「もしもし、お兄ちゃん?
え? 今? ファミレス。
ううん、店からタクシーで30分くらいのとこ。
え? ああ、はやてちゃんの都合でこっちに。
どうしたの? なんか――へ? デパートが潰れた?
嘘。 だって、全国に幾つも支店がある――え? 違う? 何が?
爆発? 何それ? え?
えっと、よくわからないんだけど? うん。
とにかく家に帰れば良いのね? うん。 わかった。」
パチン
なのはが兄からかかって来た携帯を閉じると、シグナムとシャマルは頷いて席を立つ。
それを見てなのはも慌てて立ちあがる。
「それじゃあ……
暫くゴタゴタすると思うけど、できるだけ早く――お店が無くなったショックを癒す為に温泉巡りをするとかなんとか、適当に言い訳して、そっちに行くね。」
「うん。 なのはちゃんがあっちで不自由しない様に準備しておくわ。」
「シグナムさん、シャマルさん、よろしくお願いしますね。」
「ああ。」
「ええ。」
なのはとシグナムとシャマルが店から出たのを確認――というよりも、ヴィータが巨大パフェを食べ終わるのを待ってから、はやてたちも席を立つ。
「ほな、行こか?」
「うん。」
「うむ。」
────────────────────
改めて言う事でも無いのだが、クアットロは今の生活に飽きていた。
約6年間、寝食に関しては何の問題も無いというよりも、それしかない部屋に入れられて、娯楽と呼べるものは――いや、一応1人でできる娯楽道具も与えられているのだが、彼女の戦闘機人としての能力やハッキング能力等を考慮すると、提供される物はおのずとアナログな物、それも武器になったりしない様な原始的な物になってしまい、それらはデジタルの世界で過ごしてきた彼女にとって娯楽足り得ない――全く無い生活が続いているのだから、ぼやきたくなるのも仕方ない事なのだが。
「はぁ……」
思い出すのはかつての、ドクターが生きていた頃の生活。
頼りになる姉3人に甘えたり、妹たちを自分好みに育てたり……
友人の罪を暴きたいのなら、自分たち犯罪者集団に協力するよりも、その罪の証拠と言って過言ではない自分が生きている事を公表してしまったほうが色々と手っ取り早いだろうに、友人の立場などを考えていつまでもグダグダと悩み続ける中年をからかったり、母親を目覚めさせる為にと言えばいくらでも言う事を聞いてくれた馬鹿な子に色々と細工をしたり……
あの頃は本当に楽しかった。
しかし、あの頃と比べて今のこの状況はどうだ?
11人いる姉妹のうち、1番目のウーノは洗脳済みだったはずのアリシアによって殺害され、3番目のトーレは聖王教会の連中に捕縛された後に自殺したと聞いた。 なんでも、自分の目の前で2人を殺されてしまった事がショックだったらしい。
2番目のドゥーエは何処に居るのか分からないが、当時自分たちと別行動をしていたので捕まったり殺されたりはしていないだろう。
5番目から12番目の妹たちは、7番目のセッテを除いて全員新しい人生を歩んでいるというし……
あの時は、あらゆる世界を自分好みにできるのだと心躍らせていたというのに……
「あの時人形どもを爆破しなければ、受信オンリーのテレビくらいは見られる生活ができていたのかしら?」
つい、そんな事を呟いてしまうくらい、彼女は今の生活に飽きていた――いや、情報に飢えていた、と言えるかもしれない。
「はぁ……」
あの、なんとも心躍る計画は、余りに予想外の戦力――戦闘とは全く無関係だと思われていた無限書庫の司書長が現れた途端、つまらない結末を迎えてしまった。
もしかしたらとか、していればとか、今さらそんな事を考えても仕方ないと言う事はわかっているのだが、ありすぎる暇を潰すにはこれくらいしかする事が無いというのも情けない話だと思う。
「行方不明のドゥーエ姉さまが迎えに来てくれたりしないかしら……」
6年と言う時間は長い。
仮に、今最新の情報機器を渡されてもこのブランクを埋めるには時間がかかる。
だから、よほどの事が無い限り、即戦力になりえない自分を救いに来てくれる事は無いと、理解している。 理解できている。
それでも、そんな夢を見てしまう自分が、酷く惨めで、泣けてくる。
3日後、そんな彼女の下に……
────────────────────
「もしもし、お兄ちゃん?
今タクシーに乗って――うん、すごい渋滞で……
うん。 夜なのに、此処からでもわかるくらいすごい煙が見える。
お兄ちゃんが言ってた、デパートが潰れたって、こういう事だったんだね。
それでね? この渋滞でタクシーだとすごくお金かかっちゃうから、できれば迎えに――お願いできる? え? うん。 デパートの近くに居るけど?
え? すずかちゃんが近くにいるの? なんで――って、私を心配してか。 うん。
わかった。 連絡して――あ、もう話が付いているの? うん。
渋滞に巻き込まれている? わかった、合流して車に乗せてもらうね。 うん。
お父さんたちは? 家で連絡待ってる? わかった。 すずかちゃんと合流したら連絡入れるから、その間に、お兄ちゃんの方から――うん。 お願いね。」
渋滞でまったく進まないタクシーを降りて、近くに様子を見に来ているというなのはの友人と合流する事になった。
パチン
「運転手さん、私たち此処で降ります。」
「はい。」
携帯を閉じると同時にタクシーの運転手に声をかけるなのはを見て、シャマルが財布を取り出した。
「シャマルさん?」
「はやてちゃんの都合であんな遠いファミレスに行かせちゃったんだから、これくらいはさせて。」
「でも……」
「大丈夫よ。 【この場合だと、必要経費として後で請求できるから。】 気にしないで。」
「…… 【そう言う事なら。】 はい。」
「そういえば、月村さんの車に、私たちもご一緒できるのかしら?」
「……すずかちゃんの車は大きいから、大丈夫だと思います。」
ちなみに、車道側――なのはの右側にシグナムが、反対側にシャマルが付いて周囲を警戒しながら歩いている。
「大丈夫なのか?」
「ええ、3人くらいなら余裕で――」
「いや、そう言うことではない。」
「?」
「……さっきは、急いでいた事もあってあまり気にする暇も無かったが、こうやって地上から改めて現場を見ると――」
シグナムは倒壊して炎上している元デパートと、大きな音を立てながら駆けつけてくる消防車や救急車、パトカーなどを指差す。
「相手は、無関係の人間を巻き込む事を躊躇わないようだから、な……」
「ぁ……」
シグナムは、最悪の場合その友人を巻き込む事になるかもしれないと言う。
「そっか……」
なのはは言われてやっと気づいた。 が
「……でも、その時はその時で、どうとでもできませんか?」
「む。」
「というか、その時は1つくらい確保しちゃって、情報を取り出しちゃいましょう。」
ガジェットとかいう機械が自爆を仕掛けてきた時はかなり焦ったけれど、なのはの結界で十分防げる程度の威力でしかなったのだ。
あれ以上の破壊力のある攻撃手段があれば、そもそも自爆なんてしないはず。 つまり、少なくとも今の段階で、この世界に敵の予備戦力があったと仮定した場合でも、自分が防御に徹していれば――またはシャマルさんが車を守って、シグナムさんが攻勢に出れば万が一の事態に陥る事も無いだろうとなのはは考えた。
「……それもそうだな。」
「そうね。 それも良いかもしれないわ。」
シグナムとシャマルも、なのはの実力ははやてと同等だっと言う事を思い出し――いっそもう一度襲撃された方が良いかもしれないとすら思いだす。
【それに、ガジェットとかいう機械は全部爆発しちゃったから私が魔法を使えると言う事はまだ相手に気づかれていないはずですから、狙われる可能性はとても低いでしょうし、だとすると、『無力な一般人』のふりをしていたほうが逆に安全かもしれませんよ?】
【確かに、な。】
【なら、私たちは『無力な一般人を守る演技をした方がいいわね。】
「あ、あれだ。」
「……確かに、大きいわね。」
「ああ、長いな……」
10分ほど歩いた所で、もしもパトカーや救急車、消防車のサイレンなどが煩く鳴り響いていなければ、この渋滞の原因はこの車で間違いないと言いたくなるような車が1台、他の車から迷惑そうに走っている――渋滞なので人があるくよりも遅い速度なのだが――のを発見する事ができた。
「いつもはTPOを考えて車を変えるのに……」
「そ、そうなの?」
「ええ。」
「そ、それだけ高町の事が心配だったという事だろう。」
親友の安否を気にするあまり、車を選んでいる精神的な余裕が無かった、と思いたい。
「ああ、そっか。 そうかもしれませんね。」
ピ ピ プ ピ
シグナムとシャマルの言葉に頷きながら、なのはが携帯を操作すると、すぐに車の後部座席の窓が開いてそこから月村すずかの嬉しそうな顔が出てきた。
目の前の車の性能を知っているなのはは、車の外から声をかけたくらいでは気づいてもらえない事も知っているので、月村すずかの携帯に連絡を入れたのだ。
「なのはちゃん! よかった!」
「すずかちゃん、ひさしぶり!」
────────────────────
「そうか、今のところ襲撃の可能性は低そうなのだな?」
ザフィーラが世界間通信専用ストレージデバイスでシャマルたちとやり取りしているのを横で聞きながら、ヴィータとはやては今後の事について簡単に話し合う。
「ヴィータ、なのはちゃんにこっちに来てもらう時なんやけど、私が迎えに行ったほうがスムーズに話が進むと思うから、その時は――」
「ああ、そう言う事か。 わかった。 それなら私が手続きするよ。
シグナムたちのスケジュール調整とかもあるからな、ついでにやっておくさ。」
「うん。 お願いするわ。
無限書庫で資料探しするのは得意になったけど、そういう手続きはどうもまだ、良くわからなかったりする部分があるから、助かる。 ……ありがとな。」
「そ、そんな大した事じゃないからな。」
何年経っても照れているヴィータのしぐさはかわいいなぁ、なんて事を確信犯が再認識していると――
「では、だいたい1週間ほどで高町を保護できる様にしておく。」
ザフィーラたちの話は終わったらしい。
「ザフィーラ、1週間後で決まりなんか?」
「不確定要素――高町は事件の起こるギリギリの時刻まで現場に居た事になっているから、警察に事情聴取にされたり、その事実確認などをされたりする事があるかもしれないと考えると、最低でもそれくらいの時間は家にいないと怪しまれる。
高町を保護するのはそれよりもっと後になるが、こういった手続きは早め早めにしておいたほうが後々問題も出ないだろうと……」
ただのガス爆発などとは被害規模が大きく、また、実際に爆発が起こったのは翠屋の出店していた場所の付近である。 防犯カメラなどの記録を抹消した時に、それに関しても魔法で隠蔽工作はしておいたのだが、あの世界はそれなりに科学が進んでいるので、鑑識が違和感に気づく可能性――万が一よりも低いだろうが――はある。 その場合、警察からの事情聴取は他の店よりも厳しくなるかもしれない。
また、それに気づかれなかったとしても、あれだけの『事件』があってすぐ、その関係者が行方をくらますというのも怪しいことこの上ない為、周囲に怪しまれない様に高町なのはを保護するというミッションは意外と難易度が高いのだ。
「なるほど……」
しかし、もしも高町なのはの周辺で――というよりも、『高町なのはが謎の機械に襲撃される』という事件が起こってしまい、また、誰かに目撃されてしまった場合、デパートが爆発した事件との関連性を考えない者はいないだろうから――
「私も1週間以内にやれる事はやっておいたええってことやね?」
できるだけ早く保護しないといけない事に変わりは無く、難易度はさらに……
「そういう事になる。」
「あ、でも、私はあまり――というか、いざという時以外は魔力を使わない方が、『死んでいる』と思わせ続けられる、か?」
地球でなのはが生きている事がニュースなどで流れず、かつ、高町の家などが監視されていなければ――敵が八神はやてと高町なのはを殺したと確信して、さっさと撤収していてくれていれば……
「……あまり期待はできないが、やってみる価値はあるかもしれないな。」
「それじゃあ悪いけど、これから地球との連絡はザフィーラに任せる。
で、必要な手続きとかはヴィータに任せる。
私は無限書庫の件をこっそり調べながら、なのはちゃんを迎える準備をする。
それで、全部片が付いたらお礼するから、期待しといて。」
「……わかった。」
「ふふ、ギガ美味いけど、ギガ高いアイス奢ってもらうから、覚悟しとけよ!」
────────────────────
「あ、お母――お父さん?
うん。 私は大丈夫だよ。 はやてちゃんが突然来て――あ、知ってるんだっけ。
うん。 すずかちゃんと合流できたよ。 うん。 うん。
あー、それはちょっと無理かも。 え? だってすごい渋滞だもん。 うん。 テレビでやってない? ヘリコプターが結構飛んでいるんだけど。
あ、やってる? え? この車映ってるの? 本当?
じゃあ――うん。 帰るのはかなり遅くなるから、先に寝ていても――え? 大丈夫だってば。 うん。
あ、そうだ。 シグナムさんとシャマルさんも一緒なんだけど、大丈夫だよね?
え? ほら、はやてちゃんの家族の――そう、一回道場で、うん。 その人がシグナムさん。 結構前だけど、憶えて――うん。 そうなの。
え? ちょっと――あ、お母さん。 うん。 すずかちゃんと一緒。
うん。 お客さんが2人。 うん。 そう。 今日はお兄ちゃんの部屋だった所を使ってもらおうかなって思って――うん。 お願い。 ありがとう。
え? あ、お姉ちゃん。 うん。 うん。 そう言う事だから。 うん。
じゃ、切るね。 うん。 うん。 じゃあね。」
パチン
「ふぅ……」
家族への連絡が終わって一息つく。
「はい。」
そんななのはにすずかが温かいお茶を差し出す。
「あ、ありがとう。」
「みんな、心配していたでしょ?」
「うん。 ……すずかちゃんと合流できて良かったよ。
お父さんがすごく心配して、お姉ちゃんが実力行使しなくちゃいけないくらい大変だったって……」
タクシーに乗っている時に連絡していたら、運転手に今のやり取りを聞かれて少し恥ずかしい思いをしていたかもしれない。
「うふふ。 愛されてるね、なのはちゃん。」
「ただ過保護なだけだと思うんだけど……」
いや、すずかという身内と合流できたからこそこの程度で済んだのだろうと言う事を考えると、タクシー内で連絡をしなかったのは正解だったと言えるかもしれない。
「あ、なのはちゃんと合流するまえに、私の方からアリサちゃんにメールしておいたんだけど、今の内に連絡しておいた方がいいんじゃないかな?」
時間が経てば経つほど、アリサの機嫌が悪くなっていく事は想像に難くない。
「そうなの? じゃあ今の内に……」
────────────────────
『聖王教会――というよりも、シスターの教育は厳しいけど、そんなに悪くはないよ。』
「ひゅー ひゅー」
彼女は毎日同じビデオレターを見る。
『できれば、一緒に暮らしたい。』
「ひゅー ひゅー」
いや、見せられている。
『また、家族として、姉妹一緒に居られるようになれば良いと私たちは思っている。』
「ひゅー ひゅー」
自分と同じ、造られた存在たちが、今の境遇についての感想を述べているだけの、こんな物を、何故見せ続けられなければならないのか、理解できないまま。
『聞いている話からすると、聖王教会の方は規則が厳しいらしいけど、こっちはそんなにきつくないから、私としてはこっちに来た方が良いんじゃないかと思う。』
「ひゅー ひゅー」
そんな報告にどんな意味が在ると言うのか。
『私も、聖王教会よりはこっちの方が暮らしやすいと思う。 ……私たちならそんなに危険な事も無いし、だけどお給料は多いしね?』
「ひゅー ひゅー」
どうでもいい。
『あなたがどちらを選ぶのかわからないけど……
みんな、あなたと一緒に笑って暮らせる日を待っているからね?』
「ひゅー ひゅー」
くだらない。
ザ ザザザ
『――ひさしぶりだね。』
「ひゅー ひゅー」
また、同じビデオレターが再生される。
本当に、もう、何度見たのか覚えていられないほどに、この映像を見せられ続けている。
「ひゅー ひゅー」
拘束具のせいで呼吸する時に洩れる音が、不快感を増させる。
あの――トーレが自決したと聞いた時に、自分もそれに続こうとしたのを阻止されて、拘束具が解かれる度に自決を阻止されるというのを5回ほど繰り返していたら……
「ひゅー ひゅー」
いや、もう、何もかもがどうでもいい。
戦闘機人セッテと言う存在が、その存在価値を発揮する事はもう無いのだから。
そう思っていた彼女に……
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