カランコロン♪
「こんにちわー。」
日曜日、翠屋のドアが開いて車椅子の少女が入店する。
「はやてちゃん、いらっしゃい!」
最近『翠屋の看板娘』と呼ばれるようになってきた高町なのはが八神はやてを歓迎した。
「なのはちゃん、いつものお願いするわ。」
はやては常連ぶって昼飯を注文する。
「いつものって…… いつも違う物注文するじゃない。」
なのはは苦笑しながら――
「ふふふ。 そういいながらも私の事ちゃーんとわかってくれてるやないの。」
はやてがまだ注文した事の無いケーキを用意していた。
「にゃはは。」
ランチメニューは先週で制覇されてしまったものの、一番おいしそうに食べていたのを思い出して厨房の父に頼み、まだ種類に余裕のあるケーキからデザートを選んでいたのだ。
「今日もシグナムさんたちは来ないの?」
「うん。 ケーキは食べたいけど大事な用事があるって。」
なのはははやての寂しそうな声と顔に、聞いちゃいけなかったかな?と、反省する。
「それより、コレ食べた後図書館に行こうと思ってるんやけど……」
この話を続けたくなかったのだろう。
はやては遠まわしになのはのこれからの予定を尋ねた。
「うん。 今日は雨も降っていないし、そうなると思っていたから午後からのスケジュールは空けておいたの。」
「じゃあ!」
「一緒に行こう。」
「――って、そんなに急いで食べなくても!」
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時空管理局本局で次元空間航行艦船用のドックで整備が終わり何時でも起動できる状態のアースラの艦長室――ようするにリンディ・ハラオウンの部屋に訪れた人物が1つの提案をリンディに持ちかけた。
「第97管理外世界に?」
「はい。」
その訪問者はミストだった。
ミストとフェイトはPS事件が終わって5ヶ月ほどで時空管理局の嘱託魔導師になっており、今では立派なアースラのクルーである。
しかし、フェイトはもちろんミストも時空管理局の中ではまだまだ新人であり、提督であり艦長でもあるリンディに――高町なのはのいる第97管理外世界にアースラを向かわせたらどうかなどと提案できるような立場ではない。
「……高町なのはさんが狙われると思っているのね?」
2人はその事を十分に承知している。
リンディはミストがアースラに載るようになってから今まで、ミストがあの少女の事を気にかけている事も、まとまった休暇が取れる度に許可を取って第97管理外世界へ行っている事も知っている。
「はい。」
だから、ミストが単純にあの少女に会いたいだけでそんな事を言っているわけではないと考えたリンディが辿り着いた結論がそれだった。
「確かに、あの子の魔力はかなりのものだったから、狙われる可能性は高いわね。」
主に友人であるレティ・ロウランからの情報ではあるが、最近、複数の次元世界で野生動物が何者かに襲われ魔力を奪われるという事件が多発しているのだそうだ。
未確認だがその何者かと接触した局員も魔力を奪われたらしいとも聞いている。
「はい。 可能性は高いと思います。」
だが、わかっているのだろうか?
「あの子が襲われていなかったら無駄足になるわよ?」
「襲われていなかったら、襲ってくるまで待ちます。」
……わかっていたのか。
そういった作戦でもない限り、このアースラが管理外世界に留まる事はできないと。
しかし
「それは、管理局と関わりの無い世界の一般人を囮にするという事なのよ?」
管理局で、これまでもそう言った事が無かったわけではないけれど、幾多の世界を自由に移動できる者を相手に待ち伏せ作戦など、そう簡単に認められはしないだろう。
それにあの世界にはギル・グレアムという管理局の重鎮とその使い魔2人もいる。
あの世界で誰かが襲われると仮定した場合、一般人の少女よりも彼の警護を優先すべきであり――そもそも、事情を説明して本局なりミッドチルダなりに避難してもらったほうが早いし確実である。
高町なのはの安否の確認にせよ、彼女を囮にして待ち伏せ作戦をするにせよ、アースラが管理外世界に向かう理由としては……
「あの子だけじゃないんです。」
少し困ったような顔をしてミストが言った言葉の意味が
「……え?」
一瞬、理解できなかった。
「ジュエルシードを集めている時に見つけたのですが、あの世界の――海鳴の近くにはもう1人、なのはちゃん並みの魔力を持った子がいるんです。」
「な!?」
恐ろしい事実が明かされた。
高町なのはの魔力がどれほど多くても、たった1人を襲う為に第97管理外世界に現れるかどうか微妙だと思っていたが、そう言う事なら話は別だ。
なぜなら、報告によれば野生動物は大量に襲われていたらしいのだから。
「あの、あの魔力量の子が2人、それも近くに居る世界。」
あの世界は魔法が一般的ではない。
どう考えても、自己防衛の為に魔力を使用する野生動物から集めるよりも、効率が良い。
「はい。 だから、可能性は高いんです。」
迷っている時間は無いと言うように、ミストは言葉を続ける。
「犯人が何の目的で魔力を集めているのかはわかりませんが、『魔力を集める』事が目的だと言う事はないと思います。」
リンディもそれに同意する。
魔力はエネルギーの1種である。
「一般的に考えて、何に使うのかは分からないけれど、目標とする魔力量があると推測できると思います。」
エネルギーを集めると言う事は、何かを動かすのに必要だから集めていると考えるべきだろう。
犯人が集めた魔力は確認できるだけでも莫大な量のはずだ。
「そして、犯人が魔力を集めているという痕跡はここ最近、それも大量に残っています。
これは犯人に大量の――それも、痕跡を消す時間も惜しいくらいの短時間で――魔力を集めなければならない事情ができた為だと思われます。」
犯人には時間が無い。
「……そうね。
目標とする量も期日もわからないけれど、彼らが事を急いでいるからこそ、大量の野生動物が襲われた痕跡が残り、それを発見した管理局の局員も襲われたのだと推測できます。
そうだとすると、なのはちゃんやその子が狙われる可能性は高いわね。」
リンディの言葉に、ミストの目が輝く。
「じゃあ!」
「ええ。 アースラは第97管理外世界に向かいます。
手続きに多少時間はかかるだろうから、その間に準備するように皆に伝えてください。」
「はい!」
笑顔のミストを見て、すでに魔力を奪われた後だったら滞在する事は無いのだけど――とは言えないリンディだった。
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「やっぱりなのはちゃんて結構な力持ちさんやね?」
階段の隣にある車椅子用の道はそれなりの角度がある。
この図書館にははやて1人で通っていたのでそこまで力が必要な物ではないと思うかもしれないが、車椅子に乗っている人が自分で坂を登るのと子供が乗っている車椅子を――それも小学生が押すのとではかなり違う。
「それは…… 鍛えているからね。」
なのははそう答えたが、実際は魔力を使って筋力増強に似た効果を出している。
「そうなん?」
「うん。
ほら、お店のお手伝いでお皿をたくさん持ったりする事もあるからね。
それに…… パンやお菓子を作るのって結構体力勝負なんだよ?」
粉は意外と重たいし――こねるのもそうだけど、クリームを作るのだって――ハンドミキサーを使えばいいんだろうけど、やっぱり細かい処は手作業の方が良い味がでるのだと言葉を続ける。
「……なるほど、確かにそうやね。」
はやてもお菓子を作る事はあるのでその苦労はわかる。
まして、なのはが作るのは自分が家で作る様な家庭料理の延長の様なものではないのだ。
「はやてちゃんもお菓子作るんだ?」
「クッキーとかな。 もちろん、なのはちゃんのと比べられないくらいに下手やけどね。」
うぃぃぃん
話している間に図書館の自動ドアの前に着いた。
「どうだろ?
はやてちゃんは車椅子で両手の筋肉が鍛えられているだろうから、私よりも上手にできているかもしれないよ?」
なのはの言葉に、思わず自分の右の二の腕を確認する。
「なんやろ、あまり嬉しくないわ。」
「えー。」
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「アリア……」
リンディとクロノから、彼女たちとその主に近々そちらへ行きますと連絡が来た。
「……どうしようか?」
数ヶ月前、この世界にアースラが来たのはスクライア一族が発見したロストロギアが事故によってばら撒かれてしまったからだったので、彼女たちが監視している少女をアースラの魔力探査から隠すのがギリギリになってしまったのは苦い思い出だ。
「リンディが保護したミストって女と親交があった高町なのはがあの子と友達になるなんて思ってもみなかったからね……」
未成年であるフェイト・テスタロッサの保護観察を彼女たち2人の主であるギル・グレアムが担当する事になった時にミストの情報をもっと入手すべきだったと思う。
「仮に、アースラが高町なのはの他にある程度の魔力持ちがいないか広域捜査をしたら、あの子だけじゃなくてヴォルケンリッターにも気づいちゃうよね?」
八神家に魔力探査を誤魔化す結界を張ればヴォルケンリッターの4人が気づいてしまうだろう。 まして、あの一家を別の世界に移す事も不可能だ。
「あの子と高町なのはを別れさせる事もできない。」
今までもこれからも、基本的には隠れてこそこそと監視する事しかできない自分たちが下手に動けばヴォルケンリッターはもちろんアースラにも感知されてしまう。
「幸か不幸か、ヴォルケンリッターたちは高町なのはを蒐集するのを最後――できれば蒐集しない方向で動いているみたいだから……」
アースラが管理外世界に滞在できる期間内に高町なのはが襲われる事がなければ、闇の書は自分たちの予定通りに氷結封印できる――かもしれない。
「ミストがジュエルシードを探している時にあの子の魔力に気づいた可能性は?」
「あるわ。」
はやては今この瞬間にも闇の書に魔力を奪われている。
ミストがジュエルシードを集めている時――自分たちが結界を張る前にあの子の魔力に気づいていた場合、その頃と今とを比べる事が可能であり、変化がある事に気づいてしまうかもしれない。
ミストが、結界で守られていなかった一軒家が何時の間にか結界で守られていたと認識していて、それをリンディたちに報告している可能性もある。
「あの子が闇の書ごとアースラに保護されたら?」
「闇の書とヴォルケンリッターはアルカンシェルで消滅、また10~20年後に闇の書の恐怖が再来する事になるわね。」
それはつまり闇の書を永遠に封印できる最初で最後かもしれない機会を失うと言う事だ。
「でも、その時はその時よ。
闇の書の事は残念だけど、代わりにあの子の未来が――よしましょう。」
これ以上この話を続けると――
「……そうだね。」
――こころがにぶってしまう。
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「これ?」
本棚の上の方に、はやての読みたい本があったので、なのはが代わりに取る事になった。
「そう、その本。」
はやての声に頷いて、3つ隣りの本棚で放置されていたのを持ってきた踏み台に乗る。
「よっと……」
思っていたよりも重たかったのか、なのはは思わず声を出す。
「ふふ。」
その様子を見てはやても声を――笑い声を洩らす。
「もう! そんなふうに笑わなくてもいいじゃない!」
図書館の中なので大きなものではなかったが、その声はそこそこ響いた。
「あ、怒らんといて。 なのはちゃんが可笑しくて笑ったんやないの。」
本を受け取りながらはやては謝る。
「じゃあ、何で笑ったの?」
なのはははやてに本を渡した事で自由になった両手を腰に当てて、下手な言い訳だったら承知しないぞと威圧感を出す。
「なのはちゃんと出会った時もこんな感じやったなって……な?」
おそらく何となしに手に取った本が何処に置かれていたのかど忘れした誰かが分類を無視して置いたのだろうが、読みたいと思っていた本は彼女の手が届くか届かないかギリギリの場所にあるのを発見したはやてが「ぐぐぐ……」と呻きながら手を伸ばしているのを見つけたなのはが取ってあげたのが2人の出会いであった。
「ああ、あの時もはやてちゃんの代わりに本を取ったんだったね。」
なのはもその頃の事を思い出す。
あの頃はまだ名前も知らないお姉さんが翠屋に現れなくなってすごく悲しかった時、お姉さんが言っていた『なのはちゃんと同じ年くらいの車椅子の女の子が1人暮らしをしている』という話を思い出したのだ。
それからは時間があればあちこちの図書館に通ってその女の子を探し続けた。
1ヶ月くらいしてやっと見つけた車椅子の女の子が困っているのを助けた時――こう言ってははやてには悪いけれど、あのお姉さんとの絆がまだ切れていないのだと思えた。
もちろん今ではお姉さんの事を抜きにしてもはやてちゃんと友達になれて良かったと思っている。
「うん。 あの時はなのはちゃんと友達になって一緒に遊んだり本を読んだりするなんて思ってもいなかったけど、友達と一緒に何かするって、とっても楽しいんやね。」
はやては少し赤くなった顔で微笑む。
「わ、私も、はやてちゃんと友達になれて良かったって思ってるよ?」
はやての少し照れくさい台詞になのはも顔を赤くしながら同意する。
「ふふふ。」
「にゃはは。」
2人は小さな声で笑う――が、突如なのはの右手がはやての頭に伸びる。
はやてはなのはが自分の頭を撫でようとしているのだと思い、それをしやすいように頭を前に動かす――と、なのはの左手も右手と同じ様に拳の形ではやての頭に伸びた。
「え?」
拳の形で?
何で?
何処の指の何間接かわからないが、はやての両方のこめかみに当てられた。
「ちょっ? 待って? 何? 何なの?」
はやては慌てて頭を動かそうとしたが、残念な事に、喫茶店のお手伝いでお菓子作りをしたりお皿を運んだりして鍛えられたなのはの両手から逃げ出す事は出来なかった。
「はやてちゃんが私を笑った事に変わりは無いの。」
「え?」
何とか、動かせる範囲で頭を動かしたはやてが見れたなのはの顔は、言葉では表現できないくらいにとても素敵な笑顔だった。
「なのはちゃん? できれば、私たちの友情に免じてこの手を離してほしいんやけど?」
「良い話で誤魔化そうとしても無駄なの♪」
はやての提案は却下された。
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「……フェイト?」
「大丈夫。 ちょっと、思い出しただけ。」
ベランダから外を見ると、太陽はすでに沈んでいて空には無数の星が浮かんでいる。
少女に取ってこの世界はあまり良い――むしろ辛い思い出しかない。
「この時間だと翠屋は開いていないだろうし、家を訪ねるわけにもいかない。」
ミストは少し残念そうだ。
「なら――僕とミストはもう1人の魔力持ちの様子を見に行くから、その間にエイミィとフェイトたちはこの部屋の掃除や片付け、機材の使用準備を頼む。」
「うん。」
「了解。」
「任せときな。」
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