夜、魔力を抑える為の訓練の1つとしてクロノに言いつけられた通りに寝る前の精神集中をしていたなのはは、突如発生した巨大な魔力に驚いたが、その直後に起こった現象にさらに驚く事になった。
ドスン
「あいたっ!」
「え?」
なのはのベッドの50センチほど上が突如光って、そこから現れたはやてがそのままベッドの上に落ちたのだ。
「あたたたたたた」
「はやてちゃん!?」
部屋の外からドタドタと音がして、家族が大急ぎでなのはの部屋に向かってきている事を知らせた。
異世界の危険物に狙われていると言うなのはの部屋からものすごい音がしたのだから、彼女の安否を大急ぎで確認しに来るのだろう。
「え? なのはちゃん?」
「え? え? なんで?」
ついさっきまで病院のベッドの上で浅い眠りに入ろうとしていたというのに突然背中を強く打ちつけて、何があったのだと辺りを見回したら見覚えのある部屋とおろおろしている親友の姿を確認したはやては混乱し、なのははなのはで入院して居るはずのはやてが突然、魔法によるモノのとしか思えない方法で自分の目の前に現れた為にどうしていいのかわからなかった。
「なのは! 無事か!?」
「なのは!」
がちゃっ!
士郎と恭也が乱暴に部屋に入る。 2人の手には木刀が握られていた。
「お父さん! お兄ちゃん!」
「きゃああああああああああああ!!!」
どうしていいのかわからないなのはにとって、信頼している大人が来てくれた事はとても喜ばしい事だったが、同じ様にわけのわからない状態のはやてにしてみれば大声を上げながら部屋に入って来た凶器を持った男2人は恐怖の対象でしかなかった。
「は、はやてちゃん!?」
「え?」
「な、なんだ!?」
「きゃあっ! いゃあっ! うわぁあああああああああああ!!!」
そして男2人にとっても、混乱して大声を上げ続ける少女というものはどうしていいのか分からない存在であった。
「一体、何が起こっているの!?」
「なのはは無事なの!?」
そう言いながら桃子と美由希が部屋に入ってきたのを見た士郎は、この場は女性に任せた方がいいだろうと判断し、恭也と共に部屋の外へ出る事にした。
「落ち着いたみたいね?」
「は、はい。」
大声を上げ続けるはやてを何とか落ち着かせた高町家の女性3人は、外に居た男2人に明日のおやつとして冷蔵庫に入れておいたプリンと温かい紅茶を持って来させた。
「お騒がせして、すいません。」
「いや、泥棒でも入ったのかと思っていたとはいえ、木刀を持った男が目の前に現れたら驚いてしまうのも無理はないさ。」
「ああ。 驚かせてしまって悪かったね。」
3人は――自分の意思で来たわけではない場所で心臓が破裂するのではないかと思うくらいに驚かされた事とか、子供でなのはの親友とはいえ不法侵入してきた相手に……とか、それぞれどこか納得できないモノを感じつつも、とりあえず謝り合った。
「それで、とりあえず――どうしようか?」
美由希がこの微妙に居心地の悪い空気を何とかしようとしたが、彼女はそもそもはやてとの接点が殆ど無く、また、この場に居る誰もがこんな事態を想定した事がなかったのでどうするべきなのかさっぱりわからなかった。
「……とりあえず、病院に連絡すべきかしら?」
1分ほどの沈黙を破ったのは桃子であった。
はやてがどうして(おそらく時空管理局とかいう人たちの言っていた魔法によるものだと思われるが、それでも)なのはの部屋に現れた理由はわからないけれど、病院に居るべき人間が医療機器の殆ど無い一般家庭に居ると言うのは問題ではないかという現実的な問題に気付いたのだ。
「そ、そうやね! もしかしたら、私がいなくなった事が原因で病院中が上を下への大騒ぎになってるかもしれへんし。」
桃子の言葉を聞いたはやても現実的な問題として病院に迷惑を掛けてしまっているかもしれない事に気がついた。
「それじゃあ、1階に降りましょうか。
あ、美由希、あなたははやてちゃんを背負って。 お願いね。」
車椅子がこの場に――仮にあったとしてもこの家の階段は車椅子が通れるような物ではない。 また、先ほどの事を考えると男2人に背負わせるわけにもいかない。
「あ、うん。 なのは、ちょっと手伝って。」
「うん。」
しかし、事態は進展しない。
それどころか、ますます深刻なものへとなっていった。
「うん?」
「どうしました?」
「いや、電話がかからないんだ。」
「え?」
はやてから聞いた病院の名前を電話帳で調べて電話をかけてみたが、繋がらない。
「……俺の携帯にかけてみてくれ。」
「ん? ああ。」
恭也の提案に頷いて、かけてみるが
「繋がらないな。」
「私の携帯も病院にかからないよ。」
「ちょっと、受話器を置いてみてくれ。 携帯からそっちにかけてみる。」
「ああ。」
いろいろと試してみた結果、家の電話からどこかにかける事は出来ず、恭也と美由希、それになのはの携帯から家にかける事もできず、携帯同士でも繋がらない。
「電話線、繋がっているよな?」
「うん。」
「蛍光灯が点いているから電気も来ているはずだぞ?」
そこらの怪談よりも怖い状況がそこにはあった。
「外の様子を見てくる。」
「士郎さん?」
「大丈夫。 この状況でいきなり外に出たりはしない。
2階の窓からちょっと――ご近所の電灯も点いているのか様子を見てみるだけだ。」
ご近所の明かりが点いているようなら、外に出てみるのもありかもしれない。
「……つ、点いていなかったら?」
美由希が恭也の腕を強く握りながら聞く。
「その時は――」
ごくりと、誰かが息をのむ音。
「この家が外界から隔離されたって事だ。
……誰が、何の目的で、どんな方法でそんな事をしているのかはわからないが。」
「なのはちゃん……」
「はやてちゃん……」
士郎が2階に上がって暫くした頃、幼い2人は互いに手を取り合っていた。
はやてはなのはの手をぎゅっと握り、なのはも同じ様に力を込めた。
(これは、あの子たちの魔法やろか?)
なのはははやてがこの状況を怖がっていると思っているのだが、はやてが怖がっているのはこの状況ではなく、この状況を作りだしたのが自分の家族だったら、なのはちゃんとその家族にどう謝れば良いんやろかという事だった。
(でも、うちの子たちが何の意味も無くなのはちゃんたちに魔法の存在がばれてしまう様な事をするとは思えへんし……)
かつて、自分がマスターになる前、あの子たちはたくさんの人から魔力を蒐集して、時にはその命を奪う事もあったと言う。
確か、時空管理局とかいう警察みたいな人たちに追われていた事もあったとか言っていたのを聞いた覚えがある。
(もしかして、時空管理局とかいう人たちに居場所がばれたかなにかして、私だけでも助けようとして病院から――駄目や。 もしそうなら、なんでなのはちゃんの家やねん?)
考えれば考えるほどわけがわからない。
「あった。」
そんな風にはやてが色々と悩んでいると、恭也が電話帳の側に置いていたこの辺りの地図を取り出して机の上に広げた。
「何してるの?」
恐怖を隠す為だろうか? その様子を見ていた美由希の声は無駄に大きかった。
……もしかしたら美由希の声は普通で、恐怖の為に大きく聞こえただけかもしれないが。
「病院に行く道を確認して居るんだ。」
「病院に行く道?」
「ああ。 今の状況が、ただこの辺一帯の電話が繋がらないっていうだけなら、病院にあの子が家に居る事を知らせるには直接知らせに行くしかないだろう?」
恭也のその言葉はある種の救いとなった。
「そっか。 この辺一帯の電話が繋がらなくなっているだけって可能性もあるのか。」
ミステリーや怪談の様な展開に恐怖心を持ってしまったが、そう言う事なら……
停電しても電話だけは通じるようになっているらしいという知識さえなければ、そう言う事もあるのかもしれないと納得できて、恐怖を少しは減らしてくれるかもしれない。
「……まぁ、報せに行くくらいなら運んだ方が早いかもしれないけどな。」
母に懐中電灯の置いてある場所を聞いて探しながら、恭也は強気に応える。
最悪の事態は幾らでも考えられるが、今この場に居るのは家族だけではないのだ。 下手に怖がらせてパニックになられても面倒なだけ。 それならば悪い事態に備えながらも子供の恐怖心を取り除く様な事を喋った方が色々と効率的に話が進むだろうと。
「じゃあ私、ちょっと着替えてくる。
はやてちゃんをおんぶするのは私の役目だから。」
「ああ。」
恭也の考えを理解したのか、それとも言葉をそのまま受け取ったのか、どちらなのかは分からないが、美由希が明るい声を出してどたどたとするのを見てなのはもはやても少しは安心してくれればいいいのだけれど、と桃子は思った。
「どうでした?」
2階から降りてきた士郎に桃子は訪ねた。
「ご近所さんの明かりは点いてなかった。」
それだけならまだ悪い報せだと断言はできない。
まだ深夜とは言えないが、遅い時間である事は確かなのだから、ご近所の人たちはすでに眠ってしまっているのならば明かりが見えなくても仕方ないからだ。
しかし、士郎の顔がこれは悪い報せだと告げていた。
「何か問題がありそうなんですね?」
「ああ…… 美由希、テレビをつけてみてくれ。」
「あ、うん。」
どうして今まで気づかなかったのだろうか?
もしもこれが何らかの災害によるものであるならテレビのニュースで取り上げられているかもしれないではないか。
仮にニュースでしていなくても、テレビの音があるだけでこの場の雰囲気は少しはましになるかもしれなかったのに……
そんな事を思いながら、リモコンの一番近くに居た美由希がテレビをつけた。
ザザー ザザー
「え?」
チャンネルを変えてみるが、どこも砂嵐状態であった。
「な、なんで!?」
再び恐慌状態に陥りそうな美由希の様子を見て、恭也は携帯でラジオが聞けないか試してみたが、こちらも駄目だった。
「やっぱりか……」
その様子を見て士郎は疲れた様に椅子に座った。
「やっぱりって?」
お父さんは2階で何を見たのかなと、なのはが訪ねると、士郎は耳に手を当てて
「仮に、近所の人たち全員が寝ていたとしても、だ。
この時間帯なら、まだそれなりに車が走っているはずの向こう側の道路――いや、ここら一帯のどこからも音が聞こえてこないんだ。」
やはり、今のこの状況はかなりの異常事態であるらしい。
「どうしたものか……」
そう言いながらも、士郎はそれほど焦ったりはしていなかった。
なぜなら、年は若いがそれなりの地位や資格をもっているらしいクロノ・ハラオウンという魔法使いが娘に魔力の制御を教える為に定期的に家を訪ねてくれるからだ。
彼がこの前家に来たのは一昨日だったはずだから、この状況がどんなものであれ2日もすればこの状況に誰かが気づいてくれるだろうと考えているからだ。
それに、子供たちには学校があるし自分たちには店がある。
この家が外から隔離されていたとしても、高町家に何かあったのではと気づいてくれる人はかなりいるはずで、であるならば、救助が来るのも時間の問題だろう。
「この家は完全な密閉空間と言うわけではないから、外が真空状態という事はない。」
2階に居る間に最悪の事態をあれこれ考えていた士郎は、今度は自分たちにとって有利な状況の確認を始めていると、外からの音が聞こえてこない理由を科学的に考えてみたらしい恭也が木刀を持って部屋から出て行こうとしていた。
「どうする気だ?」
「とりあえず、お隣のブザーを押しに行ってくる。」
それで反応があればこの状況に置かれているのが自分たちだけではない事になる。
「ふぅむ……」
確かにそれも1つの手ではあるかもしれない。
「お隣さんが居たとしても、さ?
こんな夜中に木刀もった男が訪ねてきたら怖がられない?」
さっきのはやてちゃんみたいに、と美由希が止める。
一見、冷静に考えた上での言葉の様に思えるが、その手が恭也の服を引っ張って離さない所を見ると、ただ側に居て欲しいだけの様だ
「……いっそ、病院まで行ってみるか?」
その様子を見て士郎はそう提案した。
「え?」
「さっき恭也が言っていた様に、この家は完全に密閉されているわけじゃない。
なのに音が聞こえてこないって事は、この家と外との間に――少なくとも音を遮断できるくらいの壁の様な物があるって事かもしれないだろう?」
だとしたら、どれくらいの範囲まで行けるのか調べてみる価値はある。
「最新の医療機器なんて触った事もないが、はやてちゃんに何かあった時、何もないこの家に居るよりも少しは何かができるかもしれないだろう?」
少なくともこの家には電気が通っている。
入院してからどの機器を使ったのかはやてが覚えて居れば、それを失敬させてもらおう。
それぞれが懐中時計を持ち、桃子は乾パンなどが入った非常用の鞄を背負い、士郎と恭也は木刀を持って玄関を慎重に開けた。
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状況は、予想よりも自分たちにとって有利な物になっていた。
「早くしろ!」
シャマルが高町なのはの部屋に押し入って魔力蒐集をする所をはやてが目撃する予定だったが、ミストが予想以上に強かったので、シャマルがなのはを襲うまでの――部屋の位置を確認したり窓を壊したりといった――時間を稼ぐ必要があるはずだったのだが、何故か全員家の外に出ているのだから。
「で、でもっ!」
「今を逃せば2度目は無いぞ! 気づいていないのか?
お前はその子供の名前を呼んでしまったんだ!」
「!?」
「そんな事、させるかぁああああああ!」
管理局がシャマルを無力化しようとしてくるが
「そっちこそ、邪魔をするな!」
あらかじめ用意しておいた時間稼ぎ用の30を超えるディレイバインドを使用する。
「くっ!」
ミストの魔力の色が変わったのを見てかなり驚いたのは確かだ。
闇の書が古代ベルカの物だと知って、幾百もの資料を調べ尽くした時に『ベルカの聖王』の情報も――その虹色の魔力についても知っていたから。 でも!
「ザフィーラは自分の能力ではお前にバインドを当てられないと判断して結界魔法を使ったが、私は違う!」
当時、すでにロストロギアと呼ばれていた巨大戦艦がなければ、聖王の血なんて無用の長物でしかないのだと知っているのだ。
「防御力が高くても!
砲撃能力が高くても!
ゆりかごに乗ってなければただの人なんだよ!」
調べた限りでは、聖王の能力は確かに恐ろしい物ではある。
しかし、全体ではなくその1つ1つに目を向ければ、防御力も砲撃能力も、ついでに魔力量も、時空管理局のそれぞれの分野のトップクラスには劣るのだ。
「こ、ん、な、 ものぉっ!」
ピシピシという音と共に、バインドにヒビが入って行く。
しかし、もう、私たちの勝ちは決定的だ!
「きゃああああああああああ!!」
なのはの悲鳴が辺りに響く。
「シャマル! やめて! なんでこんな事するんや! お願いやから、もうやめて!」
はやての怒りと懇願の入り混じった声がシャマルの胸を刺すが、それでも、シャマルは無言ではやての言葉を聞いていた。
「なのは!」
「大丈夫か! しっかりしろ!」
高町家の4人が、胸から突然腕が生えて大声で苦しむ末っ子をどうしたらいいのかわからないまま、なのはを苦しめていると思われる仮面の男とはやての家族であるシャマルのやりとりと、ミストがなのはを助けようとして苦しんでいるのを見ていた短い時間の内に、シャマルの魔力蒐集作業は終わってしまった。
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