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No.15115の一覧
[0] 戦場のヴァキューム  (戦場のヴァルキュリア)[あ](2010/01/10 10:57)
[1] 戦場のイカサマ師[あ](2010/01/10 11:07)
[2] 戦場の二枚舌[あ](2010/01/04 19:45)
[3] 戦場の屁理屈[あ](2010/01/10 11:19)
[4] 戦場の悲劇[あ](2010/01/04 19:45)
[5] 戦場の晩餐[あ](2010/01/04 19:45)
[6] 戦場の離脱[あ](2010/01/10 12:44)
[7] 戦場の遭難者[あ](2010/01/04 19:46)
[8] 戦場の叙勲[あ](2010/01/10 15:53)
[9] 黒の断章[あ](2010/01/11 21:16)
[10] 戦場の後悔[あ](2010/01/17 00:00)
[11] 戦場の思い出[あ](2010/01/24 19:44)
[12] 戦場の膠着[あ](2010/01/31 11:21)
[13] 戦場の虐殺[あ](2010/01/31 16:49)
[14] 戦場の犠牲[あ](2010/10/11 17:35)
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[15115] 戦場の遭難者
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/04 19:46
ギルランダイオ要塞、ガリア公国と帝国の国境沿い位置する軍事拠点は、
ガリアから東ヨーロッパへ抜ける際の関所として建設されたものであったが、
現在は帝国軍に占拠され、ガリア方面侵攻部隊の司令部が置かれており。

ここでマクシミリアン達は虎視眈々とガリアの支配を目論んでいると思われていた。




「ファウゼンの攻略は上手く行ったらしいじゃないか。さすがはグレゴールだな」

「あんな簡単な任務など何の功にもならぬ」
「言うねぇ。その簡単なことが出来ないから、多くの兵が死んでいく。違うかい?」

「それで何のようだイェーガー、貴様と世間話をするほど私は暇ではない」


かつての仇敵にして今は同僚として立場を変えた男たちの会話はどうしても散文的にならざるを得ないらしい。
ラグナイト資源が豊富な鉱山都市ファウゼンを数日で攻略したことと、
長年の功績を認められて中将に昇進したグレゴールであったが、その喜びに浸るつもりはないらしい。


「おいおい、お目当ての第七小隊に会えなかったからって、俺に当たるなよ
 今日はいい情報を持って来てやったんだ。調査の結果分かったことだが
 マクシミリアンに鉛弾を食らわした男は、アンタが恋焦がれている第七小隊の
 所属だとさ。まぁ、堂々と偽名を名乗っていたらしく、照合するのに時間が掛かったが」

「それは貴様の私兵による調査か?それを私に伝えてどうする腹積もりだ?」
「そう怖い顔しなさんなよ。この件で激昂するのはセルベリアの嬢ちゃんだけで十分だ」

厳しい視線をぶつけるグレゴールの質問には答えず、以前から第七小隊を狙っている中将殿に
『蒼き魔女』もその極上の敵を狙っていることを告げ、イェーガーは飄々と帝国の悪魔を煽った。


「まぁ、良い。この写真の男、クルト・キルステンが
 我が帝国の覇道を阻むというなら私が叩き潰すまでだ!」

「頼もしいねぇ。まぁ、旨い餌は誰もが狙っているモノだ
 せいぜい横から掻っ攫われないように気をつけてくれよ」

こわいこわいと呟きながら立ち去るイェーガーを無言で見送りながら、
帝国の悪魔は写真の男に鋭い眼光を浴びせていた。
クローデンの森で第七小隊から受けた屈辱を彼は忘れていなかった。




「はぁ、何でわたくしが地味な偵察任務なんてしなければなりませんの?
 これは本来偵察兵の役目で、華麗な突撃兵のワタクシがする任務ではありませんわ!」

「そう怒るなって、一応は参謀兼偵察兵の俺が居るんだ。小隊長殿の命令は
 それほど的外れじゃないさ。帝国兵との遭遇戦も考えて火力のある突撃兵と
 組ませたんだろさ。まぁ、俺を危ない任務につけた人選には大いに不満だが・・」


いつもと変わらず元気なイーディと疲れた顔をした参謀は、
偵察任務の順番が回ってきたので、二人仲良く小隊本隊に先行して偵察任務を果たすため、
首都ランドグリーズまでの道のりを並んで仲良く歩いていた。
バリアス砂漠から首都までの道のりは一部が帝国勢力圏であったため、
偵察をせずに気楽に進める道のりでは無かったのだ


「さて、ここら辺の道は敵も見当たらないし、戦車も通れそうだな
 一先ず任務は達成か。そろそろ昼だし、飯にしないか?腹減った」

「中々、よい提案ですわ。腹が減っては戦も出来ないと言いますし
 昼食にしましょう。先ほど通り過ぎた川で水を少し汲んできますわ」

クルトの分の水筒も受け取った少女は、来た道を小走りで駆け戻る。
何だかんだ口で文句を言ったりする彼女の機嫌は悪くないようである。
もっとも、道中で彼女のすばらしい美声を聞かされた参謀は余りいい気分ではなかったが、
残念ながら、イーディ・ネルソンは歌って踊れるアイドルだけにはなれなさそうであった。





人に恐ろしい試練を時として与えるのが自然というものである。
自然の驚異を無知ゆえに甘く見た者や気づけなかなかった者の多くは最悪の結末を迎える。
自分たちの隊長と違って、自然や生物学に造詣の深くないクルトとイーディは、
様々なところから出されているシグナルに気づくことは出来ず、春山の嵐・・・
猛吹雪の中を満足の装備も無いまま前進せざるを得ない状況に為っていた。

「どうなってるんですの?さっきまで雲ひとつ無い快晴でしたのに
 今は前もよく見えませんわ!・・・ちょっと、聞こえてますの?・・少尉!!」

「落ち着け!聞こえてるし、ちゃんと傍に居るから安心しろ!」

「いっ居るなら、直ぐ返事をして下さいまし!
 わたくし、一人ぼっちになってしまったかと思いましたわ」

急に返事が無くなったため、吹雪の中で一人はぐれたと思った少女はパニックを起こしかけるが、
クルトから予想外に力強い返事が返され、胸を撫で下ろした。
もっと、言葉とは裏腹に地図を何とか広げて山小屋の位置を
黙って確認していた男はかなり弱気になっていた。

自分より体力のない女性を引き連れて、この吹雪の中を歩いて山小屋まで辿り着けるのか?と、
吹雪の中で遭難しないための鉄則として、無闇に動かないというル-ル位は知っていたが、
彼等は救助を待てるほどの装備をしていないため、山小屋を目指して動かざるを得ない状況に陥っていたのだ。


「イーディ、少し行ったところに地図で山小屋があると書いてあった!
 今からそこを目指して、歩いていくから俺について来い!分かったか!」
「わっ分かりましたわ!ここは貴方にお任せしますわ!」

「後、はぐれると不味い!しっかり掴んで離すなよ!」
「はい!離しませんわっ!」

激しい吹雪で声すらもかき消されそうなため、二人は怒鳴るような大声で意思疎通を行う。
そして、はぐれない様にお互い手をしっかりと握って、激しい逆風に耐えながら前に進む。
吹雪の影響で彼等の体温は確実に下がり始めている筈なのだが、
何故か少女の体温だけが少しだけ上がっていた。

もっとも、自分と手をつないで前を進む男が、
『最悪足手まといになったら置いて行っても緊急避難で良いよな?』等と考えていることを知ったら、
少し赤くなった表情もたちまち凍ってしまっただろうが・・・




「はぁはぁ・・・、何とか辿り着くことができましたわね
 貴方の先導のお陰ですわ。一応、お礼を言っておきますわ」

幸運なことに、田舎育ちのイーディお嬢様は体力は人並み以上にあったようである。
途中で『わたくしを置いてさきに貴方だけでも行って下さいまし』といった展開や、
『どこですの?キルステン少尉!わたくしを見捨てないで下さいまし!』なんて展開にはならなかった。

もっとも、山小屋に辿り着いた幸運を悠長に喜んでいる暇は彼らには無かった。
軍服は吹雪で叩きつけられた雪でびしょ濡れで容赦なく体温を奪い始めており、
早急に暖を取らなければ、凍え死んでしまいそうであった。


「とりあえず、無事の到着を喜ぶのは後にするね。俺は暖炉の方に
 薪を入れて火を起こすから、イーディは毛布か何かないか探してくれ」

「分かりましたわ」

幸いなことに、暖炉の横にちゃんと薪が置かれており、火を起こすのにはそれほど苦労しなかった。
ただ、残念なことに毛布の方は、埃を被ったぼろぼろの一枚しかなかったのだ。




せっかくの、少尉と・・、その二人きりの偵察任務でしたのに、どうしてこんな事に・・
でも、遭難して山小屋に立った二人・・・、うん、わっ悪くない展開ですわね。
少し、王道でベタベタ過ぎる展開かもしれませんが、これはこれでアリだと思いますわ!


「イーディ、毛布あったかー?こっちは一先ず火は着いたぞ~」
「今、行きますわっ!!」

仕方がありませんわね。無いものは如何しようも出来ませんわ。
ここは、ふっ二人で、仕方なく、ほんとう~に仕方がなく一緒に毛布を使うしかありませんわね。
そうですわっ!これは、あくまで生きるための緊急避難なのですから、何も疚しい気持ちはありませんわ!


「おう、一応毛布はあったみたいだな」

「あっあなた、なっ、なんて格好をなさってますの!!信じられませんわ!
 こっこんな非常事態に、乙女に襲い掛かろうだなんて不潔!不潔ですわ!!」

「ちょっ、いて!物投げるな馬鹿!!体が冷えるから上着脱いだだけだって!!」


盛大に勘違いした少女にランプやら椅子やら机やらを投げつけられた参謀殿は、
危うく任務中に命を落とすことになりかけたが、何とか誤解を解くことに成功し、
暖炉の火の前で、下着姿になった二人は仲良く一枚の毛布を分け合って暖を取ることになった。


「いいですこと!ぜったいに毛布の中を覗いては行けませんし
 体に触れたりしたら、どういうことになるか、分かっていますわね!」

「いや、別にお前一人で毛布使ってくれてもいいんだけど」

「それは許しません!もう、わたくしのせいで貴方が辛い目に会うのは嫌ですの!
 クローデンで、わたくしのせいで、貴方はだんだんと冷たくなっていって・・・」


背中合わせの少女の声が、涙声になるのを聞いたクルトは、それ以上は何も言わなかった。
自分の手を震えながら握る少女の手を振り払う気にもなれなかった。
暖炉の中で薪が爆ぜる音を子守唄にしながら、
二人は王道の人肌で温めあうという、雪山オンリーな経験をしつつ眠りに落ちた。





何とか乾いた服を身に着けながら、クルトは毛布に包まる幸せそうな寝顔の少女をしばし眺めていた。
外の吹雪は治まる様子はいまだ見えず、かといって醜い欲望を気持ち良さそうに眠る少女にぶつける気にもなれない男は、
携帯食のスープをちびちびと啜りながら、眠り姫の毛布が肌蹴てしまわぬように気を使ってやっていた。
招かれざる客が来訪するまでは・・・


「んーっんんーん!?」
「しっ静かにしろ!!騒ぐな」

なっ何ですの!!どういうことですの???
もしかして、わたくしの罪作りな美貌と魅惑的な裸身に我慢できなくなって、
少尉は狼になってしまいましたの!?

だめっ、だめですわ!まだ、そのような事は早過ぎますわよ!
そっそのような事やあんなことや、こんな事までは、しっ、したくはないとまで言いませんが、
少尉を先ずはわたくしの両親に紹介したりと、色々と手順を踏んでからにしなければなりませんのに、
それに、わたくしにも心の準備というものがありますもの・・・


「パニクってる所を悪いがお客さんだ。窓から一瞬だけ見えただけだから
 なんとも言えないが、おそらく帝国兵だ。何人居るのかも正直わからん」


えっ、帝国兵のお客さん?少尉が夜這いをしてきた分けではなくではないですの?
びっくりして損しましたわ。ただの帝国兵の襲撃ですの・・・って!?ぇえ

「んーっんんーん!」
「しっ、だから落ち着けって!!手離すから、絶対に騒ぐなよ」

「ぷはっ・・ハァハァ、状況はだいたい理解しましたわ。どうなさいますの?」
「とりあえず、お前は奥の机の影に隠れて武器を構えとけ、ほら軍服は乾いてる」

「わたくしの方は分かりましたわ。それで少尉は?」
「俺は扉の直ぐ横の死角で待ち構えて、最初に入ってきた奴に銃を押し当てて人質にとる
 無理そうだったら『バン!』だ。その後、敵さんに味方が居れば人質を使って交渉だし
 殺しちまった場合は銃撃戦の開始だな。まぁ、相手に味方がいないことを祈るとしよう」



色々と愉快な妄想をしていた少女は、突然の急展開に頭がついていかず、
そんな少女の様子を見たクルトは、早々に彼女を戦力に入れるのを諦めた。
冷静さを失っている兵士に自分の命を預けて安心できるほど、彼は楽天家ではない。
彼女を少しでも安全な場所に移動させたクルトは扉の直ぐ横の壁にピタリと張り付く。

暖炉の火に暖められている筈の山小屋の温度は不思議と下がっているような気がした。
寒さなのか、緊張のせいかが、容易に判別がつかぬ震えを無理やり押さえ込み、
拳銃を両手でしっかりと握り、扉と窓の双方に注意をしっかりと向ける。

僅か、数分足らずの時間が異常に長く感じられた。
暖炉から響くパチパチという音を何万回と聞いているような気がした。
不安そうに机の影から何度も頭を出す少女に手信号で隠れるように指示する。
背中を何度も伝う汗の滴、しっかりと拳銃を握った両手も汗ばんでいた。

そして、生死を分かつ扉がついに開け放たれる・・・




「二人とも遅いですね。兄さん」
「あぁ、向こう側の雲を見る限り吹雪いているかもしれない」

「何を二人とも暢気な事を言ってるんだい!!アタイ等がいるのは
 安全な味方勢力圏じゃないんだ。それに吹雪に遭っているなら
 さっさと助けに行かないと、二人とも氷漬けになっちまうよ!!」

「落ち着けロージー!俺達の今の装備は悪天候に耐えられる装備じゃないんだ
 下手に助けに行けば俺たちが遭難しちまう。今は二人を信じて待つしかない」

不服そうな顔をするロージーであったが、ラルゴの言葉の方に理があることは痛いほど分かったため、
それ以上は二人の捜索を強行に主張することは無かった。
遭難したと思われる二人とはそれほど親しいとは言えない彼女だったが、
小隊の仲間が危機に晒されている状況で平気な顔をできるほど薄情な人間ではなかったのだ。
さっさと見切りを付けて別ルートからの首都帰還を主張しそうなクルトとは
ある意味対極の位置にいるのがロージーだった。


「そうよ。ウェルキン!あの、しぶとさだけが売りのクルトと一緒なんだもん
 ぜったいにイーディも大丈夫だよ。私達は信じて二人が帰ってくるまで待ちましょう」

「あぁ、アリシアの言うとおりだ。本来なら二人を見捨てて進軍するのが
 正しい選択なのかもしれない。だけど、僕はクルトを、仲間を信じる!
 二人は必ず帰ってくる。それまで、僕たちは彼等の帰る場所を守ろう!」

もっとも、敵地で暢気に消息不明になった仲間を信じて待つウェルキンやアリシア等など、
第七小隊のメンバーの殆どはクルトと対極に位置するお人よしの集団であった。


「でも、一つだけ心配ですね。キルステン少尉が
 イーディさんを見捨てていないと良いんですけど」

「いっイサラ、多分、大丈夫よ!さすがにクルトでも其処までは」
「そっそうよ!イーディは田舎育ちで体力もあるからきっと大丈夫よ」


ただ、イサラの辛辣な一言をアリシアやヤンもフォロー仕切れなかったので、
ウェルキンは天候が回復しだい二人と合流するため小隊を前進させることを決定する。
バリアス遺跡で一人だけ生き埋めにならず、逃げおおせたクルトの話を全員が思い出したのだ。





「あの・・、敵の俺が言うのなんですけど、すんません」

「いや、構わないさ。クルトと言ったか、お前は当然のことをしたまでだ
 俺は帝国兵でお前達はガリア兵、当たり前に殺しあった。それだけだ・・」

クルトは罰の悪そうな顔で体中に傷を負った帝国兵に頭を下げる。
つい先ほどまで殺すか殺されるかの緊迫した雰囲気にあった彼等が、
なんとも言えない空気が漂っているとは言え、友好的に会話していられる理由は、
少しだけ過去に遡ることで見ることができる。


「抵抗はやめっ」
「動くんじゃねぇえ!!脳天ぶちぬくぞ!!」

手榴弾を持った帝国兵が扉を開けて高らかに脅し文句を謳いあげようとした瞬間、
壁に張り付いて死角に隠れていたクルトが拳銃を片手に彼を人質に取ろうと襲い掛かり、
もみ合いになった結果、両者にとって不幸な出来事が起こった。


「あっ!」「あれっ・・?」


二人の視線の先にはピンの抜かれた手榴弾がころころと、扉の外の雪面を少しだけ転がって、直ぐに止まった。


「・・・」「・・・・」
「ぼさっとしてないで伏せろ!!」
「少尉っ!?」

一瞬の膠着の後、クルトが敵の筈の帝国兵に押し倒されて僅か一秒・・・
轟音と共に二人は小屋の出口から一気に奥まで吹き飛ばされていた。




「しかし、俺は戦場の中で華々しく死ぬもんだと思っていたのが
 間抜けにもガリア兵を助けてこんな小屋で死ぬことになるなんてな」

「いや、重ね重ねになりますが、ほんと申し訳ないです」

「かまわんさ、くっ・・、この元々の傷でどの道・・俺は長くなかったんだ
 最後の最後で殺しを・・しなくてすんだんだ。ぐぅっ・・、悪くない終わりだ」


お人よしにも敵兵のクルトを庇って、その死期を更にはやめてしまった男の名は
ミヒャエル・ウェーバー、厳しい階級社会の帝国でその枠を何とか越えようと足掻き軍人の道を進み、
そして、その道に絶望して脱走兵となり、味方に撃たれ・・、敵兵を庇って死ぬことになる哀れな男だった。
戦時下のせいで、ろくな仕事にありつけそうに無く、しぶしぶ義勇軍に志願しただけの
クルトにとって、
目の前で死に逝く脱走兵の話は重たく聞こえた。そして、彼に掛ける言葉も見つけられなかった。


「クルト、イーディ・・、最後にお前達に話だけでも・・グゥッ、聞いて貰えて良かったよ
 ハァ・・ハァッ、お前達も・・・、兵士なんか辞めれるときに辞めておけ、でないと俺みた・・・」


なにも救いの無い死だった。
家族や仲間に看取られること無く、逃げ出して敵兵の前で死ぬ。
自分たちに話を聞いて貰えて良かったと彼は口にしていたが、
そんな事は何の救いにもなっていないことは、まだ、若い二人でも分かった。
動かなくなった帝国兵の悔恨の念に染まった死に顔が、それを言葉以上に雄弁に語っていたのだから。




一人の帝国兵の死とともに、あれだけ荒れ狂っていた吹雪はおさまり、
何事もなかったかのような青く澄んだ空があたり一面を支配する。
隠れていた小鳥たちの囀りは再び訪れた春の陽光を喜んでいるようで、
沈みかけた二人の心を上向かせるささやかな助けになっていた。

ただ、そんな穏やか朝の光景は突然鳴り響く大きな金切り声で終わりを迎える。



「あなたを置いてわたくし一人が行けですって?何を馬鹿なことを言ってますのっ!」

「何って、言葉そのままだよ。昨日吹っ飛んだせいで足を捻挫したんだよ
 何とか墓穴を掘れたけど。これ以上、動いたり歩き回るのはちょっと無理だな」

「それなら、わたくしも行きません。あなたが動けるようになるまで
 この山小屋で待つことにいたします。あなたを、仲間を置いていくなど・・」

自分を置いてイーディ一人で逃げろと言うクルトの提案に納得できないと、少女は猛然と抗議する。
負傷した仲間を見殺しにするなどといった選択を、彼女の強い正義感が許す筈も無かったのだ。
だが、そんな少女の我侭を受け入れるほど、クルトは寛容な男ではなかった。
仲間を見捨てる決断を出来る彼は、滅茶苦茶嫌ではあったが、一応、自分が見捨てられる覚悟もしていたのだ。

彼は意固地になる少女に、昨日死んだウェーバー、脱走兵を追う帝国の兵が
天候の回復を機に動き出す可能性が高いこと、それに補足された際に自分では逃げ切れないことを告げ、
第七小隊が自分達を待っているかは怪しいが、もし待っていた場合のことを考え、
脱走兵を追う帝国軍が近辺に居ることを直ぐに知らせる必要があると少女に理論的に説明し、彼女を説得する。

普通であれば、この説得はきっと成功しただろう。
だが、不幸なことにクルトの前に立つ少女は普通の女の子ではなく、
第七小隊のアイドル、イーディ・ネルソンだった。

「わかりましたわ!わたくしがあなたに肩を貸して差し上げます」
「そうか、分かってくれたか・・・ってぇえ!?お前、さっき俺の話を聞いてたんか!」


「もちろんですわ!全部、聞いた上で決めましたの。あなたと一緒に帰ると
 わたくし、イーディ・ネルソンは誰も見捨てませんし、死なせたりもしません!」


へたり込むクルトに手を差し出す少女は、決意を込めた最高の笑顔を見せていた。



彼等が隊を離れて21時間、普通なら撤退していておかしくない時間であったが、
普通では無い第七小隊は二人を待っていた。
大きな借りを返した少女と大きな貸しを作った男の戦記はまだまだ続きそうである。





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