「フェイト、フェイト……」
あれ?
「フェイト、もう起きなさい。
あなたがお寝坊している間に、皆ご飯を食べ終えちゃっているわよ?」
この優しい声……
「まったく…… どうしてこんなお寝坊さんがあの子たちの保護者になれたのかしら?」
ずっと、ずっと昔に聞いた事がある様な?
「あなたは、だれ?」
先ほどからずっと感じている眠気と戦いながら、ようやくその一言を絞り出す。
「誰?って、あなたの母親に決まっているでしょう?
本当にもう…… あなたが朝ごはんを食べないと、食器が片付けられないの。 いい加減に起きてくれないと、実力行使しちゃうわよ?」
「!? 起きます! 起きます!!」
突如感じた生命の危機に、先ほどまで苦戦していた眠気を蹴っ飛ばして起き上がりながら目を開ける。
「え?」
「え? じゃないの。 まったく……
そんなに眠気が取れないなら、朝ご飯の前に顔を洗って来なさい。」
目覚めて最初に見聞きしたのは、母さんの呆れ顔と声だった。
「う、うん。」
混乱する頭をなんとかする為にも、顔を洗うのはいいかもしれ――
「フェイト、起きたんだね!」
ガチャリと寝室のドアを開けて赤毛の女性が入って来た。
「アル、フ?」
「子供たちがフェイトの事を待っているよ。
今日はピクニックに行く約束をしていたんだろう? 早くしないと駄目だよ。」
子供たち?
ピクニック?
……ああ! そうだった。
今日は子供たちとピクニックに行く約束をしていたんだった。
「しまった! い、急いで準備するよ!」
「ああ、そうしなよ。」
部屋から出て、すぐに洗面所に向かうと
「あ、フェイトさん。 おそようございます。」
「キャロ……」
おはようとは言ってくれないんだね?
「皆、フェイトさんを待っているんですから、早くしてくださいね?」
「うん。 ごめんね。 ありがとう。」
バシャバシャと顔を洗ってからキッチンに行くと、母さんが焼けたばかりのパンにジャムを塗っていてくれていた。
「ほら、早く食べちゃいなさい。」
「うん。 ありがとう。」
なんだかんだと厳しい事を言っていても、やっぱり母さんは優しい
「まったく……
いくら仕事が休みの日だからって、少しのんびりしすぎよ?
あなたはあの子たちの保護者なんだから、休日でも――いいえ、休日だからこそ、もっとピシッとしていないと駄目じゃないの。」
「はいはい。」
「“はい”は1回!」
パンを2枚とミルク1杯をお腹に入れて、皆が待っているだろう庭に向かう。
玄関のドアを開けて目に入った空は雲1つ無い快晴で、まさにピクニック日和だ。
「皆、ごめん。 ずいぶん待たせちゃったね。」
「いえ、いいんです。」
「早くいきましょう!」
「行こう!」
「行こう!」
エリオやキャロを筆頭に、他の子たちも元気一杯と言った感じである。
「じゃあ、しゅっぱ――」
それは、とても幸せな光景のはずだった。
それは、とても幸せな光景のはずだったのに……
「うん! 行こう! フェイトママ!」
ヴィヴィオ……
パリン
雲1つ無い何処までも青く広がっている様な空や、確かに踏みしめていたはずの大地が、とても薄いガラスが割れる様な、そんな小さな音と共に儚く消えた。
「え?」
景色と一緒に子供たちも消えて、そこに残っているのは私と偽物のヴィヴィオだけ。
「なんで?」
「幸せな夢の中に、ヴィヴィオを出したのは失敗だったね。」
暗闇の中、偽物のヴィヴィオが戸惑った声を出す。
「あなたは、確かに幸せな夢の――」
「ヴィヴィオは、常に私と共にあるの。
だから、ヴィヴィオがそこに居るわけがない。」
「何を言って――」
「そうでしょう? ヴィヴィオ。」
(うん!)
私の中に居る――いや、先ほどの言葉通りに私と共にあるヴィヴィオが返事をする。
「!?」
「消えなさい。」
(消えちゃえ!)
私とヴィヴィオがそう言うと、偽物のヴィヴィオは先ほどの景色と同じ様に、消えた。
────────────────────
「……何が起こっているのかしら?」
空間モニターには闇の書に操られていると思われる八神はやてが、金色の光になって消えたはずのミストの虹色の魔力によって動けなくなっている姿が映っている。
「……わかりません。」
アースラはもちろん、八神家や高町家の周辺に設置しておいた機器からのデータも分析しているはずのエイミィにもそれがどういう事なのかわからない。
わかっている事は、ミストが時間を稼いでくれているらしい事だけだ。
「艦長、目標周辺のサーチを終了しました!
物理、魔法、共にトラップは発見できません!」
「艦長!」
「ええ、クロノ・ハラオウン執務官は出撃して仮面の2人を無力化及び確保してください!」
片方はミストによって無力化されているが、もう片方が何かデバイスの様な物を取り出しているのを現在進行形で確認できている。
「了解しました!」
闇の書が完成してしまった以上、アルカンシェルを使わなければならいのでリンディはこの場から動く事は出来ないが、裏でこそこそと動き回っていたギル・グレアムとリーゼたちを捕まえる絶好のチャンスである。
「エイミィ、クロノがあの2人を確保すると同時に封時結界を維持しているクルーを引き揚げさせてちょうだい。」
「わかりました!」
「アルカンシェルの発射までに……」
この様子だと、消えたというよりも闇の書に取り込まれてしまったと思われる彼女を救出する事ができれば良いのだけれど、1分1秒を争うこの状況では……
「ミストさん……
お願いだから、無事でいて……」
自分でも気付かない内に、胸の前で両手を――まるで神に祈るように……
────────────────────
「そっか。」
(?)
暗闇の中、私は今まで認識できずにいた事を理解し始めた。
「小さなフェイトとアルフをチェーンバインドでぐるぐる巻きにして、ついでにあの子のバルディッシュのセキュリティを幾つかはずしたのはヴィヴィオなんだね。」
今の今まで、私はフェイトを黄色のチェーンバインドで縛り上げたと思っていたけれど、実際は虹色のチェーンバインドで縛り上げた事がわかった。
(うん。)
考えてみれば、バルディッシュを管理局に奪われてしまった場合、自分の居場所が判明してしまう事をあの母が気づかないはずが無いのだ。
だと言うのに、私とリンディさん――アースラがあの場所に行った時、母さんはジュエルシードの設置を終えたところだった。
あの母が、1分1秒を争う時にそんなゆっくりしていた事を疑問に思うべきだった。
それはつまり、あの場所があんなに早くばれてしまうとは思っていなかったという――
(フェイトママの魔力と似せたままだと、小さなフェイトママがすぐに抜け出せちゃうし、あのバルディッシュから情報を得られないと、プレシアお婆ちゃんがジュエルシードを悪用する時にリンディお婆ちゃんやクロノおじさんたちが間に合わないでしょう?)
……確かに。
「そうだね。」
たぶん、私の性格がヴィヴィオの性格に近くなったように、ヴィヴィオの性格も私に近づいたと言う事なのだろう。
「エイミィが私の魔力の色が変わったのを見てあまり驚かなかったのは、そう言う事か。」
(そう言う事だと思うよ。)
まったく……
聖王の力の事がばれちゃったら面倒な事になるかも、なんて考えていたって言うのに。
(……ごめんなさい?)
「別に、謝らなくても良いよ。」
見えないけれど、ヴィヴィオが申し訳なさそうにしているのがわかる。
「考えてみたら、百を超える魔力弾を――いくらそういうプログラムを組み込んでいるからと言っても――私だけで操作できるわけがないんだ。
ヴィヴィオがこっそり手伝ってくれていたから、できていたんだね。」
魔力の質が変わって量が増えたとしても、マルチタスクの技術が上がったわけではない。
そんな事にすら気づかない――気づけない様にされていた事については少し言いたい事が無いわけでもないけれど、まぁ、緊急事態だったのだから仕方ない。
(ごめんなさい。 でも、そうしなかったらフェイトママの心が――)
「わかっているよ。
ヴィヴィオが私の心を守っていてくれていたから、私の心は折れなかったんだ。」
方法はともかく、ヴィヴィオが守っていてくれた事には感謝している。
「この世界に来て、ジュエルシードを集めようと思えたのも、なのはちゃんを助けたのも――はやてとシグナムたちの関係については知らなかったから手を撃つ事が出来なかったけど、それでもどうにかしてあげられそうなのも、全部、ヴィヴィオのおかげだよ。」
もしかしたら、10年後にジェイル・スカリエッティたちからレリックを入手する事さえできればアリシアを蘇生できるかもしれないけれど……
(やっぱり、はやてさんたちをどうにかしちゃうんだ?)
「……うん。」
寂しそうに訊ねるヴィヴィオに、私は答えた。
「いくら魔力があっても、ジェイル・スカリエッティやその部下たちをどうにかするのは私一人じゃ無理だからね。」
数は力。 あのテロリストたちを捕まえるには八神家の力は必要不可欠だ。
(……私は、諦めないからね。)
「私も、諦めないよ。」
何故かさっきから、ジュエルシードの力を感じる事が出来る。
しかし、この世界のそれではない。
あの時、はやてが持っていたジュエルシードの魔力を感じるのだ。
(諦めなければ、この力がどうにかしてくれそうな気がする。)
「私も、そんな感じがするんだ。」
おそらく、私が望んだ「こんなのはいやだ」という願いがきちんと叶えられるまで、この力は私とヴィヴィオを生かし続けるのだろうと思う。
「ヴィヴィオも、そう感じているんでしょう?」
(……ママも、そう感じていたんだね。)
私たちは右手で拳をつくって、目の前の真っ暗な空間に叩き付けた。
────────────────────
闇の書の管制人格とこの状況をどうにかできないものかと話し合っていたはやての目の前で、それは突然起こった。
ガン
そんな音と同時に、目の前の真っ暗闇だった空間に穴が開いたのだ。
「なっ、なんや!?」
「そんな……」
はやては突然の大きな音に驚き、管制人格は何が起こったのか理解したからこそ驚いた。
「はじめまして、私は時空管理局で嘱託魔導師をしているミストと言います。」
虹色の魔力を纏った彼女は丁寧に挨拶をしたが――
「……」
「……」
これは、挨拶を返すべきなのだろうか?
それとも、どうしてここに来る事が出来たのかと問い詰めるべきか?
友好的な様に見えるが、相手は自分たち――というよりもシグナムたち4人と対等以上に戦っていた人物である。 戦闘体勢をとるべきだろうか?
はやてと管制人格はどうしたものかと混乱する事しかできない。
「あなたは八神はやてで、高町なのはちゃんのお友達だね?」
「なんであなたがなのはちゃんを知ってるの!?」
親友が時空管理局と接点があるなんて考えた事も無かったであろうはやての疑問に実は前から知り合いだったのだと言うのは簡単だ。
しかし、それによってはやてが「なのはちゃんと出会ったのは偶然なんかじゃ無かった。 私はなのはちゃんに騙されていたんだ」とネガティブになってしまったら面倒な事になりかねない。
だからと言って嘘を言うのもどうかと考えたミストは
「なんでって…… この世界では魔力持ちは珍しいんだよ?
魔力を蒐集している人たちのターゲットになる可能性を考えたら、ね?」
はやてが「なのはちゃんは管理局に目をつけられていたのか」と勝手に納得してしまう様な真実だけを告げる事にした。
「で、そちらが闇の書の本体なの――いや、違う? 今、魔力を暴走させているのはあなたじゃない。
と言う事は、あのシグナムとかいう人たちと同じ、守護騎士システム?」
シグナムたちはつねに主である八神はやてを守る存在だが、そのシグナムたちに何かあった時、主を守る為の最終防衛システムの様な物であるかもしれないと考えたミストはその虹色の魔力を両手に纏って戦闘体勢に入った。
「ちゃう! この子はそう言うんじゃない!」
はやては咄嗟にそう叫びながら管制人格の前に出て両手を広げる。
「はやて!」
それを見た管制人格は守られるべきはあなたのほうだと、自分を守ろうとしたはやての前に出ようとするが、はやては譲ろうとしない。
「ええんや!」
「しかし!」
「私は、守られるだけなのは嫌なんや!」
「でも!」
「!!!」
「!!!」
「いいかげんにしなさい!」
目の前で繰り広げられる「私が!」「いや、私が!」の繰り返しを1分ほど眺めていたミストだが、今、この瞬間にも世界が滅びかねないという時にこんな不毛な事をやっている場合かと2人に叫んだ。
「あなたたちに世界を滅ぼすつもりが無いのなら、さっさと事情を説明して、私に協力しなさい! 早くしないと手遅れになっちゃうでしょう!」
────────────────────
「……どういうつもりだ?」
仮面の片方は、もう片方がされているようにバインドでぐるぐる巻きにされていた。
「どういうつもり? 僕は時空管理局の執務官として、君たちを捕縛しただけだよ。」
「何故! ストラグルバインドをかけない!?」
ストラグルバインドを使えば、自分が時空管理局の提督の1人であるギル・グレアムの使い魔のリーゼアリアであると言う事が証明できるのだ。
そうしたらアルカンシェルを撃ってすぐに、クロノとリンディを足止めしていた父様を逮捕する事も可能だと言うのに……
【ストラグルバインドは、かけない。】
「!?」
【今、アースラはこの世界の一般人の家族を保護して居るんだ。
魔法と言うわけのわからないモノで娘を傷つけられて、それでもなお魔法を使う僕たちを、時空管理局を信じて保護されていてくれている家族が。】
【ぁ……】
今この仮面を外してしまうのは容易い。
しかしそれは高町なのはを傷つけた者が時空管理局の関係者であったと言う事を公表するのと同義である。
【僕やミストが何時退いても良いように、医療室には常にこの戦場の情報が送られている。 治療中のなのはさんの側にいるご家族もそれを見ているだろう。
……彼らを不安にさせる様な事はしたくない。】
【……私の、負けだ。】
自分たちのせいでミストが消えてしまったと言っても過言でも無いこの状況で、血が出そうなほど強く握りしめた拳を振るう事をしない弟子の姿に、リーゼアリアは負けを認める事しかできなかった。
「艦長、仮面の1人を確保しました。」
『もう1人も回収してから、一度アースラに帰還してください。』
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