時空管理局本局を次元跳躍魔法で攻撃している庭園を一番に確認した艦の艦長は、庭園の防御シールドの解析及び破壊と、後から来る援軍の為のデータ収集を優先する事にした。
「まるで要塞だな……」
彼らは未だ知らないが、かつて『時の庭園』と呼ばれていたそれは、少し見ただけでも20を超える砲台が確認できるほどに武装していた。
庭園を覆う様に展開している防御シールドもかなり優れた物であるようで、庭園内部に突入するには時間がかかると数分前に報告が上がったからである。
「アルカンシェルを撃ち込んで終わりとしたい処だが、中に次元跳躍魔法を使っている者が居る以上、そうそう撃つわけにもいかんしな……」
緊急事態であると艦長が判断した場合でもない限り、基本的にアルカンシェルの使用は上からの許可が必要である。
本局への攻撃は確かに重罪ではあるが、この庭園が行っている次元跳躍攻撃と本局内部で怒っている大量のガジェットドローンの出現という2つの事件の関連性が確認されない限り、ここでアルカンシェルを撃つわけにはいかないだろう。
「……もどかしいな。」
本局が今も攻撃を受けている事を考えると、今すぐにでも目の前の存在にアルカンシェルを撃ちたい。 そうしたら、本局の戦力を全て内部を破壊しているガジェットドローンに当てる事ができるのに!
「本当に、もどかしいな……」
この2つの事件が無関係だなんて、そんな事は絶対にありえないと誰もが思っている。
しかし、今自分たちがやらねばならないのは、次元跳躍魔法の使用者を逮捕する事なのだ。 その事は艦長だけではなく全クルーが理解している。
だから、あの砲台が火を噴いたらアルカンシェルを撃つ理由になるのにな、なんて事を考えている者なんてこの艦には1人も居ないのだ。
アルカンシェルの発射準備も、いざという時の為にしているだけなのだ。
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はやてが隠れ家として使っている場所の付近は元々人が来る事が稀な場所だった為、ガジェットドローンにプログラムされていた優先破壊目標に入っていなかったのは、彼女たちにとって不幸中の幸いだったと言えるだろう。
「でも、このまま此処に居るわけにはいかんやろな。」
「このままだとガジェットたちに包囲されてしまう。 あの物量に囲まれてしまうと魔法が使えないくらいのAMFの中で孤立してしまう事になる。」
「だが、ガジェットどもはクラウディアの在る港も攻撃目標としている様だ。」
クラウディアに逃げ込む機は逸してしまっている。
しかし、他に行く場所は無い。
八神はやてが生きていると公表したなら、「此処に避難して下さい。」とあちこちから声がかかるだろうが、それに従って彼女が避難しようとしたら、この大量のガジェットドローンたちが其処を攻撃目標とするかもしれないからだ。
「……私が囮になる。」
それまで静かに座っていたヴィータがそう言って立ちあがった。
「港を攻撃しているガジェットたちがお前よりも港の破壊を優先するようにプログラムされていたらどうする? 下手に動けば首を絞める事になるだけだぞ?」
しかし、ザフィーラによって止められる。
ヴィータが港から離れたガジェットを破壊しに行ったとしても港を責めているガジェットドローンが居なくなるとは限らず、それどころか施設破壊を命令されていない他のガジェットと1人で戦わねばならない状況になるだけかもしれないと。
そうなってしまった場合、ヴィータという戦力を無駄に消耗する事になり、はやての安全を確保するどころか逆に危険度を上げる事になってしまうと。
「じゃあどうしたらいいって言うんだっ!?」
声を荒げるヴィータに、答えを持っていないザフィーラ。
ただでさえ状況が悪くなっているというのに、このままストレスが溜ってしまうとチームワークまで悪くなってしまうと判断したシグナムが苦し紛れに声を出した。
「クラウディアではなく、どこか他に避難出来る場所があればいいのだが……」
重要施設は攻撃対象になっている可能性が高い。
非戦闘員用のシェルターならば、と1瞬考えたが、それが原因で『八神はやての生存』があちら側に知られたり、或いは既に知られていた場合、大量のガジェットドローンが何も知らない非戦闘員もろとも自爆狙いで襲いかかってくる可能性がある。
本局内の建物は第97管理外世界の建築物よりも様々な面で優れているが、それでも死傷者が出てしまうのを避ける事はできないだろう。
「無限書庫はどうだ?」
名前通りの、あの無限に広がっている様な場所ならばとシグナムは考えたが――
「いや、駄目か。
1度侵入された場所だ。 私たちの知らない侵入方法があるのかもしれない。」
すぐさまその思いつきを否定した。
「それならいっそ、死んだふりを止めて本部内のガジェット全部を相手にしてみる?」
はやてがそう提案する。
この場に居る誰もがその危険性を理解しているが――
「それは私も考えたが……」
奴らの目的が無限書庫の司書長でありベルカ関連で王と呼ばれる存在でありジュエルシードの関係者でもある自分を殺害する事であるならば、自分が表に出れば施設破壊を優先しているガジェットたちもその行為を止めて自分に襲いかかって来るだろう。
そうなれば施設の防衛に当たっていた局員たちも攻勢に出る事ができるようになり、形勢逆転する事も、あるいは可能になるかもしれない。
「それは私好みだけど――はやて、それは最終手段だ。」
「そうだな。 敵が『夜天の王が生きている』と知ったら、本局への攻撃が今よりも激しくなり、ガジェットどもをさらに追加投入してくるという事になるかもしれん。」
そうなってしまったらどれだけの犠牲者が出るのか見当もつかない。
リスクが高い割にはリターンが小さすぎる。
「……そやねぇ。」
このまま実る事の無い会話を続けていても、状況は悪化していくばかりだというのに、どう動けばいいのかがさっぱり考えつか――
「むっ!?」
それに真っ先に気づいたのはザフィーラであった。
「どうし――ん? 誰かが近づいてくるな。」
「AMFのせいで魔力がよくわからないから誰かはわからないけど、この状況で此処に来る奴って言うと――」
こんな、普段誰も来る事の無い辺鄙な場所にやって来るのはここに八神はやてが居る事を知っている者としか考えらない。
そして、この場所を知っているのはごくわずかであり――この危機的状況下で此処に来てくれる人物ですぐに思いつくのははやての親友である高町なのはと、今日一日彼女についている事になっているはずの八神家の一員であるシャマルと、無限書庫の掃除を頼んだ事のあるお人好しな金髪ツインテールの執務管の3人くらいであった。
「なのはちゃんとシャマルはクラウディアの見学に行っているはずやから、消去法で考えるとあの娘かな?」
「だな。 シャマルもにゃのはをクラウディアに預けて駆けつけようとしてくれるだろうけど、ガジェットどもがそこらをうろついている事を考えると、時間的に今此処に来るにはちょっと厳しいし、な。」
「うむ。 あの者なら、ガジェットどもを突っ切って無限書庫司書長の安全確保を優先するべきと考えて行動するだろう。」
戦力が増える。
それによって、1つの道が見えた。
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「敵防御シールドに穴を開けるのに成功しました!」
「よしっ! 突入部隊、作戦開始!!」
『了解!!』
敵の拠点と思われる庭園に穴を開けるのにおよそ数分の時間がかかったが、それは想定していたよりも早い時間であった。
防御シールドの硬度等から考えると、あっけないと言っても良いかもしれないくらいに、それほど簡単に穴を開ける事ができた。
しかし、それについてはすぐに答えを推測する事ができた。 おそらく、防御シールを展開し続けていたら折角の砲台が使えないからではないだろうかと。
「先にも言ったが、庭園内部にはガジェットドローンが大量に存在すると思われる! 出てきた瞬間確実にしとめてAMFが重ならないように!」
ガジェットドローンのAMFは非常に厄介だが、それにさえ気を付けていれば――1度に数十機以上に襲われたりしない限りは、そうそう被害を受ける事は無いのだ。
『はい!』
突入部隊の元気な声が艦内に響く。
「容疑者の確保は突入部隊に任せて、俺たちは敵の砲台を注視しておくぞ!」
「了解!」
『プレシア・テスタロッサ』
今は居ない、あの子の母親。
今さら、この名前が出てくるとは思っていなかった。
だけど、驚きは無かった。 驚きが無かった事に驚いたくらいに。
「……ジェイル・スカリエッティという狂科学者のしてきた事を考えてみたら、あの庭園が渡っていたとしても不思議ではない、か。」
6年前にジェイル・スカリエッティを殺したのは――彼の言葉を信じるのならば、アリシアクローンではなくオリジナルであり、それはつまり、ジェイル・スカリエッティとプレシア・テスタロッサは何らかの繋がりがあったという事なのだから。
「エイミィ、憶えている?」
「なんでしょうか?」
時が経つほどに悪化していく本局内部の状況と、この港内に居るガジェットドローンの情報をできるだけ集めてクロノたちに送信していたエイミィは、艦長代理のその言葉を聞いて自身がアースラに居た頃の記憶をすぐに思い出せる様にマルチタスクを1つ開けた。
「16年前、プレシア・テスタロッサはジュエルシードを回収する為に第97管理外世界に大量の傀儡兵を投入してきたのを。」
「! そういえば!」
プレシア・テスタロッサ所有であるはずの庭園、それが今回の本局襲撃に関係が在るという事がわかった時点で、その可能性に辿り着くべきだった。
「もしも、あの傀儡兵がプレシア・テスタロッサの造った物で、あの庭園に生産工場があったとしたら、庭園内には16年分のバージョンアップが成された傀儡兵と、大量のガジェットドローンでいっぱいかもしれないわ。」
いや、もしかしたら、この本局内にもいくつかの傀儡兵が潜んでいるかもしれない!
「当時の資料を集めて、すぐにメールします!」
「ええ。 お願いね。」
庭園の元の持ち主がわかるまでの14分間、エイミィが過去の資料から傀儡兵の情報を探し出して報告するのに3分間、そしてその情報が――
「突入部隊が全滅だと!?」
情報が現場に届く前に、結果が出てしまった。
「はい。 ガジェットドローンのAMFによって魔法の効果が激減している所に大型の人型傀儡兵が襲ってきたそうです。」
傀儡兵の装甲は硬く、AMFによって威力の弱まった魔法では傷をつけるのも難しい。
傀儡兵の攻撃は鋭く、AMFによって防御も回避も思うどおりにできない者たちは――
「なんということだっ!」
1隻の艦のクルーはそんなに多くない。 それはつまり戦闘ができるクルーも少ないという事であり、突入部隊が全滅してしまった以上、彼らができるのは援軍が来るのを待つ事だけとなってしまった。
敵はガジェットドローンだけだと思い、大切な仲間を永遠に失わせてしまった艦長の嘆きと悲しみは大きく、それに比する様に何もできないという無力感と憤りも大きい。
「ぁ。」
「どうした!?」
「……本局から、『庭園内部に傀儡兵が存在する可能性あり』と。」
「遅いわっ!!」
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「行くぞ。」
「ああ。」
地球ではやてが襲われてから今まで、AMFを展開するガジェットを相手にする時の為にとシャマルが頑張って貯めていた大量のカートリッジを受け取ったシグナムとヴィータが隠れ家から出て行って数分。
「準備はできたか?」
「もう少し待って。」
狼形態のザフィーラの問いに、ガジェットドローンに探知されない様に、慎重に魔力を使いながらはやてそっくりの顔に変身したシャマルが――
「む、胸が苦しい、の、よ!」
はやてが着ていた服を――
「無理をせずに、服も魔法で変化させたらどうだ?」
「ザフィーラ……
顔に幻覚魔法を使っているだけでもリスクがあるのよ? これで服や体形にまで魔法を使ったら絶対に偽物だってばれちゃうわ。」
部屋の隅で「どーせ私の胸は……」と涙を流している『ふり』をしている主を華麗にスルーしながら――
「こ、これで、どうに、か!」
どうにか身に着けようとして頑張っていた。
「……かなり無理がある気がするが、俺にくっついてさえいれば、ガジェットどもの目を誤魔化すくらいはできそうだな。」
「で、でしょう?」
胸のボタンが飛ばないのは、管理局の高い技術力が普段使いの服の糸にも使われているという事なのだろう。
「後15分経ったらシグナムとヴィータを追いかける。」
「ええ。」
ザフィーラとシャマルが出て行ってからさらに10分後、隠れ家には誰も居なくなった。
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『クラウディア艦長クロノ・ハラオウンが港内に居る全局員に告ぐ! 現在次元跳躍魔法で本局を攻撃している庭園内部に傀儡兵が存在している事が確認された!!
狭い通路から広い空間に出る際は注意する様に! ガジェットドローンのAMFで魔法が使い難い時に傀儡兵が現れたら、それは即、死に繋がるぞ!』
港内のガジェットドローンをできる限り減らす事にしたクロノが真っ先に確保したのは通信室だった。
AMFによって念話が使い難くなるとクラウディアや対策本部との連絡が取れなくなったり、孤立して囲まれてしまったりする局員が出てくると予想した事と、他の重要ポイントへ続く道がすでにガジェットどもに占拠されているも同然だったからだ。
『ガジェットドローンのAMFが在る状態で傀儡兵を倒すのはまず無理だ! よって、傀儡兵が現れても慌てずに、周囲のガジェットドローンを破壊するように!
ガジェットドローンがいなければ、傀儡兵の破壊はそれほど難しい事ではない!!』
それだけ告げてクロノはマイクを置き、もともと此処に居た局員とガジェットたちを殲滅中に合流した警備担当の局員たちに指示を出し――
「それでは、僕は非常用電源装置やその他の重要ポイントの確保に向かうのでナビゲートをお願いします。」
「はい! 港内に居るガジェットドローンと戦える局員たちにも連絡を入れます。」
「ああ、頼んだ!」
クロノたちが傀儡兵に警戒するようになってから数分後、シグナムとヴィータは本局内市街地から少し離れた所でガジェットドローンの殲滅作業を始めていた。
「やはり、ガジェットどものプログラムは対人用と対施設用の2種類があるようだな。」
今、彼女たちが居る場所には500を超えるガジェットドローンが居るのだが、彼女たちに攻撃を仕掛けてくるのがその半分にも満たないことから、シグナムはそう推測した。
「ふんっ! ……そうみたいだな。」
周囲に居るガジェットドローンが一致団結して自分たちを攻撃してきたら苦戦しただろうなと考えながら、ヴィータはシグナムの推測に同意した。
「これなら、今居る対人用を片付けて、次の援軍の対人用が来るまで、対施設用のやつを魔力温存しながら片付けるっていう作戦でいいかな?」
「ああ、それでいこ――!」
その時2人に傀儡兵の情報がもたらされた。
「シグナム、こいつらとは別の兵器だってよ?」
「ああ…… だが、今のところはヴィータの作戦で良いのではないか?
傀儡兵が対施設用のプログラムを成されているというのなら優先して破壊しなくてはならないだろうが、そうでないのなら無理をする必要は無いだろう。」
本局内部のガジェットドローンを全て破壊したい気持はあるが、今の自分たちの目的は主である八神はやてがクラウディアに逃げ込むまでの間、できるだけたくさんの敵を港から引き離して時間稼ぎする事である。
クラウディアの泊まっている港と反対側ではなく市街地のそばで行動を始めたのも、市街地の防衛こそが自分たちの目的であると思わせる事にあるのだから。
「……うん。 そうだな。
重要施設の防衛はもともと其処専用の警備員とかがいるわけだし、上から命令が来るまでは、私たちは市街地の防衛をしておこう。」
「その通りだ。」
ガジェットドローンの残骸の中に、自分たちの会話を傍受する機械があるかもしれない、いや、あると考えて、自分たちのこれからの行動を言葉にする。
このまま市街地付近のガジェットを破壊しつつ、ある程度時間が経ったら物資の供給路を確保するという名目で市街地から港へと続く道へ、そして港内へと進み、クラウディアで皆と合流するのだ。
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「まさか、この歳になってこれを着る事になるなんてね。」
白いバリアジャケットを身に纏った姿を鏡で見ると、やっぱり少し恥ずかしい。
「もらったデバイスに入っていた防御系魔法も師匠に教えてもらったのや、私が改良したりしたのに変えたし、あのガジェットとか言うのが相手なら問題ないはず。」
16年という時間は、師匠が教えてくれた魔法を、師匠が教えてくれた知識を色あせさせる事はできなかった。
いいや、魔法の話が誰ともできなかったからこそ、ずっと1人でマルチタスクの練習ついでに師匠から教わった魔法の構成を解析して改良(悪?)したりもした。
「はや――早く、シグナムさんたちと合流しないとね!」
バリアジャケットを身に纏ったなのはのその姿を見たリンディは、クラウディアのすぐ近くで、なおかつ遠距離操作できる魔法弾のみという条件で戦闘の許可を出した。
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