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No.1501の一覧
[0] ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/23 01:02)
[1] Re:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 01:22)
[2] Re[2]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 23:42)
[3] Re[3]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 01:56)
[4] Re[4]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 23:32)
[5] Re[5]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/27 18:55)
[6] Re[6]:ヴァルチャー[喫著無](2007/09/28 21:34)
[7] Re[7]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/29 17:17)
[8] Re[8]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/30 21:57)
[9] Re[9]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/02 23:27)
[10] Re[10]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/04 19:01)
[11] Re[11]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/05 23:41)
[12] Re[12]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/06 21:23)
[13] Re[13]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/08 00:21)
[14] 番外 ヤナギ[ポンチ](2010/06/08 00:04)
[15] 番外 ツバキ[ポンチ](2010/06/09 21:00)
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[1501] Re[6]:ヴァルチャー
Name: 喫著無◆39232633 ID:440294e0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/09/28 21:34
 亜人を見て全く平静なままでいる人間は珍しい。
 第一王子として何不自由なく暮らしていたはずの彼は、王子様という言葉が全く似合わない不思議な男だった。






第七話 作戦開始ッ






 砦の残存勢力は皆殺しになった。
 非戦闘員は極力逃がす方向だったが、どこに細作が紛れているか分からない。任務の性質上、仕方ないことではあるが、ユウとアギラは見ているだけだった。
 亜人とシキザ、ガファル、ユウ、アギラたちだけになった所で、疲れを癒す間もなく、山の民が動き出したという報告が、ジ・クを通して伝えられた。
「さて、我々は王子を救出しましたので、そろそろお役御免ですな」
 シキザは、亜人の代表であるジ・クに言うが、巨大な蛙人間は首を横に振った。
 ここは、砦の跳ね橋の奥、ホールのようになった厩舎よ錬兵所をかねた場所だ。無事な馬や、先の戦いでの死体が折り重ねられている。朝日が昇って数時間、さすがに皆疲れがたまっているようだ。
「アギラ殿とユウ殿を貸して頂きたい。あと三週間もあれば、シアリスと竜王の騎士団が来る」
「対応策はあるのでしょう? ふふ、いや、言いますまい。我々としても、有名人になってしまったお二方にはここにいていただける方が有難い」
 シキザたちは無関係、ということになる手筈だ。神の戦槌を倒した狂戦士と異形は、ここにいてしかるべき、その流れなのである。
「俺たちはここでお役御免か。ユウ、しばらくはここにいるつもりだが、いいか?」
「乗りかかった船だしね。行くあてもなさそうだし」
 二人で話し合った結果、やはりロイス伯から逃げた方がよかったという結論しかでなかった。
「……アギラ殿、ユウ殿、あなた方がバロイ砦の主となるなら、我々としても嬉しいことですよ。ロイス伯とあなた方は、今では一蓮托生というヤツです。それに、ここをまとめられるのはあなた方を置いて他にない」
 亜人たちとの共同戦線で、シキザは自身がおかしくなっていることに気づいていた。それでも、言葉を止められない。
「昨夜は、ガザや邪神の信徒、さらにはクシナダ家やアドラメル宰相の目もありました。あなた方をロイス伯で庇護するのは難しい。しかし、ここで蜥蜴山脈の一人となるならば、何の問題もありません」
「シキザさんやロイス伯にも都合がいいってことでしょ」
 ユウは呆れたように言うが、シキザは笑みで応えた。
「はい、あなた方を暗殺するのは骨が折れるでしょうし、正直な所、私はあなたたちが嫌いではありません」
 と、別れの挨拶のようになった所で、ガファルの大声が聞こえてきた。
「いけません、王子。かような身なりで」
 忍者とガファルが、王子に押されるようにして近づいてくる。シキザも流石に慌てた。
「お、王子殿、いかがなされました」
 亜人たちは、珍しいものを見るようにしてそれを眺めている。
 アギラとユウも、救出されたという王子を見るのは初めてだ。
「あーら、狂戦士ってゴツいのだと思ってたらなかなかカワイイのね」
 上半身は裸、下半身も短パンのようなものを履いただけ、足元は庶民の履くサンダルをお召しになられた王子は、妙な口調でそんな一声を上げた。
 サラサラのプラチナブロンドヘアーに、二重目蓋に赤い瞳。顔つきと言われれば、恐ろしく整っていると言って差し支えない。体つきも、細いながら決して虚弱なものではなかったし、手には剣ダコまである。
 ちゃんとした姿さえしていれば、どこから見ても王子様だろう。
「え、なに、このチャラ男が王子様」
 ヘルメットを外していたユウは、驚きで半笑い。しかも指さしまでしている。
「チャラ男って今時のコが言う言葉じゃないだろ」
「アギラさんの時はシャバいって言ってたんでしょ?」
「それは俺より十は年上のヤツラだ」
 よく分からない魔界語を話すのはいつものことで、亜人やガファルも特に気にはしていない。
「ちょっと興味が湧いてね、見にきたのよ。優しい異形に狂戦士さん、ありがとね。アタシ的には、このまま隠退がよかったんだけどさ」
「王子、そのようなことは」
 シキザが止めるが、その声に真剣味はない。元々、第一王子は出来損ないの変わり者として有名で、辺境の領地で訳の分からない治水事業を行ったりしていた王家の厄介者だった。ロイス伯が神輿として選んだのも、彼が最も扱いやすいという認識でいたからだ。
「あと二週間くらいで竜王の騎士団とシアリス正教騎士団が来る訳だけど、あなたたち策はあるの?」
 シキザやガファルを無視して、半裸の王子はにこやかに問いかけた。シキザの眉間に皺が刻まれる。
「あ、はい、一応はありますけど、あのー王子様はあんまりここには関わらない方がいいんじゃないかな、なんて」
 それもその通りだ。ユウの言葉に間違いはない。
「ロイス伯の細作のええと、シキザって言ってたわよね?」
 向き直った王子は、腰をクネクネさせてシキザに向き直った。
「はい、王子」
「竜王の騎士団とシアリス正教騎士団を撃退するまでアタシはここを動かないわよ。ここであいつらに負けちゃったら、ロイスんとこ行ったってアタシが死ぬだけだし。宰相閣下は、ロイスと繋がりがあるなんて思ったら、アタシでもすぐに病死させるはずだわ」
 シキザが忍者の一人に目配せした瞬間、王子がガファルを蹴った。軽い蹴りだが、ガファルは忍者の動きに気づく。
「細作っていうか軍師までやってんのね。いいこと、アタシはアタシのためにやってるの。神輿が棺おけになるのは避けたいっつーことよ」
 亜人もアギラも、そしてガファルも王子に呑まれていた。王子の悪評は大陸中に轟いていると言っていい。王子を主役にした喜劇が、存命でしかも二十歳になる前から無数に存在している。まさにレミンディアの恥部である。
 最も有名なものが『レミンディア好色貴族』という絵本である。識字率の高くないために作られた絵本、といっても教育用のものはほんの一部で、市井に出回るのは卑猥な通俗ものである。王子が次々に身分関係なく様々な女性を手篭めにしていくという内容だ。辺境の宿にも置かれるほど浸透している。
「強烈キャラだよ、この王子サマ」
「ああ、なんか凄いな。なんでオカマなんだ王子様は」
「ちょっと、イーティングホラーに狂戦士ちゃん。アタシはおかまじゃないの。お城だと周りに女の子しかいなくて、これが普通だと思ってたのよ。七つまで」
 七つなら、その後矯正する機会は無数にあったはずだ。
「んふふ、アタシがこれ貫いてんのには聞くも涙な話があるんだけど、ま、今はいいか。さてと、軍師に細作、ロイス伯には今言ったことを伝えなさいな。無理にでもつれてくってなら自害するわよ」
 忍者たちはシキザを見る。この状況ではリーダーに判断を仰ぐしかない。
「自害とは、本心ですか」
「試してみる?」
「分かりました。しかし、ガファル殿を警備につけましょう。それから、アギラ殿、王子の身の安全を頼みますぞ」
 内心で、シキザは怒りを噛み殺していた。どこが放蕩の馬鹿王子だ。王子はロイス伯が気づく以前から、宰相とシアリス正教の癒着に気づいていたようだ。そして、身を守るために馬鹿に徹した。隠退を喜んでいたというのは嘘ではなかろう。それが崩れた今、彼は自分で考えて行動している。シキザやロイス伯も信用されていない。
「亜人殿、今回は私が戻ります。申し訳ないが、また二週間で戻りたいのですが」
 蛙人間スレルのジ・クは、面白い見世物でも見た後のように笑みを浮かべて「よかろう」とうなずいた。
 忍者たちには、何かあれば亜人に送ってもらいロイス伯爵領へ即時報告にあがるように指示して、シキザは休む間もなく出立した。
「なんで俺に言うかなあ」
「あらあ、騎士に細作に異形が護衛なんて面白いわね」
 当の王子は、異形たちに自分から挨拶に向かっている。ガファルは「うむ、なかなかの大人物」などと頷いているが、忍者たちはたまったものではない。
ガロル・オンとリザードマンは、気さくな王子に困惑していたが、邪妖精とスレルにゴブリンは面白いヤツだという認識で打ち解けていた。この後の作戦については一言も触れないが、さきほどの剣幕からするに、信用しているのか賭けに乗ろうとしているのか。並みの心臓ではないということだろう。
「王子サマ、そういえば名前は?」
 無礼なユウに、今まで『王子よ』とだけしか言ってなかったことに気づいた。彼は、名前など知られていて当然の暮らしで気づかなかったのだ。
「ああ、そうだったわね。ゴホン、アタクシはレミンディア王国の第一王子、アーサー・ユランドロ・ミール・レミンディアよ。みんなよろしくね」
 腰をクネクネさせてウインクで決めたその姿は、ほとんど冗談のようなものだった。
 邪妖精とゴブリンが爆笑していた。




 ガファルは王子につきっきり、忍者たちは砦を通過しようとする隊商が来ないように近隣の宿場に噂を流しに行っていた。
 亜人たちがまず始めたのは死体の処理だった。人間の肉を好む種族はおらず、邪妖精たちの指示の元で山に運んでいる。
 ユウとアギラは邪妖精とジ・クの頼みで、死体運びに参加していた。
 邪妖精だけの通れる道、霧のかかった山道を進んで、洞窟に入り、さらに数時間をかけて入り組んだ通路を進む。
 ジ・クは多くを語らなかったが、何者かと会わせようとしているようだ。
 アギラとユウは気楽なものだったが、そこに立って、脅威と恐怖に直面することとなった。
 洞窟の最深部には、薄いピンク色の膜のようなものが張り巡らされた、天井も高く広大なホールであった。冷たい地下水と鍾乳石の中で。死体が腐りもせず浮いている。
 ピンク色の膜の中に、何か大きなシルエットが見える。
「よく来たな、異邦人」
 声が出ない。
 恐怖で、喉を動かせない。ユウもアギラも、ぶるぶると震えながら、その大きな何かが寝返りをうつのを見た。圧倒的な力だ。バルガリエルのように『強い』だけのものではない。
「わらわは、邪妖精の女王にして、蜥蜴山脈を統べる者。下賎な人間共に成り代わり、貴様らが山を治めると聞いておる」
 そんな話は聞いてない。
 砦をしばらく守るのは快諾したが、そんなことを言った覚えは全くない。
「あ、あ、あのう、そんなことは、き、聞いてないです」
「ホホホ、スレルは頭が回るからのう。わらわは、妖精と竜と袂を別ってから、山には何も干渉せなんだ。しかしのう、今は貴様らのような者が跋扈しておる。わらわは古き取り決めにより、ここから出ることは叶わぬのじゃ」
 だめだ、勝てる気も、逃げられる気もしない。膜の中にいる怪物を直視しただけで発狂する。ユウも、カタカタと震えて剣に手を伸ばすこともできていない。
「邪妖精はおぬしらの力になろうではないか。変化はあれど、山が続けばわらわはそれ以上のことは望まぬ。竜と妖精が動くなら、わらわも力を貸してやろう。案ずるな、異邦人よ」
 その後、洞窟を出るまでの記憶は無い。
 邪妖精にうながされるままにバロイ砦に戻った後で、あの死体には邪妖精の卵が生みつけられるのだと知らされた。
「これって強制だよね」
「ああ、逃げるのは無理だな」
 あの圧倒的な邪妖精の女王は、本当の意味での蜥蜴山脈の支配者なのだろう。いや、もしかしたら、この山脈はアレを縛り付けるためだけに存在しているのかもしれない。
「女王様が決めた、あなたたちは私たちの主人」
 歌うように、邪妖精が祝福の言葉をつむぐ。スレルたちも満足げだ。つまり、あそこで認められなかったら帰ってこれなかったということだろう。
「ジ・ク、分かってて黙ってたな」
「アギラ殿、許されよ。女王が謁見を所望されるなど実に久しいもので、少なくとも二百年ぶりのこと。山の民に拒否できることではありませんでな」
 砦の改修は、ゴブリンたちが進めていた。ゴブリンの族長トレルは、驚くべき速さで奇妙な設計図を書き上げて、ゴブリンたちに指示を出している。
 山からは、追加の邪妖精と、バロイ砦陥落の報せを聞いてガロル・オンやリザードマンたちがやってきている。
「勝ったとたんに味方になるって、亜人もやーらしいとこあんのね」
 傍らのレドに行ったユウは、ご機嫌ナナメだ。裏切り行為に強い嫌悪感を抱いているのはレドも分かっていたが、ここまで露骨に怒るとは思っていなかった。
「誰も、信じられなかったのですよ。装備で勝る人間と重戦士に、山の民が勝つということを」
 ゴブリンの族長トレルと一部の邪妖精、リザードマンのギ一族、ガロル・オンのショウが束ねる一族は革新的な思考を持っていたということだろう。さらに言うなら、レドの報せを聞いてそれを山に伝えたのはスレルであった。スレルは個人単位で山にバラバラに住み着くが、賢者として扱われている。このように群れるということ自体がありえないことだった。
「ふーん、まあそういうもんかな」
 ゴブリンたちは、貢物らしき正体不明のがらくたを運んできていた。
「畜生、トレルに負けちまった」
 開口一番言ったのは、紫色の服に身を包んだゴブリンの一団だった。ナイトゴブリンと呼ばれる薬学と獣の扱いに長けたゴブリンの一族である。
「ケヘヘヘ、この砦は落とせるって言っただろうか」
 ナイトゴブリンの族長ラグは、彼らの秘伝であり宝でもある薬物を全てアギラとユウに差し出した。それはトレルとの賭けだったという。ゴブリンたちの抗争は、相手が最後の一匹を殺すまで続くのが常であった。だが、数百年前に妖精の女王が賭けで決めるよう言い渡したことにより、彼らはこのような単純な賭博で全てを賭けるのが常になっていた。
「お初にお目にかかりやす、旦那様。あっしらナイトゴブリンの一族は、トレルに従うことになりやした。ここで働かせてもらいやす」
 アギラの返事を待たずに、ゴブリンたちは時に殴りあいをしながらすぐさま砦に入り込んでいく。
 このように、続々とガロル・オンやリザードマンも山を降りてきた。
「ジ・クとショウ、適当に頼む。俺たちには難しいことは無理だ」
「存じている。あなた方は強くあってくれればそれでいい」
 ショウはそう返答して、ガロル・オンやリザードマンたちとの会議に飛んでいった。
「なーんか、凄いことになっちゃったね」
「こういうのは予想外だった」
 砦の収容人数は最大で三百だが、それだけを賄うほどの物資は無い。次の戦まではあと三週間。それくらいなら、砦に備蓄されていた兵糧で賄える。だが、戦が終われば底をつく。未だ勝てるかどうかも分からない。
 夕日の沈むころ、アギラとユウは物見台で忙しく改築の進む砦の風景を見ていた。
「ねえ、あたしたちどうなっちゃうのかな」
「俺に聞くなよ。どうなるにしても、あーどうなんのかなあ」
 アギラにも応えようがない話だった。
「ロイス伯爵に王子サマに、敵かあ。レミンディア王国の内輪モメに付き合わされることになっちゃったけど、まさか亜人の王様にされちゃうなんて」
「ああ、それで話なんだけど、多分このままじゃ今はよくても」
 と、アギラがそこまで言った時、香水の良い匂いが漂ってきた。
「ハーイ、こんなとこで何してんの」
 邪妖精をまとわりつかせた半裸の王子様が、酒の瓶を片手にやってきていた。
「アーサー王子、こんなとこに一人できてどうしたんですか」
「んー、ガファルと細作たちがあれだから」
 高い物見の塔からは、砦が見渡せる。錬兵所では、ガファルがガロル・オンと斬り結んでいて、細作たちもなぜかリザードマンと戦っている。
「ああ、安心して。ケンカじゃなくてさ、人間なんか弱いぜー、ってなって決闘してるとこなのよ。ショウもジ・クも死にそうになったら止めるって言ってるしね」
 ガファルは不思議な男だ。勝つにしろ負けるにしろ、親睦を深める結果になるだろう。今までがそうだった。そして、細作たちにもガファルの病気が移ったらしい。
「ガファルさんらしいなあ。それで王子様、内緒の話したいんでしょ」
「あらあらせっかちね。んじゃあぶっちゃけるわよ。あんたたち、ここを国にしちゃいなさい」
 王子は酒を呑みながら平然と言った。
「あ、あのなあ、本気で言ってんのか」
「本気も本気よ。ジ・クはあんたたちに任せるって言ってたけどさ」
 ユウは訝しげにアーサー王子を見つめる。殺気はないが、彼女はやるとなったら突然やるだろう。
「ンフフ、驚くのは仕方ないだろうけどさ。辺境の治水やったアタシには分かるわ。今度の戦いで勝ったら、ここにいっぱい難民とかが押し寄せるわよ。あと邪神の信徒とかも。逃げた農民を取り込んで、少しずつ大きくなるわ。大きくなりすぎたらシアリス正教が本腰入れてくるだろうけど」
 シアリス正教の戦力は、レミンディア全体より大きいかもしれない。どこの国にも騎士団が一つはあって教会を守っている。どこの国も、異端者とされないために、その存在を受け入れざるをえないのだ。現在、騎士団を排除できているのはガザの国だけだ。それでも教会があるということは、細作の拠点になっているという意味でもある。
「これはね、賭けよ。アタシが王様になったら、この国を認めるし、ガザにも認めさせるわ。ガザの王妃はアタシの妹なのよ。それに、色々と弱味もしってるし」
「王子って悪だねー」
 気づいた。ユウは乗り気になっている。アギラは逃げ出したいが、どうせ逃げたら邪妖精とシアリスに地の果てまで追われ、さらには口封じにシキザたちも加わるだろう。
「王子が軍師になってくれるなら、可能かもな」
「んふふ、いいわねぇ、それ。ロイスをなんとかしたら、それも可能ね」
「ロイス伯爵と敵になっちゃうかな」
 アーサー王子は、アギラとユウの飲み込みの早さに笑みが抑えられなくなった。ようやく、ジョーカーを手に入れた。今まで、ただ命のつながる道だけを探していたが、ここから先はこの二人と共に道を切り開くことができる。
「いいえ、彼はレミンデイアが宰相とシアリスに操られるのが嫌なだけよ。義理の弟はね、野心は強いけど優秀なだけでさ。宰相とシアリスに操られてるし」
「王子は天才タイプっぽいね」
「んー、アーサーって呼び捨てにしてちょうだい」
 辺境の治水は、アーサー王子が若干十六歳にして起こした事業である。軌道に乗りかけた時には、難民と横槍を入れてくるシアリスに叩き潰された。辺境は、今ではシアリス正教の仕切る荘園となっている。
「亜人と人間の共存ができると思ってんのか?」
 一番のネックはそこだ。近隣の住民は、ここを魔の巣と恐れている。
「それはやってみないと分からないわ。多分、っていうか確実に難航するわよ」
「アーサー王子、裏切らないって約束できるか? 裏切ったら、ユウがえらいことしにいくぞ」
「いいわよ。ロイス伯は第二王子がホントは欲しいんだから、あいつのとこいってもアタシは安息できないのよね。それに、何の後ろ盾もなくてギリギリなのは貴方たちとアタシも同じでしょ」
 アーサーは触手を握って無理やり握手。その上に、ユウが手を重ねた。
「物見台の誓い、って感じね」
 三国志の桃園の誓いにかけているのだろう。王子はよく分からない顔で笑んでいる。
「あら、いいわねそれ。自叙伝書く時は、今のここをすっごく感動的な感じにしてみせるわよ」
「どうにでもなれ」
 人間のままだったら、胃に穴が開いていたかもしれない。
 ふと視線を向けると、ゴブリンとリザードマンたちが砦より出ていくところだった。




 たった五十の亜人、たとえ百になったとしても敵ではない。
 総勢二百名の騎士たちは、デュクの大河が干上がっているのを好機とし、戦に備えていた。
 竜王の騎士団、その数五十、シアリス正教騎士団は途中二つの騎士団と合流して百五十名にまで膨れ上がっていた。
 挟み撃ちをしかける作戦もあったが、遠く迂回しては王子の身に危険があるとして、大河が干上がったのを機に突破作戦を慣行するに至ったのである。
 元より、バロイ砦の大河の水位が下がるのは珍しい話ではない。元々がそこまで深くないが広い河であるからだ。
 破城槌もクシナダ家より取り寄せており、数の上では余裕の戦いである。
 竜王の騎士団に所属しているエツコ・クロードは、後退して件の狂戦士と異形が出てくるのを待っていた。
 本名を長瀬永津子という彼女は、元々男性キャラクターでヴァルチャー・オンラインに登録していた。ここに来て、自分がリアルの姿をしており、装備とスキルはゲームのものになっていると理解し、プレイヤーネームのクロードを苗字として、エツコ・クロードと名乗っている。
「団長、シアリスに任せて下がった方がいいわ」
 レベル26の竜騎士。専用の地竜、馬ほどの蜥蜴を乗りこなす名前に反してかっこ悪い不人気職業。エツコはキワモノキャラ好きのため選んでおり、武器もスタッフと呼ばれる鉄の棒切れである。鎧に至っては竜の白骨より作られたボーンメイル。兜もおそろいのボーンヘルムなのだが、今は戦闘前ということで外していた。
「そうかァ、エツコの勘は当たるんだよなぁ」
 竜王の騎士団、団長のバニアスは、シアリスのリーダーの元へ向かった。
「……何かあったらシアリスの援護して撤退、いいね」
 団員たちは実に素直に従う。
 元々、竜王の騎士団は宰相にうとまれたことから、破産の危機に瀕していた。ふらりと現れたエツコが騎士団の財政を立て直したことにより、騎士団は救われたといっていい。どこの蛮族かと最初は罵られたものだが、今そんなことを言う者は『姐さん』を慕うものに半殺しの目にあう。
 長瀬永津子は、女性会計士であった。結婚はしていなかったが、勝ち組人生を歩んでいたと言って問題ない。この世界に来ても、会計士の知識はあったし、元々から博識でもあった。しかし、勝ち組からは確実に転落している。
「おーし、美味しいとこは全部シアリスに任せて、俺らは後退だ」
 しばらくして戻ってバニアス団長の声に、地竜のクロードがゴァと鳴いた。
「団長、宰相閣下の企みにどこまで付き合いますか?」
「まあ一応俺らは最強のレミンディアの盾だからなあ。どこまでもってのが正しい答えだろ。第四王子のライオネル様の即位も近いっていうしな」
「シアリスにレミンディアを売るってことでしょうけどね。私は異邦人ですから、別にいいんですけどね」
「おっと、それ以上はストップだ。宰相に逆らったら、またドサ回りさせられちまう」
 こうして国を離れている間にも、本国ではシアリスと宰相の手で改編が進んでいることだろう。
「狂戦士の相手は、できるならしますけど、ヒロシ殿がやられたのなら私では勝てないでしょうし、隙を見て撤退です。いいですね、また前みたいに無謀なことはしないで下さい」
「はいはい、分かってますよっと」
 シアリスの戦場楽師隊が、戦いの歌を響かせた。




 ガロル・オンと邪妖精の斥候は、周囲に別働隊がいないことを知らせた。
 破城槌が動き出そうとしている。干上がったデュクの大河を兵士たちが波状槌を横断させる。
 破城槌とは、大きな丸太のようなもので、戦車の台座に載せられており、門などにぶつけて無理矢理開城させるための兵器である。
 王子曰く、初期の作戦はいい作戦ではあったが、穴だらけでこのままでは負ける、とのことだった。
 この三週間でやれるだけのことはやった。
 梯子と破城槌の二本構えで砦を落とそうとする倍近い兵力。亜人たちは、王子の修正した作戦にしたがっている。
 曰く、篭城しては勝ち目がない。物資もなく、地の利もよくない場所では最初の一撃でビビらせたとして、一週間もたたない内に負けるというのだ。
「やるわよ、ユウちゃん号令よろしく」
 アーサー王子に背中を叩かれたユウが、剣を天にかざす。
「作戦開始ッ」
 いつもとは違う凛々しいユウの叫びに、亜人たちが動き出した。
 破城槌で、門は砕けようとしている。
 ゴブリンたちの作った真っ赤な狼煙が上がった。
 そのころ、竜王の騎士団、百戦錬磨の猛者たちはその狼煙を見て、シアリスの負けを悟っていた。
「だから、時間かかっても挟み撃ちにしようって言ったんじゃないのよ」
 エツコは、地竜の警告で相手方の狙いをだいたいは感じ取っていた。地竜は大地の声を聞くことのできる竜だ。
 ここいら一帯の河が干上がっている。雨もあって、旱魃の気配など微塵もなかったというのに。進軍途中から目立ち始めた河の干上がりに、不自然さを感じていたのはエツコだけだ。
 しばらくして、干上がったデュク大河で指揮をとっていた分隊長たちの悲鳴が聞こえた。充分にためられた木材交じりの鉄砲水が山の上流より流れ込んできたのである。
 バロイ砦攻略戦からゴブリンとリザードマンによって進められていたデュクの大河上流のダム計画。それはこの時のことを考えてのことだった。
 王子は、念を入れて周辺の河も水を塞き止めさせて油断させていた。元々はこの一発から後はユウ頼みの力押しと篭城戦だったのを、別働隊による奇襲に変えていた。
 五名しかいない魔術の使い手であるスレルをバラバラの別働隊に配備しての気配遮断。スレルの気配遮断魔術は集中力を要するため三十分も使えばスレルが昏倒してしまう。それを命一杯使っての作戦だ。これでスレルの魔術の助けは使えなくなる。
 鉄砲水で押し流された歩兵が四十、そこに後退の退路だけを空けてぐるりと囲んだ別働隊が突撃する。
 ゴブリンの作り出したバリスタを撃ち出し、火矢に毒矢。人間の、特に騎士たちは絶対に使わない卑怯者の手段。
 騎兵は毒と火で暴れる馬に振り落とされ、空を飛ぶガロル・オンの低空飛行による突撃で打ち倒される。
「お二方、どんどんいってちょうだい。相手を恐怖のズン底に叩き落すのよ」
 嬉々としたアーサー王子に言われて、アギラとユウが飛び出す。
「狂戦士だ」
 それは悲鳴だ。神の戦槌を倒した狂戦士、できるだけ派手に首を切り落としていくユウは、いつでも後退できる所で戦っている。アギラも、相手に見える位置でわざと兵士の頭を食いちぎったりしていた。「ギャラアアア」という叫び声は、ユウが噴出すほどわざとらしい。だが、パニックに陥った兵士たちにはまさに悪魔の叫びだ。
 竜王の騎士団は、あまりやる気の無い様子で、さらには被害の出ない後方で矢を射るだけだ。すぐにシアリスの騎士団も撤退を決めた。
 同じ時、退路の宿場や農村では、シキザの部下の雇った山賊が大暴れの略奪を行っていた。
 撤退していくレミンディア軍は、途中の村でろくな補給も取れずに、バロイ砦の再攻略は不可能として王都へ逃げ帰ることになるのであった。
「噂に聞いてたのとは違って、隙の無い戦い方ね。裏はどこかしら」
 馬と同じ速度で走る地竜に揺られながら、エツコはつぶやいていた。
 バロイ砦は悪魔の砦。それは不動のものになった。






 ロイス伯の元で頭を垂れていたシキザは、向けられた殺意にも全く反応しなかった。
 雷鳥の騎士団、団長のジュリアン・オーグ・イーウエンから発せられる静かな殺意の中で、淡々と報告をあげていく。
「ふうむ、第一王子はそれだけの才気溢れる人物である、か。なかなかに面白いが、あの二人の所に残してきたのはお前らしくなかったな」
 ロイス伯の声は氷のようだ。
「我らエレル一族とはいえ、あれだけの亜人に囲まれていては脱出も叶いません。言い訳になってしまいますが、これが最良かと」
「最悪クチナワの暗殺だけで良いと思っていたのも事実ではあるしなあ。あの化物があれだけ頑張るとは、なあ」
 ちらりとジュリアンを見て言ったロイスは、髭を撫ぜてシキザに視線を戻した。
「シキザ殿、アーサー王子が人物だとして、飼いならせぬと言われるか?」
 ジュリアンが核心を突く。
「……御することは難しいでしょう。あのお方は、この世に鬱いておられます。あれだけの頭脳と胆力がありながら、目的は生存のみかと」
 我が身が可愛い、という印象はもてなかった。あれはむしろ、何かやり残したことがあり、それが生きることに繋がっているように見える。
「シキザよ、シアリスと竜王を退けたとあっちゃ、第一王子は死んだものとした方がよさそうだ。影武者の用意はしてある。あとは死体を届けりゃそれでしまいだ」
「では、第一王子は如何なさいます」
「殺してこい。シアリスの総攻撃を受けちゃ、亜人共ももって一年だ。バロイが落ちたとあっちゃ擁立もできんだろうしな」
 今は、まだレミンディア王は存命だ。病に臥せっているとはいえ、この時節に擁立とあっては、反宰相派が黙ってはいまい。
「ま、俺が時間を稼いでみる」
 この後に、ロイス伯は宮廷で第四王子に囁くことになる。半年後の元服の折に、バロイを取り戻して王になれ、と。
 シキザは、ロイス伯が殺して来いと命じた際に、ジュリアンの口元に浮かんだ暗い笑みを見逃さなかった。


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