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No.1501の一覧
[0] ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/23 01:02)
[1] Re:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 01:22)
[2] Re[2]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 23:42)
[3] Re[3]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 01:56)
[4] Re[4]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 23:32)
[5] Re[5]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/27 18:55)
[6] Re[6]:ヴァルチャー[喫著無](2007/09/28 21:34)
[7] Re[7]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/29 17:17)
[8] Re[8]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/30 21:57)
[9] Re[9]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/02 23:27)
[10] Re[10]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/04 19:01)
[11] Re[11]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/05 23:41)
[12] Re[12]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/06 21:23)
[13] Re[13]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/08 00:21)
[14] 番外 ヤナギ[ポンチ](2010/06/08 00:04)
[15] 番外 ツバキ[ポンチ](2010/06/09 21:00)
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[1501] Re[12]:ヴァルチャー
Name: ポンチ◆ebd5b07d ID:440294e0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/10/06 21:23
 嫌われたものだな、と苦笑する。
 その場で殴りにいきそうになったユウをみんなで止めた。人に憎まれるのは、あまりいい気持ちではない。






第十三話 うん、いいよ






 ガザに向かったホドリム・グレイはほどなくして話をまとめて帰ってきた。
 城壁は三ヶ月で作り上げ、現金と穀物をそれなりの量。この先の二十年間は収益から一定の割合での支払いを受ける。ロイス伯爵領はこのような条件で売り渡された。
 あまりにも安く売り払ったことになるが、ガザはそれも予見していたかのように、素早く統治のための軍勢を送っている。ガザが裏切れば、そこでバロイ砦は終わる。
 名君として知られたロイス伯が邪神の使徒率いる亜人の軍に討たれたことは、辺境を越えて大陸中に知れ渡った。
 ハジュラは、王位に関する内輪もめをさらして、レミンディアへの協力を拒否。ガザは正統な商取引であると抗議を一蹴した。シアリス正教は、アギラとユウを邪神の放った悪魔と認定した。
 どこに隠れていたのか、邪神の信徒たちは定期的に砦に現れる。そして、難民や異端者。無法者はまだ可愛いものだ。
 本日、ユウはベッドに入ろうとするとこで呼ばれ、邪神の信徒と共に、バロイ砦周辺に無数に立ち並ぶ小屋に突入していた。眠い目のままで、邪神に生贄を捧げていた異端者を制圧していく。どうせ、後で縛り首なのだからここで殺してもいい気はいるのだが、見せしめということで逮捕することになっている。
「ユウ殿、これは悪の神です。名前もない神ですが、おぞましい所業の邪教にございます」
 邪神の信徒の中で、女司祭の地位についている女は、青い顔で生贄の惨状を見ている。
 本来、邪神の信徒の大半は土着の神を崇めたり、過去にシアリス正教に滅ぼされた神を崇める者たちだ。それとは逆に、ずっと昔から淫詞邪教として迫害されてきたものも、シアリスの手によって同じものとされている。
「うっわー、グチャグチャだね。そういえば、昨日のシチュー美味しかったよ。また作って」
 女司祭は口を押さえて外に出ていく。居酒屋のトイレみたいな音が聞こえてきて、「悪気はなかったんだけど、シチュー食べたいなあ」とユウは眠たいままでつぶやいた。
 アーサーもアギラも、こういった事件には頭を悩ませていた。無法者たちの自治でも、宗教というのは取り締まりが難しい。また、法を作ろうとも思ったのだが、作れば作るほど手が足りないのが現状だ。こうして、法も簡単なものに落ち着いている。
『抗争は他人の迷惑のかからない所ですませる』
『騙されるヤツが悪い』
『勝手に売春宿を作らない。病気の原因になったらポン引き共々縛り首』
『トイレ以外の場所での排泄を禁ずる。破ったら袋叩き』
『疫病を見つけたらすぐに通報すること』
 主なものはこれだけだ。無視したら袋叩きにする、という刑罰があり、見てみぬふりをした者も同様に罰せられる。元々研究者であったカザミが、グレイに幾つかの薬の精製方法や病気の発生源を教えており、都市のスラムと比べて清潔ではあった。
 食い詰めた傭兵団も流れ込んでおり、隊商の護衛や、隣り合っている商人たちが共同で警備を依頼するなど、勝手に自治が進んでいる。砦の役人、と呼ばれているショウやジ・クは、大雑把にその場で判断するため、商人たちの自衛が進んでいる。ちなみに、ショウやジ・クは「二人ともに非があるので、お互い左か右か決めて腕を切り落とせ」だとか、「争いの種になった財産は没収、嫌なら死刑」などの悪行を繰り広げたため、よほどでないと砦に泣きつこうとする者はいない。
「うう、神の恵みを無駄にしてしまいました。申し訳ありません」
 女司祭や邪神の信徒は、難民を助けたりと勝手に福祉活動を行っている。彼らは、元々市井の中に隠れていたため、勝手に作った神殿で様々な手仕事を行っている。また、ミデが歩き回るのに付き添ってお布施を強要するなど、細かく活動していた。各国に潜む仲間たちとも連絡をとりあい、情報源になっている者も少なくなかった。そのため、ある程度は砦で保護している面もあった。
「じゃあ、後はみんなで頑張ってね」
 眠い眠い。
 夜でも、砦周りの露店は賑わっている。隊商が着くのは朝とは限らないし、夜行性の危険生物の多い蜥蜴山脈付近では、夜に完全武装で移動する隊商も少なくはない。また、夜だけの商売というのも少なくないためである。
 ゴブリンの警護組と呼ばれる者たちが、狼のような獣に乗って辺りを巡回している。邪妖精は露店に入り込むものが多く、人々もそこまで恐れなくなっていた。
 アギラとグレイとリザードマンのレド、そしてガファルはデュクの大河で夜釣りを楽しんでいた。
「ガファルはこれからどうすんだよ」
「ジュリアン様につくべきか、迷っている」
 隠そうともしないガファルの魚篭には、七匹の魚や鯰が入っている。グレイが三匹、レドが二匹、アギラが一匹であった。
「迷ってんのになんで釣れるんだよ」
「親父が漁師で、子供のころはよく手伝わされました」
 平民出身のガファルは、雷鳥の騎士団に恩義だけでは到底足らないものを持っている。だが、それ以上に彼は今の仲間たちのことも信頼している。彼の言う正義とは法にのっとったものではなく、いかに正しいか、という個人の価値観であった。
「行っちまってもいいぜ。今だったら、なんとかなるだろうし」
 アギラはアーサーからの許可もなく、そう言った。グレイもレドも何も言わない。
「いえ、団長もアーサー王子も、レミンディア国王となる正統のお方です。俺は、今はアーサー王子についていきます」
「あいつスゲー悪人だぞ」
「知ってますよ。上に立つ方は、悪いのが普通です」
 レミンディアがよくなりさえすれば、それでいいということだろう。ガファルの中では、ジュリアンとアーサーは同じ位置にいる。戻れば内通の疑いをかけられるのは分かっている、というのも一因にあるが。ここを気に入ってしまっているのも本音の一つだ。
「そうか、まあよろしく頼む。そろそろ帰るか」
 グレイは黙ってアギラのやることを見ていた。彼には権力があるというのに、それを行使せずこんな回りくどいやり方でガファルと話すなど、全く理解できない。しかし、判断としてはあながち間違っていない。器が小さいのか大きいのか、今はよく分からなくなっていた。
「魚もまあまあいけるな」
 バリバリと噛み砕く。異形というのはよく食うものだ。
 二週間後、馬に似た動物のひく馬車が十数台バロイ砦に到着した。ガザの職人たちである。
彼らの馬車の中に、幾つか貴族専用の異質なものがあった。ガザの細作であるウエンが正装して現れ、浅黒い肌の貴婦人が、ウエンと護衛の女戦士たちに囲まれて、砦の会議室に通された。
 アーサー王子、アギラ、ユウ、ジ・ク、グレイ、とリーダー格が揃って出迎えた貴婦人は、ガザの太守ゴモリー婦人である。浅黒い肌はガザの民に特有のものだ。警護を努める女戦士たちも、皆浅黒い肌をさらしている。
「お初にお目にかかる。ガザの地上府太守のゴモリーである。我の言葉はガザの女王の言葉と思ってよいぞ」
 ゴモリー太守は、三十を少し過ぎた女であった。額につけた赤い宝石をあしらったサークレットが魔術師のように雰囲気を出しているが、服装から判断するに、何か勲章のようなものらしい。あまり服にあっていない。公式の場につけないといけない、というものであるようだ。
 護衛が椅子をひくと、挨拶も無しに座り、懐から煙管を取り出した。火打ち石もないのに、くわえただけで煙が上がった。
 ゴモリー太守にならって、簡単な挨拶で、向かい合うように座った。会議室は、なんとか絨毯はあるものの、それ以外はみすぼらしい。ゴモリー太守は、そのようなことも気にする素振りはない。また、特使としては考えられない派手な毛皮のついた服と、結い上げた髪にカンザシを何本も挿している。高級な遊女だと紹介されれば、うなずいてしまいそうな出で立ちである。
「暑くないですか、毛皮?」
ユウの素っ頓狂な問いかけにも、太守は婉然と微笑みを浮かべた。
「ガザは年中暑くてね、ここは寒く感じるのだよ」
「へー、砂漠かあ」
「アハハハ、狂戦士のユウが話の腰折っちゃったわね。突然の来訪ですけど、目的は?」
「あなた方異邦人のサンプルの採取と、お困りの様子のミレアネイス侯爵令嬢を保護させてもらおうかと思いまして」
「そう、見返りは?」
「レミンディア軍との戦に兵をお貸ししましょう。それから、その次の戦にも」
 ゴモリー太守は、アーサーと同じ予想を立てている。次の戦は、第四王子の元服の直後に始まるだろう。そこにはシアリス正教の大軍も連なり、雷鳥の騎士団と竜王の騎士団、レミンディアの剣と盾が揃う大人気ない戦になる。
「倍以上の兵力と戦うのに兵を貸すなんて、大雑把すぎじゃない?」
「良い細作を持てず、お困りのご様子。シアリス正教の騎士団は多くても二つ」
 そんな馬鹿な。それで確実に攻め落とすなど不可能だ。アピールにもならない。
「確かな情報だよ、王子。我の言葉は女王の言葉、そう言ったでしょう。シアリスは竜を正教国から輸送する準備をしている。ケダモノではない、叡知の竜、ミナカタとミカズチをね。王子は竜に乗る訓練をしているそうだし、格好の祭りになるということだよ」
「そんな馬鹿なこと、御伽噺でしょ」
 声を荒げたアーサーだが、グレイの大きすぎる舌打で言葉を止めた。
「そうだ、シアリス正教国には竜が住んでる。ミナカタとミカズチの兄弟竜と、天竜ツクヨミだ。魔神ミデよりシアリスが奪った秘法で、竜は使役できる。無理やり言うことをきかせれるって程度だけどな」
「そんな、ことが」
「……竜は地下深く檻に入れられてる。おとなしいもんさ。ツクヨミは発狂し、ミナカタとミカズチは秘法に逆らえない」
 グレイは一度言葉を切ってから、「クソ坊主共が」とはき捨てた。
「ガザにいんのは、伝説の巨人だろ。ありとあらゆるものを作り出し、大地を作ったっていうな」
「その通り、さすがは大神官。我らも貴公を捜していたのだよ。ドラゴンと対話できるもの、三百年前のヴァルチャーが今になって現れたのは、天恵なのか災厄なのか、なあユウにアギラ殿」
「どういうことだ」
 ゴモリー太守は悪魔じみた笑みで、アギラの殺気を受け流した。天井に紫煙が吐き出される。
「プレイヤー、というのだったな。お前たちと同じものが三百年前に現れ、乱世の世であったガルナンディアを平和に導いた。ガザの女王も、彼らに助けられたと仰っていた。ただの宗教であったシアリスはヴァルチャーたちによって勢力を拡大し、眠るだけの竜を呼び覚ました。あのころは、イーティングホラーやニズヘグ、オークにギズネルといった異形があちこちにはびこっていたしな。我らガザも、ヴァルチャーの手によって巨人との対話を果たして今がある。ロイスの祖先も、彼らと共に妖精王との対話を果たした」
 三百年前、ここに来たのが何らかの現象であるというなら、時間軸がずれていたとも考えられる。だけど、それはアギラとユウにとっても漫画やゲームの中でよくある状況というだけで、納得も推測もできるものではない。
「うん、別にいいや。今だって三百年前だって帰れた人いないんでしょ」
「彼らは帰る方法など捜そうともしなかったんだよ。狂戦士、お前も今更帰ろうなどとは思うまい」
「うん、今さら帰ったって、いいことないよ」
 会社はクビだろう。そろそろ一年が経つ。一年間の失踪で何もかも失っているのは目に見えていた。それに、残してきたもの全てが、価値あるものに思えない。そんなことより、今と明日を生き抜くことのほうが重要だ。
「ミレアネイス侯爵令嬢は、そちらの負担になるだけだ。ガザで預かろう。それから、サンプルだが、構わないね」
 ゴモリー太守の取り出した注射器のようなものに、アギラとユウは迷うことなくうなずいた。何か打ち込まれる訳ではなく、ユウは血液、アギラは爪ほどの肉体をとられただけだ。
「アーサー王子、あなたが王となられたらレミンディアは変わるだろうね。では、そろそろ失礼しよう」
 太守たちは、ミレアネイス侯爵家令嬢を連れて砦を去っていった。
 ウエンは城壁が出来上がるまでバロイ砦ら残るが、太守は馬車に揺られて帰途についている。
 馬車の中で、額からサークレットを外し、ゴモリー太守は口を開く。
「女王陛下、いかがでしたか?」
「邪妖精が目をかけている異形、それにあの王子。乱世となれば英雄であろう。三百年前と同じく、ガザは監視と防衛。シアリスを止めねばいけない」
 サークレットが言葉を使っていた。それは、通信機ではない。ガザの女王は永遠の女王である。サークレットは、喋る宝石であり叡知の塊である。
「お気に入りになられましたか」
「うむ、竜を倒せるのであれば、銃を渡しても構わん」
「御意に」
 このサークレットは目の一つであるにすぎない。ガザの宝は、銀巨人の死体ではない。不死と叡知の女王こそが宝だ。






 ガザによるロイス伯爵領の統治は順調に進んでいた。最初の収穫の一部がバロイ砦に送られてきている。
 山の民も、邪神の信徒や難民たちと共に蜥蜴山脈で必要なだけの果実や茸の収穫に出かけた。デュク大河での漁には、人足として傭兵たちも参加しての大きなものになった。
 砦では、穀物の貯蔵と保存食作りが始まり、冬に備えての木炭作りなどで賑わっている。
 商人が持ち込むものも、冬に備えたものに切り替わり、保存食が多く並ぶようになった。
 アギラとユウは、マーケットを冷やかしていた。視線を感じるのにはもう慣れた。
 たまに暗殺者らしきものに襲われるが、全て返り討ちにしている。ウエンが来てからそれがなくなった。他国の細作にお世話になるのは二度目のことである。シキザはどうしているだろうか。
 ユウは、露店に並んでいる干し柿のようなものをつまんでいる。相変わらず文字の読めないアギラは、それがなんという名前か分からない。
「これってね、アキっていう名前の果物なんだって」
「へー、文字読めるのか」
「だいぶ前から勉強してます。アギラさんもちゃんとしてよ」
「やってんだけど、三十の手習いだからなあ」
「え、そんな年だったの」
 言ってなかったっけ。
 干しアキは干し柿と同じような味だった。
「これ、小豆みたいじゃねえか」
「ほんとだ。ええーと、クルツオ豆だって」
 店主に触手を向けると悲鳴が上がった。だが、先端に取り出した銀貨を見ると、おそるおそる受け取る。
「その袋ごと、足りるだろ」
 人の形をとって、背負って歩くことにする。釣りはいらないと気取ってみた。店主は何度も礼を言っていた。辺りの露店はしばし静まったが、一層大きな声で売り声が響くようになった。銀貨一枚で、五袋は変えた。それを一袋で一枚となれば、大もうけである。
「無駄遣いするんだから」
「消費で景気をよくするんだよ。ニュースでよくやってただろ」
「不景気とかワーキングプアってヤツでしょ。辛いよね、そういうの」
「嫌なこと言うなよなあ」
 ヴァルチャー・オンラインにはいくらつぎ込んだだろう。パチンコよりはマシだったはずだ。
「ユウも得体の知れないもの食うなよ」
「アギラさんほどじゃないよ。なんでも食べようとするでしょ」
 と、ユウは山ネズミの揚げ物を飲み込む。最近は、その場で食べ物を作る屋台も増えた。近くの猟師だとかが出稼ぎにきている。
「俺はだいたいなんでも食えるんだ」
「あたしは食べてくれないのに」
「お前、ワザと言ってるだろ」
「あはは、まあねえ。あたしね、こないだまでちょっと寂しいってなってて、アギラさんに甘えようと思ってたんだ」
 いつもの鎧、ヘルメットは腰の後ろにひっかけている。剣もそのまま、長身の少女。薄く化粧をして、香水までかけている。
「ユウは暴走特急だからなあ」
「うーん、ちょっと反省したかなあ。あたしさ、アギラさんのことは好きだよ。だけどね、多分、お兄ちゃんが好きとか、お父さんが好きとかそういう好きかな。妹萌えとかそんなんじゃないけどね、アハハハ」
 成長してるんだなあ、この小娘も。
「ユウも色々考えてんだな。意外だった」
「意外は余計だって。こっちきて一年くらいたってるし、そろそろ十六歳だよ。あれ、もうなったのかな」
「俺、ユウの倍くらい生きてんだな。うわー、俺お前くらいの時から全然成長してねえよ」
「アハハ、大丈夫、充分大人だから」
 露店を通り抜けて、あとは砦へ続くゆるやかな坂だけだ。
「あたしさ、ここで頑張ろうと思うの」
「うん?」
「日本は大嫌いだったし、ここも大嫌いだけど、ここで頑張っていこうって思ったの。敵はいっぱいで、アーサーも左失明しちゃうし、ここって残酷でキツい世界だけどさ、あたしは頑張ろうって、決めたの」
「そ、そうかあ。なんか若者の自分探しって聞いててイライラするな。そんなん人に言うなよ」
「ひどっ、何それ、ねえ、アギラさんっていっつも別れる時にモメモメになるでしょ。ねえ」
「よ、よく分かったな。前の女は友達だとかいうチンピラ連れてきて大変なことになった」
「アギラさんほんっとサイッテー」
 成長したのは、女にサイッテーと言われても傷つかなくなったことだ。最低、と言われても傷つかないし、死ね、と言われても傷つかない。ガキのころは泣きそうだったのになあ、今も全く平気だ。
「大人はサイッテーって言われても傷つかないんだぜ。一つ勉強になっただろ」
「それはアギラさんだけだよ」
「みんな女の前で言わないだけでそうなんだって。女の前で男の言うことなんざほとんど嘘だ」
 呆れた顔でため息を吐くユウ。
「でも、嫌いじゃないよ」
「ん、俺もユウは手はかかるけど好きだぞ」
 その後で、腹を蹴られて宙を舞った。手加減はしたのだろうが、かなり見事な不意打ちだ。
「バカッ、死ねっ。サイッテー」
 走って砦にいってしまう。なんなんだあの小娘は。
「俺じゃなかったら死んでるぞ」
 豆の袋を拾うと穴があいていた。触手を広げてこれ以上こぼれないように、砦まで戻り、邪神教会の台所に向かった。
「なんだ、それは美味しくなさそうだぞ」
 子供たちにまとわりつかれているミデは、木を削って弓を作っている。その大きさは、人間に引けるようなものではない。
「いきなり食べ物の話かよ。台所借りるぞ」
「アギラ様、生贄は喜ばれぬとおっしゃっていたのでは」
 と、女司祭が真面目に聞いてくる。
「料理作るから、鍋と、竃に火を入れといてくれ。あと、この豆煮といてくれ」
 豆を置いて、外に出ていったアギラはほどなくして戻ってくると大量の砂糖と保存食を抱えていた。
「アーサーが砂糖くれねえから買いにいってたぜ。悪いな、ちょっと遅くなった」
 何事かと信徒たちが集まってくる。
 小豆に似た豆を大鍋で煮込み、煮込んだ時に出た汁をすてる。何度か繰り返してから、一時間と少しを煮込む。豆が多すぎたせいで大量に買い込むはめになった黒砂糖をぶち込む。ここで塩も少し入れる。意外と体が覚えているようで、昔染み付いた動作で量を自然と加減できた。
 残念ながら、豆はグスグスになっていて、期待は外れた。次に、これもまたマーケットで買ってきたモチに近いものを焼いた。見た目で買ったのだが、モチほど膨らまず香ばしい匂いが漂う。食べ方は間違っていないはずだ。
 しばらく煮込む。
「こ、これはなんですか、凄く甘そうですけど」
「あー、ええと、魔界料理のぜんざい」
「ゼンザイ、というのですか。すごく贅沢ですね、こんなに砂糖を入れて、貴族の料理みたいです」
「魔界の砂糖は安いんだよ」
 銀貨を八枚使ったと言ったら、女司祭は立場を忘れて怒りそうだ。
「できた。うわ、何コレ、全然違うじゃねえか」
 食えるし不味くはないが、ぜんざいとは全くの別物だ。コーヒー風味の練り餡に、クルミ風味のモチが入ったものだ、黒砂糖も甘すぎる。とりあえず、熱湯を混ぜて中和すると、普通に食べられる甘さになった。
「ユウを呼んでくるから、適当に食べてていいぞ」
 ガファルと稽古しているユウを見つけるのに時間はかからなかった。ユウの八つ当たり稽古に、ガファルやガロル・オンは嬉々としてつきあっている。武人の神経はよく分からない。
 なんだか怒っているユウを引っ張って邪神教会に戻ると、すでにミデと子供たちが美味そうに食べている。
「美味いぞ、甘くて。よくやったな」
 ミデは、どこで覚えたのかサムズアップでウインクをした。こいつもロクなことを覚えない。
「お前ら全部食ってねえだろうな」
「大丈夫です、半分はまだありますから」
 ユウはよく分からないという顔だが、匂いには敏感で甘いものだということを理解して、もう笑顔だ。
「なにこれ、もしかしてお汁粉」
「いや、ぜんざいだろ」
「お汁粉だって、いただきます」
 元気よく食べたユウは、一口目で固まった。
「美味しいけど、絶対和菓子じゃないよ、これ」
「美味しいんだけどなあ」
 なぜか不満顔の二人以外は、皆突然のご馳走に嬉しそうだ。邪妖精やゴブリンまで匂いを嗅ぎ付けてやってきている。
「今日はユウが生まれた日だから、特別に作ったんだ。みんなユウに感謝な」
「ちょ、誕生日って」
「いいだろ今日で」
「うん、いいよ」
 祝いの言葉がかけられるが、ほとんどの訪問者や邪神の信徒は甘味の香りに気をとられている。女司祭は羊皮紙に作り方を書き込んでいる。これも、後の世では変な伝説になるのかもしれない。
「アギラさん、銀貨八枚って頭悪いよ」
 食べ終えた後で、少し怒られた。
「昔バイトしてた時のこと思い出してなあ。うん、ユウくらいのころを思い出したんだ。嘘でも、自分探しおめでとうって言っとくべきだった」
「もういいよ。なんかその自分探しってダサいからヤダ」
 お互いに嫌いじゃない。それでいいかな、とユウは思った。
 冬がきて、春に城壁が完成した、
 その間、平穏とはいかないが、おおむね今までよりはスケールの小さな問題に悩まされた。
 春の訪れと共に、またマーケットに活気が戻り、難民たちの行う開墾事業も進んでいく。難民は、もう国民といっていいかもしれなかった。彼らは希望に満ちた顔で日夜働いている。悪徳の渦巻くこんな場所でも、人は希望を持てる。
 シアリス本国から、レミンディアへ竜は輸送された。ジュリアン第二王子率いる雷鳥の騎士団と竜王の騎士団、そして、シアリスの騎士団が三つ。二匹の兄弟竜。
 ガザの兵士たちがロイス伯爵領、今はガザの統治するゴモリー太守領にガザの兵士たちが送られている。いつでも、援軍には出られるということだろう。
「死なないよ、あたし」
「ああ、俺もだ」
 賑わうマーケットを砦の物見台から見下ろして、ユウとアギラは確認しあった。
 街に居ついた傭兵崩れや、二流所の傭兵団、犯罪者たちは自ら戦に備えて雇えと売り込みにくる。冬の間に亜人たちと競うようにして行った訓練は上手くいっている。彼らは追い詰められた者たちだ、ここがなくなれば食い詰める崖っぷちの者たちである。
 ハジュラからアリスとタキガワがギャングと傭兵を連れてやって来た。ゾレルからの文はなく、彼らも観光だ、などと言っているが、訓練に加わっている。
「お嬢様の借りはこれで返したからな」
「そんなんあったか?」
 機人タキガワはガザから送られてくる銃器の使い方をゴブリンたちに説明している。単発式の火縄銃である。威力が低く、数も少ない。
 これに勝利すれば、きっと国として独立できる。禁忌である竜を使える戦場をシアリスは求めている。ここで竜の強大な力を見せつけようという考えだ。
「アタシ、ここに残ろうかと思う」
 訓練に勤しむ我が軍団を見つめて、アーサーはぽつりとつぶやいた。アギラとグレイは、言葉に窮した。
「あそこは故郷だけど、今はあなたたちの方が大切なのよ。ジュリアンなら、宰相だって倒せるわ」
「好きにしな。戻れるのは、戦に勝った時だ」
 グレイは感情の篭もらない声で言う。
「本気だったら嬉しいけど、多分、それは」
 アギラは困惑していた。
「ごめん、ちゃんと決めてから言うべきだったわ」
 アーサーは、はじめて迷いの表情を見せた。
 集まっている隊商たちも、戦の匂いをかぎつけている。傭兵相手の武具や馬、様々なものがあった。彼らはギリギリまで商売して、ゴモリー太守領から迂回してハジュラに逃げ込むという。
 ガザの援助で物資はある。だが、竜が相手では、篭城など意味はないだろう。
 負けの許されない戦、今までもずっとそうだった。
 バロイ砦に駆け込んできた馬、血塗れの男が乗っている。ウエンたち細作が殺さず連れてきたのは、重傷を負ったシキザであった。


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