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No.1501の一覧
[0] ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/23 01:02)
[1] Re:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 01:22)
[2] Re[2]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 23:42)
[3] Re[3]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 01:56)
[4] Re[4]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 23:32)
[5] Re[5]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/27 18:55)
[6] Re[6]:ヴァルチャー[喫著無](2007/09/28 21:34)
[7] Re[7]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/29 17:17)
[8] Re[8]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/30 21:57)
[9] Re[9]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/02 23:27)
[10] Re[10]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/04 19:01)
[11] Re[11]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/05 23:41)
[12] Re[12]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/06 21:23)
[13] Re[13]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/08 00:21)
[14] 番外 ヤナギ[ポンチ](2010/06/08 00:04)
[15] 番外 ツバキ[ポンチ](2010/06/09 21:00)
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[1501] Re[13]:ヴァルチャー
Name: ポンチ◆ebd5b07d ID:440294e0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/10/08 00:21
 戦いはいつ終わるのだろう。
 ユウを守ってやろうと、今更になって思った。年下の小娘を死なせるというのは、ダサすぎる。






 ウエンと砦に居残った忍者の報告で、敵が予想をはるかに上回る千人にのぼる騎士であることを知ったのは、シキザの来訪直後であった。
 傷の手当てから二日たって、シキザは目を覚ました。
 清潔な包帯が全身を覆っていて、痛みはするが、死から遠のいたことに安堵する。アーサーとアギラ、そしてガザの細作ウエンにグレイは、ほどなくして現れた。
「久しぶりね、こんな傷だらけで、どうしたのよ」
 シキザは口を開いて、言葉につまり、息を吸い込んだ。そして、彼らを見て、一度息をついて、今度は決意の目で再度口を開く。
「ジュリアン王子と、第四王子が、王を殺害しました……。さらに、秘密を知った私も、命からがら逃げてきたのですが、エレルの一族も滅びました」
「それ、おかしくない。あの子たちがそんなことする訳ないわよ」
「アドラメル宰相は、お二人に竜を操らせました。あの二匹の竜と、シアリスの細作が、今のお二人に、……あれではもう、人ではありません。せめてあの銃士さえおらねば、安らかに眠らせたものを」
 バロイ砦攻略戦で出会った銃士、本国に戻れば彼と顔を会わせるのも必然と考えていたが、竜の調教師だというあの男が、ここまでの強さだとは。そして、アドラメル宰相とシアリスを手玉に取っているのもあの男だ。
「人じゃないって、あんたまで御伽噺する気なのっ」
 激昂したアーサーに揺さぶられて、シキザは顔をしかめた。それは、苦痛からのものではなく、己の失態を噛み締めてのものだ。
「シアリス正教から竜と共に送られた秘法、宝石のようなものでしたが、竜に乗るために必要なものということでした。アレを持ち歩くようになってから、王子は、王子は変わられた。竜と同じ言葉を使い、まるで人ではなくなっていくように、私は、あれほど」
「クソ、何か分かってきた。……それは、竜を縛るもんの一つだ。竜と精神を同調ざせて操るもんで、使ったヤツは竜と同じになっちまう」
 アギラの言葉に、アーサーとシキザは言葉を失う。そこに、グレイが入ってきた。
「あの石を使っただと、気でも狂ったか、法王ッ」
 グラハムは壁を蹴りつけて語り始めた。
 シアリスの裏の口伝である。
 英雄神シアリスは魔神ミデを打ち倒し、古代の王より竜を操る秘法を得た。竜と共に現在のシアリス正教国に住み着いていた悪魔を倒し、最後にシアリスは力尽きる。竜はいつかシアリスが再度現れる日まで眠りについた。これが表の口伝である。
 魔神ミデを数十名と毒で討ち倒したシアリスは、竜を操る秘法を得る。竜を騙して幻惑の石を食わせ、操る石で竜の使役に成功したシアリスは、まず初めに打ち勝ったことにより使役していたミデを血祭りにあげた。そして、そのままそこにあった小さな国を焼き尽くした。
 シアリスは竜との同調により発狂して死んだ。また、その時に使役した天竜も発狂してしまった。幻惑の石により自由を奪われた兄弟竜を閉じ込め、シアリスの仲間たちは現地の生き残りを奴隷として国を作った。それが真相である。
 竜の脅威を維持するため、操者のいない竜はシアリスによって飼われることになる。
「アギラよお、お前の持ってる記憶は、シアリスのやったことよりもっと前のもんだろうよ。魔神ミデやお前は、言ってみりゃシアリスなんぞよりもっと古い存在だ。頼む、アレを倒してシアリスを終わらせてくれ」
 大神官グラハム、ホドリム・グレイは、これを知った後に出奔して世を捨てた。神を捨てた男は、血を吐く思いで語ったのだ。
「こおのバカッ。知ってたら言いなさいよっ」
 鉄拳が、グレイの顔面を直撃した。ここまでアーサーが怒るのもはじめてのことである。
「ああ、だけどな、法王がここまで狂っちまっうとは思ってなかったんだよ。あの竜ってのは化物だ、王子を乗せるなんぞありえねぇ」
「銃士、そうか、あいつは竜と話すことができる、狩人ジョブだ畜生め」
 混濁して竜と同調しているなら、狩人から引継いだスキル獣使いが効く。銃士を使って王子を操り、完全なシアリスの傀儡とする。銃士さえいれば、レミンディアは意のままだ。
「いいわ、やることは変わってないもの。ユウにも伝えといて、手加減はいらないから。ま、あの子はそんなことしないだろうけどね」
「敵に銃士がいるって分かっただけでもマシだ。竜はガロル・オンと俺とユウで倒す。ミデは状況で変えていくことになるな」
「ハハ、あんたも慣れてきたわね。シアリスのクソッタレを、倒しましょう。シキザさん、一族っていっても何人か残ってるでしょ。アタシにつきなさい」
 ウエンがにやりと笑う。
「噂のシキザ殿、エレル一族には邪魔されたものです」
「一つ目、ガザの一つ目か。貴様とこんな形で会うとはな」
 何やら因縁のありそうな二人である。シキザは、ようやく笑みを浮かべた。
「レミンディアに仕えるなら、アタシしか残ってないしね。反論は許さないわよ」
 アーサーは、許す、という行為を簡単に行った自分に驚いた。敵を倒して倒して、血の海も辞さない、それは今も変わっていない。だが、以前なら殺していたはずだ。
「バカが伝染したのかもね」
「俺を見て言うなよ」
 この出会いは幸運だったか不幸だったか、気分的には幸運だった、ということになるだろう。歴史的には後の誰かが決めてくれる。
「死なないでよ。この国は、あんたとユウのもんなんだからさ」
 そうか、決めたか。
「そうだな」
 ウエンはふっと息を吐く。これでは騎士の立場がないだろう。この勝率の低い戦いに向かう中で、レミンディアの王子と異形は同じものを見ている。ガザの選択は果たして正しかったのか。いや、一介の細作が思う所ではない。
 やることは何一つ変わらない。だけど、覚悟はできた。
 その後、続々と生き残りのエレル一族がバロイ砦に集まった。半分以下、それでも、細作のいなかった状況からは脱した。
 シキザが復帰を果たす前に、軍勢は順調に進軍を開始している。
 ゴブリンと傭兵が知恵を出し合って作り上げたカタパルト、バリスタ、毒矢にボウガン、ガザの援軍は、領地の端で待っている。
 ミデは、ゴブリンと人間の鍛冶師によってサイズを仕立て直したヒロシの鎧を着こんでいた。神の戦槌ヒロシの持っていた装備は、全て重すぎて使えるものがいなかったのだが、ミデにはちょうどよかった。アグニハンマーにも、属性制限のようなものはついていない。いや、物は物でしかない。
 前回の戦で、こちらの手段を問わないやり方は向こうも分かっているはずだ。向こうがどうするか、一番分かりやすいものは、最初に囮の部隊を出して餌食にさせて、その後、竜で敵味方問わず蹂躙する、というものだ。
「ああ、どーせそのくらいの作戦だと思うわよ。でも、敵が三倍近くなるとは思ってなかったけどさ」
 アーサーは苦笑して、そうせざるを得ない理由を説明した。雷鳥と竜王の騎士団には潰れてもらうのが得策だから、という身も蓋も無いものだ。レミンディアの支配に、この二つは必要が無い。シキザのような離反者を出すだけだ。
 そして三倍の敵、それは各地のシアリス正教騎士団や志願兵がバロイ砦攻略に自ずから参加したいと膨れ上がった結果である。分かりやすい悪に、様々な者たちが今までの怒りを爆発させたのだ。
 道は、幾つかあった。
 隠退するにしろ、アーサーならば弟と協力することもできた。そして、こんな不利な状況、最悪の状況に落ち着くことはなかったはずだ。王子たちを生贄にするようなシアリスのやり方も、アーサーがしぶとく立ち回った結果でもある。
 軍勢がハジュラを通過したことを知ると、商人たちはマーケットから立ち去っていった。叩き殺して略奪、はしなかった。こんなところでも国だ。商人たちは、なぜか商品の一部を献上して立ち去った。彼らの総意で決めたことでそうで、裏は無い、とのことだ。
「寂しくなったね」
 アギラとユウは、いつものごとく砦の高台から辺りを見下ろしている。
 以前と変わったのは、人間の兵士がいることだ。亜人の戦力は三百、人間は百、対するは千の騎士と竜が二匹。
「竜は一匹で千の兵士に匹敵する。俺たちで片付けよう」
「アギラさん、ゲームじゃないんだから。でも、やるしかないか」
「ユウ、やっと分かった。俺は竜を殺すために生まれた生き物だ。ミデも同じ、だから」
「死なないって言ったし、死なせないよ」
「そうか」
「そうよ」
 春の暖かな日差しの中で、鳥の声が聞こえた。
「竜の夢を見る。俺は竜にはつりいて血を吸って、その体内に侵入するんだ。ほとんどの俺は、途中で竜の体内で死ぬが、幾つかの俺は竜の体内に同化して、ゆっくりと毒をつくる。イーティングホラーは、そういう生き物なんだ。竜を殺すための寄生虫だ」
「ゲームじゃアイテム壊しのウザ敵だったのに、やっぱりゲームとは違うね」
「ああ、それなんだけど」
「いいよ、あたしがここにいる意味なんて知っても、意味ないし。だってさ、ここで生きてるのは変わらないから、勝ち続けて生きてみせるよ。だって、いっぱい殺して、みんなそうしてるし、あたしもそうしたい」
 きっと、この世界にいるヴァルチャーはみんなそうなのだろう。今も、三百年前も。高度な倫理よりも、生きることを選んだ。それだけだ。
「商人から聞いたんだけどさ、あたしたち魔王って呼ばれてるらしいよ」
「なんだそれ、勇者じゃないのかよ」
「そりゃ無理だよー。多分、勇者ってさ、アーサーとかが死んでから、みんなで褒めまくってそういうことになるもんなんじゃないかな」
「いや、ユウは勇者だよ。お前くらいの時にこんなことになったら、今頃どっかで死んでる」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
 攻めるより守ることのほうが難しい。
 アーサーとグレイ、ウエンとシキザは、地図を睨んで会議の最中だ。元ロイス伯爵領、現ゴモリー太守領では、竜も騎士も確認できていない。ガザを無視して正面から攻めてくるのだろう。
 レミンディア、シアリス連合軍の装備は以前と変わらずカタパルトやバリスタに対抗したものではない。生贄作戦に、最強の騎士団をあててくるとは、どうかしている。いや、それ故に勝ち目が薄い。これが、どうにもならない数だけの傭兵であれば、いくらでもなんとかなる。最強と正面から戦うだけの力、バロイ砦の全てを出さないと勝てない。そこに竜が現れる、正面からの対決でなければやりようがあった。しかし、今更山に逃げ込んで、全てをフイにするつもりはない。死地と分かりきった戦であってもだ。
 邪神教会では、女司祭の祈りが信徒たちの静寂の中に響いている。
 ミデは神像のようにぴくりとも動かず、彼らの祈りを受け止めている。
「勝利を、祈りました」
 女司祭の声に、ミデは目を開く。
「祈りが届くのはミデじゃなくて、お前たちの心の中だ。ミデはかしこいから、お前たちが祈る理由は説明できないけど分かってる。最初のミデはシアリスのために死んだ」
「祈りは、届かないのですか」
「ミデは魔神じゃない。竜を倒すための指揮官として製作された戦争のミデだ。ミデに心はないから祈りは届かない。祈りはお前たちのものだ。ミデは負けない」
「なら、わたしは祈ります」
「じゃあ、お前はミデと同じだ。ミデも祈っている」
 何を祈っておられるのですか、と聞けなかった。
 信徒たちは、逃げ出さない。逃げるのにはもう飽きてしまった。
 傭兵たちの輪の中で、ガファルは大将と呼ばれていた。誰もガファルに勝てなかったからだ。今や、ガファルはガロル・オンの族長ショウに勝てるだけの腕を持ち得ていた。
 ユウの超人の力、それには及ばなくとも、武人はガファルを目標としていた。
「これは正しい戦いだ。俺たちは間違ってない、正しいから勝つ」
 それを聞いていたゴブリンと邪妖精がへらへらと笑う。バカ大将と彼らは呼んでいるが、彼がいるだけでなぜか死ぬ気がしないのは理解している。
「んなことより、娼館の女にまた指輪送った話きかせろよ。今度も追い出されたんだろ」
 ゴブリンの族長トレルが言うと、あちこちで笑いが漏れた。
「ああ、こいつをもらった」
 ガファルが得意げに胸元から取り出したカンザシにどよめきが起こる。普通、遊女がカンザシを送るというのは身請けを許諾したという意味である。
「お前ら、馬鹿なこと言ってねぇで準備しやがれ。いつ攻めてくるか分からねぇぞ」
 アリスがドスを利かせて叫ぶと、男たちは馬鹿話を切り上げていく。
「カリカリすんな。それと、鎧が全く似合わないな」
「タキガワ、おめーもその変態マスク外せ。ま、コートはいいけどな」
 ボロボロのコートにレザーマスク、リンガー商会の怪人、もしくはリンガーの変態は、不名誉な言われ方をしてもそのスタイルを崩そうとしない。
「エリザベートお嬢様から戻って来いって言われてんだ。死ぬ気でやって、それでも死ぬなよ」
「お前はバカだなあ」
 アーサー王子はエリザベートを王妃にすると言った。その約束は果たしてもらう。






 進軍を進める連合軍は、すれ違う商人たちの冷たい態度に腹を立てていた。
 たいてい、こういった聖戦において、軍にすりよってくる商人はつきものなのだが、途中すれ違う隊商たちは袖の下も渡さなければ、何か買い求めても金額はそのままか少し高いという、散々なものである。中には、関わりたくないと露骨に先を急ぐものまでいた。
 エツコ・クロード副団長は、竜王の騎士団の列の中で、バニアス団長と並んで馬にまたがっている。といっても、エツコの場合は地竜と呼ばれる蜥蜴だ。
「団長、どうしますか。できたら私は抜けたいんですけど」
「まあ、こういう自殺みたいなのも騎士の役目だからなあ。王子があの様子じゃ、抜けたいってのはわかんねえでもないが」
「無駄に死ぬなど理解できません。死んで何ができるってんですかっ」
「相手方のアーサー王子が正気だってんなら、それもいいだろうけどよお」
 騎士たちは、シアリスの騎士たちに見えないように、首筋を叩いたり、鼻をすすったりしている。
「あー、水虫の薬もってこいっ」
 唐突にバニアス団長が叫ぶと、近くにいたシアリス正教騎士団の騎士たちが露骨に嫌な視線を送ってくる。
「水虫さえなきゃなあ。エツコ、いい薬はあんだろう」
「はいはい、ハジュラでよくきくって太鼓判の押された薬を貰ったじゃないですか。それに、この前は猟師の方にも変な薬もらったでしょう」
「猟師のって怪しいだろ。今度の薬が詐欺だったら、今度の戦は水虫に負けちまうぞ」
 どこから笑い声が漏れた。バニアス団長や団員たちに品位が欠けるというのは、以前よりアドラメル宰相が問題にしていたことだ。
「はいはい、私が見た限りじゃ本物の薬ですよ。いつからしつこい水虫に悩まされてるんですか」
「騎士になったころから、俺は水虫とも戦ってんだよ」
 そこまで言うと、シリアス正教騎士団の団長が咳払いをした。
「バニアス殿、騎士が水虫ごときに情けない。あなた方には大役があるのですぞ、もっと落ち着いてはいただけませんか」
「はいはい、水虫ごときに悩んでてすいませんねぇ」
 すねてみせると、今度は怒鳴られた。大人になってから、こんなにも怒られたのはじめてだ。






 以前と同じ、違っているのは竜王の騎士団が後退していないということ。そして、その背後には巨大な檻がある。
 雷鳥の騎士団と、竜王の騎士団が先頭突撃の陣形を組み、その背後には檻の中の竜、そして、二人の王子が控えている。
 デュクの大河と城壁のために、単純に突撃というのは難しい。だが、シアリスの持ち込んだ巨大カタパルトで、城壁の一部に穴をあければ状況は変わる。
 銃士は、竜の首をなでてから、虚ろな瞳の王子たちを見据えた。哀れなものだ、竜の制御に直接の精神同調など正気の沙汰ではない。元々から、これは人間の扱うものではないのだ、本来は異形が使うものである。人が耐えられるはずがない。
「おい、どうしたよ」
 法王の細作、ヴァルチャー隊の一人、カンナギが銃士に声をかけた。
「ああ、竜の様子を見ていただけだ」
「薄気味悪いんだよオメーは、飛び道具だけのスパイのくせしやがって」
 カンナギは法王の護衛であり、この世界に来てからしばらくの内に法王に拾われた。レベル28の魔術師だ。攻撃に特化した黒メイジ、その後ろに控えているのは神官と戦士系である。二人とも、法王というパトロンの下で暮らしてきた温室育ちだ。だが、彼らは殺しに長けている。銃士のような隠密行動のとれない彼らは、様々な任務を経て、驚くべき連携で最強と言って差し支えない力を持っているのだ。
「悪いな、邪魔はしないさ」
「アギラとユウってヤツは俺らでやる。オメーの仕事は王子の護衛だ。いいな」
 この軍勢に紛れて、銃士と同じ職業タイプの女が潜んでいるのを知っている。彼女は、幾度も裏切り者を撃ってきた猟犬である。
「分かっている。証を立てろとでもいうのか」
「竜狂いが、気持ち悪いんだよ」
 カンナギ、法王の犬は吐き捨てて立ち去った。
 この世界はなんと面白い場所だろう。欲望は剥き出しに、獣性を開放し、心の底に隠していたものが溢れ出る。
 シアリスが集めたヴァルチャーは二十、その内の五人は離反して死んだ。
 竜を撫でて、水を飲ませる。
「異形は、ここで葬るべきか」
 犬はどこまでいっても犬でしかない。自分で動くことを忘れた犬は、人のままの銃士を恐れている。






 シアリスの戦場楽師が高らかに神曲を鳴り響かせた。
 竜王の騎士団と雷鳥の騎士団が前に出る。
 バニアスが前に出て、手を上げると音が止んだ。砦の城壁には弓兵の姿があった。人と亜人の入り乱れるその姿に、バニアス団長は苦笑した。
「我らはシアリス正教の加護を得たレミンディア軍である。魔道に堕ちたアーサー王子、そして闇の軍勢よ、抵抗せぬなら楽に殺してやろうではないか」
 水虫と繰り返してた時の面影はなく、堂々とした騎士の名乗りに、エツコは頬が紅潮いるのを抑えられない。竜骨の兜をかぶり直して、それを隠す。
 その名乗りの後に、跳ね橋が下りた。降伏か、とざわつく軍勢。
 白馬にまたがった白銀の鎧姿の偉丈夫が現れ、跳ね橋を渡り、たった一人で軍勢を見据えた。
「余はレミンディアが第一王子アーサー・ユランドロ・ミール・レミンディアである。竜王の騎士よ、余を討つというか」
 威風堂々とした口上である。
「アーサー王子、魔道に堕ち、ロイス伯を討った者がレミンディアを名乗るか」
「余はレミンディアの王子である。アドラメル宰相により心を奪われたジュリアンの仇を討つ。邪魔をするならば、竜王と雷鳥であろうと、打ち破ってみせよう」
「雷鳥と竜王、突撃だ」
 アーサーは動かない。
 総勢百二十の騎士がアーサー一人に向かって突撃する。そして、一人をぐるりと取囲んだ所で、バニアスが馬より降りた。
「王子、我ら竜王と雷鳥の騎士、シアリスを討つために馳せ参じました」
「まさか、本当にこの台本通りやるなんて思わなかったわ」
「こんなところで死にたくないのは、騎士も同じなんですよ」
 砕けた言葉を吐いたバニアスをエツコが小突いた。
「旗をあげよ」
 レミンデイアの旗を騎士たちが掲げた。そして、シアリスの旗も掲げられたが、そこに火がかけられる。
「悪いなっ、水虫みてえなシアリスとクソ坊主の言いなりにゃなんねえぞっ」
 その叫びを聞いたシアリス正教騎士団は、怒り狂った。
 進軍の途中に言っていいた水虫はシアリス正教、薬は細作から得た情報、そいうことである。
 銃士は檻から竜を出して、王子を上に乗せる。石を握り締め、竜に乗った二人の王子は野獣めいた呼気をあげていた。
「おおし、俺らも行くぞ。クソ裏切り者をぶっ殺せ」
 シアリス正教騎士は叫んで、開戦の言葉の前に弓をいかけた。そしてカタパルトが発射される。
 二基の巨大カタパルトから放たれた巨石が城壁に大穴を開けた。弓兵が宙を舞い、離反した騎士が少し潰れた。
 バニアスたちは陣形をくみ上げて、突撃用意の合図を送る。裏切りの騎士は、王子に忠誠を見せねばならない。矢の中を突撃していく覚悟だ。
 怒り狂っているシアリスの騎士たちもまた、突撃を開始した。
「我らには聖竜の加護がある、ゆくぞ」
 リザードマンのカタパルト、バリスタ隊がデュク大河より現れた。彼らはずっと水中に潜んでいたのだ。暴発しないように、軍勢が迫る中でバリスタをかつぎあげて設置する。
 気づいたシアリスは馬を走らせる。半分以上のバリスタ。カタパルトが発射された。元来、これは人に向けて放つのは無作法とされる。
 その後、竜王と雷鳥の騎士団が突撃した。
 毒矢、そしてガロル・オンか空を飛んで騎士と斬り結ぶ。
 そこに、邪悪なるユニコーン、バイコーンの姿をとったアギラにまたがったユウが加わった。
 狂戦士の首を取ろうと突撃してきたものはことごとくその両手に握られた剣により、打ち倒される。バイコーン、アギラが触手を馬に突き刺す。それだけで騎士は落馬していく。
 熱狂から、次第に恐怖の混じり始めた騎士たちに、下りた跳ね橋からミデがやってくる。神の戦槌を手にした悪魔に、騎士たちは呆然とした。
「ミデの吐息は烈風吐息」
 最初の一撃で、頭が消失するという死に方をした騎士に、さらなる恐怖が伝染した。




 シアリス陣、竜の前にいた彼らも行動を開始した。
「これだからここのヤツらは根性がねえんだ。俺らが出る」
 カンナギ率いるヴァルチャー隊が、戦場に出た。
 銃士はそれを見送り、後続の陣にいるもう一人の女銃士を見つめた。女は、感情の篭もらない目で、スコープから目を離さない。
「信用されてない、か」
 薄く笑いが浮かぶ。
「そろそろ、出ますか」
 シアリスの団長、公的にこの場の責任を持つ枢機卿に尋ねると、彼は頷いた。
 ドラゴンに囁きかけて、銃士は第四王子と共にミカズチの背に乗り、ジュリアンもミナカタに乗った。
 体長八メートルの竜は、空を見上げてから、飛んだ。




「狂戦士ィッ、もらうぜぇっ」
 神官、魔術師、戦士、馬に乗ってユウに突進してくるのはヴァルチャー隊、魔術師カンナギの率いる三人だ。
 アギラとユウは、一目で彼らが異邦人と気づいた。だが、焦りは無い。この瞬間を予期してタキガワと共に何度も行ったほぼ殺し合いの訓練のたまものだ。
 神官の目くらましの魔術、閃光の後に戦士の斧、そしてカンナギによる炎の魔術、この世界に現存する魔術を遥かに超えた威力である。
 アギラから飛び降りざま、ユウは神官の乗る馬の足を切り裂く、アギラはガルムに変形しながら、閃光に全くひるまずペースを崩した神官の喉笛を食いちぎった。戦士もアギラに馬を潰されたが、飛び降りてユウに打ち込んでいる。岩をも砕く一撃を放つが、ユウがかわす、そこにカンナギが背後から氷の刃を放った。アギラがユウの間に割り込んで、体を盾のようにしてそれを受け止めた。
「それじゃ動けねえだろ。焼け死にな」
「いいや、動けるさ」
 盾の形に惑わされたのがカンナギの敗因だ。そして神官が先に殺されてしまったのも、運が悪かったとしか言いようがない。アギラがその姿のまま放った無数の細かい触手は防護魔術を張るより早く、その全身に突き刺さっていた。血を、一瞬で吸い上げて絶命させる。力が満ちた。やはり同胞の血は力がつく。
「仲間がいなくなったってどういう気分?」
 何か言おうとした戦士の首を、ユウの剣が刎ねた。
「おのれ」
 ユウの背後で殺したはずの神官が蘇っていた。喉笛を何らかの方法で再生していたようだ。術が発動する寸前で、背後からの剣が神官を貫く。
「油断大敵ですぞ、ユウ殿」
 返り血にまみれたガファルの笑み。
「助かったわ。ってあれ、きたきたきた。アギラさんっ、いこう」
 竜が低空飛行で飛んでくる。赤い竜、ミカズチからはいつか見た魔銃が放たれている。
「敵味方区別なしだね」
「あの高さなら飛べる」
 ジャンプの飛距離で、一気に竜の背に乗り、倒す。それだけのシンプルな作戦だ。
 竜の上で、スコープからカンナギの倒れる様を見ていた銃士は、口元に暗い笑みを刻んでいた。いつでも援護できたのだが、最初から裏切るつもりなのだ。そんな無駄なことはしない。
 背後の女銃士の射程距離から離れるまでは働くことになる。
 竜の吐く強酸の胃液だけで、地上は地獄と化している。
 ジュリアンの乗るミナカタは、無差別にただ暴れまわるだけだ。そろそろ操者も限界だろう。第四王子も、人の意識を完全に失いつつある。
 ミナカタに理性は残っていない。竜としての死、それは発狂だ。地下の牢獄に閉じ込められていた三匹の竜で意識を保っているのはミカズチだけだ。
 アギラが走り、ユウはその背に、数で勝るシアリス正教騎士団はユウとアギラに道を開けてしまっている。女銃士の射程から出る前に、竜に肉薄した。
 バイコーンの形を取るアギラが飛ぶと、ユウはさらにその背を蹴って竜の背中に迫る。形を変えて竜の鱗に伸ばした触手を引っ掛けたアギラが、狙いをつけていた銃士の銃を逸らせた。
 銃声と同時に、魔銃から放たれたエネルギーはあさっての方向に逸れていた。
 斬りつけようと走ったユウは、はるか後方から放たれた黒曜石の弾丸に腹を貫かれて、ふらりと何歩か歩いて、そのまま竜から落下した。
 銃士が振り返る、援護したのは、自分を狙うはずの女銃士のようだ。
「ユウゥゥゥゥ」
 叫びながら、落下するユウにとりつき、地面との間にクッションになったアギラだが、ユウの傷口には大穴が開いて、血がどくどくとこぼれ出していた。
 上空で竜の影が太陽を覆い隠した。
 竜の上から、また一つ人影が落ちてきた。それは、第四王子で、喉を裂かれて死んでいた。ミカズチは、一声鳴くと戦場から離脱していく。蜥蜴山脈を越えて、どこか遠くの空に。




 ユウが落ちていくのを受け止めたのは、意識しての行動ではなかった。
 ただ、自分が叫んでいることだけが分かる。
「ユウ、おいっ、死ぬなよっ」
「まだ、喋れる、みた……い。ア、ギ、ラさん、ごめ、んね」
「おい、助けるぞ、待てよ、死ぬなって」
 戦力ダウンか、いや違う、死んだら、悲しくなる。ずっと今までやってきただろう。死ぬなよ。先に死ぬのは俺のキャラだろう。
「すき、だよ。家族ができた、って、そん、なかんじ」
 まだ死んでない。
 ユウの血がどんどん出てくる。ユウの内臓がはみ出してる。
「お前に死なれたら辛いだろっ、おいっ」
 なんだ、なんだろう。分からない。だけど、死んでほしくない。
 ああ、一つだけあったな。思い出した。俺の体はなんにでもなれるんだった。竜の体内で毒になるために、入り込むのだ。
「だいすきだよ、なか、ないで」




 空を見ていた。
 死ぬんだなぁ、って思えた。
 ただそれだけ。アギラさんが叫んでる。死ぬなって無理言ってる。バカだなぁ、この人。こんなの死ぬにきまってるのに。いつも、何があっても適当に流してたくせに、好きっていってもいつも酷いこと言ってたのに。
 信じてくれるかな、好きだって。
 アギラさんみたいに人のこと気にして、いつも傷つかないように守ってくれた人って、はじめてだった、って。
 まあいいか、バケモノだけど、好きな人が死ぬなって言ってくれるんだし、いい死に方かなあ。血がいっぱい出ていって、もうダメみたい。痛くなくなってきた。




「思うままに、救いたいのなら、その思いさえあれば、お前はなんにでもなれる」
 邪妖精の女王の声が聞こえた。
「脳が死を迎えるまでに、血であり肉であり全てであるお前にしかできないことを」
 邪妖精はイーティングホラーを作り出した。妖精王はガルムとニズヘグを作り出した。邪神はミデを作り出した。
 増えすぎた竜が全てを破壊しようとしていた。
 叡知そのものであるガザの女王は、長らく争い続けた邪神と妖精と邪妖精をまとめ、竜を殺す軍勢を作った。
 この世の理から外れた、異形の軍である。
 竜を駆逐するため、強い番犬ガルムを、死なぬ兵士機人を、進化し続けるミデを、根絶同化のイーティングホラーを、彼ら異形を作り出した。
「毒であるお前は、薬ともなれる。異形であるからこそ、変化ができる。わらわは、お前たちを見守るために、我が子を見守るため現世に残ったのだ」
 遠い遠い記憶。
 ユウの体を包んで、繭を作る。傷を治すために、肉の中に溶けるために、体を変化ざせていく。ここまで小さくなれば、意識は保てない。それでもいい。生きてくれるなら。
 ユウを包んだアギラは、まるで真っ黒な卵のようだった。




 音が聞こえる。
 目を開くと、刃が迫っていた。ひどくゆっくりに見えたそれを、手で払った。
 殻が割れている。
 立ち上がると、悲鳴が聞こえる。殻から出ると、青く透き通るような空が見えた。
「あれ、死んだんじゃなかったっけ」
 なぜか胸が重い。こんなに大きくなかったはずなのに、おっぱいが大きい。
 何かわめき声と共に飛んできた槍を右手で受ける。手をたくさん出して、飛んできた槍を受け止める。
「アギラ、さん?」
 両手から触手が出ている。
「ああ、嘘、なんでそんなことするのよ。ねえ、答えてよ」
 落ちているあたしの剣、指先から出した触手で拾った。
「なんで、答えてくれないの」
 涙は出なかった。
 お腹をやられて、そこにアギラさんが入って、あたしの中に、彼がいる。答えてくれない。アギラさんはあたしを助けるためにいなくなった。この傷を治して、あたしの体と一緒になって、とけあって、いなくなった。
「ちょっと、静かにしてよ」
 周りで狂戦士だ悪魔だとごちゃごちゃ騒ぐんじゃねえ。殺すぞ。
「そっか、こいつらと竜のせいか。あと、あのスカしたヤツ。うん、顔は覚えてる。見つけ出して、ぶっ殺してやる」
 ギャアギャアとわめく竜が見えた。
 うるさい。ここはうるさすぎる。少し静かにしてほしい。






 ミデとタキガワが竜になんとか手傷を与えていたが、敵の数が多い上に、竜は巨大すぎる。敵味方共に、竜に半分は殺されている。いや、シアリスに被害が大きい。なぜか、竜はシアリスの紋章を見ると狂ったように怒りの咆哮を上げる。
「アギラが死んだ。いや、消えた、違う、ミデの権利はユウに、ミデはユウに?」
 動きを止めたミデは、戦場で舞う黒いものを見ていた。それは、ユウとアギラだったもの。
「なっ、ユウとアギラか、……合体技かよ」
 タキガワも呆然と、それを見た。
 シアリスの騎士たちの悲鳴、竜に向かって滑空していく悪魔は、炎を食らって地面に落ちた。だが、その全身を翼が、アギラの変化したものと同一の翼が守っている。足を止めて踏み潰そうとした竜の爪を避けて、竜の足を切り裂いた。
「あれは、アギラとユウの混じったもの。そうか、それがアギラの意思か。脳石はユウに、ミデは従うよ」
 背中に背負っていた大弓を構えたミデは、竜の瞳を狙って、矢を放った。とうてい人に引けるとは思えない巨大な弓から放たれた矢は、竜の眼を貫いた。
 轟音と共に倒れた竜に、ユウはゆっくりと近づいた。巨大な瞳に突き刺さった矢にもだえ苦しんでいる。
「うん、分かってるよ。そうだね、アギラさんの考えてたことちょっとだけ分かる」
 ユウはつぶやいて、右手から放った触手を竜の瞳に突き刺した。そのまま触手は伸びていき、竜の脳に達する。
 びくん、と痙攣した竜はそれきり動かなくなった。
「ふうん、あの銃士が操ってたんだ」
 脳を食うと、それを理解できた。
 シアリスの騎士たちは、一人が逃げ始めると、また一人と、敗走を始めた。
 ユウは、適当な馬を借りるとアーサーの元へ向かった。
「アーサー、アギラさんあたしのためにいなくなっちゃった。あたしの傷を塞いで、あたしの中に入って、それで」
 ユウの体は、変質していた。顔かたちは似ているが、全身が大人の体になり、露出する肌には、刺青のように黒い線が無数に走っている。それは、アギラの肉体を構成していたものと同じ、イーティングホラーのものだ。
「……いいのよ。今は、休んで。あいつは、あんたのためになったんなら、何も言わないから」
「わかってる。アギラさんが思ってたこととか、ちょっとだけ分かるの。アーサー、もうこの戦い終わらせて」
 アギラ、どうしてこんなことに。
 シアリスに使者を送り撤退を迫ると、あっさりと受け入れられた。竜の離反と死は、それほどに彼らの精神に打撃を与えていた。
 ジュリアンと第四王子の死体は、アーサーの手で回収された。安らかとは言えない断末魔である。同じ父を持つ弟の二人が死んだ。
 撤退の準備の進むシアリス軍に、馬に乗ったユウが現れた。弓が向けられているというのに、全くそれを恐れていない。だれかが、悪魔、とつぶやいた。
「今より」
 と、叫んだ。そして、そこでもう一度大きく息を吸い込む。
「今より、この地はアギラの国となった。我は女王ユウ、シアリスよ、次にこの地を踏む時は、我がお前たちを滅ぼす。分かったなら、早々に立ち去れ」
 女銃士が魔銃を構えた。引き金を引けば、狂戦士は倒れる。顔面を、頭を吹き飛ばしてしまえば、この失態も取り返せる。
「うっ……あああ」
 スコープでユウの顔面を捉えた時、足が震えた。
 法王に拾われてから、暗殺者として何もかもを捨て去った銃士の足が震えた。自分が恐怖しているのが信じられない。
 目があって、女銃士は頭をかかえてうずくまった。小さく、ごめんなさい、と繰り返す。
「今は見逃してやろう。さあ、逃げるがいい」
 シアリス軍は敗走した。
 この戦で、バロイ砦を中心とした一帯は、アギラの国と呼ばれる魔窟と化したのである。






 戦より十日後、シアリス正教国。
 法王は怒り狂っていた。磐石の布陣、莫大な予算を投じた辺境支配の計画が、レミンディアのバカ王子と汚らわしい亜人の手によって崩れ去ったのだ。
 白亜の王城、その心臓で法王は細作を蹴りつけて怒り狂っている。
 竜を失い、そればかりか計画の建て直しは不可能、そんなふざけた報告である。
 大きな音がしたかと思うと、蹴り付けていた細作が、ばたりと倒れた。頭がなくなって、煙を上げている。
 壁が崩れて、そこに現れたのは、離反した赤の竜ミカズチである。
「よくも、よくも長きに渡り我らを閉じ込めたな、人間よ」
 怒気をはらんだ竜の言葉と共に、炎の吐息が護衛を舐めた。
「貴様らの支配は終わりだ。地獄に落ちろ。いや、それは我が友に任せよう」
「き、き、貴様、裏切ったな、あれだけ目をかけてやったというのに」
 銃士は口元だけで笑った。それは、どこか少年じみた、不思議な笑みだった。
 銃口から放たれた光は、法王の腹を貫いた。
「だ、誰ぞおらぬか、誰ぞ」
「穴をあけられてまだ踊りよるか、地獄でも踊り続けるがいい」
 炎が、全てを焼き尽くした。
 竜は大空に舞った。敬虔な信者たちは、その姿に祈りを捧げる。
「どこへ行く、我が友よ」
「西の海を越えた大陸だ。そこに、俺の友達がいる」
「女か?」
「そうだ、俺と一緒にヴァルチャーを始めた女だ。行こう、こんな大陸に用は無い」
 竜とその友は、西へ。






 ハジュラから使者がきた。
 アーサー王子を迎えたい、という内容である。レミンディアを取り戻すのに全面的に協力する、というものだ。
 突然大人の体になったユウの建国宣言には、アーサーまでもがシアリスの去った戦場で平伏した。その後、改めて各亜人種族は、女王に忠誠を誓ったのである。
 公式の場、というものは未だほとんどないアギラの国だが、ユウはアーサーとの別れには、それに相応しい態度で臨んでいた。
「今までのご協力、感謝致します、女王陛下」
 正装のアーサーが平伏する。
「表をあげよ。アーサー王子、レミンディアの奪回、心より祈らせてもらう。我らの絆、生ある限り汚さぬことを誓おう」
「レミンディアを奪回した暁には、必ずご恩に報います」
 と、錬兵所で言い終えた後、ユウはマントを外してアーサーに歩み寄った。そして、抱きしめる。
「がんばってね。王様になったら、パーティー開くのよ、魔王のあたしが行ったら盛り上がるからさ」
「分かってるわ。ありがとね、みんなのためにもレミンディアを取り戻してみせる。アタシが王様になったら、関税とかまけてね」
 それから、宴が開かれた。
 戦場の後片付は今も続いていたが、砦に、いや城にいる者は、亜人も人間も飲み、騒いだ。何もかもが今から変わる。バロイ砦最後の宴で、アギラの国の最初の宴だ。
「女王陛下、よろしいですか」
 と、一人で飲んでいたところに来たのはガファルだった。
「どうしたの、改まってさ」
「このガファル・クーリウ、女王陛下に剣を捧げます。騎士として、お仕え致します」
 コホン、と咳払い。
「ガファル・クーリウ、アギラの国、始まりの騎士と認めよう。私の剣となれ」
「ありがたきお言葉。いついかなる時も女王のために」
「はい終了、ほら、もっと飲んで騒いできて」
 ガファルは満面に笑みをたたえて、何度も頭を下げた後に武人仲間たちの所にかけていく。
「暑苦しいんだから」
「ユウ、一人はいけないぞ。ミデのご主人様なんだからな」
 酒樽、それも一番キツいゴブリンの森酒を抱えたミデは、ユウの隣に落ち着いた。蟹百足の下半身は、上半身とは別に生肉を食べている。
「なによお、あんた見てたら思い出すからヤなのに」
「アギラは生きてるぞ。ミデとアギラは姉弟みたいなものだから分かる。ミデはユウに仕える。いつか、アギラは帰ってくる。ユウの中に、アギラの精神の形がまだある。今は眠っているだけだ」
「いつ? 明日、それとも百年先」
「ミデにもそこまでは分からない。最初のミデのその母のミデは、アギラのようなものを治療のために使っていたということがあるらしい。ミデもらしいということしか分からない。だけど、それはミデとイーティングホラーが分かり合った時だけできたものだ」
「なによそれ、愛し合った、とかそういうやつ」
 鼻で笑ったユウは、三角座りでそっぽを向く。
「そうだ。ミデはアギラとは分かりあえなかった。ユウはアギラと分かり合ったんだな。そうじゃないと同化はできない。ミデは妬ましい」
「目を、覚ましてくれるの。もう一回、アギラさん、戻ってくるの……」
「分からない。だけど、ミデに涙を出す機能があったら、ミデは泣いてる」
 こんな天然バカ女に、泣いてるところを見られて、だきしめられている。
 宴は朝まで続いた。




 雷鳥の騎士団を吸収した新生竜王の騎士団は、アーサーと共にアギラの国を去った。
 ホドリム・グレイはユウの元に残り、シキザはエレル一族の頭目を引退して、一部の忍者と共にアギラの国に残ることになった。
 ガザの細作ウエンも正式に外交官と称して、しばらくはアギラ国の援助のために残る。
 戦が終わると、また隊商がやって来るようになった。彼らは以前と同じく、すぐにケーケットを再生するつもりである。
 日々は忙しく過ぎる。
 ある日、ユウは邪妖精の女王の元へ向かった。案内無しで、そこにたどりつくことができた。アギラと同化してから、彼らの気配も分かるようになっている。
 洞窟の奥深く、鍾乳石の寝室に、女王はいた。
 今は、女王の姿がよく見えた。口では表現しきれない、次元の異なった大いなる生命である。
「来たか、ユウよ」
「うん、アギラさんを戻す方法を教えて」
 女王が寝返りを打つと、地下の湖に小波が踊った。
「その前に教えてやろう。お前たちヴァルチャーは、わらわにも想像のつかぬ高次の存在が作り出した、因子じゃ」
「因子?」
「うむ、お前たちのいたというニホンという世界は、わらわの認識では存在せぬ場所じゃ。わらわとユウに理解できるように説明するなら、ユウは現実のような夢の記憶を与えられているだけじゃ。この世に来た時にユウは世界に産み出されたというべきか」
「ごめん、あんまり興味ないかな」
「ホホホ、口の利き方を知らぬ小娘めが。まあよい、ヴァルチャーたちは、この世を変えるために構成された因子じゃ。それが実験なのか、それとも我らには理解できぬ何かの事業なのか、それすらも分からぬがな」
「……」
「退屈な顔をするでない。お前たちはな、わらわと同じく通常の肉体ではない。ヒトの形をしているが高次の存在で構成されておる。それゆえに、アギラの存在は残っておる。邪神ならば、アギラを目覚めさせるものを持っているかもしれん。イーティングホラーを創造したのはわらわじゃ、今のユウはわらわの子でもあるでな」
「協力してくれるの」
「そうじゃ。アギラを目覚めさせるのならば、邪神神殿の奥深くに潜ることじゃ。邪神はわらわたちの中でも叡知に秀でておった。奴ならば、分かることもあろう」
「ありがとう。やる気出てきた」
「我が子よ、強く生きておくれ」
 希望ができた。




 邪神の森に隠れ住んでいたバルガリエルは、とある戦士と出会った
 アギラの国の魔王がお触れを出した。邪神神殿の奥深く、踏破した者には巨万の富を与えると。
 最初の数年は誰もそれに見向きもしなかった。だが、ある男が神殿で見つけた不可思議な道具を持ち込んだところ、金貨が与えられた。迷宮の踏破を目指す者たちが溢れ始めたのはそれからだ。
 アーサー王子は、ユウと別れて三年後にレミンディア王に即位した。レミンディアの内戦は苛烈を極め、国土は荒廃した。しかし、アーサー王は新たに宰相として登用したエツコ・クロードなどの有能な人材に助けられ、十年を待たずに復興を果たす。
 逆臣としてアドラメル宰相は極刑に処された。そして、クシナダ侯爵家と反目していたミレアネイス家が手を結び、テロ組織を作り上げた。アドラメル残党と呼ばれた彼らは、シアリスに亡命した後にも、アーサー王の命を幾度となく狙う。
 ハジュラは、アーサー王による新たな体制が始まると共に、シアリス正教を弾圧し、国土からシアリス正教騎士団を放逐した。
 レミンディアは苛烈にシアリス正教の粛清を行う。千人以上の僧が虐殺され、暴君アーサーの名は不動のものとなる。
 魔王ユウの治めるアギラの国は、無法のブラックマーケットとして成長し、魔都市として発展した。ありとあらゆる種族が入り乱れ、邪神の信徒たちの聖地として認定されたという。
 ガルナンディア大陸、辺境地域と呼ばれるガザ、ハジュラ、レミンディア、アギラの国は、三十年後に連合軍を組織してシアリス正教国を滅ぼすことになる。




 アーサーが王位についてから数年して、ハジュラの男爵家令嬢であるエリザベート・クセファ・リンガーを王妃として迎えた。身分に差がありすぎると波紋を呼んだが、アーサー王はそれを無視して彼女と婚礼をあげた。
 エリザベート王妃は公私ともに王を助けた。
 ハジュラのホドリ監獄に残ったガザミは、とある事件から王宮にあがることになり、教育を根本から変える事業を起こす。後に、世界初の高等学院の校長を務めることになる。
 アギラの国は順調に勢力を増して巨大化していく。
ガファルが将軍の座につく。遊女であった妻に支えられ、数々の戦で功績をあげた。彼は、各国に名を轟かせる豪傑として幾多の伝説を作った。
リザードマンのレド、スレルのジ・ク、ガロル・オンの族長ショウ、ゴブリンの族長トレルは、各亜人の氏族となり、同時にそれぞれが要職についた。山での生活に戻った亜人たちとの折衝を行い、後の世で彼らの功績は高く評価されることになる。
 ミデは邪神教会の女神として、数百年を生きたが、ある時邪神神殿に潜りそれ以後戻ってこなかった。彼女は全ての戦に参加し万の首を取ったと伝えられている。戦女神としての伝説以外にも、慈愛の女神としても祀られることになる。
 ホドリム・グレイはアギラの国の宰相に就任する。内政と外政共に能力を発揮し、八十歳で天に召された。
 シキザはアギラの国で細作を育てあげることに従事する。アギラの国の細作は、ニンジャと呼ばれ恐れられた。
 ハジュラのラザンテ地区は、その後もリンガー男爵家とリンガー商会が仕切ることになった。エリザベートの婚礼以後は、アリスが代表を勤めた。タキガワは生涯独身を通したシャルロットに倣い、彼女の傍らに常に控えていたという。






 奇跡が起きたのは十五年後である。
 魔人バルガリエルとその仲間たちが持ち帰った秘宝が、アギラの国はバロイ城に運び込まれたのだ。
 邪神の叡知により、奇跡はおきた。


「おっぱい大きくなったな」
「バカ、もっと言うことあるでしょ」
「そうだった、前は言ってなかった」
「おかえりなさい、アギラさん」
「ただいま」


最終話 ただいま


おわり






後書き
 ここまで読んでいただきありがとうごさいます。
 時間ができれば、ゆるゆると、別の主人公で書くかもしれません。
 アギラとユウの物語はここで終わります。
 最初はもっと陰惨な話にしようと思っていましたが、言葉より行動のアギラとユウは、そういう方向に進んでくれませんでした。作者としては、これでよかったように思います。
 一話につき平均して四時間程度時間がかかりました。最終話のみ十時間です。予想以上に時間がかかり、また体力も使いましたのでしばらくは休みます。


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