今私の目の前で寝ている女性の顔は先日保護したフェイト・テスタロッサと似ているが、良く見ると顔のつくりはかなり違う。
似てはいるが、それは姉と妹、母と娘、叔母と姪……
公式記録ではプレシア・テスタロッサの娘はアリシア・テスタロッサ1人だけ。
「もっとも、その記録も20年以上前の物だから新しく娘が出来ていてもおかしくはないけれど……」
この人がアリシア・テスタロッサかもしれないとも思ったけれど、フェイトが何も知らないと言う事とアリシアの成長した姿を予想して再現したデータとの相似点が半分ほどでしかなかった事を考慮するとそれもなさそうだ。
「そもそも姉妹だったら妹が姉の顔も知らないなんて――母親と喧嘩して家を出て、その後でフェイトさんが生まれたとしたら、母親への反発でジュエルシードの回収を邪魔すると言う事もあり得なくもない?」
しかし、この人はジュエルシードの事を名前すら知らないようだし、傀儡兵を私たちの物だとすら思っていたようだし……
何より、プレシアの実力を知っていたらあの攻撃に対する備えをしていないのも……
「何より、魔力光……」
どう考えてもあのタイミングで防御が間に合うはずはないのだ。
気絶程度ですんでいるのは虹色の――『聖王の鎧』によるものだと思われる。
「あなたは一体何者なのかしら?」
青色に染められた髪に触れる。
「ぅ…… ん?」
気が付いたらアースラの医療室。
ぐぅぅ~
「うぅ…… お腹すいた……」
突然の跳躍攻撃に驚いて防御が微妙になってしまい、完全に防ぐ事が出来なかった為にバルディッシュを奪われてしまっただけでなく、そのまま気を失ってしまったらしい。
そしておそらくこの空腹感は魔力の使い過ぎによるものだろう。
「くすくす……」
「うぇ?」
私が寝ているベッドの横にリンディ義母さんが座っていた。
「目が覚めて最初に言う事がそれなんですか?」
うわぁ……
アースラには慣れちゃっていたから、つい……
「ここは時空管理局の次元空間航行艦船アースラの医療室で、私は艦長のリンディ・ハラオウンという者です。」
「え? えーと?」
少し驚いてしまったけれど、義母さんの自己紹介が長かったおかげである程度平静を取り戻す事ができ、おかげで演技をする事ができるだけの余裕もできた。
「ここはさっきの黒尽くめの男の子の基地で、あなたはあの子の上司と言う事ですか?」
「基地…… まあ、だいたいそんな感じで合っています。」
だいたい合っているんだ……
「それで……」
「はい?」
「できればあなたの名前を教えてもらいたいのだけど?」
むう…… 遂にこの時が来てしまった。
バルディッシュがいてくれたら良かったんだけど、仕方ない、か。
「ミストです。」
「ミスト?」
あ、今間違いなく偽名だと思われた。
10年、義理とはいえ家族をしていたからわかる。
「苗字、ファミリーネームは無いのかしら?」
訝しんでいるけど、流石に大人の対応だ。
でも、まさかフェイト・テスタロッサ・ハラオウンとは言えないし――ヴィヴィオ・テスタロッサというのも…… 子供の名前を奪うのは気が引ける。
だから――
「ありません。 気が付いたらミストでした。」
「は?」
こう言う事にしておく。
「それはどういう――」
「それより、私のデバイスはどうなりました?」
バルディッシュを奪われちゃったって事は、ジュエルシードは全部母さんの下にあるって事だ。
私が未来から来た事を隠す為にも、義母さんたちよりも先にバルディッシュを回収しないといけない。
「え? あ! あなたのデバイスは――」
『提督、場所の特定ができました。』
「今、所在がわかったわ。」
なら、急がないと。
「早く取り返しに行かないと。」
「ちょっと待って、まだ聞きたい事が――」
私はベッドから出て靴――が無い? そう言えば、来ている服も……
バリアジャケットも魔法の1種だから感知されたらいけないというのと、未来の衣服を身につけているのもどうかと思って全部(安物に)買い替えたのに……
「あの、私の服や靴は?」
「あなたの身に着けていた物は酷く汚れていたので洗浄中です。」
私の身元を調べる為と、念の為に危険物がないか調べているってところかな?
「汚れているからって――それってつまり、私を一度裸にしたって事じゃないですか!?」
わざと驚いたように言う。
答えはわかっているけれど、管理局を知らない事にしているから……
「ええ、でも、あなたは防御がある程度はできたとはいえ、あれだけの攻撃を受けて気を失ったでしょう? どちらかというと、あなたの体を精密検査する時に着ている物が邪魔だったから、ついでに洗浄してしまおうという事だったの。」
「もしも私が他人に素肌を見せてはいけない宗教の信者だったりしたらどうするつもりだったんですか?」
「あら、その点は大丈夫よ。 魔法で今あなたが着ている物と交換しただけだから誰もあなたの――顔と首以外の肌を見ていないわ。」
「そんな魔法があるんですか……」
無数にある世界には、それこそ無数に宗教がある。
時空犯罪者によって怪我をした現地住民に不快感を持たれない為に様々な魔法が創られていったのは言うまでも無い。
「ええ。 申し訳ないけれど、今はバリアジャケットを使ってもらえないかしら?」
「……わかりました。」
私はさっきまで使っていた防御力重視のバリアジャケットを纏う。 ……やっぱりバルディッシュ無しで使うには構成が難しい。
「聞きたい事はたくさんあるけれど、今はあなたのデバイス――の中に入っているジュエルシードを取り戻すのが先です。 付いて来てください。」
「はい。」
予想通り、義母さんは私を戦力として使うつもりのようだ。
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21個のジュエルシードの設置が終了し、これから試運転をしようという時に予想よりも少し早く管理局の艦が来た。
「残りの傀儡兵全てで相手をしなさい!」
プレシアの一言で時の庭園のセキュリティシステムは侵入者の排除に動きだした。
「なぜあの女がバルディッシュを扱えていたのかはわからないけど、ジュエルシードの保管庫として使っていたのは運が良かったわ。」
バルディッシュに念の――人形や犬が逆らった時の――為に色々と細工をしておいたのだ。
「色々と弄られていて、あの女のデータを取り出す事は出来なかったのは少し不安だけど、ここまできたらもう……」
突き進むだけだ。
【バルディッシュ! お願い、返事をして!】
何度呼び掛けてもバルディッシュからの応答は無い。
「どうですか?」
「駄目です。 ……青い石の力がこれだけ満ちている事からすると、壊してから取り出したのかもしれない。」
リンディと共にジュエルシードの魔力が発生している場所へ急ぐ。
「傀儡兵の殆どは息子さんたちが引き受けてくれたけど…… 大丈夫なんですか?」
「ええ、あの子は私の――私たちアースラの切り札ですから。」
10年の付き合いがあったけれど、こんなふうに嬉しそうに笑う義母さんの顔を見たのは初めてかもしれない。
「ふふ…… 信頼しているんですね。」
「ええ。」
もっと、私から歩み寄っていれば、ちゃんとした家族になれたのかもしれない。
【バルディッシュ、お願いだから返事をして。
私はあなたを――この世界で唯一の家族を失いたくない。】
返事は無い。
「ミストさんのご家族は?」
この世界にはいない――なんて言えない。
だから、あらかじめ決めていた設定を使う。
「わかりません。」
「わからない?」
「たぶん、私は、あの青い石を集める為だけにこの世界に呼ばれたのだと思います。」
「え?」
自分で作った設定だけど、たぶん間違ってはいない。
母さんがアリシアを生き返らす事ができるのならば、ヴィヴィオを生き返らせる事が出来るはずだ。 だと言うのに、私はこの時間に……
「それはどういう――」
ならば、何故今の様な状況にいるのか。
はやてがジュエルシードを持っていた理由は推測する事しかできないけれど、私がこの時代に――この世界に来た理由はジュエルシードを集める事ではないだろうか?
そうでなければ、時間を遡るなんて事が……
「か――リンディさん、あの扉の向こうから今まで以上にあの青い石の反応が!」
「え? ええ!!」
おそらくこの扉の向こうには母さんが――アリシアと一緒に居る。
『クロノ君、提督たちはジュエルシードのあるところに着いたみたいなんだけど――』
予想以上に数の多い傀儡兵を相手に苦戦しているクロノにエイミィから連絡が入ったが
「一体どうした?」
切羽詰まった様子の彼女にクロノは嫌な予感がした。
『ジュエルシードが意図的に暴走させられているの!』
「なんだと!?」
あれだけ大量の傀儡兵を投入して次元跳躍攻撃までして手に入れたジュエルシードをわざわざ暴走させるというのはあまりにも予想外の事態。
『提督とあの女の人が暴走を抑えようとしているんだけど、プレシア・テスタロッサがそれを邪魔して……』
「ちぃっ!」
ジュエルシードが暴走し続けたらこのプレシアのアジトどころか、この世界を――この世界だけではなく幾つかの周辺世界が滅んでしまうだろう。
しかし自分がこの場から離れたら仲間が――いや、仲間が全滅した後で残った傀儡兵が追いついて来てプレシアと一緒に自分たち3人を邪魔してくる事は明白だ。
せめてこの場を任せられる――
『私がそっちに行くよ!』
「アルフ!?」
『アルフさん!?』
空間モニターの向こうには赤毛の使い魔がいた。
『だって、フェイトを“世界を滅ぼした極悪犯の娘”にするわけにはいかないじゃないか!』
『でも、あなたは』
『じゃあ他にこの状況をどうにかできる案があるのかい!?』
真剣なアルフの目を前に、エイミィは言葉が続かない。
「いいだろう。」
『く、クロノ君!?』
これは賭けだ。
それも、すごく分の悪い賭けだ。
「エイミィ!」
『はい!』
普段と違うクロノの声に、エイミィは思わず返事を返す。
「アースラがこの次元からいつでも脱出できるように準備をしていてくれ!」
『! それって!』
「いざという時は――僕たちを置いていけ!」
『そんな!?』
なんという残酷な命令。
「アルフ! それでもいいならこっちに来い!」
『はっ! 言っただろ! 私はそうさせない為にそっちに行くんだ!』
アルフはポーターに走った。
「邪魔をするなぁ!!!」
「そっちこそ、こんなことはやめろおおおお!」
研究者でありながらS級の魔導師であるプレシアの攻撃を防ぐのは正直きつい。
「ミストさん!」
「リンディさんはジュエルシードに集中して!」
アースラで目が覚めてから、今まで以上に魔力を――聖王の力を使いこなせている。
生命の危機を感じた事でフェイト・テスタロッサとヴィヴィオ・テスタロッサの肉体と魔力の融合の最適化とでも言えるものがなされたのかもしれない。
「次攻撃したら、防ぐんじゃなくてそっち側に乱反射させるぞ!」
そうしたら、あなたのかばっているアリシアがどうなるかわからないぞと言外に告げる。
「黙れえええええ!!」
「ちぃっ」
しかしプレシアの攻撃は終わらない。
アリシアを守る結界によほど自信があるのだろうか?
【リンディさん! 応援はまだなの!?】
ジュエルシードが今の半分くらいであったならもう少しどうにかなっただろうが、21個全ての暴走を抑えているリンディの限界は――近いだろう。
【もうすぐクロノが来るわ!】
【なっ!】
あれだけの傀儡兵を放ってこちらに来られても困る。
【大丈夫、傀儡兵は追って来ないように手を打ったらしいわ。】
【ならいいけど!」
宣言通りに攻撃を跳ね返す。
思っていたよりも手強い。
「はぁ…… はぁ……」
黄色の魔力の女の防御魔法にこちらの攻撃をほぼ全て防がれてしまうどころか、こうやって反射されてしまってはアリシアの生命維持装置にダメージを与えかねない。
「おおおおお!」
だが攻撃はやめない。 勝機はあるのだから!
「いい加減諦めろおおおおおお!」
「ああああああああああああああああああ!!!」
この女の後ろでジュエルシードを抑えている管理局の人間が限界は近い。
このまま均衡状態を保っていればジュエルシードは暴走し続け、次元震が起こり、私とアリシアはアルハザードへ行く事ができるのだか――
《チェーンバインド》
「なぁっ!?」
プレシア・テスタロッサは思いがけない方向からの拘束魔法を受けて、こちらが思っていたよりも動揺した様だった。
「あああああああああ!!!」
「うおおおおおおおお!!!」
クロノはもちろん、ミストさんもその隙を見逃す事は無く――
バリイイイイイイン
ミストさんの渾身の一撃が彼女を守っていた防御魔法を完全に打ち砕き――
どごぉっ!
息子の一撃が彼女の意識を完全に奪った。
「母さん!」
「私は大丈夫! それよりもジュエルシードを!」
抑えていられるのは後わずか。
1秒でも早く封印して貰わないと魔力が尽きてしまいかねない。
「わかった!」
「私も手伝います。」
ミストさん…… あなたの魔力は無尽蔵ですか?
『艦長! 大丈夫ですか!?』
「ええ、大丈夫よ。 そっちはどう?」
『傀儡兵が一体取り付こうとしましたが、フェイトさんが片付けてくれました。』
「あの子が?」
『はい。 「母さんにこれ以上罪を重ねて欲しくない」そうです。』
「……なるほどね。」
『それよりも、アルフさんが結構押されています。』
「え?」
事件解決――には、まだ少し掛かりそうだ。
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