何処か見覚えのある空間。
しっかり覚えているはずの場所で始はカリスに変身して戦っていた。
しかし、相手は自分が今まで対峙した中で恐らく最も恐ろしい。
別に姿が恐ろしいのではない。
相手の姿はコブラをモチーフにした紫のアーマーを身にまとうライダーで、その手にはコブラの尻尾を思わせるランスにも見えるドリル状の剣が握られている。
では、何が恐ろしいのかといえば、そのライダーの立ち振る舞い、戦い方であった。
戦うことが楽しい、いや、相手を殺すことを快楽に感じる立ち振る舞い。なにより、自分の死さえも気にしない攻め方。
それは自暴自棄でやっていることではなく、むしろ、自分の命が消えるかもしれないスリルを楽しむためにやっているように見えてしかない。
殺人狂の最上級。
一言で相手を表現すれば、まさにそれであった。
そして、始は相手の死を自分の死をまったく念頭に置かず、ただ殺し合いを楽しむ相手の狂気の攻撃に押されていたのだ。
―――ガギィィン!!
振り下ろされる剣を始はカリスアローで受け止める。
ギリギリ・・・と二つの刃がせめぎ合う音を響かせるが、始の方がやや押されている。
それも振り下ろされているとはいえ、片方の手を相手に始は両手でやっと受け止めてられているのだ。
別に始は力自慢ではないが、ここまで圧倒的なほど力負けしたことがないので驚いた。
だが、紫のライダーにはまだまだ余裕があるのか、始の腹部に向かって蹴り入れた。
蹴られた始は後ろへと飛ばされ、そのまま倒れこんでしまった。
―――くそっ!!
心の中で悪態を付きながら始はすぐに立ち上がろうとする。
だが、その体は突然飛んできた大木の丸太ほどの太さの紫色のしなる何かに吹き飛ばされた。
―――がっ!?
鞭のような一撃を背中に受け、為す術も無く前方へ飛ばされる。
全く予想だにしない攻撃だった。
まさか、背中はピッタリと“壁”についていたにものにだ。
うつ伏せに倒されながらも強襲者の姿を見ようと振り返る。
だが、そこには何も居らず、代わりに紫のライダーの方から無機質な機械音が響いた。
―――っ!?
息を呑み、危機を感じた始は目を向ける。
すると、紫のライダーと、その後ろにそれまではいなかった紫の金属のような鈍い光沢を放つ巨大なコブラがそこにいたのだ。
始は直感的に自分を殴り飛ばしたのが、このコブラだと理解した。
だが、立ち上がろうとする始に向かって、紫のライダーが身をかがめて一直線に走ってきていたのだ。
そして、次の瞬間、大きく後ろへ跳躍、宙返りをしながらコブラの口元まで跳ぶ。
コブラが口元まで跳んできたライダーと、同時に口から消化液を吐き出しながら始に向かって飛ばしてきたのだ。
コブラの力を借りたライダーは連続蹴りをしながら始に向かってくる。
それを見た始は慌てて立ち上がろうとするが、すでに遅かった。
無情にも必殺とも言えるキックは始を捕らえ大きく火花を放ちながら爆発した。
第四十二話『舞台を乱す狂蛇』
「・・・・っ!?」
『マスター?』
ベッドから起き上がった始。
周囲を見回し、そこが自室であることを認識し、今がまだ日の昇っていない三時であることを確認した。
そのことから先ほどの光景が夢であったことを漸く理解した。
『どうかしたのですか?』
自分を心配する声がベッドの脇から聞こえる。
改めて、自分の姿を確認すると、寝汗でベタベタとなった寝間着から相当うなされていたこともうかがえた。
だが、始は先ほどのことが夢であることに安堵したが、冷静になっていくにつれて沸々と色々な感情が込み上げてきた。
夢で見た自分の姿は冷静に振り返って見ると無様なものであった。
別に相手の能力は段違いな差が開いていたわけではない。
ただ、相手の戦い方に精神的に呑まれていたのだ。
始は自分が最強とは思っていない。
だが、それでも自分の強さに自信を持っていたつもりだったのだ。
だからこそ、たとえ夢でも自分が一方的に負けたことが許せなかったのだ。
『マスター?』
「いや、嫌な夢を見ただけだ」
なるべく自分の心境を表に出さないように努力したのだが、どうしても不機嫌さは隠し切ることは出来ず、ぶっきらぼうに答えてしまう。
だが、さすがは始のデバイス、主の心境を大まかではあるが察することが出来たのだ。
『一体、どのような夢を見たのですか?』
「見たことの無いライダーと戦っていた。・・・・そして、俺は負けて、殺される夢だ」
『それはまた、あり得ないものを見ましたね』
「・・・・おい、俺は自分のことが無敵だといった覚えは無いぞ」
自分が負けるはずが無い。
そう断言するヘルズノヴァに始が口を尖らせるが、無視された。
『今までに襲ってきたライダーを橘さんに聞いたり、クロノ執務官に頼んで他の次元世界からも情報を求めたりしたにも拘らず、何の成果が無かったからといって、
ナーバスになりすぎですよ。まぁ、夢だから、あり得ないものを見ても不思議ではありませんが』
「・・・だから、ちょっと待て。お前の中で俺は無敵の存在なのか?」
『当たり前です』
何を今更、と言葉を続きそうなほどキッパリと発言されたため、面を食らう始。
だが、すぐにそんなことを口論しても仕方が無いと感じた。
「そうだな。最近、少し精神的に不安定だったからな」
『そのとおりです』
とりあえず、ヘルズノヴァに始が合わせると、まるで誇るかのようにヘルズノヴァから声が返ってきた。
(まぁ、確かにそうかもしれないな)
一応言っておくが、これは自分が無敵という話ではない。そう始は誰に言うわけでもなく、頭の中だけで思った。
確かに、最近の始はイライラするときが多い。
なぜなら・・・・
「王子様、どうか白雪姫をお助けください」
七人の小人の一人である男子生徒が両手を組んで懇願の演技をする。
現在、教室の中では文化祭の劇の準備をしていた。
教室を二つに区切って、演技を練習するグループと小道具などを作るグループに分かれていた。
そして、演技のグループは白雪姫の最大の見せ場であるキスシーンの練習をしていた。
床に寝ている白雪姫役のフェイトを中心に七人の小人役の生徒が七人膝立ちの状態で懇願しながら囲む。全員が体操服のためあまり見分けがつかないが・・・。
そして、その一段と少し距離を置いたところに王子役の男子生徒、菅原 珠樹(すがわら たまき)。
本当なら、ここは始の役なのだが、
「栗原、どんな具合だ?」
「あと一面で終わる」
小道具のグループで長方形の白雪姫、フェイトが入る棺桶を釘と金槌で作る始がいた。
何で、こんなことになったのかと言えば、割り当てを決める日に始がクロノからの依頼に行っていたので欠席していたのだ。
そして、欠席していたことで始の配役は残っていたものとなったのだった。
自分のスケジュール調整が甘かったとはいえ、悔やんでも悔やみきれない始。
そんなことを思いながら、残りの板に釘を打ちつけようとした時、丁度演技グループのほうで、菅原の顔がフェイトの顔へと近づいていくのが見え―――
・・・ガァアン!!・・・ガァアン!!・・・ガァアン!!・・・ガァアン!!
「・・・終わったぞ」
「え?あ、ああ」
僅か四回叩いただけで板を打ち付けた始。
それと始の不機嫌そうな声と表情を見たグループリーダーを担っていた男子生徒は怯えてしまっていた。
だが、始はそれを無視して、足早に教室から出ようとする。
「あっ、く、栗原君・・・」
教室を出ようと、扉に手をかけた刹那クラスメイトの女子生徒に呼び止められた。
彼女の名前は、斉藤 春陽 (さいとう はるひ)。
ショートヘアーの黒髪が特徴的な女の子だ。
まぁ、始はフェイト一筋だが、クラスの男子生徒の大半は彼女を可愛いと評価し、人気がある。
「何か用か?」
始の問いに春陽は控えめに頷いた。
その時、今まさにキスシーンをしようとするフェイト近づいてくる珠樹の顔を冷静に見ていた。
一応、言っておくが、この珠樹という男子生徒も始と同様に異性に人気のあるのだ。
短く切った黒髪に始と同じぐらい同年代よりも高い身長、さらに剣道を習っており、同年代や上級生より強い。
ただ肌の色が少し褐色なため王子様というより侍に見えなくないのだが。
もっとも、始一筋のフェイトはどんなに接近しても顔を赤くするどころか、呼吸すら乱れない。
これが始だったら、自分の心臓は破裂してしまうほどドキドキしていたかもしれないが。
そんな風にフェイトは考えていると、キスシーンは終わり(もちろん、ギリギリまで近づくだけで唇が触れることは無い)、ふっと教室のドアの近くにいる始の姿が目に入った。
(あれ?)
しかも、一緒に同じクラスの女子生徒が出て行ったではないか。
「・・・・・・」
段々と目を細め、視線が冷たくなるフェイト。
別に始を信じていない訳ではないのだが、それでも自分の彼氏が他の女の子と一緒にいるのは余り良い気分ではない。
そう思うと、なんとも形容しがたい感情が沸々と自分の中から・・・・
「いっ!?テ、テスタロッサ!!手がっ!!!」
「あ!?」
声がしてフェイトは気づいた。
今、丁度キスシーンが終了して、白雪姫が王子様の差し伸べた手を握ってお城へ付いていくシーンだったのだ。
そして、自分は自然と珠樹の手を不必要なほど力一杯握ってしまっていたのだ。
「ご、ごめん!!」
慌てて手を離すフェイト。
急いで、珠樹に謝罪するが、彼は手首をブラブラ振りながら笑みを浮かべて大丈夫と、とてもそうは見えない顔で言った。
「ちょっとフェイト!?何をやってるのよ!!」
「うっ・・・」
近くで演技を眺めていたアリサに怒鳴られるフェイト。
ちなみにアリサにも役がある。白雪姫を亡き者にしようとした皇女の役だ。余り人気の役ではなかったので、推薦の上、多数決で決定した。
そんなアリサはため息を付きながら、やれやれと首を振るう。
(でも、仕方ないわよね。自分の彼氏が他の女子に連れられていけば、穏やかじゃないでしょうね。始は何かと女子に人気が高いし)
もっとも、始がアリサ達と友達になっていなければ、クラスの印象は無愛想な気味の悪い男子生徒になっていたかもしれない。何せ前の学校がそうだったのだから。
なのは達、特にフェイトと彼氏彼女の関係になってから、始は色々な表情を学校で出すようになったので、それが人気の要因の一つと言えるだろう。
だが、そんな事情を知れないアリサはふっと横目ですずかを見る。
ちなみに、すずかはナレーションをなのはと前半後半で分けて読むので、今はなのはと共に台本を読んでいた。
そこで、すずかがアリサの視線に気づき、きょとんとしながらも微笑んだので、アリサも微笑んで見せながら、以前起こった誘拐事件の後のことを思い出した。
アリサとすずかの二人だけで習い事に行った日のこと。
休憩でお茶を飲んでいるとき、急にすずかがしおらしい態度で静かに言ったのだ。
「ねぇ、アリサちゃん。略奪愛って駄目かな?」
その時、アリサがふらっと目の前が真っ暗になるのを感じてしまった。
確かに、普通に考えれば、惚れてもおかしくない状況だったかもしれない。
だが、始はすでにフェイトのことが好きなのだ。
それを分かった上での言葉だとしたら、厄介なことこの上ない。
(というか、はやても同じきらいがありそうなのよね)
あくまで自分の考えだが、とアリサは自分に言い聞かせるように思った。
なのはから聞いた話だが、この前のリインに始のことを父と呼ばせたが、本当に始をからかう為だけなのか微妙だ。
表面だけでこれだけ人気の始が、本気で女の子を助けるために動けば、惚れられる可能性が高くなるのは当たり前だ。
なのはを狙っているユーノがそれを危惧して、アリサに土下座までして、そうならないよう頼み込んだことさえあるほどだったのだ。
(って言うか、何で私がこんなに人のことを心配しないといけないわけ!?)
他人のことより、まずは自分のこと。
(でないと、将来お節介おばさんになるかもね・・・・)
そんな憂鬱なことを考えてしまうアリサであった。
その後ろで珠樹が小声でフェイトに何かを言っていることに気づかず。
そんな風に文化祭の準備は進んでいき、ついに本番まで今日を除いて、残り二日となった。
なのだが、
「ねぇ、始!斉藤さんと何があったの?」
学校にから帰って、時の庭園の一室で今まで見たこと無いほど怒気を強めて始を問いただすフェイト。
怒っている原因は簡単だ。
「別に春陽とは何も無いぞ」
「じゃあ、どうして下の名前で呼んだりするの!!?」
そう、始は春陽に話しかけられてから彼女を名前で呼んでいるのだ。いや、呼んでいるのではなく、お互いに呼び合っているのだ。
こんなことは今までに一度も無かった。
「別に春陽だけが特別なことも無いだろ?なのは達も同じように名前で呼んでいるし」
「それは、そうだけど・・・」
それでも今までフェイトの知る限りで始が女の子の名前で呼んだのは、少なくとも魔法関係者か、それ以外ではアリサとすずかぐらいだ。
しかも、クラスメイトでは自分たち以外いなかった。
それなのに、突然、他の女の子と名前で呼び合う仲になれば、フェイトでなくても何かあるのでは、と勘ぐる。
だが、そんな風に思っているのはフェイトだけではなかった。
「それに、お前も菅原のことを名前で呼んでいるじゃないか?」
「そ、それは・・・」
始の言葉に急に語気が弱まるフェイト。
それは始の言葉に不機嫌さが混ざっていたからだ。
といっても、他人には気づけないほどだが、フェイトにはそれが感じることができたのだ。
それは同時に始もフェイトと同じ気持ちであることを意味している訳になるわけだが、それでも二人ともお互いのことを納得していないのか沈黙がその場の空間に流れる。
だが、その沈黙は突然の発言に妨げられた。
「何を喧嘩をしているの?」
アルフを従えてやってきた部屋へと入ってきたプレシア。
その手には、旧世代の英国の貴族が着ていたと思われる服が二着抱えられていた。
まぁ、ぶっちゃけ王子様とお姫様の衣装だ。
「そんなことより、二人ともこの服を着て、庭のある区画に行きなさい」
修羅場とも(少なくとも二人はそう思っていた)言える空気を軽く一蹴して二人に促すプレシア。
アルフは苦笑を浮かべているが、事実、二人をよく知る外野が見れば、何てことも無い情景なのだ。
それは、兎も角、二人が時の庭園にいる本来の目的は、本番二日前ということで、ヒロイン役で不安であろうフェイトのための練習のためだ、とプレシア談。
何せ、練習するシーンは、
「何でこのシーンなんだ?」
会話も何も無い。
ただ顔を近づけていくだけのキスシーンなのだ。
「ほら、そこで会話はないでしょ。真面目にやりなさい」
そうは言うが、プレシアの手にはフォトカメラ。
始の記憶が正しければ、それはあらゆる状況下でもプロ並みの写真が取れる、というキャッチコピーのされた最新型のデジタルカメラ。
しかも、二人の周りにはサーチャーがあらゆる角度でキスシーンを撮影している。
ちなみに、アルフもビデオカメラで撮影していた。
「母さん、思いっきり私情が入ってるよ」
静かに母親に抗議するフェイト。
だが、始とかなり顔が接近しているため、照れ隠しなのがバレバレである。
「無駄口はいいから、もっと唇同士がくっつく位近づけなさい!記録はちゃんと撮ってあげるから」
それは完全にキスをしろ、ということ。
「「出来るか!!!」」
当たり前のように二人が語気を荒げて言うのだった。
結局、フェイトの練習はプレシアが満足するまで会話の無いキスシーンをやらされる羽目になった。
だが、始もフェイトも記録されているのが嫌だったので、本当にギリギリのところまでしか近づいていない。
そして、今、最後の練習として多目的教室で最終練習を行うところだ。
この多目的教室は文字通り色々な用途で使われている、いつもの教室よりも広く、ここは体育館の次に広く天井が高いつくりとなっている。
それと何故か知らないが壁に大きな鏡が東西南北の壁に備え付けられている。
そんな偶に使用する教室で始は言いようの無い不安を覚えた。
「は、始君」
「ん?」
自分が製作した劇で使う棺桶を持ちながら黙っていると春陽が話しかけてきた。
小動物のようにおどおどとした態度だが、今は始の表情を見てさらに拍車が掛かっていた。
「そ、そろそろ皆が衣装に着替えてくるから、道具を端に置いたほうがいいよ・・・」
「あっ、そうだな」
今回の練習は衣装も着た上で本番に近い形での練習だ。
それで今はフェイトも着替えに向かった。
ちなみに、アリサもなのはも衣装を着る手伝いをするためとしてアリサに連れて行かれた。
だが、確かにそろそろ来る頃だろうと、始は終盤に使う棺桶を劇の邪魔にならないであろう場所に置こうとする。
「は、始!」
「・・・フェイト?もう着替えることが出来・・・っ!?」
丁度、今戻ってきたフェイトの声に始は振り返ろうとして、驚き、危うく棺桶を落としかけた。
始の目の前には純白のドレスに身を包み、いつも結っている髪を後ろに流したフェイトがそこにいた。
その姿に始が呆然としているとアリサが得意げに話しかけてきた。
「ふふん、どうよ。私の家にあったドレスを持ってきて着せてあげたんだけど、なかなかでしょ?」
「・・・白いフリルのドレスはシンデレラじゃないのか?」
「いいのよ。すでに配役の時点でおかしいんだから」
照れ隠しでフェイトから顔を背けながらアリサに不自然さを指摘したものの、照れた状態では大した効果は無い。
むしろ、アリサは意地の悪い笑みを浮かべながら、「似合ってるでしょ?」と小声だった問いに頷くしかなかった。
そこでふと、先ほどまで話していた春陽の姿が視界に入った。
だが、向こうは始の視線に気づかず、始たちに背を向けて、珠樹に話しかけているのを始は微笑みながら見ていた。
「始・・・・」
「ん?」
アリサがジドッとした視線で始を見てくる。
対して、始は何でそんな目で見られるのか判らないでいた。
「どうかしたか?」
「・・・どうかしたか、じゃ無いわよ!!」
顔を寄せて、できる限り声のボリュームを落として語気を荒げるアリサ。
「・・・あんた、斉藤 春陽と何かあったでしょ!!」
「何かって、何だ?」
イライラを募らせるアリサだが、始は本当に判らないといった表情だ。
フェイトと同じく、アリサも始の変化に気づいていた。
なら、彼女はニブチンのなのはは兎も角、すずかも気づいているかもと勘ぐり、おかしな事にならないか不安なのだ。
もっとも、始の性格と反応を見る限り、春陽に対しての感情は恋愛ではない。
さらに言えば、すずかも、それにはやてもフェイトとの仲がどれだけ深いか、好きになる前からわかっているので、ほぼ無理だと諦めている。
つまり、アリサの不安はただの気鬱に近いものなのだ。
だが、アリサからしたら今の始の態度は不真面目にとられてしまい。
「・・・アンタは!!」
「アリサちゃん、そろそろ始めるよ」
「っ~~~!!・・・分かったわよ」
我慢が限界に来ていたアリサは抑えていた声を大にして始に言い放とうとするが、その前にすずかに声をかけられ気勢を制された。
勢いを無くしたアリサは不満全開ではあったが、グループへと戻っていくと、最後の練習が開始された。
それから、劇の練習は進んでいく。
流石に、最終日ともあって、演技グループ全員が詰まることなく台詞をスラスラ言えている。
だが、
「やっぱり、何か足りない気がする」
今回の劇の台本作成兼ナレーター、さらに監督もしているすずかは納得していなかった。
その原因は始にとって意外なことにフェイトだった。
すずか曰く、「クライマックスのシーンでフェイトの表情が冷静すぎているために、いまいち盛り上がりに欠けている」そうだ。
それを何とかしようと、先ほどから何回もクライマックスをしているのだが、すずかは納得しない。
このままでは埒が行かない上に、クラスの集中力も切れると思われたとき、
―――突如、教室の中にオーロラのベールに似た幕のようなものが出現した。
突然の出来事に騒然となるクラスだが、オーロラの中から出てきた存在にさらに驚愕した。
紫のアーマーを纏い、まるでコブラをイメージさせる仮面ライダー王蛇。
その佇む雰囲気も獲物を狙う蛇を思わせる。
「ここが祭りの会場か?」
―――あ゛ぁ゛・・・・・・
まるで哀れな生贄の子羊を見る悪魔のような呻き声を上げて生徒たちに近づく王蛇は、何処から取り出したのかコブラ形のロッド、ベノバイザーを手にし、
ベルトのカードデッキと思われる部分からカードを一枚引き抜き、コブラの頭部にある挿入部にセットする。
―――カシャッ
『SWORD BENT(ソードベント)』
無機質な機械音が流れると、どこからかコブラの尻尾を催したランスのようなドリル状の剣、ベノサーベルが飛んでき、王蛇の手に収まった。
それまで唖然としていた生徒たちも、王蛇が首をゴキゴキ回して、腕をダランと垂らしたままゆっくり近づくと恐怖に駆られた。
逃げなければ殺される、それが判っているが誰も恐怖に足がすくんで動けない。
「こっちだ!!早く逃げろ!!!?」
扉を開ける音と共に始が叫びに促され、その場にいた生徒は一斉に金縛りから解放され狂ったように出口に押し寄せる。
その姿に王蛇は凄惨な笑みを浮かべながら眺めた。
まるで、逃げる獲物をいたぶる方が楽しいを言うかのように。
だが、ふと視界の端に逃げてない女子が一人いるのを見つけた。
「あ゛あ゛」
「ひっ!!」
王蛇が体の向きを変え、正面から見据えると、逃げる生徒に押され倒れてしまった女子は恐怖で起き上がることもできない。
斉藤 春陽はフルフル小刻みに体を震わせながら、恐怖で涙を貯めながら王蛇を見た。
「はははっ!!」
恐怖で引きつる春陽を王蛇は楽しい玩具を見つけたように笑う。
それがさらに春陽の恐怖に拍車をかけた。
そして、王蛇はそれをギリギリまで煽るかのようにゆっくり近づく。
―――バシィンッ!!
だが、王蛇の背を珠樹が竹刀で打ち込んだ。
「す、菅原君!?」
「は、早く逃げろ!!」
竹刀を正面に構えて春陽を逃がそうとする珠樹。
それを王蛇は面倒くさそうにため息を付いた。
(何で、アイツが現れるんだよ)
狂乱のごとく逃げるクラスメイトを教室から出して、始は自分の背中に冷たい汗が流れた。
嫌な予感はしていたが、まさか夢で出てきたライダーがその場に現れるとは思ってもいなかったのだ。
しかも、よく思い返してみると、場所も多目的教室だったような気がする。
(あの夢が正夢なら、俺は・・・・)
脳裏に流れる自分がやられるビジョン。
死への恐怖が始の足を拘束し、動けなくする。
「始・・・」
恐怖で呼吸さえも重く感じる始の背にフェイトが声をかける。
「怖い、の?」
振り返る始が見たのは、涙を浮かべながら心配そうに自分を見るフェイトだった。
だが、それだけではない。始は恐怖するほどの敵が現れた不安、そんな相手でも戦わないといけない始に何もすることができない自分の不甲斐なさ。
それ以外にも色々な感情が見て取れたのだ。
(ああ、情けないな、今さら気づくなんて)
本当に情けない。
始は自分が他にとって、どういう存在なのか理解した。
自分の不安や恐怖は、それ以上のものを自分の周りの人間に与える。
(だったら、いつまでもここで止るわけには行かない!!)
体は未だ恐怖で動くことを拒絶して重たいが、自然とそれ以上に自分を突き動かす何かが自分の中から沸き起こるのを始は感じた。
そして、今にも涙を流しそうなフェイトの頭に手を乗せた。
「別に今まで怖くなかったことは無いぞ」
「え?」
「普通は怖いに決まってるだろ。自分が傷つくのも、誰かを傷つけるのも、力を振るうのも」
そう恐怖を感じたのは初めてではない。
ただ、今回はそれが濃かっただけで、後は―――
「いつもと同じだ。じゃあ、行くぞ」
「うん」
珠樹が王蛇に竹刀で一閃したのを見て、始はフェイトから手を離す。
すると、そこにはほんの少し、本当に少しだけ安心したフェイトがいた。
そんな彼女のしっかりとした、だけどまだ不安な返事を聞きながら始は王蛇へと走った。
「変身!!」
『CHANGE(チェンジ)』
『UNISON JOKER(ユニゾンジョーカー)』
「やぁああああああああああ!!」
―――バシィンッ!!
気合とともに王蛇の肩に竹刀を打つ珠樹だが、当然なことに王蛇はこれくらいなんとも無い。
だが、適当に暴れて、怖がらせていれば、殺しがいのある奴が現れると思っていたのに一向に現れないことに苛立ちを募らせていた。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」
―――パシィッ!!
再び上段から来る竹刀を無造作につかむ。
「・・・うるせぇ」
そして、低い声とともに竹刀を力任せにひったくると、それを捨てる。
「あ、ああ・・・」
武器を奪われ、先ほどの勇ましい勢いが萎えた珠樹の肩に王蛇は無造作に掴み、ジワジワと握りだした。
―――ゴキィン!!
「あっ・・・・」
肩の関節から普通ではならないような音が響き、珠樹は一瞬間の抜けた声を上げるが、徐々に肩を外されたことが痛みとしてせり上がってきた。
「あ、ぁあああああああああああああああああああ!!!」
「た、珠樹君!!」
余りの痛みに絶叫する珠樹に、未だ足がすくんで動けないでいた春陽が悲鳴を上げる。
だが、王蛇はその光景さえも詰まらなそうに何の反応も示さないかった・・・次の瞬間までは、
「はぁあ!!」
「ぬぅ!?」
突然、飛び込んできた黒い影が王蛇を蹴り飛ばし、その拍子に珠樹を手放した。
床に倒れる珠樹。
肩の痛みが酷いのか、立つことの出来ない彼に春陽が駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
「うぅっ・・・」
オロオロと問いかける春陽だが、珠樹は痛みで悶えるだけで何も答えない。
どうしようと思った矢先、二人にフェイトが駆け寄った。
「早く逃げるよ」
「あ、うん」
駆け寄ると同時に珠樹の脇から手を回るフェイトに、春陽の習って反対の脇から同じように抱える。
そして、動けない彼を何とか出口に向かって歩く春陽はそのことに必死で隣のフェイトが心配そうに後ろを振り返るのに気づかなかった。
「はっ、ははっ!!」
蹴られた事を気にするでもなく王蛇は待ちに待った玩具がやって来た子供のように歓喜の声を上げる。
ただ、その声には無邪気さの代わりに狂気が宿り、相手の異常性がヒシヒシ黒い影、カリスに変身した始に感じさせた。
「やっぱり、ここが祭りの会場か・・・」
「生憎、まだ準備段階だ・・・」
低い唸り声のような王蛇の言葉を始はいつもの軽口で平静を保ちために口にしながらカリスアローを呼び出した。
「何でも良い・・・俺と戦えやッ!!!」
「くっ」
一直線に始に向かって突撃しながら力任せに薙ぎ払うように腕全体で振るわれるベノサーベルをカリスアローで受け止める始。
「は、はぁあああっ!!?」
「うぐっ・・」
防御も考えずにただ攻撃だけに主点を置いた一撃に始は顔を歪ませながらも何とか耐える。
だが、当然なことに王蛇の攻撃は一撃では終わらない。
必死に耐えている始の腹部にむけて、狂喜爆発とばかりに奇声を上げながらヤクザ以上に無作法な蹴りを無理体勢で出してきたのだ。
その後も、ベノサーベルを振り回しながら、滅茶苦茶な軌道で始に襲い掛かる。
(剣は鉄パイプじゃないんだぞ・・・・)
不良が鉄パイプを持って喧嘩するようにベノサーベルを振るう王蛇に悪態をつく始。
だが、偶然なのか、狙っているのか滅茶苦茶に振るわれるベノサーベルは始の防御しにくい場所を正確に叩いている。
もちろん、全てがそうではないが、それがかえって始を惑わせ防御しにくい攻撃と化している。
(これは・・・こっちも“綺麗に”戦う余裕がないな)
そう考える、始は肩へと振るわれるベノサーベルを防御しないでそのまま受けた。
火花が散り、肩から広がる痛みを始は致命傷にはならないと自制し押さえ込みながら、カリスアローで下から斜めに切り上げた。
そして、相手が後ろに一歩退いた所へ腹部に向かって蹴りを叩き込む。
「うがっ・・」
反撃を受けた王蛇は始に背を向けるが倒れず、上半身を軽く曲げ、猫背になってゆっくり振り返る。
そこにはダメージを受けたようには見えなかった。
「良いじゃないか・・・おらぁ!!」
反撃がかえって王蛇のサディスティックを刺激したのか、さらに興奮気味に攻めてきた。
「ああっ、はははははぁああああああああああっ!!」
「くっ、くそっ!!」
先ほどよりもさらに滅茶苦茶にベノサーベルを振るう王蛇。
その苛烈すぎる攻めに始は防戦一方、ラウズカードを取り出すことはおろか、カリスアローで凌ぐので精一杯だ。
「はぁあっ!!」
「がっ・・・」
ベノサーベルのみに意識を向けていた始は、突然、腹部を蹴られ体勢が崩れる。本当に型破りな戦い方をする。
そんなことを頭の端で考えながらも、始は急ぎ崩れる体を持ち直そうとするも、相手がそれを許さなかった。
「おらぁっ!?」
「うぐっ・・・」
崩れた体勢の所へ王蛇はベノサーベルを力任せに始へと振りぬく。
火花とくぐもった声とともに始は鏡の前まで転がり飛ばされた。
「ははっ・・・」
倒れる始を王蛇は見下ろしながらベノサーベルを捨て、再びベノバイザーを取り出し、ベノサーベルを呼び出したようにカードをセットした。
『ADVENT(アドベント)』
「っ!?(夢と同じ!!)」
どこから襲ってきたのかわからないが、始は何が起こるかわからない状況だというのに夢を思い出し、後ろを振り返った。
普通は致命的なミスになるのだが、今回はそうならなかった。
それは鏡の中から始を襲い掛かったのだ。
王蛇のアーマーと同じ紫色の金属的な光沢を放つ大木のように太いコブラの尻尾が始を薙ぎ払ったのだ。
「ぐぁ!?」
「そろそろ、お前も逝け・・・」
吹き飛ばされる始の横を巨大なコブラ、ベノスネーカーが横切り王蛇の後ろへ控えると、王蛇は楽しみは終わりだと言うかのように、
一枚のカードを取り出した。
『FINAL BENT(ファイナルベント)』
「はぁあああああああああああああああ!!」
無慈悲な死刑宣告のような感じさせる機会音が響くと共に王蛇は始に向かって走り出した。
そして、始が見た夢と同じく、王蛇は始の前まで行くと後ろへ跳躍し、ベノスネーカーの口元までの高さまで行くと、ベノスネーカーの吐き出した
消化液と衝撃を利用し連続蹴りをしながら始に突撃する。
そして、王蛇は始の倒れる床に突撃すると爆発が起こった。
が、
「チッ・・・」
苛立ちの漏れた舌打ちをしながら辺りを見まわす王蛇。爆発の時、王蛇の足には何の手ごたえがなかったのだ。
その理由は簡単だ、当たらなかったから。
なら、相手はまだどこかにいるはずなのだと、王蛇は獲物を探して視線を彷徨わせる。
だが、辺りは王蛇が発生させた爆発の白い煙がまだ立ち込めているため、視界はよくない。
兎に角、王蛇はとりあえずと床に転がるベノサーベルを拾った――刹那、
「はぁああああ!!」
「ぬあっ!?」
カリスジャックフォームとなった始が王蛇を飛び掛り、殴り飛ばした。
王蛇の攻撃が当たる寸でのところで始はジャックフォームに変身して俊足でその場を離れたのだ。
「はっ、やるじゃねぇか・・・ええっ!!」
苛立ちとも取れる言葉だが、王蛇の声はまだ楽しみがあったという色が強いように思えた。
その言葉を吐きながら、王蛇はベノサーベルを振り上げて突撃する。
だが、ジャックフォームとなったカリスは複眼の機能に合わさってさらに速さが追加されたことでカウンターがより正確に狙えるようになっている。
そして、狼の本能が王蛇の不規則な動きを捉えることも可能になっている。
始は振り下ろされるベノサーベルに合わせて王蛇の顔面を蹴り上げた。
結果は見事に命中し、王蛇は後ろに仰け反る。
だが、始は仰け反った王蛇に先ほどのお返しとばかり、軽く跳躍、そのまま王蛇の後頭部を正面から両手で捕まえると、膝蹴りで足を上げながら、
王蛇の顔面を引っ張り膝に直撃させる。
膝の前で王蛇が何か声を出したが、始は気にせずに次の攻撃を仕掛けた。
捕まえていた頭を離すと、真っ直ぐのままの足と体を軸にフィギアスケートのアクセルジャンプのように回転しながら肘を王蛇のこめかみ目掛けて殴打させた。
そして、着地と共に始は床に倒れた王蛇を伺いながら新たなカードをベルトに通す。
『EVOLUTION K(エボリューションキング)』
機会音と共に始の周りを十三枚のハートのカードが舞い、体に張り付くように一体化する。
カリスキングフォームとなった始はワイルドスマッシャーの二本を合体させ、カリスアローに接続させ、五枚のカードをカリスアローにラウズした。
『♥-Ⅹ、♥-J、♥-Q、♥-K、♥-A』
『Royal Straight Flash!!(ロイヤルストレートフラッシュ)』
「うぅ・・・」
五枚のカードの力をカリスアローに収束させ、弓を引くような構えで、ベノサーベルを支えに王蛇を狙う始。
それを見た王蛇はなんと、回避行動をとらずにベノサーベルを振り上げ、特攻をしてきたのだ。
それに始はどこかで予想をしていたのか、それほど驚くことなく、冷静にカリスローから螺旋回転をするエネルギー砲を王蛇に向かって放った。
だが、それでも王蛇は真っ直ぐ特攻するようにエネルギー砲に当たるのだった。
耳を覆いたくなるほどの爆音が教室に響く。
完全に直撃したが安心はできない。
さすがの王蛇でも考えもなく、必殺の一撃に突っ込むはずが、
「がぁああっ!?」
無いと思っていたが、煙の中から王蛇が転がり出てきた。
「・・・・・・(考えなかったのか!!)」
驚きのあまり止めを刺すことも忘れて唖然となる始。
だが、次の瞬間、勝負ありとばかりに王蛇が現れた時に出現したオーロラが王蛇の目の前に現れた。
そして、ムクッと立ち上がった王蛇はやれやれといった態度をとって、
「ああ・・・今日はここまでか・・・」
そう言い、オーロラの中へと飛び込んだ。
刹那、オーロラのベールはまたも忽然と消え、後には何も残らなかった。
それまでの戦闘の形跡すら綺麗に無かったこととなっていた。
「・・・・・・」
だが、今回は色んな意味で訳の分からない相手だったため、始はしばらくの間混乱してしまうのだった。
その所為でだろうか、始は気づいていなかった――自分を見つめる視線に・・・・・
多目的教室の窓の外でニット帽を被った男が木陰から始の様子を伺っていた。
「・・・まさか、クロックアップを持つライダーだけでなく、最凶のライダー、王蛇を退けるとは・・・・」
感銘を受けたように始を眺める男。
だが、次の瞬間、その表情は凄惨なほど醜いものに変わった。
「彼ならば、あの破壊者を倒せる・・・・」
そう言葉を放つ。
だが、すぐに自らの言葉を撤回した。
「いや、まだだ。焦ってはならない。もっと強く、より確実に仕留めて貰わなくては・・・・」
言い終えるや、男の背後に王蛇が通ったオーロラのベールが出現すると、踵を返してオーロラを潜った。
ただ、彼の潜ったオーロラには何体もの歪な黒い影が浮かび上がっていた。
王蛇の襲撃から次の日、それからの事だが、クラスメイトのほぼ全員は王蛇のことを覚えていなかった。
例外は始とフェイト、なのは、アリサ、すずかともう一人しか覚えていないのだった。
おそらく、始が仮面ライダーについて説明していたので彼女ら四人は覚えていたのだろう。
全く根拠のないことだが、情報が無い以上考えても仕方が無いのだった。
「王子様、どうか白雪姫をお救いください!!」
思考の海にいた始は男子生徒Aの演じる小人のセルフを聞いて我に返り、王子役の台詞を口にした。
「(始、劇の途中で考え事は駄目だよ)」
「(すまん、気をつける)」
台詞の途中で棺桶の中で目を瞑って待つフェイトからの念話が届く。
一応、始は自然を装って言ったつもりだが、フェイトだけは誤魔化せなかったようだ。
台詞後すぐに始は念話で謝った。
ちなみに、何故王子役が珠樹ではなく、始になったかと言えば、珠樹は怪我で劇に出ることが出来なかったのだ。
戦闘で破損したはず多目的教室やクラスメイトたちが置いていった劇で使う小道具は王蛇が消えたと同時に元通りになっていたのだが、珠樹の怪我はそのままだったのだ。
仮に、影で動いていたものがいた場合、その者は始と王蛇の戦闘に関わることを直し、生徒たちの記憶から王蛇の事を消しただけと、かなり雑な後始末を下らしい。
そして、極めつけは・・・・
「肩はどうだ?」
「・・・大丈夫だってよ。しばらく、竹刀を振ることは出来ないけど、しっかり治療すればなおるって・・・」
保健室のベッドに上半身だけを起こして安静にしている珠樹。
肩には入れなおした関節を固定するための包帯がされている。
後、目立つことといえば、珠樹がかなり落ち込んでいる事だろう。
王蛇と戦った後、珠樹は保健室で治療を受けた。
幸いなことに、肩はほんの少しずれて外れていただけのようだったので、不意に動かした際にあっさり嵌ったそうだ。
だが、元の位置に戻ったとき、間に靭帯が挟まっていないのか調べるため病院に行くそうだ。
そして、先生たちが車を用意している間に、始は様子を見に来たのだ。
珠樹の怪我には始が怯んでしまったことも一因があるからだ。
「・・・劇は出れないから、お前に頼んでいいか?」
「ああ、お前が推薦してくれたらしいな。何でだ?」
「実は着替えるとき、テスタロッサ達がお前を王子役にして練習していたことを聞いたんだ」
劇まで明日しかないから、台詞を覚える時間がそんなに無いと思って選んだという珠樹。
その言葉に始は、剣道一筋の脳筋ではないのだろうと思った。
(練習といっても、昨日キスシーンの練習しかしていないけどな・・・)
心の中でそう呟きながらも、始の頭には台本のすべてが暗記されていた。
もしもフェイトが台詞を忘れたとき、念話で教えるために覚えたのだった。
「まぁ、そういう事だから頑張ってくれよ!!お前らの劇、舞台裏から見るの楽しみにしているから」
「・・・・・・・」
「?どうした?」
「いや、急に元気な声を出して驚いたんだ」
「当たり前だろ。怪我くらいで何時までもしょぼくれていられないって」
そう笑顔で言われ、始も自然と笑みを返した。
立ち直りが早い上、精神的に珠樹は強かった。
さすが剣道をしているだけのことはある、と始が感心した時だった。
「なぁ、栗原。お前って、仮面ライダーだろ?」
突然、意表をつく問いに始は呆けてしまうと、そのまま肯定の意を示してしまった。
(まぁ、珠樹は言いふらさないとは言っていたが)
「その代わり、肩が全快したら剣道で勝負してくれ」と条件を出されてしまった。
別にお安い御用なのだが、始との実力差は絶望的距離なことは言うまでもないのでどうなることか・・・・
「(は じ め !!)」
「(ああ、ごめん)」
いよいよキスシーンの所という所で再びフェイトから注意を受ける。
だが、もう台詞は無い上にお互いがお互いを意識するシーンなので始は気にすることなく、フェイトに念話で話した。
そうして、気を紛らわせなければ、フェイトの体がガチガチに固まると思ったからだ。
「(それにしても、うまくいったな)」
「(え?)」
「(春陽と珠樹のことだ)」
「(うん・・・そうだね)」
舞台裏で二人揃って劇を見守る春陽と珠樹を見る。
関係ないことだが、王蛇が襲撃した後、二人は付き合いだしたのだ。
ちなみに、告白は二人とも見切り発車で同時にお互いが言い、綺麗に「あなたが好きです。付き合ってください」の言葉が重なって始まったそうだ。
どうやら、二人は両思いだったようだが、お互いが相手の気持ちに気づけないでいた。
そして、二人はクラスでもっとも似合いかつ熱いカップルにそれぞれ相談したのだ。
春陽は始に、珠樹はフェイトに、それぞれ異性だがグルームが同じだと話しやすいと相談したのだった。
「(でも、私、大した事を言ってないよ。ただ自分の気持ちを正直に伝えるしかないって)」
「(それは俺も同じだ)」
両思いだったから、かえって小細工をしないで思いをぶつけ合ってうまくいったようなものだ。
だが、結果は上々だった。
「(と、所で、始・・・・)」
「(何だ?)」
「(ギリギリまでだよね)」
目を瞑ったまま頬を赤めかせるフェイト。
何がとは言うまでも無く、唇と唇の距離だ。
「(フェイトはどうしたいんだ?)」
「(え?)」
「(今日はプレシアも母さんも見に来ていないぞ)」
「(うっ、・・・・始の意地悪・・・)」
ちなみに、プレシアも天音も学芸会を見に来ていない。
始が王子役でないのなら見ても仕方ないし、多分ほかの王子役の子に文句を言うかも知れないと自重したのだった。
「(・・・・して、ほしいかな)」
死ぬほど恥ずかしいかも知れないが、フェイトは始に頼んだ。
フェイトとしては、始が自分の彼氏だと周りの女の子にアピールして牽制したかったのだ。
もっとも始もフェイトが自分の女だと、他の男子生徒に認識させるたかったのもあったので、
「(じゃあ、いくぞ)」
念話で告げて始はフェイトの唇に自分の唇を合わせた。
刹那、観客側から「おぉおおおおおおお・・・」と言うどよめき起こった。
そして、白雪姫が目覚め、王子様の手を握ってお城へ行くシーンで幕が下り、鳴り止まんばかりの拍手が響くのだった。
ちなみに、結果はいうまでも無く、始たちのクラスが最優秀で入選されるのだった。
おまけ
舞台裏にて前半部のナレーションを終わったすずかが同じく出番の終わったアリサと共に舞台袖から始とフェイトを見守っていた。
「やっぱり、あの二人だと絵になるね」
すずかの言葉にアリサも同意する。
同時にため息を付きながらアリサに言った。
「アンタも分かってるなら二人の仲を裂くようなことは止めなさいよ」
「え?」
「・・・アンタも辛いと思うけど、フェイトは友達なんだから奪っちゃ駄目よ」
「?アリサちゃん、何を言ってるの?」
「え?」
すずかを聡そうと話すアリサだが、当のすずかは小首をかしげ何のことか分からないと答える。
それを聞いて今度はアリサが混乱し、自分の憂鬱を話した。
話して――――笑われた。
「はははっ、アリサちゃん。それは勘違いだよ」
「え?」
「私は漫画の話をしたんだよ」
「ま、漫画?」
すずかによると、姉の忍からたまには女の子らしい本を読みなさいと少女漫画を渡された。
しかし、その内容は心優しい高校生がが同い年の酷い彼氏から彼女を奪い取るという話だったそうだ。
略奪愛はいけないことだが、本当にそうなのか、分からなくなったすずかはアリサに相談したらしい。
それを聞いたアリサは口をポカンとあけながら呆然とした。
目の前ではまだすずかが微笑んでいる。
「もうアリサちゃんたら、確かに始君が誰とも付き合っていなかったら、フェイトちゃんと勝負しようとしたかもしれないけど、
あの間に普通は入ろうとは思わないよ」
本当に好きになる前でよかったよ、と続けるすずかだが、アリサの耳には届いていない。
おもむろに、すずかの両頬に触ると、
「あたしの・・・・」
「?」
「あたしの憂鬱だった時間を返せ!!!」
「うふぇええええええええ!!」
ぐぃいいいいっ、という効果音が響くほど力一杯引っ張る。
あまりの痛みにすずかは悲鳴を上げたが、幸いにも幕は下ろされ拍手がかき消すのだった。
おまけ2
(くそっ、何で俺がこんな役なんだ!!)
自称、もっともフェイトに似合う男。
皆様は覚えているだろうか狐坂カリトは不機嫌なままスタンバイしていた。
何を隠そう彼の役は、
「鏡の中に閉じ込められし男よ。この世でもっとも美しいのは誰だ?」
迫真の演技で台詞を言うアリサの後にカリトは呪詛のように言った。
『それは、白雪姫です』
能面の仮面を付けで鏡として作られたガラスの前に立ったカリト。
彼の台詞はたったこれだけだったそうだ。