崩壊、炎上しているデパートからタクシーで30分ほど離れた場所にあるファミリーレストランに、なのはとはやて、2人の姿が在った。
【これで、私たちのアリバイは大丈夫なの?】
【そやね。 結構派手に燃えてたから、監視カメラの映像とか残って無いと思うけど――念の為にみんなが証拠隠滅に動いてくれてるから、あの大惨事に私たちが関係しているって証拠は何にも無くなるはずや。】
シグナムたちが証拠隠滅している間にデパートから離れたファミリーレストランの防犯カメラに映る事でアリバイを作る事にしたのだ。
「はぁ……」
翠屋を継ぐか、支店を作るか、それとも全く別の名前の店を持って独立するか、今回のデパ地下出店は自分の将来をある程度決めてしまう様な重大なものであったのに、こんな結末になってしまうとは思ってもいなかったなのはは、大きくため息をついた。
「ふぅ……」
はやても大きく息を吐いた。
彼女も年末以外の帰郷は久しぶりだったのにこんな事になってしまった事が残念で仕方ないという事もあるが、何よりもなのはを――結果的には助けられてしまったが――守る事ができて安心したからだ。
「予言?」
アリバイ作り兼証拠隠滅を終えた守護騎士たちが疲れた顔で主とその親友のいるファミリーレストランに合流し、一息ついたところではやては自分がこの世界に来た理由を説明する事にしたのだが、その胡散臭い単語になのはが眉をひそめた。
「はっきり言って、魔法の存在を知らなかったら『そんなん信じるか、アホ。』って済ませる処なんやけどね? 困った事にこのレアスキルの的中率はかなり高いらしいんや。」
もっとも、時空管理局のお偉いさんの中でもこの予言を頭から信じるのはベルカの関係者くらいなんやけどと言葉を続けた。
「それで、どんな予言だったの?
こっちに来たって事は――もしかして、さっきの自爆機械たちに私たちが襲われるって予言だ――違うか。」
もしもそう言う予言だったのなら、先ほどのジュエルシードがこの世界から消えたという話ではなくて、最初から『保護しに来た』と言うはずだ。
「それが――私もリンディさんから少し聞いただけで詳しくは知らないんやけど、なんでも、『ジュエルシードの関係者が時空管理局を絶体絶命の危機から救うだろう』って感じの物だったらしいんやわ。」
「……なにそれ?」
「……私も、大怪我したリンディさんから直接聞いてなかったら、今のなのはちゃんと同じ反応していたと思うんやけどね。」
「え? リンディさん、大怪我したの?」
初耳だった。
「ほら、ジュエルシードはリンディさんとクロノ君が極秘裏に回収したって事にしてって、頼んだやろ?」
「……それじゃあ?」
「たぶん、リンディさんからジュエルシードの関係者を聞き出そうとしたんやろな。
リンディさん、病院で目が覚めてすぐにエイミィさんと子供たちを本局の安全な場所に避難する様にって連絡入れたとも言うてたし……」
なのはが予想外の事態に驚いているのを確認して、はやては言葉を続ける。
「それで、なのはちゃんにも連絡入れようと思って、私に連絡が来たんよ。
ほら、今言った予言って、逆に言えば『ジュエルシードの関係者さえどうにかしてしまえば時空管理局は絶体絶命の危機から逃れる事はできない』っていう事やし?」
確かに、予言を信じるならば、そう言う事になるかもしれない。
「あ、リンディさんはなのはちゃんの事は何も言ってへんよ?
今言ったのも盗み聞きしたくらいじゃわからないくらいに遠まわしな言葉だったし?
でも魔法で頭の中の情報を直接見られてたりする可能性があるから、私に頼んだんだと思う。」
「なるほど……」
師匠が信頼できると言っていたリンディさんとクロノさんの親子の事は少しも疑っては――と言うか、そんな考えすら思い浮かばなかったのだけど……
「はやて、その事なんだけど……」
ヴィータさん?
「なんや?」
「その、すごく言い難いんだけど、さ?」
「?」
「今回の襲撃、にゃのはじゃなくてはやてを狙ったのかもしれない。」
「は?」
────────────────────
わたしには2つの記憶がある。
1つはかあさん――プレシア・テスタロッサの娘であるアリシア・テスタロッサの記憶。
1つは、アリシア・テスタロッサのクローンであるフェイト・テスタロッサの記憶。
アリシアの記憶では、かあさんはとても優しい素敵な人だった。
わたしの人格はこのアリシアの記憶を元に作られているのだと思う。
けれど、フェイトの記憶では……
「……わたしは、いったい、なんなんだろう?」
かあさん――の、オリジナルはわたしの事をとても大事にしてくれた。
わたしの為に無理をして、寝込む事すらあるくらいに、とても大事にしてくれた。
でも、わたしは知っている。
こんなに優しい人が、……フェイトの事を、人形、と呼んで、物として見ていた事を。
そう、かあさんはフェイトには鞭を打ち、私のオリジナルをあのジェイル・スカリエッティのオリジナルに研究材料として提供したんだ。
「フェイト……」
6年前、ジェイル・スカリエッティのオリジナルが聖王のクローンを使って起動させたゆりかごの中で生死不明になった、私と同じアリシアのクローン……
「あなたは、母さんがした事を知っていたのかな?」
アリシアのオリジナルはジェイル・スカリエッティのオリジナルの胸を貫いて、狂ったように笑ったと言う。
「アリシア、も、母さんのやっていた事を知っていたのかな?」
だから、ジェイル・スカリエッティのオリジナルを……
「わたしは、なんなんだろう?」
母さんのオリジナルが居ない今、わたしは何のために……
コンコン
ノックの音に気づいて、私はデバイスに現在の時間を表示させる。
「……もう、こんな時間なのね。」
研究に夢中になっていると時間を忘れて作業をしてしまうので、アリシアが決まった時間に食事を持ってきてくれて助かっている。
……ときどき、面倒くさいと思うのも確かなのだが。
「母さん。」
「開いているわ。」
シュッという音と共にドアが開き、アリシアが私たちの食事を乗せたカートを運んで入ってきた。 ……今日はサンドイッチのようだ。
「きょ、今日のは自信作な――」
「すぐに食べ終わるから、少し待っていなさい。」
「ぁ……」
爆発物があったりするわけではないのだが、いざという時に防御魔法すらまともに使用できない者を長くこの部屋に置いておくわけにはいかない。
……いや、本当はわかっているのだ。
アリシアが私たちと普通の家族になろうとしている事は、わかっているのだ。
だが、どうしてもこの娘の母であると言う自覚が持てない。
何故なのかは分からない。
オリジナルが彼女を大事にしていた事は知っているし、その記憶も確かに持っているのに、どうしても自分が母親であると言う自覚が持てない。
おそらく、記憶を写す時に何らかのミスかあった、あるいは、研究者としてのプレシア・テスタロッサは必要だが、娘を求めるあまりに狂った母親の部分は不要だと……
(その場合、私は本当にプレシア・テスタロッサなのだろうか……?)
ジェイル・スカリエッティのクローンたちも、オリジナルの記憶を持っているはずなのに性格がかなり違う物になっている様だ。
オリジナルのスカリエッティはあれだけの事件を起こしておきながらも、積極的に人死にを出そうとはしていなかったというのに、あのクローンたちは無限書庫に勤める者や古代ベルカの時代に王と呼ばれた者たちの関係者を何人も……
(このアリシアも、私の知っているアリシアと性格がかなり違うようだし……)
これは、双子の兄弟や姉妹の片方の記憶を完全に消して、もう片方の記憶を写した所で同一人物にはなれないと言う事なのだろうか。
「ほら、持って行きなさい。」
汚れた食器をカートに置いて、アリシアに渡す。
「……はい。」
ときどき――いや、かなりの頻度で、俯いて涙をこらえる彼女を鞭で打ちたくなる。
「私たちは、プレシア・テスタロッサのマガイモノでしかないと言う事なのかしらね?」
「……かもしれないわね。」
「脳の仕組みはまだ完全に解明されていないのだから、記憶を転写する技術が不完全な物になるのは仕方ないわ。」
「もっとも、私たちの場合は人為的にそうなった可能性の方が高そうだけどね。」
「そうね。」
「今回の件が終わったら、研究してみるのも良いかもしれないわ。」
背中を見ても泣きそうだとわかるアリシアが出て行った部屋に残された少女たち――思考の共有も可能な6人のプレシア・テスタロッサたちは、会話をしながらマルチタスクでスカリエッティから請け負った仕事をしているのだった。
────────────────────
「無限書庫の司書たちが襲われた!?」
「はい。」
初めて聞いた情報に、はやては驚愕した。
「襲われた司書は――全員死亡確認されました。」
「なっ!?」
「今現在、無限書庫は閉鎖され、難を逃れた司書たちとその家族は本局で保護される事になって……」
戦場に行く事はあまりないシャマルまでもがこの世界にはやてを迎えに来たのは、それだけ事態が切迫しているからだと言う。
「な、なんてこと……」
なのはを保護しに来たと言うのに、結果として巻きこんでしまった事になってしまったという事なのかと、落ち込むはやてに――
「主はやて、非常に言い難いのだが、狙われる理由はまだ他にもあるかもしれない。」
「え?」
ザフィーラが追い打ちをかける。
「聖王教会の知り合いから聞いた――公式ではない未確認の情報なのだが、どうやら古代ベルカに――特に、『王』と呼ばれていた存在と縁のある者も狙われているらしい。」
はやてを迎えに第97管理外世界に来る直前にその知り合いからメールがきており、それによると、非公式の存在ではあるが、真正古流ベルカの格闘武術とされる『覇王流(カイザーアーツ)』の後継者である少女が病院に搬送されたというのだ。
「この少女の命は助からないだろうとも知らせてくれている。」
数年前に戦場での通信用に購入したストレージデバイスをはやてに見せながらそう言ったザフィーラの目は真剣な物だった。
「何て事っ!」
その話を聞いたシャマルは思わず両手を口に当て
「まさか、そんな事が起こっていたとはっ!」
シグナムも握りこぶしで机を叩き
「くそっ!」
ヴィータは汚い言葉を吐いた。
しかし……
「???」
「???」
なのはとはやてには良くわからない。
「……その女の子が襲われたのと、はやてちゃんが狙われるのとどう関係があるの?」
なのはは横に座っている親友の顔を見て、彼女も自分と同じ様に良くわかっていないのだと気づいたが、ここではやてが疑問を口するとシグナムたちが溜息をつく様な事態になりそうだと――はやての立場を考えて自分が質問する事にした。
「む…… そうか、高町はわからないか。」
シグナムは思わず机を叩いてしまうくらい怒っていたが、言葉通りの意味で自分たちとは住んでいる世界が違うなのはが居た事を思い出して冷静になろうとした。
「闇の――いや、『夜天の書』の所有者は、我ら守護騎士から『夜天の王』と呼ばれる存在なのだ。」
「夜天の王?」
「そうだ。」
それを聞いて、「あ、そう言えばそんな風に呼ばれた事もあったかもしれへんな」と、はやては思いだした。
「それじゃあ、はやてちゃんは狙われる理由が3つもあるんだ……」
「3つ?」
「えっと……」
「……あ!」
「そう言う事になる。」
1つは無限書庫の関係者として
1つは古代ベルカのロストロギア『夜天の書』の主、『夜天の王』として
1つはジュエルシードの関係者として
そう言えばジュエルシードについてははやても関係者であったと思いだす。
「……なんや、私、もてもてやな?」
「はやてちゃん……」
「はやてぇ……」
重い空気を何とかしたいと思ったのか、そう言う事でも言わないとやっていけない精神状態なのか、あるいは元からそう言う性格だからか、命を狙われているという事実をそう言うふうに表現したはやてに5人は呆れた。
「……今思えば、主が狙われるかもしれないと伝えてきたのは、聖王教会の方でも『夜天の王』を保護するつもりがあるという事なのかもしれないな。」
少しの沈黙の後、ザフィーラが聖王教会の知り合いがわざわざ非公式の情報を与えてきた理由についてそう言った。
「……そうかもしれへんね。」
はやてもその考えには同意する。
リンディから聞いたジュエルシードの関係者が襲われるという話も、元は聖王教会の方で予言されていたというのだから、もしかしたら無限書庫の司書たちが襲われたり古代ベルカの「王」の関係者が襲われたりした事すらも予言されていた可能性が高いと考える事ができる――いや、考えた方が良いのかもしれない。
「幸か不幸か、私たちを襲ってきたガジェットは全部デパートの下敷きになったはずだから――もしかしたら、私は死んだ事になっているかもしれんし?」
死んだ事にしておけば自分の安全は確保できる。
また、もしまた襲われた場合でも、実は生きているという事を知っている者を限定していたら――情報をリークした者を特定する事も不可能ではないだろう。
「それじゃあ、私たちははやてちゃんは死んでしまったと報告――あ!」
「ん?」
「どうした?」
立ちあがろうとして何かに気づいたシャマルの視線を辿ると……
「あ。」
「……難しい問題だな?」
そこにはなのはが居た。
「? ……あ! そっか。
はやてちゃんを死んだ事にするなら、私も死んだ事にしないとまずいんだ?」
5人の視線に晒されて、今までの話に自分がどう関係するのか、何が『難しい問題』なのか、すぐに気づいた。
「でも、だとすると、この店のカメラに映っちゃってるのも――ああ、それは魔法でどうにでもなるんだっけ?」
「ええ。」
さて、どうするべきだろうか?
この世界で死んだ事になっても何の問題も無い八神一家とは違い、高町なのはには家族がいるし友人もいる。
そのうえ、デパートが崩壊・炎上している事はそろそろ彼らにも伝わるだろうから、そろそろ安否を確認する為に携帯が鳴るのも時間の問題だろう。
つまり、死んだ事にするか生きている事にするか、迷っている時間はあまりない。
「にゃのはの死体が見つからないとなると、はやてを死んだ事にしてもすぐに気づかれてしまうんじゃないのか?」
「そうねぇ……」
「だからと言って、高町が生きているのにはやてが死んだというのも不自然だぞ?」
「……魔法を知っている者ならば、主が自分の命よりも高町の命を優先したと考えるかもしれないが、魔法を知らないこの世界の者の視点で考えれば、あれに巻き込まれて生きている――それも無傷で、というのは正直言って信じられない事だろうし、な。」
だからと言ってなのはだけがこの店に来たという事にすると、はやてがデパートに行って死んだというのがおかしいという事になる。
「……なのはちゃんを死んだ事にするのは無しやな。」
「はやてちゃん!?」
「シャマル、これは決定事項や。」
「でも……」
「確かに、ジュエルシードの件があるから、なのはちゃんにはできるだけ早く管理局に来てもらう必要がある。 だから、『今は』あれで死んだ事にしたほうが色々と楽や。 ……なのはちゃんには悪いけど。
でも、なのはちゃんはこの世界に家族がおるんや。 今回の一件が解決した後でこの世界に戻って来て、『高町なのは、実は生きてました。』って事にするとどんな事になるかわからん。」
事実、デパートで働いていた警備員たちに死傷者が出ているのだから、その遺族たちがなのはの事をどう思うか……
「それじゃ、私はヴィータとザフィーラと一緒に先に管理局に戻るから、シグナムとシャマルはなのはちゃんの護衛を頼むで?」
「そうだな。 この世界に残るのは私たちの方がいい。」
「……わかったわ。」
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