星が見えない曇り空の下、街灯に集まる蛾を鬱陶しいと思いながらシャマルとザフィーラは主の親友の住む高町家へ続く道を歩いていた。
「ついでに蒐集するのか?」
誰かに見られた時の事を考えて着けられた首輪に違和感と息苦しさに耐えながら夜のお散歩モードのザフィーラがシャマルに訊ねる。
「どうしましょうか?
本当はなのはちゃんが冬休みに入るまで蒐集をしないつもりだったけど……」
リンカーコアを持っている人間の存在が稀なこの世界で、なのはの魔力を蒐集するという事は『原因不明の意識不明者』を生み出すことに他ならない。
そして原因がわからない以上その回復は自然治癒に任すしかないという事であり、おそらく1ヶ月以上意識不明の状態は続く事になるだろうし、意識が回復してもさらに数ヶ月は――体質によっては一生、その身体に不自由が残る事になるだろう。
もちろん、闇の書が完成した後で、にはなるものの、なのはの治療にはこちらもできるだけの事をするつもりではあるので、冬休みの間に動けるくらいには治療して、新学期が始まる頃には通学できるくらいには回復させておく予定だった。
「はやてが悲しむ事はしたくないが、高町を蒐集対象として考えると捨て置くには、な。」
あの魔力量は放置するにはもったいない。
「そうなのよねぇ……」
蒐集したら数十ページにはなるだろう。
だからこそ闇の書の最後の蒐集対象として想定していたのだ。
『でも考えてみたら、なのはちゃんが原因不明で倒れた途端にはやてちゃんの足が治る――何て事になったら、いくらなんでも私たちがはやてちゃんに内緒で蒐集していた事がばれるちゃうんじゃないかしら?』
『ふむ……』
八神家から高町家へ続く道に仕掛けておいた高性能集音機によって聞く事のできる2人の会話から、高町なのはのリンカーコアを調査した後異常が無かったらそのまま蒐集してしまう可能性が高いと考えられる。
「どうするの?」
このままではなのはが危ないが、どうやって守るのかとフェイトがクロノに訊ねる。
フェイトとなのはは互いに知り合い程度の付き合いでしかないが、一緒に居ると元気になれるような少女が悪党の餌食になるのを見過ごすわけにはいかない。
時空管理局の嘱託魔導師という肩書を抜きにしても、高町なのはと言う少女を守ってあげたいと思っているのだ。
「高町家に侵入されてから対処した場合、なのはと僕たちに繋がりが在る事がばれてしまうだろうから、その前になんとかしたいが……」
今あの2人――1人と1匹は夜の散歩をしているだけの様にしか見えない。
そんな1人と1匹を奇襲して捕縛してしまうと言う事は、時空管理局が闇の書と守護騎士の居場所を掴んでいたという事になる。
「そうか。 あの1人と1匹を捕縛してしまうと家に残っている2人がはやてを連れて他の世界に逃げてしまうかもしれないんだ。」
高町家に侵入される前にどうにかしないといけないが、どうにかしたらどうにかしたで、残りの2人が逃げてしまうという面倒くさい状況
「ああ。」
考えられる中で一番良い結果が出るのは、なのはのリンカーコアが体外に出ていて、なお且つ魔力を蒐集される前に駆けつけて「パトロール中に魔力を感じて駆けつけてみたら…… お前たち、一体何をしているんだ!」とでも言って妨害する事だ。
これならば時空管理局と高町なのはとの間に繋がりがあるとは思われないし、念話をする隙を作ってやれば家に残っている2人も「偶然時空管理局の邪魔に会った」と考えるだろうから、入院している八神はやてを無理やり連れ出してこの世界から脱出する様な真似もそうそうしないだろう。
しかし、この方法は失敗する可能性が高すぎる。
時空管理局の執務官として、ハイリスクローリターンな作戦を選択する事はできない。
「クロノ、一つ提案があるんだけど?」
「ん?」
ミストの提案をクロノは採用する事にした。
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「っ!!」
「シグナムっ!!」
シャマルとザフィーラが帰ってくるのを待っていたシグナムとヴィータは巨大な魔力を持った何者かがこの世界に現れたのを感じた。
「これほどの魔力を隠しもせずに……」
「何処の馬鹿だかわかんねーが、こいつを蒐集出来たらかなり楽になるんじゃないか?」
確かに、この正体不明の魔力を蒐集したら闇の書のページがかなり埋まるだろう。
が――
「いや、待て。」
「なんだよ?」
「私たちが蒐集を初めてかなりの時間が経つ。
時空管理局ならこれが闇の書によるものだと気が付いているだろうし、もしかしたら他の世界でもそれなりの話題にはなっているかもしれん。」
そんな時期にこんな辺境の世界に魔力を隠しもせずにやって来る馬鹿がいるだろうか?
「……罠って事か?」
時空管理局が自分たちを釣る為に色んな世界で巨大な魔力を放出し、それを感知した自分たちが蒐集に来るのを手ぐすね引いて待ち構えている可能性は高いだろう。
「その可能性があると言う……
いや、これが管理局の罠では無いというのならなお悪いかもしれん。」
この世界の人間の殆どは魔力持っていない。
これほどの魔力を持った者ならば一方的な虐殺が可能である。
「時代劇で言う処の試し切りとかの可能性もあるか。」
何かのショックで自分の中の巨大な力に目覚めた馬鹿か、手に入れたロストロギアの性能試験にきた馬鹿という事も十分に考えられる。
「病院へ、走らず、歩いて行くぞ。」
相手が何者であれ、主の安全確保が一番大事だ。
「わかった。」
空を飛べば1分もかからずに病院に着くが、正体不明の巨大な魔力の保持者にこちらの魔力を感知されてしまうのはまずいし、魔力を感知されなくとも、自分がこの世界に着た途端に高速で移動する物が居たら不審に思われかねないという判断だ。
「途中でタクシーに乗れれば良いんだが……」
「ザフィーラ!」
「一度家に戻るぞ!」
なのはの部屋に結界を掛けた直後に現れた巨大な魔力を感じ、すぐさま結界を解除した。
シグナムやヴィータと違って病院へ直行しないのは、ザフィーラが狼モードである為に病院に入れないし、タクシーにも乗れないからだ。
「家の結界はどうしましょう?」
八神家にはシャマルとザフィーラによる結界を張ってある。
「下手に解除するとそれを感知される可能性がある。」
「……それもそうね。」
そんなシャマルとザフィーラを街のあちこちに仕掛けられた高性能集音機と一緒に設置しておいた高性能監視カメラが撮っていた。
「クロノ君、ミストの予想通り2人はなのはちゃんを蒐集せずに家に向かったよ。」
その映像を見ながら、エイミィが携帯電話でクロノに現状を伝える。
テレビやラジオはもちろん、最近普及し始めた携帯電話などによって海鳴くらいの規模の街ならば常に様々な電波で溢れている現代社会、魔法に頼った世界で創られただろう闇の書や守護騎士たちに傍受されるのを防ぐには念話よりも携帯電話の方が良いのだ。
『よし、そのまま監視を続けてくれ。』
「りょーかい!」
『フェイト、2人がポイントAに来たよ。』
「了解!」
アルフからの連絡を受けた私はミストに電話を掛ける。
『目標は?』
「予想通りBもTを使わず徒歩でポイントAから。」
Bはバス、Tはタクシーの事だ。
『なら、予定通りに結界をお願いね?』
「はい。」
私は携帯を閉じて集中に入る。
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ふと、違和感を覚えたシグナムがその事をヴィータに知らせようとした処、ヴィータに取っての死角から3つの魔力弾が向かって来ているのを視界にとらえた。
「ヴィータ! 右へ飛べ!」
シグナムはそう叫び、彼女自身は左に大きく飛んだ。
ヴィータはシグナムの叫びに戸惑う事も無くシグナムの言う通りに右に飛び、魔力弾を回避する事に成功した。
「くっ!」
「ちっ!」
転がりながらもデバイスを起動し、夜中とはいえ病院に続く道なのにまったく車が通っていなかった広い道路でお互いに背中を合わせて戦闘態勢に入り、同時に自分たち2人がそれなりの大きさの結界の中にいる事に気がついた。
「罠にかかってしまったようだな。」
何処でミスをしたのかわからないが、現状からそう判断するしかない。
「一体な――!?」
ヴィータは結界の北側に百を超える魔力弾が浮かんでいるのを見つけた。
「なんてぇ数だ……」
まず間違いなく多少の誘導性能はあるだろうあれら全てを回避するのはまず無理だ。
「誰だ!!」
ヴィータが大きく叫ぶ。
それは結界内に響き渡るのに十分な声量だった。
「時空管理局の者だ。」
それに答えたのは魔力弾とは反対の方向の建物の屋根に立っている黒尽くめの少年。
「時空管理局だと!?」
何時襲いかかってくるかわからない魔力弾から意識をそらすわけにもいかず、だからと言って声のする方向に意識を向けないわけにもいかず、シグナムとヴィータは意識を北と南の2か所に分けながらその少年を見上げた。
「魔力を感知してすぐに動きだしたのは失敗だったな?
もうわかっていると思うが、僕たちはお前たちをおびき出して捕まえる為に様々な世界で今の様に巨大な魔力を放出してきたんだ。」
「……なぜ、私たちだと?」
自分もヴィータも魔力を全く洩らさずに徒歩で病院に向かっていた。 だから魔力を感知されたわけではない。
それなのに何故、時空管理局の攻撃対象となってしまったのか。
この世界が自分たちの拠点だと知られてしまっているのならば今すぐシャマルとザフィーラに連絡をとり、病院に居るはやてを連れだして他の世界に逃げなければならない。
「何故も何も、お前たち2人は時空管理局の局員を襲って彼らの魔力を奪っただろう? その時にその姿を見られていたんだ。
後は魔力を放出してから10分以内に移動を始めた熱源を1つ1つ調べて似顔絵と見比べて行けば、いつかお前たちに辿り着く。」
単純な話だろう?
なのはとの繋がりがばれない様に、いまどき子供向けの番組でさえもしない様な悪事のネタばれモドキを口にしながら、クロノは目の前の2人を鼻で笑った。
「まさか、そんな作戦とも呼べないような物にまんまと釣られるとは……」
「蒐集した奴らがもう起きているとは…… 管理局の医療技術を甘く見すぎていたか。」
闇の書が完成する前に意識を取り戻す者がいるとは思ってもいなかった。
「君たちが傷つけた野生動物の中には絶滅危惧種もいたんだ。
その上管理局の局員を傷つけた公務執行妨害もある。
これ以上罪を重ねる前に、大人しく投降する事を薦める。」
今の言葉から、時空管理局が自分たちを追ってきたのは野生動物と数名の局員から魔力を奪ったからだと判断した。
(この少年の言う事を信じるのならば、管理局から見て私たちの罪状は現時点では動物虐待と公務執行妨害の2つくらいと言う事……
つまり、管理局は未だに闇の書に気づいていないと言う事になるが……)
その場合、闇の書の現在の主が八神はやてであるという事も知られていないという事。
(ならば、はやてを連れてこの世界から脱出する必要は無いか?
それに管理局に姿を目撃されてしまっているのはこの場に居る私とヴィータだけの様だ。
私たち2人が他の世界に行くだけでも、はやての事に気づかれる可能性は無くなる。)
結界の北側に百を超える魔力弾が浮かんでいるが、それらから感知できる魔力の波動は全て同一の物――つまり、敵は目の前の少年と魔力弾を浮かべている者の2人だ――いや、結界の魔力は違うか?
だとしても、この場に居る管理局員は3人だけ。
2対3だが、上手くやれば1人ずつ蒐集する事も不可能ではな――
「シグナム!」
ヴィータが発した突然の大声に、思わず体が動いた。
ブオゥン! ブオゥン!
おかげで2発の魔力弾が耳をかするだけで済んだ。
「くっ!」
「まだ来るぞ!」
ざっと見て30発の魔力弾が私たちを目指して飛んでくる!
「くそっ!」
それらは回避しても地面や壁に当たったりせずに、しつこくこちらを追跡してくる。
「投降勧告から1分経っても投降の意思を見せなかったので敵対する意思が在ると判断。
こちらが見せた誠意に対して話し合いにすら応じてくれなかった事は非常に残念だが、君たちの様な犯罪者を見過ごすわけにもいかない。
よって、君たちを強制的に捕縛させてもらう!」
そう告げて、クロノは2人から距離を取る。
2人がこちらに近接攻撃を仕掛けて来た場合、ミストの誘導弾に巻き込まれる可能性があるからだ。
(ミストの提案をエイミィと一緒にある程度修正したが、上手くいきそうだな。)
時空管理局は高町家の事を何も感知して居ないという事を匂わせる台詞に少し説明臭いというか、違和感があるような気がしたけれど、自分と違ってシグナムとヴィータは違和感を持っていないようだ。
(このまま作戦通りにいけばいいが……)
百を超える魔力弾を回避し続けることは至難の業だ。
が、この結界を破壊する事ができれば『管理外世界に痕跡を残す分けにはいかない時空管理局は、一般人に魔力弾を見られる前に魔力弾を全て消すだろう』という『現状を打破する一番簡単な方法』に気づけば仲間に助けを求めるだろう。
(結界を破壊する為に意識を集中しているシャマルかザフィーラのどちらかを捕縛する事ができれば今回の作戦は成功と言っていい。)
ベルカ式の最大の特徴とも言えるカートリッジに魔力を補給しているシャマルを捕縛できれば戦力のダウンは避けられない。
これまでの調査の結果、彼女たちは常にカートリッジを使用して野生動物から魔力を蒐集しているのだから。
仮に、他の3名もカートリッジに魔力を補給できたとしてもそれは変わらない。
彼女たちは蒐集に行っては倒れるまで魔力を使いはたして帰ってくるのだ。
(カートリッジに魔力を補給する為に、倒れるまで魔力を使わないという選択をした場合でも蒐集の効率は下がるし、カートリッジに魔力を補給しないと言う選択しても蒐集の効率はやっぱり下がる。)
ザフィーラという使い魔タイプの方を捕獲した場合でも戦力と蒐集効率は低下する。
(前衛2人の捕縛は後回しでいい。
というか、早い段階で捕縛しても監視や警備に必要な人員が後衛2人の時よりも必要になるだろうから、アースラが改装中の今捕縛してもデメリットの方が大きい。)
後衛が1人でも居なくなれば、蒐集効率を維持する為に今まで以上に無理をするに決まっている。 そうやって自滅した所を捕縛してしまう方が安全だ。
「行くぞ!」
《ブレイズキャノン》
追跡弾から逃げる為に高速飛行に入ったシグナムに追跡弾とは違った軌跡を描く威力重視の砲撃を行う。
「ちっ!」
ガシュッ!
こちらの目論見通りカートリッジを使って防御してくれた。
ミストの追跡弾はその防御魔法が消えるまでシグナムの周りをくるくると回り続ける。
「そっちも!」
《ブレイズキャノン》
「くそっ!」
ガシュッ
ヴィータもシグナムと同じ様にカートリッジを無駄遣いしてくれた。
(フェイトとアルフがどちらかを捕縛するまで、時間を稼がせてもらうぞ。
シャマルを捕縛できた時の為にカートリッジもしっかりと使ってもらう。)
「男なら正々堂々とかかって来い!」
ヴィータが吠えるがクロノは無視する。
(だが、なんだろう? 作戦はうまくいっているはずなのに、さっきから嫌な予感が……)
「なっ! 何者だい!」
ザフィーラにチェーンバインドを仕掛けようとしていたアルフは突然現れて自分を蹴り飛ばした仮面の2人組を睨みつけたが、2人組はアルフの問いに答える事をせずに、片方が何かカードの様な物を取り出して投げてきた。
「ちっ! だんまりか!」
それを紙一重で避け様としたアルフは、すぐに失敗した事に気付いた。
「しまった!」
そのカードは、アルフとの距離10㎝という近さで爆発したのだ。
アルフには――いや、おそらく殆どの人が、そんな距離での爆発を回避できるわけがなかった。
クロノの予感は的中していた。
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