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No.1501の一覧
[0] ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/23 01:02)
[1] Re:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 01:22)
[2] Re[2]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/24 23:42)
[3] Re[3]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 01:56)
[4] Re[4]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/26 23:32)
[5] Re[5]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/27 18:55)
[6] Re[6]:ヴァルチャー[喫著無](2007/09/28 21:34)
[7] Re[7]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/29 17:17)
[8] Re[8]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/09/30 21:57)
[9] Re[9]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/02 23:27)
[10] Re[10]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/04 19:01)
[11] Re[11]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/05 23:41)
[12] Re[12]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/06 21:23)
[13] Re[13]:ヴァルチャー[ポンチ](2007/10/08 00:21)
[14] 番外 ヤナギ[ポンチ](2010/06/08 00:04)
[15] 番外 ツバキ[ポンチ](2010/06/09 21:00)
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[1501] Re:ヴァルチャー
Name: ポンチ◆8393dc8d ID:440294e0 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/09/24 01:22
 アギラは幾度か人に姿を見られてから、街道をうろつくのをやめた。
 街道から少し離れた草原を行く。
 森にまだ近い草原には背の高い草が生い茂り、東南アジアのような雰囲気だ。近くに集落はあるようだが、森から出る生物を警戒してか、草原に入るものは皆無のようだ。
 街道の近くに流れる河で釣り糸を垂れる者もいたが、少し離れれば問題ない。
 人と比べて移動は早い。
 ほとんど眠る必要の無い異形の体で歩き続ける。草原に隠れるために、犬と同じような形になって、イーティングホラーは進む。
 人の世界へ。








第二話 帰れると思うか?








 人の声を聞くのだけで、高揚する。
 アギラは少しずつ、この世界を知り始めていた。ゲームの中ではよく分からなかった、リアルな世界。科学技術は中世程度。医者もよいものはいないだろう。建築物を見ても、粗末だ。
 火事が多いからすぐ立て直せるように、とかそういうものではない。単に、田舎、辺境は貧しいのだろう。豊かな集落はもっと違っているのかもしれない。
 数日進むと、兵士を多く見かけるようになった。
 剣、槍、弓、胸当てのような鎧。貧相な装備だ。
 バルガリエルと対峙していた女騎士や、彼の狩り場にあった死体が着ていたものは、もっと豪華なものだった。貴族とただの兵士では違うのも当たり前か。
 兵士たちは慌しく動いている。
 ああ、きっと、あの女騎士が無事に戻ったためだろう。あの森を抜けたのだ。根拠はないがそう思った。いや、成り行きで助かった彼女が生きていてくれたら、となんとなく思っただけだ。
 心は人間なのだな、と思う。バルガリエルも決して邪悪ではなかった。ならば肉体が邪悪なのか。
 少し危険はあったが、それを確かめたいという欲望に駈られた。兵舎に近づき、聞き耳を立てる。軒下に潜り込み、触手で耳を作り出して床下から聞くというだけだ。




 粗末な兵舎で兵士たちは問題の人物について語り合っていた。
「クシナダ侯爵のお嬢様を助けたアイツ、とうとう優勝したらしいぜ」
「マジかよ」
「おう、出入りの行商から聞いたんだけど、ハジュラじゃ英雄扱いだってよ」
「いや、隊長が見つけた時も、ワーウルフと戦ってたらしいんだけど、マジで圧勝したらしいぜ。剣を四本持ってワーウルフより早く動くなんて信じられるかよ。それに、見たか、あの兜」
「ああ、ありゃあ化物だ。お嬢様もモノにされてるかもなあ。それに、聞いたかよ、あの噂、アイツ、どっか遠い国の平民らしいぜ」
 そこから先はあまり意味のある会話はなかった。






 ワーウルフをスピードで圧倒して、四本の剣、兜、鎧、ヴァルチャー・オンラインではそんな特徴を持つ職業があった。
 職業、狂戦士。
 回復アイテム、回復魔術の全ての効果が70パーセントに落ちる代わり、スピードと攻撃に50パーセントの修正がかかる。防御力に修正はかからないが、軽装鎧しか装備できない。
 森か邪神神殿に単身乗り込むレベルなら、少なくともレベル40以上。
 会わねばなるまい。
 同郷であるなら、話は通じる。ヴァルチャー・オンラインと言うだけでも通じるはずだ。
 軒下に夜まで潜むことにした。狂戦士がどこにいるのか、まずそれを知る必要がある。
 装備品ごとここに来ているというなら、相当の戦力だ。話しかけるタイミングを間違うと殺されてしまうかもしれない。
 彼らがどこにいったのか、三ヶ月たった後でもこれだけの噂になっているのだ、きっと派手な道中だ。追うしかあるまい。
 ここから、アギラの道は彼らを追う道へと変わった。






 ハジュラの都。
 ヴァルチャー・オンラインでは中立の歓楽の都だった。
 カジノと危険なクエストのホームタウン。シティクエストと呼ばれる、ヤクザ者と関わるクエストが多数存在し、行動如何によっては街から追い出されてしまうし、マイナスの名声がつくことがある。
 異形になってからは侵入不可だが、ネットでの情報は仕入れていた。
 アギラは、ある時は馬車にはりつき、ある時は水路を進み、二週間ほどかけてハジュラの都にたどりついていた。
 石造りの歓楽街。都をぐるりと囲む高い城壁、兵士たちの守る門、突破はできそうにないが、下水の地下通路を見つけた。設定はよく覚えていなかったが、下水道の水路には無数の異形の魚が泳いでいた。近くの小川が汚染されていなかったところをみると、ここに放されている魚で浄水を行っているのかもしれない。
 下水道からの侵入は比較的簡単だった。凶暴なモンスターも蠢いていたが、異形に襲い掛かるものは少なかった。幾度かは食事にするべく応戦したが、必要以外の危険はなかった。下水道を歩き回ってだいたいの構造が理解できたのも幸いだった。街の中でおおっぴらに動けないのだ、仕方ない。
 夜でも明るいハジュラでは、裏通りのような場所やスラムを行くしかない。人との争いは避けたい。だけど、多分、人を殺してもさして思うことはないだろう。この肉体になってから、異形というものが少しずつ分かってきた。
 アギラは異形だ。人では無い。
 動物の死体を見ても顔を背けるだけだ。人間はそんなもの、なら異形はどうだろう。分かりきっている。
 酒場の軒下にもぐりこんで、聞き耳を作る。この方法が一番いい。
 最初、耳を疑った。
 狂戦士は投獄されている。
 侯爵令嬢を助け出した者がなぜ投獄される。ダメだ。焦るな。今は情報だ。
「侯爵様と第四王子がご結婚されるそうでなあ。祭りがあるらしいぜ」
 陰謀で狂戦士は投獄されたのか、それとも侯爵令嬢に裏切られたか。真相は分からない。だが、監獄に潜入すれば真実は分かる。狂戦士本人から聞けばいい。
「串焼きだよー」
 影を走っていると、屋台の声が聞こえた。
 ハジュラは歓楽街だ。夜でも店が出ている。
「くそう、また一人だ」
 アギラはつぶやいて、影に身を潜めた。犬に似た形にしていると、あまり注視されない。だが、それが油断を生んだ。
「おいでぇワンちゃん」
 酒かドラッグで混濁していると一声で分かる呂律だ。女が近づいてくる。
「ワン」
 犬の声を精一杯真似て、走ろうとした。
「こいって言ってんだろ」
 腹を蹴られた。女の細い足。異形の体に損傷は無い。だが、蹴られた瞬間に動いたものがある。
「あれ、なに、これ」
 感触で女も気づいたようだ。
「人を蹴りやがったなテメェ」
 アギラになる前なら、絶対にこんなことは言えなかったな、とどこか冷静な部分で思った。だが、そんな冷静さも、蒸発した。怒りは熱く激しかった。
「ちょ、なによ、これっ。誰かっ」
 触手を女の口に突っ込んでから、さらに触手を増やして体の自由を奪うと、物陰に引きずり込んだ。
 首を振って、目を見開いて、涙を流して、手足を動かそうとして、厚化粧の女。酌婦か、売春婦か、どうでもいいことか。
 首をへし折るか、×××から内臓を掻き出してやるか、それとも血を吸い上げてやるか、いくらでもやることはある。
 何か言おうとした時、女の股から熱い液体がこぼれ出していた。生暖かい失禁を触手に感じて、アギラは頭の中が冷えていくのを感じた。こんな女の小便で、いとも簡単に怒りの炎は小さく、そして消えていく。
 震えながら放心したように泣いている女を見て、ふと考えが浮いた。仲間でなくとも、協力者が必要だ。幸い言葉は通じる。
「お前、俺のために仕事をしろ。これを見ろ、理解できたら首を縦に振れ」
 体内から取り出したのは、バルガリエルの所から貰ってきた金貨だ。全部で百枚ほどある。バルガリエルのところにはもっとあったのだが、重さの関係から百枚と少しだけ持ち出したものだ。
「どうだ、分かるか。これは前金だ。仕事が終わったらあと五枚やる」
 女の瞳が正気に返っていく。こくこくとうなずいている。
「叫んだら、殺すぞ。いいな」
 口から触手を引き抜くと、女は荒い息で呼吸を繰り返した。
「今から、誰にも見られずにお前の住処にまで行け」
「む、無理だよ。人のいないとこなんて」
「そうか、じゃあこうしよう」
 小さな悲鳴と共に目を瞑った女は、そこから嫌な感触に怖気を走らせた。
 蛇のように形を変えたアギラは、女の襟元から入り込み全身にからみつくようにして、服の中に隠れたのだ。
「いいか、部屋までいったら鍵を閉めろ。詳しいことはそれで教えてやる。金は本物だ、どうせお前には断ることなんてできないぞ」
 断ったら死ぬ。それは、女にも分かっていた。




 女の部屋は、粗末な木賃宿だった。月にいくらか払って、自由に寝泊りできる。ただそれだけのアパートのようなものだ。
 意外に綺麗に整理されていたが、安っぽいベッドと小さなランプ、あとは仕事着らしい服がそこかしこに吊るされていた。
「ちょいと、そろそろ離れておくれよ」
「人の気配は無いな」
 入った時と同じく、襟首から這い出した。推定で五十キロほどの重さのアギラを背負って歩いた女は、床に座り込んだ。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「シャルロット・イメリア・リンガー。信じなくてもいいけどね」
「分かった、リンガーさんだな。俺はアギラ、見ての通りの化物だ」
 不思議そうな顔でアギラを見つめる女。
「あたしの名前はシャルロット、それでいいの?」
「偽名なのか?」
女は髪をかきあげてため息をついた。あぐらをかいているため、盛大にパンツが見えている。と言っても、そのパンツもほとんど隠すものがない布切れだ。
「シャルロットでいいわ。それで、何をしたら金貨が貰えるの」
「闘技場の優勝者が投獄された監獄に俺を連れていけ。それと、暗黒寺院にも案内してくれ。狂戦士の噂ならなんでもいいから教えてほしい」
 シャルロットは頷いた後で、小さくため息をついた。
「ちょっと汗を流しにいきたいんだけど」
「ああ、俺はここにいる」
「ああ、一時間もしたら戻るから」
 シャルロットはよたよたと立ち上がると、そのままドアを慎重に開けると出ていった。
 失禁の後にアギラを背負ったのだから、それは汗もかいている。
 ここで、衛兵を呼ばれたとしたらどうなるだろう。どのみち、あそこでシャルロットを殺していた時と同じ結果に繋がるだけだ。
 いつでも逃げられるように、窓を開けておく。
 夜風と共に、料理の良い匂いや、饐えた悪臭が流れ込む。繁華街の匂いだ。
 しばらくしてシャルロットが帰ってきた。予想してような衛兵たちはいない。金貨の力は偉大だ。湯上がりで、ワインを持ったシャルロットは慣れた動作でランプをつけると、ベッドに座った。
「本当に帰ってきたんだな」
「金貨、まだ貰ってないからね」
 自嘲的に笑んだシャルロットは、ワインのコルクを抜くと、ラッパ飲みで一口。
「暗黒寺院って、スラムで噂になってる邪神の信徒でしょ。無理無理、この前も人が殺されてたし、ツテなんかないもん」
「そうか、で、監獄は?」
 シャルロットは、何か言おうとして口を噤んだ後、ワインを含んだ。
 プラチナブロンドの美しい髪、顔立ちは整っている。厚化粧は、あれはあれで魅力的だったが、元々の顔立ちも決して悪くはない。
「狂戦士って、このまえ優勝して、それからなんとかいう外国の令嬢に粗相したとかで捕まったアイツでしょ?」
「そのアイツだろうな、多分」
 確証は無いが、人違いということはあるまい。
「ホドリ監獄、っていうんだけど、地下に落とされる牢屋で、入り口までは行けるけど、中には無理。だって、出てきた人誰もいないし、中は化物の巣だっていうし。アハハ、アギラさんだったら余裕だろうけど」
「入り口まで案内してくれたらいい」
 ゲームの中では、確かシティクエストの時に入るダンジョンとして設定されていた。関係ないエリアだったために、なんとなく見ただけだが、レベル30以上でないと踏破は不可能、ハイレベルクエストだったはずだ。
「前金が欲しいんだけど」
「それだけ簡単なら、入り口で渡してやるさ」
 ここで逃げ出されると厄介だ。彼女もそれは分かっていたのか、それ以上は言わなかった。
「狂戦士の仲間なの?」
「いいや、どこかですれ違ったくらいならあるかもしれないけどな」
「そう、深くは聞かないわ」
 何か話そうかと思ったが、特に話題は見つからない。シャルロットも、ワインを飲むだけだった。
 そして眠る。
 この肉体に睡眠はあまり必要ではない。それでも、眠ろうと思う。




翌日
 シャルロットによって布袋に詰め込まれたアギラは、ホドリ監獄に馬車で向かっていた。
 御者は怪訝な顔で布袋を下ろした。その後は、近くにいた浮浪者に金を渡してアギラを運ばせる。
「ここよ」
 布袋を見ずに囁いたシャルロットにならって、アギラは袋を触手で突き破り、その先端に目を作った。
 粗末な柵で覆われている、巨大な穴。
 奈落へ続く大穴。狂戦士はここから放り投げられた。普通は下に続く階段、唯一の出入り口から監獄へ入れられるのだが、彼は通風孔の役目を持つ大穴に放り込まれたのだという。
「ぶち込まれたヤツらの女とかガキとかが、ここから食べ物を投げたりするのよ。金貨お願い」
触手の目を閉じて、金貨を体内から吐き出す。シャルロットはそれを握り締めて、何か神に祈りの言葉を囁いた。
「世話になった」
「大したことはしてないよ。どうする、放り投げるかい?」
「多分それで大丈夫だ」
 壁伝いに降りていけばいい。触手は無数に生成できる。こういうのは、バルガリエルとの生活で覚えている。
「じゃあ、元気でね」
「その金でやり直せ」
 言い捨てて、アギラは大穴に舞った。
 シャルロットはそれを見送る。
 金貨は本物だ。そして、最期のあの言葉。きっと、嘲笑めいたものではない。本心からあの化物は言ったのだ。そんなにひどい暮らし、そう、あんな化物が哀れむくらいひどい暮らしだ。
 やり直そう。
 もう一度、誰も知らない所で、人間らしい暮らしをしよう。
 足早に馬車へ向かうシャルロットは、神様に祈るべきか悪魔に祈るべきか、少し迷ってから、クソみたいな運命に祈った。次は上手くいきますように、と。






 ホドリ監獄、元々は古代の王の墳墓である。
 ハジュラの都の創始者は、この墳墓から莫大な財宝を盗掘した男である。
 全てを搾り取られた後の墳墓は、監獄として利用されている。地下深くの水脈、墳墓のガーディアンであった危険な生物。
 ここは破滅した者の行き着く奈落。
 都合の悪いモノを捨てるゴミ箱。






 アギラがようやく底まで降りたのは、あれから七時間後のことだった。
 異様に深い穴の底には、空から落とされたゴミや死体でえらいことになっていたが、腐っているものがあまりないところをみると、住人が定期的に回収しているのだろう。
 日の光の届くここで空を見上げると、絶望的な高さだ。
 行こう、奈落へ。
 希望などほとんど残ってはいない。だけど、同郷の者と会うことができれば、道は広がる。
 バルガリエルは、異形は珍しいと言っていた。狂戦士は、突然邪神の森に現れたという噂だ。ならば、きっと同じ境遇だ。ただの希望だが、それにすがって何が悪い。
 大穴から、人の通れる通路を見つけて奥に進む。進んでいくと階段になり、さらに進むと、人の声が聞こえてきた。
 アギラは飛び込んできた光景に驚いた。
 通路の先には、広い吹き抜けのホールが広がっていた。壁という壁にはランプが取り付けられ、蝙蝠のフンを利用したメタンの炎が幾つも輝いている。
 ホールでは、何かの作業をしていると思しき人間たちと、邪神の森ほどではないが、それなりに凶暴なモンスターたちが、人に飼いならされている。活気に溢れた声が聞こえていて、荒くれた者たちだらけだが秩序があった。
「うああ、化物だぁっ」
 誰かが叫んだ。不味い。
 素早く、イーティングホラーは素早いのだ。暗がりへ逃げ込もうとした瞬間、何かに蹴られた。
 さしたるダメージは無いが、盛大に宙を舞うハメに陥る。着地と同時に、囲まれているのを理解した。
「よせっ、俺は人を捜しにきただけだ。危害を加えるつもりはないっ」
 叫んでみた。頼む、お前ら冷静になれ。
「な、イーティングホラーが喋りやがった」
 誰かの驚きの声、囲まれているが、彼らは動かない。どうするか決めかねているのだろう。
 しばらくして、道が開いた。人波が割れて、リーダー核と思しき者がやってくる。そいつは、予想外の人物だった。
「僕が話をしよう。はじめまして、僕はリョウ・カザミ。キミは何者だ」
 茶色い髪に眼鏡をかけた三十歳くらいの男だ。トレンチコートのようなものにジーンズ、足元はスニーカー、それに眼鏡。間違いない。
 カザミ、風見とでも言うのか。しかし、この響きは日本人の名前だ。
「ヴァルチャー・オンラインだ。種族は異形、レベルは35だ。俺は伊藤明、アギラって名乗ってる。ホームは邪神神殿だ」
 通じてくれ、頼む。
「そうか、僕も同じだ。カザミって名乗ってて、ホームはハジュラ。種族は人間で、クラスは開拓者、レベルは33だ」
「あ、あんたも日本から来たんだな」
「話は後だ。みんな、彼はイーティングホラーだが敵じゃない。僕が保障する」
 戸惑いの空気が流れたが、カザミが手を差し出し、アギラが触手で握手すると、感嘆とも歓声ともつかない声が上がり、カザミに連れられるようにして場所を変えることになった。
 敵意の視線も感じるが、表立って石をぶつけるような者はいない。
 案内されたのは、フラスコや薬品の並ぶ研究室のような部屋だった。中世の錬金術師を連想させられる。
 粗末な椅子に座るようにうながされ、アギラも人型をとって座る。そういえば、椅子に座るのはここに来て初めてだ。
「さあ、何から話そうかな」
「吉野家の味について話そうか」
 と、普段なら絶対に出ない冗談が口をついた。カザミは眼鏡を外して、浮いた涙を手の甲で拭いた。
「ハハ、そうだな、信用してる。うん、分かってるさ。僕は、ここに来て、服がおかしいとか、アイテムが悪魔の技だとか言われて、ここに落とされたんだ。あんなに苦労して取った武器まで取り上げられてね」
「レアリティ、高かったんだな」
 カザミがにこりと微笑む。アギラも笑った。それが伝わったかどうかは分からない。
「異形クラスなんて、ここまで大変だったろう」
「ああ、運がよかった」
 それから、情報の交換をした。分かったのは、あまりにも発達の遅れた封建体制の社会と科学水準。そして、突如としてこちらにやって来たヴァルチャー・オンラインプレイヤーの規格外ぶりについてだった。
「僕のクラスはそんな目立つ特徴はないけど、戦闘系は目立ってるみたいだね。幾つか噂になってて、悪魔扱いされてる噂も聞くよ」
「そうか、俺たちだけじゃないんだな。ああ、それから狂戦士っていうのは」
 カザミはため息を吐いた。
「ああ、さすが最強の戦闘系クラスだったよ。ここにあそこから落とされても無事で、半狂乱になってて怪我人もたくさん出た。開拓者の特技はアイテム作成とそれなりの戦闘力、薬で眠らせたよ」
「やっぱり、この世界でスキルは使えるんだな」
「ああ、確か異形クラスは目立ったスキルが無いんだったね。不思議な話だけど、ポーションの作成に必要なモノが勝手に頭に浮かぶし、効能も理解できる。素材は必要だけど、ここでも充分に手に入るよ」
 やはり言うべきだろう。
「それで狂戦士は?」
「ああ、今は休ませてる。よっぽど酷い目にあったみたいで、落ち込んでるよ」
「若いのか?」
「ああ、十五歳だそうだ。キミの年齢は見た目じゃ分からないけど」
「三十だ」
「ハハ、僕は三十一」
 カザミは言ってから、少しだけ笑った。
「不思議だな、僕はここに馴染んできてる、キミはどうだい?」
「まだ分からないな。話したりしたのはほんの数人、ここに来るだけで必死だった」
「そっか、まあ今後のことを色々考えよう。ここのお頭にも紹介するよ」
 自然な流れだ。外で異形は生きにくい。ここは監獄だが、見た限りでは悪い場所でもなさそうだ。
「帰れると思うか?」
「無理だろうね」
 分かっている。普通の答えだ。
 運命でここに来た、そうは思えない。酷い運の悪さみたいなもの、多分、そういうことだ。


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