門を通り、玄関から家に入り、案内された中庭に用意されていたのは1つの机と3人分の椅子であった。
もちろん、机の上にはお菓子と紅茶の準備がなされている。
「よく訪ねてくれたね。」
「はい。 素敵なお庭ですね。」
「だろう? リーゼたちが見つけてくれた庭師の腕が良くてね。
最近じゃあ、ランチをここで食べるのが習慣になっているんだよ。」
リンディとグレアムはニコニコと微笑み合いながら日常を交わし、互いの腹を探る。
「だが残念な事に、紅茶を入れる為のお湯がまだ沸いていないのだ。」
「あら、それは残念。 時間よりも早く来てしまったのかしら?」
「いや、そんな事は無い。
何故か今日に限ってあの子たちに用事が出来てしまってね。
普段は全部あの子たちに任せているものだから、台所の勝手が良くわからなくて手際が悪い事になってしまったんだ。」
たまには台所の事もやらないとこう言う時に困ってしまうのだなと笑いながら話すグレアムに、そうですわねと返事をしながらリンディは自分の甘さを反省していた。
(普段のあの子たちの様子から、今日、ここを訪れる私たちからマスターを守る為にリーゼたちは此処に居るものだとすっかり思いこんでしまっていたわ。)
おそらくあの2人は例の仮面を着けて、守護騎士たちの居る日本で何かをしている。
今のアースラにあの2人と渡り合える戦力は私とクロノとミストの3人しかいないというのに、だ。
(エイミィたちがいざという時のアルカンシェルの準備で忙しくなると考えると、ミストしかいないけれど、いくら彼女でも、1人で守護騎士とリーゼたちの6人を相手にするのは厳しいでしょう。
誰かが機転を利かせて本局に援軍を要請したとしても、あの6人を相手にできる人材がすぐに用意できるとは思えない。
フェイトとアルフなら次元間転移ができるけれど、あの子たちだけでは……)
今からクロノだけでもアースラに戻す事は出来ないものかと考えはするけれど、此処を訪ねた理由を説明すらせずにいきなり帰らせるのはあまりに不自然すぎる。
「お湯が沸くまで、何か時間を潰す――そうだな。」
ギィン!
大規模な結界が、かなり広い範囲に展開された。
「これはどういうつもりですか?」
突然の事態に戸惑いつつも、警戒はしても戦闘態勢はとらずに、できるだけ穏やかな口調でリンディはグレアムに訊ねた。
「ふふふ、そんなに警戒しないでくれないか。
私はただ、クロノ君がどこまで成長したのか確かめたいと思っただけだよ。」
彼はズボンのポケットから時空管理局で自分専用のデバイスを持って居ない新人に配られるのと同じストレージデバイスを2つ取り出して1つをクロノに投げてよこした。
「僕は自分で組んだデバイスを持っています。」
思わず受け取りはしたものの、自分が扱いやすいようにカスタマイズしたデバイスを持っているクロノはそれを返そうとした。
今まで母の後ろで黙って立っていた彼は、グレアムが最初からコレを狙っていたのだと確信し、自身の戦力を下げる様な真似をしたくなかったのだ。
「いや、今回はそれを使ってもらう。
確かに自分のデバイスを扱いやすいようにカスタマイズして使うのは当たり前の事だが、それではデバイスに頼った戦い方しかできないだろう?
私が知りたいのは君が万全でない状態で何処まで戦えるようになったのか、だ。」
「……わかりました。」
自身を不利な状況に落とす様な愚行はしたくないと考えていたのだが、自分よりも位が上のグレアムにその様に言われてしまっては、それ以上断る事はできない。
「では、始めようか。」
そう言いながら戦闘態勢をとるグレアムを前に、クロノは完全にしてやられたなと考えながら仕方なく戦闘態勢をとる。
(おそらく、目的は時間稼ぎ。)
リンディはすでに戦闘態勢に入ってしまった2人を見ながらも思考を止めない。
(現に、管理外世界で一般人に魔法を見られるわけにはいかないという建前で張られてしまった結界魔法のせいでアースラと連絡が取れなくなってしまった。
しかも両者が使うのは自分に合わせてカスタマイズされたわけではないストレージデバイスだから、勝敗が決まるまでにかかる時間は1時間や2時間で済まないかもしれない。
それに、勝っても負けてもクロノは戦力外状態になってしまう……)
してやられたと思った時にはすでに遅い。
立場上、訓練の為に張られた結界を無理やり解除するわけにもいかない自分は、ここで2人の勝負が終わるまで見届ける事しかできない。
(……時間を与えてしまったのは失敗だったわ。)
だからと言って、急に訊ねて捕縛してしまうわけにもいかなかったのだけれど。
「リンディ、合図を頼む。」
「……わかりまし――あ、クロノ、あなたのデバイスを預かるわ。」
「? ……! はい。」
今の自分にできる事は、最悪の事態――馬鹿げた勝負が終わった後もこの結界に閉じ込められたままになるのを避ける為に結界の解析をする事くらいだ。
「うわっ!?」
「なっ! なんだいこれは!?」
アースラから送られた位置情報を頼りに第97管理外世界に次元移動したはずのフェイトとアルフは戦場よりも少し離れている場所でバインドされてしまっていた。
「フェイト? アルフ?
なんでそんな所に現れて捕まっちゃっているの!?」
本来ならば自分の背中側に現れるはずのフェイトとアルフが戦術的にまったく無意味な地点にバインドされて出てきたのを確認したミストは驚きの声を上げた。
「わ、わかんないよ!」
まさかこんな事になってしまうとは思ってもみなかったのはフェイトも同じだ。
「シャマル! この少女を蒐集しろ!」
「なっ!?」
「え? ええ!」
その時、フェイトとアルフのすぐ横に現れた仮面の2人組がシャマルに命令をし、突然の事態に驚いていたシャマルは、これがこの2人によるモノだとすぐに気づくと同時に蒐集を開始した。
「しまった!」
「きゃああああああああああ!!」
リーゼたちはアースラがフェイトに送った位置情報を改ざんして、さらに罠を仕掛けたのだとミストが気づいた時には、時すでに遅し……
「エイミィ! フェイトとアルフをアースラに転移して! 早く!」
蒐集されて動く事さえできなくなったフェイトとアルフを戦場に置いておくわけにはいかない。 彼女たちを戦いに巻き込みかねないし、人質に取られるかもしれないからだ。
『わかってる! お願いします!』
エイミィはミストに言われるまでも無くフェイトが蒐集されはじめた時から、今回の援軍である“転移魔法が得意な局員”にその準備をしてもらっていた。
「1対5――いや、1対6か……」
仮面の片方がヴィータにかけたストラグルバインドを解除したのを見て思わず声が出る。
「はぁ……」
リンディとクロノを期待できない今、なのはちゃんを守りながらこの6人を相手にしなければならないという、絶望的としか言えない状況に溜息も出てしまう。
『最悪の状況を想定して、今からアルカンシェルの準備をしておくよ。』
「……お願い。」
フェイトを蒐集したのはリーゼ達の計画通りなのだろうから、なのはちゃんを蒐集した時点で闇の書が完成する可能性が高いと言わざるを得ない。
「結界が破れたら、その瞬間になのはちゃんを回収してくれない?」
『……努力はするって。』
【上手くいったね。】
【そうね。】
リーゼたちはフェイトの魔力を蒐集した事によって闇の書のページがかなり埋まったとシャマルが言っているのを聞きながら、自分たちの計画が上手くいって良かったと、高町家に張られた結界の解除に取りかかりながらも安堵していた。
アースラの戦力であるフェイトとアルフを排除できただけでなく、闇の書の完成に大きく近づく事ができたのだから。
【これで後はこの結界の中に居る高町なのはを蒐集させるだけ。】
思っていた通りかなり複雑で強度もある結界であったが、シグナムたちが時間を稼いでいる間に解除できそうだ。
【……可哀想だけど、これも世界の為。】
リンディたちと軽く接触しているようだが、闇の書については何も聞かされていないらしい少女に対して、自分たちが酷く勝手な事を言っているのはわかっているが、今さらやめたりはしないしやめるわけにもいかない。
「この結界はこちらで解除するから、シャマル以外はその女の足止めをしておけ!」
その命令に嫌な顔をされたが、はやてを人質に取られていると考えているだろうヴォルケンリッターはミストに向かって行った。
もうすぐ、計画は達成される。
「こうなったら仕方ない。」
シグナム、ヴィータ、ザフィーラの猛攻を防ぎながら、高町家の結界がもうすぐ解除されてしまうのを感じ取ったミストは、色々な事を諦めた。
「もう、やるしかない。」
本来ならば、もう暫くの間は、誰にも知られたくなかったのだけれど、残念ながらそんな事を言っている場合ではなくなってしまった。
「エイミィ、お願いがある。」
今から言う事がどれだけ無茶なことなのかわかっている。
『え?』
諦めたけれど、でも、少しでも可能性があるのならばそれに賭けたい。
「この戦闘の記録を止めて欲しい。
それが無理なら、せめて私の魔力光を全部黄色に編集して記録して欲しい。」
『ミスト? 何を言って――え?』
ミストのお願いの意味が理解できなかったエイミィの声が、途切れる。
私の魔力光が黄色から虹色に変化したのを見たからだろう。
「なんだ?」
「魔力の色を変えた?」
「黄色から、虹色に?」
「この状況で意味の無い事をするとは思えないが……」
魔力の色なんてその気になれば幾らでも変える事は可能だというのに、援軍である仮面の2人組が来た時にそれをしたと言う事は……
「ただでさえ、こっちの攻撃は届かないっていうのに……」
1対4の状況でも逃げずに戦いを続けるなんて、よほど自分に自信がなければできない。 なのに、1対6になっても未だ退かないと言う事は、この状況でさえどうにでもなるような切り札とか奥の手と呼べるような物を持っているのではないかとは考えていた。
考えてはいたのだが……
「シグナム、私が先に攻撃を仕掛ける。
シャマルとザフィーラもシグナムと一緒に解析をしてくれ。」
別に、さっき捕縛されてしまった分を取り返そうと言うわけではない。
魔力光の変化によって目の前の女がどの様に変わってしまったのか、様子見をする必要があると考えたのだと、ヴィータが他の3人に宣言した。
「ヴィータ、お前の気持ちはわからないでもないが、こちらの攻撃が全く通じなかった奴に1人で突っ込んだところで解析できる情報を得られるとは思えん。」
「だけど!」
しかし、ザフィーラは彼女を止めた。
「冷静に考えろ。 俺たちの役目は時間を稼ぐ事だ。」
何を企んでいるのかわからないが、あの仮面の2人が結界を解除して、中に居る高町なのはをシャマルが蒐集してしまえば闇の書は完成するのだ。
今必要のなのは目の前の女との決着ではなく、闇の書を完成させる為の時間だ、と。
「ウオオオオオオオオオオオ」
ザフィーラは雄叫びを上げると同時に、自信が使える最高クラスの結界によってミストをその中に閉じ込めた。
「シグナム! ヴィータ!
お前たちも全力で結界を張れ!」
魔力の色が変わる前から、あれだけの魔力弾を作り出せた化け物をどれだけの時間閉じ込めていられるのか、まったく見当もつかないが、こちらの攻撃が全て防がれてしまう以上はこういう方法でしか足止めできないだろうと考えた。
「わかった!」
「……わかったよ。」
自分たちの攻撃が有効ではない事が明らかであり、そしてザフィーラの提案は試してみる価値が十分にある様に感じたので、2人はそれに乗ってみる事にした。
「コレで駄目なら、どうしようもないな。」
たった1人を3つの結界で閉じ込める。
普通なら考えられない策だが、相手がこちらの常識外の存在であるのだから仕方な――
「うおっ!」
突如、ザフィーラが声を上げて倒れ
「なっ!」
続いてシグナムの体が震え
ばりぃいいいいん
「嘘だろっ!」
ガラスが割れるような音と共に、ヴィータが膝をついた。
「こんな、こんな事が……」
ザフィーラが見上げた先には、たった1発の魔力砲撃で3つの結界を破壊した金髪オッドアイの時空管理局員が、高町家に張られている結界を解除しようとしている仮面の2人組にその右腕を向けている姿だった。
「馬鹿な!?」
「たった1発で、あの3人の結界を!?」
「警告します。 大人しくデバイスを捨てて、無駄な抵抗は止めて下さい。」
彼女は時空管理局員らしく警告を発したが、仮面2人組は顔を向き合って頷き合うと、その片方が虹色の化物に向かって行った。
「今さら、そんな事ができるわけないだろ!」
そう叫んで、砲撃を撃たせない様にだろうか、常に相手と高町家の間に居る様に位置取りをしながらミドルレンジの戦闘を仕掛けていく。
「なかなかやるが、あれでは……」
唯一ダメージを受けて居ないシャマルによって張られた治癒効果のある簡易結界魔法の中で倒れているザフィーラの側に、シグナムはレヴァンテインで、ヴィータはグラーフアイゼンで体を支えながら、よろよろと近づいて来た。
「ああ、あいつには厄介な誘導弾がある。」
しかも、その数は回避し続ける事が出来ないほどであり、1度当たってしまえば防ぎきれるものでもない。
「それに、やはり攻撃がことごとく防がれている。」
自分たちの攻撃は防がれるのにあの仮面の攻撃は通じるのだとしたら、それはそれで複雑な気持ちになったのだろうが……
「やばい、押され始めた!」
こちらの攻撃が通じず、一方的に攻撃されるのだからそうなるのは当たり前だった。
「くそっ!」
当たり前なのだが、予想以上に早かった。
シグナムやヴィータも感じていたのだが、あの管理局員はこちらの手の内を全て知っているかの様にこちらの攻撃を防ぎ、当ててくる。
そしてそれは、あの謎の仮面に対しても同様だったようだ。
「無駄な抵抗は、止めろと言った!」
管理局員が先ほどヴィータにやった様な高速移動によって仮面に接敵し、至近距離でさきほど3つの結界を破壊した魔力砲撃をぶち込んだ。
「だけど!」
双子のロッテがやられたのを感じながらも、その瞬間、アリアは高町家に張られていた結界を解除する事に成功していた。
「今だ! 蒐集しろ!」
「なんで!?」
結界を解除した仮面の言葉に従おうとしたシャマルの目が、此処に居てはならない人物を捕えていた。
「何をしている!
早く蒐集しろぉおおお!!」
仮面が叫ぶ。
けれど、シャマルは闇の書を持って居ない方の手で口を抑える事しかできない。
「なんで!?
なんで、そこにいるの!?」
「馬鹿な!?」
それは、仮面の片方にブリッツアクションで近づいてベルカ式の砲撃魔法でぶっ飛ばしたミストにとっても理解できない光景であった。
「なんで、なのはちゃんが家の外に――違う!
なんで、はやてがそこに居るんだ!?」
「え?」
「なんや?」
そこには、その手に持った木刀で結界を叩いていたのだろう士郎と恭也が叫んでいる仮面を不思議そうに見上げていた。
子供たちと同じ様に、空に浮かんで叫んでいる謎の人影を見上げている美由希ははやてを背負っていて、その側には桃子となのはがはやてを気づかう様にして立っていた。
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