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No.15115の一覧
[0] 戦場のヴァキューム  (戦場のヴァルキュリア)[あ](2010/01/10 10:57)
[1] 戦場のイカサマ師[あ](2010/01/10 11:07)
[2] 戦場の二枚舌[あ](2010/01/04 19:45)
[3] 戦場の屁理屈[あ](2010/01/10 11:19)
[4] 戦場の悲劇[あ](2010/01/04 19:45)
[5] 戦場の晩餐[あ](2010/01/04 19:45)
[6] 戦場の離脱[あ](2010/01/10 12:44)
[7] 戦場の遭難者[あ](2010/01/04 19:46)
[8] 戦場の叙勲[あ](2010/01/10 15:53)
[9] 黒の断章[あ](2010/01/11 21:16)
[10] 戦場の後悔[あ](2010/01/17 00:00)
[11] 戦場の思い出[あ](2010/01/24 19:44)
[12] 戦場の膠着[あ](2010/01/31 11:21)
[13] 戦場の虐殺[あ](2010/01/31 16:49)
[14] 戦場の犠牲[あ](2010/10/11 17:35)
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[15115] 戦場の後悔
Name: あ◆2cc3b8c7 ID:2320373d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/17 00:00
ファウゼン・・・、ガリア公国北部に位置する鉱山・工業都市として知られ、
良質のラグナ鉱石が産出される鉱山をいくつも有するこの地は
領有権を巡って帝国とガリアが何度も矛を交える重要拠点であった。

現在は帝国軍北部ガリア侵攻部隊司令官ベルホルト・グレゴール中将によって
ファウゼン防衛の任に就いていたガリア軍は駆逐され、帝国が支配者として君臨している。
また、帝国各地で行われた『ダルクス狩り』で集めたダルクス人を過酷な鉱山作業に従事させることによって、
開戦の目的であった豊富なラグナイト資源を日夜帝国軍本領に輸送しており、
この地を帝国が有することは、ガリアだけでなく別の戦場で戦う連邦にとっても愉快でない事態であった。
そのため、ガリア軍正規軍は何度と無くファウゼン奪還作戦を立案実行していたが、その悉くが失敗に終わっていた。
岩壁に囲まれた天嶮の要害に加えて、帝国より持ち込まれた強力な列車砲によって、
ファウゼンは軍事要塞化し、容易に落ちない難攻不落を謳い上げ始めていたのだ。



そんな中、ファウゼンで悲惨な状況に置かれているダルクス人がレジスタンスを結成し、
外に居るガリア軍に協力を求めてきたことで、ガリアはこりもせずにファウゼン奪還に向けて大きく動くことになる。
もっとも、これ以上自分達の犠牲を増やしたくない正規軍の面々は、
義勇軍の大部隊による一斉攻撃を囮として、正面から攻勢を掛け、
巷で英雄扱いされる義勇軍第三中隊所属の第一小隊と第七小隊を
ファウゼン内部に潜入させ、列車砲を破壊させるという無茶な作戦を採ろうとしていた。
もっとも、『蛇』にでも依頼したほうがいいんじゃないかといったトンデモ作戦であったため、
義勇軍首脳部だけでなく正規軍の良識派もこの作戦に難色を示しており、軍部内の意見は大いに割れ、
実行の可否についてはガリア中部方面総司令官ダモン大将に一任されるという事態になっていた。



そんな危機的な状況の中、その情報をある方面から知った利己的で自分がかわいくて仕方が無い男は、
危険な潜入作戦を避けるため、過日の叙勲への推薦に対するお礼と称して高級ワインを片手に
個人的な知己を得ているダモン将軍の私邸を非公式に訪れていた。



「ふむ、君の考えとしては岩壁に囲まれた陸の孤島、帝国軍によって軍事要塞化した
 ファウゼンに無理に侵攻するのはガリアにとって犠牲が大きすぎると言いたい訳か?」

義勇軍の目端が多少利く若き英雄とやらの非公式の訪問を受けたガリア軍の重鎮ゲオルグ・ダモン大将は
クルトの話を聞いても、そんなことはお前などの若造に言われなくても分かっているというような顔をしながら、
クルトの月給の何倍もするワインの入ったグラスを何度も傾けていた。
もっとも、そのような横柄な態度を崩さない肥太った男に動じるほど
目の前に立つ利己的な男は繊細ではなく、促された続きをぺらぺらと述べていく・

「閣下、ファウゼンは敵将グレゴールの手によって軍事要塞化しており
 そこを奪還するためには、中に潜入して列車砲を破戒する必要がある
 その妥当性については小官も重々承知しております。ですが、それ以上に
 犠牲が少ないファウゼン奪還の方策があるとしたら、それを採るべきでは?」

「ほぅ、そんな都合の良い策があるなら、是非とも伺いたいものだが
 自分の身かわいさ故に出したような稚拙な策などは聞く耳は持たぬぞ?」


ダモンの目が光るのを感じながら、クルトは自分の頭の中で練りに練った言葉を紡いでいく、
自分と同じように打算的な男を説得するためには、より大きな利益を見せる必要があった。
何より、嫉妬深い将軍殿は巷で英雄と持て囃される生意気な若造が揃って死ぬというなら、
ファウゼン奪回作戦が失敗した数が後一つ増えても良いとさえ考えている節があるのだから・・


「閣下、今回の作戦立案の直接の起因は内部からの協力者のダルクス人が
 帝国の圧政からの解放を望み、ガリアを頼った事にあると伺っております」

「少尉の言うとおりだ。ダルクスのような汚い輩と与すというのは
 いま一つ気乗りはせぬが、ファウゼンを落とすためにはいたし方があるまい」

「閣下のご心痛よく分かります。ダルクスの差し出した汚れた手を閣下のような
 由緒ある名門貴族の御方が握ることがどれほどの苦痛か、それを耐えられて
 ガリアが勝利するために最善を尽くされる閣下を小官は心より尊敬しております」


選民思想の強い貴族階級のダモンがダルクス嫌いと踏んだクルトは
今回の作戦がガリアとダルクスが手を取り合うという彼にとってマイナスなイメージを
強く想起させるような話し方を敢えてする。無論、短気な彼を不快感で激発させないように追従を織り交ぜながら・・・


「ただ、報国の心篤き閣下をダルクスと結びつくような決断を採らせることなく
 勝利だけでなく、ダルクスの穢れも避ける方法があるとしたらどうでしょうか?」
「その様な方法があると少尉は申すのか?なんじゃ、どのような方法なのだ?」

「非常に簡単な方法でございます。ファウゼンに対する包囲を緩め
 閣下のお知り合いの信頼できる民間企業の力をお貸し頂くだけでよいのです」

虚栄心と軍財の結びつきで生まれる利権に目が眩みアッサリと喰い付いて来た男に対する失笑を抑えながら、
悪魔の尻尾を揺らしながらクルトは残酷なファウゼン攻略作戦案を目の前の男に教授していく・・・


「ふむ、これならばわが国にも犠牲は少なく、穢れたダルクスの大量の難民を
 ガリアが纏めて面倒を見る必要は無さそうだな。分かっておる、若干の面倒は見る」

「生き残ってしまったモノに慈悲を与えることは、閣下のイメージに必ずプラスと
 なりましょう。無論、そこに生活物資を運び込むのは『信頼できる業者』となります」

「分かっておる。軍部と財界が共に手を取り合う必要性はわしも強く感じておる」

「万が一、偏った人道等を叫ぶ愚か者に邪魔されて、『閣下』の考案された新作戦案が
 通らずに現状の第一案が採られる事になったとしても、難民用の生活物資は必要と
 なります。今の段階から用意した貴重な物資が無駄になる心配はせずとも良いでしょう」

「ふむ、その場合もわしが解放者としてダルクスの貧民に慈悲を与える英雄となる訳か
 正直、ダルクスなどに何も与える必要は無いと思うが、大義のためには致し方あるまい」


圧政に苦しむ無辜のダルクス人を自らの利益のための材料としてしか考えない醜悪な二人の話は弾み、
ダモンはクルトの事を『お気に入り』から『使える男』という認識に改め、
クルトはダモンの事を『動かし易い男』と再認識する。
正規軍と義勇軍という反目しがちな組織に所属する二人であったが、その関係は終始良好であった。


「少尉の『お礼』は若いのに似合わず中々の気が利いておって
 実に満足出来る物であった。返礼とは言って何だが、万が一
 新たな作戦案が通らず、旧案が通ってしまった場合は別の隊に・・」

「いえ、そこまでのお気遣いは無用です。閣下にそこまでご迷惑は掛けられません
 また、その場合も『英雄』を迎える準備をする人間が中に必要となりましょう
 失敗したとしても、取るに足らぬ義勇軍の屍に尉官が一人加わるだけ
 大業を成し遂げるダモン閣下は、そのような些事を気に留める必要は御座いません」

「うむ、失言であった。だが、少尉のわしに対する忠勤の篤さには痛く感じ入った
 帝国との戦いが終わった後も、わしの下で働けるように命を粗末にしてはならぬぞ」


どうせ戦死したら、別の使い勝手のいい奴見つけて直ぐ忘れるんだろ?と思いながら、
クルトは表情を隠すために深々と頭を下げて一礼した後、ダモンの私邸を後にした。
表面上の関係は良好そのものだが、それはお互いに利用価値が有る内だけとクルトはよく分かっていた。
もっとも、忠勤を尽くされて当然と考える貧相な想像力しか持たないダモンは、
頭を下げる男の黒い腹の内に死ぬまで気付くことはでき無かった。





三日後、ダモンが打ち出した過激すぎる『新作戦案』に対する意見は大きく賛否が割れ、
事態の収拾がつかなくなることを恐れた宰相のボルグがコーデリア姫にお伺いを立てた結果、
見事に却下され、代わりに義勇軍の負担が大きいファウゼン潜入作戦が採用されることになった。
ただ、第一案が失敗した場合は、第二案を実行するというダモンに対する配慮もされた裁可だったが・・・




ですよねー。幾らダモンの軍での実力が凄いからといって、
さすがに俺の立てた作戦は非人道的過ぎるからアウトですよねー。
畜生、やっぱ、カッコ付けないでダモンの好意を受けて正規軍とかに転籍しとくべきだったか?


「よっ、仲良く死地に赴くことになったな。ただ、俺達が失敗したら
 ダモンの考えた最悪の作戦が実行されることになるからな、責任重大だ」

「そうだな、がっ頑張ろうな。あはは」

その最悪な作戦を俺が考えましたなんて言えやしない言えやしないよ。
ほんと、死地には行かざるを得ないし、第二案の本当の立案者ってことが
お人よし揃いの義勇軍の奴らにバレたら面倒なことになりそうだし、ほんと判断誤ったな。
こんな事となら、下手に悪足掻きせずに何もしないで居たほうがマシだったぞ。


「そう深刻な顔をするなよ。お前は第七小隊の仲間から信頼されているんだ
 誰よりも命を大事にするお前が、逃げずにこの任務に参加するってことは
 みんなを大きく勇気付ける。参謀としてウェルキンをしっかり支えてくれよ」

「あぁ、分かってるって、下手に逃げたら後ろから味方にズドンだからな」

「そうだったな。俺は第一小隊の連中を集めてブリーフィングに行って来る
 後で第七も含めた潜入する隊員全体でのブリーフィングもやる予定だから頼むぞ」


信頼って、第七小隊の想いなんかとっくに裏切っちゃいましたから、
ファルディオの野郎、俺が第二案の本当の立案者ってことを、
実は知っててワザと爽やかに喋りかけてるんじゃないよな?
たぶん俺の被害妄想だとは思うけど、あいつの発言から見えない悪意が感じられてしょうがないぜ。


「キルステン少尉!第七小隊のブリーフィングの開始時刻はもう過ぎてます
 兄さんも他の隊員たちも皆さん集まっています。あとは少尉だけですよ!」

「・・・イサラか、悪いな。わざわざ呼びに来て貰って、直ぐに用意していくよ」




目の前に現れたダルクスの少女によって、随分と昔に無くした罪悪感というものを少しだけ揺さぶられた男は、
必要の無い用意をすると嘘をついて、彼女を先に行かせて共に歩くことを避けた。
少し前の彼では考えられない行動であった。
イサラも若干様子がおかしいクルトに疑問を持ったが、
わざわざ待って一緒に向かう必要は無いので、参謀がもう少し遅れるということを隊長である兄に伝えること優先した。



イサラが参謀室を出た後に屑籠に捨てられたフゥアゼン攻略作戦案は非常に単純で効果的なものであった。
作戦の第一段階はファウゼンに対する包囲を意図的に緩め、
ダルクス狩りで帝国が集めたダルクス人が楽々とファウゼンに入れるようにし、
帝国兵に対して過剰な数のダルクス人労働者を抱えさせるように仕向ける。
第二段階として、包囲を緩めない地区、岩壁に覆われて水が確保しにくいファウゼンの生命線とも言える川の上流に、
ダモン等の息のかかった建設業者に堰を作らせる作業を行ってお仕舞いである。後は待つだけでガリア有利に事が動く。
駐留する帝国軍の水くらいは確保できるだろうが、ダルクス人に回る水は直ぐに事欠くようになる。
そうなれば、帝国軍にとって不愉快な事態が起こるのは想像に難しくない。
水を求めて暴徒と化す『集めすぎた』ダルクス人の暴動は容易に鎮圧できないであろう。
また、その策に気がついてファウゼンからノコノコと堰の破壊を目論んで出てくるなら、
堰の回りに設けた防御陣で待ち伏せして殲滅するだけである。
また、潜入した工作員によって街にある井戸に毒を投げ込むなどの細かい案などもその中には含まれていた。

ラグナイ鉱石の採掘量を是が非でも上げたい帝国はこの策に乗らざるを得ないのだ。
あくまで、帝国の首脳は皇帝であって、ガリア方面軍司令官のマクシミリアンなどではない。
彼らが優先する事項は豊富なガリアのラグナイト資源を帝国本国に送ることなのだから・・・

救いを求めてきたダルクス人を人として扱わない限り、クルトの作戦は非常にガリアにとってメリットが大きいものである。
暴動が起きた混乱のファウゼンに正規軍の訓練を積んだ工作部隊を潜入させて列車砲を破壊し、
それと平行して正規軍による大火力の総攻撃を掛ければ不落の要塞も陥落させることが出来る可能性が高い。
そして、陥落した街にダモン率いる宣撫班が食料や水を大量に抱えて現れる。
ダルクス人は彼等を歓呼の声で迎えるだろう。帝国の圧政から救う救世主として、
最初に差し出した手を握ってくれなかったことに不満を持つダルクス人など所詮多数派にはなれないのだ。
目の前にあるパンと水をくれるのは不平を言う同胞では無く、
ダモンや彼に付き従う兵士や業者の人間達なのだから・・・


まぁ、クルト自身もシナリオ通りに味方や帝国、それに哀れなダルクス難民が踊ってくれるとは思っていないが、
自分の考えた作戦が通れば、ファウゼン潜入作戦を素人だらけの義勇軍でやらなくて良くなるので、
必死になってダモンに働き掛けた次第である。





「まったく、無茶な作戦だな。素人の潜入部隊でゲリラの真似事か
 帰れるものだったら、今からでも帰りたいぜ。・・向こうも始まってるな」

「正攻法じゃ、軍事要塞と化したファウゼンを落とすことは出来ないと上層部が
 下したんだ。次の非道な作戦が実行されないために無茶でも成功させるしかないよ」

「はんっ、いつも無茶するのはアタイ達じゃないか?お偉いさんはいい気なもんだよ」
「お偉いさんは下にはいつも無茶を言うものって決まってやがるんだよ」


ファウゼン潜入部隊が帝国に気付かれないようにするため、義勇軍の大部隊が囮として決死の突撃を仕掛ける中、
非道な作戦を実行させないために決意を新たにする隊長のウェルキン、
いつものように不平を口にし、ラルゴに宥められるロージーと、
成功率の高くない任務でありながら、第七小隊の隊員達は取り乱す様子は無かった。
これまで多くの無茶な作戦を義勇軍だけで成功させてきた実績が、彼らに大きな自身を植え付けていたようである。


「っと、列車砲の余波がここまで来てるな。ほんととんでもない兵器だな」
「キルステン少尉はどのくらい被害が出ていると思いますか?」

「さぁね。半分以上生きて帰れれば御の字だろう
 力攻めして落とそうってのがそもそも間違いなんだよ」

第七小隊と共に潜入任務を担う第一小隊のラマールの質問にクルトは投げやりに答える。
桁外れの射程距離と威力を持つ列車砲に近づくことすら間々ならない難攻不落の要塞を
ごり押しで何とかしようとする上層部にさすがに腹を立てていたのだ。

「上層部の腐った作戦がたとえ間違っていたとしても俺達がやるしかないさ
 俺達が失敗すればより残酷な攻略作戦が実行されることになるからな
 それに囮の大部隊が全部囮だと向こうも思わないだろうし、やる価値はある」

「それで俺らが無駄死にする可能性があってもか?」
「それでもだ。すでに俺達のために死んでいった仲間達の死を
 無駄にしないためにも、俺達は街への侵入を成功させなければならない」


皮肉な答えを返すクルトにファルディオは力強い決意を持った答えを返す。
仲間の犠牲、ガリアや帝国に利用だけされて殺されかねないダルクスの人々を解放するという
自分達にしか出来ない使命を果たすため、ファルディオも部下のラマールも
困難な任務を前にして、足を止めるような真似を見せることは無い。
そして、その彼らの真摯な姿はクルトの気をますます重くさせていくのだった。


「なにをモタモタしてますの?わたくし達の活躍に
 ファウゼンの人々の運命がかかっていますのよ!」

「へいへい、分かってますよお嬢様!ほら、手!」

気分と共に足取りが重くなったクルトにすかさず声を掛けた少女に
手を差し出したクルトは彼女を勢いよく岩の上に引き上げてやる。
いつもと変わらない彼女の姿は見た男は、いつもの自分を少しだけ取り戻すことに成功する。

「もう少し丁寧に扱いなさい!そんな強引に引っ張るだけでは全然ダメですわ
そもそも、女性に対するエスコート仕方について、あなたはもう少し覚えて・・」

「ほら、イサラも無理しないで手出せよ。ちょっと、段差が高いからなココは」
「すみません。ありがとう御座います」

「いい度胸ですわね。少尉、わたくしの話が終わっていませんのに
 他の女性とお喋りなんて、もう寛大な心を持つわたくしでも許せません!」

多少は元気なイーディに感謝の気持ちを抱いたクルトだったが、
面倒な方向に、これまたいつものように突っ走り始めたので、
後ろから聞こえる文句を無視し、彼女を残して早々にその場を後にする。
スイッチが入った彼女の相手をしてやる気力はまだ持てそうに無かった。
これからファウゼンで目にすることになるもの、そして思い出すだろう過去の出来事、
とっくの昔に捨てた感情がふつふつと湧き上がるのを必死で抑えながら、
クルトは岩壁を登っていく、今は生き残ることだけを考えろと必死に言い聞かせながら・・






「ウェルキン、クルトあったよ!レジスタンスの人が用意してくれたロープ」

「手際のいい事で、占領された後に出来た日の浅いレジスタンスにしては
 期待できそうな仕事ぶりだな。まぁ、それでも任務の成功は厳しいだろうけど」
「厳しくてもやるしかないさ。そのために僕達はここに来たんだ」

「だな。よし、全員ロープを伝って降りるぞ!崖下で案内レジスタンスと接触する
 まずは第一小隊から降りて周囲の安全を確認後、第七小隊も崖から降りてきてくれ」

登りきった崖の少し下に隠されていたロープの塊を見つけたアリシアは手早くバラして、
潜入部隊のメンバーに渡して行く。ほぼ連絡通りの場所に必要数が目立たぬように用意されており、
クルトの言うように結成から日が浅いわりに良く統制された組織であることが伺えた。
ウェルキンの決意に応じながらファルディオはラマール以下、第一小隊所属の潜入部隊メンバーに簡潔に指示を出すと、
先頭を切って崖をロープを伝って降りて行く。急斜面ではあるが、多少の訓練を積んだ者なら降りられない崖では無かった。
第一小隊に続いて第七小隊所属者たちも次々と崖を降りて、周囲を警戒しながらレジスタンスの案内人が待つ合流地点を目指す。


「なるほど、坑道を使って奥深くまで潜入するって訳か、帝国軍の野郎どもが
 自分で汗水垂らして穴を掘るわけじゃないから、知らない道がたくさんあるって寸法か」

「感心してないでとっとと行くよ!こんな所に長居する趣味は
 アタイには無いからね。さっさと面倒ごとを終わらして戻りたいね」

事前に渡された坑道地図を見て感心しながら歩くラルゴだったが、
横を歩くロージーは溜まりつつある不満が少しずつ溢れ始めたのか、
言葉の棘を隠さず、不機嫌さを全快にし始めていた。そんな彼女の様子に困った顔をした大男だったが、
彼女の事情をそれとなく知っていることもあって、その態度を窘めることはなく
彼女の希望に沿うように、足音を響かせないように注意しながら、少しだけ歩幅を広げて歩みを早くした。


「隊長、ここですよね?」
「あぁ、ラマール合図を送ってくれ」

目配せをして合流地点に来たことを全員にファルディオが告げると、
皆、頭を低くして警戒態勢を取る。レジスタンスがヘマをして帝国兵が罠を仕掛けている可能性も十分あるのだ。
拳銃を握り締めるクルトの掌は既に汗ばみ始めていた。それが緊張に拠るものなのか、
別の荷かが理由なのかは恐らく問われても本人は答えることは出来ないだろうが・・・・


「・・・、案内人だ」

「何とか第一段階は達成・・だな」
「やりましたわね!」

ラマールの石で叩いた合図に、連絡通りの合図で返したのは壁向こうのレジスタンスであった。
ファルディオの言葉で肩の力を抜いたクルトは大きく息を吐きだした。
敵地での危険な味方と接触は何度経験しても慣れることは二度と無さそうである。
慣れによって生まれる油断が生み出す危険の大きさを、彼は過去の苦い経験でよく分かっていた。


「ようこそ義勇軍のご一行様、時化た場所だが歓迎するぜ
 俺がレジスタンスのリーダーのザカだ。まぁ、よろしく頼む」

ダルクス布を頭に巻いた片目を瞑ったダルクス人の男は堂々とした態度で
ファルディオやウェルキンと挨拶を交わしていく。
ぼさぼさな髪に無精髭を生やしてだらしない格好であったが、不思議と風格があり、
彼がレジスタンスのリーダーであることを皆はすんなりと受け入れることができた。

ただ、生粋のダルクス嫌いのロージーはここでもお構いなく、
ザカと名乗る男に食って掛かり、ラルゴやウェルキンに窘められても中々引こうとしなかった。
もっとも、差別的な発言をぶつけられたザカの方は慣れたもので、彼女にココが自分達の街であり、
自分達の力が無ければ何も出来ない事実があることを認識するように忠告すると、
自分達のアジトに案内するために坑道を進み始める。
この対応に立腹したロージーは尚も絡もうとするが、ラルゴに肩を抑えられて渋々黙った。




「支配された街なんてどこも似たようなもんだな」
「活気は無く、人々は俯いて下を向いているか?」

「そんな所だ。まぁ、俺が居たところはあんな物が出来る前に無くなっちまったけどな」

窓から見下ろす街は帝国の支配以後、厳しい管理下におかれてかつてあった活気は失われていた。
そして、クルトが指で示した薄汚れた幾つもの施設は、
鉱山労働を過酷な条件でさせるために帝国各地のダルクス狩りで集めたダルクス人を収容する強制収容所だった。
このダルクス人強制収容所の存在が街により深い影を落とす。


「なぁ、本当に蜂起する必要はあるのか?失敗しても成功しても
 犠牲は考えている以上に大きくなる。俯いていても死ぬよりはマシだろ?」

「同じだよ。アンタも戦ったんだろ?誇りのため、仲間のために、命を掛けてな
 俺達は人間だ。死ぬとしても人間として戦って死ぬって決めたんだ。もう止まれねーよ」

「そうか、そうだな。余所者の俺が口を出すことじゃなかった。忘れてくれ」


ザカはクルトの言葉に首を振って気にする必要は無いと告げた。
目の前に立つ男の後悔を感じ取れないほど、彼の感性は鈍くなかった。
アリシアが作戦会議の招集を告げに来るまで、クルトは沈黙を守ったまま静かな町並みを窓から見下ろしていた。
この街に住む人々すべてを犠牲にしてでも自分達だけ助かろうと足掻いた事実を、
街全体が無言の抗議をしているような錯覚を受けながら・・・


過去の業と現在の業を抱えた男は作戦会議が行われる場所に向かって真っ直ぐに歩いていく、
多くの人にとって、ファウゼンの静かな夜は長い夜になりそうであった。



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