シグナムとヴィータは自分のデバイスを上に――宇宙へ向けていた。
「本当にいいのか?」
「良いか、悪いか、じゃないんだよ。」
「……そうだな。」
宇宙へと続く道を作る事で、少しでもミストへの負担を減らそうとしているのだ。
「シグナム、ヴィータ、こっちの準備はできたわ。」
「タイミングはそちらに任せる。」
シャマルとザフィーラはシグナムとヴィータが道を作った瞬間に強制転移魔法を発動させる準備を完了していた。
「わかった。」
「……頼むで。」
ミストは闇の書のバグを抱え込みながら浸食されない様に慎重に魔力を操作していて、はやては彼女が転移するギリギリまで、その補佐をし続ける事になっていた。
『……こちらも、発射準備はできているわ。』
そして、アースラではリンディによってミストの転移先にアルカンシェルの照準が合わされており――
「待て!」
八神一家――いや、彼女たちに囲まれているミストに叫んだ者がいた。
「待ってくれ! ミスト!!」
連戦で疲れているのだろう、彼は肩で大きく息をしていた。
けれど、それでも――彼は叫んだのだ。
「君はわかっているのか!? 今、自分が何をしようとしていのか! !」
大切な友人を、見殺しになんてしたくない。 ただ、それを伝える為に。
────────────────────
「――――さん? ――イトさん?」
何とかもぎ取った有休で、家族サービスの一環として久しぶりに歩くミッドの街なのに、思い出すのは、考えてしまうのは、10年ほど昔のあの日の事ばかり……
「フェイトさん!」
「はいっ!」
突然、大声で自分の名前を呼ばれた為に、思わず学生時代の様に返事をしてしまったけれど、すぐに正気に戻って辺りを見回してみると、そこに居たのは少し怒った顔をした家族――エリオとキャロの2人だった。
「……ぁあ、突然名前を呼ばれたから驚いちゃったよ。」
「突然じゃないです。」
「歩きながら寝ているフェイトさんが悪いんですよ。」
フェイトは謝りながら、頬を膨らませる子供たちの頭を優しく撫でる。
「僕たち此処に来るのは初めてなんですから、フェイトさんにそんな風にぼんやりしていられたら困るんですからね?」
「はいはい。 悪かったよ。」
「あの、お仕事で疲れているんだったら、私たちの為に無理しないでくだ――ぁ。」
「大丈夫。 無理なんてしてないから。
ちょっと昔の事件を思い出しちゃっただけだよ。」
普通、10年と言う時間を『ちょっと』とは言わないだろうけれど、彼女はこの10年間探し続けている物があるのだ。
「事件ですか?」
「うん。 そのうち、話してあげる。
私――『私たち』にとって、とっても重要な出来事だったの。」
そう言って見上げたのは空ではなく、その向こう側で――
「うん?」
今、ほんの少し、金属が何か固い物にぶつかった様な音が聞こえた様な気がした。
「ぁ、フェイトさんも聞こえましたか?」
「うん。」
ビルとビルの隙間の様な場所から聞こえたその音は、さっきから続いていたのだろう。
自分よりも先にそれに気付いたエリオとキャロは何か事件かもしれないと思ってぼーっとしていた自分を呼んだと言ったところだろうか。
「2人は私の後ろに。」
「はい。」
「何時でも逃げられる様にしていてね。」
「わかりました。」
そっと覗きこんだ先には、がたがたと動くマンホールの蓋。
どうやら、何者かが下から開けようとしているらしい。
「……排水管の工事でしょうか?」
「だったら、マンホールに人が近づかない様にカラーコーンを立てたり、『工事中』って書かれた看板くらいは置いていたりしておくんじゃないかな?」
そもそも、マンホールに潜る時に蓋をしていくはずが無い。
何かあった時の為に蓋を開けっぱなしにしておくはずなのだから。
ガタ
遂に蓋が下から開けられた。
「下がって!」
その瞬間に発せられたフェイトの声で、子供2人は1瞬で距離をとる。
フェイトは何時でも迎撃できるように魔力を練り上げた。
ガタ! ギャギャガガ
マンホールの蓋から出てきたモノを見て、10年前のあの言葉の意味がわかった様な気がした。
────────────────────
クロノが必死にミストを説得しようとしたけれど、できなかった。
『本当に…… それしか、ないのか?』
だって、クロノは納得できてしまった。
私も、この状況ではそれしかないと理解はしている。 けど、納得はできない。
ミストが犠牲にならないといけないなんて、そんな事、納得できるわけが無い。
だけど、クロノは理解も納得もしてしまったのだ。
『残念だけど、ね。』
『そう、か……』
もし、クロノがもっと愚かだったら
もし、ミストが少しでも嫌がっていたら
もし、
もし……
『でも、そうだね……』
『なんだ?」
『最後に1つ、フェイトに頼みたい事がある。』
え?
『フェイトに?』
私に?
リンディさんやエイミィでも、クロノでも、なのはさんでもなく?
『うん。 エイミィ、私の声、フェイトに――』
『繋がっているよ。 フェイトの意識もはっきりしているみたい。』
『そっか。』
画面越しだけど、ミストの――気迫の様な物を感じる。
『フェイト、聞こえているよね?』
声を出すのは辛いので、こくりと頷く。
でも、ミストの最後の言葉を、頼みを聞くのが、私でいいのだろうか?
『ヴィヴィオを見つけてあげて。』
ヴィヴィオ?
『見つけた後は、リンディさんやクロノやエイミィ、アースラのみんな――なんなら、グレアム提督たちを頼っても構わないから。』
待って!
『本当なら、これはリンディさんやグレアム提督にお願いすべき事なのかもしれない。
フェイトは――もしかしたらヴィヴィオにとっても、互いに関わらない方が良いのかもしれない。』
待って! 待って!
『でも、私は……』
ヴィヴィオって、何なの!?
『それでも私は、フェイトに、ヴィヴィオを見つけて欲しい。』
人なの? 組織なの? それともロストロギアみたいな物なの?
『そして、あなたは――あなたは私にならないで。』
────────────────────
「ここが、聖王教会か。」
上司に『上からの命令だ。』と言われて、仕方なく来たけれど……
「大きな建物だし、そもそもあっちこっち行ったり来たりしているらしいから、此処で働いている可能性は低いんだけど……」
10年前に約束を1つ交わして、それ以来1度も会っていない親友ともしも会ってしまったら――どんな顔をして会えばいいのだろうか?
「このカリム・グラシアって人、はやてちゃんの上司だったはずだし……」
教え子たちから聞いた話では、聖王教会が少しでも関わる事件があれば、そこにはかなりの高確率で八神はやてとその家族がいるらしい。
そんな、休む暇も無く働いている彼女の為にと、『親友との突然の再会』をさせてあげようとかいう事である可能性は否定できない。 ……10年前の様に。
「あれ? なのはちゃん?」
「え?」
懐かしい声が自分の名前を呼んだ。
「エイミィさん!? それに、クロノ君も!」
「久しぶりだな。」
「久しぶりだね! うちの双子が生まれた時以来かな?」
「あ、すいません。 仕事が忙しくって……」
「いいよ、わかってる。 休業中の私の所にも噂が来るくらい忙しいんでしょう? 偶然だけど、元気な顔が見れただけで充分だよ。」
久しぶりに見たエイミィの顔は依然とあまり変わらない様だった。
半年ほど前に会ったリンディやレティも老けた様には見えなかったが――もしかして、自分が知らないだけで老化防止の魔法とかが存在して居るのだろうか?
「エイミィさんの所にどんな噂が流れているのか気になるけど……
それよりも、2人はどうして此処に? エイミィさんは子育てで忙しくて、クロノく――提督はクラウディアで海に行っていたんじゃなかったの?」
「ああ。 それがよくわからないんだ。
流石に出港したばかりのクラウディアを帰還させるわけにはいかないらしくて、転移魔法で1人だけ戻ってみたら、そこにエイミィが居て、2人で聖王教会に行って欲しいとだけ聞かされて――もしかして、高町も事情説明なしで此処を訪れるように言われたのか?」
クロノの問いに頷いて答える。
「ふむ……
以前――闇の書の様な古代ベルカのロストロギアでも発見されたのかもしれないな。」
「え?」
「聖王教会が教導官である高町や出港したばかりの次元航行艦の艦長とその妻を呼ばなければならない理由なんて、それくらいしか思いつかないだろう?」
闇の書関連の事件が起こっているのならば、このメンバーが呼ばれるだろう。
……むしろ、このメンバーが呼ばれると言う事はそんな事件が起こっていると言う事?
「……気が重いなぁ。」
「私を呼ぶ意味無いと思うんだけど、それだけ切羽詰まった状態なのかな?」
「現場から離れて久しい君を呼び出すって事は、単純に闇の書の事を知っている者しか使えないという可能性もある。
……クラウディアとそのクルーはもちろん、時空管理局が全面的に協力する事になっているのかもしれないな。」
「それじゃあ、フェイトちゃんも呼ばれているのかもしれない?」
「可能性はあるな。」
もしもフェイトちゃんが居たなら、クロノ君の言う通り時空管理局が最新式の次元航行艦を使わせるほどの緊急事態を聖王教会が抱え込んでいると言う事になる。
それだけの事件ならば、はやてちゃんとシグナムさんたちも……
「まあ、本当の処は行ってみなければわからないんだがな。」
「……そうだね。」
「長丁場になるなら、子供たちを預かってくれる処探さなきゃいけないよねぇ……」
「あ、クロノ執務――提督、お久しぶりです。」
「おっきくなったねー。」
「エイミィ、上手い事やったね!」
「やあ、高町さん、久しぶり。」
シャッハと言う名のシスターに案内されたのはかなり広い会議室の様な場所で、見覚えのある顔が――いや、見覚えのある顔しかそこにはいなかった。
「皆さん、お久しぶりです。」
「ご無沙汰しています。」
「久しぶり。 みんな、元気そうで何よりだが――見た処、元アースラクルーばかりが集められている様だが、誰か、事情を知っている者はいないのか?」
同じ艦で働いていた人たちとの再会を懐かしみたいと思いながらも、このあまりにもおかしな状況が何故起こっているのか知りたいクロノの質問に答えられる者は無かった。
「これだけ人が居て、誰も事情を知らされていないとは……」
「ちょっと怖いね。 ね? なのはちゃ――ん?」
エイミィは、様子のおかしいなのはの視線の先に――
「八神はやてとその守護騎士?」
部屋の隅の方で八神一家が居心地悪そうにしているのを発見した。
「やはり、闇の書関連か?」
妻の様子に気づいたクロノも彼女たちを見つけ、今回の事件は思っていたよりも機密レベルが高いかもしれないなと改めて覚悟した。
「ちょっと、行ってきますね。」
「……ああ。」
「情報収集お願いね。」
クロノとエイミィはなのはを止めたりせずに、静観する事にした。
「久しぶりだね。」
「え? ……あ、ああ。 ほんと、久しぶりやね。」
「久しぶりだな。」
「久しぶりね。 なのはちゃん。」
「久しぶり。 ……お前の教え子たちとは何度も会っていたりするけどな。」
「久しいな。 ……そうか、何処かで見た事がある者たちだらけだと思っていたが、10年前の事件の艦のクルーたちが集められているのか。」
ザフィーラの言葉から、はやてたちも何も知らされていない様だとなのはは推測した。
「その様子だと、はやてちゃんも詳しくは聞かされていないんだ?」
「『も』って事は、やっぱり他の集まってる人たちも聞いていないんか。」
はぁぁぁああああああ、と、長い溜息。
「フェイトちゃんの姿が見えへんから確信が持てなかったんやけど、さっきから、そこかしこで『アースラ以来だね』て聞こえてくるとこから考えると、此処におる人たちはアースラの――闇の書の時の関係者なんやろ?」
「うん。」
闇の書事件の後、数ヶ月ほどアースラに乗っていて、その後も色々と(生徒たちの進路ついてなどで)付き合いがあったクルーの顔を覚えていたなのはと違い、裁判や聖王教会に所属する為のごたごたで忙しかったはやては……
「クロノ執務官とは偶に仕事で一緒になったりするんやけどね? 海の人たちとは現地で合流する事が多いから、艦の中の人たちの事はなかなか……」
「へぇ、そうなん……ぁ。」
「ん? ……あ、ああ。 グレアムさんとこの猫たちも招かれていたみたいやね。」
反対側の隅に居た彼女たちに対しては、なのははもちろんはやても色々と思う処がある。
「なんだか、かなり大変な事件が起こっているみたいだね?」
「そうみたい。 10年も経ってるのに…… 嫌になる――ぁ!」
「! 誰か、近づいてくるね。」
部屋の外からかなり実力を持った人物が2人、近づいてくる気配がする。
「この足音、たぶんカリム――私の上司ので、もう1人は――」
「フェイトちゃん――みたいだけど、何かを持っている?」
なのはとはやてがカリムとフェイトに気づいてから十数分間――ギル・グレアム提督やリンディ・ハラオウン提督などのおそらく聖王教会が時空管理局に此処に来るように要請した数名が集まった後、何故かフェイトは部屋の外で待機したまま、騎士であるカリム・グラシアとシスターであるシャッハ・ヌエラの2人は部屋に入って自己紹介をした。
「さて、皆さんに集まってもらった理由ですが――私よりも皆さんの方が良く知っている人物、時空管理局の執務官であるフェイト・テスタロッサさんが保護した少女がいるのですが、その少女は聖王教会と――その、聖王教会と縁のある存在でして、私たち聖王教会が引き取りたいと申し出たのですが……」
「フェイト執務官が、ギル・グレアム提督やリンディ・ハラオウン提督、クロノ・ハラオウン提督とその奥さま、加えて元アースラクルーの方々やうちの八神はやてとヴォルケンリッターの許可が必要――それも、できれば皆さんを集めて意見を聞きたいとおっしゃられるので……」
ではこの集まりは、フェイトちゃんによって起こされたと言うのか。
「皆さんにわかって頂きたいのは、フェイト執務官が保護したのは聖王教会が時空管理局にこんな無理をお願いしなければならない程の人物であると言う事です。」
フェイトちゃんが分けありの子供たちの保護者になっているのは聞いていたけれど……
「フェイト執務官、お入りください。」
「はい。 ほら、いくよ。」
その場にいる殆どが、フェイトに対して「聖王教会が引き取りたいと言っているのなら自分たちを呼び出したりしないで預けてしまえば良かったのに。」と思っていたのだが……
「……う、そ?」
まずなのはが、フェイトが抱っこしている少女の―――に気づいて驚いた。
「クロノ君、あの、あの目の色って……」
「……目の色だけじゃない。 2人の顔を交互に見てみろ。」
「え?」
その会話が聞こえたのか、皆がフェイトと少女の顔を――おそらく、フェイトもそれがしやすい様に少女を抱っこしていたのだろう――交互に見て、小さく驚きの声を上げた。
カリムとシャッハがその様子を不思議そうに見ている中、フェイトは微笑みながら抱えていた少女を降ろした。
「自己紹介、一緒に練習したからできるよね?
大丈夫だよ。 此処に居る人たちは、みんな、私のお友達や仲間だから。」
「……うん。」
「初めまして。 私の名前は――」
101226/投稿