「アルフ?」
「また駄目だよ。
思うんだけどさ、この世界にジュエルシードなんて物が本当にあるのかい?」
高校生くらいの女性と小学生くらいの少女というよくわからない2人組が、海鳴市で一番高い建物の屋上というこれまたよくわからない場所に立っていた。
「でもほら、走行中の車を破壊する野生動物なんてこの国に――ううん、この世界にいるわけがないんだよ。 それこそ、何かのきっかけでリンカーコアが刺激されて魔力に目覚めたりしない限りはね?」
そう言った少女の手には、図書館で数日分の新聞を自分でコピーして作った一冊のスクラップブックがあった。
危険な『野犬』が徘徊しているかもしれないのに子供1人で図書館に来た彼女を目撃した親切な司書に注意されたりする中で作り上げた力作である。
そのスクラップブックには、今2人の話題となっている『殺人』を犯し『車を破壊』した『野犬』の記事だけがまとめられているのだ。
ちなみに、この2人とはまったく関係ないが、娘の左腕の敵を討とうとしている某喫茶店の店主とその息子も同じ様なスクラップブックを作成したりしていたりする。
「きっと、ジュエルシードの影響でこうなっちゃったんだよ。」
少女の声は、こうなったに決まっているのだと自分に言い聞かせているかのようだった。
「だから、こうやってこの国の人種と同じ黒髪黒目に変装して町を捜索したり、こういう高い建物の屋上を借りてみたり――」
「それはわかっているよ。
でもさ――こういっちゃなんだけどね? 逆にいえば、今この町ではそいつ1匹しか暴れていないって事になるわけだろ?
あの女はさ、私たちにこの世界にジュエルシードは全部で21個あるって言っていたのに、その内の1個しか暴走していないっておかしくないかい?
それもさ、女の子を襲った後は新しい目撃情報も車や建築物への被害も出ていないんだ。
むしろ、その野生動物はジュエルシードとは関係ない処でリンカーコアが活性化して、暴れるだけ暴れたものの、結局その暴走してしまった魔力に肉体が耐えられなくなっちゃってどっかの山奥で死んじゃっているって考えるほうが――」
「でも! 母さんが、言ったんだ……」
高校生くらいの女性――アルフの言っている事のほうが自分の母が言った事よりも説得力がある事はわかっている。 しかし、少女にとって母は絶対的な存在なのだ。
「フェイト……
わかったよ。 もう少し探してみる。」
少女――フェイトの叫びを悲しく受け止めて、アルフはより広い範囲を捜索するための魔法の構成を練り上げていく。
彼女にとって、フェイトの言う事は絶対なのだ。
結果として間接的にフェイトの母の命令を聞かなければはならない事が悔しいけれど。
悔しくて、悲しくて、泣きたくても、フェイトの言う事は絶対だと、誓ったのだ。
「ごめんね、アルフ。 でも、お願い。
ジュエルシードは絶対にこの世界にあるはずだから。」
そんな顔をしているアルフに、フェイトはできるだけ優しい声をかける。
母の言う事に間違いはない。 ならば、間違っているのはアルフのほうだ。
自分にそう言い聞かせる事に限界を感じてきていても、それでも……
無理をして優しい声をかける事ができても、優しい顔を見せられない事が辛かった。
だが、フェイトにとって悲しい事に、彼女の声はかすれていた上に震えていた。
無理をしている事が丸わかりだった。
それでもアルフには救いだった。
そのかすれた声が、震えた声が、アルフには救いだった。
無理をしているとわかる事こそが――
強い風が2人を襲い、熱を奪った。
震える体を寄せ合う事も出来ずに、2人は立っていた。
────────────────────
病院の一室で、なのはは自分以外の魔力を感じた。
「これは、『サーチ系』?」
あの人は言っていた。
ジュエルシードを悪用しようとしている者がいるかもしれないと。
時空管理局という警察の様な組織もあるが、信じてはいけないとも言っていた。
そのトップが悪党と組んでいて、研究の為だと称して幾つもの研究所を経由したうえで表向きは行方不明という事にしてしまい、裏で悪党に横流ししてしまうと。
「悪党にも時空管理局にも見つからないようにジュエルシードを回収してしまうのが一番良いだろうって、あの人は言っていた。
この世界が管理局の管理内世界になる頃にはトップも変わるだろうからって……」
悲しそうな顔で「トップが変わっても、方針がより悪くなるか・良くなるか・それまでと変わらないかの3種類なんだけど、100%悪い事に使うとわかっている相手に渡すよりは、33%の確率で良いほうに使ってくれるほうに渡したほうがいいだろう?」とも言っていたけれど。
「これからは、今までよりも慎重に行動しなきゃいけないんだ……」
手元にあるジュエルシードは12個。
海に落ちている物を回収する術が無い以上、地上にあるジュエルシードは確実に回収しなくちゃいけない。
「大丈夫。
私は大丈夫。
あの人が教えてくれた魔法は、決して戦いに向いた物ではないけれど……」
見つからないようにする事はできる。
万が一見つかってしまっても逃げる事はできる。
そして、戦いを挑んでくる相手を絶対に傷つけない事が出来る。
「地上にあるジュエルシードを全部見つける。
誰にも気づかれないようにして、全部見つける。
この街に住む人は、私が守る。
お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも、絶対に守って見せる。」
窓から見える海鳴の街に、誰にも言えない誓いを立てた。
コンコン ガチャ
「なのは!」
「来たぞ。」
「お母さん、お父さん。」
あの日以来、2人は私の分だけでなく自分たちの分のお弁当も持ってお見舞いに来てくれる。 思いつきで言っただけなのに、お母さんはお医者さんの許可を取っていたのだ。
入院している娘を心配して毎日お見舞いに来ているという事はわかるんだけど、私としてはお店が大丈夫なのかという事のほうが心配になってしまう。
ここはきちんと注意しておかないといけないよね?
「毎日お見舞いに来てくれるのは嬉しいんだけど大丈夫なの?」
「心配しなくても大丈夫よ。 今は配達の仕事しかないもの。」
「ああ、問題ない。」
まったく……
「今は配達の仕事しかないっていう事のどこが問題ないのよ?
来週から学校が再開されるってテレビでやっていたよ? そろそろ通常営業していた頃の感覚を取り戻しておかないと後々大変な事になっちゃうでしょう?」
万年バカップルなのは素晴らしい事だと思うけど、もう少し大人としてしっかりしているところを見せてほしいと娘が願うのは贅沢なのかな?
「それよりも、今日のお弁当はすごいわよ!」
じゃじゃーんと言いながら持ってきたバスケットを開けるお母さん。 まさか、病院でピクニック気分を味わえという事だろうか?
「あのね、お母さん?」
「なあに?」
ニコニコ笑顔でバスケットの中身を広げているのを邪魔してしまうのは申し訳ないんだけど、これは言っておかなくてはならない事。
「お弁当を持ってきてくれるのは嬉しいんだけど、病院には食事制限とかで食べたい物を食べる事が出来ない人がたくさんいるんだから、今度からはもう少し地味で中身が推測できないような入れ物を使ってね?
「ああ、それなら大丈夫よ。」
?
「ここはね、食事制限とか長期入院している患者さんが入院している建物とは離れているのよ。 だからお医者様も許可をくれたの。 現に、私たちと同じようにお弁当を持ってきている人たちも結構いるのよ。
たぶん、なのははこの病室からあまり出られないから気づけなかったのね。」
そうだったのか。
「なら、いいんだけど。」
「そろそろ、時間じゃないの?」
壁に掛けてある時計の針が1時30分を示している。
「む? もうこんな時間か。」
「それじゃあ…… 明日も来るからね。」
「うん。」
バスケットに荷物を片付けるのを手伝っている時に、昨日の夕方左腕の様子を見に来たお医者さんと看護士さんが言っていた事を思い出した。
「そうだ。」
「え?」
「ん?」
「もし平気なら、病院の中庭とかを散歩したほうがいいって言われていたの。 トイレの時だけしか歩かないっていうのも体に悪いからって…… そう思う?」
怪我をしているのは左腕だけだし、輸血や食事で血液の量も増えているんだから、歩く事なんて何の問題もないのに、わざわざ「もしも平気なら」って前置きしなくてもいいのにって、そう思ったんだ。 だって、リハビリは必要だものね。
それに、毎晩ジュエルシードを探すために外出しても気分が悪くなった事がないんだから、動いても全然問題ないって事はわかっている。 歩く事なんて、今の私には簡単だ。
「そうなの?」
「たぶん、リハビリの一環だと思うんだけどね。」
「やったじゃないか。」
え?
「リハビリが始まったって事は、退院が近いって事じゃないか?」
「でも、リハビリなら看護士さんと一緒の時がいいんじゃないかしら?」
ああ、そういう考え方もできるんだ。
「士郎さん。」
「そうだな。 ちょっと2人に電話をしてこよう。」
2人に電話?
お兄ちゃんとお姉ちゃんかな?
でもなんで?
「えっと?」
お父さんもお母さんも、アイコンタクトで理解しあえるのはとっても素敵な事だと思うんだけどね? 私をおいてけぼりにするのは正直どうかと思うんだ。
お父さんとお母さんが帰って暫くしたらお兄ちゃんとお姉ちゃんがやってきた。
「ごめんね? わざわざこんな事の為に――」
「気にしなくていいよ。」
「そうだぞ。 俺たちもなのはの為に何かしたいと思っていたんだ。
でも、母さんの様においしいお弁当を作ったりとかはできないから――何かできないかってずっと思っていたんだ。」
「そうそう。
こうやって一緒に歩く事がなのはの為になるんなら、いくらでもつき合うよ。」
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも――ありがとう。」
2人とも私のリハビリ(?)の散歩につき合ってくれている。
「とりあえずはあのベンチを目標にしてみよう。」
「うん!」
「あまりはしゃぐなよ?」
お兄ちゃんとお姉ちゃんの2人は、運動音痴の私なんかじゃ絶対に追いつけないすごい速さでランニングをいつもしているから、こうやって兄妹3人仲良しさんで散歩をするなんて事は初めてかもしれない。
「医者がわざわざ『平気なら』って前置きしたって事は、それだけの何かがある可能性もあるんだからな? ……病室とトイレを往復するくらいしか使っていなかった筋肉には、この程度の散歩でも想像以上の負担になるっていう事かもしれないけどな。」
「あ、そっか。」
それにしても、2人とも演技が下手だね?
私はわかってるよ?
ううん――正確には、お兄ちゃんの優しさのおかげでわかっちゃったんだけどね?
お医者さんが言った『平気なら』は――左腕が無いのを人に見られても『平気なら』って事なんでしょう?
だからお兄ちゃんは大きさが合わないってわかっているジャンパーを持ってきて、私の肩にかけたんだよね? 袖を通さないように、そっと……
だからいいよ、騙されてあげる。
私も、2人が悲しむ顔は見たくないから。
キキッ ガシャン!!!
「ぎゃん!」
中庭に着いた時、車椅子に乗った女の子がベンチに突っ込んだ。
「あ!?」
「おい! 大丈夫か!?」
「ちょっと、怪我とかしてない?」
私たち3人はその子を助けに走った。
「あたた。 ベンチに顔面ぶつけるなんて初めてや。」
「大丈夫なの? 結構良い音がしたよ?」
「とりあえず、怪我の手当てを――ってここは病院だったな。 ちょっと看護士を探してくるから、そこで待っていてくれ。」
お兄ちゃんとお姉ちゃんがテキパキと動いてくれるので私はやる事がな――ん?
「本?」
ベンチの足元に一冊の本が落ちている。
「まさか、本を読んでいて前を見ていなかった――なんて事は流石にないよね?」
「恥ずかしい事に、そのまさかや。」
うつむいていてもわかっちゃうくらいに顔を赤くしながらそう言った女の子は、その言葉使いもとってもチャーミングだった。
「はい。 今度からは気をつけてね?」
「ほんまにな……」
その日、友達になった女の子は八神はやてという名前だった。
────────────────────
「海?
泳ぐにはちょっと寒いと思うけど?」
「ちがうよ。」
自分の言葉で混乱した様子のアルフに、フェイトはもう一度――今度はさっきよりも丁寧に説明することにした。
「ジュエルシードを探し始めてもう何日も経つのに、1つも見つからないでしょう?」
「うん。」
「それに、ジュエルシードの影響で凶暴化した動物の新しい情報もまったくない。
そのせいで来週からこの街はたくさんの人で溢れる事になって、これまでみたいに魔法を使った捜索も難しくなる。」
「そうだね?」
テレビのニュースでは来週から学校が再開されると報道していた。
「人が増える前に、大規模な捜索をしたほうがいいんじゃないかなって考えたんだ。」
「うーん……」
主人の言っている事はわからないでもない。
難しくなると言っても、街の中なら結界を使えばある程度自由に行動はできる。
でも、海はどうか?
初春で少しずつ暖かくなっているとはいえ、海で遊べるほどではない。 だから外出を控えるようにという通達が消えたからといって、大勢の人が大挙して押し寄せるという事はないだろうが……
「それに、地上をこれだけ探しても見つからないって事は……」
ジュエルシードは海にあるとフェイトは考えていた。
「確かに、街に人がいない今なら結界の質を落として、その分をジュエルシードの捜索に当てる事ができるけど……」
「でしょう?」
アルフの言葉を同意と取ったフェイトは早速準備を始めようとした。 が
「でも、たぶん無理だよ?」
「え?」
「うん。 どう考えても無理だよ。 絶対に無理。」
「なんで?」
さっき同意してくれたのに…… フェイトの笑顔が消える。
「何が、無理だっていうの?」
「だって、どう考えても無理なんだよ。」
「何が無理なのさ!」
母さんが待っているんだ、少しくらいの無理なんて問題ないと憤る。
「フェイト……」
「アルフ……」
両者、睨み合う。
「フェイト、今から私が言う事をよく聞いて、考えてほしいんだ。」
「なに?」
「フェイトの考えは、ジュエルシードのほとんどが海に落ちているって事なんだよね?」
「そうだよ。」
アルフは深く息を吸い
「という事は、さ……
捜索魔法に反応して暴走するジュエルシードの数も多いって事だよね?」
……
「そーいうことに――なるかも、ね?」
アルフの意見を認めざるを得ない。
「なるかもね? じゃなくて、そういう事になるんだよ。」
「あうう……」
良い考えだと思ったのにと、フェイトは深く反省した。
「まあ、遅かれ早かれ海の捜索はしないといけないから、人が増える前に――って考えはわかるんだけどさ? もう少し作戦を練ったほうがいいんじゃないかな?」
「そうだね……」
もしも第三者がこの場に居て、いつの間にか部屋の片隅で座り込んでいた主人の肩をぽんと叩いて慰めるアルフの姿を見る事ができたなら、彼女の溢れ出る優しさを感じる事ができて、その瞳から感動の涙を流しただろう。
「アルフ……」
「フェイト……」
2人は、この世界に来て初めての抱擁を交わした。
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