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No.1515の一覧
[0] 【完結】悪魔がたり(中編連作・現代・オカルト・ミステリ風味)[寛喜堂 秀介](2013/09/01 22:44)
[1] ユビサシ2[寛喜堂 秀介](2009/09/14 01:48)
[2] ユビサシ3[寛喜堂 秀介](2009/09/14 01:49)
[3] ユビサシ4[寛喜堂 秀介](2009/09/14 01:50)
[4] ユビサシ5[寛喜堂 秀介](2009/09/14 01:52)
[5] ユビサシ6[寛喜堂 秀介](2009/09/14 01:53)
[6] ユビサシ7[寛喜堂 秀介](2009/09/14 01:55)
[7] ユビサシ8(了)[寛喜堂 秀介](2009/09/14 01:57)
[8] 閑話1[寛喜堂 秀介](2009/09/22 00:19)
[9] 閑話2[寛喜堂 秀介](2009/09/22 00:26)
[10] ユビオリ1[寛喜堂 秀介](2007/12/21 23:53)
[11] ユビオリ 2[寛喜堂 秀介](2007/12/23 22:16)
[12] ユビオリ 3[寛喜堂 秀介](2007/12/26 01:20)
[13] ユビオリ 4[寛喜堂 秀介](2007/12/30 04:11)
[14] ユビオリ 5[寛喜堂 秀介](2008/01/02 20:33)
[15] ユビオリ 6[寛喜堂 秀介](2008/01/04 22:10)
[16] ユビオリ 7(了)[寛喜堂 秀介](2008/01/04 22:37)
[17] 閑話3[寛喜堂 秀介](2008/01/09 01:58)
[18] 閑話4[寛喜堂 秀介](2008/01/13 03:11)
[19] ユビキリ 1[寛喜堂 秀介](2008/02/02 23:16)
[20] ユビキリ 2[寛喜堂 秀介](2008/02/05 23:40)
[21] ユビキリ 3[寛喜堂 秀介](2008/02/08 20:56)
[22] ユビキリ 4[寛喜堂 秀介](2008/02/10 22:18)
[23] ユビキリ 5[寛喜堂 秀介](2008/02/14 22:59)
[24] ユビキリ 6[寛喜堂 秀介](2008/02/17 22:06)
[25] ユビキリ 7[寛喜堂 秀介](2008/02/22 23:28)
[26] ユビキリ 8(了)[寛喜堂 秀介](2008/02/27 20:14)
[27] 閑話5[寛喜堂 秀介](2008/03/03 19:36)
[28] 閑話6[寛喜堂 秀介](2008/03/16 21:40)
[29] 外伝 神がかり1[寛喜堂 秀介](2008/09/28 18:13)
[30] 外伝 神がかり2[寛喜堂 秀介](2008/09/28 18:12)
[31] 外伝 神がかり3[寛喜堂 秀介](2008/10/09 23:15)
[32] 外伝 神がかり エピローグ(了)[寛喜堂 秀介](2008/10/10 23:46)
[33] 閑話7[寛喜堂 秀介](2008/10/23 22:01)
[34] ユビツギ 1[寛喜堂 秀介](2009/03/09 01:39)
[35] ユビツギ 2[寛喜堂 秀介](2009/04/06 01:07)
[36] ユビツギ 3[寛喜堂 秀介](2009/04/06 01:05)
[37] ユビツギ 4[寛喜堂 秀介](2009/04/29 22:15)
[38] ユビツギ 5[寛喜堂 秀介](2009/05/31 23:14)
[39] ユビツギ 6(了)[寛喜堂 秀介](2009/05/31 23:12)
[40] 閑話8[寛喜堂 秀介](2010/06/14 22:47)
[41] 外伝 刀ぞうし 前編[寛喜堂 秀介](2010/06/29 18:13)
[42] 外伝 刀ぞうし 中編[寛喜堂 秀介](2010/06/26 20:31)
[43] 外伝 刀ぞうし 後編[寛喜堂 秀介](2010/06/27 20:49)
[44] 閑話9[寛喜堂 秀介](2011/08/18 22:27)
[45] 閑話10[寛喜堂 秀介](2011/09/30 23:55)
[46] ユビサキ1[寛喜堂 秀介](2012/01/18 23:28)
[47] ユビサキ2[寛喜堂 秀介](2012/01/25 22:12)
[48] ユビサキ3[寛喜堂 秀介](2012/01/29 22:11)
[49] ユビサキ4[寛喜堂 秀介](2012/02/03 00:08)
[50] ユビサキ5[寛喜堂 秀介](2012/02/23 23:05)
[51] ユビサキ6[寛喜堂 秀介](2012/02/23 23:04)
[52] ユビサキ7[寛喜堂 秀介](2012/04/09 02:57)
[53] ユビサキ8(了)[寛喜堂 秀介](2012/04/16 03:51)
[54] 閑話11[寛喜堂 秀介](2012/11/23 00:24)
[55] 閑話12[寛喜堂 秀介](2012/11/27 22:03)
[56] 終話 悪魔がたり 前編[寛喜堂 秀介](2012/11/30 22:54)
[57] 終話 悪魔がたり 後編[寛喜堂 秀介](2012/12/02 20:36)
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[1515] ユビキリ 8(了)
Name: 寛喜堂 秀介◆c56f400a ID:fb9e5a1d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/27 20:14



「なぁ、宝琳院」



 屋台群を隠すように出現した闇を眺めながら、直樹は声をかける。



「なんだね、直樹くん」



「偶然なのか?」



 直樹は端的に尋ねた。

 この夢の核たる部分を占めていた四人。中野一馬、鹿島茂、神代良、千葉連。彼らは全て、前夜の悪夢のような出来事に関わっていた人物である。

 果たして、これは偶然なのか。



「何のことか、想像はつくよ。疑惑はあるが、それはそれで筋を通して推し量れそうだが――いかんせん証拠がない。決め付けるのは危険だろうね」



「そりゃあ、そうだけどな」



 直樹は頷いてみせる。だが、やはり昨日の今日・・・・・でこの共通点というのは気になる。



「でも――」



 言いさして。

 いきなり地が揺れた。とっさのことで、地に膝をつく。

 一瞬のことだったが、確実に揺れた。

 だが。直樹は呆けたように辺りをみることになる。

 回りの人間は、いまの地震にも平然としていた。まるで何事もなかったかのように。

 そんななか、ひとりで青ざめていては、己の正気を疑いたくもなる。



「地震ではないよ」



 平然としたようすで、宝琳院庵は見下ろしてくる。



「夢が、不安定になっているようだ。まあ、構内のそこらじゅうこんなものがあるんだ。現実感も何も、あったものじゃないだろう。鋭い者は、これが夢だと気づくかも知れないね」



 宝琳院庵の言葉どおり、構内の数箇所で、波紋がみえた。

 だが、それでも夢は醒めない。

 不意に、じくりと指が痛んだ。

 何気なく小指を見て、直樹は言葉を失った。小指の付け根の傷が、深くなっていた。骨すらみえるほどに。



「どうかしたのかい?」



 息をのむ直樹に、宝琳院庵が心配げに顔を覗かせてくる。



「いや、指が、なんか切れてる」



 そう言って宝琳院庵に見せると、彼女は目を見開いた。



「これは……直樹くん。何でこんなになるまで放って置いたんだい!?」



 珍しく彼女の語調が荒い。

 あまりの剣幕に、直樹は不安を覚えた。



「何か、マズいのか?」



「ああ、拙いね。決定的に拙い。指が切れる、しかも小指だ。これはまさに指きりだよ」



「いや、つまんないぞ」



 指が切れてユビキリ、とは、とんだブラックユーモアである。しかも当事者としては、まったく笑えない。



「シャレじゃない。指きりの語源は、遊女が客に愛情の不変を誓う証として、小指を切断していたことに由来するんだ。そこから約束を必ず守るといった意味になったのだがね」



「でも、ここは夢の中だぞ?」



だからやばいんだよ・・・・・・・・・。精神だけの世界で、概念というものがどれほど力を持つか。わかってないようだから言ってやるが、その指が切断されれば、直樹くんは、悪魔の下僕になってしまう。そう言う類・・・・・の呪いなんだ」



「な!?」



 直樹は絶句した。珍しく深刻な宝琳院庵の形相をみれば、戯言などでないことは明白だ。



「自由に動かせておいて、こんな仕掛けをしておいて、本命はこれか? そういうことなのか・・・・・・・・・



 拳を地へ投げ、宝琳院庵は直樹に目を向けてくる。



「――急ごう。時間は、それほど残されていない」



 宝琳院庵がきびすを返す。

 その面に明らかな焦りをみて。直樹はあらためて、背筋が冷たくなるのを感じた。



「急ぐって、どこへ!?」



「多久美咲だ。そういうこと・・・・・・ならば、彼女が最後のパーツだ」



「お、おい。どういう――」



 聞こうとして、宝琳院庵の指が、直樹の目の前に据えられる。



「重ねて言うぞ。急ぐんだ。ボクは君が悪魔の手先になるさまなど見たくはないんだ」



 激し過ぎている。と、直樹は感じた。表面こそ取り繕っていはいる。だが、これは彼女の、宝琳院庵の歩みようでは、決してない。

 けれど、止まれとはいえない。鍋島直樹のためを思って、彼女は焦っている。憤っている。

 そんな彼女に、どんな言葉をかければよいというのか。喉もとまでのぼらせかけた言葉も、形をつくる力を持たなかった。

 宝琳院庵の言う、最後のパーツを思う。



「多久美咲」

 

 その名の主は、かつて、悪魔だった。

 悪魔に、取って代わられていた。なりすまされていた。騙られていた。彼女の命は、悪魔に奪われていた。

 ならば。中野一馬、鹿島茂、神代良、千葉連に続く名として、その最後の名として、彼女はふさわしい。

 だが、宝琳院庵の焦りは、そんな理解からくるものか。より深いものがあるように、直樹には思えた。

 ともあれ、それを聞く暇はない。

 直樹は宝琳院庵に従い、走る。



「宝琳院! 場所は!? 多久がどこにいるか、知っているのか!?」



「知らないよ」



「自信たっぷりに言うなよ! じゃあどこへ走ってんだよ!?」



「侮らないで、欲しいな。 ボクが、何の、考えもなしに、走ってると、思うのかい?」



「息切れてるぞ!」



「放送室、だよ。場所が、わからないなら、呼べばいぃ――」



「――っと!」



 足をもつれさせた宝琳院庵の腰を、直樹はとっさに抱えた。

 そのまま、走る。



「放送室だな!?」



 えらく人目を引いたが、やむをえない。直樹はそのまま校舎一階の放送室に駆け込んだ。



「二年生の多久美咲さん。至急、放送室までお越しください。繰り返します二年生の多久美咲さん。至急、放送室までお越しください」



 係の生徒に放送を流してもらい。

 放送室の前で待っていると、しばらくして多久美咲が現れた。



「あれー? 鍋島くんに、宝琳院さん。どうしたのー?」



「多久くん。これは夢なんだ。君は夢をみているんだよ」



「ふーん。そっかー。夢なんだー」



 美咲の言葉に、慌てて避難しかけたが、何も起こらない。

 美咲はボーっと立っているだけである。



「多久くん? これは夢なんだよ? わかっているのかい?」



「夢なんだー」



「……」



 言ってるだけで、ぜんぜん自覚していなかった。



「ちょっと来たまえ。そう、玄関から外がみえるだろう? あそこにあるものはなんだい? 夢でなければありえないじゃないか」



「そうだねぇ」



 なんだかのほほんとした雰囲気に、直樹まで和んでしまいそうだった。



「だから」



「ああ」



 さらに口を継ぐ宝琳院庵に、不意打ちのように、美咲が手を打った。



「これは夢なんだね」



 その瞬間。

 津波のような波紋が、全てをなぎ払った。

 世界を映した鏡が、割れて崩れ落ちるようすを、直樹はみた。

 その奥に潜む闇に、全てが落ちていくさまを、直樹はみた。

 そして。

 気がつくと、あたりは闇だった。

 何もない。

 無。

 夢の残滓すらない、完全な無の中を、直樹は立ち尽くしていた。

 近くにいたはずの、宝琳院庵もいない。

 じくりと、小指が痛んだ。すでに小指は、骨まで傷つけられている。









 ふむ。と、宝琳院庵は鼻を鳴らした。

 あたりは完全な闇である。

 自分以外を知覚できない、そんな状態にあってなお、心乱されたようすはない。夢が破れたおかげか猫耳も外れ、完全に元の宝琳院庵に戻っている。



「直樹くんとはぐれた――いや」



 宝琳院庵は辺りに目を配る。

 足場すらない。上下すら定かではない。だがそれも、宝琳院庵にはさして問題でもないようだ。



「そのように強いられたのかな? ふむ。ここならば、はっきりとわかる。まさか君だったとはね。予想していたなかで、最悪のケースだよ――目的はなんなんだい?」



 その瞳が、虚空の一点を貫く。



龍造寺円くん・・・・・・



 宝琳院庵は、その名を呼んだ。応えるように、虚空から人の姿があらわれた。

 龍造寺円である。

 女性にしては長身の彼女は、宝琳院庵と比べて頭ひとつ近く高い。そこから降ってきたのは、ただの一言。



「あなたを殺す」



 殺気も殺意もない、ただ事実を述べるような口調だった。



「そのために、そのためだけにその力・・・を? 正気の沙汰とは思えないね、多久くんの有様を見たろうに」



 宝琳院庵はため息をついた。

 彼女は瞬時に理解していた。龍造寺円がやったことは、かつて多久美咲がしでかした事と同じである。

 悪魔を、呼び出したのだ。おそらく、件の本を用いて。

 だが事実は、宝琳院庵の予想をはるかに超えていた。



「無色の力。多久が誤って召喚したものを、あなたはそう評した。なら、やりようによっては、力だけ手に入れる――悪魔の力を我が物とすることも、できるはずだ。そう考えた」



 冷厳たる円の声に、宝琳院庵は何も応じない。

 自覚していないのかもしれないが、龍造寺円はすでに人の領域から外れている。半ば、宝琳院庵の領域にいた。



「この場を用意したのは、人間としてのあなたではなく、悪魔、宝琳院庵を殺すため」



 彼女の目論見は、完全に正しかった。

 夢の跡地。そこに残るのは、虚無。宝琳院の、悪魔の、本来棲むべき世界。概念の領域。

 概念としての宝琳院庵が消滅すれば、人だろうが悪魔だろうが関係ない。彼女には消滅するしか、術は残されていない。



「みなに夢をみせた、あの状況は、全て偽装フェイクか」



「ああ」



「本当に欲しかったのは、この場所、この状況か」



「ああ」



「直樹くんにかけられた呪いすら――誤導ミスディレクションか」



 その言葉にのみ、円の顔がわずかに動いた。だが、応えは返ってこない。



「完璧だ。加えることはなにひとつない。削るところはなにひとつない。よくぞ思索し、考察し、思考し、計算し想像し想定し――実践した。その理と知と勇に、敬意を表する」



 ――だが。と、宝琳院庵は、口を小さく動かす。



「なぜ、と、聞いてもいいかね。これでも君とは仲良くやれているつもりだったのだが」



 宝琳院庵は尋ねた。

 だが、応えはない。その能力がないかのように、円の面には何も映っていない。



「――意思は問わない。その能力がある。それ自体、脅威だ。それに、あなたがいるから直樹は危険な目に合う」



 わずかに開かれた口から漏れた言葉は、それだった。その最後の言葉にのみ、明確な敵意があった。

 宝琳院庵は苦笑に近い表情を浮かべた。

 彼女自身、常に止める側である。だが、止められたためしがない以上、弁解の言葉はない。

 だから、宝琳院庵は前半分にのみ、応じた。



「人のカタチを取っている以上、人のワクを超えた力は使えない、と、言ったと思うがね」



 だが、その言葉も、何も生まなかった。

 完全に人の姿を映すが故、宝琳院庵は人の持たざる力を使えない。逆を言えば、人ならざる力を使える以上、龍造寺円はすでに人から外れていた。

 無言のまま視線を受けながら、なおも宝琳院庵はニヤニヤ哂いを浮かべる。

 ここにあっても、彼女はいまだ宝琳院庵だった。



「ここまでやった君に関して、それはを言うのは、失礼と言うものだろうね――だけど」



 宝琳院庵の口が、逆月を象る。



「君がなぜ、ボクを消そうとするのか、本当のところは君でも気づいていないんじゃないかい?」



「なに?」



「君は理知的な人物だ。心の底から、ボクが危険だなんて――考えていないんじゃないかな」



 と、宝琳院庵は言った。

 龍造寺円は、彼女が認めるほど、血の巡りがいい人間である。観察力分析力理解力は群を抜いている。

 宝琳院庵を放置しておく危険性と、一部とはいえ悪魔を召喚するリスクと、どちらが大きいか、そんな計算ができない人間では、ありえない。



「君がボクを殺そうとするのは――邪魔だからじゃないかい?」



「なに?」



 再び、同じ言葉が返ってきた。その声に、不審の色がある。

 宝琳院庵は指差した。龍造寺円に白い指先がのびる。



「ボクが直樹くんといるとき、君はどう感じていたのかな? 焦れたかい? それともボクに怒りを感じたかな? いろいろと理由付けしているが、君のそれは――嫉妬ではないかい?」



 断ずるように、宝琳院庵は指を振り下ろした。

 円の目が見開かれる。しばし、沈黙。やがて――唇が、笑みの形に歪められた。



「なるほど……この感情は嫉妬なのか」



 円の肩が、震える。



「だとしたら存外――心地よい」



 言葉をかみ締め、自らを抱く姿は――歪んだ喜びに満ちていた。



「そうだ。私はオマエが気に食わなかった。直樹を独占するオマエが、直樹を動かせるオマエが、直樹の好意を当然のように受けるオマエが!」



 自覚したことで、感情が堰を切って溢れたのだろう。怒涛のような、円の独白だった。

 澄んだ理性の光は、もはやその目から失せ、代わりに狂の色が爛々たる光を放っていた。



「私の前から消えうせろ!」



 悪魔の力を持つ円に、人間のワクに収まった宝琳院庵が対抗できるはずはない。

 強大な力の波が、宝琳院庵に襲い掛かる。

 諦めるように、彼女は目を閉じた。

 宝琳院庵は、満足していた。人が、人の知を振り絞って、人たることをかなぐり捨てて、全身全霊で悪魔じぶんを殺そうとしている。

 そして、それが宝琳院庵の全てを凌駕したのだ。望むべくもない“死”だった。

 心残りといえば、鍋島直樹のことだが、悪魔が龍造寺円であったなら、口惜しいが許せなくはなかった。

 満ち足りた気持ちで、宝琳院庵は最後の時を待った。

 ――だが、終焉は、いつまで経ってもこなかった。

 不審に思い、宝琳院庵は目をあける。

 そこに。目の前に。鍋島直樹が、彼女を守るように立ちはだかっていた。









 状況はわからなかった。

 闇の中に、一人、取り残されていた。

 ただ、聞こえた。虚空に響く、宝琳院庵と――円の声が。

 だから。直樹は走った。

 地もない空間を、必死に駆けた。直樹は本能的に理解していた。この空間がどのようなものかを。

 ただ概念が、全てを支配する。強い意志が、全てを凌駕する。ならば、そう望めば。彼女がどこにいようと、直樹はそこにたどり着けるのは、自明だった。



「何やってるんだ、円」



 宝琳院庵を背にかばい、直樹は龍造寺円をにらみつける。氷のような円の瞳が、わずかに揺れた。。



「直樹、じゃまをするな」



 円の言葉に、直樹は口を引き結ぶ。

 宝琳院庵アクマを殺す。円はそう言った。

 鍋島直樹が、それを承知できるはずがない。

 二人は対峙する。絶対に譲れぬものをかけて。奇しくもそれは学園祭前夜の巻きなおしだった。



「直樹くん……その、指は」



 宝琳院庵が、沈黙を破った。その声には多分の驚きを含まれていた。

 当然だろう。直樹の左手小指は、すでに持ち主の手から離れていたのだ。

 それは、呪いが成就した証。

 だったら、直樹は、悪魔の――その力を手に入れた円に服従していなくてはならないはずだ。

 だが、直樹は平然と立っていた。何に抗うわけでもなく、ただ相対していた。



「ああ、これか」



 直樹はこともなげに答える。



「切れそうだったんで、噛み切った・・・・・



 直樹の言葉に、円と宝琳院庵、双方が絶句した。

 理屈は単純である。呪いで切れれば終わり――であれば。それより前に、切ってしまえばいいのだ。自分の意思で、自分の力で。

 理屈ではそうだ。

 だといって、自分の指を切れるものだろうか。

 だが、直樹はやった。

 ただ、時間を得るために。宝琳院庵を助けるためだけに、直樹は己の指を食いちぎったのだ。



「なぜだ。直樹」



 円が、問う。



「なぜ、そこまでする? そんなやつのために、なぜ」



友達ダチだからだ」



 直樹は、円に目を据える。



「それ以外に、理由がいるか?」



「なら――私はなんだ?」



 問いかける円の顔色は、焦燥と困惑がない交ぜになっている。



「私は、直樹にとって、なんなんだ」



「幼馴染だよ」



 直樹は、ポケットから取り出した手を、拳の形に握り固める。



「幼馴染で、友達ダチだ。そんで、悪いことしたお前は、いまから俺にぶん殴られるわけだ。オーケー?」



 拳を突き出す直樹に、円の瞳が怒りに燃える。



「ふざけるな!」



 怒声が、物理的な威力を持って放射された。

 矢面に立たされた直樹は、たたらをふむ。



「直樹には私がいればいいんだ! 私には直樹がいればいいんだ! 私と直樹だけでいい。他は何もいらないんだ――直樹」



 感情というものが存在しなかったころの円を、直樹は知らない。生きている実感のなかったころの円を、直樹は知らない。独りだったころの円を――直樹は知らない。

 それでも、察するに余りある、言葉だった。

 それでも、決して頷いてはいけない、言葉だった。。



「いやだね」



 直樹は、視線を円から離さない。



「俺はそんなんじゃ足りない。そんなんじゃあ寂しくて仕方ない。俺はみんなが欲しいんだ。宝琳院も、お前も、一馬も茂も良くんも諫早も、クラスのみんなも母さんや父さんや澄香や忠や、レオン兄さんも。白音や石井や姉川や深堀や、今まで出合った、今まで世話になったみんなが――欲しいんだ」



 直樹は、歩を進める。圧されるように円が退る。



「わからない」



 円が言う。惑うように。



「わからないわからないわからないわからないわからない――そんなこと、聞けるものか。そんなこと容れられるものか!」



 感情の爆発とともに、異様な気配が飛んできた。

 悪魔の力。直撃を受ければ、たとえ加減されたとしても、直樹に成す術はない。

 はずだった。

 何も起こらない。

 直樹が突き出した拳の前で、異様な気配は霧消した。



「なぜ、力が効かない」



 円の声には焦りの色が色濃く落ちていた。



「ガキだな、円。そんな力なんかに頼らなくったって、人間その気になればなんだってできるんだよ!」



 胸を張って、直樹は立つ。



「いつか、言ったよな。もう二度と、ひとりで無茶すんなって。約束を破って、しかもそれが、悪さするためだ。これは――お仕置きが必要だろ」



 宣言するように。直樹は、拳を円に向けた。



「グーだ。女相手でも手加減しないぞ」



 宣言通り。直樹は円に向かって飛ぶ。

 迎え撃つ円の力、そのことごとくを弾いて。

 円の顔に焦りが浮かび。

 直樹の拳が円の頬を貫いた。









 拳を受け、宙に舞うなかで、円は、天を仰ぐ。

 円にとって、直樹はかけがえのない存在だった。彼がいなければ、円は感情というものを持てない。直樹を通してしか、円は感情を抱き得ない。

 直樹は彼女を人間にしてくれる無二の存在だった。

 だが、気づいてしまった。

 洗いざらいぶちまけて。毒を吐き出して。それが、その感情が己のものであると。

 そして、直樹に対する感情の揺れの正体も――気づいてしまった。

 それで。円の心の奥底にある、直樹に対する切迫した感情が溶けた。

 円は、いまやっと直樹のくびきから解き放たれる。正真正銘、一個の人間になるのだ。



「直樹」



「なんだ?」



 つぶやくように口に出した言葉に、返事が返ってきた。円は、迷わす一番聞きたかった事を尋ねた。



「私は、馬鹿な事をしたか?」



「ああ。大馬鹿だ」



 くつくつと、円は哂う。

 いま、こみ上げてくる感情が、己のものだと思えば、余計に可笑しかった。

 狂おしい歓喜とともに――龍造寺円は、いま、生まれた。









 目を覚ますと、元の離れだった。

 直樹は半身を起こした。

 直樹の背にかぶさっていた宝琳院庵が畳に落ち、うめき声か聞こえた。

 辺りを見回す。

 広間には、クラスのみんながそこらじゅうで寝転んでいた。眠りはだいぶ浅いようで、何人かは、すぐにも目を覚ましそうだ。

 顔を地面にぶつけた宝琳院庵が、恨みがましい瞳を向けてきた。



「おはよう」



「……ああ、お早う」



 恨み言が口から発せられる前に、言葉をねじ込んでやると、宝琳院庵も不承不承と言った風に、挨拶を返してきた。

 互いに身を起こす。

 肩を並べて座る形になった。逆側で身を横たえている円の目は、まだ閉じられている。



「直樹くん、今回は助かったよ。だがまさか正面突破とはね」



 宝琳院庵の、ひそやかなため息がもれ聞こえた。



「だけど、龍造寺くんの力が効かなかったのは、どんなカラクリなんだい?」



「これだ」



 尋ねてきた彼女に、直樹は拳を開いてみせた。

 そこにあるのは十字架。直樹がレオンから借りた、古びた十字架だった。



「悪魔の力を跳ね返したのは十字架。シンプルだろう?」



 自信たっぷりに言う直樹に、宝琳院庵の口がぽかんと開かれる。



「……鰯の頭も――いや、コケの一念、まさにそれか。そんなもので、あれに正面から立ち向かうなんて。まったく、君は」



 宝琳院庵からため息がもれた。

 無論、古びた十字架などで、悪魔の力を跳ね返せるはずはない。だが、直樹は信じた。呆れるほどまっすぐに、信仰した。

 一転の曇りもない信頼こそが、一徹の信念こそが、円の力を跳ね返したのだ。宝琳院庵が呆れるのも、無理はない。



「あきれたか?」



 顔を覗きこむ直樹に、宝琳院庵の――素直な笑顔が向けられた。



「――いや、惚れ直した」



「ナニ?」



 完全に予想外の言葉だった。あまりのことに、直樹の思考が停止する。



「どうだ、直樹くん、ボクと番わないか?」



「つがう――ってなななななにいってんだいきなり!?」



 いきなりの爆弾発言に、直樹は声が裏返る。



「なに、君ほどの男は、この人生で得がたい。そう確信したのだ。どうかね?」



 宝琳院庵は、いつものニヤニヤ哂いで擦り寄ってくる。光すら映さない漆黒の瞳に、吸い込まれそうだった。



「いきなりそんなこと言われて答えられるか!」



 悲鳴に近い直樹の言葉である。



「無論、恋人からで結構だ――なんなら過程をすっ飛ばしてもいいよ」



 さらに爆弾を投げ込む宝琳院庵に、手も足も出ない。

 直樹は心中の焦りを手足で表現するばかりである。

 その腕が、急に引っ張られた。

 みれば、円が訴えるような目でこちらを見つめていた。

 脂汗が流れる。

 直樹はポケットに収まっている十字架を思った。

 恋愛成就のご利益があると言う十字架。



「効きすぎ――つーかもはや呪いだ」



 十字架に一方的な恨みをぶつけて、助けを求めるように、直樹は辺りに目を流した。まだ、誰も起きてこない。



「メリークリスマスだコン畜生みんな起きやがれぇ!」



 直樹の叫び声が、広間に響き渡った。









 ユビキリ 了





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