クライオスがアルデバランの攻撃で空を飛んだ(比喩ではない)日から数えて2ヶ月。
その日、処女宮では一つの会合がなされていた。
「今日君達を呼んだのは他でもない……私の弟子『クライオス』についてだ」
周囲を見渡し(相変わらず目を閉じているが)ながらシャカは口を開いた。
周りには、アイオリア、ミロ、カミュ、デスマスク、シュラ、アフロディーテ、アルデバランが座っている。
場所は処女宮、沙羅双樹の園。
現在その場所に、聖域に居る黄金聖闘士が集められていた。
「質問!」
「……何だねミロ?」
『シャカが話し始める前に――――』と、ミロはすかさず手を挙げて口を挟んできた。
それに若干の間を開けて返事を返すシャカ……。
どうやら話す邪魔をされたのが気に入らないらしい。
もっとも、ミロにはそんなシャカの細かい所作など解ら無いようだが……。
「他の連中は兎も角……俺やアルデバランが呼ばれた意味が解らないんだけど?」
と、ミロは頬を掻きながらそう言ってきた。
それに対しては他の者達も無言で頷いている。特にアイオリアは頻りに頷いていた。
この集まりがクライオスに関係する事だというのなら、シャカ、アイオリア、デスマスク、シュラ、カミュ、
これら5人は『稽古を付けた』という意味では共通していると言えるだろう。
まぁ、シュラやカミュは一度きりなので付き合いが弱いといえば弱いのだが。
そしてその後にアフロディーテとアルデバランだが、アフロディーテはクライオスの教養一般(注:クライオスは頼んでいない)、
アルデバランも……まぁ一度きりではあるが、クライオスと拳を交えるということもやっており、
少なからず育成という事に関して言えば関係が有ると言える。
それに最近では処女宮に御布施(主に肉を中心とした食料)を運んでくるため、育ち盛りであるクライオスの助けに成っていた。
(注:クライオスは肉が食えない事でストレスが溜まっています)
以上のことを踏まえた上で、シャカは口元に手を持ってくると一言――――
「――――そもそも私は君を呼んだ覚えはないのだが?」
「なっ!?」
とアッサリとミロに言った。
その上、続けて「何故、君が此処にいるのだね?」と真面目な顔をして言ってくる。
……一応、誤解の無いように言って置くが、シャカには悪気など微塵も無い。
ただただ気になったからこそ尋ねているのだが、ミロの心を打ち砕くには十分だったらしい。
「それは……それは……」と、泣き出しそうな雰囲気を出しながら答えを考えていた。
だがそれはミロの親友、カミュによって救われることになる。
もっとも、それも直ぐに意味が無くなるのだが。
「すまん……シャカ、てっきり『全員集合』なのかと思ったのだ。それで私が処女宮に来る前に、ミロを誘ってな」
「カ、カミュ……」
微笑みながら言うカミュの言葉に、ミロは表情を緩めて嬉しさを表現する。
だが――――
「――――カミュ、私から呼んで置いて何なのだが……。君はシベリアに行ったと聞いていたが、弟子はどうしたのだね? 何故この聖域に居る?」
「うぐぅッ……!?」
「あぁ!? カミュ!」
続けて放たれたシャカの言葉に、カミュは膝を折ってしまった。
今度は先程とは逆に、ミロがカミュを慰めている。
因みに。
確かにカミュは弟子をとって東シベリアに行ったのだが、その後まもなく弟子に逃げられて聖域に帰ってきたのだ。
その時のカミュは「……寒いくらいで何だと言うのだ」とか「タンクトップの何が悪い? 動きやすいだろう」と言っていたらしい。
膝を折って崩れたカミュに、不思議そうな表情を向けるシャカ。
とは言えこのままでは『話しが進まない』という事で、一先ず捨て置くことにしたらしい。
「まぁ、ミロやカミュの事は一先ず捨て置くことにして話しを戻すとしよう」
「クライオスのことか……」
「そうだ……。アイオリア、君は最近のクライオスについてどう思うね?」
「む、オレか……」
シャカの言葉に、アイオリアは唸ってから最近の事を思い出し始めた。
今でも……とは言え、当初と比べれば回数は減ったが、アイオリアとクライオスの稽古は続いている。
最初の頃は感覚に身を任せて『遅い!』だの『貴様はそんな事で聖闘士に成れると思っているのか!!』だの罵倒をしながら殴り飛ばしていた修業だが、
最近では少しそれらも様変わりをし、何らかの標的を定めて打ち貫く修業へとシフトされた。
これは先日、シャカに『 いい加減、自分や回りの黄金聖闘士を基準に考えるのを止めたまえ』と言われて、教育方針を転換したからだ。
「そうだな……悪くないんじゃないか?」
「悪くない、とは?」
曖昧な言い方をするアイオリアに、シャカが続きを促した。
それに対して言葉を選ぶべく、アイオリアは少しの間だけ黙考して考える。
「――――流石に俺達、黄金聖闘士と比べるとまだまだだろうが……。
少なくとも奴の動きは音速を超えている、並の白銀や青銅聖闘士よりは遥かに強いと思うぞ?」
と、そう言うアイオリアの言葉には皆頷いている。
実際、クライオスがその事に気が付いているかどうかは解らないが、今の彼の実力は間違いなく並の聖闘士を一蹴するだけの力があるだろう。
しかし幸か不幸か……まぁ間違いなく不幸だろうが、クライオスの師である黄金聖闘士の面々や彼を取り巻く環境の所為で、その事が非常に解りにくい状況に成ってしまっていた。
もしこれが他の聖闘士候補生と同じような環境にあれば、既に聖闘士の資格を受けていても可笑しくはないだろう。
もっとも師匠であるシャカを初め、他の師匠も皆が黄金聖闘士である。
その為に聖闘士の基準が他よりも非常に高い。
高すぎる。
クライオスが聖域に修業に来てから3年。
その実力が他と比べて高い事は理解しているが、だからと言って合格を出すには至らない理由がそこにあった。
今回のアイオリアの評価も、自分たち黄金聖闘士を基準に捉えているため『まだまだ』との言葉が入っているのだ。
しかし
「待てアイオリア」
その言葉に待ったを掛ける人物が居た。
牡牛座・タウラスのアルデバランだ。
「お前は今『音速を超えている』と言ったが、アイツは先日……と言っても2ヶ月前だが、このオレに一撃を見舞ったぞ」
『――――!?』
このアルデバランの言葉には、流石に他の者達も驚いてしまった。
何故ならそれは、黄金聖闘士に一撃を見舞う=光速の動きと言うことだからだ。
まぁ実際には、油断していたアルデバランに範囲攻撃(幻術技)を仕掛けたと言うのが真相なのだが、アルデバランの言葉ではそこ迄の推察が出来る筈もない。
少しだけ、ほんの少しではあるが誇張表現として皆の頭に入っていくことになった。
更にアフロディーテがそれに続き
「……そう言えば、私のピラニアンローズを『一瞬で消しとばす』等という荒業を遣っても退けたな」
「本当かよアフロディーテ?」
「確かだ」
と、クライオスの評価が上がる事を止めさせない。
「オレの時はそうでも無かったが――――いや、今にして思えばエクスカリバーを避けていた様な気がする……」
とはシュラの言葉だった。
今まで沈黙していたシュラだったが、その言葉に一部のものは尚も『おぉ……』等の感嘆の声を挙げていたが
「シュラ……その内容に関しては、何故クライオスが『エクスカリバーを避け無ければいけない状況』に成ったのか、それが非常に気になるが?」
とのシャカの言葉に、周囲も含めて固まってしまった。
まぁ要は勝手にデスマスク=悪の図式を作り上げたシュラが、その場にいたデスマスクへの攻撃の際にとばっちりを受けたということだが。
「……事故だ」
「お前が俺を殺そうとしたからだろうが……」
『何とか上手く説明をしよう』そう考えて言った言葉は、デスマスクの言葉により打ち消されてしまうのだった。
そしてシュラはその三白眼でデスマスクを一睨みすると……
「アレはお前が悪いだろう……!!」
「ちょ、解った! 解ったからその腕を止めろ!!」
その聖剣をデスマスクに対して振り下ろそうとしたのだった。
もっとも、今回はデスマスクに白刃取りの様にして防がれていたが。
「おい、少し落ち着いたらどうだ? 仮にも此処は他人の宮なのだぞ?」
ミロはその二人の行動を諌めるように割って入った。
更には良識派のアルデバランも同じ様に二人を止に入ってくる。
無論、シュラとてそれは解っている。解ってはいるが、これではまるで自分が快楽殺人者みたいではないか? と思うのだ。
その為、割って入ってきた二人に対し「しかし――――」と反論をしようとしたのだが
「君達……黄金聖闘士同士のいざこざは御法度だ――――」
と、シャカによって止められた。
そう、それは神話の時代より決められてきた取り決めの一つ。
聖闘士は『如何な場合にあっても私闘を行うことは禁じられている』。
まぁ、幾分規制の甘いザル法のような気がしないでも無いが。それでも兎に角禁じられている。
シュラは女神アテナに忠義熱い黄金聖闘士である。
自身の名誉の為には先程の誤解を解かねばとも思うが、アテナの教えを出されては引かざるをえない。
シュラは小さく「クッ……」と呻きを漏らすが
「――――等と狭量な事を言うつもりは無いが……。殺るのなら他所で殺りたまえ」
続いて言われた言葉に疑問符を浮かべてしまった。
勿論それは、シュラだけでなくミロもアルデバランもカミュもそうだ。
唯一アフロディーテだけはシャカの言おうとしている事が理解出来たのか、その様子を笑顔で見つめている。
つまりは
「これ以上暴れて、神聖な処女宮の敷地を下賎な血で汚すことは罷り成らん!」
との事だ。
そして一瞬の静寂の後に笑い出すアフロディーテ。
『流石はシャカだ』とか『言っている事は間違っていないな』等と言っている。
周りの者達も軽い苦笑を浮かべていたが、ソレとは別に憤慨するものがいた。
「おいコラ! 下賤ってのは俺のことか!? 俺のことなのか!!」
そうデスマスクだ。
詰め寄るようにしてシャカに言ってくるデスマスクだったが、当のシャカは一瞥をくれると即座に視線を逸らした。
まぁ要は無視に近い態度を取ったわけだ。
「――――さて」
「無視すん――――なッ!?」
尚も何かを言おうとしたデスマスクだったが、シャカが腕を振るうと急に動きを止めて言葉を失ってしまった。
焦点も合わず、何やら遠くを見つめるような瞳をしている。
恐らく、嘗てと同様に幻術でも掛けられてしまったのだろう。
一瞬、この場に集まっている他の黄金聖闘士面々は『シャカの行動は、些か問題ではないだろうか?』と一様に思ったのだが、
それもまた一様にデスマスクへ視線を向けて『まぁ、良いか……』と思うのだった。
「――――でだ、デスマスクはどうやら疲れ気味のようなので後に伝えるとして、君達には本題を告げるとしよう」
周囲を見渡しながら(実際はみてないが)シャカはその場に集まっている黄金聖闘士たちに言葉を告げた。
まぁ最初にクライオスの事を言ってきたのだから、先ず間違いなくそれに関係するだろうことは皆も解ったいたが。
「どういう訳か、アレは人好きのする性格なのか君達とも繋がりが深い。少なからず皆、クライオスに物を教えようとしただろう?
……まぁ一部例外が居るが」
『う……』と呻くような声が蠍座の男から聞こえたが、それはそれ。
シャカも皆も気にはしない。
「私は『そろそろ良い頃合ではないか?』と思うのだよ。約1ヶ月後……大体その頃に私はアレに試練を与える。
……君達にはそれ迄の間、まぁ顔を合わせた時でもいつでも良い。
アレを死なない程度に鍛えてやってくれ。休ませる暇など与えんようにな」
このシャカの言葉はある意味では死刑宣告に近いものだが、聞いていた黄金聖闘士達は別の処で驚いていた。
それは――――
「シャ……シャカが」
「あのシャカが俺達に頼むだと?」
「これは一体どんな幻だ!?」
「いや、シャカとて人の子……礼儀くらいは持っていよう」
等と言い合っていた(誰がどの台詞を言ったかは想像してみてください)。
ただそんな中、ただ一人アフロディーテだけは眼を細めて――――
(一言も"頼む"とは言っていないうえに、恐らく自分一人で休む暇も与えないというのは『面倒』だと考えているのではないか?)
と、考えていた。
後書き
今回は此処まで。
本当ならもっと続く予定だったのだけど、書いてるとやたら長くなってきたので一息入れるため此処で一時停止。
次回はシャイナを絡めてクライオス無双(?)の話しになります。
ではまた次回。
そろそろその他版に行こうかな……。