動かし、いくつかの計画を狂わせた。 TLTはどれほどの戦力を投入しているのか。どこに行こうとも隊員たちが待ち構えていた。数が多ければ引き返し、数が少なければ突破した。 ――矛盾している。 溝呂木眞也は自嘲せずにいられない。死んでもいいと思っていたはずなのに、今、必死になって生きようとしている。 自分だけなら構わなかった。だが、朝比奈みくるがいる。他者の危機を見過ごすことはできなかった。 ――俺も、古泉の事は言えない。 私情に流されてしまっている。光を得た者は超越せねばならないのに。人間としての感情を。 ――そう、姫矢のように。 姫矢准。第二の適能者。愛する者を失い、TLTに脅かされ、それでも闇と戦い続けた。本当の敵から目を逸らすことはなかった。 溝呂木眞也の眼に、姫矢准という男は、ある種の聖人として映っていた。自分の命を捨ててまで使命を果たした、光の殉教者。彼こそが、適能者のあるべき姿だと思っていた。 やがて溝呂木眞也は後悔する。相手の狙いを見抜き損ねたことを。思考にとらわれていたために! 二人は誘導されていた。町外れの工場に。 ――援軍のない籠城になるか。 だが、他に道はなかった。 意を決して、逃げ込んだ。 * * 息があがっていた。足が重たかった。どこかで休みたかった。けれど立ち止まれなかった。そんなことをしたら、撃たれて死んでしまうから。だから、町外れの工場に辿り着いた時、俺は思わずにいられなかった。隠れれば、休むことができる…… そして、工場の中で出会った。「キョン君! 無事だったんですね!」 俺は、驚かずにいられない。 長門のマンションにいるはずの朝比奈さんが、ここにいること。「探してたんです、ずっと!」 朝比奈さんが、追いかけてきてくれたこと。「俺のこと、怖くないんですか」「そんなわけ、ないじゃないですか」「だって俺は、たくさん、人を――」 最後まで言うことはできなかった。というのも口を塞がれていたからだ。朝比奈さんの、人差し指に。「いいんですよ」 朝比奈さん。あなたはどこまでやさしいんですか。 長門のマンションから出てきたってことは、見た筈なのに。俺が、どれだけ残虐なことをしたのかを。「だいじょうぶです。怖くなんかありません」 それなのに、俺を受け入れてくれている。「だって、私たちはこの世でたった二人の――」 なんだろう。「二人の、ええとその」 言葉に詰まる朝比奈さん。「兄妹……いえそうじゃなくてですね、ええとそのほら、姉妹というかなんというか……」「わかりました、朝比奈さん」「なんでしょう」「人類みな兄弟」 とりあえず茶化しておくことにした。……そうしないと泣いてしまいそうだったから。嬉しくて。「それより、こちらの方は」 朝比奈さんと一緒に現れた、黒いコートの男に視線を向ける。「溝呂木だ。お前たちと同じだ。TLTに追われている」 あ、はい、としか言いようがない。威圧感、というか、会話を拒絶する雰囲気があった。「二人とも、身を隠すあてはあるのか」 俺と朝比奈さんは頷く。長門のマンションまで戻れば、大丈夫なはずだ。「なら、逃げろ。俺が時間を稼ぐ」 何か手伝えることは、と言おうとして、思いとどまる。今の俺は、無力。足手まといにしかならない。「ありがとうございます」 屈託のない表情で、朝比奈さんが言った。「でも、約束してください。死んだりしない、って」 小指を出す。「指きりです」 溝呂木と言う男は少し戸惑っていたけれど、やがて小指を出して結んだ。「わかった」「キョンくんもです」 もう一方の手、その小指を俺に向けてくる。「もう、こんな危険なことはしないでくださいね」 少し、嬉しかった。「もう逃げちゃダメですよ」 * * ――もう逃げちゃダメですよ。 それは自分に向けられたものではないと知っていた。だが溝呂木眞也の心に、その言葉は刺さった。 死ぬつもりだった。二人を逃がすための囮になり、射殺される。そういう展開を、望んでいた。それが自分に相応しい最後、これまでの報いだと考えた。 だが。 自分は報いという言葉でもって、逃げていたのではないだろうか。光を得た者としてあるべき姿。そこから外れている自分から。 思い返せば、前の世界でもそうだった。死を選んだのは、それが相応しい報いと思ったから。だが、自分の犯した罪から逃げたかっただけではなかったのだろうか。 知らず、ドッグタグを握っていた。この世界に飛ばされた時、自分の首には凪のタグがかかっていた。それは、つまり、生きて罪を償えという意味だったのかもしれない。 だからこそ、俺は、もう逃げない。罪から、闇から、生きることから! 12分。 襲撃に参加した全TLT隊員を気絶させるのにかかった時間である。溝呂木眞也。元ナイトレイダーAユニット副隊長。その実力はいささかも衰えていなかった。 全滅させた後も、溝呂木眞也は警戒を解くことはなかった。隊員たちを調べて判ったことがあった。彼らは、操られていた。闇の力に。 そして彼の中の光が告げていた。 闇が潜んでいる、と。 果たしてそれは、工場の中で溝呂木を待っていた。 闇の巨人。ダーク・メフィスト。 奇しくも、初めて彼が闇に出会った時と似た光景であった。 ――久しぶりだな、溝呂木。 その身体から、暗闇が広がる。 ――計画とは異なるが、貴様を闇に取り込むとしようか! いつしか周囲は荒涼たる地平に変わっていた。ダーク・フィールドが展開されていた。 ――死ね! ダーク・メフィストの手から、光弾が放たれる。 白い銃、ブラストショットでもってそれを迎撃する溝呂木。 ――変身もできない貴様に勝ち目はない! 同時に12もの光弾が打ち出される。それは溝呂木を押し潰すように迫る。 溝呂木眞也は感じていた。自分の中に残った、わずかな光。それが、今、膨れ上がっていくのを。 懐からエボルトラスターを取りだす。ドクン、と鼓動を感じた。 右手を柄に、左手を鞘に。抜き放つ。 ――変身。 そして現れたのは。 黒い巨人ではなかった。 銀色の、巨人。 ネクサス。 そのキックがダーク・メフィストの腹に炸裂した。さらに追撃。二度三度と振われる拳。よろめくダーク・メフィスト。さらにその腕を掴み、投げ飛ばす。 大地が揺れた。 ネクサスは腕を十字に組む。放たれるクロスレイ・シュトローム。 だが。 ――所詮この程度か、溝呂木! 光線を右手で受け止めながら、ダーク・メフィストは立ち上がる。 ――貴様の本質は闇。借り物の光で俺に勝てると思ったか。 その掌から闇が溢れ出し、光を押し返していく。 ――さあ受け入れろ、この俺を! 闇がネクサスのエナジーコアを貫き、黒く染めていく…… 溝呂木眞也は、しかし、闇を恐れることはなかった。 俺の中には闇がある。他者への恐怖。力への渇望。それは否定しない。受け入れよう。 けれども、それだけじゃない。俺の中にも、光はある。絆がある。西条凪との。古泉一樹との。朝比奈みくるとの。 姫矢のような純粋な光にはなれない。 だが、それで構わない。闇を否定する必要などない。認めればいい。そして、光と闇、その天秤の上をふらつきながら進んでいけばいい。 だから、俺は―― 闇はネクサスの身体を包んでいた。やがてそれは1つの形を結ぶ。鎧。黒曜石に似た輝きを放つ。 ――闇を、取り込んだだと!? ダーク・メフィストの驚きに。「闇を受け入れろと言ったのは、貴様だ」 溝呂木は不敵に笑って答える。 エナジーコアが、再び燃え上がった。赤く、赤く! ――光と闇が並存することなど……! ダーク・メフィストは腕を十字に組んだ。放たれる漆黒の光線。ダークレイ・シュトローム。 だがそれは、ネクサスを脅かすことはなかった。黒曜の鎧に弾かれ、消える。黒いネクサス《ジュネッス・ブラック》。 その右腕が、青く輝く。振り上げた腕から、光の剣が伸びる。どこまでも、果てしなく。 一閃。 光の剣が、ダーク・メフィストを、空間ごと、両断した……! * * ――『機関』日本支部地下。 そこは、無人だった。 封じられている筈の人物の姿は、ない。 蛭川光彦。 暗黒破壊神の端末。 朝倉涼子による封印を破り、活動を、開始していた……。