Replica13
今すぐ広範囲の策敵をして欲しい。
ここ十数年で実績を上げてきた無限書庫の司書長の要請だったが、それが成される事は無かった。
本局が襲われているこの忙しい状況で、未確認であるとはいえ死んでいる事になっていた人間の言う事を聞いている場合じゃないとミッドチルダの上層部に判断されたのだ。
「『実は生きていました』なんて、今のこの状況で信じるわけにはいかないっていうのはわからんでも無いけど――と言いたいとこやけど、遺伝子検査なんて1分もかからないこの世界でそんな事あるわけ無い。」
「して欲しい」というこちらの要請が通らないのならば、「自分たちでやってやる」と、そう考えたはやては、全力――には程遠いが、それなりに力を出してみた。
具体的に言うと、コネを利用した。
無限書庫が活性化した恩恵を受けていたのは本局だけでは無く、ミッドチルダの各部署もその恩恵を大いに受けていた――いや、与えていた。
故に、はやてが思っていたよりも無限書庫の司書長や司書たちに頭の上がらない人というのはミッドチルダの上層部が思っていたよりも多かったのだ。
はやてはその人脈を使って遺伝子検査を受けて自分の生存は確実であると証明した。
そして無限書庫司書長の権限で殆ど無理矢理使用許可をもぎ取った仮保管庫及びその他衛星の防衛システムの策敵範囲を広げる事にしたのだった。
「しゃーないから、こっちはこっちでやらせてもらうわ。」
「うん。」
本来なら、こんな無謀な事は数十人でやらなければ頭がパンクしてしまうのだが、今回ははやてとなのはの2人だけでやらなければならない。
緊急事態中の為に元からいた防衛システムを稼働させるのに必要最低限の人間が居る事は居るのだが、彼らはその必要最低限の仕事をこなすだけでいっぱいいっぱいなので協力は期待できないのだ。
「でも、おかしいよね?」
本局が襲われて、管理外世界に人員を派遣しなければならない。
それはわかっているのだが……
「……私たちの勘が当たっているってことや。」
派遣しなければならないのは「戦闘の出来る局員」が大半のはずだ。
それに、「戦闘の出来る局員」がいない、『手薄になってしまった今』こそ、策敵は重要なはずなのだ。
なぜなら、時空管理局に攻撃を仕掛けたいのはジェイル・スカリエッティのクローンだけではない。 他の犯罪組織が今を好奇として攻め込んでくる可能性は非常に高い。
だというのに……
「時空管理局にスパイがいるってことだね。」
6年という時間は確かに長い。
第97管理外世界で言えば、生まれたばかりの赤ん坊が義務教育を受ける子供になるくらいには長い。
しかしJS事件を経験した者からしたら、まだまだ短い。
稀代の犯罪者が狙った、宇宙空間に浮かぶ魔力の塊を犯罪者に使わせないようにする為のシステムが未だ出来ていないのだ。
「そういうこっちゃね。」
だというのに、この非常事態にも拘らず、宇宙空間への策敵が必要最低限のまま――いや、必要最低限にされてしまったというのはおかしいのだ。
それも、管理局のブレインと言っても過言ではない無限書庫の司書長の言葉を無視し続けているというのは、どう考えても異常であり、それこそが管理局の上層部の誰かとスカリエッティクローンが繋がっている事の証明であると言えた。
緊急事態だからこそわかった事実だが、緊急事態だからこそその裏切り者を吊るし上げる時間が無いという、自分たちの協力者がもっといればと考えざるを得ない残念な状況だ。
「もしも、あの2つの月の魔力で『次元跳躍攻撃魔法』を連射されたりしたら……」
今の状況も次元跳躍攻撃による攻撃を連続で受けていると表現できる。 おそらく魔力炉を全力運転させて2~3時間おきに攻撃を受けている今の状況でさえ、だ。
もしも――今現在管理世界で使用されている魔力炉の生成魔力量をはるかに超える魔力を敵に使われてしまったら……
本局どころか、他の次元世界もあっという間に滅びかねない。
はやての額に――いや、この場に居た全員が、背中に嫌な汗をかく。
「……だね。」
『魔法が存在する世界の常識』に疎いなのはでも、簡単に悲劇を予想できる。
事実――といっても、試してはいないが、あれだけの魔力があれば、師匠の相棒から教わったあの集束魔法を、威力を3倍にして10連射してもまだまだ撃てる自信がある。
それはつまり、たった1人でも余裕で街の1つや2つは破壊できるだけの魔力であるという事だ。
もしも、その魔力がそんな物に使われてしまったら……
自分たちの考えが正しければ、敵の目的がどれだけ危険なモノであるか。
また、それだけの魔力がある事がわかっているというのに、何も対策がなされないまま放置されている事の危険性に体が震える。
「まあ、あんなでっかいもんをどうこうする事なんて、流石の時空管理局でも無理やって事はわかるんやけどねぇ……」
自然に其処にある巨大な質量を持った2つの月。
それから放出される馬鹿らしいほどの魔力。
そんな物をどうにかできるほど、魔法も科学も発達していない。
「……そうだね。
地球と月だって、すごく絶妙な位置にあって、それが少しでもずれるとどんな災害が起こるかわからないって言われているくらいだもんね。
それが2つもあるんだもん。 どうしようもないよねぇ……」
「そういうこっちゃ、ね……」
それでも、もう少し危機感を持って何らかのシステムを構築しておいて欲しかったと2人は思い、溜息をついた。
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「マップは?」
とある管理外世界の地下深くにある秘密基地を、シグナムたちは他の局員たちよりも先行して進んでいた。
「少し待て、デバイスに送る。」
ザフィーラによる『さーちあんどですとろい』で集められた情報が、シグナムとヴィータに送られる。
他の局員たちにも同じ様に送りたいところだが、濃いAMFと、敵にどれだけ情報を集められてしまったのかを知られてしまうのを防ぐ為に、情報を詰め込んだ魔力球を飛ばす。
「……へぇ、もう、ここまでわかったのか。」
「高町の構成はミッド式の上に独特の癖があるが、使ってみるとなかなか面白い。」
「ふむ。 私も中距離用の射撃魔法の1つくらい教えてもらっておけばよかったか。」
ザフィーラが高町を褒めるので、ベルカ式では無いからと考えたりしないで何か教えてもらっておけば良かったかもとシグナムも思った。
「私も、前にバインドの魔法を2つ教えてもらったけど、なかなか使い勝手が良いからなぁ…… シグナムが欲しいんなら、レヴァンテインに入れておくか?」
「ほう。」
ヴィータのその言葉に、ザフィーラが反応した。
「それは面白そうだな。 俺のデバイスにも入れてくれ。」
「ああ、いいぜ。」
そのやり取りを見ながら、シグナムは少し悩む。
(バインドか…… ベルカ式のがいくつかあるが、『私がミッド式のバインドを使う』というのが敵の意表を突くかもしれん。
しかし、ミッド式の魔法を増やす事でレヴァンテインのコンディションが崩れてしまったりするかもしれない事と、魔力の消費を抑えねばならない今の状況では試し打ちができない事を考えると……)
高町の魔法は魅力的だが、今の状況では――悩み続ける彼女の耳に、ザフィーラの驚きの声が届いた。
「軽いな。」
「だろ? 消費魔力も少ないんだぜ。」
「特に、肉眼で見えないこれは……」
「ああ、それは特に良い。
肉眼で見えないだけじゃなくって、消費魔力の少なさから魔力感知でばれる事もあんまりねえ。 2つ組み合わせて使えば、雑魚は獲り放題だ。」
「なるほど。」
「ザフィーラの魔法とも相性良いんじゃないか?」
「ふむ……」
(ザフィーラが褒めるほど軽いのならば、レヴァンテインに入れてもそんなに負担は無いのかもしれない。
いや、だが、今の最適化状態のレヴァンテインに……)
戦場で武器を弄る事に真剣に悩むシグナムに
「シグナムも、サブで持っているストレージの方に入れておけば便利だと思うんだけど?」
ヴィータのその言葉が発するまで後10分。
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「はやてちゃん……」
静かだった空間になのはの声が響くが、策敵作業のスピードは落ちない。
「ん?」
「私、考えてもわからない事があるんだけど。」
今日――数時間前に初めて触ったコンピュータプログラムを、何年も使って操作に慣れている自分たち以上の速さで使いこなしておきながら、他の事をマルチタスクで考える事ができるなんて!!
なのはの発言に、同じ部屋に居る局員たちは驚愕した。
「なに?」
「転移魔法があるんだから、小型の監視衛星の100や200、設置する事なんて簡単だと思うんだけど、どうしてやってないのかな?」
それくらいはできるだろうに、となのはは考えた。
宇宙に進出する為には宇宙船やらなんやら色々と面倒くさい事が必要なのかもしれないというのは想像できる。
管理外世界である自分の世界で宇宙に出る為には莫大な予算が必要な事を考えれば、魔法のあるこの世界でも宇宙へ出る為には色々と苦労があっただろうと。
しかし、問題なのはその後である。
言い方は悪いが、転移魔法やそれを利用した移動装置の『移動先としての丈夫な箱』を宇宙空間に設置することさえできれば、地上から宇宙への『人の移動』も『物の移動』も、自分の世界と比べると「比較的」という言葉を使うのも馬鹿らしいくらい「簡単」に行う事ができるのだ。
だというのに、それをしていないというのはどういう事なのだろうか?
なのはでなくともが疑問に思う事であった。
「ああ、それはできんのよ。」
「え?」
そして、その理由は単純であった。
「ほら、地球でも『違法電波の問題』とかあるやろ?
あんな感じで色々と問題が起こってしもて、『衛星の設置は計画的に』みたいな感じで、色々と面倒くさい手続きをしないとあかん事になったんよ。」
電波の混戦問題はもちろん、違法な目的で設置されてしまう衛星の駆除に少ない予算を使わなければならないというのも地味に痛かったらしい。
「へぇ……」
「衛星見つけて回収するのもそうやけど、その後で何処の誰が設置したのかを調べないとあかんのやけど……」
「そっか。
転移魔法が使える人なら『簡単に設置できてしまう』って事は、犯人を特定するのも難しくなっちゃうんだ?」
「そう言う事。
砂漠の真ん中に足跡などの証拠を残す事無く置かれた指紋1つ無い綺麗な空き缶を発見し、その犯人を地球全体から見つけ出さなければならない。
っていうのよりも、もっと面倒な事なんよ。」
地球よりも進んだ科学で造られる衛星は――空き缶よりも小さい。
そんな物を、地球の砂漠と比較できないくらい広大な宇宙空間から探し出さねばならない上に、その犯人は管理世界はもちろん管理外世界からも探さないといけない。
「……不可能だね。」
「でしょ。」
衛星の量を制限する事で違法な衛星を設置し難くする事になったのは当然の流れだった。
「事件の解決の為に『衛星の数を一時的に増やす』って方法もあるらしいんやけど……」
「へ?」
「でも、今回の事件では使えないんよね。」
「なんで?」
「6年前の事件で、ジェイル・スカリエッティが時空管理局内にスパイを潜り込ませていたのは100%確実やからね。
その事から考えると、他の犯罪組織も同じ様にスパイを潜り込ませている可能性はかなり高いんよ。
そんな状況で、そんな大量に衛星ばらまいても、その中の幾つかがジェイル・スカリエッティや他の犯罪組織に情報を送る――言葉通りのスパイ衛星になってまう可能性は高いやろ?」
ついさっき、宇宙空間の策敵が必要最低限になっている事からスパイがいる可能性が高いと話し合っていた事が思い出される。
「……ああ。 そう言われると、そうかも……」
時空管理局って、思っていたよりも大した事の無い組織なのかもと、なのはは思った。
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以前使っていた物よりも性能が格段に上がったブーメランブレードで、侵入してきた魔力球を破壊する。
「……見つかったか。」
基地内の監視装置を次々と破壊して行く『さーちあんどですとろい』という名前の魔法によって自分の位置を知られてしまった事よりも、見つかってしまったというのに普段以上に落ち着いている自身の精神状態にセッテは驚いていた。
(あの人はもう逃げただろうか?)
瞼を閉じて思い出すのはつい先ほどまで共に居たアリシアの泣きそうな顔。
(「母さんたちと逃げる」と言っていたが……
いや、今はそんな事を考えている場合では無い、か……)
プレシアクローンたちが一緒ならば、ヴォルケンリッター3人と戦闘になったとしても逃げる事ができるだろう。
「む?」
先ほど破壊したのと同じ魔力球が3つ、侵入してきた。
「……自動機動なのか遠隔操作なのか知らないが、かつて八神はやてがやったような物量でもない限り――」
バン! ババン!
「私を倒せるなどと思うなよ!」
ブーメランブレードの1振りで、3つの魔力球を破壊した。
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「むぅ……」
「どうした?」
「3つ程破壊された。」
「ほう?
この短時間でガジェットに魔力弾の破壊をするようにプログラムをしたのか。」
流石は変態科学者のクローンだとシグナムは敵を褒めた。
「いや、破壊したのは脱走した戦闘機人の1人、セッテだ。」
新しい武器を自慢気に飛ばす彼女の姿を念話を応用した魔法で共有する。
「ふむ……」
「私が行く。」
少しは楽しめそうだと思ったシグナムより先に、ヴィータが名乗りを上げた。
「ヴィータ?」
時空管理局に勤めるようになって――いや、八神はやてという主と出会ってからは、自分から単独行動をする事が殆ど無かったヴィータの様子に、シグナムは怪訝な顔をする。
「はやてがやったみたいな物量――飽和攻撃じゃないと自分は倒せないとか、ふざけた事をぬかす奴には…… くくく……」
ああ……
よくわからないが、セッテという戦闘機人はヴィータの中にある何か触れてはならない物を強く刺激してしまったらしい。
「そ、そうか……
ならば、そちらはヴィータに任せる。」
「頼んだ。」
ザフィーラはセッテの居場所までの生き方をヴィータのサブデバイスに送りながら、シグナムと同じ様にヴィータに目を合わせる事無くセッテの事を任せた。
「ああ、任せておけ。
自分を倒すには圧倒的な物量しかないとかほざく自信過剰な大馬鹿に……」
地獄を見せてやる。
シグナムとザフィーラは、敵であるはずの戦闘機人セッテの冥福を祈った。
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2つの月の間で、小さな小さな穴が開いた。
「結界衛星は順調に働いている様だね。」
「ああ、穴が開ききるまでまだ時間がかかるが――」
「穴を通って月の魔力と魔力炉のエネルギーがあれば――」
くくくと笑うスカリエッティクローンたちの様子を、プレシアクローンたちは「黙って無表情にしていればまだましなのに……」と残念そうに見てい――
【!!】
【また、ね?】
【ええ。】
科学的なモノでは無く、それでいて、自分の知るどの魔法とも違う『ナニカ』で、自分たちを監視している『者』がいる。
【やっぱり、スカリエッティは気づいていないみたいね?】
【ええ。 どうやら、わざと『私』に気づかれる様にしているみたいね。】
【何が目的なのか――ありすぎてわからないけど……
このまま此処に居た方が良いみたいだという事はわかるわ。】
しかも、自分たちが此処から出て行こうとする度にこうやって圧力をかけてくる。
「はぁ……」
プレシア達はこの気持ち悪い高笑いから逃げるに逃げられない自分たちの不幸を嘆いた。
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