いち早く食事を終えた生徒たちとすれ違いながら、白音は放送室に向かう。
放送室、と名はついているものの、実は本来の役目を果たさなくなって久しい。
学内放送は、職員室の放送施設で間に合わせるし、かつてあった放送部も諸事情で廃部となっている。
事実上の空き部屋で、それを小城元子が私室としているのだ。
校舎一階の正面玄関側、いちばん端。放送室の前に立った白音は、手のひらを返して、甲の部分で二度、扉を叩く。
「待ってたよ。入って」
なかから元子の声が聞こえてきた。
言葉に従い、部屋にはいる。小城元子が屈託のない笑みをうかべ、出迎てくれた。
「お待たせしました」
恐縮しながら、白音は部屋に足を踏み入れる。
放送器具が雑然と積まれたせいだろう。なかはずいぶんと狭い。
よくみれば放送器具の他に元子の私物らしきものがそこらに転がっているのだが、白音はあえて見ないふりをしていた。自分の理解を超えた不可思議物体ばかりだからだ。例の猫避けペットボトルまであるのは、まあ、ご愛嬌だろう。
窓辺に用意された席につくと、元子も向かいに座る。
「毎日の恵みに、“ヒゼンさま”に感謝を」
弁当をひろげ、無機質な空間に彩を添えてから。合唱してなにやら祈りだす元子。
いつものことである。
白音は黙したまま手を合わせ、弁当に箸をのばした。
ふたりとも、食事中に口を開く習慣はない。そのまま、静かに食事を終えて。
さきに口を開いたのは白音だった。
「小城先輩」
「なに? 白音ちゃん」
弁当箱を鞄にしまいながら、元子はゆるりと顔を向けてきた。
「“ネコの呪い”について、どう思われます?」
「……白音ちゃん」
元子の口が、静かに開く。咎めるような調子だ。
「ひとが亡くなった事件を茶呑み話にするのは、感心しないな。“ヒゼンさま”に叱られるわよ?」
平素の元子にない、手厳しい指摘だった。
白音はあわてて詫びる。言われてみれば、たしかに不謹慎だ。上級生として元子が注意するのも当然だろう。
「でも、どうしてそんな話を? またなにか、起こったの?」
と、元子の疑問を否定してから。白音は釈明する。
「さきほど“双璧”のふたりと、その件に関して話しましたので」
「ああ。それで遅れたんだ」
白音の言葉に、得心がいったように。元子は頷いてみせた。
立花雪が小城元子を知っているように、元子も“双璧”のことを理解しているらしい。
「妙な人でした」
心底からの実感を込めて、白音は言った。
それに対し、元子も深く頷く。
「そりゃあそうだよ。まがりなりにも“数字”だしね」
「数字?」
白音は鸚鵡返しに尋ねる。
「そう。数字の字を縮めて“数字”。双璧――ふたつの壁で、二が入ってるでしょ?」
「はい」
「この学校で数字が入ったあだ名で呼ばれるってのは、特別な意味合いがあるんだ。個性と能力を兼備した才能の主にしか与えられない称号。それが“数字”なの」
「では、先輩も」
白音は聞いた。
“一人教”小城元子。彼女のあだ名にも、数字が含まれている。そして個性と才能、ふたつながらにして恵まれているのは、彼女も同じだ。
だが、元子は首を横に振って否定した。その表情には、多分に苦笑が含まれている。
「わたしは、ただの代替品。本当の一番は、いなくなっちゃったから。便宜的に一をもらっただけ……ちなみに本当の一番って誰だかわかる?」
試すような調子で、元子は尋ねてきた。
白音は首をかたむけ、考える。
そんな質問が出てくると言うこと自体、白音のが知っている人物だと教えているようなものだ。
その上で“数字”に該当するような奇人は、ひとりしかいない。
「もしや、姉ですか」
「正解」
白音の答えに、元子は破顔した。
納得である。
ほかならぬ白音の姉――宝琳院庵ならば、“一人教”や“双璧”の横に並べても遜色ない。
「そう。“孤高”――ってね。よばれてた。あの人こそ、本当の一番」
弧、は独りの意味であリ、やはり一に通じる。
元子の視線は、どこか遠くをみるようで、憧憬にあふれていた。
「あー、きみ、お嬢ちゃん? ちょっといいかね」
放課後。いつものように一人で校門を出た白音は、見知らぬ男に声をかけられた。
年は、かなり上。おじさんと呼称されるべき人種でも年上の部類に入るだろう。半分白くなった髪を後ろに撫でつけ、くたびれたグレーの背広を着込んでいる。
しかし。抱いた印象は、その冴えない外見とは対極。どこか油断のならないものを感じさせる男だった。
「なにか?」
縮めた肩ごしに、白音は尋ねた。
彼女の不審と警戒にも悪びれた様子なく、男は無遠慮に近づいてくる。
「わたしは――なんだ。ここ、いま事件起こってるでしょ? それで、こういう身分なんだけど」
そう言って男が取り出したのは、黒い装丁の手帳だった。
内側に刻まれた、桜の代紋。それの示すところは、白音もさすがに承知していた。
「刑事さん、ですか」
「まあ、そのような者なんだよ、これが」
さきほどまでとはまた違ったベクトルで身構える白音に、刑事は顔をくしゃりと丸める。
「すこし、車のほうまでつきあってくれないかな。ほら、なんだ――ここじゃ話しづらい」
刑事の指が、後ろに停められた黒のセダン車に向けられる。
シワと同化したような笑顔からは、なにも読みとれない。
体温がゆるやかに下がっていくのを感じながら、白音はゆっくりとうなずいた。
「――さっそく本題なんだけれど、きみ、この学園で起こっている事件について、知ってることを教えてくれないかな」
助手席で棒のように固まっている白音に、刑事は直裁に尋ねてきた。
「事件、と、お考えですか。事故ではなく?」
白音は遠慮がちに問い返した。
白音自身、彼らが自殺するさまをみたことがある。狂人のように暴れまわり、飛び降りる。そのさまは、まさに悪魔憑きを呼ぶにふさわしい狂態だった。
そこに人為の介在する余地はない。
刑事のため息がハンドルに落ちた。
「思えない。思えないんだけど――まあ、こんなに死んじゃってるからねぇ。さすがに偶然で済ますわけには、いかないしねえ」
しごくまっとうな意見である。
一度なら、事故だろう。二度なら、偶然と言えるかもしれない。だが、三度。これほど重なったならば、そこに事件が起こりうる必然があるのではないか。そう考えて然るべきだろう。
白音はますます慎重に言葉を選び、脳内で復唱してから、口を開いた。
「人が突然暴れだし、そして自殺する。同じことが、判を押したように起こる――悪霊に、あるいは悪魔にとり憑かれたかのように」
あるいは――化け猫に乗り移られたように。とは、さすがに言わなかった。
非現実的な比喩を重ねても、意味はない。
「悪魔憑きか――なかなか洒落たいいまわしだねえ。ふむ。ほかには?」
「千布衛(、伊藤惣太(、小森半平(……それに、わたしが入学する以前にもひとり、いたらしいですけれど」
白音は記憶を探りながら自殺者をあげていく。
「ほかに、なにかあるかい?」
また、刑事が尋ねてくる。
「……“ネコの呪い”。みな、この件に関してはそう、うわさしています」
「なるほどねえ」
ふむふむ、と、刑事は納得したかのように頷いた。
「なにか、得心されることがあったのですか?」
「ああ。いやね、この学校の生徒たちもさきの飛び降り事件と結び付けて考えているんだな、とね」
「さきの?」
「お嬢ちゃんも言ったろう? きみが入学する前に飛び降りがあってね。そいつの名前が、秀林寺寝子(なんだ。これが」
白音はわずかに眉を動かした。
ネコの呪い。この悪魔憑きの事件を、生徒たちはそう呼んでいた。
言葉でのみ、聞いていたものだから、白音はそれを“猫”の呪いだと思っていた。
でも、それが“寝子”の呪いだったとしたら。
一連の事件は、生臭みを持ってくる。
「屋上からの飛び降りだったからね。暴れてたかどうかは、これは分からないけどねえ。時期的にもすこしあいてるし。
だがまあ、この事件に関しては有力な容疑者として名前があがった生徒がいてね――まあ、ぶっちゃけると君のお姉さんなんだけど」
「……姉をお疑いですか」
白音は尋ねた。
刑事が長い息をつく。
「疑ってる、って段階でもないんだよね。その事件に関しては、自分の意思で飛び降りたってことになっちゃってるし、件の――“寝子の呪い”に関しては宝琳院庵との関連性がまったく見えてこない。
ただね。そんとき捜査してて思ったわけだよ。この娘ならやりかねないってね」
ま、藁にも縋るってヤツなんだけど。と、刑事は肩をすくめてみせた。
「そう言うこと……ですか」
白音は喉に渇きを覚え、唾液を飲み込む。
姉ならやりかねない。とは、まったく思わない白音だが、姉になら可能かと問われれば、頷いてしまうだろう。
“数字”を異才の証明とするなら、宝琳院庵はまさにそれにふさわしい人物であることを、白音は知っている。
「だから、ほら。聞いておきたかったんだよ」
刑事の瞳が、こちらに向けられる。
観察されている。そう感じたが、だからと言って何ができるわけでもない。
「今日のところはもういいよ。お姉さんが容疑者だなんで、ま、ショックもあるだろうからね。
でも、まあ、なんだ。お姉さんの様子がおかしかったら、おじさんに教えてくれるかい?」
その言葉に、白音は頷くしかなかった。
宝琳院庵。
白音とは血の繋がった姉である。年で言えば三歳上の十五歳であり、現在高校一年になる。
去年まで泰盛学園に在籍していた彼女は、中等部卒業とともに市立佐賀野高校に入学した。
光が避けて通るような真っ黒の髪と、対照的にしろい肌。どこかオヒメサマを連想させる容貌は、おそらく白音の将来の姿だろう。容貌の類似性に関して、指摘されることは多い。
徹底した無口で、必要なこと以外まったくしゃべらない。
しかも日常のコミュニケーションなど仕草ひとつで済ましてしまう庵が言葉を必要とすることなど、めったにない。家族である白音すら、挨拶以外で意味の通った言葉を聞くことは稀なのだ。
頭は、いい。よすぎると言ったほうが妥当かもしれない。
この事件を起こしたのが彼女だと言えば、学校の皆が一片の疑問もなく納得するほどには。
白音は姉を信じている。しかし、ほかにこれといった容疑者がいないのもまた、事実だった。
「さすがに、手詰まりですか」
自室のベッドに寝転がり、白音は天井を見つめる。
立花雪と話したとき、白音はこの事件の根底を、それを醸成する環境にあると規定した。
だが、人為的に環境を変質させることも、また可能なのだ。
それができそうな者となれば、また限られてくるのだが。
「いっそ立花先輩の戯言を信じたい気持ちです」
馬鹿なことを言っていると自覚しながら、白音はぼやいた。
悪魔憑き、狐憑き。そんなものに責任を転嫁してしまえれば、どれほど楽なことか。
考えれば考えるほど、思考の泥沼に入っていく。
むろん白音は探偵ではない。事件を解決してやろうなどとは、かけらも思っていない。
白音が欲しているのはただひとつ、姉が犯人ではないと言う確証だった。
だが、それすら、いまの段階では確信できない。
情報が足りないからだとは、わかっていた。とくに、秀林寺寝子の事件に関しては、まったくわからないと言っていい。それが余計に事態を見極めにくくしていた。
「やはり、尋ねましょう」
思い立って、白音は携帯を開いた。
電話帳に記録された、父以外ではただ一人の男性。大友麒麟。彼ならば秀林寺寝子の事件を知っているかもしれない。
むろん小城元子に聞いてもよかったが、彼女では情報の正確性に難がある。その点において麒麟は信頼できた。
白音は麒麟にメールを打った。
“秀林寺寝子の事件について尋ねたいことがあります”
ほどなくして、電話がかかってきた。
麒麟からである。
「もしもし」
「もしもし」
「はい」
「もしもし。大友麒麟だ」
「はい。白音です」
「もしもし、大友麒麟だ。なにが聞きたい」
言葉を繰り返す妙な癖があるらしい。
内容のない会話だが、なぜか調子は合っている。
「メールした通り、そのままの内容です。秀林寺寝子という人が飛び降りた、その事件について伺いたいのです」
「事故だ」
麒麟の返答は、短い。
白音は続く言葉を待った。
「あれは事件ではない。事故だ。今回の件とはなんら関係がない」
「わたしが伺いたいのは、その事故そのものです」
白音の質問に、しばし、受話器は沈黙をはき続ける。
「事実」
と、麒麟の言葉が切れる。
「起こった事実を言う」
「はい」
白音は喉を鳴らした。
「全校集会だった。秀林寺先輩が屋上から落ちた。全員出席。宝琳院先輩だけ保健室に行ってその場にいなかった」
白音は麒麟の言葉から事故の大要を描いた。
どうやら消去法的な容疑であるらしい。
「なぜ、落ちたか。分かりますか?」
「事故だろう」
麒麟の言葉が返ってきた。
「自殺ではない。他殺ではない。むろん雪の領域に関わることもない。であれば、事故としか考えられない」
麒麟と白音の思考形態はきわめて近い。麒麟がそう判断したのだとすれば、白音が当時そこにいたとしても、おそらくそう判断したに違いない。
問題があるとすれば、宝琳院庵が本気になって事件を仕組んだとしたら、白音を欺きうると言う事実である。
こっそりとため息をついて。白音は麒麟に礼を述べ、通話を切った。
再び、白音はベッドに転がる。
結局、宝琳院庵の犯行の可能性を、はっきりと否定する情報は出てこない。
頭の中に、あの刑事の顔がちらつく。
補導され、尋問を受ける宝琳院庵。想像すれば、余裕の庵に対して、刑事の顔は憔悴し切っていた。なんて姉だろう。
妙な想像に顔をしかめていると、突然ドアを叩く音が耳を驚かせた。
「はい、どうぞ」
扉が開く。そこにいたのは渦中の人、宝琳院庵だった。
庵は手の中の肌襦袢を指差した。
言葉にすれば、お風呂、先に入るよ。だろう。
「はい。どうぞおさきに」
微笑を残して、ドアが閉まる。
姉が浴室に入る音を聞いてから、白音は立ち上がった。向かうさきは、姉の部屋である。
畳の間に山と詰まれた本の群れと、対照的に小さな衣装棚。女の気配の薄い部屋だったが、それに慣れた白音は、とくに異常とは思わない。
音をたてないよう、慎重に部屋を探った白音は、本棚の一番端に、目当ての本を探し出した。
ハードカバーの表紙には、宝琳院庵の観察日記とある。鍵もついていない。
姉の日記である。
直裁に、事件について書いてあればよし。でなくとも、彼女が犯人ならば、何らかの匂いを残しているはずだった。
むろん、庵に見つかればこっぴどく叱られることは目に見えている。白音は大急ぎで日記に目を走らせた。
ぺらぺらとページを送りながら、日付を追っていく。
ふと、目が止まった。
秀林寺寝子。この文字が目に入ったのだ。
――二月十八日。
そこからはじまる文章に、白音は目を通していく。
このごろ、とかく図書室が五月蝿いのは、やはり注目されるべき人材がここを訪れるようになったせいだろう。
以前にも書いたことと思うのだが、秀林寺寝子。あの眠り猫のようないけ好かない女は、なにが楽しいのかわが聖域で高いびきをかいている。
これは許されざる悪徳だ。そもそも図書室とは、いや、本と言うものは先人の知識の昇華であり、そこから汲み取るべきものは無限にある。ましてやこの図書室と言う空間には無数の本が林立しているのだ。
貪る、と言うことは何事においても悪徳であると(そしてボクの領域であると)承知しているが、貪らずにいるのもまた悪徳と言うべきだろう。
そも知識欲と言うものは、かのファウストすら――筆が外れた。あの腐れ三毛がすべて悪いのだ。どういうわけか妙な連中も転校して来たものだし、そういえば小城元子が妙な芸風を覚えてきた。すべて寝子のせいだ。
さらに読み進めて行くと、求めていたものが見つかった。
日付は、一週間ほど後である。
秀林寺寝子が飛び降りた。ボクの責任だろう。どうにか始末せねばなるまい。
その日にかかれていたのは、たったそれだけだった。
次の日に目を通そうとして。
とん、と、肩を叩かれた。
「――っ! あ、あ、姉さま」
背後に立っていたのは、宝琳院庵だった。
いつの間に上がってきたのか。いつの間にそこにいたのか、まったく分からなかった。
おのれと相似形のような容貌に、にやにや笑いが張り付いている。
「そ、その……これは……」
「どうしたんだい? きみは他人のプライバシーを侵すような人間ではないだろう?」
驚きのあまり、喉が引きつりそうになった。
この無口な姉が口を開くところなど、久しぶりにみたのだ。
「そ、その」
「教えてくれるかい? このボクに。なにかよほどの理由があってのことなんだろう?」
張り付くように尋ねてくる姉の声には麻薬が混じっていた。
酩酊したように、白音は今日のことを洗いざらいしゃべってしまっていた。
「ありがとう、もういいよ。つぎからはこんなことしちゃあ駄目だよ?」
姉に背中を押されるようにして、白音はふらふらと部屋を後にした。
部屋に帰っていく白音を見送ってしばらく。彼女の口の端が三日月にかたどられた。
「ふうん? 転校するだけじゃ収まらなかったのか。こりゃあたいへんだ」
それがなにをさしての言葉か、誰にも分からない。
つぎの日、事件が起きた。
前日のことを引きずって、頭にもやをかけたまま授業を受けていた白音は、真っ先にそれを発見した。
硬直する白音のほかにも、気づいたものが出てくる。
ざわめきが静かに、教室中に広がった。
窓側の生徒は覗きこむように校庭のほうを凝視し、ほかの生徒はそんな彼らを不審げに見つめる。やがて、廊下側の生徒の中にも窓際に駆け寄る生徒が出るにいたって、女教師は黒板から注意を外に向けた。
「あなたたち、授業中――」
教師の言葉はそこで止まった。
彼女の顔から血の気が引いていくのが、ありありと見て取れた。
「“孤高”……」
教師は絶句した。
周囲の光すら拒絶するように。漆黒の髪をなびかせ、現れたのは宝琳院庵。白音の姉であった。
宝琳院庵は悠然と、校舎へ入っていく。
ざわめきは収まらない。
騒然としたまま授業が終わり、昼休みとなる。
すぐさま教室を飛び出したが、探すあてなどあるはずもない。
もしやと思い、かけ込んだ図書室も、無人だった。
とりあえず玄関口にいないのを確かめてから、職員室に向かおうとしたところで。
こちらに来る宝琳院庵の姿を見つけてしまった。
「おや、白音、なにを急いでいるんだい?」
いきなり声をかけられ、白音の背筋が伸びた。
「姉さまこそ。なぜ学校に?」
その問いに宝琳院庵は答える。ニヤニヤ哂いを浮かべたまま。
「なに。わたしの用はもう済んだ。いまから帰るところさ」
ざわめきを背に受けながら、宝琳院庵は白音の横を通り過ぎていく。
「もう、白音はなにもしなくていいんだよ」
白音の耳にそうささやいて。庵は去っていった。
白音は一歩も動けなかった。
ざわめきが大きくなる。
遠くで悲鳴が聞こえた。
「“双璧”が飛び降りた」
そんな声を聞いて、頭の中は真っ白になった。