何処までも黒い世界で、はやてによってリィンフォースと名付けられた闇の書の管制人格はミストにわかるように今の自分たちの状況を語った。
「ええっと……」
説明を受けたものの、ミストはフェイトの部分では大体わかっているのだがヴィヴィオの部分が困惑しているのを感じ、ヴィヴィオにもわかるようにリィンフォースに確認するという形で要点をまとめる事にした。
「要するに、防衛プログラムの最も重要な部分のプログラムに生じたバグのせいで――今回のケースで言えば管制プログラムが八神はやてをマスターとして認証しているのにも関わらず、防衛プログラムがマスターとして認証できていないのね?」
「はい。」
マスターとしての権利を持つ者を認識するプログラムが複数あるなんて、なんとも面倒なシステムだなぁと思うが、管制プログラムと防衛プログラムによる二重のセキュリティ……と考えれば、まぁ、わからないでもない。
闇の書はそもそも『魔法を蒐集・研究する為に作られた物』であるというのだから、悪用を防ぐ為にもそれくらいのセキュリティは必要――むしろもう少しセキュリティをきつくすべきだろうとさえ思う。
「問題なのはそれだけではなく……」
「うん。 防衛プログラムが『管制プログラムがマスターとして認めた存在』を『マスターではないと認識』して――つまり、『はやてからの接触』を『外部からの攻撃』と認識してしまう事で、マスターでは無い者にそのシステムを使われるわけにはいかないと……」
「ええ。」
闇の書は覚醒と同時に自衛のための防衛プログラムが作動してしまう。
しかし
「防衛プログラムがバグっているから、本来ならマスターと認識していない存在――はやてとの魔力的な繋がりを切るだけでいいところを、はやての魔力を奪えるだけ奪ってその命を危機にさらす。
それだけではなく、自分を悪用されない様に、外部からの攻撃してくる者を排除しようとして――バグっている為に世界ごと消滅という道を選んでしまう、と。」
なんとも面倒な上に厄介な代物である。
「厳密にいうと違いますが、とりあえずはその認識でも問題はありません。」
デバイスやプログラムにそこまで詳しくないが、執務官として働いていると自分のデバイスのメンテナンスくらいはできないといけないのでそれなりの知識はある。
「さらに防衛プログラムにはバックアップ機能があり、それが闇の書自体にも残り続けるので、仮に、今暴走している防衛プログラムをどうにかしたとしても数日で『バグを持った防衛プログラム』が再生してしまうのです。」
「闇の書の悲劇を終わらせるためには、アルカンシェルなどで単純に闇の書を破壊するのではなく、闇の書からバグのせいで暴走している防衛プログラムを取り出して破壊し、再生するまでの数日間で闇の書を消滅させるという手順が必要なんだね。」
その『それなりの知識』でわかるように説明してくれたリィンフォースに自分の理解が間違っていないかの確認作業は終わった。
自分の中のヴィヴィオも漸く納得してくれたらしく、すっきりした気分である。
「それで、今の状態なら外と中から同時に衝撃を与える事が出来れば『暴走しているバグ』を外に放出する事ができなくもない、と。」
それはそれとして、闇の書にアルカンシェルを撃ちこむだけでは解決できないという事をどうにかしてアースラに伝えなければならない。
「ですが、『闇の書の闇』を外に出しても……」
「外に出した瞬間にアルカンシェルを撃ち込めればともかく、それができなければそこらにある物体――空気でさえも取り込んで巨大化・無限に再生し続ける化物を消滅させるのはちょっと難しいかもしれないか。
……もしくは、辺りに何もない空間――例えば宇宙空間などで放出するか。」
マルチタスクでヴィヴィオと一緒に現実世界の闇の書と融合して世界を滅ぼそうとしているはやてを抑え込む事ができているので、アースラと相談――は無理でも、魔力を操って文字を描いたりする事で事態を伝える事もできない事も無い。
「あの……」
「なに?」
「出した瞬間でも、宇宙空間でも、あなたは死んでしまうのでは?」
アルカンシェルの効果範囲がかなり広い事をリィンフォースは知っている。
「……まぁ、死ぬね。」
「……あっさりしとるんやね?」
リィンフォースとはやてはミストの様子に少し驚く。
リィンフォースは今の自分の状態を諦めているので、これ以上悲劇を生まない為なら喜んで消滅を受け入れる。
はやてもはやてで、シグナムたちを助けてあげられないのは残念だけれど、どちらにせよ助からないのならリィンの為にも未来に憂いの残らない道を選びたいと思う。
「ミストさんは死んでもええの?」
しかし、この、ミストと名乗った管理局の人は自分たちとは違うはずなのだ。
闇の書を消滅させるためとはいえ、たった1つしかないその命を……
「死にたくはないけどねぇ……」
もしかして、時空管理局と言う場所で働いている人たちは、みんな、世界の為ならば命を捨てる事を躊躇わない様に教育されているのだろうか?
それとも、この状況になった事で生きる事を諦めてしまっているのだろうか?
「やれるだけの事をやってみようか。」
はやてもリィンフォースも、その笑顔から彼女の気持ちを知る事はできない。
────────────────────
「え!?」
アルカンシェル発射までに、何でもいいからミストを助ける為の何かが見つかればと、じっとモニターを見ていたエイミィはその変化に真っ先に気付く事ができた。
「艦長!」
そして、帰艦してからずっと瞑想をしていたクロノはその声を聞いて目を開けた。
「どうし――これはっ!?」
ミストの虹色の魔力によって動く事の出来ない八神はやての様子を流しているモニターから目を離してアルカンシェルの発射準備にも気を配っていたリンディもエイミィのその声によってモニターを確認し、その変化に気づいて驚く。
『闇の書から八神はやてを解放する。
カウント0で強力な砲撃魔法をここに撃って欲しい。
―60―
アルカンシェルの準備は続けて下さい。』
暴走した闇の書によって成長(?)した八神はやての肉体を拘束している虹色の魔力が変化して、そんな文字が浮かび上がったのだ。
「ミストさん!」
それは、『ミストの生存を確定する』事であると同時に『八神はやてという少女を救う事が出来る』という吉報でもあった。
「クロノ!」
「クロノ君!」
クロノはエイミィとリンディの声に頷く事で答える。
彼はそれが無駄になるかもしれないと思いながらも、それでもミストが助けを求めてきてくれると信じて、ある意味で今回の事件をややこしくしてくれたギル・グレアムによって消耗させられた魔力と体力の回復に専念していたのだから。
「クロノ・ハラオウン執務官、出撃します!」
取り込まれたミストではなく、闇の書と融合してしまって助ける事が絶望的だと思われていた八神はやてを解放すると言う事に少し疑問は残るが――
「ええ!」
「いってらっしゃい!」
クロノはアースラから出撃した。
アースラ艦内のあちこちでも、エイミィが見ていたのと同じ映像を流していたモニターを時折見ながらこのままあの新人嘱託魔導師を見捨てなければならないのかと心を痛めていたクルーたちもその変化に気づいて活気づいていた。
「あの子を闇の書から解放するだって?」
しかし、クロノに仮面を外すなと言われた2人はその情報に懐疑的だった。
「ミストが内部から、クロノが外部からタイミングを合わせて攻撃をしたらどうにかなると言う事なのかしら?」
クロノの特別の計らいによってアースラ内の同じ牢屋に放り込まれていたその2人――リーゼロッテとリーゼアリアは管理局の無限書庫で闇の書についての文献を研究していたのだ。
「そんな事で闇の書をどうにかできるとは思えないけど……」
闇の書は――例えバグが発生していなくても、その製造目的からしてその世界、その時代の最高機密情報の塊である事は間違いないのだ。
「だよねぇ……」
そんな物が内と外からの同時攻撃くらいで完全に消滅したりするとは思えない。
そもそも、闇の書はアルカンシェルの直撃を喰らってもどこかで再生してしまうものなのだから、アルカンシェルに到底及ぶはずの無いクロノの砲撃魔法の1発や2発で……
「『闇の書の内部にいざという時の為の緊急停止装置の様な物があった』とか、そう言う事ならわからなくもないけど、それだと外部から砲撃魔法を撃たないといけない理由が……」
斜め45度の角度で叩く事で応急処置ができた様な真空管使用のテレビではあるまいし、外部刺激でどうこう出来る様な代物ではないはずだ。
「う~ん……」
「まぁ、いざとなったら私がこのデュランダルを使うわ。」
アースラにアルカンシェルを取り付ける工事の際に、万が一クロノやミストに拘束されてしまった時の為に極秘裏に作っておいた脱出路を使えばまだどうにかなる。
「……その時は私が大暴れして囮になるよ。」
「……ええ。 お願いす――っ!」
私の代わりに、囮になる。
私の か わ り に……
「まさかっ!?」
闇の書から八神はやてを解放する。
それは、ミストが八神はやての代わりに……
『―22―』
カウントダウンは進む。
『はぁぁぁぁぁぁぁ……』
モニターの向こうのクロノは相棒であるS2Uをかまえながら自身の魔力を高め続ける。
「クロノ……」
「クロノ君……」
自分たちは、アースラからそれを見守る事しかできない。
「艦長、アルカンシェル、何時でも発射できます。」
その報告は今回の事件を終わらせる最低条件が整った事を意味する。
「わかりました。
八神はやてが闇の書から解放される事で、闇の書に対して遠慮なくアルカンシェルを撃つ事ができるようになるはずですので――」
ミストの策が上手くいってもいかなくても、アルカンシェルの出番は必ずくる。
「もっとも、地表にアルカンシェルを撃つと惑星の環境を大きく壊す事になるので、とりあえず闇の書を宇宙空間に転移できないか試してみますから、照準を今現在の位置からすぐに移せるように準備をしていて下さい。」
「了解!」
『―18―』
ポッドの中で目が覚めたフェイトはそのカウントダウンを見ながら安堵していた。
【ミスト……】
あの仮面の2人にアルフを傷つけられた事に怒り、みんなに迷惑をかけてまで本局の訓練場で戦闘訓練をしたというのに何の役にも立たないどころか、むしろ魔力を蒐集されてしまって闇の書の復活の手助けをしてしまった。
【ミスト、助かるといいね。】
【……うん。】
モニターの向こうではクロノが砲撃魔法の準備をしている。
動かない的
1分の時間
魔力量はともかく、技術的にも実際の戦闘力でも自分を上回るクロノならばこの条件で万が一にも失敗する事はないだろう。
【きっと、上手くいくよ。】
【そうだね。】
自分がもっとしっかりしていれば、闇の書は復活しなかったし、ミストが取り込まれる事も無かったはずなのにと考えると申し訳ない気持ちしか持てなかったが、この様子だとクロノがミストを、ミストが八神はやてを助けてくれそうだ。
『―14―』
カウントダウンされる数字を見ながら、高町一家はミストの無事を祈る。
『お姉さん……』
ポッドの中でそう呟いたなのははまばたき1つせずにモニターを見続ける。
「あの厭味ったらしい仮面の人をあんなに簡単にやっつけられたんだもの。
ミストさんなら、きっと、はやてちゃんを助けてくれるよ。」
モニターから目を離せないで、美由希はなのはに語りかける。
「……」
「……」
しかし、士郎と恭也は何も言わない。
今、ミストもクロノも、そしてアースラにいる誰もが戦っている最中なのだ。
「きっと大丈夫」などと言って、そうならなかった時の精神的ダメージを考えると、とてもじゃないが……
「ミストさん、どうか……」
美由希の気持ちも士郎と恭也の気持ちもわかる桃子は、ただ、なのはの心が壊れる事が無いように、ミストとはやてが無事でありますようにと、ただ祈る事しかできない。
『―3―』
目の前の光の弾には、訓練の時でさえもやった事が無いほどの魔力が込められている。
これ以上魔力を注ぎ込めば制御ができず、撃った後に飛び続ける事もできないほどに。
『―2―』
後はただ、カウントが0になると同時に
『―1―』
ただ、撃つのみ。
『―
カウントが0になった瞬間、クロノは全力で砲撃魔法を放った。
『うおおおおおおおおおお!!』
放たれたそれは一直線に虹色の魔力で拘束されている八神はやてへと向かい、当たり、モニター越しで無ければ目と耳が潰れるのではないかと思えるくらいの閃光と爆音となる。
『八神はやてとミストが闇の書から離れた瞬間に、闇の書をアースラの前方300㎞先の宇宙空間に転移、それが出来なかった場合は八神はやてとミストの2人をアースラ内に転移する用意がギリギリ間に合いました!』
『医療チーム、八神はやてとミストの受け入れ態勢完了しました!
クロノ執務官の為の魔力回復装置も後1分で準備できます!』
「アルカンシェル、標準設定完了しました!
現在は八神はやてをロックしていますが、1秒でアースラ前方300㎞先の宇宙空間を狙う事ができます!」
リンディの下に次々と報告が上がる。
「上出来です! 全部うまくいったら、上に掛け合って何時も以上の特別手当をもぎ取る事を約束します!」
『おおおおおおお!!』
艦内が今まで以上に盛り上がる。
しかし
「今、全員の目はモニターに釘付けだ。 これなら囮なんてなくても行けるよ。」
「ええ!」
名も無い仮面の犯罪者である事を選んだ2人は、うまくいけば八神はやてという犠牲を出さずに闇の書を永久凍結できるこのチャンスを逃さぬ為に動きだす。
「宇宙空間か……」
魔法を使えば宇宙空間でもある程度は動く事が出来るが――
「うまくいけば、地球上になんの影響も与えないで済む。」
「でも、逃げる時は転移魔法を使うしかないわ。」
流石に大気圏に突入するわけにはいかない。
「魔力の痕跡を解析されると厄介か……」
「ええ。 幾つかの世界を経由するしかないわ。」
アルカンシェルを使っても闇の書による不幸は終わらないし、デュランダルで氷漬けにしても万が一の事を考えると監視は続けなければならい。
「折角クロノが私たちの正体を暴かないでくれたんだから、上手くやらないと。」
黒づくめの弟子が握った拳を震わせていたのを思い出す。
「クロノか……
ストラグルバインドを使わなかったのは、後で私たちを逃がすつもりだったからってわけじゃないから、怒るだろうねぇ……」
「怒るでしょうね。
……しらばっくれるけど。」
「だね。」
幾ら知り合いだからって、たいした拘束もせずに同じ部屋に入れたあっちにも非があるのだから、彼が地団太を踏む様を指差して笑って見てやろ――
「私、いつからこんなに性格が悪くなったのかしら?」
「はは、何を今さいてっ」
相棒の頭にたんこぶができたが、きっと脱出路の低い天井に頭をぶつけたのだろう。
「……酷くない?」
「何を今さら?」
101205/投稿