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No.15115の一覧
[0] 戦場のヴァキューム  (戦場のヴァルキュリア)[あ](2010/01/10 10:57)
[1] 戦場のイカサマ師[あ](2010/01/10 11:07)
[2] 戦場の二枚舌[あ](2010/01/04 19:45)
[3] 戦場の屁理屈[あ](2010/01/10 11:19)
[4] 戦場の悲劇[あ](2010/01/04 19:45)
[5] 戦場の晩餐[あ](2010/01/04 19:45)
[6] 戦場の離脱[あ](2010/01/10 12:44)
[7] 戦場の遭難者[あ](2010/01/04 19:46)
[8] 戦場の叙勲[あ](2010/01/10 15:53)
[9] 黒の断章[あ](2010/01/11 21:16)
[10] 戦場の後悔[あ](2010/01/17 00:00)
[11] 戦場の思い出[あ](2010/01/24 19:44)
[12] 戦場の膠着[あ](2010/01/31 11:21)
[13] 戦場の虐殺[あ](2010/01/31 16:49)
[14] 戦場の犠牲[あ](2010/10/11 17:35)
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[15115] 戦場の犠牲
Name: あ◆3bba7425 ID:4bac883e 前を表示する
Date: 2010/10/11 17:35
ファウゼンの攻防から数日が経ち、首都に戻った義勇軍第三中隊第一小隊並びに第七小隊の隊員達は
困難な任務を達成した喜びに心を躍らせる事も無く多くの人々を戦火から救えなかったことを気に病んでいた。
そのため、ラウンジや食堂といった普段は騒がしい場所もどんよりとした暗い雰囲気に包まれ、
普段の喧騒さはすっかりと失われてしまっている。
ただ、何事にも例外はあるもので、普段と変わらず日々を過ごし、
昼休みには暢気に中庭の芝生の上で昼寝をし、一日の大半を執務室での読書三昧に供する者もいたが・・・




「キルステン少尉、愛しのダモン将軍が俺達をお呼びだそうだ」


木陰で涼を取りながら昼寝をするクルトに声を掛けた第一小隊隊長のファルディオ.ランツァート少尉の顔には
濃い疲労の色が張り付き、常日頃感じられる精悍さが失われているようであった。
どうやら、先のファウゼン攻略作戦において幾名かの隊員を永久に失ったことが、
彼の表情に影を落とさせる大きな原因となっていたようである。
もっとも、掴みどころの無い参謀殿に皮肉交じりの言葉を投げ掛ける程度の気力は残っているようであった。



「辛気臭い顔しながら、面倒そうな事で起こすなよ。寝覚めが悪くなるだろ」


欠伸をしながら、口ほどにダモンとの面談を嫌がっていなさそうな男に、
短い謝罪の言葉を口にしたファルディオは手を差し出す。
クルトはそれを必要ないとばかりに顔の前で犬を追いやるような動きを利き手にさせながら、よっと小さく呟きながら立ち上がる。
背や腰に付いた芝や埃を無造作に手で払い落としながら、軽く伸びをする男はマイペースそのものである。

ファルディオはその姿を見ながら、この男はきっと自分の隊で戦死者が出たとしても、
仲間の死を悼む気持ちや自責の念などを持つことなく、それに払い落とした埃以下の価値しか見出さないのではないか?
そんな推測に過ぎない思いが自分の胸の内の奥深くから浮かび上がるのを抑えることが出来なかった。
許容しがたい凄惨な現実を前にして苦悩し、悲嘆に暮れる第一、第七の両小隊にあって、
クルト・キルステンただ一人が、日々の日常と変わらぬ生活を見せていたことが、
彼の胸の奥深くにそんな想いを生み出す土壌となったようである。



「どうした?余り待たす訳にはいかないから、態々呼びに来てくれたんじゃないのか?」
「あぁ・・、そうだな。ウェルキン一人に相手をさせるのも忍びない、行こう」

仕方のない奴だと言った風に話しかけるクルトに、確たる答えの出ることのない思案を中断させられた憂国の士は、
自分とは正反対の国家に対する帰属意識が著しく低い男を伴って、
首を既に長くしながら、第七小隊の長が待つ貴賓室へと足を向ける。






「おぉ、二人とも待っていたぞ。ファウゼン攻略の『前哨戦』でお前たちも
 それなりに活躍したらしいではないか?これからも精々、正規軍の邪魔にならぬように
 義勇軍という立場に見合った活躍を期待しているぞ。これからもセコセコと励むがよい」

「・・・、・・」「・・・・・」「ちっ・・・」


ファウゼン攻略の功の大半が正規軍にあることを知らしめるために、
わざわざ義勇軍第三中隊が駐屯する基地を訪れたダモンの尊大な態度と発言に対し、
先に貴賓室に入っていたバーロットやウェルキンは眉を顰め、
彼らに遅れてクルト共に部屋を訪れたファルディオは舌打ち洩らし嫌悪感を隠そうとしなかった。
 


「ダモン閣下から直々に労いのお言葉を頂けるとは、感激の極みであります
 今後も我ら義勇軍は閣下が指揮する英兵、正規軍の補佐に励む所存であります」

だが、不満の色を隠すのに苦労する三人を余所に、
クルトは歯の浮くような謝辞と世辞を舌の根が乾く間すら与えずに立て続けに吐き出す。
軍の重鎮ダモンの心象を良くしておけば、様々な便宜を今後も期待できると考える彼は、
属する組織を同じくする三人の心象が悪化することには目を瞑ったようである。
現状を鑑みて、自分により大きなメリットを齎すことが出来るのは、
目の前で偉そうに頷きながら、巧言令色に直ぐに惑わされる単純な男だとクルトは冷静に判断していた。


たとえ目の前で自分に取って最高に余計なことを口走ろうとも・・・


「ダァハッハッハ!いかにもいかにも、全てはワシ達正規軍の力である!
 まぁ、少尉が考案したファウゼン攻略作戦の第二案の方が通っておれば
 あの薄汚いダルクスの数を減らすことが出来たのだがのぅ。実に惜しい」


ダルクス人をゴミくずの様に見殺しにする腐敗した正規軍らしい作戦が、
平然と澄ました顔でテーブルに置かれたコーヒーで喉を潤している男が立案していたという驚くべき事実を知った三人は、
怒りや侮蔑、失望といった様々な思いをないまぜにした視線をクルト・キルステンに向けるのだが、
視線を向けられた男は、たいして気にした風を見せずに、
ダモンに誘われるまま財界とのパイプ作りが期待できる社交の場へと、彼等を残して意気揚々と向かう…






ガリア最北部に位置するギルランダイオ要塞にて、ファウゼン失陥とグレゴール中将の戦死の報を届けられた
帝国軍ガリア侵攻部隊総司令官のマクシミリアンと彼に忠誠を誓う二人の指揮官は、
侵攻戦略の修正の必要性について討議を行うべく、総司令官室に集まっていた。


「こうも容易くファウゼンが落ちることになるとは…」

「容易くというわけでもないさ。ガリアの度重なる攻勢の結果だ。犠牲は小さくない
 無論、ファウゼンを失った此方の損失の方が重いがね。どうする、マクシミリアン?
 本国のお偉方が、ファウゼン失陥の報せを聞いて大人しくしているとは思えんぞ」


セルベリアは整った形の眉を顰めながら、グレゴールの敗北に驚きを隠そうとしない。
イェーガーもセルベリアの発言に一部訂正を加えつつ、
帝国本国に数多く存在するマクシミリアンの政敵の蠢動を危惧した発言を行う。
ただ、彼等が忠誠を誓う総司令官は焦燥した様子を見せることも、泰然とした態度を崩すことも無く、二人の危惧や不安を一笑に付す。



「フッ、後方にて口煩く喚くだけの無能な本国の輩など考慮するには値せぬ
 ファウゼンが失陥したのも些事に過ぎん、我が計画を何ら滞る事無く進んでいる」


「ほぉ~、ガリア侵攻はラグナイ資源の確保を至上命題にしたものだと
 俺は思っていたのだが、それ以上に重要で別の計画があるとは初耳だな」

「時が来ればすべては明らかになり、我が力を世界が知ることになろう
 それまでは課せられた任務をこなしながら待つが良い。その日は近い」

「ほお、俺を蚊帳の外って訳か?一応は仲間だっていうのに水臭いねぇ」



皇帝の息子でありながら、その母親の身分低さゆえに准皇太子と言う地位に押し止められた野心家は、
その才覚に見合った地位を手に入れんとガリアに駒を進め、帝国ではなく、自分の覇業のために、ある計画を進めていた。
そして、その計画の全容を知ることが許されるのはマクシミリアン唯一人。
目の前の二人ですら、彼にとって計画を進める上で有用な手駒に過ぎないのだ。


この若き覇王に祖国の再興を賭けた男は、その事を敏感に察したのか、その計画の内容について訊こうとはしなかった。
フィラルドの降将イェーガーは、総司令官のマクシミリアンに忠誠を誓う代償として、
ガリア攻略が成った暁にはフィラルド独立の働きかけを本国に対して行うという契約を結んでおり、
ガリアの攻略が成るのであれば、マクシミリアンの描く遠大な戦略とやらの仔細を知る必要は無い。


イェーガーの悲願とマクシミリアンの野望を成就させるための贄として選ばれた
不運な小国の受難の日々は、まだまだ続くことになりそうである。







軍産官の相互理解を促進するというお題目の元で開かれる『清廉紳士懇話会』というご大層な名を冠する会合に参加した小物は、
軍や政府の高官達に対するご機嫌伺いと併行して、
年間休日や各種手当が充実している優良企業関係者に対し、銃後の転職活動の一環とばかりに、猛烈に自分をアピり捲くっていた。
上手く立ち回れば、危険と隣り合わせの立場の不安定な義勇軍から、安定した優良企業に移ることが出来るのだ。
ただ大人しく、食事を取るだけで済ますのは勿体無いというものであろう。



「いや、キルステン少尉は若いのに機を見るのに敏で、私も感心させられましたよ
 我がロティリア食品も今回のファウゼン復興では特需に近い利益を上げられました」

「それもこれも、皆、ダモン閣下の御蔭で御座いましょう。祖国を想う志高き皆様の
 ご協力を得るための一案を少しばかりご提案した程度、今回の件に関しては全て
 閣下のご深慮あっての物でしょう。私の功など取るに足らぬ瑣末なものに過ぎません」


「何をご謙遜される。ダモン閣下の遠謀深慮の一端を知り、
 その偉業を助ける少尉はまことガリアの至宝と申すべき存在」

「アンティーノ会長の言うとおりですな。フーゴ・リベルダン重工としては
 ダモン閣下だけでなく、少尉への助力も惜しみなく行いたいと考えております
 今後とも、祖国繁栄のため手に手を取り合うような関係を構築して参りましょう」


「非才の身にそのような過分なお言葉頂けるとは、今後もダモン閣下の偉業を助け、
 皆様のご期待に応える為、祖国の栄光のために粉骨砕身の覚悟で励む所存であります」


歯の浮くような芝居がかった台詞を交わしながら、他人の血で超え太る吸血鬼達の前で何度もダモンの名前を出し続けるクルト、
執拗に繰り返される彼の発言は薄っぺらな追従と謙遜を主成分にしていたが、
ダモンというの名の旨味たっぷりの調味料を巧みに用いることで
あたかも、自分がガリア正規軍で絶大な権力を握る男の懐刀であるような印象を周りの者達に与えていた。
もっとも、海千山千の商売人がそうそう簡単に自分の狙いに乗ってくれる筈がない事をクルトも知っていたため、
美辞と酒に溺れ酔ったダモンの下に彼等を誘って再三訪れ、その度にアホを煽てて上手く躍らせ、
『自分が一番ダモンを上手く使えるんだ!』と彼等に実演して見せる。

この光景を、論より証拠とばかり見せられた損得勘定が得意な者達は、クルトに利用価値があることを否応なしに認めざるを得なかった。

正規軍でなく、義勇軍から繋がるダモンへのこのルートは
既にパイプを構築して既得権益を得ている者には脅威を感じさせ、
未だパイプを持たず、少しでも繋がりを持ちたい者には魅力的に見える。


小賢しく利に聡い商人達に自分の価値を知らしめたクルトは、ダモン以外の目ぼしいカードを手札に加えることに成功する。
このカードで上手く役を作りながら、効果的に場に出せば、
ダモンの力との相乗効果を生み、より巨大な力を手にすることが出来る可能性も十分あった。
だが、クルト自身の資質というより、その志向に難があったのか、
手札に加えられた何枚かの強力なカードはその力を大きく発揮すること無く、ゲームは終わりを迎えることになる。


彼が望むのは虚飾に飾られた栄達や権力などではなく、
銃後の安全で安定した待遇のいい転職先という小さな望みだったのだ。











血の味がまだする唾を地面に吐き捨てながら、クルトはライフルに弾を込めなおす。
既定の訓練時間をこなす為、射撃場で的を相手にしているようだが、
命中率はそれほど高く無く、その結果は今一つのようであった。



「兄さんが、すみませんでした」
「別にイサラが謝る必要は無いさ」


昨夜、ダモンと共に欲望渦巻く社交界に参加し、アマトリア基地にほろ酔い気分で帰って来たクルトは
採用はされなかったが、非道なファウゼン攻略作戦を立案した事に対し、
ウェルキンから激しく詰問され、それを全く取り合わずに適当に流そうとしたため、
興奮した彼に最終的に殴り倒されていた。

その騒動の結果、アマトリア基地に居る義勇軍のほぼ全ての隊員達に
クルトが大量のダルクス人を見殺しにしようとした事を知られることになっていた。



「でも、兄さんのせいで、キルステン少尉が基地で孤立する事になってしまいました」

「まぁ、確かにそうだが、俺が自分の身かわいさに、あの作戦を立案したのも事実
 いまの状況は身から出た錆とも言えるし、仕方がない事だよ。それより、
 同胞をゴミ屑のように犠牲にしようとした俺に対して、文句は言わなくていいのか?」


今一つ当らないライフルを置いたクルトは、ダルクス人のイサラに静かに語り掛ける。
ダルクス人である彼女の言葉なら、真っ直ぐに受け止める心算だった。
少し前のクルトからは考えられない考えだったが、
お人好し揃いの第七小隊の面々と少々長すぎる時を過ごしたせいで、固くなとも言える彼の心境に小さな変化が生まれていたのかもしない。

ただ、イサラは彼が予想していた言葉を発することは無かった。
彼女は小さく首を横に振って、クルトのことを兄の様に責めようとしなかったのだ。



「私はキルステン少尉、クルトさんの事を責める気は全くありません」

「へぇ、俺はお前の同胞を大量に見殺しにしようとしたせいで
 今やダルクス人以外の隊員からも嫌悪の的にもなってるんだぜ?」


「確かに、クルトさんの立てた攻略作戦が実行されていたら、
 多くのダルクスの人々が犠牲になったでしょう。でも、その代わりに
 兄さんや私を含めた第七小隊の皆が危険な目に遭わずに済んだ筈です」

「違ぇーよ。俺は自分の助かり易い作戦を選んだだけだ」

「ふふ、昔のクルトさんなら、そんな風に答えなかったと思います
 もし、今の考えが私の勘違いでも、自分にプラスなると判断したら
 きっと訂正しようとせずに、そのまま勘違いさせたままにしてます」


そっぽを向いたまま答えを返さないクルトと、
自身に満ちたかわいらしい笑顔を見せる少女、
どちらが勝者であったかは言うまでもないだろう。

何も言い返せない情けない男に、イサラはより確実な勝利を得るために
攻撃の手を緩めようとはしなかった…


「クルトさん。貴方は最初から私の価値をちゃんと認めてくれました
 ダルクス人のイサラじゃなくて、今は整備の技術だけかもしれませんが
 いつかは、貴方の前に立つ一人の人間として…その、あの、何て言うか・・」


・・だが、まだまだ、詰めの甘さが残るようで、一気に勝負を決めるには至らなかった。
そんな少女らしい未熟さは、彼にかつて失った大切な人を思い出させるものであったらしく、
自分で言っといてあたふたとする女の子なイサラの頭を優しく撫でさせる。
クルトにしては珍しく自然で素直な行動であった…








極一部を除いて、非道な参謀に対する不信と嫌悪が吹き荒れる中、
義勇軍第三中隊はガリア北部奪還の橋頭堡となるマルベリー海岸攻略を命じられる。

マルベリー海岸の狭い岸壁にある道では戦車の通行は困難であり、
唯一と言ってもよい戦車が通行可能な場所は遮蔽物が無く、そこを進むことは
海岸沿いにある防衛陣地に陣取る帝国軍銃弾の的になる事を意味していた。


ガリアの人々が浮かれる精霊節を前にしながら、
義勇軍の面々は何度目か分からぬ重苦しい気分に陥ることとなっていた。



「いったい正規軍の奴等はアタイ達のことを何だと思ってるんだい!」

「幾らでも補充の利く弾避けとでも思ってるんだろうさ
 正規軍の義勇軍に対する扱いは昔から一向に変わって無い訳だ」


椅子を蹴りあげて言葉を荒げるロージーに、苦虫を噛み潰したような顔でぼやくラルゴ、
いつもいつみ正規軍の代わりに犠牲を強いられる立場に彼等は怒り、心底うんざりしていた。



「だが、いくら目の前に困難な状況であっても、立ち止まることは出来ない
 ガリアの人々を帝国から守るためにも僕達は逃げ出す訳にはいかないんだ!」

それでも、第七小隊を率いるウェルキン・ギュンター少尉は立ち止まろうとしない。
祖国を守るために自分が何をするべきか考え、全力でそれを為す。
近い将来、絶対的な英雄として多くの人々に知られる事になる彼は、強い意志を持っていた。

そして、その男と真反対な考えを持つ男が第七小隊にはいた。



「別に俺は逃げても良いと思うけどね~、国破れて山河あり
 たかだか、小国の一つが地図から消えても大して困らないと思うぜ?」

「はんっ!アンタは何だって捨てちまうから平気かもしれないけど
 アタイらは違うんだ!アンタみたいな卑怯な真似は死んだって御免だ」

「そうですわ!少尉は間違っていますわ!私達は戦って勝利し、ガリアを救う
 このイーディ・ネルソンは正々堂々戦って、見事、勝利を手にして見せますわ!」


珍しく意気投合して戦う事を主張するイーディとロージーの様子に苦笑いしながら、
クルトは逃げると言ったのは冗談だと謝罪して作戦の概要を淡々と説明する。
彼に対する厳しい隊員の視線を特に気にした様子を見せること無く。


「まぁ、作戦を要約すると真っ直ぐに敵に突っ込んで基地を攻略する
 遮蔽物の無い状況では相当数の犠牲が予想されるが、これも命令だ」

「けっ、参謀のお好きなダモンの野郎の命令だろ!」
「兄さん!」

ハッキリと不平の言葉を投げ掛けるオスカーとそれを心配そうに止めるエミール、
オスカーの言葉はある意味隊員の大多数の気持を代弁した物であったため、
兄が軍上層部に睨まれないか心配した弟以外はそれを止める者はいなかった。

随分と嫌われたたなと自嘲の笑みを漏らすクルトを心配そうに見つめるのは、
最近、夜更かしがちなのか、目の下に隈を作っているイサラだけであった。










「相変わらず精が出るねぇ、夜も遅いって言うのに
 一人でそんなに一生懸命頑張ってどうするんだ?」

「いいんです。私が好きでやっていることですから。それに私がコレを
 作っている事を知っているから、今回の作戦を止めなかったんでしょう?」


「さてね?俺は完成の目処も付いていない煙幕弾をアテにして
 作戦の遂行を決めちまうほど命知らずじゃないつもりだけどな」

「ふふ、じゃ、尚更頑張って完成させないとクルトさんに迷惑掛けちゃいますね」


煤で汚れた顔を拭う事もせず、目の前の作業に没頭する少女は、
自分の腕に対する信頼をクルトの言葉から確かに感じ、本当に嬉しそうな笑みを溢していた。
そんな様子に満足そうに頷いたクルトは話題を明日に迫った精霊節へと転じる。

ちなみにガリアの伝統行事の一つでもある精霊節では、懇意にしている人に贈り物をする習慣があり、
最近ではそれが長じて、恋人や好きな相手に贈り物をするのが主流になっている。


「ロージーに、その横に置いてあるダルクス人形を渡す心算なんだろ?」

「はい。受け取って貰えるかは分かりませんが…」

「詳しくは知らんが、ラルゴの口振りからすると姐さんも過去に色々あったらしいからな」


かつてダルクス狩りから逃れようとするダルクス人を匿ったせいで
両親を失ったロージーの憎しみは根が深く、理屈ではないものであった。
それ故に、ダルクス人であるイサラに対しても辛くあたっていたのだ。


「まぁ、頑張るんだな。互いが生きてる内だったら、案外何とかなるもんだ」

「はい!私、頑張ります。あと、少し早いですけどクルトさんにコレを…」


クルトに渡されたものはイサラに似たロージー用のとは色違いのダルクス人形だった。





「へぇ、夜中に何かコソコソやってたと思ったら、そんなものを作ってた訳かい」

「ロージー!せっかくイサラがアタシ達の為に
 頑張って作ってくれたのよ。そんな風に言わないの!」


作戦当日、イサラから煙幕弾の完成及びそれを利用した作戦をクルトから聞いたロージーは
ヤンから窘められる程嫌みたっぷりな言葉を発する。
素直になれないのは精霊節であろうと変わらないらしい。




「イサラの作ってくれた煙幕弾を利用して前進、敵の基地を一気に陥とす!!」

「おう、やってやろうじゃねーか!」
「えぇ、私達の活躍で絶対に勝ってみせるわ~ん、うふ♪」




「少尉、ちょっと時間は頂けるかしら?」

「いや、作戦前で忙しいって…おい!引っ張んなって…」
「いいから、黙って貴方はわたくしに着い来てなさい!」


精霊節であってもツインテールの少女の強引さは相変わらずらしい。
そして、その好意は少しの悪評程度で揺らぐような柔な物ではない。

手渡されたピンク色のかわいらしいラッピングで包まれた贈り物には
少女の変わらぬ想いが込められていた。
もっとも、それを受け取る相手は素直にそれを喜ぶ素振りを見せるほど
かわいい性格をしていなかったが…



「・・にしても、俺はいまや隊内で憎まれ者の悪の参謀だぞ?」

「それが、どうした!…ですわ!このわたくしが、
 そのようなことを気にするとでも少尉は思っていましたの?」

「思わないな。貰っておくよ。イーディ、ありがとう」


真っ赤な顔をした少女が凄い勢いでホーマーなどを吹き飛ばしながら走り去るのを見送った男は、
もう一度作戦図を確認し、マルベリー海岸防衛陣地への最短ルート、
歩兵部隊の散開ポイント、狙撃チームの援護ポイントなどを確認し、
より効率的な配置を模索しながら、自分に対する嫌悪感を隠そうとしない隊員達に
指示を淡々と出していく。

どのような状況下であっても、自分の生存確率を上げるための労は惜しまないのがこの男の性分であり、
彼に対する不平不満を持つ隊員達も、それは良く知っているため
ウェルキンの立てた作戦の細部を補足する臆病で卑怯な参謀の指示に異を唱えることはなかった。

長引く戦いを生き抜く中で、第七小隊の隊員達も生きる術を最優先する習慣がいつの間に身に着いていたようである。
もっとも、その歴戦の戦士が持つような感覚を素人同然の義勇軍がこうも早く身につけられたのは、
誰の功に帰するのか、気付いている者は殆ど居なかったが…



 




「これより、マルベリー海岸防衛陣地に対する攻撃を開始する。総員前進!!」

「おぉおお!!」「やってやろうじゃないか!」「わたくしにお任せなさーい!」
 

隊長のウェルキンの言葉に皆が応え、遮蔽物の殆ど無い岸壁の道へと歩兵たちが駆けて行く。
イサラの開発した煙幕弾を信じているからこそ、彼等は前に進む事が出来た。
ダルクス人嫌いの隊員達も、これまで完璧な整備の腕を見せて来たイサラの力を疑う事は無かった。



「煙幕弾を発射!!先行するエーデルワイス号を盾にして
 一気に敵第一防衛ラインを突破するぞ!!全員遅れるな!!」

「続く順番は偵察兵、突撃兵!対戦車兵、狙撃兵はその後だ。工作兵は最後方だ」

隊長、参謀が次々と指示を出し、第七小隊は戦車を盾にしながら煙幕を隠れ蓑に前進していく。
これに対し、帝国軍は狙いを定めることが出来ないまま、闇雲に発砲するだけで、効果的な攻撃を加えることが出来ない。
こうなっては機関銃の銃座やトーチカの防衛力も意味を為さない。

後輩部に攻撃口の無いトーチカはその前を煙幕に守られて突破した第七小隊の手によって易々と破壊され、
銃座の兵達も陣地内の帝国軍の手によって作られた防御陣を安全な狙撃ポイントとして利用する
マリーナやオハラといった優秀な狙撃主の餌食になって、物言わぬ屍と化していた。


張られた煙幕を最大限に有効活用しながら、先行する第七小隊は快進撃を続け、
後続のその他の義勇軍部隊も最小限の犠牲で敵陣地の攻撃、制圧を行なって行く。
マルベリー海岸攻略は順調そのもので、陣地を陥落させるのも時間の問題であった。



「ロージー!大丈夫かっ!!」「ロージーさん!早く手当てしないと」



そんな状況下であったが、流れ弾がある『モノ』を拾おうとしたロージーの腕を掠め、
この作戦における第七小隊最初の負傷兵が生まれた。
負傷した本人はある『モノ』ものの御蔭で命拾いしたし、怪我は大したことは無いと言い張り、戦闘を継続しようとしたが、
ウェルキンに強く諌められ、後方での待機を渋々と認めさせられる。






「ったく、何でアタイがアンタら何かと一緒にこんなトコで待機しなきゃならないんだ」

「ロージーさん!無茶は言わないで下さい。今は怪我をしているんですから」

「そーそー、命の恩人のお守りの製作者には素直に従わないと
 ちゃんと受け取ってるなんて、姐さんも大分大人になったようで」


「うっさいよ。イサラがどうしもっていうから、アタイは・・痛っ!」

「クルトさん!!ロージーさんは、今は怪我をしているんです!
 興奮させるようなことはしないで下さい。傷に響いてしまいます!」

「悪かったって、もうしないから、そんなに怒るなよ」


ダルクス人形を何だかんだ言いながら受け取っていたロージーを暇つぶしがてらからかったクルトは
イサラから手厳しく叱られ、早々に謝罪をして大人しくさせられていた。

どうやら、後方で待機する三人組みで一番強い力を持っているのは、
一番階級が高い者でも、軍暦が長い者でも無く、誰よりも優しい心を持った少女のようだった。

後方の三人は衛生兵の三姉妹の誰かが来るまでダラダラと会話を楽しんでいるだけで良い筈だったが、
戦場という過酷な場所では、後方と言えども決して安全地帯ではないと身を持ってしることになる。
崩れたトーチカで死後の世界に片足を突っ込んだ帝国兵が彼等にライフルの狙いを定めていたのだ。




「全員伏せろ!!」




最初に気付いたのは危険察知能力、隊内では保身に関しては右に出る者がいないクルト、
彼にしては手際よく構えたライフルを死に掛けの帝国兵に向ける。



「ロージーさん!!」


次に動いたのは戦いには向かない小さな少女だった。
彼女は怪我で動きの鈍ったロージーを押し倒して伏せさせる。


帝国兵に先んじたクルトの放ったライフルの銃声が鳴り響き、帝国兵の放つライフルの銃声が続けて音をあげる。
そして、もう一度だけクルトがライフルに仕事をさせると、銃声がなり止んだ。
皮肉なことに、前線ではマルベリー海岸の防衛陣地は既に陥落しており、
クルト立てた銃声が、この戦いにおける最後の銃声であった。



「うっ、嘘だろ。何だってアンタが…、イサラ、アンタ馬鹿だよ
 アタイになんか渡してて、自分のモノを持っていなかった何て…」


「ロージーさん、わた・・し、ロージーさんの歌・・好き、でした」
「あぁ、歌がいいのかい!何度だって何だって歌ってやるさ
 だから、だからしっかりするんだよ!もうすぐ衛生兵がくるからさ」

「ロージー、最後だ。静かに聞いてやろう」
「アンタは黙ってな!!アンタが最初のを外してなきゃ、イサラはっ!!」

「止め・・て下さい。誰も、はぁ・・うっ、悪くありません
 クルトさんに、お願いがあります。聞いてくれ・・ますか?」

「まぁ、聞くだけならな」 「アンタはっ!!」

「どう・・か、兄さんのことを、よろしくぅっ、お願いします
 兄さんに無い力・・を、クルトさんは・・持ってぇ、その・・力で・・」

「分かった。善処はする。絶対とは約束できないけど、出来る範囲でな」



「ありが・・と、う・・」



「イサラ・・?おい、嘘だろ?なに黙ってんだい。いつものように
 真面目で、強がってアタイを怒らせるようなことをいっておくれよ・・」




崩れ落ちるロージー、無言で無表情のクルト、二人に見送られて一人の少女の命は戦場に散った。
マルベリー海岸攻略作戦に置いて第七小隊は僅か一名の戦死者を出すのみで、見事作戦の成功に貢献、
この困難な作戦を成功した事によって、義勇軍第三中隊、取り分け第七小隊のガリアにおける勇名は更に高まることになる。


もっとも、第七小隊の隊員達の多くはそれに喜ぶ事は無く、
大切な仲間の死によって深い悲しみに支配されることとなる。

勝利のための犠牲は少なくとも、決して小さく無かった…



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