闇の書が消滅してから6年ほどの時間が経ち、高町なのはと八神はやての2人が時空管理局から第97管理外世界と呼ばれている自分たちの世界から旅立つ日まで後1週間と言う日になった頃、それはやって来た。
「はやてちゃん……」
「うん?」
八神家であちらでの生活について語りあっていたなのはが第一発見者だった。
「庭に、すっごく懐かしい物が居る様に見えるんだけど……」
「庭?」
テーブルの位置の問題で庭に背を向けていたはやては、なのはのその言葉で振り返った事によってそれの第二発見者になった。
「見間違い、じゃ、ないよね?」
「……」
なのはの確認の言葉が聞こえないのか、それともどう反応していいのか分からないのか、はやては返事をせず、ただ、庭に居るそれを見続け――
ギュッ
「……痛い。」
自分の頬を思い切りつねった。
「……じゃあ、夢じゃないんだ?」
「……そういう事やね。」
どうしていいのかわからない――静かに混乱している2人がそこから動く事が出来ないまま、ただただ無駄に時間が流れた。
「ただいまー! ギガ美味いアイス買ってきた――ど、どうしたんだ?」
これから暫くこの世界に戻る事は無いからと顔なじみなった人たちと別れを言いに行っていたヴィータは、自分の大事な人とその友人が呆けたまま庭を見ているのを見て――少し引いた。
「……ヴィータちゃん。」
「な、なんだ?」
「ん。」
「ん、て言われても…… ん?」
なのはが指差す方向を見て、ヴィータは第三発見者になった。
「ヴィータちゃんにも見えるんだ?」
「……ああ。」
だが、ヴィータにはそれを見ている2人が呆けている理由がわからない。
「なあ、2人とも?」
「何?」
「なんや?」
「あれが何なのか、私にはよくわからないけど、さ?
とりあえず、クロノの奴にでも報告した方がいいんじゃないのか?」
「……ああ!」
「……そっか!」
慌ててクロノに連絡を入れようとし始めた2人の様子に、先ほどまでの変な空気は無いなと感じたヴィータは思わずほっと息をついた。
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翌日、なのはとはやてが八神家の玄関で出迎えたのはクロノではなくフェイトだった。
「みんな、久しぶりだね。」
「うん、久しぶりだね、フェイトちゃん。」
「こんなとこに来て大丈夫なん? 執務官になって急がしなったって聞いたで?」
「うん。 ……久しぶりの休暇だったんだ。」
「……そ、そうだったんだ。」
「……ほ、ほな、いこか。」
笑顔のままで黒いオーラを纏ったフェイトをどう扱っていいのかわからない2人はさっさと用件を済ましてもらってじっくりと休んでもらう事にした。
「これが今用意できる中で一番容量の多いデバイスだって。」
フェイトが持ってきたデバイスを庭に居るそれに見える様に持つ。
「へぇ……」
「私たちが使っているのより、少し大きいね。」
すると、それはその小さな足を一生懸命に動かして八神家に入って来る。
「……あかん。」
「……だね。」
「狙ってやっているのなら、大したものだ。」
「そうね。」
「はやて、あっちに家買ったんだから――」
「駄目や。 確かに家は買ったけど、みんな忙しくて留守にする事の方が多くなるんやから、ペットはザフィーラで我慢し。」
「……」
「……ザフィーラ、今のは『なんでやねん。』ってツッコミ入れるとこやろ?」
「むぅ……」
「ザフィーラにツッコミを求めるのは酷だと思うわよ?」
「にゃはは……」
それの可愛らしい姿に心奪われつつも家族漫才を始める八神一家に、なのはとフェイトは苦笑いする事しかできない。
「キュー!!」
青い小動物の幻は、フェイトが持ってきたデバイスに飛び込んだ。
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それまで普通に歩いていた彼女が突然横に飛んだ。
タタン
すると、それまで彼女が居た場所と歩くはずだった場所に2発の魔力弾が着弾した。
「なっ!?」
感じた違和感に一瞬のロスもなく体が反応できたのは、他の姉妹たちとは違って何時も単独行動をしていたからだろうか?
「誰だ!?」
魔力弾の飛んできた方向に向かって叫ぶが、返事は無い。
もっとも、何者かからの返事を期待していたわけではなく、自分が正体不明の人物から攻撃を受けたと言う事をもしかしたらいるかもしれない通行人にわかってもらう事が叫んだ目的だったのでかまわないのだけれど――
「!?」
けれど、それも期待できそうにない。
(しまった。 何時の間にか、結界の中に……)
彼女は今、この結界の中に自分を攻撃した何者か――あるいは集団と共に閉じ込められてしまったようだと認識する。
(正体がばれたとは思えないけれど……)
自分たちと自分の主は非合法な存在である事から、正体がばれてしまうわけにはいかないと常に周りの目を気にしながら行動をしてきたはずなのだし、何かミスしてしまった覚えも無い。
だと言うのにこの様な事態になってしまったのは何故だろうか?
「何者です? 私に何の恨みがあって、この様な事をしているのですか?」
やはり返事は無い。
人の集中できる時間は精々数分である。 それは彼女も同じであり――
「ぇ?」
何時まで経っても次のアクションが無い事に集中が切れるのと、彼女の意識が何者かに奪われたのはほぼ同時であった。
【どうだ?】
クロノははやて経由で知り合い友人と呼べる程度には親しくなった本局査察部所属のヴェロッサ・アコース査察官に守備を訪ねた。
【ああ、例の情報どおり、ね。】
【なら…… この女性はジェイル・スカリエッティ製の?】
【うん。 彼女の名前はドゥーエ、その名の通り戦闘機人の2番目だそうだ。】
正直な話、ヴェロッサは今では妹と言っても過言ではない八神はやてが保護された経緯を聞いても半信半疑だった。
何処からともなく現れた青い小型生物が彼女と彼女の家族、さらには彼女の生まれた世界すらも救う事になったという話を大して面白くも無い物語だなと思っていたくらいだ。
しかし、フェイト・テスタロッサ執務官が持ち帰ったストレージデバイスの情報がここまで正確であるとなると、もう信じるしかなかった。
【なら、やはり『ゆりかご』はスカリエッティ一味が所有しているのか?】
【……聖王教会で育った身としては、認めたくない事実ではあるけどね。】
数年前に聖王の遺伝子がどうこうという話を聞いた事はあったが、その時すでに時空管理局に勤めていた彼は聖王教会の内部事情にそれ以上深く関わる事はできなかった。
【と言う事は、聖王のクローンはどこかで作られてしまっていると言う事か……】
【そうなるね。】
しかし、あの時そんな言い訳をせずにもっと積極的に行動していれば、聖王のクローンが作られる事を未然に防げたかもしれないと思うと歯痒い気持ちになる。
【……じゃあ、予定通りに。】
【ああ。 あの情報が真実だと僕が調べたと伝えたら――あの2人の事だから、聖王教会の戦力を出せるだけ出して今回の作戦に当たる事になると思う。】
ヴェロッサのその言葉にクロノは大きく頷いた。
「いや、しかし……
まさか、『何者かに襲われて1週間も眠り続けている女性』の記憶から、女性を襲った犯人を捜し出そう――それができなくても、せめて、犯人の手掛かりの1つでも見つけ出そうと言う話が、こんな結果になるとは思ってもいなかったよ。」
「……ああ、まったくだ。」
わざとらしい会話を残して、男2人はそれぞれの行くべき場所へ向かった。
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ドオオオオオオオオオオン
時空管理局と聖王教会の共同作戦が開始されようとしたその瞬間、その場に居た誰もが耳を押さえたくなる様な爆音と目を閉じてしまう様な閃光が太陽の方向から作戦遂行の目的地へと突き刺さった!
「な、なんてでたらめな砲撃……」
「……凄すぎる。」
大穴の空いた地面――聖王のゆりかごが埋まっているであろう地点からは黒い煙と時折小さな爆発音が漏れだす。
「おそらく、魔力炉を狙い撃ちにしたんだ。」
「……そうみたいだね。」
クロノの言葉にフェイトが応える。
「じゃあ、もうゆりかごは飛べないんだね?」
「……そう考えてええの?」
「……油断は禁物だけど、私はそう考えて良いと思う。」
「僕もそう思うが、一応騎士カリムとも確認し合った方がいいだろうな。」
なのはとはやての質問にフェイトとクロノは答え、作戦内容に何の変更も無い事を作戦に参加している全員に伝える。
「情報通りなら、ヴィータちゃんを後ろから刺したロボットがたくさんいるんだよね?」
「……そのはずだ。」
姿を隠す事の出来るガジェットドローンと呼ばれる敵の兵器対策としてヴィータだけでなく、今回の作戦に参加している者全員が例の情報によって以前よりも硬度を増す事に成功した改良型のバリアジャケットを身に纏っている。
「あの時はこんな使い勝手の良い鎧じゃなかったし、何より背中を守る見方も居なかったからな。 ……今回はあんな無様な事にはならないさ。」
「そうや!」
はやてがヴィータのその言葉に大きく頷く。
「ガジェットの材質が変わってなければ、私とザフィーラの鼻で位置が特定できるしね。」
「うむ。」
「私も常に感知魔法を使う様にするし、シグナムのレヴァンテインなら四方八方から襲われてもある程度対処できるわ。 そうよね?」
「ああ。 本作戦中、私はガジェットの全滅が確認できるまでシュランゲフォルムで警戒と防御に専念する事になっている。 レヴァンテインの射程内の味方は誰ひとり、かすり傷1つ負わさないつもりだ。」
シグナムはレヴァンテインを蛇の様にうねうねと動かしながら胸を張る。
「私は砲撃中心になるから、シグナムさんが守ってくれると安心です。」
「シグナムさんがなのはを守ってくれるなら、私も安心して突入できます。」
「うん。 私の家族に任せて安心やで。」
はやてと一緒に魔力弾をばら撒く事になっているなのはは中学卒業の記念にクロノからプレゼントされたストレージデバイスを起動させて準備をし、はやても技術部から渡された試作品のデバイスに慎重に魔力を込めながら家族自慢をする。
フェイトはそんな2人を見て笑顔になるが……
(みんなと別行動になれて良かった。
プロジェクト「F.A.T.E」の重要人物であるジェイル・スカリエッティを相手にする時、きっと私は酷い顔になるから……)
聖王の遺伝子を奪われたという聖王教会側は別として、時空管理局の人間であの男に私怨の様な感情を持って作戦に参加しているのは自分だけだろうと彼女は理解していた。
地に空いた穴から立ち上る噴煙と共に大量のガジェットが飛び出てきて――
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2人の執務管――フェイト・テスタロッサとクロノ・ハラオウンに連れられたジェイル・スカリエッティを望遠鏡越しに確認した。
(……終わったね。)
「そうだね。」
高町なのはと八神はやて、そして八神家の4人がスカリエッティの――その、余りにもひどいボロボロな姿を見て引いているのも見る事ができる。
「……本当に、終わったんだね。」
本当ならそんな風景を見てすっきりした気持ちになるはずだったのだが……
(ママ?)
「……」
彼女の顔はとても晴々しい物とは言えない。
(どうしたの?)
娘は母の様子に戸惑う。
「……何でも無いよ。」
(でも……)
「本当に、何でも無い。
……ただ、何だったんだろうなって、そう、思っただけだから。」
(?)
一目で過剰とわかるくらいにバインドでぐるぐる巻きにされた戦闘機人たちも時空管理局の武装隊や聖王教会の騎士たちによって連行されていく。
(……でも、これが一番、傷つく人が少ない方法だったんでしょう?)
娘は、母の言いたい事が何となくわかった。
「うん。」
母もわかっているのだ。
これが、自分たちにできる最良の方法であったと言う事は。
「それでも、ね?」
彼女たちが誰にも気づかれない間に全て回収した事で、第97管理外世界に散り散りになったジュエルシードによって傷ついた者は居なかった。
八神はやてを主に選んだ闇の書も、闇の書のシステムの1つである守護騎士たちも、誰かを傷つける事も無かった。
(あ、誰かこっちに来るよ?)
そして、かつて彼女が関わる事になった事件を先回りする事で被害を最小限に抑える事ができたりもした。
「……義母さんと高町さん――騎士カリムとシスターの人か。」
ゆりかごも空に浮かぶ事が無く、小さな子供にレリックという危険物が埋め込まれるという悲劇も起こらな――起こる前に全て終わらせる事ができた。
(いいの?)
「うん。 最後だしね。」
「初めまして、で良いのかしら?」
「ええ。」
最初に動いたのはリンディだった。
カリムとシャッハは彼女の姿を見て驚き、出遅れてしまったのだ。
「今回のジェイル・スカリエッティとその一味、そしてゆりかごの情報を提供して頂いた事、時空管理局の重役にある者として感謝します。」
情報提供によって極悪犯罪者であるジェイル・スカリエッティを捕縛できた事についての感謝を表す。 言外に脳みそだけになっても生き続ける事を選んだ者たちの罪も暴けた事も告げるのも忘れない。
「いえ、聖王の――古代ベルカに縁のある者として当然の事をしただけです。」
そんなリンディに対して、彼女も相手側が「だから情報を持っていたか。」と勝手に推測してくれる情報を与える。
実際、カリムとシャッハはその言葉を聞いて再び目を大きくしている。
(……聖王や古代ベルカに縁があるというのは嘘じゃないけど……)
娘はそんな2人と母の堂々とした様子を見て少し呆れる。
「できれば、これから私たちと一緒に――」
「いや、それはできません。」
「え?」
「!?」
「どういう――っ!?」
断られるとは思っていたが、こんなにはっきりと告げられるとは思っていなかったリンディたちの目の前で、聖王の血を引いているらしき女性は青い輝きと共に消えたのだった。
110320/投稿