時空管理局には保管庫と呼ばれている――正確にはもっと長い正式名称があるのだが――場所が在った。
そこに保管されているのはロストロギアの中でも特に危険性の高い、例えば世界を消滅させる事が可能な物であり、それゆえに保管庫の正確な位置を知る者は時空管理局でもごくわずかである。
いや、ごくわずかであるはずだった。
「うん?」
某デパートの地下で春のお菓子フェアというイベントに参加する事になり、2週間限定で出店する事になった小さな店、その責任者としての初日を無事に終える事ができ、アルバイトの人たちが帰って一息ついていたら「お店に行ったら此処に居るって聞いて」と、突然訪ねてきて話があるんやけどと言った親友に売れ残ったケーキと紅茶を出しながら、「そんな自分と関係の無い話をされてもなあ?」とか「何で、映画とかの前振りとか予告みたいな喋り方なんだろう?」と思いながらも彼女は話の続きを促した。
「まあ要するに、ほんの少し前は知っている人は殆ど居なかったんやけど、今じゃ知らない人は居ない――ううん、もう誰も知らないって言うべきなんか?」
「どういう事?」
彼女の親友――八神はやては、彼女が自分の話についてこれていない事を感じながらもそのまま話を続けさせてくれる気があるのだと安堵した。 が、このまま1か10まで全部説明するよりも――
「つまり――」
はやては彼女が出してくれた一口サイズの苺のケーキが乗っている皿を手に取って――
「こういう事や。」
フォークでケーキを刺してそのままパクリと口に含んだ。
「?」
わけがわからないという顔の彼女の前に、ケーキの乗っていた皿を見せる。
「ふはひ…… んぐ…… ん。
つまり、この皿の上にケーキが在ったけど、今そのケーキがどこにあるか――まあ、私のお腹の中にあるわけやけど、そこは置いといて――ケーキがどこにあるのかは誰も知らないけど、ケーキが何処に在ったのか――」
「ちょ、ちょっと待って?」
「ん。」
はやてはケーキと一緒に出された紅茶を口につける事でそれに応える。
一口サイズではあったが慌てて飲み込もうとしたため少し苦しかったと言うのもあるが。
「えっと、つまり……」
はやての親友――高町なのはは十数年前に師匠から教えてもらったマルチタスクも使って考え始める。
皿の上のケーキが何処に行ったのかは誰も知らない。
けれど、ケーキがどの皿の上に乗っていたのかは殆どの人が知っている。
保管庫が何処にある――いや、何処に在ったのか知らない人はほとんど居なくなったと言う事は、時空管理局の職員じゃない人たちにもその場所がばれてしまった、あるいは公表するしかない状況になったと言う事だろうか?
その様な事から考えて――
「保管庫、消えちゃったの?
それも、管理局の人たちだけじゃなくて、一般の人たちにもわかる様な――例えば、大規模な次元震が起こって、それによって生じた虚数空間に呑みこまれたとか、して?」
なのはは1つの結論を出す。
「正解! さすがなのはちゃんやね。
たったあれだけの話でその答えが出せるんやからすごいわ。」
はやてはなのはに賞賛の拍手を送った。
「まあ、より正確に言うと、虚数空間を発生させる為に次元震が起きたんやけど。」
「え? ……それって、もしかして?」
「そや。 そんだけ危険なロストロギア、盗まれたりしたら大変や。
やから、いざという時の為にセキュリティの最終段階として虚数空間を発生させてその中に保管庫ごと突っ込む様になっていたらしいんよ。」
「じゃあ、保管庫に泥棒が入ったんだ?」
「保管庫はもう無いから、本当の処はわからんのやけど、その可能性が濃厚らしい。」
ケーキとワインを全て平らげたはやてを見て、なのははいつもは年末年始か何かの行事くらいにしか来ない彼女がこんな夜中に自分の家を訪れた理由の1つがわかった。
「保管庫に、ジュエルシードが?」
「そういう事。」
彼女たちが魔法を得る事になったきっかけとも言える、世界を滅ぼせるロストロギアがこの世のどこにも存在しなくなった事を伝えに来たのだと。
もしかしたら、ロストロギアの盗難を防ぐ為の虚数空間発生装置に組み込まれていたという可能性もあるかもしれない。
「……でも、それだけを言いに来たわけじゃないよね? だって、それだけなら今度のお正月に来た時でいいものね?」
まあ、それを口実にして会いに来てくれたというのなら、それはそれで嬉しいのだけれど、無限書庫の司書長というよくわからないけど偉そうな肩書を持つ事になって忙しくなったと愚痴をこぼしていた親友がそんな事の為に訪ねてくるとは思えない。
ジュエルシードが無くなった事が、何か大きな事件に関係があって、それで自分に協力をして欲しくて訪ねてきたと考える方が――
「なのはちゃん!」
《ラウンジシールド》
ガシャン! ガシャガシャガシャン!!
突然、広い店内を照らしていた複数の蛍光灯が割れた。
「きゃっ!」
はやてが咄嗟に防御する事ができたのだが、2人を狙った攻撃が全てシールドによって天井や床へと跳弾したことで蛍光灯が割れたのだ。
割れた蛍光灯の破片によって2人が怪我をする事はもちろん無かったが、攻撃された事と目に見える範囲が先ほどよりも暗くなった事が2人を精神的に追い詰める。
「なんで!?」
「これは――!?」
師匠の様に相棒と呼べるようなデバイスが欲しいと思い、使う暇の無いお給料数ヶ月分で買ったインテリジェントデバイスのおかげで助かったわと考えながら、誰が、何処から、こんなふざけた事をしてくれたのかと魔法で周囲をサーチしたはやては犯人を発見し、その正体に驚いた。
「なんやて!?」
それは、6年ほど前――聖王のゆりかごが浮上した時に見た事があるガジェットドローンの1種に似ていたのだ。
「な、何コレ!?」
「敵や! それも、結構な数!」
はやてはラウンドシールドから結界型の防御魔法へと切り替えながら、緊急事態である事を管理局へ伝えようと――
「あかんか。」
通信ができない。
おそらく通信妨害をしているガジェットがどこかに居るのだ。
「え?」
「とにかく逃げるで!」
「う、うん!」
状況が状況だけに空を飛んで逃げるのはきついだろうし、世界を超える魔法を使用するのは無理だが、短距離転移魔法を使う事くらいは――
「はやてちゃん!」
その瞬間、何時の間にか2人をすぐ側まで来て囲んでいた数体のガジェットドローンが爆発した。
さきほどは広い店内といったが、所詮はデパートの地下である。
むしろその空間は爆風の逃げ道を防ぐ事になり、はやてが咄嗟に展開した結界では防ぐ事ができないほどにガジェットドローンの爆発の威力を高めることとなった。
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「通り魔って?」
クラスメイトの中にも特に親しいと呼べる人が居ない為にSHRで担任から聞かされて初めてその存在を知り、恥を忍んで隣の席のクラスメイトに聞いた。
「知らないの?」
「ええ。」
「そっか…… 1ヶ月くらい前から噂になっていたんだけど…… まぁ、仕方ないか。」
その噂はそんなに前から流れていたらしい。
「確か…… 3、4年くらい前にも問題になって――ほら、ストライクアーツとかの有段者とかを路上で襲って瀕死にする事件がたくさんあったのを憶えている?」
「え? え、ええ。」
憶えているも何も…… 犯人は私です。
「あ、さすがにそれは知っているんだ。」
「ええ。 新聞にも出てましたし…… でも、それと今回の通り魔とどんな――」
「暫く出てこなかったけど、最近になってまた活動を再開したんじゃないかって。」
「へ?」
「『へ?』って……
まぁ、模倣犯の可能性もあるらしいけど……
襲われた人たちは重体で、事情聴取ができないって点が前回と大きく違うけど、模倣犯が出るにはちょっと時間がたちすぎているし、同一人物の可能性が濃厚だろうって言われているらしいよ?」
何と言う事だろう……
それから1週間、不自然ではない程度に情報を集め続けたが、どうも本当に通り魔と自分が同一人物だと思われているようだという事がわかった。
「私がどうにかしないと……」
今回の通り魔は3年前のとは別人だとわかっているのは自分だけである。
しかし、当たり前だがその事を誰かに告げる事はできないので、汚名を晴らすには自分でどうにかするしかない。 そう判断した彼女は――
「噂が本当なら、そろそろ――のはず……」
通り魔が良く出没すると言う人通りの少ない道の物陰に隠れ、デバイスで時間を確認しながら、彼女は最近噂になっている人物を待っていた――
「そろそろ……」
――のだが、人影どころか野良犬野良猫の1匹も通らない。
「……今日は、もう、来ない?」
そもそも、今回の通り魔がかつての自分の模倣犯ならば、それなりの実力者が通る時間と場所を調べて、彼らが1人になる時を狙わなければならない。
にも関わらず、この人通りの少ない道に『限定』して出没するというのはおかしな話である。
「今日は帰って、情報を集め――!?」
髪の長い女性が1人で歩いて来た。
「……う」
その長い髪は金色で、左右の目の色が違う――それは、自分ではない自分の記憶に在る聖王そのものであった。
「う、そ……」
6年前に浮上したゆりかごには聖王のクローンが乗っていたという情報を(不正な手段で)知る事ができたが、今目の前に居る女性もそうなのだろうか?
聖王のクローンは6年前の1人だけではなく、何人もいるというのか!?
「でも、なんで……?」
目の前の彼女が聖王のクローンであり、その記憶を有していると仮定した場合、3年前の自分の様に己の強さを確認したいと考えるだろうか?
いや、そもそも非合法なクローンがたった1人で――人通りが少ないとはいえ――こんな街中を歩く事ができるだろうか?
「……まさか、性能実験?」
ゆりかごの事件の時には戦闘機人というある種のサイボーグも稼働していたらしい。
もしも、聖王のクローンを戦闘機人化する事ができたとしたら――いや、戦闘機人化していなくても、その、純粋に聖王の性能を確認しているとしたら?
(この周辺には監視や情報収集をしやすいように、隠しカメラを設置している可能性が高い――いや、設置しているからこそ通り魔は決まった場所に現れるって事――!!
だとすると、自分が此処に隠れている姿もカメラに録られている!!)
どうする? どうするべきだ?
これまでの被害者に死者はいない。 いない、が……
『目撃者は消す』という組織だった場合、このまま此処に隠れ続けるのは危険だ。
マスコミに取り上げられるようなアスリートを相手にしても――そう、5人くらいならば、倒す事は出来なくても逃げ切る事ができる自信はある。
だが、相手はクローンを作る様な非合法な組織だ。
それなりの魔導師はいるだろうし、もしかしたら――いや、聖王のクローンが『聖王と全く変わらない能力を持っている』とした場合、彼女が『聖王の鎧』を展開して脱走した時の対策として何らかの手段――例えば、広域殲滅ができるような質量兵器などを準備している事も考えられる。
腕に自信があるとはいえ所詮は1人、そんな奴らから逃げ切る事ができるだろうか?
(でも、逃げなければ殺されるかもしれない。)
しかし、このまま隠れ続ける事が安全かもしれない、とも思う。
そう、自分が此処に居る事に気づかれていない可能性も、非常に低いが、あるのだ。
なぜならば――『目撃者は消す』のならば、此処に自分が隠れているとわかっているのだから、彼女をこの場に出さなければ、行方不明者を、事件を起こさずに済む。 それはつまり、『聖王のクローンを目撃した人物を取り逃がす可能性』が0であるという事。
非合法な組織であるならば、わずかなリスクでも避けたいはずなのだから――
(もっとも、子供1人消し損ねる事なんて万が一にも有り得ないと考えている可能性もあるけれど……)
隠れ続けるよりも逃げた方が良い、逃げるべきだ、とは思う。
しかし、逃げるタイミングというのも重要だと思う。
(彼女が噂の通り魔なのだとしたら、それなりの実力者がそろそろ現れるはず。 2人が戦っている間にこっそりとこの場から脱出を狙った方が逃げ切れる可能性は高い。
それに、今日の犠牲者には悪いけれど、今のところ被害者に――喋れないほどの重体だけれど死者が出ていない事を考えると、興味本位で除きに来た子供が実際に戦っているのを見て恐ろしくなり、逃げ出したという風に思ってくれれば、そのまま見逃してくれる可能性もそれなりにあるかもしれないし……)
もしかしたら、被害者たちは魔法で記憶を弄られており、だからこそ死者が出ていないという可能性もあるけれど、それならそれで命の危険は無いという事で、最悪でも捕まって記憶を消されて警察に保護されるだけ――
「え?」
胸を、透明な何か――
「うそ…… で、しょ……?」
透明な刃が、貫いている。
「なん、で?」
振り向くと、そこには6年前のゆりかご事件の時に町を破壊したガジェットとか呼ばれていた物の、バージョンアップ版とでも言える様な物が……
「『通り魔の噂』はあなたをおびき寄せる為の『罠』だったと言う事です。」
「!?」
さきほどまで虚ろな瞳で歩いていたはずの聖王のクローンが、何時の間にか――ガジェットの横に立っていた。
「罠?」
「ええ。 ……この姿も、ね?」
彼女の顔が、瞳の色が、変わっていく――いや、変装を解いたのか。
「ぅ…… ぁ……」
どうしてこんな手の込んだ罠を、とか、どうして自分を殺さなければならないのか、とか、色々と聞きたい事はたくさんあるが――あるけれど……
スッ
変装を解いた女の右手の指3本に、爪の様な刺突武器が現れる。
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シャーッ
開いた扉から、自分を生んでくれた女性が入って来たのを彼は確認した。
「ただいま帰りました。」
「おかえり。」
彼――ジェイル・スカリエッティのクローンである少年は作業の手を止める。
「うまくいったかい?」
「はい。
『ベルカの王』と縁のある存在は――クローン体を除いた全てを処置できたはずです。」
「わかった。 それじゃあ次は、無限書庫関係の方を頼むよ。
管理外世界で八神はやてを消したとはいえ、司書たちはまだいるし――あ、それともクアットロたちの解放を先にした方が良いかな……?」
少年は少し悩んだものの、クアットロたちの解放を優先するように女性――ドゥーエに命じる事にした。 協力者やガジェットが在るとはいえ、人手は足りないのだ。
「わかりました。」
「うん。 よろしく頼むよ。」
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地下で起きた大規模な爆発によって崩壊、炎上しているデパートの残骸を見下ろす。
「間に合わなかったというのか?」
「そんな……」
「はやて……」
「……主の結界は異常なほどに固い。 諦めるのは、まだ、はやい、はずだ。」
無限書庫の職員が次々と襲われると言う事件が起きたと聞いてすぐに追いかけてきたのだが、目の前の悲惨な状況に暫し呆然としてしまった
「そう、だな。 とにかく、瓦礫をどかす事から始めよう。」
「……ええ。」
「ザフィーラ!」
「ああ、封鎖領域を使――!?」
ザフィーラが結界魔法を使おうとしたその時、瓦礫の上空に何者かが転移してきた。
「! あれは!!」
「なのはちゃん!?」
「おい、にゃのはが抱えているのって!」
「シャマル! 2人とも怪我をしている様だ!」
なのはも、なのはが抱えているはやてもボロボロである。
「ええ! なのはちゃん!! こっち!!」
そう叫んですぐにシャマルは治療用の魔法の準備に取り掛かり、ザフィーラは結界魔法を展開する。
「ありがと、なのはちゃん。 まさか、こんな事になるとは思って無かったわ。」
「……」
「なのはちゃん?」
「わ、私の、お店……」
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