ゼスト・グランガイツという騎士が居た。
彼は「秘匿命令」によって戦闘機人を追っていて、その為により命を奪われ、ジェイル・スカリエッティによりかりそめの命を与えられた。
かりそめとはいえ、命を与えられたからだろうか?
彼はジェイル・スカリエッティの下で犯罪活動を繰り返した。
しかし、6年前のJS事件の時、突如参戦した時空管理局無限書庫司書長八神はやての圧倒的火力によって戦闘不能となった。
その時、彼は相棒である槍型アームドデバイスを八神はやてに託した。
彼の言葉を信じるならば、そのアームドデバイスには彼の知り得る限りのジェイル・スカリエッティ及びそのスポンサー達の情報が入っていた。
しかし、その情報の有無と真偽は永遠に不明のモノとなった。
無限書庫の司書長である八神はやてには『犯罪者の私物を調べる』権利は無く、また、2つの月の魔力を得る為に宇宙へ出ようとしている「ゆりかご」を止めなければならなかったのだ。
よって、そのアームドデバイスはゼスト・グランガイツと人格型デバイスであるアギトの身柄を預かりに来た捜査官たちの1人に託され――
彼と彼のアームドデバイスは、同じ輸送車に乗せられて――
輸送中に戦闘機人クアットロによって引き起こされた「レリックの暴走」によって――
非常に残念な事に、時空管理局はゼスト・グランガイツが記録していたジェイル・スカリエッティとそのスポンサーたちの情報を手に入れる事ができなかった。
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「ミッドチルダが?」
クラウディアの1室で、リンディとエイミィが子供たちの世話をしていると突然やって来たはやてとなのはが、ミッドチルダに敵の本命がありそうだと言いだした。
「はい。」
「1番怪しいと思います。」
そう言われてみると、確かに怪しいかもしれない。
時の庭園や管理外世界の地下基地、本局の守りを固める為に、本局に攻撃をしてくる施設を破壊する為に、ミッドの周辺に会った時空管理局の艦船は殆ど全部出払っている。
聖王教会の騎士たちも本局のガジェットドローンを駆除したり、管理外世界の地下基地へ突入したりする為に――確かに、ミッドの戦力は激減している。
「確かに、怪しいと言えば怪しい……」
しかし、それはミッドチルダに限った事ではない。
ミッドチルダと比べて戦力的に劣る管理世界なんてかなりあるし、管理外世界もいれたらそれこそ数えきれないほどだ。
本局とミッドの戦力が激減している今、そんな世界を狙われてしまったら、どう考えても守りきる事は出来ないだろう。
「私たちもそれは考えました。」
「言い方は悪いけど――戦力の殆ど無い世界に『目的の何か』があるなら、この大量のガジェットドローンを全部その世界に投入してしまえばええんですよ。」
……確かに、その方が早いだろう。
このガジェットドローンたちは襲撃直後に『本局港内』の通信施設を占拠できるだけの能力があるにも拘らず、本局と管理世界との通信が可能な施設は放置していた。
今までは通信施設の防御を崩すのは戦力的に無理だと判断したからだと考えていたが、これが『わざと放置』したのだとしたら……
「なるほど、確かに……
そう言うふうに考えると、敵の目的の1つは『本局とミッドチルダの無力化』であると考える事ができるわね。」
敵の1番の目的がなんなのか分からないが――
仮に、敵の目的がミッドチルダに在るとして――本局を攻撃するくらいならミッドの重要施設を狙ったり、ガジェットドローンでゲリラ戦を仕掛けたりした方が、効率が良いだろうから『ミッドチルダの陥落』は目的ではないだろう。
今現在、本局を攻撃する事でミッドの戦力は激減している事実は確かに在るが、ミッドには本局と比べるまでもない程の『一般人』が存在しているのだ。
彼らを守るにはミッドの地上戦力は――管理局はもちろん、聖王教会の騎士たち全てを投入したとしても足りないし、本局の戦力を投入してもやはり足りないだろう。
地上戦で求められるのは、人の命を守る事だけではなく、人が生きて行く為の施設も守らなければならないのだから。
だとすると、ミッドチルダの何処かに――本局が攻撃を受けてからすでに18時間が過ぎている事から考えて、『起動するのに時間のかかる何か』が在るという事だろうか?
しかし、そんな面倒なモノをわざわざミッドで起動させる必要なんてあるだろうか?
先にも述べたが、ミッドチルダよりも戦力的に劣る世界なんて数えられないくらいあるのだから、管理局が発見できない場所で起動させてしまえばいいのだ。
それをしないという理由があるとしたら、それは『その場から動かせない物』か、又は『管理局の目を騙して他の世界に移動する事が不可能な物』という事か?
あるいは、管理局の厳重な管理の下にある物……
そのいずれにしても――
「可能性はかなり低いわよ?」
ミッドチルダは時空管理局にとって重要な世界ではあるが、それでも無限にある世界の中の1つでしかない事も事実だ。
単純に考えて、確率は『無限分の1』でしかない。
「だから、まずは私たち2人だけで行ってみようと思うてます。」
「私たちは自由に動けますから。」
それに、アルカンシェルを撃たせる事で次元を乱れさせる事で時空管理局の艦船を身動きできない状態にするのも敵の目的だったとしたら、まだ自由に動けるうちに怪しいと思う処へ言っておきたいのだと、はやてとなのはは続けた。
「次元を乱れさせるのも、目的…… なるほど……」
それを聞いたリンディは、確かにその可能性もあるかもしれないと考えた。
時空管理局にとって――言い方は悪いが、『他の何を犠牲にしても守らなければならない場所』があるとしたら、その候補に挙がるのはこの『時空管理局本局』か、『ミッドチルダの首都』だろう。
そして、アルカンシェルの使用は『次元を乱す』だけではなく、『時間を稼ぐ』事をも同時に行える。
そう考えれば、わざわざ時空管理局の艦にクラッキングをかけてアルカンシェルを撃たせたのも納得できなくはない。
「クラウディアを動かすわけにはいかないけれど、あなたたちが行くだけの価値はあるかもしれないわね。」
もし何も無くても、それはそれでいい。
なのはは時空管理局が保護しているのだから、安全な場所に行く事になる。
はやてがミッドに行くのは少し心配だが、『どちらかというと死んでいる可能性の高い生死不明』のはやてならば、自分やエイミィ、子供たちが行くよりも危険性は低いだろう。
「リンディさんに納得してもらえたし、クロノ君に許可もらってこようか。」
「うん!」
楽しそうに部屋から出て行く2人の背中を見て、やはり高町さんをスカウトしておけば良かったと思うリンディであった。
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扉の前に立つ。
心臓が激しく脈打っているのを感じて、同時に、頭の中にある冷静な部分が、そんな自分の状態を、正確に、は、無理だけれど、分析して、解析して……
「アリシア」
自分のモノで、自分のモノではない、名前を、音にする。
プシュー
ドアが、静かに、開いた。
ギュッ
右手とナイフの柄から、そんな音が出た気がする。
「え?」
しかし、そこに、母たちは居なかった。
ザザザ──ザザ──
部屋の中心で、空間モニターが砂嵐を映している。
「な、何で? ど、何処に?」
覚悟を決めてきたというのに、肝心の人たちが居ない。
血が出そうなほどに、けれど、血が出ない程度に、きつく拳を握り――
それなのに、ほっとしている自分を自覚して、「はは」と小さく笑った。
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「敵がミッドチルダを狙うと仮定して、一番襲われそうなのはロストロギアの仮保管庫やと思うんよ。」
クロノにミッドチルダへの転移許可を貰いに来たなのはとはやては、「ミッドチルダが怪しいというのはわからないでもないが、たった2人で惑星1つを捜索し尽くす事ができると思っているのか?」という質問に、そう答えた。
「保管庫が無くなったもうた今現在、一時的にロストロギアを置いておく場所として選ばれたのはミッドチルダを入れた3つの次元世界や。
それも――というか、当たり前やけど、その取扱いの危険性からその保管場所は地上やなくて衛星軌道上の極秘施設やろ?
敵に戦闘機人を2人脱獄させた実績がある事から考えると――」
起動に時間のかかるロストロギアがあってもおかしくは無い――かもしれない。
それに、本局が襲われてからかなりの時間が経っているにもかかわらず、そういった施設が襲われたという情報が入って来ていない事から、そこが狙われている可能性が低いという事もわかっている。
しかし、それは逆に、敵が誰にも気づかれない様に侵入して、『それ』を起動させようとしている可能性があるという事でもある。
「なるほど。 確かに、仮保管庫が狙われる可能性は――」
クロノはそこで言葉を切り、はやてとなのはを合法的にミッドチルダに行かせる方法や保管庫のある他の次元世界へ連絡するべきかどうか、などをマルチタスクを全開にして考え始めた。
それに気づいた2人はクロノの思考の邪魔をしない様に大人しくじっと待つ事にした。
5分後、クロノは必要最低限の関係各所にはやて生存の事実やロストロギアの仮保管庫が襲われる可能性、その他諸々必要事項を高速で終わらせて、2人にミッドチルダへの転移許可を出したのだった。
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シグナムとヴィータとザフィーラの3人は、シャマルが作り貯めていたカートリッジを使って次元転移を繰り返す事で次元航行艦並みの速さで目的地へ向かっていた。
「この調子でいけば、どの艦よりも早く着けそうだな。」
艦を動かすには色々と手順が必要で、その為に移動時間とは別に時間がかかってしまうが、単独で次元移動できるヴォルケンリッターにはそれが無いのだから当然だ。
「すでに着いている奴らに後方支援してもらいながら、先行調査するんだろ?」
「ああ。」
「ザフィーラが出発の前に高町のデバイスから『サーチアンドデストロイ』の構成をコピーさせてもらっていたから、あまり危険を冒す事無く調査できるはず――なのだろう?」
普通のサーチャーももちろん使うが、ガジェットドローンがどれだけいるかわからない場所に行くのだから『対多数用の攻撃魔法』のレパートリーは幾つあっても良いだろうと考えたザフィーラはなのはに教えてもらっていたのだ。
「今までは『壊さなければならない物』があった場合、サーチャーで発見した後にわざわざ遠隔攻撃魔法を使うか、自分で直接出向いて破壊しなければならなかったが、アレならば発見した瞬間に『サーチアンドデストロイ』をそのままぶつけてやれば良いからな。
俺では高町ほどには数を出せないが、それでも敵基地の内部調査の効率は今までよりもかなり上がるだろう。」
何時もよりも饒舌なザフィーラに、シグナムとヴィータは思わず笑みを浮かべる。
彼が新しい魔法、新しい戦術で戦える事を楽しみにしているのだと、自分たちと同じ騎士であるのだと再認識できた事が嬉しいのだ。
「なんだ?」
「いや、何でも無い。」
「そうそう。 何でも無い。」
「……むぅ?」
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この世界でこんなのって良いんだっけ?
そんな事を考えながら、なのははそれを見ていた。
「コレって、いざという時にロストロギアが誘爆したりしないんですか?」
「ええ。 ここに保管しているロストロギアは――確かに、魔力を溜めこんでいる物もありますが、コレが発動したら全部完全消滅しますよ。」
その際に余計な被害が出る様な事は絶対ないから安心して下さいと、仮保管庫の局員は言葉を続けた。
「なるほど。 それなら、安心ですね。」
はやてと案内の人が笑顔でやり取りしているのを見て、目の前の物も見て、それでもやっぱり納得できないなのはは、接触式の念話を親友に繋げる。
【ねえ、コレって『質量兵器』じゃないの?】
『いざという時の為の装置』に『使われている物』について、はやてに問う。
【……コレは、『安全でクリーンなエネルギーで動く自爆装置』や。
ツッコミたいんは私も同じやけど、ここはそう言う事で納得しといて。】
ああ、はやてちゃんも気持ちは同じだったんだと安心すると同時に、大人の対応ってこういう事を言うのかなと自分の偏った社会人経験とその浅さを思い出す。
(最近まで学生で、卒業した後も親元から離れなかった私と、うんと小さい頃から1人暮らしで、その上10歳から働いている人と比べちゃ駄目なのかもしれないけど……)
そう考えると、隣に居る親友の事が今まで以上に誇らしく思えてくる。
長い説明を聞いた後、仮保管庫への専用ポーターを使用したはやてとなのは。
「あれ? この魔力は……?」
そこでなのはは、今まで感じた事の無い強大な魔力を感じた。
「ん? ああ、これは月の魔力やな。」
6年前のJS事件で浮上したゆりかごが、この2つの月の魔力を――
はやては、そう説明しようとした。
しかし、彼女の絶叫を思い出し、言葉が続かなかった。
「月の魔力って言うと、6年前にフェイトさんが行方不明になった『ゆりかご』とかいう――」
なのはも、6年前に聞いた事を思い出しながら――
マルチタスクで鍛えられた2人の頭が、1つの可能性を閃く。
「もしかして?」
「まさか…… いや、でも……」
6年前に死んだジェイル・スカリエッティができなかった事……
ミッドチルダから動かす事の出来ない何か。
起動に時間がかかるかもしれない何か。
それを考えると、敵の、狙いは……
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「そろそろ、『あなたの狙い』が『可能性の1つ』に上がる頃かしら?」
20を超える空間モニターが浮かぶだけの暗い空間で、僕の顔を見ずに、笑みを浮かべながら彼女は言った。
「どうだろうねぇ?」
僕は、彼女の横顔を見ながら応える。
「『僕たちの狙い』は上がっているとは思うけどね。」
ふふ、彼女の嫌いな笑みを浮かべてしまった。
だから、彼女は僕を見ないのだとわかっているのに……
「あら、私たちはもう行くみたいね。」
「そのようだね。」
「じゃあ、私ももう行くわ。」
「ああ。」
彼女が居なくなった、無駄に広い部屋で、僕は――
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「6年で作れる物だとは思えないんだが?」
敵の狙いが『ミッドチルダの月の魔力』かもしれないという2人の考えが、どれだけ可能性があるかを計算するのにマルチタスクのいくつかを回す。
『6年でガジェットドローンをこれだけ大量に作れるんやで? 管理局に物資の流れを掴まれる事もないまま。』
「それは、そうだが……」
『プレシア・テスタロッサの庭園や、シグナムたちが今向かっている管理外世界の地下基地――もしかしたら、他にもまだまだあるかもしれん。
そんな奴――ううん、これだけの規模やと、ジェイル・スカリエッティのクローンにはかなり大がかりなバックがあると考えられるんよ?』
それだけの組織力が敵にはある。
「……一応、報告はしておく。」
『クロノ君……』
「ん?」
『本局―ミッド間の移動ができなくなったら、全世界の終わりやで。』
「……ああ。」
考える。
6年前の事件で起動した『ゆりかご』は、『とても貴重なロストロギア』だった。
そんな貴重な『この世に1つしかない物』を、あんなに簡単に使えるものだろうか?
確かに、ジェイル・スカリエッティの性格ならば、貴重かどうかなんて考えずにやりたい事をするかもしれない。
しかし、彼を支援していた者たちにとっては?
「オリジナルを失っても、クローンが存在する様に……」
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